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- 第1部 第2章 第4節 中南米
第4節 中南米
1.マクロ経済動向
中南米経済は、主要な輸出品である一次産品価格の下落や世界経済の減速により、成長の鈍化が続いていたが、世界経済の拡大と資源価格の回復に伴い、2017年から回復をみせている。IMFは中南米地域の実質GDP成長率について2017年の1.3%から2018年は2.0%、2019年は2.8%に達すると見込んでいる。(第Ⅰ-2-4-1図)
第Ⅰ-2-4-1図 中南米地域及び主要国の実質GDP成長率の推移
米国の堅調な成長の恩恵を受け、メキシコ経済の見通しが改善している他、好調な個人消費や投資に支えられ、ブラジル経済の回復が一層確実なものになっている。アルゼンチンについては、干ばつによる農産物生産への影響やインフレ懸念等から、回復のペースが緩やかとなっている。
2.太平洋同盟とメルコスールの経済・貿易の概要
中南米地域の地域経済統合体のうち、経済規模等から重要なものは「太平洋同盟」(チリ、コロンビア、メキシコ、ペルー)と「メルコスール」(アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、ウルグアイ)173であり、この二つで、中南米地域の人口の約8割、国内総生産(GDP)及び輸出額の約9割を占める(第Ⅰ-2-4-2図)(第Ⅰ-2-4-3表)。
第Ⅰ-2-4-2図 中南米地域における太平洋同盟とメルコスールの比較
第Ⅰ-2-4-3表 中南米主要国の経済・貿易指標の比較
「太平洋同盟」と「メルコスール」は、域内の経済統合を目的として設立された統合体であるが、自由貿易と多国間貿易重視の姿勢の下、域外との貿易促進や新たな自由貿易協定締結等による通商関係の多角化・深化に向けた取り組みも積極的に進めている。以下では、太平洋同盟とメルコスールの概要、経済、域内の貿易構造等について概観する。
173 ボリビアは2012年12月加盟議定書に署名し、各国議会の批准待ちで、現在議決権はない。ベネズエラは、2016年12月アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイの外相が加盟資格停止を通知。
(1)太平洋同盟
①概要
太平洋同盟は、太平洋沿岸に位置する中南米諸国の経済統合とアジア太平洋地域との政治・経済関係強化を目指す経済統合体で、加盟国は、チリ、コロンビア、メキシコ、ペルー174である。2011年4月にリマで開催された第一回太平同盟首脳会合に於いて、ガルシア・ペルー大統領(当時)の呼びかけにより設立が合意され、2012年6月に発足した。2015年7月には統合の目的や組織・体制等の概要について定めた「太平洋同盟枠組協定」、2016年5月には加盟国間の貿易投資の促進・円滑化の取り組みをまとめた「太平洋同盟枠組協定の追加議定書」が発効し、域内経済の統合が進んでいる。現在、域内の物品貿易に関して92%の品目で関税が撤廃されている他、投資、サービス、政府調達等において内国民待遇が付与されている(第Ⅰ-2-4-4表)。
第Ⅰ-2-4-4表 太平洋同盟の概要
太平洋同盟の特徴として、加盟国の自由貿易志向の高さが挙げられる。各国ともに多国間及び二国間の通商協定の締結に積極的で、米国や欧州、中国、日本、韓国等の先進国・地域との間でも協定を締結済みまたは交渉中の状況となっている。また、他の中南米諸国と比べ、GDP成長率が堅調、インフレ率も比較的安定しており175、規律に従って財政が運営されている点や、外貨準備が確保されている等、経済面での安定性が高い。しかし、メキシコを除いては、鉱物資源を含む一次産品輸出への依存度が高い一方、国内の製造業のすそ野が狭く、高度技術の集積度も低いため、産業の高度化が共通の課題となっている。
174 コロンビア以外は環太平洋パートナーシップ(TPP)の署名国。
175 ただしメキシコについては、政府のガソリン低価格政策見直しによる価格引き上げの影響で2017年は年初から消費者物価指数が6%台に上昇した。18年に入り5%台に低下し落ち着きを見せている。
②域内貿易構造
