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- 第1部 第2章 第2節 欧州
第2節 欧州
1.マクロ経済動向
(1)ユーロ圏経済
①マクロ経済概況
ユーロ圏においては、欧州債務危機後、ドイツやフランスの経済回復が進む一方で、南欧の経済回復が遅れていたが、欧州中央銀行(ECB)による金融緩和策と外需に支えられ、2014年以降は、イタリアやスペインにおいても回復基調が続いている。2017年に関しては、好調な内需と世界経済を背景に堅調に拡大し、イタリアを含めて主要国の実質GDP成長率は軒並み1%を上回る水準に至った(第Ⅰ-2-2-1図)。ユーロ圏全体では、通年で2.4%増と前年を上回った。
第Ⅰ-2-2-1図 ユーロ圏諸国と英国の実質GDP成長率(年率)
第Ⅰ-2-2-2図 ユーロ圏諸国と英国の実質GDP成長率(前期比)
なお、2017年の実質GDP成長率は、第1四半期を除き、前期比0.7%増と高水準で推移していたが、2018年第1四半期については、前期比0.4%増と鈍化した(第Ⅰ-2-2-3図)。2018年に入って以降、ユーロ高、貿易摩擦に対する懸念、及び地政学リスクの高まり等が、製造業を中心とした景況感を下押ししていると指摘されている。ただし、景況感の水準を確認すると、長期平均を大きく上回っており、さらに、雇用と消費が好調を保っていることから、ユーロ圏経済は、引き続き緩やかながら拡大が続くとの見方が多い。
第Ⅰ-2-2-3図 ユーロ圏の実質GDP成長率(需要項目別寄与度)
第Ⅰ-2-2-4図 ユーロ圏の景況感(セクター別)
失業率については、スペイン及びギリシャをはじめとして、ユーロ圏諸国が軒並み前年より低下しており(第Ⅰ-2-2-5図、第Ⅰ-2-2-6図)、雇用の改善を背景に、消費者セクターの状況も改善している。
第Ⅰ-2-2-5図 ユーロ圏諸国と英国の失業率の改善(前年差)
第Ⅰ-2-2-6図 ユーロ圏諸国と英国の失業率
投資については、堅調な外需と内需に加えて緩和的な金融政策に支えられ、2017年の間、拡大し(第Ⅰ-2-2-7図)、企業向け銀行融資も堅調である(第Ⅰ-2-2-9図)。ただし、貿易摩擦やBREXIT交渉の先行きの不透明感は、今後、投資を抑制させる要因となりうる。
第Ⅰ-2-2-7図 ユーロ圏諸国と英国の総固定資本形成伸び率
第Ⅰ-2-2-8図 ユーロ圏企業の借入れ金利
第Ⅰ-2-2-9図 ユーロ圏銀行の民間向け貸出額の推移
②金融政策
ユーロ圏の好調な景気と雇用を背景に、金融緩和の縮小を求める声も高まる中、基調的なインフレ率は弱く、持続的上昇の兆候が見られない(第Ⅰ-2-2-10図)ことから、欧州中央銀行(ECB)は正常化の判断に関して慎重な態度を維持している。
第Ⅰ-2-2-10図 ユーロ圏の消費者物価上昇率の推移
ただし、2017年10月には、資産購入額を月額600億ユーロから300億ユーロへ縮小することが決定された87ほか、2018年3月にはフォワードガイダンスから緩和バイアスを示す文言が削除されており、金融政策の正常化に向けた一歩は踏み出されていると言える(第Ⅰ-2-2-11表)。資産購入については、早ければ2018年内に終了する可能性があるが、物価動向を慎重に見極めた上での判断となると考えられる。政策金利の引き上げについては2019年以降と見られている。
第Ⅰ-2-2-11表 ECBの金融政策
87 2018年1月より実施。
③貿易
