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- 第1部 第2章 第1節 米国
第1節 米国
1.経済動向
(1)マクロ経済
米国の2017年の実質GDP成長率は前年比2.3%増と、2016年の1.5%増から加速するなど、景気は着実に回復が続いている。需要項目別では、GDPの約7割を占める個人消費が引き続き堅調に伸びたことに加え、設備投資の伸びも全体を牽引した。IMFの見通しによれば、2018年には前期比年率で+2.9%の伸びを記録することが見込まれているなど、米国経済は着実に回復が続くと見込まれるが、今後の政策の動向及び影響並びに金融資本市場の変動の影響等に留意する必要がある。米国景気の戦後最長の拡大局面は1991年4月から2001年3月までの10年間であるが、2009年7月に始まった今回の景気拡大局面はまもなくその10年目を迎える(第Ⅰ-2-1-1図)。
第Ⅰ-2-1-1図 米国GDP需要項目別寄与度推移
(2)金融市場の動向
米国FRBは償還期限を迎えた米国債、住宅ローン担保証券(MBS)への再投資の縮小23を昨年10月から開始するとともに、政策金利であるフェデラル・ファンド・レート(FF金利)を引き上げる(第Ⅰ-2-1-2図)など、金融政策の正常化24を進めている。これに呼応するかのように、2017年後半から米国長期金利(10年国債利回り)の上昇がみられる(第Ⅰ-2-1-3図)。背景には、トランプ政権による税制改革法案の成立、裁量的経費の上限引上げ等による財政支出の拡大による景気拡大への期待や、原油高等があると考えられる。また、FRBのバランスシート縮小の一方で、減税政策の影響により財政赤字が拡大し、それに伴い米国債が増発されることで、米国債の需給バランスが崩れることが長期金利の上昇圧力となる可能性も指摘されている。
第Ⅰ-2-1-2図 米国FF金利推移
第Ⅰ-2-1-3図 S&P500種、米国10年国債利回り推移
米国経済はGDP成長率の加速に加え、株価指数も過去最高水準を記録(第Ⅰ-2-1-3図)するなど、順調に推移している。雇用環境は良好(第Ⅰ-2-1-4図)25であり、物価指標の水準も徐々に上昇してきている26(第Ⅰ-2-1-5図)ことから、FRBは今後も段階的に政策金利を引き上げるとの見方が大勢を占めている。
第Ⅰ-2-1-4図 非農業部門雇用者数、失業率推移
第Ⅰ-2-1-5図 PCE価格指数推移
23 一般的に、バランスシートの縮小政策と呼ばれる。
24 米欧金融政策の正常化の世界経済への影響については、第1章第1節第5項を参照。
25 2017年の雇用環境は、ハリケーンの影響により9月に前月比+1.4万人と大きく落ち込んだものの、通年では217万人増(月平均:18.1万人のペース)となった。イエレン前FRB議長は、失業率を長期的に安定させることができる雇用増加の水準を1か月あたり7.5万人から12.5万人(FRB、「The Economic Outlook and the Conduct of Monetary Policy」、2017年1月19日)としており、2010年以降はこの水準を上回るペースでの増加が続いている。また、失業率の改善も引き続き順調に進んでおり、2010年10月に10.0%となったのをピークに、2018年4月には2000年12月以降以来となる3.9%まで低下した。3月のFOMC時に公表されたFRBの長期見通しにおける失業率の水準は4.5%であり、これを下回る水準にある。また、労働市場の状況により求職を断念した人や、フルタイムで働く意思があるにもかかわらず、経済的理由によりパートタイム就労を余儀なくされている人等を含む広義の失業率(U-6)については、2017年平均で8.5%となり、金融危機前の水準に戻っている。
26 RBがインフレ指標としている個人消費支出(PCE)価格指数は、2017年2月にFRBのインフレ目標である2%を上回る2.1%となったが、その後は2%を下回る水準で推移している。しかし、失業率の水準は完全雇用状態にまで達しており、賃金も上昇基調であることから、2018年3月のFOMCにおいても2018年にはインフレ率は緩やかに回復し、中期的には2%程度で安定するとの見方を示している。
(3)通商
米国経済の着実な回復と世界経済の緩やかな回復により、米国の貿易額は輸出入ともに増加した。特に米国経済の好調を反映し、2017年の米国の財及びサービスの貿易収支(国際収支ベース)は赤字幅が拡大した(▲5,684億ドルの赤字、前年比+12.6%)。内訳は、財貿易が8,112億ドルの赤字、サービス貿易が2,428億ドルの黒字であり、財貿易の赤字幅が前年比で+7.8%拡大した一方、サービス貿易の黒字幅は▲2.0%縮小した。米国の財及びサービスの貿易赤字額は2008年以降最大である(第Ⅰ-2-1-6図)。
第Ⅰ-2-1-6図 米国貿易収支推移
輸出品目は一般機械、電気機器、鉱物性燃料、航空機等があり(第Ⅰ-2-1-7表)、このうち輸出拡大には、原油等の産業用素材(+664億ドル)、一般機械・航空機等の資本財(+132億ドル)が貢献。輸入品目については、電気機器、一般機械、自動車、鉱物性燃料、医療用品等があり(第Ⅰ-2-1-8表)、輸入拡大には、原油等の産業用素材(+643億ドル)、コンピュータ等の資本財(+507億ドル)が貢献している27。原油等の輸出入拡大には、シェール革命による産油量増加のほか、油価上昇の影響が考えられる。
第Ⅰ-2-1-7表 米国の主要輸出品目
第Ⅰ-2-1-8表 米国の主要輸入品目
財の貿易について、米国が貿易黒字となった相手国は、香港、オランダ、UAE、ベルギー、豪州などである(第Ⅰ-2-1-9表)。1位の香港に対しては、米国は電気機器、一般機械に加え、肉類や果物等の農畜産物を多く輸出している。一方、米国が貿易赤字となった相手国は、中国、メキシコ、日本、ドイツ、ベトナムなどである(第Ⅰ-2-1-10表)。米国の貿易赤字の約半分を占める対中赤字は、過去最大に膨らんでいる他、対メキシコへの赤字も拡大した。対日赤字はほぼ横ばいとなっている。
第Ⅰ-2-1-9表 2017年の米国の貿易黒字上位10か国
第Ⅰ-2-1-10表 2017年の米国の貿易赤字上位10か国
27 米商務省「U.S. International Trade In Goods and Services December 2017」, (https://www.bea.gov/newsreleases/international/trade/2018/trad1217.htm).