太平洋同盟加盟国の貿易総額(輸出合計額+輸入合計額)は、資源価格の下落等の影響等により2015年と2016年、2年連続で減少したが、2017年には約11,250億ドル(前年比+9.9%)と回復を見せ、2014年のレベルにほぼ達している。また、貿易総額でみた域内貿易比率176は2012年の発足当時の4.5%から2017年が3.3%へと低下しており、EUやNAFTA、ASEANといった他の広域経済圏と比べればかなり低く、域外貿易比率が圧倒的に高い(第Ⅰ-2-4-5図)(第Ⅰ-2-4-6図)。
第Ⅰ-2-4-5図 太平洋同盟の貿易額と域内貿易比率の推移
第Ⅰ-2-4-6図 主要経済圏の域内貿易比率の比較
加盟国別に域内輸出及び輸入比率を見ると、コロンビアが輸出9.1%、輸入が10.4%、ペルーが輸入が11.2%と高くなっている。これに対し、メキシコはNAFTA締結国である米国が主要な貿易相手国となっていることから、輸出が2.5%、輸入が0.9%とかなり低い。太平洋同盟全体でみても、輸出が3.5%、輸入が3.0%と低い数字となっている(第Ⅰ-2-4-7図)。
第Ⅰ-2-4-7図 太平洋同盟の域内輸出・輸入比率の比較(2017年)
続いて、太平洋同盟域内の貿易構造について、「RIETI-TID 2015」177を用いて、財別(素材、中間財、最終財)に見てみる。図中の矢印の太さは二国間の貿易額178を示し、太いほど貿易額が多いことを示す。また、矢印の色の濃淡は二国間の貿易額に占める各財の割合を示し、濃い色ほど比率が高いことを示している(第Ⅰ-2-4-8図)。
第Ⅰ-2-4-8図 太平洋同盟の貿易構造(財別:2015年)
まず、2015年の貿易額について見てみると、素材、中間財、最終財の全ての財において、メキシコが片方の当事国となる取引を除き概して規模は小さい。次に財別に見てみると、メキシコが他の3国向けの最終財の中心的な供給国となっていることがわかる。また、中間財については、メキシコと3国間の他に、ペルーとチリ、ペルーとコロンビア間でも一定割合の分業体制が確認されるが、貿易の規模は大きくない。最終財については、メキシコからの取引に比べ規模は小さいが、コロンビアとチリが他の加盟国に対し一定割合の輸出を行っている。
以上のことから、貿易の規模及び工程間分業の点から見ると、太平洋同盟では、メキシコが加盟国との間に一定規模の取引と分業体制を有しているものの、メキシコを除く加盟国間の域内の統合度は高くないことが確認される。
176 域内貿易比率は、当該地域内の工程間分業の進展度合いを反映する。ある二国間において、貿易額に占める中間財(部品、加工品)の割合が相互に高ければ、国際的な生産分業が行われていると想定される。
177 RIETI-TID2015 (RIETI Trade Industry Database 2015)
178 原則、輸入データCIF(運賃・保険料込)で作成。貿易額の単位は米ドルで名目為替レート。
(2)メルコスール
①概要
メルコスール(南米南部共同市場179)は、自由貿易圏の構築を目指し、域内関税の撤廃を目的として1995年1月に関税同盟として発足した南米の共同市場で、加盟国は、アルゼンチン・ブラジル・ウルグアイ・パラグアイである。
メルコスールは、これまでに域内関税の撤廃180のほか、対外共通関税の設定、メルコスール構造的格差是正基金やメルコスール議会の創設等、域内統合について一定の進捗をみせてきたが、大国のブラジルとアルゼンチンで保護主義的な傾向が強い左派政権が続いたことから、域外の国・地域との自由貿易協定の締結等では、前出の太平洋同盟加盟国と比べ、遅れをとっている181(第Ⅰ-2-4-9表)。
第Ⅰ-2-4-9表 メルコスールの概要
179 「メルコスール」とは、南米各国の公用語であるスペイン語とポルトガル語で「市場(メルカド)」と「南(スール)」を組み合わせた造語である。
180 ただし、自動車については域内自由化の例外とされており、必要に応じ個別に当事国間で経済補完協定(ACE)が結ばれている。
181 域外の国・地域との間で発効済の通商協定はインド(2009年発効、拡大交渉中)、イスラエル(2009年発効)、南部アフリカ関税同盟、エジプト(2017年発効予定)等。パレスチナは2007年署名済みだが未発効。加盟国が単独でALADI加盟国と締結した経済補完協定(ACE)やメルコスールとして締結した特恵貿易協定も存在するが、FTAに比べて自由化の水準は低い。
②域内貿易構造