ユーロ圏の財貿易は、好調な世界経済に支えられ、2017年は輸出・輸入とも大きく拡大した(第Ⅰ-2-2-12図)。主な輸出相手国は、ユーロ圏域外では米国、英国、中国の割合が大きいが、2017年は中国向けが前年比15%超と大きく伸びた一方、消費が冷え込んだ英国向けは1%の伸びにとどまった。ユーロ圏域内向けは8%の伸びとなった(第Ⅰ-2-2-13図)。
第Ⅰ-2-2-12図 ユーロ圏の輸出額伸び率(相手先別寄与度)
第Ⅰ-2-2-13図 ユーロ圏の輸出先別割合と伸び率
第Ⅰ-2-2-14図 ユーロ圏の輸出額伸び率と各国寄与度
第Ⅰ-2-2-15図 ユーロ圏の輸入額伸び率(相手先別寄与度)
輸入については、主な輸入相手国のうち、中国は前年に比べ9%伸びたが、米国は2%の伸びにとどまった(第Ⅰ-2-2-16図)。
第Ⅰ-2-2-16図 ユーロ圏の輸入相手国別割合と伸び率
第Ⅰ-2-2-17図 ユーロ圏の輸入額伸び率と各国寄与度
(2)英国経済
①マクロ経済概況
英国は、欧州主要国の中では世界経済危機後の経済立て直しが早く、2014年まで高い経済成長率を誇っていたが、EU離脱に関する国民投票の可能性が高まった2015年以降は伸びが鈍化しており、2017年は年率1.8%の伸びにとどまった(前掲、第Ⅰ-2-2-1図)。
実質GDP成長率に対する需要項目別寄与度を見ると、2017年は、2016年まで進んだポンド安が影響して家計消費によるプラス寄与が縮小したが、好調な世界経済を背景に、第2・第3四半期は主に輸出が経済を牽引した(第Ⅰ-2-2-18図)。
第Ⅰ-2-2-18図 英国の実質GDP成長率(需要項目別寄与度)
2018年第1四半期については、一次速報値によれば、前期比+0.1%と大きく鈍化した。セクター別では製造業の伸びが大幅に鈍化したほか、建設業は縮小した(第Ⅰ-2-2-18図、第Ⅰ-2-2-19図)。天候要因やポンド高の進行(中間財投入コストが低下する反面、輸出数量を下押しする効果がある)に加えて、EU離脱後の通商取り決めに関するEUとの交渉に対する懸念が鈍化の背景として指摘されている。欧州委員会によれば、2018年のGDP成長率(年率)は、2017年の1.8増から1.5%増へ、2019年には1.2%増へと顕著に鈍化していくと見られている88。
第Ⅰ-2-2-19図 英国の実質GDP成長率(セクター別寄与度)
雇用は改善が続いており、失業率は直近で4.2%89まで低下している(前掲、第Ⅰ-2-2-5図、第Ⅰ-2-2-6図)。
固定資本形成は、2017年も拡大しているものの、そのうち民間投資については、2016年以降伸びが抑制されている(第Ⅰ-2-2-20図)。BREXITに関するEUとの交渉の先行きの不透明感から投資を先送りする傾向や、将来の売上が減少するとの見通しの存在が背景として指摘されている。堅調なグローバル需要、ポンド安及び低い資金調達コストを背景に、輸出と企業投資は拡大するとみられているが(第Ⅰ-2-2-21図)、EU離脱後の通商関連の取り決めに関する見通しの不透明感が解消されない限り、投資の伸びは引き続き抑制的なものとなると見られている。
第Ⅰ-2-2-20図 英国の民間投資推移
第Ⅰ-2-2-21図 英国製造企業の投資意欲
なお、外国からの直接投資は、BREXITによる先行きの不透明感をポンド安が相殺する形で、大きな減速は見せていないが、足下では製造業企業を中心に減速傾向にある(第Ⅰ-2-2-22図、第Ⅰ-2-2-23図)。
第Ⅰ-2-2-22図 英国の外国直接投資(フロー)