(4)直接投資
日本企業をはじめとする外国企業からの直接投資や、投資を通じた雇用創出はトランプ政権から重視されている。2018年1月30日に行われた一般教書演説においてトランプ大統領はトヨタ自動車及びマツダによる新工場建設の投資案件に言及しつつ、海外からの対米直接投資が活発であり、米国各地に工場ができ雇用が創出されることに対する期待を述べている。
日本との関係では、2018年4月の日米首脳会談に先立ち公表された米政府の日米関係強化に向けたファクトシート28で、経済について、米国における日系企業の雇用者数や直接投資額、代表的な投資案件が言及されている。
米国への直接投資残高は近年一貫して増加しており、2016年末には3兆7,254億ドルとなった。2007年末と比較すると1.9倍の規模である。国別では、2016年には、イギリスからの投資残高に続いて、日本からの投資残高が2位となった。2008年の世界経済危機以降、多くの国の対米投資残高が減少したのに対し、日本からの対米投資残高は一貫して増加し続けている。業種別の内訳では、製造が4割を占め、次いで金融(19%)、卸売(10%)、専門(5%)、情報(5%)、不動産(2%)、小売(2%)となった(第Ⅰ-2-1-11図、第Ⅰ-2-1-13図)。
第Ⅰ-2-1-11図 対内直接投資(地域別、残高)
第Ⅰ-2-1-13図 対内直接投資(業種別、残高)
直接投資残高の増加と併せ、在米日系企業の活動も活発化している。2015年時点において、米国における外国企業関連会社による直接雇用者数は、親会社の地域別では、日系企業によるものが86万人と英国に次ぐ第2位であり、このうち製造業は40万人と第1位である29。
また、日系企業による米国からの輸出額は一貫して増加しており、2015年時点で757.1億ドルと第1位である。同時に、対第三国のものも含め、売上高に占める輸出の割合も増加しており、在米日系企業がグローバルなサプライチェーンにより統合されつつあることが伺える。
米国企業の海外での活動も活発である。2016年の米国からの対外直接投資残高は、5兆3,322億ドルとなり、2007年と比較すると1.8倍の規模である。地域別の内訳では、欧州への投資が6割を占め、次いで中南米等(16%)、アジア太平洋(日中除く、12%)、カナダ(7%)、日本(2%)、中国(1.7%)、アフリカ(1%)、中東(0.9%)となった。業種別の内訳では、持株会社が5割を占め、次いで金融(15%)、製造(13%)、卸売(5%)、鉱業(4%)、情報(4%)、専門(2%)となった(第Ⅰ-2-1-12図、第Ⅰ-2-1-14図)。
第Ⅰ-2-1-12図 対外直接投資(地域別、残高)
第Ⅰ-2-1-14図 対外直接投資(業種別、残高)
29 FActivities of U.S. Affiliates of Foreign Multinational Enterprises: Preliminary 2015 Statistics, Department of Commerce
(5)米国税制改革
トランプ政権の公約の一つである税制改革法案(Tax Cuts and Jobs Act)が2017年12月22日に成立した。これにより、連邦法人税率は35%から21%に引き下げられ、地方法人税を含めた実効税率は40.75%から27.98%30となった。税制改革前の米国の実効税率は、他の先進国と比べても高い水準にあったが、税制改革後はフランス、ドイツ、日本を下回る水準となる(第Ⅰ-2-1-15図)。また、設備投資については5年間の時限措置で、特定の有形固定資産の即時償却が可能となる31。注目されていた試験開発研究費(R&D)控除は従来どおり存続した。一方で、改正前は一定の関連者等からの過大借入に係る支払利子を損金不算入としていたが、関連者等だけでなく全ての取引に関して、調整後課税所得の30%を超える部分について損金不算入と変更された他、国内製造活動特別控除が廃止されるなど、増収措置がとられる部分もある。
第Ⅰ-2-1-15図 法人実効税率の国際比較
個人所得税については、7段階は維持されたものの税率及び区分は変更となり、最高税率は引き下げられた。新たな税率は10%、12%、22%、24%、32%、35%、37%となった。一人当たりの4,050ドルの人的控除は廃止された一方、標準控除(standard deduction)については、現行の約2倍(単身者で12,000ドル、夫婦合算申告で24,000ドル)となった。
国際課税の分野においては、全世界所得課税32から、領域主義課税(源泉地国課税)に原則移行となった。全世界所得課税では、海外にある子会社が得た所得が米国内の親会社に配当として還流する時点で課税が行われていたため、外国税額控除33は適用できるものの、米国の高い水準の税率が適用されることになる。そのため、米国企業の子会社の多くは、米国親会社への配当を避けていたとされる。移行措置として、1986年以降に国外で稼得・蓄積された資産に対し、1度限りで、現金性資産に対しては15.5%、それ以外の資産に対しては8%の課税を行うこととされた。また、税源浸食防止規定(BEAT課税)34や、被支配外国法人(CFC)の定義拡大35、グローバル無形資産低課税所得(GILTI)36への課税などの変更も加えられた。
米国における過去の主な税制改革について、GDPに対する歳入への影響額を示したのが第Ⅰ-2-1-16図である。過去、最も影響が大きかったとされるのは、レーガン政権時の税制改革であるが、トランプ政権における税制改革はそれに次ぐ規模であり、2018年度は1,357億ドル、2019年度は2,800億ドルの減税が見込まれる(第Ⅰ-2-1-17図)37。
第Ⅰ-2-1-16図 減税規模の比較
第Ⅰ-2-1-17図 減税額
税制改革による今後10年間のGDPへの影響について、各種試算結果は0%~0.29%の間となっており、影響は限定的との見方が多数を占める(第Ⅰ-2-1-18図)38。Tax Policy Centerは、個人所得税の減税による需要喚起効果、今後5年間の企業による新規の投資について即時控除が選択できることが短期的な投資需要を増加させる効果、税引後賃金率の増加が低所得の配偶者が労働時間を延ばすインセンティブとなって労働供給を増やす効果、法人減税により貯蓄や海外からの資本流入及び国内外からの投資が増大することによる効果を経済成長の要因として挙げている。しかし、特に個人所得税については、主に恩恵を受けるのが低所得者層よりも消費性向が低い高所得者層であるため、経済効果は少なくなると見積もっている。また、企業部門についても、法人減税や設備投資の即時償却が時限措置として認められることによる投資促進効果等が一定期間持続することを見込みつつも、完全雇用状態にある現状に鑑みれば、需要の底上げの効果は小さくなると推測している。
第Ⅰ-2-1-18図 税制改革がGDPに与える影響
また、Tax Foundationによれば、法人税率の低下により、資本コストが低下し、経済規模の拡大とそれに伴う賃金の上昇が期待されるとしている。税制改革により、今後10年間で歳入が約1.5兆ドル減る39ものの、10年間でGDP成長率を2.86%(1年あたり平均0.29%)押し上げる効果があるため、金額にして5兆ドルの経済効果があり、減収分を充分取り戻せるとしている。このようにTax Foundationは減税による労働供給や投資の拡大といったサプライサイド効果を強調している40。
30 財務省による試算。地方法人税はカリフォルニア州。
31 2017年9月28日以降2022年12月31日までに取得・使用開始された有形固定資産が対象。建物や無形資産を除く有形動産が中心となる。2023年以降は段階的に削減。
32 法人の所得の源泉が国内であっても国外であっても全て米国による課税対象とする方式。
33 二重課税を排除するため、米国内で納付すべき税額から米国外で納付した税額を控除する外国税額控除制度が設けられている。
