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- 第1部 第2章 第5節 ロシア及び中央アジア
第5節 ロシア及び中央アジア
本節では、経済成長が続くアジア諸国の需要をとりこむべく、アジア諸国との経済関係を深めつつあるロシアと、中央アジア諸国の経済動向について概観する。
1.ロシアのマクロ経済動向
(1)経済概況
2017年のロシア経済は、緩やかな回復となった。2015年、2016年とマイナス成長が続いていたが、2016年第4四半期には、8四半期ぶりにプラス成長に転化し、回復が見られ始めた。2017年には、+1.5%と3年ぶりのプラス成長となった196。
2017年のGDP成長率に対する需要項目別の寄与度をみると、家計消費が1.8%、総資本形成が1.7%の寄与となり、内需が成長を牽引する形となった。一方、輸出は好調だったものの、輸入の伸びが輸出の伸びを上回ったことにより、純輸出は▲2.3%とGDP成長率にマイナスの寄与となった(第Ⅰ-2-5-1図)。
第Ⅰ-2-5-1図 ロシアの実質GDP成長率と需要項目
ロシア経済は、原油価格の動向にマクロ経済が左右されやすい構造である。2014年には、1バレル約99ドルあった油価は、2015年には約53ドルと、凡そ価格が半減したが、同時期に実質GDP成長率も、2014年には0.7%、2015年には▲2.5%と落ち込んだ。しかし、世界経済の緩やかな回復やOPEC加盟国と非加盟国との減産合意に伴い、油価が回復し197、ロシアのGDP成長率も緩やかな成長を示している。
IMFによると、2018年は+1.7%、2019年は+1.5%の成長が見込まれている(第Ⅰ-2-5-2図)。
第Ⅰ-2-5-2図 原油価格伸び率とロシアの実質GDP成長率推移(前年比)
196 2014年3月のロシアによるクリミア編入を機に、数次にわたり、経済制裁が実施されている。加えて、2018年4月には、ロシアの米国大統領選関与の疑いに対して、米国は追加の経済制裁を実施している。
197 OPEC加盟国とロシアを含む非加盟国の間で、2017年5月、11月の2度の期限延長の合意により、原油の減産合意は、2018年末まで延長されることが決定した。
(2)貿易動向
先に述べたとおり、ロシア経済は油価に左右されやすく、資源に依存した経済構造の改革が長年の課題となっている。
その為、2018年3月1日の一般教書演説においても、今後6年間で、非資源分野の輸出を年間2,500億ドルへと増やす目標が掲げられた。
以下、ロシアの貿易構造について触れ、輸出においても資源依存から脱却できていない現状、そして、ロシアがアジア太平洋諸国との経済関係を深める背景について概観する。
まず、ロシアの貿易収支の推移をみると、貿易収支は恒常的に黒字である。また、2017年においては、輸出は前年比+25.2%、輸入は前年比+24.7%と、輸出入ともに前年から大きく伸びた(第Ⅰ-2-5-3図)。
第Ⅰ-2-5-3図 ロシアの貿易収支と輸出入の伸び率(前年同月比)推移
次に、ロシアの主な貿易品目をみると、最大輸出品目は、前述のとおり、鉱物性燃料であり、輸出額全体の48.6%を占める198。次いで主要な輸出品目は、鉄鋼(5.3%)、貴金属等(3.1%)となっている199(第Ⅰ-2-5-4表)。
第Ⅰ-2-5-4表 ロシアの主要輸出品目
また、輸入品目では、一般機械が20.0%と最も多く、次いで、電気機器(11.8%)、車両及び同製品(9.4%)と全体に占める割合が大きい(第Ⅰ-2-5-5表)。
第Ⅰ-2-5-5表 ロシアの主要輸入品目
続いて、ロシアの主要貿易相手国をみていく。
まず、輸出相手国をみると、全体の約半分近い44.7%がEU諸国向けであり、次いで中国(10.9%)、ベラルーシ(5.1%)200が多い。各国とも前年と比較して2割を超える伸びを記録している。その中でも、中国、トルコ201の伸びが大きく、それぞれ前年比38.9%、同33.0%となっている(第Ⅰ-2-5-6表)。
第Ⅰ-2-5-6表 ロシアの主な輸出入相手国
また、輸入相手国をみると、EU諸国が38.0%、中国が21.2%、米国が5.5%と続く。前年からの伸びをみると、中国及びEU諸国は、2割を超える伸びとなっている(第Ⅰ-2-5-6表)。
続いて、ロシアの最大貿易相手であるEU諸国との貿易関係についてみていく。
EU諸国との貿易においては、ロシアの貿易黒字が常態化している。2017年は、ロシアからの輸出額が1,595億ドル、輸入額が864億ドルとなり、731億ドルの貿易黒字となった(第Ⅰ-2-5-7図)。