メルコスール加盟国の貿易総額(輸出合計額+輸入合計額)は、2013年から2016年までは世界経済の減速や一次産品価格下落等の影響により4年連続で減少していた。2017年になり一次産品価格の上昇に伴い約5,300億ドル182(前年比+7.2%)と回復を見せたが、2014年のレベルには達していない。また、貿易総額でみた域内の貿易比率は、2000年の19.0%から低下し、近年は15%前後でほぼ横ばい状態が続いている。EUやNAFTAに比べると比率は低いものの、前出の太平洋同盟と比べると高くなっている(第Ⅰ-2-4-10図)(第Ⅰ-2-4-11図)。
第Ⅰ-2-4-10図 メルコスールの貿易額と域内貿易比率の推移
第Ⅰ-2-4-11図 主要経済圏の域内貿易比率(前掲)
加盟国別に域内輸出及び輸入比率を見ると、パラグアイが輸出が49.8%、輸入も34.7%で最も高く、ブラジルが輸出が10.6%、輸入が8.1%と最も低い。ブラジルは、域内ではアルゼンチンが主要な貿易相手国であるが、域外では中国、米国、ドイツ、オランダ等、貿易相手国が広汎にわたっているため、域内依存度は高くなっていない。また、メルコスール全体で見ても輸出が14.1%、輸入が16.4%と前出の太平洋同盟の3.5%、3.0%と比べて10%以上高くなっている(第Ⅰ-2-4-12図)。
第Ⅰ-2-4-12図 メルコスールの域内輸出・輸入比率の比較(2017年)
続いて、メルコスール域内の貿易構造についても「RIETI-TID2015」を用いて、財別(素材、中間財、最終財)に見てみる。図内の矢印の太さは二国間の貿易規模を、色の濃さは二国間の貿易額に占める各財の割合を示す(第Ⅰ-2-4-13図)。
第Ⅰ-2-4-13図 メルコスールの貿易構造(財別:2015年)
まず、2015年の貿易規模について見てみると、貿易規模はブラジル・アルゼンチンの二国間の取引以外は概して小さい。続いて財別の割合について見てみると、ブラジルとアルゼンチンが、域内の各国に対して中間財と最終財の主要な供給国となっている。また中間財については、域内のいずれの二国間においても一定規模と割合の取引が見られ、ブラジル・アルゼンチン間以外の貿易取引についても規模は小さいが分業体制が確認できる。また最終財では、ウルグアイについても、ブラジル及びパラグアイに向けて、規模は小さいが一定割合の輸出をしていることがわかる。
以上のことから、貿易の規模及び工程間分業の点から見ると、太平洋同盟と比べ、メルコスールの方が域内の統合度が高いことが確認される。
182 この貿易額は計算の都合上、2016年までベネズエラの数字を含んでいる。
3.中南米地域の対外貿易関係
(1)中南米と主要域外国・地域の貿易動向
これまで、太平洋同盟とメルコスールの域内の貿易構造を見てきたが、次に、中南米にとって主要な域外の貿易相手国・地域との最近の貿易の状況について見る。
以下のグラフは、中南米主要9か国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、メキシコ、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ、ベネズエラ)と米国、中国、ASEAN主要6か国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)及び日本との間の2000年以降の貿易総額(輸出総額+輸入総額)及び貿易比率(世界との貿易総額に当該国・地域との貿易総額が占める比率)を示す。(第Ⅰ-2-4-14図)
第Ⅰ-2-4-14図 中南米の対主要国・地域別貿易総額と貿易比率の比較
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初めに貿易総額について見てみると、2017年は対米国が約9,972億ドル、中国約2,384億ドル、ASEAN約606億ドル、日本約451億ドルと対米国が圧倒的に多く、中国が続く。2000年から2017年の間に、全ての国・地域との間で増加がみられるが、特に中国が2000年から22.8倍に著しく増加し、ASEANも7.8倍に増加した。これに対し、日本は2.3倍、米国は2.0倍の増加に留まった。
次に輸出及び輸入総額について見ると、いずれの国・地域に対しても中南米は貿易収支赤字の状況が続いている。これは、中南米地域が世界に向けた資源や食糧等一次産品の主要な供給者である一方、製造業の未発展により国内で必要な工業製品等について、域外からの輸入に頼っているという貿易構造による。