34 BEAT課税(Base Erosion and Anti Abuse Tax)は、米国外関連者(※)への保険料、資産取得対価等の支払いのうち、米国法人が損金算入している部分(Base Erosion Tax Benefit)を加算したものに原則10%(2019年から2025年の適用税率)を乗じた金額が、通常の方法で計算した法人税額を超過した分を課税。(※①法人の25%以上の持分を有する株主(25%株主)、②25%株主と50%超の持分関係でつながる関連者、③当該法人と50%超の持分関係でつながる関連者等。)
35 CFC (Controlled Foreign Company)については、従来、外国親会社に保有されている米国子会社と直接の資本関係がある第三国の兄弟会社を米国子会社のCFCとしてきたが、今回の改正で、米国子会社が第三国の兄弟会社に直接出資していない場合にもCFCとみなされることとなった。
36 GILTI (Global Intangible Low-taxed Income)への課税は、CFCが保有する有形償却資産に10%を乗じてみなし通常所得を算定し、それを上回る所得をGILTIとして米国株主側で合算課税するもの。
37 Joint Committee on Taxation公表資料(2017年12月18日付)(https://www.jct.gov/publications.html?func=startdown&id=5053)
38 Committee for a Responsible Federal Budgetウェブサイト(2018年1月5日付記事) (http://www.crfb.org/blogs/resources-tax-reform)
39 Tax Foundationは静的見通し(static projection)と動的見通し(dynamic projection)を算出しており、前者の場合は10年間で1.5兆ドルの歳入減、後者の場合は4,480億ドルの歳入減としている。
40 トランプは、税制の簡素化と税率の引き下げにより生産力、供給力の強化を図ることの重要性を強調。税制改革により、消費活動の活発化、貯蓄の促進、投資の拡大、労働力供給の増加が進み、経済成長を最大化できるとしている。(「Tax Reform that will make America great again」等より。)
2.通商政策動向
(1)トランプ政権の通商戦略
米国通商代表部(以下、USTR)は、2018年2月28日に「2018年通商政策課題」41を公表した。「2018年通商政策課題」は、①国家安全保障を支える通商政策、②米国経済の強化、③全ての米国人にとって役立つ通商協定の交渉、④米国通商法のアグレッシブな執行、⑤多国間通商システムの改革の5つを柱として掲げている。
第1の柱では、米国の主権を守り、米国民が同意できない義務を押し付けられないようにするべきであると述べられている。また、中国やロシアなどの挑戦的な政策が、安全保障の領域を超えて通商政策面でも影響を及ぼしているとある。特に中国に関しては、WTO加盟以降も十分な市場経済化が進んでいないことを問題視しており、中国やその他の国が公正な経済競争を阻む政策を取る場合には、トランプ大統領のリーダーシップの下、あらゆる措置を用いて米国の国益を守るために対抗するとしている。
第2の柱では、昨年12月に成立した税制改革法によって、法人税率は35%から21%に引き下げられ、主要な貿易相手国と対等な関係で競争できるようになったとしている。また、米国企業や国民に課せられている制度上の負担を軽減していく(規制見直し・撤廃)とした42。
第3の柱では、北米自由貿易協定(以下、NAFTA)や米韓自由貿易協定(KORUS)の再交渉や、EU離脱後の英国との貿易・投資に関する協定交渉の可能性、環太平洋経済連携協定(TPP)加盟国との交渉の可能性について言及している。TPPについては、加盟している11カ国の中で最大の経済規模を誇る我が国との貿易関係の改善に積極的に取り組むとしており、二国間又はTPP加盟国全体との交渉の可能性を模索していくとされた。
第4の柱では、既存の国際的な貿易協定に則った公正な競争環境が確保されるよう、米国の通商法や国際的な執行措置をアグレッシブに活用していくと述べている。具体的には、通商法301条に基づく中国の技術移転、知的財産、技術革新に関する政策や措置に関するUSTRによる調査、通商法201条に基づく大型家庭用洗濯機や太陽電池の輸入等に対するセーフガード措置、1962年通商拡大法232条に基づく国家安全保障上の理由による鉄鋼やアルミニウムの輸入に対する輸入制限、アンチダンピング税(以下AD)や相殺関税(CVD)の発動を含むWTO協定に基づく貿易救済措置の発動や紛争解決手続の活用43などを挙げている。
第5の柱では、米国がより良い多国間の通商枠組みの構築に寄与すべく、WTOにおいても積極的に活動していく方針であることを示している。一方で、WTOの過去20年の活動をみると、紛争解決手続や、現代の世界経済における重要な論点に関する合意形成で必ずしも十分な機能を果たしていないと指摘し、ドーハ開発ラウンド以降停滞している加盟国間の交渉について、現状に即した議論を行うべきだと主張している。また、開発問題についても、ブラジル、中国、インド、南アフリカ等の発展度合いの高い新興国と後発開発途上国との経済格差が広がる中で、WTOの枠組みにおいて、途上国が一律に「特別かつ異なる待遇」を受けられることに対しては疑問を呈している。米国は、こうしたWTOの改革に積極的に取り組むとともに、デジタル貿易など新たな課題についても適切なルール形成を促していきたいとしている。
41 修正1974年通商法により、毎年3月1日までに議会に提出することが求められているものであり、同時に2017年の年次報告書も公表されている。
42 2017年版においては、①通商政策において米国の国家主権を維持すること、②米国の通商法の厳格(strictly)な執行、③海外市場の開放のための手段を講じること、④新しく、より良い通商交渉を行うことの4本柱を掲げており、2018年版の第2の柱は新たに追加された内容。
43 米国はWTOの紛争解決手続きの活用について、中国政府による市場歪曲的措置、米国のAD及びCVD措置の運用がWTO協定に違反しているとするカナダからの訴え、インドネシアの輸入ライセンス制度、ボーイングへの補助金を巡る欧州との紛争の事例などを例に挙げている。
(2)NAFTA再交渉
本節では、トランプ政権による米国通商政策の主要な変更事項であるNAFTA再交渉について、企業のグローバルバリューチェーンに与える影響を含めて分析する。
①NAFTA概要
1994年1月に発効したNAFTAは、アメリカ、カナダ、メキシコが加盟する自由貿易協定であり、1989年に発効した米加自由貿易協定(CUSFTA:Canada-United States Free Trade Agreement)を吸収する形で発足した。
発効から20年以上が経ち、2017年の域内における貿易量は1993年の3.8倍にも増加している(第Ⅰ-2-1-19表)。域内の人口は約5億人、GDPは20兆円、3か国の世界との貿易量は5兆ドルを超える巨大な市場である(2016年)(第Ⅰ-2-1-20表)。
第Ⅰ-2-1-19表 NAFTA3か国間の物品貿易
第Ⅰ-2-1-20表 NAFTAの人口、GDP、貿易額
米国の国別貿易額(第Ⅰ-2-1-21表)をみると、カナダとメキシコがそれぞれ2位と3位に入っており、貿易収支はどちらも米国の赤字である。特にメキシコに対しては711億ドルの赤字を抱えており、その赤字額は、中国に次いで2番目に大きな金額である。
第Ⅰ-2-1-21表 米国の国別貿易額(2017年)
米国のNAFTA域内における貿易品目(第Ⅰ-2-1-22表)をみると、米国からカナダへの輸出は、自動車及び部品、一般機械、電気機器が上位となっている。一方、米国によるカナダからの輸入は、鉱物性燃料、自動車及び部品、一般機械が上位となっている。米国からメキシコへの輸出については、一般機械、電気機器、鉱物性燃料が上位となっている。一方、米国によるメキシコからの輸入については、自動車及び部品、電気機器、一般機械が上位となっている。このように、NAFTA域内の貿易においては、自動車及び部品の占める割合が非常に高い。
第Ⅰ-2-1-22表 米国のNAFTA域内貿易品目
②NAFTAの恩恵