第Ⅰ-2-2-23図 英国企業に対する外国企業による買収
88 European Commission(2018).
89 2017年12月時点で4.2%(欧州統計局)。
②消費者物価
消費者物価上昇率は、ポンド安を背景に2016年後半から2017年前半にかけて大幅に加速し、2017年9月から2018年1月まで3%台という高水準で推移した(第Ⅰ-2-2-24図)。これにより実質賃金が押し下げられ(第Ⅰ-2-2-25図)、2016年末より小売売上高の伸び率は顕著に鈍化した。
第Ⅰ-2-2-24図 英国の消費者物価上昇率
第Ⅰ-2-2-25図 英国の物価と為替の推移
一方、ポンドが2016年末を底に対ドルで回復する中、2018年に入り、ようやく過去のポンド安によるインフレ押し上げ効果が剥落し、消費者物価上昇率は鈍化、実質賃金上昇率が約1年ぶりにプラスに転化した。
③貿易
英国の財輸出は、資源価格の低迷や先進国及び中国経済の減速を背景に、2016年は低迷したが、2017年には世界経済の回復とポンド安に支えられて拡大した(第Ⅰ-2-2-26図)。財輸入については、国内消費の冷え込みにより2017年前半まで低迷したものの、2017年秋以降は持ち直している(第Ⅰ-2-2-27図)。
第Ⅰ-2-2-26図 英国の輸出伸び率(相手先別寄与度)
第Ⅰ-2-2-27図 英国の輸入伸び率(相手先別寄与度)
なお、2016年には、国民投票前後の先行き不透明感及び投票後のポンド下落の中、保有するポンドを金に買い換える動きによって、非貨幣用金の輸入が急増した。そのため、財の合計輸入額に占める非貨幣用金の割合が、前年の3%から9%にまで拡大したが、2017年にはそうした動きはやや下火になり、同割合は6%に低下している(第Ⅰ-2-2-28図)。
第Ⅰ-2-2-28図 英国の金輸入額推移(相手先別)
2.BREXITの動向
(1)BREXIT概要
英国は、国民投票(2016年6月23日)を踏まえ、2017年3月29日、EUを離脱する旨を欧州委員会に対し通知しており、2019年3月30日0時(欧州時間)にEUを離脱することが決定している。
上述のとおり、英国では、EU離脱の決定以降、ポンド安を背景とした消費の鈍化がみられたほか、将来の不透明感により、国内企業による固定資本形成や外国企業からの対内直接投資が鈍化している。
2018年3月には、欧州理事会において、英国のEU離脱以降の移行期間に関する内容が暫定合意され、漸く移行期間終了後の将来枠組みに係る交渉が開始される段階に至った。同交渉は長期化する可能性が高いと見られているが、その結果次第では、経済への影響が非常に大きくなる可能性もある。
英国としては、より幅広いサービス分野を扱う等他にはない自由貿易協定を目指すとしており、仮に、カナダEU間と同様の自由貿易協定が締結された場合には、モノの取引に原産地証明が必要になる等、通関手続の煩雑化が予想される上、カバーされる範囲が限定的になる可能性もあることから、一定程度の影響が生じうる90。
あるいは、ノルウェーのようにEFTA(欧州自由貿易連合)に加盟した上で欧州経済領域(EEA91)にも参加する場合は、EU域内と同じく、モノ、サービス、資本を自由に移動でき、金融業の単一パスポート制度も維持されるため影響が小幅に抑制される。一方で、人の移動の自由も含めた一定のEU法の受け入れや、EUへの一定の支払いの受け入れも必要となることから、英国はこのパターンを容認しないことを表明している。
そして、当然ながら、英EU間で貿易に関する合意がないまま離脱した場合は最も影響が大きい。仮に、貿易協定等の枠組がなんら合意されないままEUを離脱した場合、英国とEUは互いにWTO上の約束内容を適用することになり、財及びサービス貿易全般において、現在よりも企業の負担が大きく増すこととなる。
第Ⅰ-2-2-29表 BREXITによる影響見通し(英国財務省)
90 EUトゥスク欧州理事会議長は、英国に残された選択肢はカナダ型のFTAだけであるという認識を示しているが、一方、英国メイ首相は、カナダ型FTAで得られる通商関係では不十分との見解(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(2018)。)。
91 EFTA加盟国が、EUに加盟することなく、EUの単一市場に参加することができる枠組み。1994年1月1日、EFTAとEUの間で発効した協定に基づき制定された。
一方、非関税障壁の発生によって大きく影響を受けるとみられるセクターは、英国産業連盟(CBI)の試算92によれば、飲料・食品、化学品、あるいは輸送用機械等である(第Ⅰ-2-2-30表)。
第Ⅰ-2-2-30表 「合意なし」のEU離脱の場合の非関税障壁
EU加盟国の中で合法的に製造・販売された製品であれば、EU法の下で多くの規制・制度に関する相互認証が保証されているため、EU域内でビジネスを行う場合は追加的な対応は不要であった。しかし、EU加盟国としての資格が失われた後は、英国企業はEU非加盟国の企業としてEUでビジネスを行うこととなり、通商取り決めの内容次第では、自国の規制93に加えてEUあるいはEU各国の規制に従う必要が生じる。また、特に、安全性の確保や生産効率の増進等を目的として多くの規制や手続きが定められているセクターや、中間財を輸入して加工した製品を輸出するといった形でサプライチェーンが複雑に絡み合っている工業品においては、企業の負担は大きく増し、競争力の低下に繋がりかねない。
また、EU内で認められている人の移動の自由についても、EU離脱後にEU非加盟国としての待遇に甘んじることとなれば、人材の不足及び機動性の低下からやはり競争力の低下を招く可能性が高い。
英国とEUの主要貿易品目別の依存度を見ると、英国は、輸出・輸入いずれにおいても、多くの製造品がEUに大きく依存しているが、特に化学品・プラスチック品及び輸送用機械に関しては、貿易金額も大きいことから、通商取り決めの内容次第では影響が大きくなる可能性がある(第Ⅰ-2-2-31図、第Ⅰ-2-2-32図)。
第Ⅰ-2-2-31図 英国の輸出額に占めるEU割合(品目別)
第Ⅰ-2-2-32図 英国の輸入額に占めるEU割合(品目別)
一方、EUにとっての英国依存度に関しては、主要貿易品目がいずれも1割未満にとどまっている。さらに、英国依存度は2000年代半ばに比べて低下傾向にあることから、英国企業に比べれば、EU域内企業のうちBREXITの影響を受ける企業割合は小さいと考えられる(第Ⅰ-2-2-33図、第Ⅰ-2-2-34図)。
第Ⅰ-2-2-33図 EUの輸出額に占める英国割合(品目別)
第Ⅰ-2-2-34図 EUの輸入額に占める英国割合(品目別)
