第1節 サービス貿易の潜在的可能性
1.我が国のサービス貿易収支から見た強み、弱み
前章で見たとおり、新興国の構造変化や産業のサービス化による影響を受け、2015年の我が国のサービス輸出は19.7兆円(対前年比+13.9%)と過去最高に達している。輸出額の増加には円安方向への動きによる効果も考えられるが、財貿易(対前年比+3.45%)と比較して伸び率が格段に大きいことから、サービス貿易固有の要因により、輸出額が急増していることが示唆される。輸入額も21.2兆円と拡大しているが、訪日観光客の増加による旅行輸出の急増がけん引して全体の収支も赤字が縮小傾向となっている(第Ⅱ-1-1-20図(再掲))。
第Ⅱ-1-1-20図 日本のサービス輸出入額の推移(兆円)(再掲)
直近2015年の我が国のサービス貿易収支額は、4兆円の赤字を計上した2005年と比較すると1.7兆円の赤字と大きく改善した。
項目別に見ると、訪日観光客の増加に伴い、「旅行」収支が赤字から黒字へと改善(3.9兆円増)、次いで、海外現地法人からのロイヤリティを中心とする「知的財産権等使用料」の増加(2.0兆円増)が収支を引き上げた。
一方、「専門業務サービス33」(-2.5兆円)、「通信・コンピュータ・情報サービス」(-0.8兆円)等が収支を引き下げていることから、全体として赤字に留まっている(第Ⅱ-2-1-1表、第Ⅱ-2-1-2図)。
第Ⅱ-2-1-1表 サービス貿易収支額の推移(日本)
第Ⅱ-2-1-2図 サービス収支の推移(日本)(円ベース)
2015年のサービス貿易を輸出・輸入別で見てみると、黒字を牽引する「知的財産権等使用料」の中でも「産業財産権等使用料」において、輸出が輸入を大きく上回っている。一方、「専門業務サービス」は、輸出額は多いものの、これを輸入額が大きく上回っており、収支全体を引き下げる主な要素となっている。
このうち、収支への影響の大きい「知的財産権等使用料」、「専門業務サービス」及び「旅行」について、過去10年の推移を見ると、いずれも足下3,4年以内に大きく増加又は減少に転じていることがわかる(第Ⅱ-2-1-3図)。
第Ⅱ-2-1-3図 サービス収支及び輸出入額(日本)(2015年)
2005年から2015年までの日本のサービス輸出、輸入の伸びを比較すると、輸出の伸びが輸入の伸びを上回るのは「知的財産権等使用料」や「旅行」等一部の項目に止まっており、近年の情報通信技術革新による成長が想定される「通信・コンピュータ・情報サービス」も輸入の伸びが輸出の伸びを上回っている。なお、金額の規模は小さいものの、輸出では「個人・文化・娯楽サービス」、輸入では製造関連サービスである「維持修理サービス」の伸びが高くなっている(第Ⅱ-2-1-4図)。
第Ⅱ-2-1-4図 サービス輸出額・輸入額の項目別伸び率(日本)(2005-2015年)
一方、サービス貿易で競争力の高い米国は、「知的財産権等使用料」、「金融」、「専門業務サービス」、「維持修理サービス」といった、新たなイノベーションにより高付加価値化していると考えられる項目で輸出・輸入双方の額が大きく成長し、貿易が活発化しており、かつ、2014年における収支も黒字となっている。中でも、最大の黒字を計上する「知的財産権等使用料」の内訳を見てみると、米国企業の競争力が極めて高いと考えられる「コンピューターソフトウェア」の項目が黒字を拡大している(第Ⅱ-2-1-5図、第Ⅱ-2-1-6図)。
第Ⅱ-2-1-5図 サービス収支及び輸出入額(米国)(2014年)
第Ⅱ-2-1-6図 サービス収支の推移(米国)(知的財産権使用料等)
また、2005年から2014年までの間を平均して、ほとんどの項目で輸出の伸びが輸入の伸びを上回っており、サービス輸出が拡大している状況を示している。逆に、輸入の伸びが輸出を上回っている項目は、「研究開発サービス」と「技術的、貿易関係、その他ビジネスサービス」(いずれも「専門業務サービス」の内訳。)であり、これらの分野におけるグローバルなアウトソーシングサービスの活用が進展している可能性を示唆している(第Ⅱ-2-1-7図)。
第Ⅱ-2-1-7図 米国サービス項目別輸出額・輸入額の項目別伸び率
世界のサービス貿易においては、第Ⅰ部第3章で見たとおり、情報通信技術の進展やサービス産業化の高まりに伴い、過去10年間で「情報・コンピュータ・情報サービス」や「専門業務サービス」といった項目における輸出が拡大する傾向にある。
直近10年間で輸出伸び率が上昇する成長分野について、年平均9.7%と最も高い成長を遂げる「情報・コンピュータ・情報サービス」ではインド、米国、中国やドイツの寄与度が高い。また、同様に情報通信技術の浸透や世界のサービス産業化の高まりを背景にサービス貿易が活発化したと考えられる「専門業務サービス」(同8.2%)でも米国、中国、ドイツやインド等が増加に寄与している。新興国の経済成長を背景とした「建設サービス」(9.4%)では、中国の寄与度が高い。一方、日本の寄与度が高いのは、「知的財産権等使用料」や「建設サービス」等、日本の製造業の海外展開に伴うロイヤリティ収入や現地工場建設といった、既存の分野に関連する傾向が見受けられる(第Ⅱ-2-1-8図)。