NAFTAの発効によるマクロ経済への影響については、様々な分析が存在するが、USITCの報告書によれば、米国の年間失業率を4.4%押し下げ、0.3%の雇用創出効果があったとの分析結果を示している44。
関税及び非関税障壁の撤廃はNAFTA域内の貿易拡大に寄与した。NAFTAの発効後、ほとんどの品目にかかる関税は即時撤廃又は5年から15年かけて順次撤廃され、2008年1月1日までに譲許表に記載の全ての関税と数量制限が撤廃された45。また、非関税障壁のほとんども撤廃されている。NAFTAの発効後、2017年までにメキシコから米国への輸出は約8倍にも膨らんだことから、主にNAFTAはメキシコにとってメリットのあるものと考えられがちであるが、税率改善の観点では米国にも大いに有利であったことにも留意すべきである。1993年時点で先進国である米国の税率は元々メキシコに比べて相対的に低かったからである。1993年のメキシコから米国への輸出関税は平均2.07%だった上、特恵関税制度(GSP)によってメキシコから米国への輸出の5割以上が免税となっていた。一方で、1993年の米国からメキシコへの輸入関税は10%であった46。以下に品目別に詳しく見ていきたい。
第Ⅰ-2-1-23表~第Ⅰ-2-1-26表は輸入額の観点から、NAFTAによる関税削減効果が大きな品目を並べたものである。NAFTA3か国間の貿易において、その貿易額の多さから、関税撤廃の影響が大きかったのは、自動車産業である。メキシコから米国の輸出品目の上位品目に乗用車や貨物自動車、自動車用の部品などが並んでいる一方、米国からメキシコへの輸出品目においても、自動車用の部品やエンジン、ハンドル、ステアリングなど自動車関連製品が目立つ。さらにカナダと米国の関係においても、その輸出入品目に乗用車や自動車用の部品等が含まれており、3か国間の貿易においていかに自動車産業が重要な地位を占めているかがわかる。また、米国がカナダとメキシコから輸入している品目の中で、石油が上位品目として挙げられる。一方、米国がメキシコやカナダに輸出している品目に着目すると、軽質油及び調整品、プラスチック製品、その他の石油製品などがあり、石油関連産業もNAFTAによる恩恵を大きく受けていることが伺える。米国石油協会(API)は、米国がカナダやメキシコから輸入した原油は、米国内へのエネルギーの安定供給に欠かせないだけでなく、一部は精製・加工されてメキシコ等に再輸出されており、3か国全てにとっての利益であるとしてNAFTAの維持の必要性を訴えている47。
第Ⅰ-2-1-23表 MFN税率とNAFTA税率(メキシコから米国への輸出)
第Ⅰ-2-1-24表 MFN税率とNAFTA税率(米国からメキシコへの輸出)
第Ⅰ-2-1-25表 MFN税率とNAFTA税率(カナダから米国への輸出)
第Ⅰ-2-1-26表 MFN税率とNAFTA税率(米国からカナダへの輸出)
また、農業や繊維産業もNAFTAによる関税撤廃により裨益している。米国からカナダ、メキシコへの農産品の輸出額(2017年)は中国に次いでそれぞれ、第1位、第3位であり、NAFTA発効以降大きく拡大している(第Ⅰ-2-1-27図)。また、両国からの輸入額はメキシコが第1位、カナダが第2位となっており、輸出入両面においてお互いに欠かせない存在となっている(第Ⅰ-2-1-28図)。MFN税率(2016年)で比較すると、特に米国からメキシコに対する農産品輸出について、関税撤廃の効果が大きい。メキシコから米国、あるいはカナダから米国への農産品輸出にかかるMFN税率は平均して約1~4%である一方、米国からメキシコへの輸出にかかるMFN税率は約5~18%である(第Ⅰ-2-1-29表)。米国はメキシコに対して、とうもろこし、大豆、小麦などを輸出しており、その恩恵を大いに受けている。
第Ⅰ-2-1-27図 米国の農産品輸出額推移
第Ⅰ-2-1-28図 米国の農産品輸入額推移
第Ⅰ-2-1-29表 MFN税率とNAFTA税率(農産品)
また、繊維産業については、MFN税率の水準が各国ともに約10~15%前後と比較的高いため、3か国がお互いに関税撤廃による利益を受けていることがわかる(第Ⅰ-2-1-30表)。特に米メキシコ間においては、米国からメキシコへの輸出が40億ドル、メキシコから米国への輸出が52億ドルと金額規模が大きい(2016年)。
第Ⅰ-2-1-30表 MFN税率とNAFTA税率(繊維)
44 USITC (2016)。
45 USTR (2018)。カナダは乳製品、家禽類、卵に対する関税を維持しており、米国もカナダからの乳製品、砂糖、ピーナッツの輸入に対する関税を維持している。一方で、米墨間の貿易は完全に無税となった。
46 議会調査局(2017)。
47 API (2017)。APIはNAFTA維持の必要性について、①雇用、②消費者への恩恵、③エネルギー安全保障の強化、④市場開放の4つを挙げている。
③NAFTA再交渉の経緯
トランプ政権は、米国がメキシコやカナダに対して抱える貿易赤字や、米国とメキシコとの間の賃金格差により米国の雇用がメキシコに奪われた可能性を指摘し、NAFTAの現代化と公正な貿易の実現48を目指している。
2017年5月18日にNAFTAの再交渉を行う意思を議会に通知し、7月17日に22項目からなる「NAFTA再交渉の目的」を公表した49(第Ⅰ-2-1-31表)。8月16日にはワシントンDCにおいて第1回交渉会合が開催され、2018年3月末までに計7回の交渉会合が開催された。4月以降は公式会合ではなく分野ごとの実務者協議や閣僚級会合が行われている。
第Ⅰ-2-1-31表 NAFTA再交渉の目的
本交渉において焦点となっているのは、自動車・同部品にかかる原産地規則の見直し、貿易救済措置の見直し、サンセット条項の導入等である。これらの項目の改正の概要と想定される影響について、下記に述べていきたい。
48 米国はNAFTA三カ国間が享受すべき利益をリバランス(rebalance)すべきとの表現を「NAFTA再交渉の目的」(後述)や「2018年通商政策課題」等で多用している。
49 2015年超党派議会貿易優先事項説明責任(2015年TPA法:Bipartisan Congressional Trade Priorities and Accountability Act of 2015)では、少なくとも90日前に交渉開始の意思や交渉目的等について文書で通知する必要があり、また、30日前にはより詳細な交渉目的を公表する必要があった。なお、USTRが示した「NAFTA再交渉の目的」は22項目からなるが、実際の交渉分野は約30に上るとされている。
④NAFTA再交渉の論点
(a)自動車・同部品にかかる原産地規則の見直し
まず、自動車及び同部品にかかる原産地規則の見直しについてである。米国は2017年7月に公表した「NAFTA再交渉開始に向けた交渉目標等の概要」の中で、原産地規則に関して「米国及び北米からの産品や部品の調達が促進されるような制度の導入」と掲載しており、自動車のNAFTA域内の調達率を段階的に引き上げることなど、原産地規則を強化する内容を提案している50。また、NAFTAの完成車(大型バス・トラックを除く)における域内比率の算定においては、「トレーシングルール」と呼ばれる特別なルールが用いられているが、米国はこの対象品目に鉄鋼など全ての自動車部品を追加することを提案している51。しかし、米国政府の原産地規則提案に関しては、メキシコ、カナダ両政府及び米自動車・部品業界から激しい反対の声が上がっている52。
自動車メーカー各社はNAFTAを利用した米国への自動車販売を念頭に、カナダやメキシコへの生産拠点の移管を進めている。結果として、米国による自動車輸入のうち、カナダとメキシコからの輸入はNAFTA域外からの輸入を2010年に上回っており、NAFTAにより無税の恩恵を受けられる限り、今後もその傾向を維持するものとみられる(第Ⅰ-2-1-32図)。原産地規則が変更されれば、サプライチェーンの見直しに伴う混乱と、MFN税率の適用を受ける企業が増えることによる米国の消費者へのコスト増が懸念される。民間試算によれば、NAFTAが破棄されれば、メキシコやカナダがNAFTA発効前のレベルに関税を戻すため、米自動車部品産業で5万人の雇用が失われるとした53。