続いて、貿易比率(2017年)について見ると、中南米地域の対米国の貿易比率が60.4%、同、中国が14.4%、ASEANが3.7%、日本2.7%と、米国の比率が他に比べ圧倒的に高いが、2000年の82.7%から2017年には20%ポイント以上低下している。2012年以降は、米国向けの輸出増加に伴い緩やかな増加傾向を示していたものの、足元では横ばいとなっている。その一方で中国の貿易比率は2000年の1.8%から14.4%へと著しく上昇しており、ASEANについても、同1.2%から3.7%へと緩やかな上昇を続けている。なお、日本については同3.3%から2.7%へとやや低下している。
以上のことから、中南米地域においては、依然として対米国間の貿易の規模と割合が相当大きいものの、同地域における中国とASEANのプレゼンスが増大している。日本については、貿易額は2000年と比べて増加しているものの、2011年のピーク以降やや減少傾向にあり、貿易比率についても緩やかに低下しており、中南米地域におけるプレゼンスが、米国、中国、ASEANと比べると低下していることが確認された。
(2)日本と中南米の貿易動向
中南米地域の対日本の貿易動向について見ると、2017年の輸出額は約181億ドル(前年比+14.6%)、輸入額は約270億ドル(+3.3%)、貿易収支は約88億ドルの赤字だった。貿易総額は約451億ドル(前年比+7.6%)と、2000年の約197億ドルから約2.3倍に拡大した。主要輸出品である一次産品価格の下落等により、2011年をピークに2012-16年は5年連続で減少したが、2017年になりやや回復をみせている(第Ⅰ-2-4-15図)。
第Ⅰ-2-4-15図 中南米の対日本貿易額の推移
国別では、2017年の対日本の貿易総額は、メキシコが他国に比べて圧倒的に多く、日本からの輸入額が突出している。日本向けの輸出額は、多い順にチリ、ブラジル、メキシコ、ペルーとなっており、いずれも鉱物資源や農水産品等の一次産品が日本向けの主要な輸出品目となっている。貿易収支を見ると、メキシコが日本に対し大幅な赤字が続いている他、コロンビア、アルゼンチン、パラグアイ、ウルグアイも貿易赤字の状態である。その一方、ブラジル、チリ、ペルーは日本に対し貿易黒字を維持しており、いずれの国も一次産品が主要な輸出品目で、日本にとって重要な資源・食糧の供給国となっている(第Ⅰ-2-4-16図)(第Ⅰ-2-4-17表)。
第Ⅰ-2-4-16図 中南米主要国の対日本貿易額の比較(2017年、総額・輸出額)
第Ⅰ-2-4-17表 世界の生産量上位6か国(主要鉱物・主要農水産物)
(3)中南米と中国の経済関係
1990年代以降の目覚ましい経済成長により、中国はGDP規模では世界第2位の経済大国となり、同時に国際社会におけるプレゼンスや影響力も高まっている。中南米地域における中国の貿易関係のプレゼンスの増大の状況については、前項で見てきたとおりであるが、細かくみると、同地域内には貿易相手国として中国が首位を占めている国も多い。また投資については、石油や鉱業といった資源開発部門のみならず、電力や通信、鉄道、自動車等、多岐にわたる分野で中国の投資案件が見られる。以下では、中南米地域と中国の貿易・投資関係について、地域全体及び国別に概観する。
①貿易
中南米地域(主要9か国)の対中国の貿易額について詳しく見ると、2017年の対中国輸出額は約914億ドル(前年比+27.0%)、輸入額は約1,470億ドル(+7.3%)、貿易総額(輸出額+輸入額)については約2,384億ドル(前年比+14.1%)と、2000年から2017年までの間に約23倍(2000年:104億ドル→2017年:2,384億ドル)に拡大し、貿易総額に占める対中国貿易比率は、2000年の1.8%から2017年は14.4%に増加した。貿易収支については、中南米地域の赤字となっている(第Ⅰ-2-4-18図)。
第Ⅰ-2-4-18図 中南米の対中国貿易額の推移
中南米諸国の多くは、中国に対して農産物、鉱物、エネルギー等の一次産品を輸出する一方で、中国から工業製品を輸入している。世界及び中国経済の減速や一次産品価格の下落等により、貿易総額は2013年をピークに2014年から3年連続で減少したが、商品価格の上昇により17年には回復をみせ、2014年のレベルまでほぼ回復している。
国別に中国への輸出比率について見ると、2017年では、チリが27.2%、ペルーが26.4%、ブラジルが21.8%と、各々20%を超えているが、メキシコが1.6%、コロンビアが5.3%と、米国への輸出比率の各79.8%、27.9%と比べてかなり低くなっている(第Ⅰ-2-4-19図)。