92 CBI (2017).
93 既存の英国の規制に加えて、現在効力を有するEU規則に代わる新たな英国の規制。
(2)BREXITに対する産業界の反応
BREXITで生じる関税・非関税障壁による影響を軽減するため、各国の産業界が英国及び他のEU加盟国政府に対して声を挙げている。
例えば、英国の化学工業会は、欧州委員会のREACH規則(化学品の登録・評価・認可及び制限に関する規則)の枠組みについて、引き続き英国がEU内のメンバーとして参加できるようにすることを求めている94。
2007年に施行されたREACH規則は、化学品をEU域内で製造・輸入する企業に対して、EU市場に出す前に、当該化学物質を欧州化学品庁(ECHA)に登録・届出することを義務付けている。
同制度の導入以来、各国企業は同規則の求める煩雑な手続きに対応しているが、英国がEU非加盟国になれば、英国企業は、EUのREACH規則への対応のみならず、自国内の規制にも対応する必要が生じる。また、REACHに関する手続きを行うことができるのはEU域内の「輸入者」か「唯一の代理人」に限られるため、英国企業は自国内で対応することができず、これまでと比べてコストが大きく増すこととなる。
さらに、REACH規則は、化学物質を製造・販売する企業だけでなく、一定の化学物質を含有する成形品の製造・販売を行う企業にも対応を義務付けている。そのため、仮に英国とEUの間に同規則に関する調整がなされないまま離脱を迎えた場合、化学品だけでなく、英国の主な輸出品である自動車や航空機を含む多くの品目が、他のEU加盟国での登録・届出を求められることとなり、欧州のサプライチェーン全体に影響が拡大する95。
また、英国の自動車産業はEUとのサプライチェーンに深く組み込まれて完成車及び自動車部品の輸出入を行っている(第Ⅰ-2-2-35図)ため、EU離脱により単一市場への自由なアクセスができなくなった場合、規制対応や通関業務に要する時間的な損失と関税コストの負担により競争力の低下を招くことが懸念されている。そのため、英国の自動車工業会は、型式認証に関する相互認証の必要性、原産地規則においてEUコンポーネントを累積扱いにする必要性、及び通関業務の遅延回避の必要性等を主張している。また、税関手続の復活に伴う倉庫・在庫マネジメントの再編等、緊急対策の実施には1年以上の準備期間が必要であるとして、対応が求められる可能性を当局が早期に示すよう要求している96。