第Ⅰ-2-1-32図 米国の自動車輸入(NAFTA域外と加墨からの輸入)推移
仮に、企業がNAFTAを利用せず、WTO加盟国に適用するMFN税率で米国への輸出を実施する場合、乗用車には2.5%、トラック(ピックアップトラックやSUV等)には25%の関税が適用される。輸出車種の観点でみると、米系自動車メーカーによるメキシコから北米への自動車輸出のうち、大半がトラックの輸出(77.9%)で、日系(30.8%)を大きく上回っており、米系メーカーへの影響がより大きい。また、生産拠点の観点でみても、米系メーカーはメキシコを輸出拠点とするメリットを大いに活用しており、原産地規則の見直しによる悪影響は大きい。メキシコにおける自動車メーカーは、そのほとんど(82.2%)を国外への輸出に回しており、特に、生産に占める北米輸出の割合が非常に高い。米系メーカーにおいて、その傾向はより顕著であり、米系メーカーの北米輸出依存度(北米輸出/生産)は83.4%と、日系(55.5%)と比較して高い割合となっている。また、メキシコから北米向けの自動車輸出台数を米系メーカーと日系メーカーで比較すると、米系が約147万台(全体の56.4%)であり、日系の74万台(同28.4%)を大きく上回る。輸出全体に占める北米向け輸出の割合においても、米系は日系を大きく上回っており、米系は91.7%で日系は77.6%となった(第Ⅰ-2-1-33表)。
第Ⅰ-2-1-33表 メキシコの自動車輸出・生産台数
一方で、NAFTA域内の調達率の引き上げが実現すれば、米系メーカーよりも日系メーカーの方が現地調達率は低い傾向にある54ため、調達先の再検討やMFN税率による輸出、生産移転などより広範な見直しを迫られる可能性もある。
50 2018年4月半ばの各種報道によれば、米国調達比率を50%にすべきとの提案は取り下げられたとも伝えられている。
51 トレーシングルールの下では、定められた関税番号リスト(Annex403.1)に該当する品目(トレーシング対象品目)が域外から輸入されている場合にのみ、当該品目の輸入時点まで遡って「非原産材料価額」に含めることが求められる。Annex403.1に該当しない品目については、たとえ域外から輸入したとしても「非原産材料」扱いにはならない。さらに、使用する非原産材料・部品について関税番号(HSコード)での「桁数変更ルール」(4桁)を満たせば、生産される産品は原産品と認められる関税番号変更基準の廃止も米国の提案に含まれている模様。(通商弘報 2017年11月1日)
52 メキシコのグアハルド経済相とカナダのフリーランド外相は、国別の原産地規則を設けることは望んでいないとの立場。また、米自動車政策評議会のマット・ブラント会長は、「米国に特定した規則を設ければ、中小規模をはじめとする企業がNAFTAの恩恵を享受することがかなり難しくなる」との見解を表明した。(各種報道より)
53 ボストン・コンサルティング・グループ(2017)は米自動車部品工業会(MEMA)がスポンサーとなった分析結果を発表。
54 米運輸省道路安全局(NHTSA)のデータによれば、メキシコを最終組み立て地とする一部の車種の米国・カナダ調達率は日系(5~20%)より米系(7~55%)で高い傾向がみられる。(https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/insight/us171019.pdf)
(b)貿易救済措置の見直し
次に、貿易救済措置について、米国は「NAFTA再交渉の目的」の中で、貿易救済措置の発動に関する条項を見直す方針を示した。米国の国内法に基づく運用がしやすくなるよう、ADやCVDの発動に関する紛争解決制度を設置したNAFTA19章や、セーフガード措置発動に関わるNAFTA加盟国への適用除外を定めたNAFTA802条の撤廃を目指す考えを示している55。
まず、NAFTA19章は、加盟国間でのAD・CVDの発動に際して、当該措置の妥当性を2国間パネルで審査する紛争解決制度を設置している。AD・CVD措置の発動が輸入国の国内法に則って行われたかを審査するもので、加盟国の措置がWTO協定の規定に適合したものかを審査するWTOの紛争解決手続とは判断基準が異なる。本制度はもともとCUSFTAにおいて、米国のAD・CVD措置の適用除外を獲得しようとしたカナダ政府の主張を米国政府が一部受け入れる形で盛り込まれ、メキシコの支持も受けてNAFTAに引き継がれた。1980年代から続く米国・カナダ間の針葉樹材紛争では、同制度に基づき、カナダ政府が米国政府を提訴し、勝訴した事例がある。2017年12月には、米商務省がカナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの新型旅客機にAD・CVD合わせて約292%の関税を課すことを決定した。この決定を巡っては、カナダ政府が米ボーイング社製の戦闘機の購入を白紙にするなど、米加間の対立が激化していたが、今年の1月に米国際貿易委員会(ITC)が、米国の国内産業への損害を認定せず、AD・CVD措置の発動が見送られることとなった56。
次に、セーフガードの適用除外を定めたNAFTA802条の規定は、これまでカナダとメキシコにとって重要な意味を持っていた。本来セーフガード措置は全世界からの輸入に対して適用されるものであるが、NAFTA加盟国を802条に基づき適用除外としてきた事例がある。ブッシュ政権は2002年3月、鉄鋼製品14品目に対するセーフガード措置を発動し、日本を含む他国からの輸入に対して通常のMFN税率に加えて8~30%の関税を課したが、メキシコとカナダからの輸入は適用除外とした57。
しかし、トランプ政権のセーフガードの適用除外に対する態度はNAFTA再交渉における除外要求のみならず、実際の運用においても厳しくなってきている。注目すべきは、今年1月23日に発出された大型家庭用洗濯機と太陽電池の輸入に対するセーフガードにかかる大統領布告の内容だ58。米国政府は大型家庭用洗濯機と太陽電池の輸入急増により、国内産業が深刻な被害を受けているとして、2018年2月7日からこれらの産品に対するセーフガード措置を発動すると発表した。洗濯機については、韓国企業、太陽電池については中国企業が主な標的とみられ59、カナダやメキシコについては、NAFTA802条に基づき適用除外となることが期待されていた60。しかし、結果として、適用除外を受けられたのはカナダの洗濯機のみであり、太陽電池については全ての国への適用が決定された61。
55 JETRO通商弘報(2017年7月21日)「加盟国に対する貿易救済措置の発動を容易に」
56 JETRO通商弘報(2018年1月31日)「ボンバルディア製旅客機の輸入による損害認めず―USITCが最終裁定、ボーイングは「失望」を表明―」
57 この措置については、米国は2003年にWTOで敗訴し、関税を撤廃している。
58 米国政府によるセーフガードの発動は前述の2002年以来16年ぶりである。
59 洗濯機について、調査を要請した米家電大手ワールプールは、サムスン電子とLGエレクトロニクスの韓国企業2社が生産活動の移転により米国のAD措置を回避してきたと批判。また、太陽光発電製品については、USTRは中国企業が生産拠点を国外に移転することで、米国による貿易救済措置の関税を回避してきたと批判。(通商弘報2018年1月30日)
60 USITCのレポートでも、洗濯機についてカナダとメキシコからの輸入量は、輸入全体に占める割合が相当量に達していないとして、両国を適用除外とすべきとの提言を行っていたほか、太陽光発電製品についても、カナダは国内産業の深刻な侵害に寄与していないと判断していた。
61 1974年通商協定法201条は、USITCによる損害認定に基づき、一定期間(原則4年以内、最長8年)に限り、全ての輸入国に対して特定産品に係る関税の引き上げや関税割当などのセーフガード措置を発動する権限を大統領に与えている。
(c)サンセット条項の導入