第Ⅰ-2-5-7図 ロシアの貿易収支(対EU諸国)の推移
ロシアのEU諸国への輸出品目をみると、鉱物性燃料が輸出額全体に占める割合が圧倒的に大きく、その中でも、原油及び石油精製品の占める割合が大きいことがわかる(原油34.7%、石油精製品20.9%)。石油ガスその他のガス状炭化水素(天然ガスを含む)も上位品目に名を連ねるが、輸出額全体に占める割合は0.6%となっている(第Ⅰ-2-5-8表)。
第Ⅰ-2-5-8表 ロシアからEU諸国への主要輸出入品目及びシェア(2017年)
続いて、EUへの鉱物性燃料輸出量の推移をみる。原油の輸出量は、2011年、2012年と落ち込んで以来、それ以前の水準には戻っていないことが分かる。ロシアにとって最大の原油輸出市場であるEU諸国への原油輸出量は、頭打ちになりつつある。一方、天然ガスの輸出量は、2009年に大きく減少した後、増加基調にあり、2017年には、過去最大の輸出量となっているものの202、前述の通り、原油に比べると輸出額は非常に少ない(第Ⅰ-2-5-9図)。
第Ⅰ-2-5-9図 ロシアのEU諸国向け鉱物性燃料輸出量の推移
198 2015年及び2016年には、輸出額全体に占める鉱物性燃料輸出額の割合は下がっていたが(2015年50.7%、2016年47.2%)、同時期に輸出量は増加していることから、輸出額に占める割合の低下は油価の下落に依るものと考えられる。
199 穀物の2017年の輸出額は、過去最大となった(約74億ドル、輸出額全体の約2%)。要因には、良好であった天候のみならず、農業部門への関心の上昇が挙げられる。その背景には、欧米からの経済制裁に対抗した食品の輸入規制(2014年8月)、ロシア軍機撃墜の対抗措置としてのトルコからの野菜や鶏肉の輸入禁止(2016年1月)などが考えられる。この対抗措置に伴う、輸入代替措置として、農業振興が図られたとの見方もある。
200 ベラルーシは、ロシアから輸入した原油を国内の製油所で精製し、欧州をはじめとする国際市場に売買している。
201 2015年11月のロシア軍機撃墜事件に伴い、ロシアはトルコへ経済制裁を実施していた。しかし、2017年5月には、一部を除いて全面解除とする合意に至った。
202 天然ガス最大手のガスプロムによると、同社の天然ガス生産量は過去最大となり、欧州・トルコ向けが伸びた。欧州では、クリミア危機等により、エネルギー資源分野でロシアに対する依存度を低下させるべきとの声が高まったが、一方で、温室効果ガス削減目標を達成する必要があり、石炭火力発電の削減が課題となっている。結果として、欧州向け天然ガスの輸出量が伸びたと推測される。
2.ロシアの東方シフト
(1)東を向くロシア
ロシアの対外関係において、近年注目されているのが、いわゆる「東方シフト」である。東方シフトとは、アジア太平洋諸国との関係を強化し、また、経済発展の遅れていた極東・シベリア地域開発を進めようとするロシアの動きである203。
この動きの背景には、外交政策上の観点に加え204、最大の輸出産品である鉱物性燃料205の販路を、市場が成熟した欧州から、経済成長が続くアジア太平洋諸国に求め、併せてアジア諸国の経済成長を取り込み、ロシア国内の発展に寄与させたいというロシアの認識が存在するといえよう206。
この傾向は、プーチン政権発足後に積極的に強化されるようになった207。
2012年5月には、ロシアの極東開発を専門に扱う極東発展省が設立された。そして、同年9月にはAPEC首脳会議がウラジオストクで開催され、アジア太平洋地域への窓口となるべく町を再開発し、国内外からの投資を呼び込むことが目指された208。
また、2013年には、国家プログラム「対外経済活動の発展」が示され、財貿易に占めるアジア太平洋諸国への輸出比率の目標が具体的に示された209(第Ⅰ-2-5-10図)。
第Ⅰ-2-5-10図 ロシアの輸出額に占めるAPEC諸国への財輸出額割合の政府目標
さらに、2015年9月に第一回東方経済フォーラムが開催され、同年には、税制面での優遇措置や規制緩和が受けられる「先行社会経済発展区210」や「ウラジオストク自由港211」などの政策が矢継ぎ早に打ち出された。
ロシアとAPEC諸国の貿易額の推移をみると、ロシアのAPEC諸国向け輸出は、2015年、2016年は油価の影響もあり減少したが、世界経済危機の影響で落ち込んだ2009年以降、基本的には増加傾向にある。2017年のロシアとAPEC諸国向け輸出は、10年前と比較して、約429億ドルから約865億ドルと、ほぼ倍増しており、貿易関係が深まっている(第Ⅰ-2-5-11図)。同様に、APEC諸国からの輸入額も、2015年、2016年と落ち込んだものの、2009年以降増加傾向にあり、2017年に、約637億ドルであった輸入総額は、約916億ドルまで増加した(第Ⅰ-2-5-12図)。