第Ⅰ-2-2-35図 英国の自動車貿易に占めるEU割合
94 Chemical Industries Association (2017a), Chemical Industries Association (2017b).
95 ADS (2017).
96 Business, Energy and Industrial Strategy Committee of House of Commons (2017).
一方、EU側の産業界も、BREXITによる悪影響を懸念している。
ドイツ商工会議所のアンケート調査によれば、ドイツ企業の多くは、モノの自由な移動の確保と、通関手続等官僚主義の抑制を、BREXIT交渉において優先すべき事項として挙げている97(第Ⅰ-2-2-36図)。
第Ⅰ-2-2-36図 ドイツ企業による優先事項(BREXIT交渉)
なお、8%の企業が、英国内の投資先をドイツ等他の地域へ移転する予定があると回答している(第Ⅰ-2-2-37図)。一方で、過半数の企業がBREXITに対する準備を行っていないが、BREXIT後の英EUの関係が不透明であることが理由と見られている(第Ⅰ-2-2-38図)。また、同調査報告書では、BREXITにより大きな影響を受ける可能性がある企業として、複雑なサプライチェーンに組み込まれている企業と並んで、これまでEU域内でしか貿易をしたことがなく通関手続に慣れていない中堅・中小企業が挙げられている。
第Ⅰ-2-2-37図 英国内の投資先を移転する予定の有無(ドイツ企業)
第Ⅰ-2-2-38図 BREXITによる影響評価(ドイツ企業)
なお、在欧州の日系企業に対するアンケート調査によると、8割以上もの製造業企業が、関税による影響を懸念している。また非関税障壁については約4割、基準・認証については3割前後の製造業企業が懸念している。
また、在英の日系製造業企業の多くが、通関手続の導入、物流、及びサプライチェーンに関して、対応準備や見直し等を行う必要性を認識している98(第Ⅰ-2-2-39図)。さらに、こうした対応や見直しに要する期間については、回答数が少ないものの、通関手続を除いては、半数以上の企業が、対応に2年以上要すると考えていることが確認できる(第Ⅰ-2-2-40図)。英EU間の交渉がまとまり、移行期間が設定される場合、同期間は2019年3月30日99から1年9か月となることが暫定合意されているが、上記アンケート結果を踏まえても、実際に移行期間内に企業が十分な対応を行うことができるのか不透明である。BREXIT後に関する英国とEUの交渉が速やかに進展することが求められる。
第Ⅰ-2-2-39図 「英国の規制・法制の変更」で懸念のある分野(日本企業)
第Ⅰ-2-2-40図 在英日本企業がBREXIT対応に要する期間
また、経団連と在欧日系ビジネス協議会(JBCE)が2018年3月に公表した「英国のEU離脱に関する第二段階の交渉に向けた意見」100では、十分な長さの移行期間や無関税貿易の維持に加えて、将来の英国とEUの関係について、簡素な通関手続と原産地規則の実現や、英国とEUの間での広範な経済分野における規制・基準の整合性の確保といった要素への対応が要望されている。
これまで、EUの枠組みの中で英国とEUの経済関係は深いレベルで統合され、英国の経済成長を支えてきたが、離脱後の枠組の変化によって、築き上げられたサプライチェーンは大きく影響を受ける可能性がある。モノの移動だけを見ても、関税の枠組にとどまらず、製造・販売に関するEUの規制・制度まで幅広い。英国とEUの関係が従来と比べてどの程度変化するのかに注目が集まっている。
ただし、英国とEUの交渉は、漸く2018年3月にBREXIT後の将来枠組みに係る交渉の段階に入ったばかりであり、対外的に公表されている範囲では、交渉内容は明らかではない。一方で、英EU間で交渉中の離脱協定において、英国のEU離脱(2019年3月30日)及び移行期間の終了(2020年12月31日)の時期は既に定められている101。一方で、具体的な交渉はEU離脱後に行われ、最終的な協定締結がいつなされるのか全く不透明な中で、企業がBREXITによる環境の変化に対応するための具体的な情報がないことによって、企業の対応が間に合わなくなるリスクが懸念される。
97 DIHK (2018).
98 独立行政法人日本貿易振興機構(2017a)。
99 欧州時間。
100 Keidanren (Japan Business Federation) and Japan Business Council in Europe (JBCE) (2018).
101 移行期間の終了時期は暫定合意内容。
3.通商政策動向
(1)EUの通商政策
欧州共同体(EC)では、1968年という早い時期に、域内関税ゼロの関税同盟が形成されている。メンバーは当初のEEC加盟6か国102から、1986年までに12か国に拡大し、1993年の欧州連合(EU)への発展を経て、現在では28か国となっている。
EUは欧州域外との通商協定の締結にも積極的に取り組み、トルコとの関税同盟103、地中海諸国と経済連携協定104、メキシコとの自由貿易協定105などが2000年代半ばまでに発効した。