米国は、NAFTAを存続させるかどうかについて、5年毎の見直しを義務づけるサンセット条項62の導入も検討している。米国は、サンセット条項の追加によりNAFTAの機能していない部分の修正を定期的に行っていきたいとの考えだ。カナダやメキシコは、定期的な見直しであれば応じる姿勢を示しているものの、更新に合意しなければ協定を終結といった趣旨を含む同条項については、長期的に投資を行う企業に不確実性をもたらすと指摘している。米国内からも、全米商工会議所がトランプ政権の要求は「協定全体を破滅させるポイズンピル(毒薬条項)を含んでいる」と述べるなど、反対の声が出ている。
62 NAFTA加盟国が5年ごとに協定を評価し、更新について合意されなければ自動的に廃止になるとするもの。
(d)日系企業の反応
JETROは、米国に進出している日系企業に対してNAFTA再交渉による影響の大きい交渉内容についてアンケート調査を行っている(第Ⅰ-2-1-34図)。それによれば、「通関・貿易円滑化・原産地規則」、「物品市場アクセス」、「労働・環境」が上位に挙がっている。業種別にみると、「通関・貿易円滑化・原産地規則」について、輸送機器・同部品(鉄道車両/船舶/航空/運送車両)に属する回答企業の100%が影響ありと回答している。また、「物品市場アクセス」ではゴム製品(57.1%)、繊維(53.8%)に対する影響が大きく、「労働・環境」では、繊維(61.5%)の関心が高いことが示された。多くの輸送機器メーカーにおいて、原産地規則の変更によるコスト変動に対する懸念が示された一方、化学品・石油製品分野では再交渉の影響はないと回答する企業も存在しており、業種によって反応は様々である。現段階で生産計画の変更等、具体的な対応策を講じている企業は少なく、再交渉の行方を見守る姿勢の企業が多い模様である。
第Ⅰ-2-1-34図 NAFTA再交渉による影響
(3)米中貿易
①米中貿易の概要
米国と中国は1979年の国交樹立後、二国間貿易協定を締結し、1980年に発効した。当時の物品の貿易額は約40億ドルであった。1980年当時、米国にとって第24位の貿易相手国に過ぎなかった中国は40年近くの時を経た現在、米国の最大貿易相手国となり、その貿易額(2017年)は約6,360億ドルに上る(米国の対中輸出額:約1,304億ドル、米国の対中輸入額:約5,056億ドル)。2017年の米国の中国に対する貿易赤字額は約3,752億ドルである(第Ⅰ-2-1-35図)。
第Ⅰ-2-1-35図 米中貿易収支
米国にとって中国は、カナダとメキシコに次いで第3位の輸出先である。対中輸出の上位10品目を見ると、航空機、乗用車、半導体等といった工業製品を輸出している(第Ⅰ-2-1-36表)。特に乗用車の輸出は中国内での需要の高まりを背景に10年前に比べておよそ10倍になっている。また、米国にとって中国は第2位の農産品輸出市場でもあり、大豆が重要な輸出品目となっている。一方で、米国にとって中国は、輸入元の第1位である。中国から米国へは、携帯電話、コンピュータ、通信機器等を輸出している(第Ⅰ-2-1-37表)。
第Ⅰ-2-1-36表 米国から中国への輸出品目
第Ⅰ-2-1-37表 中国から米国への輸出品目
中国は「世界の工場」として、巨大なサプライチェーンを築いて携帯電話やコンピュータ等のハイテク製品を生産し、その大半は米国をはじめとした世界各国に輸出しているが、その根幹となる半導体製品については、米国からの輸入に大きく依存している。このため、中国政府は2014年に「国家IC産業発展推進ガイドライン」を発表し、2020年までに半導体の自給率を向上させることを目指している。また、技術獲得を急ぐために、米国の半導体メーカーを買収する動きも活発化しており、米国はこの動きを警戒している。
②グローバルサプライチェーンの中の中国
中国から米国への輸入の拡大については、アジア太平洋地域における生産拠点の移動が大きく関係している。例えば、アジア太平洋諸国から米国への機械・輸送機器の輸出推移を見ると、中国のWTO加盟前の2000年時点では日本が全体の42.8%、中国が13.3%であったのに対し、2004年には中国に逆転され、2017年現在では、日本の19.7%に対し、中国は51.4%となっている(第Ⅰ-2-1-38図)。中国の代表的な輸出品目であるコンピュータの輸出についてみても、中国から米国への輸出は2000年との比較で、約7倍まで拡大しているのに対し、日本から米国への輸出は1/10以下に縮小している(第Ⅰ-2-1-39図)。
第Ⅰ-2-1-38図 アジア太平洋諸国から米国への機械・輸送機器の輸出推移
第Ⅰ-2-1-39図 米国へのコンピュータ輸出額推移
中国はアジア太平洋地域において、サプライチェーンの最終工程に位置しており、日本、韓国、台湾などで生産された部品を中国で組み立てて生産された多くの最終製品が米国に輸出されている。
同様に、サプライチェーンの観点で言えば、中国から輸出される最終製品の中には米国で生産された部品も含まれている。第Ⅰ-2-1-40図にあるように、米国から中国への輸出を素材、中間財、最終財に分解すると、米国の輸出は紙・パルプ・木材等の素材の輸出に加えて、化学関連の加工品や電気機械の部品といった中間財が大きな割合を占めていることがわかる。一方、中国から米国への輸出を同様に分解すると、最終財の輸出に大きく偏りがみられ、資本財である電気機械や一般機械等の輸出の伸びが顕著であることがわかる(第Ⅰ-2-1-41図)。こうしたことから、中国は米国から輸入した素材や部品を、最終製品として加工し、米国を含めた世界各国に輸出していることが読み取れる63。
第Ⅰ-2-1-40図 米国から中国への輸出(生産工程別)
第Ⅰ-2-1-41図 中国から米国への輸出(生産工程別)
63 中国がサプライチェーンの最終工程を担っている事例のを一つとして米ハイテク企業のアップルがある。アップルは、世界中で200のサプライヤと契約しており、900の生産拠点を擁する(2017年時点)。アップルのiPhoneは世界中から輸入された中間財を用いて、主に中国にある台湾企業で組み立てられている。多くのアナリストたちが中国は外国で生産された部品または外国企業の所有である部品を組み立てているに過ぎず、中国がiPhone生産で付加価値の創出に貢献している部分は非常に少なく、iPhoneの売り上げによる利益のほとんどを手にしているのはアップル社であると分析。ADBIの研究によれば、2009年時点で中国から米国に輸出されたiPhoneの総額は20億ドル以上になるがその付加価値の96.4%は米国を含む中国以外の国からもたらされたものだと分析している。このように、通常の貿易統計では、iPhoneの生産工程における付加価値の配分が正確に反映されず、米国の貿易統計には地理的に最終工程にある中国からの最終製品の価額が計上されていることに注意が必要である。(Morrison(2018)、(Xing and Detert. 2010)より要約。)
③米中通商摩擦
(a)米国の対中貿易赤字
米国は対中貿易赤字について、中国からの輸入増の原因、米国からの輸出停滞の両面において背景となる問題があると考えている。まず、中国からの輸入増の背景として、中国の政府支援を背景とした国営企業による海外進出、鉄鋼やアルミニウムの過剰生産、人民元レートの水準があると考えている。一方、米国から中国への輸出に関しては、中国の閉鎖的な市場や商慣行、知的財産権の侵害、中国に進出している米国企業に対する技術移転の強要などを非難している。米中ビジネス協議会(US-China Business Council)は、中国でビジネスを行う加盟企業に対して調査を行っており、中国の国営企業が資金調達や許認可、税制面で政府から優遇を受けており米国企業が競争上不利であること(第Ⅰ-2-1-42図)、知的財産保護のために中国での研究開発や生産等を制限せざるを得ない状況にある(第Ⅰ-2-1-43図)こと、回答企業の19%が取引先の中国企業や政府から中国への技術移転を求められたことなど中国におけるビジネスの難しさを浮き彫りにしている。
第Ⅰ-2-1-42図 米企業と競合する中国のSOEが受けている恩恵
第Ⅰ-2-1-43図 知的財産権保護のために米国企業が中国で実施している措置