第Ⅰ-2-4-19図 中南米主要国の対米国・対中国・対日本輸出比率の比較(2017年)
②海外直接投資
中国の対世界海外直接投資額(ストックベース)について見ると、2016年は約1兆2,810億ドルだったが、そのうち中南米向けは2,072億ドルで、割合は16.2%となっている。しかし、租税回避地である英領バージン島やケイマン諸島向けを除くとわずか約142億ドル(割合は1.1%)であり、国別では、投資額の多い順に、ブラジル、ベネズエラ、アルゼンチン、エクアドル、ジャマイカとなっている。(第Ⅰ-2-4-20図)(第Ⅰ-2-4-21図)
第Ⅰ-2-4-20図 中国の対中南米主要国向け海外投資額の比較(2016年、国別・ストック)
第Ⅰ-2-4-21図 中国の対中南米主要国向け海外投資額の推移(国別・ストック)
食糧(農産品)や資源(鉱石、エネルギー)の調達先確保が目的の中国と、財政や資金の不足から、国内のインフラ開発に必要な資金を民間や海外に求める中南米諸国との間の利害の一致が見られ、中国と中南米の経済は、相互依存の関係にあると言える。またメキシコ、ブラジル、アルゼンチンを除く多くの中南米諸国は、製造業部門が未発展の資源国であり、工業製品を輸入する中国との間には補完関係が成り立っている。近年の投資の傾向としては、これまでの石油や鉱業といった資源開発部門のみならず、電力や通信、港湾、鉄道、自動車、宇宙衛星等、多岐にわたる分野で中国からの案件が増加している。
なお、国際労働機関(ILO)は、1990年代以降の中南米・カリブ地域と中国の経済関係のトレンドの変化について、以下3つのフェーズに分けて整理分析している183(第Ⅰ-2-4-22図)。
第Ⅰ-2-4-22図 中南米と中国の経済トレンドの変化(ILOによる)
183 「Employment Situation in Latina America and the Caribbean中南米地域の雇用の量と質に対する中国の影響について」(2017年10月19日)の第1章
第1フェーズ(1990年代~):貿易の急増
1992年まで1%未満だった中南米における中国の貿易比率が2001年には2.3%、2014年に12.8%まで上昇。中南米にとり中国が米国に次ぐ第2位の貿易相手国となり、中国にとっても中南米は、米国、EU、アジアに次ぐ第4位の貿易相手に成長。2000-2014年の間に中国向け輸出量は約20倍、輸入量は約18倍に拡大した。ILOは、中南米と中国間の貿易の特徴として、対中国貿易赤字の拡大の傾向と貿易品目の絶対的な技術水準の格差を挙げている。
第2フェーズ(2007-2008年~):資金提供、海外投資の流入
中国の政府系銀行による資金提供が増加し、国別では中南米向け資金の約5割がベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、エクアドル、ボリビア向け、部門別では、資金の3分の2がインフラ整備やエネルギー向け、約25%が鉱業向けであった。さらに中国から年間約100億ドルの海外投資が中南米に流入し、ブラジル、ペルー、アルゼンチンが主要な投資先となった。資金提供と海外投資は、ともに2国間貿易と深く関係しており、中国からの投資は鉱業、石油、ガス、原料部門に集中した。
第3フェーズ(2013年~):重要インフラ事業の実施
中国は主に港湾、鉄道、空港等の建設やエネルギー分野のインフラ事業を実施してきており、AEI China Global Investment Tracker(CGIT)によると、2005-2016年に中国が世界向けに実施した1,138件、計約6,278億ドルのインフラ事業のうち、中南米向けは95件(シェア8.3%)、約586億ドル(同9.3%)だった(第Ⅰ-2-4-23表)。
第Ⅰ-2-4-23表 中国の国際インフラ案件の比較(国別:2005-2016年)
③主要国と中国の貿易・投資関係
次に、中南米主要国と中国との二国間の貿易・投資関係等について見ていく。国別の貿易収支を見ると、中国に対して貿易黒字を有する国は、鉱物や食糧等の一次産品を中国に輸出しているブラジル、チリ、ペルーで、赤字国はメキシコ、コロンビア、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイとなっている。2017年では、ブラジル、チリ、ペルー、ウルグアイで、中国が第1位の輸出相手国及び輸入相手国になっている。またアルゼンチンとパラグアイでは、中国が第1位の輸入相手国となっている。