2006年に、EUは新しい通商戦略をまとめた報告書「Global Europe」を発表した。同報告書はEUの成長と雇用のための通商政策を示すことを目的としており、欧州の企業が世界で競争するために世界の市場をオープンにする必要があり、また、そのためには関税の撤廃だけでなく、財、サービス、投資、知的財産、政府調達、持続可能な発展等を対象とする、深く包括的な貿易協定を締結する必要があることが示されている。
同報告書では、自由貿易協定(FTA)の新しいパートナーの選定基準を、市場規模が大きく、EUからの輸出に対する保護(関税若しくは非関税障壁)の水準が高いことと明記しており、これに基づいて、韓国、ASEAN106、及びメルコスール107との間で、サービス分野の自由化や非関税障壁の撤廃も内容とするFTA交渉が進められた。
2015年には、韓国との自由貿易協定が発効108した。韓国との自由貿易協定は、物品関税撤廃だけでなく、自動車や医薬品分野の財貿易に関する非関税障壁にも対応しているほか、サービス分野や投資における市場アクセス等も対象としている。また、中南米地域で最も早く2000年に自由貿易協定を締結したメキシコとの間では、現在、協定の近代化に向けた交渉が進められている。
さらに、2017年9月に暫定適用が開始したカナダとの包括的経済貿易協定(CETA)と、同年12月に交渉が妥結した日本との経済連携協定(EPA)109は、相互の関税・非関税障壁について高いレベルで自由化を図り、かつ、反グローバル化に対する支持が拡大する中で、労働者の人権及び環境の保護にコミットした内容となっている110。特に日本とのEPAに関しては、保護主義の動きが広まる中で、開かれた公正な貿易・投資ルールのモデルとなることが期待されている111。
これらのFTA交渉の結果、EUの域外向け財貿易額に占めるFTAカバー率(FTA発効済国・地域、及びEU域外の関税同盟相手国が占める割合)は拡大し、EU28か国では2017年に32%(暫定適用・署名済みを含む)となっている(第Ⅰ-2-2-42図)。なお、1995年時点のEU加盟15か国に限定した貿易額の推移を見ると、FTA発効済国の割合は、1997年の14%から2017年では39%に拡大(暫定適用分も含めると43%)している(第Ⅰ-2-2-43図)。また、域外向けだけでなくEU域内も含めた貿易額について見ると、EUのFTAカバー率は7割を超え、他の主要国を上回る(第Ⅰ-2-2-44図)。
第Ⅰ-2-2-41図 EUのFTA発効済み貿易額に占める貿易相手国
第Ⅰ-2-2-42図 EUのFTAカバー率(対EU域外貿易額)
第Ⅰ-2-2-43図 EU15か国のFTA?(発効済み)カバー率推移
第Ⅰ-2-2-44図 主要国・地域のFTAカバー率
こうした通商協定の締結と世界経済の拡大を背景に、EUの貿易額は、財・サービスともに拡大している。1995年の第4次拡大後のEU加盟15か国に関する貿易額について見ると、EU15か国以外との貿易額は、1997年から2017年の間に3倍まで拡大している(第Ⅰ-2-2-45図)。主な域外の貿易相手国・地域の中で、財貿易の伸び率が最も高いのは中国で、2017年の輸入額は1997年の7倍以上、輸出額は6倍以上となり、EU15か国以外との貿易額に占める割合は13%に達している(第Ⅰ-2-2-46図)。
第Ⅰ-2-2-45図 EU?(15か国)の域外貿易額推移(相手国・地域別)
第Ⅰ-2-2-46図 EU?(15か国)の財貿易額伸び率(域外相手国・地域別)
第Ⅰ-2-2-47図 EU?(15か国)のサービス輸出
第Ⅰ-2-2-48図 EUの財貿易収支
102 ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、オランダ。
103 1995年12月31日より発効。
104 1995年に合意された、自由貿易圏の創設を目的とする総合的な協力枠組みであるバルセロナ宣言を背景とする。国により、1990年代から2000年代半ばにかけて発効した。
105 2000年発効。
106 ASEANの中ではベトナム及びシンガポールとの交渉が既に妥結(当初、EUはASEAN地域とのFTAを目指していたが、ASEAN域内個別国とのFTA締結に切り替えた)。
107 EU・メルコスール自由貿易協定は、2004年10月までの交渉の後、交渉中断。2010年に交渉再開、2012年に交渉再中断、2016年に交渉再開。
108 2007年に交渉開始、2011年に暫定適用開始、2015年末に発効。
109 2017年12月に交渉妥結(2018年3月時点で署名待ちの状況)。
110 European Commission (2016).
欧州委員会ウェブサイト(2018年2月時点)。http://ec.europa.eu/trade/policy/in-focus/eu- japan-economic-partnership-agreement/agreement-explained/
European Commission (2017a).