米国のトランプ大統領は、こうした中国との問題点を解決するため、就任後の2017年4月には、貿易不均衡是正のための「米中経済協力の100日計画」に合意し、7月には米国ワシントンで第1回目となる米中包括経済対話を実施した。米国は一連の交渉において、牛肉の中国市場への輸出再開や、中国向け液化天然ガス(LNG)販売契約獲得、米国のバイオテクノロジー製品64の販売許可、中国金融サービスへの一部アクセス解禁といった一定の成果を獲得できた一方65、前述した対米貿易赤字の背景にある問題点の多くについては合意を得られなかった模様だ66。
こうした中、米国は中国に対する牽制を強めている。例えば、1974年通商法301条に基づく対中制裁や1962年通商拡大法232条に基づき実施された中国を含む各国からの鉄鋼及びアルミニウムの輸入を調整するための措置がある。さらに、米国のアンチダンピングやセーフガード等により米国の国内産業を保護しようとする動きや、対米投資に関する調査権限の強化の動きにも注目が集まっている。以下、米国の中国に対する貿易救済措置や投資スクリーニング措置の実施状況について概観する。
64 遺伝子組み換え製品など。
65 USCC (2017)。
66 第一回米中包括経済対話については、予定された両国による記者会見が中止され、共同声明等も発表されていない。
(b)アンチダンピング
米国は、中国からの輸入が米国の国内産業に損害を与えているとの認識から、アンチダンピング(AD)措置の実施を増加させる傾向にある。AD措置とは、他国が不当に安い価格で製品を輸出し、輸入国の国内産業に損害を与えている場合に、ダンピング価格を正常な価格に是正する目的で輸入国において賦課される特別な関税措置のことであり、WTO協定上認められているものである。通常、外国からの輸入製品について、輸出国の国内価格を輸出価格と比較し、後者の方が低い場合には、ダンピングが行われたとされ、その差額をダンピング・マージンとし、それを上限とするAD税を発動することになる。なお、米国は対中国のAD税の算定に当たって、中国が公正な価格を下回る水準で輸出したかどうかを判断するのに第三国の価格を使っている。これは、中国は2001年のWTO加盟時に15年間、非市場経済国として扱われるとの規定を受け入れたことが背景にある。この規定は2016年に失効したが、現在でも米国やEU、我が国は中国を市場経済国として認めていない。中国政府は、米国が失効したはずの規定に基づいて中国産品に対して不当に高率の関税をかけているとして非難している67。
米国と中国のAD措置発動状況について概観したい。米国による世界各国に対するAD措置の発動については、2016年には35件に達し、過去最も多かった2001年の33件を上回っている(第Ⅰ-2-1-44図)。中国に対するAD措置の発動については、年ごとにばらつきがあるが、2017年には上半期だけで8件を計上しており、最近は増加傾向にあることが伺える(第Ⅰ-2-1-46図)。米国が中国に対して発動しているAD措置(1995年~2017年上半期の累計)をセクター別にみると、鉄鋼製品を含む卑金属(38件)や化学品(31件)、機械・電子機器(10件)に対する課税が目立つ。特に鉄鋼製品を巡っては中国において国内需要を上回って過剰に生産された鉄鋼が米国に安値で輸出されることにより、米鉄鋼メーカーが打撃を受けていることが背景にある。トランプ政権誕生後の2017年3月3日には、米国際貿易委員会(ITC)が、厚板の対中輸入に対して、AD税・相殺関税(CVD)を賦課する最終的な決定を下した68。オバマ政権時に調査が開始された案件ではあるが、トランプ政権も対中輸入についてAD措置を積極的に利用していく立場である。結果として、中国から輸入される同製品にはAD税として68.27%、CVDとして251.0%が賦課された69。
第Ⅰ-2-1-44図 米国・中国によるAD措置発動件数推移
第Ⅰ-2-1-45図 米国・中国のAD措置被発動件数推移
第Ⅰ-2-1-46図 米国による対中国AD措置発動件数推移(セクター別)
一方で、中国による米国産品に対するAD措置の発動の動向にも注意する必要がある。過去の推移(第Ⅰ-2-1-47図)をみると、毎年平均して1~3件程度の発動件数であるが、中国では、食肉や乳製品への需要増を背景に家畜用の飼料の輸入も急増しており、2017年1月には穀物蒸留粕(DDGS)へのAD措置が発動された。また、2018年2月には中国商務省が白酒などの材料に使われる米国産コーリャンのダンピングに関する調査を始めたと発表した。さらに、3月には、プラスチック製造に使われる化学品であるフェノールについて、米国等70から不当に安く輸入されている疑いがあるとして調査を開始したと発表した。
第Ⅰ-2-1-47図 中国による対米国AD措置発動件数推移(セクター別)
67 2016年12月12日、中国は、米国及びEUに対して、市場経済国問題に関して、WTO上の二国間協議要請を行った。(WTO案件番号:DS515(対米国)、DS516(対欧州))。
68 USITCニュースリリース(2017年3月3日付)(https://www.usitc.gov/press_room/news_release/2017/er0303ll731.htm)
69 連邦官報(2017年3月20日付)(https://www.federalregister.gov/documents/2017/03/20/2017-05440/certain-carbon-and-alloy-steel-cut-to-length-plate-from-the-peoples-republic-of-china-antidumping#footnote-4-p14352)
70 米国のほか、EU、韓国、日本、タイも対象になっている。
(c)米国による通商法301条/1962年通商拡大法232条措置と中国の対応
トランプ大統領は2018年3月22日、通商法301条71に基づく、中国に対する制裁措置を発動することを命ずる大統領覚書に署名した。これは、2017年8月から、トランプ大統領からの指示を受けたUSTRが実施した301条に基づく調査結果において、米国企業の知的財産や技術を中国企業に移転するために中国政府が不当に介入しているとされたことを受け、対中制裁措置の発動を命じたものである。
具体的には、25%の追加関税の賦課する品目リストの公表、WTO紛争解決手続を通じた中国の差別的な技術ライセンスの慣行への対処、米国のセンシティブな技術に対する中国の投資規制強化の提案である。追加関税賦課の対象品目リストには、半導体、農業用機械、機械・産業用ロボット、医療用機器、航空機・宇宙関連など約1,300品目に上る幅広い品目が記載され72、推計年間約500億ドル規模である。対象品目のうち、最も影響が大きいのが一般機械(原子炉やボイラー及び機械類)であり、米国による輸入に占める割合は4割を超える。次に影響が大きいのが電気機器であり、同割合は3割となる(第Ⅰ-2-1-48表)。対米投資に関する規制強化については、詳細は不明であるが、外国投資委員会(CFIUS、後述)の強化につながることや、エクソン・フロリオ条項73又は国際緊急経済権限法74の援用などが指摘されている。
第Ⅰ-2-1-48表 通商法301条対象品目の2017年貿易額と構成比
また、2018年3月23日には、米国は、鉄鋼とアルミニウムの輸入が米国の国家安全保障上の脅威であると判断し、1962年通商拡大法232条に基づき、鉄鋼及びアルミニウムの輸入に対し、それぞれ25%、10%の追加関税賦課を開始した75。米国の鉄鋼及びその製品、アルミニウム及びその製品の輸入を上位国から順に並べると、中国はアルミニウムについて第2位、鉄鋼について第10位に位置付けており、金額面での影響は大きい(第Ⅰ-2-1-49表)76。
第Ⅰ-2-1-49表 米国の鉄鋼及びアルミニウムの輸入(国別)
こうした米国の動きを踏まえ、4月1日、米国による通商拡大法232条に基づく措置への対抗措置として、中国は、米国からの輸入の果物やワイン、豚肉など計128品目に追加関税を課すことを発表し、4月2日から実施した。具体的には、果物、ドライフルーツ、ナッツ類、ワイン、シームレス鋼管など120品目に15%の関税を上乗せし、豚肉やアルミスクラップなど8品目に対して25%上乗せした77。対象品目の2017年の米国による対中輸出額は約30億ドルであり、その金額を元に追加関税額を算出すると約6.4億ドルの影響が出ることが見込まれる。
