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- ―不確実性の時代における製造業の企業変革力―
総 論
不確実性の時代における製造業の企業変革力
1.概況
第20回目の節目となる2020年版ものづくり白書は、新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大によって戦後最大ともいうべき危機が進行する中で策定されるものとなった。この新型コロナウイルス感染症がもたらした危機は、GDP(国内総生産)の2割を占め、我が国経済を支える製造業に、供給と需要の両面から影響を及ぼしている。
供給面を見ると、新型コロナウイルスが中国湖北省武漢において発生し、やがて中国全土に広がったことで、中国国内の生産拠点が操業停止を余儀なくされ、中国からの製品や部品等の供給が途絶もしくは減少するという事態が生じた。このため、マスク、医療用ガウン等の防護具等の供給の不足が問題となった他、自動車等を始めとするサプライチェーンの長い分野において調達の確保が課題となった。さらに、感染がその他のアジア地域等に広がったことにより、中国の生産が回復基調に入った後においても、各社は引き続きサプライチェーンの問題に懸命に取り組んでいる。
供給面に続いて、需要面においても大きな影響が生じた。感染地域が欧州そして米国へと広がり、それらの地域でも感染の拡大防止のために経済活動の制限や都市の封鎖が行われた結果、大規模な需要が急速に減退する事態となった。その経済的被害の規模を現時点(2020年4月1日)において推測するのは難しいが、すでに2008年のリーマンショック時を上回る事象も生じており、深刻な経済状況に至る恐れがある。
我が国製造業は、これまでも、様々な不測の事態や環境の激変に直面してきた。1970年代のニクソンショックや二度の石油危機、1980年代のプラザ合意後の円高不況、1990年代のバブル崩壊やアジア通貨危機、そして21世紀に入ってからは、リーマンショック、欧州債務危機、東日本大震災等の出来事に見舞われた。我が国製造業は、このような予測不能な危機や環境の激変に直面する度に、それを乗り越え発展してきた。しかし、今般の新型コロナウイルス感染症による危機に際し、その克服に当たってはこれまで以上の大きな変革が求められている。本白書においては、高まる不確実性への対処と変革への取組のあり方に焦点を当てて分析を行っている。
2.不確実性の時代における我が国製造業の在り方
これまでの白書が提起した「4つの危機感」
2018年版ものづくり白書は、第四次産業革命が到来する中での我が国製造業が直面している課題として、次の四つを指摘した。
① 「人材の量的不足に加え質的な抜本変化に対応できていないおそれ」
② 「従来『強み』と考えてきたものが、成長や変革の足かせになるおそれ」
③ 「経済社会のデジタル化等の大きな変革期の本質的なインパクトを経営者が認識できていないおそれ」
④ 「非連続的な変革が必要であることを経営者が認識できていないおそれ」
これを受けて、2019年版ものづくり白書においては、上記の4つの危機感で提起した課題や方向性とその後の環境変化を踏まえ、第4次産業革命下における戦略として、
① 「世界シェアの強み、良質なデータを活かしたニーズ特化型サービスの提供」
② 「第四次産業革命下の重要部素材における世界シェアの獲得」
③ 「新たな時代において必要となるスキル人材の確保と組織作り」
④ 「技能のデジタル化と徹底的な省力化の実施」
といった4点が戦略として重要であるとしている。
2018年版、2019年版白書では、デジタル技術革新が製造業に波及する中で、人材に求められるスキルの変化、各部署が部分最適に陥っているという問題、サービス化を含む新しい付加価値提供の動きの拡大等の状況を確認し、上記の危機感と戦略を提起してきた。
このような課題や戦略には依然として当てはまっているものもあるが、我が国製造業は現在新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大を始めとする事業環境の大きな変化に直面しており、非連続的変革の必要性や、デジタル化のインパクトに対する経営者の認識は当時と比べ格段に高まっていることが考えられるなど、変化した面も多い。今回のものづくり白書においては、これまでの白書を踏まえつつ、かつてない環境変化を乗り越えるために我が国製造業に求められる新たな在り方を模索している。
<今回のものづくり白書におけるメッセージ>
2019年から2020年にかけて、米中貿易摩擦に代表される保護主義的な動きの台頭、地政学的リスクの高まり、急激な気候変動や自然災害、非連続な技術革新、そして何より2020年1月以降の新型コロナウイルス感染症の感染拡大等により、我が国製造業を取り巻く環境は、かつてない規模と速度で急変しつつあり、かつ極めて厳しいものとなっている。この環境変化の「不確実性」こそが、我が国製造業にとって大きな課題となっている。
そこで、今回のものづくり白書は、我が国製造業が、この不確実性の時代において取るべき戦略について、以下のとおり提起している。
① 企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)強化の必要
環境や状況が予測困難なほど激しく変化する中では、企業には、その変化に対応するために自己を変革していく能力が最も重要なものとなる。そのような能力を、「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」という。
今回のものづくり白書の主たるメッセージの1つは、不確実性の時代における我が国製造業の戦略は、この「企業変革力」の強化にあるということである。本文第1章第2節は、企業変革力の理論の概説、我が国製造業の企業変革力の分析、そして、その強化策を具体的な事例を示しつつ明らかにしている。特に、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって顕在化したサプライチェーンの脆弱性については、柔軟性や多様性等の観点から、サプライチェーンを再構築し、企業変革力を高めることを提唱している。