111 外務省(2017)。
(2)EUの改正AD
前項で見てきたように、EUは自由貿易の推進を基本的な立場としている。しかし一方で、必要に応じて反ダンピング措置(以下、AD措置とする)や反補助金措置等の輸入制限措置を実施しており、世界でも米国に次いでAD措置の発動件数が多い。なお、AD措置の発動件数は2000年代半ば以降減少傾向にあるが、中国を対象にしたものが足下で増加している(第Ⅰ-2-2-49図、第Ⅰ-2-2-50図)。
第Ⅰ-2-2-49図 主要国のAD措置発動件数推移
第Ⅰ-2-2-50図 EUによるAD措置発動件数推移
第Ⅰ-2-2-51図 EUによる対中国AD措置発動件数推移(品目別)
そのAD措置のEUにおける枠組を定めるEU規則が、2017年12月に改正された112。改正前のAD規則(EU規則No.2016/1036)では、代替価格を使用しうる「非市場経済国(NME国)」として、中国等の国名を明示し、原則として、AD課税調査における代替価格の使用を義務づけていたが、改正後のAD規則では、「NME国」という用語を用いず、また、規則において特定国を明示することなく、重大な市場歪曲が認められる国・産業について、代替価格を使用できる、という規定ぶりとなっている113。
同改正は、2016年12月の中国加入議定書の一部文言失効に伴い、WTO協定上中国に対する代替価格使用が許容されなくなる可能性と、それによって、中国に対する反ダンピング措置の発動可能性が低下するのではないかという、欧州産業界を中心とする警戒感の高まりを背景にしている。
EUのAD規則については、中国に対する代替価格使用がWTO協定に整合的か否かがWTOパネル手続で争われているが、EUは、今回の改正理由について、「WTOの法的枠組におけるEUの国際的義務を完全に遵守しつつ、欧州として、現在の国際通商環境(特に、あまりに頻繁に過剰供給の原因となっている、国家介入による市場歪曲)に対応できる貿易救済措置を確保するため」114、と説明している。
自由貿易を支持しつつも市場歪曲的な措置に対峙するというEUの姿勢は明確である。以下は、同改正規則のプレスリリースに掲載されたユンカー欧州委員会委員長のコメントである。
「欧州は自由で公正な貿易を表象する(stand for)が、単純な(naive)自由貿易主義者ではない。だから、我々は、多国間でルールに基づく貿易システムを支持する(uphold)一方で、我々の企業が公平な環境で活動することを規則によって確保する必要がある。」「これは特定の国に関するものではなく、雇用の破壊に導く不公正な競争やダンピングに対抗する手段を確保するものである。」
新興国の技術進歩は著しく、欧州企業は多かれ少なかれグローバル競争に直面しているが、一部の新興国に関しては、政府による介入が市場歪曲を引き起こしており、欧州域内の企業が不公正な立場で競争を強いられているとの問題意識が高まっている。また、欧州債務危機を契機とした雇用の悪化や、近年の所得格差に対する意識の高まりを背景に、近年のEUの産業政策は産業と雇用の重視を強調する傾向にあるが、その中で、EUは、ルールに則った、自由で公正な貿易を確保する方策を模索している。
112 2017年12月20日、改正AD規則が発効した。
113 なお、規則改正後の2018年3月にも、第三国の価格を正常価格として、中国の鉄鋼分野において実行中の反ダンピング関税措置の継続が決定されている。
114 経済産業省(2018)。
(3)外国に対する対内直接投資管理規制の強化
①EU
域内の非関税障壁を撤廃したEU単一市場が完成した1993年以降、世界的なグローバル化の動きも背景として、EUでは、域内に加えて域外国からの対内直接投資が増加した(第Ⅰ-2-2-52図、第Ⅰ-2-2-53図、第Ⅰ-2-2-54図)。EUは自由貿易を重視するとともに、対内直接投資に対してもオープンな姿勢が基本であり、多くの国が外国からの投資の呼び込みに積極的であるが、域内の重要な技術やインフラに対する域外国からの投資拡大を背景として、2017年9月、欧州委員会は、域内向けの外国直接投資について加盟国間の情報交換や意見提出等をする枠組を設立するための規則を提案した115。
第Ⅰ-2-2-52図 主要国の対内直接投資推移
第Ⅰ-2-2-53図 EUに対する域外からのM&A件数(被買収国別)
第Ⅰ-2-2-54図 EU各国に対する外国からのM&A件数(買収側地域別)
115 2017年5月、欧州委員会は報告文書「Harnessing globalization」において、「外国投資に対するオープンな姿勢はEUの基本であり、また成長の主な源泉である。しかし、最近、外国投資家、特に国有企業が戦略的意図をもって欧州の重要技術企業に対する買収を行うことを懸念する声がある。また、投資元である国においてEU企業が同等の投資の権利を行使できていない。これらの懸念について分析し対応する必要がある」と表明(European Commission(2017b))。