第Ⅱ-2-1-8図 項目別・サービス輸出伸び率に対する国別寄与度
また、2014年のG20各国におけるサービス輸出がGDPに占めるシェアの分布と、日本の位置を見ると、「知的財産権等使用料」以外のほとんどの分野で日本はG20各国の中で低位に止まっている。ドイツとの比較で見ても、日本のサービス輸出はほとんどの項目で大きく劣後しており、更なる成長の余地が大きいことがわかる(第Ⅱ-2-1-9図)。
第Ⅱ-2-1-9図 G20各国におけるサービス輸出額対GDP比(2014年)
33 第1部第3章第1節参照。
2.サービス貿易を促す制度的な環境整備
ここまで見てきたように、サービス分野は、新たなイノベーションによってモノからサービスに付加価値が移行する中で、特に先進国において海外からの収益を高める可能性の高い分野と考えられる。
特に、日本は、自由な貿易環境において多様な経済レベルの国家が隣接する欧州とは異なる環境下にあるが、日本を含むアジア・太平洋地域のサービス輸入額は、域内でのサービス貿易が活発な欧州に次ぐ規模で、成長性も高い。これら近隣のアジア各国では、今後さらなる経済成長に伴ってサービス需要が拡大し、市場としての成長可能性が高いと考えられる(第Ⅱ-2-1-10図)。
第Ⅱ-2-1-10図 サービス輸入額の推移(地域別)
以下では、日本におけるサービス貿易の活発化に向けた基盤として、取り組むべき環境整備について見ていく。
(1)未だ障壁の高さに直面する我が国のサービス輸出
サービス貿易には、国内制度や各国の文化・習慣に関連する非関税障壁が存在しており、各国内での利害調整の必要性や、各国ごとの生活習慣等の諸事情を考慮した国家間交渉が必要となる面で、財貿易以上に多様な課題が存在すると指摘されている34。
一方、企業レベルの実証研究からは、我が国企業が欧州企業と比較して、サービス輸出にあたり、より大きな障壁に直面している可能性が示唆されている。
経済産業研究所が企業活動基本調査の個票データに基づき、個別企業の生産性の差異によるサービス輸出の有無への影響について分析した結果35によれば、日本企業においてサービス輸出を行う企業(全体の約6%)は、モノの輸出を行う企業(同約21%)36やモノ・サービスのいずれも輸出していない企業(同約77%)より少数であるものの、企業規模(従業者数)が大きく、全要素生産性(以下「TFP」という。)も高く、高賃金のものが多い。企業規模や業種等の影響を排除しても、TFP、平均賃金はサービス輸出企業のプレミアム(増分)が大きくなっている37(第Ⅱ- 2-1-11図、第Ⅱ-2-1-12図)。これらのことから、我が国企業がサービス輸出を開始するに際しては、サービス輸出の開始に必要な固定費用がモノの貿易以上に高く、より生産性の高い企業しかサービス輸出の開始に踏み切れていない可能性が示唆される38。他方、英国を始めとする欧州各国に関する同様の先行研究39からは、このようなサービス輸出に必要な固定費用がモノの輸出よりも高いことは窺われない。我が国からのサービス輸出が欧州企業と比較してどのような特徴的なコストに直面しているのかを定量的に示すことは困難であるが、例えばサービス貿易の発展の歴史の深さ、輸出先との距離40、言語的な障壁、輸出先における規制の在り方などが影響している可能性がある。次項では、このうち輸出先における規制の在り方について、OECDの統計を用いて概観する。
第Ⅱ-2-1-11図 非輸出企業、モノ輸出企業、サービス輸出企業の生産性分布
第Ⅱ-2-1-12図 モノ・サービス輸出企業の生産性・賃金
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- Excel形式のファイル(TFP、平均賃金:企業規模、業種コントロール後)はこちら
- Excel形式のファイル((参考)モノ・サービス両方の輸出企業を分けた場合)はこちら
34 伊藤、石戸(2012)。
35 森川(2015)。
36 モノ、サービス両方の輸出を行う企業も含む。なお、このような企業はTFP、平均賃金ともにプレミアムが更に大きい。
37 サービス貿易ではモノの貿易に加えて関連会社間の取引比率も高いことも指摘されている。
38 個別企業の生産性と輸出行動との関係性については、Melitz (2003)を参照。