② 企業変革力を強化するデジタルトランスフォーメーション推進の必要
IoTやAIといったデジタル技術は、生産性の向上や安定稼働、品質の確保など、製造業に様々な恩恵を与える。しかし、今回のものづくり白書では、デジタル技術が企業変革力を高める上での強力な武器であるという点を最大限に強調する。
例えば、脅威や機会をいち早く感知するのに有効なリアルタイム・データの収集やAIの活用、機会を逃さず捕捉するための変種変量生産やサービタイゼーション、組織や企業文化を柔軟なものへと変容させるデジタルトランスフォーメーションは、企業変革力を飛躍的に増幅させるものである。
特に、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、臨時休校や医療現場での感染予防の観点から、遠隔教育や遠隔医療など、リモート化の取組を求めるニーズが高まっており、我が国のデジタルトランスフォーメーションの必要性が加速している。このような取組によって、将来の感染症に対して強靱な経済構造を構築し、中長期的に持続的な成長軌道を確実なものとする必要がある。
このように、単に新しいデジタル技術を導入するというのではなく、それを企業変革力の強化に結びつけられる企業が、この不確実性の時代における競争で優位なポジションを得ることができる。しかし、今回の白書の分析では、我が国製造業は、IT投資目的の消極性、データの収集・活用の停滞、老朽化した基幹系システムの存在といった課題を抱えていることを明らかにしている。
③ 設計力強化の必要
急激な環境や状況の変化に迅速に対応する上では、製品の設計・開発のリードタイムを可能な限り短縮することが必要となる。また、製品の品質・コストの8割は設計段階で決まり、工程が進むにしたがって、仕様変更の柔軟性は低下する。それゆえ、迅速で柔軟な対応を可能にする企業変革力を強化する上では、設計力を高めることが重要である。
これまで、我が国製造業の強みは、製造現場の熟練技能(いわゆる「匠の技」)にあるとされてきた。しかし、2019年ものづくり白書でも指摘したように、「匠の技」を支えてきた人材の高齢化等により、製造技能の継承が問題となるなど、現場の熟練技能に依存することの限界が見えつつある。一方で、近年、不確実性の高まりや製品の複雑化により、設計部門への負荷が著しく増大している。このようなことから、我が国製造業は、設計力を強化する必要に迫られているといえる。そして、この設計力を高める上では、部門間や企業間を横断する連携が不可欠であり、また、バーチャルエンジニアリング等、デジタル技術の活用が大きな力を発揮する。
ところが、我が国製造業の設計力は、近年の不確実性の高まりにもかかわらず、あまり向上していないとされている。また、3DCADによる設計が十分に進んでおらず、協力企業への設計指示を図面で行っている企業が過半を占めている実体が、今回の調査で明らかとなった。
不確実性の時代において、設計のデジタル化が遅れていることは、我が国製造業のアキレス腱となりかねない。デジタル化による設計力の強化が急務である。
④ 人材強化の必要
我が国製造業のデジタル化を進める場合にボトルネックとなるのはやはり、人材の質的不足である。本文では、製造業のデジタル化に必要な人材の能力として、システム思考と数理の能力を特定している。
さらに、デジタル化に必要な人材の確保と育成の方策について、労働政策の観点からは、デジタル技術革新に対応できる労働者の確保・育成を行い、付加価値の創出による個々人の労働生産性をより高めることが重要である。
また、教育の観点からは、ものづくりの基盤となる実践的・体験的な教育・学習活動を一層充実させるとともに、「数理・データサイエンス・AI」のリテラシー教育を進めるなど今後のデジタル社会において必要な力を全ての国民に対して育んでいくことが重要である。
3.本白書の流れとまとめ
本白書第1部では、上記の観点から、我が国製造業に必要とされる対応を以下のとおり取り上げる。
第1章では、「我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」として、製造業の業況や直面する課題に触れた上で、米中貿易摩擦や新型コロナウイルス感染症の拡大に代表される不確実性の高まりに対して、様々な環境変化に柔軟に対応していく企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)」が重要であり、それにはデジタル化が有効であると分析した。さらに、国内製造業におけるデジタル化の進捗を確認し、設計力強化や人材育成の重要性に言及している。
第2章ではデジタル技術活用の取組が、どのような人材確保・育成に対する成果を生み、その成果を生んだ取組にどのような特徴がみられるかを分析している。今後、ものづくり人材にはデジタル技術を活用できるスキルがより一層求められ、同時に、我が国ものづくりの源泉である熟練技能は、多くの企業が、今までどおり必要と考えていることを確認している。
第3章ではデジタル化が進む社会の変化に対応し、新たな価値を生み出すことができる人材育成に資する取組や、ものづくりへの関心・素養を高める各学校段階における特色ある取組、さらにものづくりに関する基盤技術や産学官連携を活用した研究開発の取組などについて現状や今後の方向性をまとめている。
今回のものづくり白書では、パンデミック、貿易摩擦、保護主義、地政学リスク、自然災害等の「不確実性」を克服するために、我が国製造業が取るべき戦略を提示している。その戦略とは、環境や状況の急変に対応する「企業変革力」、特に設計力を、デジタル技術を徹底的に活用することによって強化することである。
上記の戦略の下、今後、経済産業省・厚生労働省・文部科学省が一体となって、関連する政策を実施していくこととなる。
以上