(ブラジル)
ブラジルの2017年の対中国輸出額は、約474億88百万ドル(前年比+35.2%)、輸入は約273億21百万ドル(前年比+16.9%)で、貿易収支は約201億67百万ドル(前年比+71.3%)の黒字となっている(第Ⅰ-2-4-24図)。
第Ⅰ-2-4-24図 ブラジルの対中国貿易額の推移
主要な対中国向け輸出品目は大豆、鉄鉱石、石油、パルプ、牛肉、フェロアロイ、航空機等であるが、上位3品目の大豆と鉄鉱石、原油で輸出額の約8割を占める。輸入品は、電話機・同部品、テレビ・ラジオ部品、電子回路、事務機器部品、半導体装置、自動車部品等となっている(第Ⅰ-2-4-25表)。
第Ⅰ-2-4-25表 ブラジルの対中国主要輸出入上位10品目
2000年代の中国の資源・食糧需要の増大と一次産品価格上昇を背景に、ブラジルの対中国輸出は取引量が急激に拡大した。2010年には中国は、ブラジルの貿易総額184で米国を抜き、ブラジル第1位の貿易相手国となり、中国向けの資源・食糧の供給国として関係を深化させている(第Ⅰ-2-4-26図)(第Ⅰ-2-4-27図)。
第Ⅰ-2-4-26図 ブラジルの貿易総額の推移(国別)
第Ⅰ-2-4-27図 ブラジルの貿易相手国の割合(輸出・輸入)
また、ブラジル中央銀行によると、2017年の中国からブラジルへの直接投資額(フロー)は約6億4,300万ドルで、前年の約8億7,900万ドルから26.8%減少した185(第Ⅰ-2-4-28図)。
第Ⅰ-2-4-28図 中国の対ブラジル向け海外投資額の推移(フロー)と投資相手国の割合
中国からの投資分野は、エネルギー、石油・天然ガス、物流、IT等、多岐にわたっているが、2010年以降は、大規模水力発電所や送配電等、中国独自のノウハウを活かした電力インフラ部門への進出が本格化している。投資の形態は、製造業以外の金融、インフラ、農業、エネルギー、鉱業分野等では、M&Aによるものが多いといわれている186,187。
ブラジル政府は、2016年9月、国内のインフラ整備について、外資系企業を含む民間企業に開放する「投資パートナーシッププログラム(PPI)」を発表し、その対象は石油・天然ガス、空港、港湾、電力分野等となっており、入札は2018年末にかけて実施される予定である。最近では中国企業は、PPIによる水力発電所の運営権を落札する等、長期的な視点での投資を実行しており、今後もブラジルにおける中国企業の存在感が増していくものと思われる。
184 貿易総額=輸出額+輸入額で計算。
185 一方、中国企業の海外投資の多くは、英領バージン諸島等、第3国・地域の租税回避地を介して行われることが多いため、実際の投資額は更に大きいものとみられる。
186 JETRO短信「ブラジルで存在感増す中国企業からの投資」(2018年2月13日)
187 ブラジル企業評議会によると、中国企業によるブラジルへの投資は、民間投資機関と政府系投資機関が中心となり実施され、M&Aによる投資が主体となっている(中国企業の投資形態はM&Aが約7割、JVによる投資が1割、新規投資が2割)JOGMEC金属資源レポート「ブラジルと中国の貿易、投資関係の発展」(2012年9月)
(アルゼンチン)
アルゼンチンの2017年の対中国輸出額は、約43億25百万ドル(前年比-2.4%)、輸入は約94億54百万ドル(前年比+14.9%)で、貿易収支は約51億29百万ドル(前年比+35.0%)の赤字となっている(第Ⅰ-2-4-29図)。
第Ⅰ-2-4-29 図 アルゼンチンの対中国貿易額の推移
主要な輸出品目は大豆、原油、牛肉、水産物、たばこ等で、大豆、原油、牛肉の上位3品目で輸出額の約8割を占める。輸入品は、電話機・同部品、テレビ部品、コンピュータ、オートバイ、鉄道貨車等となっている(第Ⅰ-2-4-30表)。
第Ⅰ-2-4-30表 アルゼンチンの対中国主要輸出入上位10品目
アルゼンチンもブラジルと同様、中国への食糧・資源の供給国である一方で、中国もアルゼンチンを成長が見込める有望な市場とみなし、両国の貿易関係は相互に補完的に拡大している。中国は2008年に米国を抜き、ブラジルに次ぐアルゼンチン第2位の貿易相手国となった。ただし、2016年と2017年については、米国に抜かれ第3位となっている(第Ⅰ-2-4-31図)(第Ⅰ-2-4-32図)。
第Ⅰ-2-4-31図 アルゼンチンの貿易総額の推移(国別)
第Ⅰ-2-4-32図 アルゼンチンの貿易相手国の割合(輸出・輸入)