39 欧州における先行研究については、Breinlich and Criscuolo (2011)及びHaller, Damijan, Kaitila, Kosteve, Maliranta, Milet, Mirza and Rojec (2014)参照。
40 サービス貿易は財貿易と比較して輸出入国間の距離の影響が大きいとの研究結果もある。Van der Marel and Shepherd (2013)。
(2)世界各国の環境整備に向けた動き
サービス貿易の自由化によって、財貿易と同様に競争を通じた効率性や経済厚生の向上が期待されることから、先進国を中心として、WTO、FTA/EPAの枠組みにより、サービス自由化交渉が継続して行われている。これらの国際交渉の円滑化のため、OECDでは、各国のサービス分野に関する制限措置をデータベース化し、制限措置の可視化を図る「サービス貿易制限指標(以下「STRI(Services Trade Restrictiveness Index)」という。)」を作成している。
STRIはOECD加盟国を中心とした世界42カ国・地域41における、22のサービス分野42を対象に、外国からの市場参入や人の移動など5の政策分野43に関連する各国のサービス貿易関連規制を可視化している。44
各分野別の指数を見てみると、新興国を中心としたOECD非加盟国においては、同加盟国と比較して、全般的にサービス貿易に対する制限措置が強くなっている。中でも、「鉄道」、「保険」、「郵便」等の分野を中心に、OECD非加盟国と同加盟国との制限度合いの格差がより大きくなっていることが読み取れる(第Ⅱ-2-1-13図)。
第Ⅱ-2-1-13図 OECD サービス貿易制限指標(STRI)の状況とOECD加盟国・非加盟国との比較(2015年)
さらに、各国のサービス貿易障壁の高さ45をサービス分野及び制限内容の政策分野ごとに見てみると、これまで見てきた新たなサービス貿易の動きを支える基盤となる「通信」分野では、日本企業の海外展開や輸出先として重要度の高い国に含まれるインドネシア、インドや中国等で障壁が高くなっている。制限内容としては、同分野の重要性から外資規制が設けられることが多いことや、ネットワーク産業における競争促進措置の未整備といった当該分野の特性がSTRIの高さに反映されていると考えられる46(第Ⅱ-2-1-14図)。
第Ⅱ-2-1-14図 OECDサービス貿易制限指標(STRI)(2015年)(通信)
また、OECD非加盟国と同加盟国との制限度合いの格差は比較的大きくないものの、「法務」のように、先進国を中心に競争力が高いビジネスサービスであるとともに、製造業等他の業種も含め、新たな分野への事業展開や海外の進出先における企業活動の様々な面で重要度の高いサービスについては、同様にインドネシア、インドや中国等でサービス貿易における障壁が高い傾向が見受けられる。制限内容については、外国からの市場参入への制限に加えて、専門資格の必要性を背景とする人の移動の制限が高くなっているのが特徴的となっている(第Ⅱ-2-1-15図)。
第Ⅱ-2-1-15図 OECDサービス貿易制限指標(STRI)(2015年)(法務)
このようにSTRIで数値化されたサービス貿易に対する制限的措置は、本来、国内産業への影響等からサービス輸入を制限する目的で設けられていると考えられる。しかし、STRIを用いたOECDの分析47によると、サービス貿易に対する障壁は、国内産業への競争力にも影響を与えることが指摘されている。
同分析によると、複数の分野において、サービス障壁は、サービス輸入のみならずサービス輸出にも影響を与えており、かつ、その影響度は輸入より輸出への影響の方が大きいとされている。「法務」、「会計」といったビジネスサービスや、「輸送」(「空運」、「海運」)、「コンピュータサービス」などで、その分野のSTRIの低下が、輸入を拡大させるのみならず、輸出も拡大させるとの結果が得られている(第Ⅱ-2-1-16図)。
第Ⅱ-2-1-16図 STRIを0.05下げたことによる輸出・輸入への効果
また、サービス輸出そのもののみならず、サービス分野が提供する他産業への基盤としての機能も影響を受けるとされている。例えば、情報通信分野を支える基盤の1つとも言えるインターネット契約数、企業投資を活発化させる国内民間部門への貸出額GDP比、財輸出の競争力に影響が大きい輸送時間等で、その分野のSTRIが低いほど、プラスの効果が得られる傾向にあるとされている。
これらの結果からは、サービス貿易の障壁による競争環境の阻害は、国内産業を保護する効果のみならず、コスト削減といった効率化や、事業の革新、拡大へのインセンティブを減退させ、ひいては国際競争力を劣化させる可能性が示唆される48。