2017年6月、欧州理事会が、戦略的セクターに対する外国による投資について分析することを合意。
2017年7月、欧州議会は、欧州委員会に対し、EUで禁じられているやり方で政府支援を得ている外国の国有企業の役割に注意を払うことを求めた。また、欧州員会と加盟国に対し、欧州がFDIに依存していることを認識した上で、戦略的産業等に対する第三国による直接投資を審査することを求めた。
2017年9月、欧州委員長は一般教書演説において、「EUは、オープンであるが相互主義であり、また、ナイーブな自由貿易主義者ではなく自らの戦略的利益を守る必要があり、そのために、対内投資のスクリーニングを提案する。」と表明(European Commission(2017c))。
新しい枠組規則提案は、投資管理の最終的な権限は加盟国に属するとしつつも、安全保障と公的秩序の観点から、加盟国がとるべき審査基準として、(1)エネルギー、通信、金融等の重要なインフラへの影響の可能性、(2)重要な技術に影響する可能性、(3)重要な要素の供給確保に影響する可能性、(4)センシティブな情報管理へのアクセシビリティに影響する可能性、(5)投資が第三国の政府の影響を受けていることなどを列挙している。
投資先である加盟国は、上記のような審査基準によって外国による直接投資を審査する。投資先加盟国は、審査の情報について欧州委員会と他の加盟国に情報提供し、その後、欧州委員会や他の加盟国から発出された意見やコメントを考慮して、投資受入れの最終判断を行う。
また、EUの利益に関わるような投資については、欧州委員会が主導して投資先国に対して意見を表明することができ、この場合、投資先加盟国は、最大限、欧州委員会の意見を尊重することが求められている。
なお、加盟国における具体的な審査方法については、透明性や、EU域外の国々をその中で差別しない、といった基本的な要素の確保が求められるものの、加盟国間で異なる投資管理制度を維持することを認めている。また投資受入れの最終判断も加盟国が行うこととされており、各国の審査権限を前提とした枠組みである。
第Ⅰ-2-2-55表 欧州委員会「投資スクリーニング」提案
第Ⅰ-2-2-56図 中国によるM&Aのセクター別割合(対EU加盟国)
第Ⅰ-2-2-57図 EU向け域外国企業によるM&Aに占める中国割合
第Ⅰ-2-2-58図 EU加盟国と中国のM&A
②ドイツの対内投資規制の強化
ドイツは外国直接投資の呼び込みに積極的であり、外国資本が堅調に流入している。中でも中国による投資は、世界経済危機以降拡大した(第Ⅰ-2-2-59図)116。
第Ⅰ-2-2-59図 ドイツの対内FDI?(四半期ベース、再投資除く)
ドイツは、従来、対外経済法施行規則(AWV)によって、EU域外の居住者によるドイツ企業の買収117を審査する制度を有しているが、2016年に同国の産業用ロボット企業が中国企業に買収された案件等を背景に、投資審査を強化するための規則改正案が2017年7月に閣議承認された118。
主な改正点は以下のとおりである。
① 安全保障関連届出業種の拡大(安全保障の観点から、武器の専用製造装置及びその部分品を事前届出対象業種に追加)。
② 公共の秩序維持関連業種の明確化(事後審査対象については従前より全業種であったが、今般の改正によって、輸送・交通、通信等の重要技術及び重要インフラを明記)。
③ 審査期間の延長。
④ 規制回避のための迂回投資への対応強化(従前審査対象外だったEU域内企業等について規制回避のための偽装の兆候が見られる場合は審査対象化)。
⑤ 審査に関する情報提供義務の対象者の拡大(審査に資する情報提供対象者について、外国投資家に加えて投資される独企業も追加)。
同改正について、同国の経済・エネルギー相は、ドイツ企業が「ドイツほどオープンでない市場を持つ国」との競争を強いられている中で、重要なインフラ産業に従事する企業に対し、買収圧力へのより良い保護と平等な競争環境を提供できる、との見解を示している119。一方で、国内からは、投資先としてのドイツの魅力の低下を懸念する声もある120。
116 2016年半ば以降は、前年比で大きく減少している。中国政府の資本流出の抑制を目的とする海外直接投資の審査厳格化が、背景の一つとして考えられる。
117 ドイツ企業の議決権の25%以上を超える資本を直接・間接に取得。
118 2017年7月18日発効。
119 ドイツ連邦政府経済エネルギー省「2017年7月12日プレスリリース」、(https://www.bmwi.de/Redaktion/EN/Pressemitteilungen/2017/20170712-zypries-besserer-schutz-bei-firmenuebernahmen.html)。
120 Financial Times, 13 Jul. 2017, (https://www.ft.com/content/5087c106-66fc-11e7-9a66-93fb352ba1fe).