アルゼンチンは、2001年のデフォルト(債務不履行)以降、国際金融市場へのアクセスが困難となり、世界銀行等の国際金融機関に依存せざるをえない状況の下、左派政権の時期(2003-2015年)に、中国政府系銀行から融資を受けた中国企業による投資が、食糧、エネルギー、運輸等の分野で進んだ。
2015年12月に発足したマクリ政権は、発足直後から外貨購入規制、送金規制等の撤廃や輸入規制の緩和、一部輸出税の撤廃188等の金融・貿易に関する制度の改善、さらに債務問題の解決等を実施し、国際金融市場の信頼の回復に努めた。農畜産物への輸出税の撤廃や牛肉への関税の撤廃等により農業部門への投資が、また、前政権時代に劣化した内陸部と港湾を結ぶインフラ部門等への投資の余地が大きいと言われている。
188 マクリ新大統領は2015年12月14日、選挙公約としていたトウモロコシ(20%)、小麦(23%)、牛肉(15%)の輸出税を撤廃し、大豆の輸出税(35%)を2016年から5%ずつ削減する法案に署名した。また、同大統領は、大豆かす及び大豆油の輸出税(32%)についても2016年に27%に引き下げる方針とみられている。アルゼンチンでは、前政権下による「国内供給優先」政策として、トウモロコシ、小麦、牛肉などに課された輸出税がこれらの農畜産物の生産、輸出を阻害する大きな要因とされてきた。
(メキシコ)
メキシコの2017年の対中国輸出額は、約67億12百万ドル(前年比+24.2%)、輸入は約741億45百万ドル(前年比+6.7%)で、貿易収支は約674億33百万ドル(前年比+5.2%)の大幅な赤字となっている(第Ⅰ-2-4-33図)。
第Ⅰ-2-4-33図 メキシコの対中国貿易額の推移
主要な輸出品目は銅鉱、乗用車、電話機・同部品、自動車部品、原油等で、銅関連が約3割を占めているが、ブラジルやアルゼンチンに比べ資源関連の割合が低く、乗用車や自動車部品、電話機・同部品、コンピュータ等の工業製品も含まれている。輸入品は、電話機・同部品、コンピュータ、事務機器、電子回路、テレビ・ラジオ部品、自動車部品等である。(第Ⅰ-2-4-34表)。
第Ⅰ-2-4-34表 メキシコの対中国輸出入上位10品目
中国は、メキシコにとり米国に次ぐ第2位の貿易相手国であるが、メキシコはNAFTAの加盟国であり、米国への貿易依存度が際立って高い(第Ⅰ-2-4-35図)(第Ⅰ-2-4-36図)。
第Ⅰ-2-4-35図 メキシコの貿易総額の推移(国別)
第Ⅰ-2-4-36図 メキシコの貿易相手国の割合(輸出・輸入)
また、中国の2016年の対メキシコ投資額(ストック)は約5億8千万ドルと、他の南米主要国と比べて活発とはいえない水準である。しかし、最近では、メキシコがエネルギー改革の一環として、これまで国営石油公社が独占してきた石油開発事業に外資企業の参入機会を開いたことにより、2016年11月の深海油田・ガス田入札で、中国の石油会社が2鉱区を落札している(第Ⅰ-2-4-37図)。
第Ⅰ-2-4-37図 中国の海外投資額の推移(国別:ストック)
NAFTA再交渉が行われる等メキシコの通商環境が大きく変化している中で、メキシコは「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(TPP11)」の批准、墨EU・FTAの再交渉189、太平洋同盟の準加盟国交渉、対アルゼンチン、ブラジル、中国等域外国との経済関係強化や貿易の自由化・多角化の推進に積極的に取り組んでいる。
189 2018年4月、メキシコ政府は2016年から再交渉を進めてきたEUとのFTAが大筋合意したと発表。2000年に発効した同協定は工業製品が中心であったが、農産物や政府調達、投資分野等にFTAの対象を広げ近代化を図る。
4.最近の中南米の域内外との連携強化の動き
(1)太平洋同盟のアジア太平洋地域との関係強化の動き
太平洋同盟は、加盟国間の経済統合を進める一方で、開かれた同盟として、発足当初から基本方針190に盛り込まれていたアジア太平洋地域との関係強化に向けた動きを始めている。
トランプ政権発足後の米国の保護主義への動き、米国のTPP脱退やNAFTA再交渉を巡る不透明性への対応等から、太平洋同盟は、自由貿易推進という方針の堅持と同盟の特徴である開放性につき加盟国間で改めて認識を共有する必要性が生じた191。