一方で、サービス貿易の障壁が、各国の生活習慣といった個別の事情に根ざしていることも踏まえると、各国政府や民間ベースでの対話といった連携を深めることの重要性も高い。STRIとこれに基づく分析から得られる評価を踏まえ、サービス貿易の円滑化によるメリットを各国が享受できる互恵的な環境整備を、WTO、FTA/EPAの枠組みや関係国対話といった様々なチャンネルで進めていく必要性が高まっていると考えられる。
41 OECD34カ国及びブラジル、中国、コロンビア、インド、インドネシア、ラトビア、ロシア、南アフリカ。
42 コンピュータ、建設、建築、エンジニアリング、法務、会計、電気通信、流通、放送、映像、音響、銀行、保険、空運、海運、陸運、鉄道、郵便、ロジスティクス(貨物ハンドリング、倉庫、貨物利用運送事業、通関業)。
43 規制の透明性、競争制限的措置、その他差別的措置、人の移動の制限及び外国からの市場参入の制限。
44 なお、STRIについては、以下の点を留意する必要がある。
①航空サービス、陸運サービスにおけるSTRIについては、現時点で現地拠点を通じたサービス提供及び関連するヒトの移動のみを対象としている。
②STRIは、基本的に、構成するそれぞれの規制の有無を0と1のバイナリーデータに変換した上で、政策分野ごとに個別規制の重要性に基づき重み付けし、総体として0~1間に収まるよう合算して作成している。また、例えば、外資規制の有無は、会社役員における国籍・居住要件に影響するといったような、規制の相互関連性についても考慮されている。制限措置の強さについては、ある分野「総体」としての外国企業の参入障壁の高さを示している一方で、ある分野を構成する個別規制は、バイナリーデータであるため、その強さの程度を示すものではない。
③STRIは、分野共通の規制と各分野特有の規制で構成されている。このため、一定程度の分野間の比較可能性は担保されているが、各分野の構成規制の差異があることから、その比較は完全ではない。
45 貿易と投資に対して完全に市場が開かれている状態が0、外国からのサービス業の参入に対して完全に閉ざされている状態が1で表される。
46 OECD(2014)。
47 OECD(2015)。
48 但し、STRI低下による効果は、国内企業の効率化によるものか、国内市場に参入した海外企業によるものかはこの結果からは得られていない。
3.国内における取組と今後の課題
第Ⅰ部第3章等で見てきたように、先進国のみならず新興国でも高まるサービス需要と、サービス貿易における先進国の優位性を踏まえると、日本も更なるサービス貿易の拡大とここから得られる収益拡大の可能性が高まる環境にある。一方で、日本のサービス貿易の現状を鑑みると、知的財産権等使用料のように、これまで日本の強みとなってきた製造業の海外展開に伴うサービス輸出に加え、新たな分野での輸出拡大を進展させる必要があると考えられる。
特に、サービス貿易に強みを持つ各国の近年の動向を踏まえると、第Ⅰ部第3章第2節で触れた産業界主導型プラットフォームのように、進化する情報通信技術と既存のモノやサービス等をインフラとして活用したプラットフォームベースのビジネスを展開することで、収益を継続的かつグローバルに獲得していくことが、喫緊の課題となっている。例えば、第Ⅰ部第3章第1節で触れた「製造関連サービス」のように、これまで世界の中でも高い競争力を持ってきた製造業等における強みと、モノから得られるデータを戦略的に結びつけたビジネスモデルの構築やこれを支える施策が急務となっていると考えられ、これについては、本節後段でその課題と我が国の取組について詳しく触れる。また、近年大きく成長する旅行部門での継続的なサービス輸出の獲得は、日本全体のみならず、特に訪問先となる地方においては外部からの収益を獲得しうる主力産業の存続に関わる極めて重大な要素と考えられることから、次節で詳しく分析していく。
加えて、サービス化の進展した我が国においても、GDPの約7割を占めるサービス産業49そのものにおけるサービス貿易の活発化や、海外展開といったグローバル化も重要である。以下では、日本のサービス業のグローバル化について、対外直接投資の動向から得られる現状と、新たな動きの事例を見ていく。
49 本節ではサービス業として、いわゆる「広義のサービス業」を前提に分析する。日本標準産業分類(2007年11月改定)においては、D 建設業、G 情報通信業、H 運輸業、郵便業、I 卸売業、小売業、J 金融業、保険業、K 不動産業、物品賃貸業、L 学術研究、専門・技術サービス業、M 宿泊業、飲食サービス業、N 生活関連サービス業、娯楽業、O 教育、学習支援業、P 医療、福祉、Q 複合サービス事業、R サービス業(他に分類されないもの)に相当する業種を指す。
(1)我が国のサービス業の対外直接投資の状況
対外直接投資は、サービスの生産と消費の同時性による制約により、サービス供給者が設置した現地拠点を通じて消費者にサービスを提供するという、サービス輸出の形態の一つともいえる50。