また、4月4日には、米国による通商法301条に基づく中国製品に対する25%の追加関税措置への対抗措置として、中国は106品目に対して25%の追加関税を課すことを発表した。対象品目の2017年の対中輸出額は約490億ドルであり、米国の対中輸出額合計の32.6%を占める(第Ⅰ-2-1-50表)。
第Ⅰ-2-1-50表 中国による対米追加関税措置(米国の対中輸出額と追加関税額)
中でもインパクトが大きいのが、4月4日の措置で25%を関税が課すと発表された航空機、大豆、自動車の輸出で約390億ドルとなり、その割合は8割近くを占める。3品目だけで、追加関税の規模は約100億ドルに上る。
71 米国通商法301条により、通商協定における米国の権利が侵害されている場合や、外国の措置や政策等が通商協定の規定に違反し又は不整合である場合等に、一定の措置を講じる権限をUSTRに対して与えている。
72 2018年4月3日公表。USTRは、公表した対象品目リストに関するパブリックコメントを5月11日まで実施。公聴会は5月15日―17日に開催し、公聴会での証言に関する反論コメントを5月22日まで受け付ける。USTRは、上記プロセスを経た後で措置内容を最終的に確定。
73 1950年国防生産法第721条。大統領に対して、米国の安全保障を害する恐れのある取引を停止または禁止するために適切な措置を適切な時期に取る権限を与える条項(U.S.C. App. 2170(d)(1))。また、大統領による事実認定および決定内容については、司法審査の対象とならないことも規定している(U.S.C. App. 2170(e))。
74 1977年施行。非常かつ尋常ではない国際的脅威に国家がさらされた場合に、政府が「国家非常事態」を宣言し、経済に関する種々の権限を大統領が一時的に握ることを認める法律。外国為替取引、通貨及び有価証券の輸出入の規制・禁止や外国人の資産没収等の措置が認められる。(https://www.gpo.gov/fdsys/pkg/USCODE-2008-title50/pdf/USCODE-2008-title50-chap35.pdf)
75 米国は2018年3月23日付大統領布告において、カナダ、メキシコ、オーストラリア、アルゼンチン、韓国、ブラジル、EU加盟国は4月末までの間暫定的に関税から除外し、安全保障上の障害の恐れに対処する代案について議論を続けるとしている。その後、4月30日付で新たな大統領布告を発出、国別除外については韓国を代替措置で合意したことから鉄鋼のみ期限を定めない除外とした。また、ブラジル、オーストラリア、アルゼンチンは代替措置の合意までの期間を除外とし、カナダ、メキシコ、EUはさらなる交渉のため5月末までの除外期間の延長を決定した。(4月30日時点)。
76 第Ⅰ-2-1-49表の対象品目は、鉄鋼等:720610-721650、721699-730110、730210、730240-730290、730410-730690、アルミニウム等:7601、7604、7605、7606、7607、7608、7609、7616995160、7616995170。
77JETROビジネス短信(2018年4月5日)
(d)外国投資委員会(CFIUS)
米国においては、外国企業による米国企業買収にあたり、安全保障の観点から当該買収案件を審査し、懸念がある場合は買収を差し止める制度がある。米国内では、米国のハイテク関連技術の比較優位の維持、海外への技術流出の防止の必要性等を背景に、近時外国企業による対内投資に対する安全保障上の関心が高まっている78。
過去10年間の中国企業による米国企業に対する買収案件の推移をみると、中国企業による米国企業に対する買収案件は大幅に拡大79しており、特にハイテク関連企業への投資が集まっている(第Ⅰ-2-1-51図)。これに関し、米国企業への買収案件を審査し、差し止めるための調査権限を持つのが外国投資委員会(以下、CFIUS)である。
第Ⅰ-2-1-51図 中国企業による米国企業へのM&A件数推移
79 2017年は中国企業による海外企業の買収及びそれに伴う融資に対する中国政府の監視が強化されたことにより、減少に転じたものとみられる。(Rhodium, 2018)
CFIUSは「1950年国防産業法」721条で法制化されている米政府の省庁間委員会(第Ⅰ-2-1-52表)で、外国企業による米企業の買収案件が安全保障上の脅威になり得るかを審査している。大統領にはCFIUSの勧告に基づき、外国企業の買収を差し止める権限が与えられている。
第Ⅰ-2-1-52表 CFIUSの構成
2017年12月14日に開かれた米下院金融委員会金融政策・貿易小委員会の公聴会では、共和党のアンディ・バー委員長が「中国政府は半導体市場を支配するため、2500億ドル(約28兆円)の資金を準備している」と指摘し、新たな脅威に対応するため、CFIUSの機能強化の必要性を訴えた80。このような中、2017年9月中旬には、安全保障上の理由から中国系投資ファンドによる米半導体メーカー「ラティス・セミコンダクター」(オレゴン州)の買収を禁じる大統領令を発出した。さらに、2018年1月にはアリババの金融子会社であるアント・フィナンシャルが、CFIUSによる承認が得られないとの理由から、米送金サービスのマネーグラム・インターナショナルの買収計画を断念した。
CFIUSの年次報告書によれば、2013年~2015年に通知され、審査の対象となった案件のうち、中国からの投資案件が19%(74件)を占め、各年でみても1位となっている。2位のカナダと3位の英国が12%(それぞれ49件、47件)であり、日本は10%(40件)で4位となった。中国からの投資案件(2013~2015年の累積)を業種別でみると、製造業に対する投資が39件と最大になっている(第Ⅰ-2-1-53図)。
第Ⅰ-2-1-53図 国別対象案件数推移
米国大統領により、外国企業による買収が差し止められたのは、CFIUSの権限が強化された1988年以降5件しかないが、そのうち4件が中国系企業による案件に対するものである。特に中国系企業による半導体事業の買収案件に関しては、2016年のアイクストロン、2017年のラティス81が差し止められている(第Ⅰ-2-1-54表)82。
第Ⅰ-2-1-54表 大統領令に基づく投資差し止め事例
2017年11月に、超党派議員が、CFIUSの機能強化による対内投資管理を強化すべく、外国投資リスク審査近代化法案(FIRRMA)を議会に提出した。法案では、審査期間の延長、事前届出対象の拡大、外国政府との情報共有、審査に当たって考慮すべき要素などが規定されている。例えば、審査の考慮要素については、買収対象の企業が保有する技術が流出することによる米国の技術優位性に対する影響や、技術獲得を表明している特別懸念国の関与の有無、サイバーセキュリティに関する脅威が生じないかなど、様々な観点が追加されている83。
80 米下院金融委員会金融政策・貿易小委員会の公聴会のプレスリリース(2017年12月14日)、各種報道より。
(https://financialservices.house.gov/news/documentsingle.aspx?DocumentID=402831)
82 2018年クアルコムの案件については、CFIUS勧告(2018年3月18日)(https://www.qcomvalue.com/wp-content/uploads/2018/03/Letter-from-Treasury-Department-to-Broadcom-and-Qualcomm-regarding-CFIUS.pdf)、大統領令に関するホワイトハウスプレスリリース(2018年3月12日)(https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/presidential-order-regarding-proposed-takeover-qualcomm-incorporated-broadcom-limited/)に基づく。
83 White & Case (2017)