2017年3月、太平洋同盟は、アジア太平洋諸国との連携を強化するため「準加盟国」のカテゴリーを新設し、太平洋同盟と早期かつ高水準な協定締結を望む国を準加盟国と位置付ける方針を示した。同年6月には「準加盟国に関する指針」が閣僚評議会で採択され、域外国との間のFTA締結に向けた道筋が明らかとなった。準加盟国の候補として、TPP11加盟国であるカナダ、豪州、ニュージーランド、シンガポールが挙がっており192、2017年10月より準加盟候補国との間で交渉が開始されている(第Ⅰ-2-4-38図)。
第Ⅰ-2-4-38図 中南米地域を含むアジア太平洋地域の地域経済統合の概観図
190 「The initial goal of the alliance was to further free trade with “a clear orientation toward Asia”, and economic integration」(太平洋同盟の公式サイトより)
191 JETROビジネス短信「太平洋同盟諸国、アジア太平洋地域との連携に本腰―議長国チリが主導し働き掛け―」(2017年03月28日)より引用。
192 2017年10月コロンビア カリに於いて準加盟国候補国との第1回交渉が開催され、代表団は交渉プロセスの基礎となる議定書を提示した。第2回交渉は2018年2月に豪州のゴールドコーストで開催済み。(ICTSD(International Centre for Trade and Sustainable Development)HPより)
(2)メルコスールの自由開放に向けた通商関係拡大の動き
2015年末のアルゼンチンに続き、2016年にはブラジルでも左派から中道右派に政権が交代したことから、メルコスールでは、自由開放に向けた通商関係の拡大・深化の動きがみられる。
この流れの中で、2000年の交渉開始後、長い期間中断していたメルコスールとEUの自由貿易協定(FTA)交渉が2016年10月に再開された。2017年末までの大筋合意を目指したものの、農産物等の交渉で折り合わず、2018年に交渉が持ち越されることになった193。
2017年12月、ブラジルのテメル大統領は、第51回南米南部共同市場(メルコスール)首脳会合(於ブラジリア)の挨拶で、2018年にカナダおよび韓国とのFTA交渉を開始する準備が整ったと語り、加えてシンガポールとの事前協議を開始すると表明した194。
193 JETROビジネス短信「先進国やアジア諸国とのFTA網構築を急ぐ―中南米主要国の通商政策と地域統合をめぐる動き―」(2018年2月8日)
194 JETROビジネス短信「カナダ・韓国とのFTA交渉の準備整う―メルコスール、シンガポールとの事前協議も表明―」(2018年1月11日)
(3)太平洋同盟とメルコスールの関係強化の動き
太平洋同盟とメルコスールの接近は、チリのバチェレ大統領の提案に基づき、2014年11月にコロンビアのカルタヘナで開催された関係閣僚会合から始まったとされ、太平洋同盟とメルコスールの関係強化の必要性が再認識され始めている。アルゼンチン、ブラジルの政権交代により、両国において開かれた通商政策に重点が置かれるようになったことや、米国でトランプ政権が発足し、メキシコを中心に対米国依存のリスクについて強く意識されるようになったことが、両者の関係強化の必要性を再認識させることにつながっている。
メルコスールと太平洋同盟は2017年4月にアルゼンチンで関係閣僚会合を開催し、これまで確認されてきた貿易の円滑化と促進、税関協力、中小企業支援等のテーマで協力することについて再確認するとともに、今後のロードマップを設けることで合意した195。
メルコスール加盟国の中でも、農業分野に強いブラジルやアルゼンチンがメキシコ市場への接近を模索しているとも言われている。メキシコはとうもろこしをはじめ多くの農産物を北米から輸入しているが、メキシコとの通商関係強化により、農産品の販路拡大も期待される。
195 その他に、メルコスールはメキシコとの経済補完協定(ACE)53号の拡大・深化に向けた交渉も続けており、2015年5月、ルセフ大統領(当時)のメキシコ公式訪問に伴い、対象品目の拡大と新たな分野を加えるための協議を開始。2017年8月の第7回交渉会合では、知的財産の分野において、商標、地理的表示(産品の情報を知的財産として登録し保護すること)、著作権、知的財産の行使について協議を開始。米国トランプ政権発足以降、メキシコの通商面の環境変化に対応し、メキシコがブラジルとの通商協定の拡大・深化に向けた取り組みを見せている。