OECD各国のサービス輸出とサービス業の対外直接投資残高の伸びを見ると、対外直接投資残高の伸びが高い国ほど、サービス輸出額の伸び率が高くなる傾向にある。サービス輸出の項目の中では、知的財産権等使用料との相関性が高く、現地法人の売上が、サービス貿易におけるロイヤリティ(知的財産権等使用料の一部)として還流していることを表している。
直接投資残高とサービス輸出額の伸び率における傾向を見ると、日本はサービス輸出額全体の伸び率との関係で傾向線を大きく下回る位置にあり、サービス部門における対外直接投資残高の伸びに比してサービス輸出額の伸びが他国より低い傾向にある。対外直接投資残高の伸びに対する知的財産権等使用料の伸びでは、サービス輸出額全体ほどではないものの、なお傾向線の下に位置している(第Ⅱ-2-1-17図、第Ⅱ-2-1-18図)。
第Ⅱ-2-1-17図 サービス輸出額と対外直接投資残高の伸び率(2006-2012年)
第Ⅱ-2-1-18図 サービス輸出額(知的財産権等使用料)と対外直接投資残高の伸び率
対外直接投資を各国別に見ると、投資残高では米国が最大となっている。日本については拡大ペースは欧米より速いものの、残高の規模は遙かに劣後している。GDP比で見ても同様で、欧米並みに海外展開を進展させる余地は大きいと考えられる51(第Ⅱ-2-1-19図、第Ⅱ-2-1-20図)。
第Ⅱ-2-1-19図 対外直接投資残高の推移(サービス業)
第Ⅱ-2-1-20図 対外直接投資残高の推移(サービス業)(名目GDP比)
投資残高を業種別比率に見ると、米国、英国、フランスでは金融業52やその他サービスといったサービス業そのものの海外展開が進んでいる。一方、日本は製造業や卸小売業といった財の輸出に関わる業種の比率が高く、金融以外のサービス業の海外投資は進んでいない(第Ⅱ-2-1-21図)。
第Ⅱ-2-1-21図 対外直接投資残高の業種別比率(2014年)
次に、サービス業の対外直接投資の収益を見ると、額・収益率共に米国が最大となっている。日本は収益額では大きくはないものの、収益率は、英米に次ぐレベルに達している(第Ⅱ-2-1-22図)。
第Ⅱ-2-1-22図 対外直接投資収益額及び収益率(収益/残高)(サービス業)
この収益額の業種別比率を見ると、欧米の対外直接投資は非製造業が中心であり、製造業が中心の日本や韓国と異なる。日本は投資額同様に製造業や卸小売業といった財の輸出に関わる業種の比率が高く、金融を除けば、サービス業の収益は僅少に止まる(第Ⅱ-2-1-23図)。
第Ⅱ-2-1-23図 対外直接投資収益の業種別比率(2014年)
収益率を業種別に見ると、英米はほとんどの業種で高収益を計上している。これに対し、日本は情報通信業やその他サービス業といった、新たなイノベーションによって成長する分野で収益率が劣後しており、投資残高、収益ともに成長の余地が大きいといえる(第Ⅱ-2-1-24図)。
第Ⅱ-2-1-24図 対外直接投資収益率(収益/残高)
50 「サービスの貿易に関する一般協定(GATS:General Agreement on Trade in Services)」の第3モードに該当する。
51 国際収支関連統計の基準変更により、2013年以前と2014年以降のデータに連続性はない。
52 金融業の中の持株会社への投資、その他サービス業の中の現地法人への投資は、業種別の区分がないため、比率からは除外している。
(2)我が国のサービス貿易の新たな動きと課題
①広がりを見せ始めた日本のサービス貿易
対外直接投資から見た日本のサービス業の海外展開においては、金融で比較的進展が見られるが、個別に見ていくと、新しい動きが多様な分野で見受けられる(第Ⅱ-2-1-25表)。
第Ⅱ-2-1-25表 日本のサービス貿易に関する新たな動き
近年注目度の高い「食」の分野では、「食」における日本の標準(旨さ)が世界でも認められているところであり、また、東南アジアを始めとして、飲食業に携わる日系企業が進出する際の「サポーティングインダストリー」が形成されているとの評価もある53。また、訪日観光への動機付けや日本食品など関連する財の輸出等、飲食から他の分野に広がりが生じることが期待されている。
さらに、近年の情報通信技術の進展により、ITサービスそのもののトレーダブル化が進むだけでなく、製品から得られるデータを活用した建設や農業等における新たなソリューションビジネス、ウェブカメラによる無料通話や自動翻訳といった新たな技術の活用にサポートされた中小飲食業の海外展開など、ITユーザー側における現地のニーズを迅速に反映した海外展開の動きが見られ始めている。
加えて、ヘルスケア、教育や環境等については、経済成長に伴い需要増加が想定される分野であり、新興国が抱えるこれらに関する課題に対し、日本が貢献できる可能性も高いと考えられる。このような、日本の「安全、安心」といった評価が生かせる分野においては、先行的に独自性の高いサービスを提供するプラットフォームを迅速に構築することによって、日本のサービス産業の海外における優位性が高まる可能性が考えられる。
53 川端(2016)。
②サービス貿易の拡大に向けた課題
我が国のサービス貿易の裾野が広がりを見せ始める一方で、サービスは無形であり、その価値の評価は各国の文化、生活習慣に裏付けられるところが大きいと考えられることから、サービス貿易の拡大には他産業とは異なる要素が必要となる可能性がある。
例えば、輸出相手国ごとのマーケティング、得られる利益を最大化させるビジネスモデル構築の重要性が高いと考えられ、米国では企業にこれらのサービスを提供するコンサルティングビジネスも活発に行われている。米国IT企業が集積するシリコンバレーやシアトルでは、ビジネスのエコシステムが整っており、広告、法務、技術コンサルティング、経営コンサルティング、配送、修理、といった専門的なサービスを提供する業者が集積しており、IT企業のコア業務への集中を支えているとされている55。
一方、日本ではこのようなマーケティングへの投資や、コア業務に集中するためのビジネスサービス(BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング))の活用不足が指摘されている56。
更に、マーケティングに加えて、ブランド資産や人材投資を含めた無形資産投資57の比較では、日本は先進国の中でも投資が少なく、中でも人材にかける投資が特にサービス業で減少しているとの分析もある(第Ⅱ-2-1-26図~29図)。
第Ⅱ-2-1-26図 主要国のブランド・人材・組織に対する投資のGDP比(2013年通商白書から再掲)
第Ⅱ-2-1-27図 無形資産投資/GDPの国際比較
第Ⅱ-2-1-28図 我が国の企業内人材育成投資(OJTを除く)の推移
第Ⅱ-2-1-29図 人材育成投資(OJT以外)の国際比較(GDP比)
一般にサービス業は、サービスの企画・開発や、その提供を担う「人材」がその付加価値の源泉と考えられており58、人材投資を欧米並みに引き上げ、育成を促進させるとともに、それらの人材が力を発揮できるような環境整備(資金供給体制、海外からのリモートワークといった多様な働き方を可能にする雇用制度、BPOサービス市場の拡大等)といった弱みを補う取組の必要性が高まっていると考えられる。
55 Moretti (2013)。
56 経済産業省(2014)。
57 無形資産は以下3つの資産から構成(宮川、枝村、尾崎、金、滝澤、外木、原田(2015))。
①情報化資産:ソフトウエア及びデータベースに対する投資
②革新的資産:科学的及び非科学的な研究開発支出、資源開発権に対する支出、著作権、ライセンス契約に対する支出や新たなデザインに対する支出
③経済的競争力:ブランド資産、企業特殊的な人的資本、組織改編費用から構成
58 経済産業省(2014)。
(3)我が国としての課題への取組
①第4次産業革命のインパクト
IoT・ビッグデータ・ロボット・人工知能等による変革は、従来にないスピードとインパクトで進行している。この変革の状況にあって、「日本再興戦略」改訂2015(平成27年6月30日閣議決定)においては、民間が時機を失うことなく的確な投資を行い、また、国がそれを促し加速するためのルールの整備・変更を遅滞なく講じていくための、羅針盤となる官民共有の「ビジョン」の必要性が示された。これに基づき、2015年8月、経済産業省は、産業構造審議会に「新産業構造部会」(部会長伊藤元重東京大学教授)を設置し、関係省庁と一体となって、IoT・ビッグデータ・ロボット・人工知能がもたらす変革の姿(産業構造、就業構造、経済社会システムの変革)と、官民が行うべき対応について時間軸を含めて検討を進めている。
(a)第4次産業革命に直面する我が国の現状と課題
IoT・ビッグデータ・ロボット・人工知能等による技術革新が、第4次産業革命とも呼ぶべき大変革をもたらしている。第4次産業革命の中で、新たに大量の「データ」を取得し、分析し、それを用いることが可能になっている。「データ」とビジネスが結びつくことで、情報制約や物理制約が克服され、①革新的な製品・サービスの創出(需要面における変革)、②供給効率性の飛躍的向上(供給面における変革)が起きる可能性がある。すなわち、あらゆる産業において、需要・供給の両面から、破壊的なイノベーションを通じた新たな価値が創出される可能性がある。
このように価値の源泉が「データ」にシフトしていくと、「データ」との接点やその利活用を巡って将来にわたる事業拡大期待を形成する競争が激化する。こうした事業拡大期待がグローバルに資金を惹き付けることで、競争の規模とスピードが加速度的に拡大し、こうした動きにいち早く対応した者が勝利する「スピード勝負」の世界に突入する。実際、海外では、GEやシーメンスといった従来型の製造業事業者から、グーグルやアマゾンといったIT系の新興勢力まで、軒並み第4次産業革命分野に積極的に展開しており、待ったなしの状況となっている。
また、「データ」を起点とした新たな価値の創出の結果、従来の業種の壁が崩壊し、広範なプレイヤーを巻き込んだ産業構造及び就業構造の変革が起きると考えられる。さらには、社会、企業、個人の各レベルで、予見が極めて難しいほど急激で大幅な経済社会システム全体の変革へと繋がる可能性がある。
(b)日本が抱える社会的・構造的課題
我が国は、潜在成長率の長期低迷、少子高齢化、人口減少、労働供給制約といった様々な社会的・構造的課題に直面している。ロボットや人工知能が労働力不足を補ったり高齢者の生活をサポートしたりする、といった具合に、第4次産業革命は、こうした社会的・構造的課題を解決する可能性を秘めている。その一方で、我が国がこの世界的潮流に乗り遅れれば、グローバル経済における競争力を失うだけでなく、これらの社会的・構造的課題の解決のチャンスを失い、我が国社会の持続可能性自体をも危うくする可能性がある。したがって、我が国は、第4次産業革命において世界をリードし、我が国経済の競争力強化と、社会的構造的課題解決の同時達成を実現させていかなければならない。
(c)我が国の戦略
我が国が第4次産業革命に的確に対応していくためには、まず、第4次産業革命を我が国企業が勝ち抜くための官民戦略を構築することが必要である。すなわち、第4次産業革命で競争優位を獲得していくためには、「データ」と自らのビジネスの「強み」を戦略的に結び付け、グローバル、スピーディかつ適切なオープン・クローズを明確にしたビジネスモデルを構築することが必要であり、政府もそのための支援を行っていく必要がある。「データ」の中でも、ウェブ(検索等)、SNS等のネット空間での活動から生じる「バーチャルデータ」については、海外のIT系企業が極めて優勢となっている。そのため、今後は、健康情報、走行データ、製品の稼働状況等、個人・企業の実世界での活動についてセンサー等により取得される「リアルデータ」をいかに集め、活用していくかが勝負の鍵となろう。
同時に、第4次産業革命に対応していくためには、急激かつ予見が難しい変革に対して、柔軟に対応可能となるよう経済社会システムの設計思想を大胆に転換し再設計していくことが世界的に必要となる。我が国としては、こうした世界の激動に対して、課題先進国であることをむしろチャンスと捉え、世界を主導しつつ国益を確保するという観点から、先見的にこの経済社会システムの再設計に取り組むことが必要である。この際には、従来の漸進的かつ連続的なイノベーションを前提とする安定を重視した「剛構造」の産業構造・就業構造ではなく、破壊的なイノベーションを前提とする多様なチャレンジが次々と生み出され新陳代謝が活発に行われるような、「柔構造」の産業構造・就業構造を構築することが重要である。
こうした観点から、新産業構造部会では、2016年4月、「中間整理」を行い、第4次産業革命に向けて、データ利活用促進、人材育成、イノベーション・技術開発の加速化、産業構造・就業構造転換の円滑化、横断的な制度・ルールの高度化等について、中長期を見据えた政策の方向性及び当面、直ちに取るべき施策について取りまとめている。
②IoT推進コンソーシアム
近年のIoT、ビッグデータ、人工知能の急速な発展により、第4次産業革命というべき産業・社会構造の大きな変革を迎えようとしている。米国のインダストリアル・インターネット・コンソーシアムやドイツのインダストリー4.0などに代表されるように各国で、この産業・社会変革を見越した取組が進められている。こうした現状を踏まえ、我が国においても、官民を挙げて、国内外のIoT、ビッグデータ、人工知能を活用した未来への投資を促すための適切な環境を整備すべく、2015年10月23日に「IoT推進コンソーシアム(会長:村井純 慶應義塾大学教授)」を設立した(第Ⅱ-2-1-30図、第Ⅱ-2-1-31図)。
第Ⅱ-2-1-30図 IoTコンソーシアム総会の様子
第Ⅱ-2-1-31図 IoT推進コンソーシアムの組織図
同コンソーシアムは、産学官が参画・連携し、IoT推進に関する技術の開発・実証や新たなビジネスモデルの創出を推進するための体制を構築することを目的として、ワーキンググループを設置して具体的な活動を実施している。
(先進的モデル事業推進WG(IoT推進ラボ))
AIやIoTによる新たなビジネスを創出するためには、第4次産業革命に対応していくための将来像となる「ビジョン」の共有とともに、様々な分野で先駆的なプロジェクトの社会実装を促進し、企業によるチャレンジを生み出すエコシステムの形成する必要がある。
IoT推進ラボ(座長:冨山和彦 株式会社経営共創基盤 代表取締役CEO)は、先進的IoTプロジェクトに対して、①企業間連携の強化に向けた環境整備、②IoTプロジェクトに対する資金支援、③課題となる規制改革・ルール形成、④IoT推進のための分野別戦略の策定の政府への提言等を行う産学官の組織として設置された(第Ⅱ-2-1-32図)。
第Ⅱ-2-1-32図 IoT推進ラボ 第1回支援委員会の模様
支援委員会には、国内外から委員が参加(25名で構成(うち過半が外資系企業))し、2015年10月30日に開催された第1回支援委員会では、「日本は面倒な国であり、これまで事業候補地になっていなかったが、技術力や社会課題(ニーズ)を有しており、先進的なプロジェクトを実施するチャンスを持っている。」、「IoTビジネスは圧倒的にスピードが大事であり、その環境整備が必要。」といったグローバルな視点から多くの意見が出された。こうした意見も踏まえ、IoT推進ラボでは、第1弾の取組として、先進的IoTプロジェクトの発掘・選定を行う「IoT Lab Selection(先進的IoTプロジェクト選考会議)」、企業・団体・自治体のマッチング「IoT Lab Connection(ソリューション・マッチング)」等を実施している(第Ⅱ-2-1-33図)。
第Ⅱ-2-1-33図 IoT Lab Connection マッチング会場の模様
IoT Lab Selection(先進的IoTプロジェクト選考会議)とは、IoTビジネスモデルの創出やIoTプラットフォーマーの発掘・育成を図るため、政府系機関や金融機関、ベンチャーキャピタル等官民が一体となって、資金支援、メンター支援、規制改革支援等により、先進的IoTプロジェクトの発掘・支援を行うものである。
第1回先進的IoTプロジェクト選考会議(平成28年2月)では、252件の申請数の中から、グランプリを獲得した(株)Liquid、準グランプリを獲得した(株)ルートレックネットワークスと(株)ABAを含めたファイナリスト計16件を支援することが決定した(第Ⅱ-2-1-34図)。
第Ⅱ-2-1-34図 IoT Lab Selection
IoT Lab Connection(ソリューション・マッチング)とは、様々な分野での先進的プロジェクトを組成するため、企業・団体・自治体等のマッチングを行うものである。
第1回ソリューション・マッチングでは、観光とスマート工場をテーマとして、総参加者数814名が参加した。
4.まとめ
先進国のみならず新興国でも高まるサービス需要と、サービス貿易における先進国の優位性を踏まえると、我が国においても更なるサービス貿易の拡大とここから得られる収益拡大が期待できる状況にあると言える。実際、新興国の構造変化や産業のサービス化による影響を受け、我が国のサービス貿易収支も赤字が縮小傾向にある。
一方で、我が国のサービス貿易の現状は、訪日観光客の増加により改善する旅行収支や、これまで強みとなってきた製造業の海外展開に由来する「知的財産権等使用料」といった分野に依存するところが大きい。また、「旅行サービス」についても、次節で詳しく分析しているとおり、世界における旅行需要の拡大という外的要因による影響も大きく、「旅行サービス」輸出額の対GDP比は他主要国と比較して依然として低い状態にある。さらに、情報通信やビジネスサービスといった、革新的技術によって伸びる世界の新たな成長分野においては赤字が拡大しており、これまで世界の中でも高い競争力を持ってきた製造業等における強みと、モノから得られるデータを戦略的に結びつけ、収益を継続的かつグローバルに獲得する産業界主導型プラットフォームのような、新たなビジネスモデルの構築が急務となっている。
我が国は今後更なる経済成長に伴ってサービス需要が拡大し、市場としての成長可能性が高いと考えられるアジア・太平洋地域に位置する。このため、アジア・太平洋地域等において今後生じうる様々な課題に、サービス分野で貢献しうる余地は非常に高いと言える。現に、企業ベースでは医療・福祉、環境、建設等様々な分野で我が国のサービス貿易拡大の萌芽は見られ始めている状況にある。
この萌芽の更なる成長・拡大のため、STRIとこれに基づく分析から得られる評価を踏まえると、サービス貿易の円滑化によるメリットを各国が享受できる互恵的な国際環境を、WTO、TPPをはじめとする各経済連携協定の枠組みや、関係国対話を通じて整備していく必要性が高いと考えられる。加えて、ビジネスサービスの活用や人材投資を促す国内環境整備等も通じて、サービス貿易を活発化させ、急速に進展するいわゆる「第4次産業革命」という新たな成長分野において、日本の強みを生かし競争優位を獲得していく必要性が高まっていると考えられる。