第Ⅰ-2-5-11図 ロシアの対APEC諸国向け輸出額の推移
次に、ロシアとAPEC諸国との貿易を国別でみていく。2017年APEC諸国への輸出総額のうち約45%が中国向けの輸出であり、APEC諸国からの輸入総額のうち約52%が中国からとなっている。APEC諸国の中でも、とりわけ中国との貿易関係が強いといえる。
第Ⅰ-2-5-12図 ロシアの対APEC諸国からの輸入額の推移
203 ソ連崩壊直後には約800万人あった極東連邦管区の人口は、2007年には約639万人、2016年には約618万人まで減少。ロシアが極東・シベリア開発を促進する背景には当該地域の人口減少に加え、隣国である中国が経済的に発展したことへの危機感もある。下斗米(2016)
204 ウクライナ危機後の欧米との関係悪化が、ロシアの東方シフトを後押ししたとの見方もある。
205 ロシアにとって、鉱物性燃料の生産量・輸出量の確保が不可欠である。しかし、主力生産地であった西シベリアの主要油田は老朽化・高コスト化しており、西シベリアの減退を東部地域における新規開発で補完する必要性からも、ロシアは東方への関心を強めた。栗田(2014)
206 2012年大統領選挙を前に発表した論文「ロシアと変わりゆく世界」で、当時のプーチン首相は、世界の政治経済においてアジア太平洋地域の重要性が高まっていることを指摘し、ロシアが真にアジア太平洋国家となるためには、極東シベリア地域の経済的浮揚が欠かせないことを主張した。加えて、その際に重要となるのが、アジア太平洋地域の経済成長力を取り込むことであると言及した。伏田(2013)
207 極東政策を進めていくこと及びアジア太平洋地域との関係を強化することの必要性は、1980年代のゴルバチョフ政権下でも言及された。次いで、エリツイン政権下でも極東重視政策は宣言されたものの、実効性は伴わなかった。伏田(2013)
その後、2006年12月の安全保障会議において、2012年APEC首脳会議にウラジオストク開催や、極東開発の戦略的決定が採択された。さらに、2006年には、東シベリア・太平洋パイプラインの建設が始まり、2012年末に全線開通し、太平洋向け輸出が可能となった。下斗米(2016)
2007年に採択された「東方ガス・プログラム」では中国・アジア太平洋諸国向けのガス供給インフラ整備に言及された。本村(2007)
208 ロシア中央銀行によると、2016年の極東連邦管区への外国直接投資は、103.9億ドルとロシアへのFDI純入額の約31%となった。これは、モスクワを有する中央連邦管区に次いで大きい投資額となっている。また、2016年のFDI純入額は、2006年に比して約10倍となっており、急速に伸びている。
209 ロシア国家プログラム(https://programs.gov.ru/Portal/)
210 2013年12月の大統領年次教書において、「極東・シベリアの発展は21世紀の国家のプライオリティ」と言及した上で、極東・シベリア地域に、輸出向けを含む非資源生産拠点を組織するための、特別な条件を備えた、特別地域(先行発展領域)を創設することを提案した。
優遇税制と規制緩和を実施し、国内外から投資を呼び込み、アジア太平洋地域への輸出を拡大することにより、極東地域の成長を目指す目的。法人税(20%)の減免、付加価値税(18%)の免除や外国人労働者受入れ基準の緩和などが含まれている。
2015年3月末より、本制度の運用が開始された。実施機関は、極東発展公社など。
211 入居企業に対する自由関税措置及び優遇税制等による各種産業の振興を通じた沿海地方の発展を目的。貨物の搬出入の無関税措置や査証手続の緩和などを含む制度。
(2)ロシアと中国の経済関係
ここでは、ロシアと中国の貿易・投資関係についてみていく。
ロシアと中国の貿易は、2007年以降、ロシアの貿易赤字が続いている。
2010年以降、貿易総額は増加基調が続いており、2013年には約887億ドルと過去最大となった。(輸出約356億ドル、輸入約530億ドル)
油価が下落した2015年、2016年には、輸出入ともに落ちこんだものの、2017年には回復し、輸出は約389億ドル、輸入は約480億ドルとなり、過去3番目に大きい貿易総額となった(第Ⅰ-2-5-13図)。
第Ⅰ-2-5-13図 ロシアの貿易収支(対中国)の推移
次に、主な輸出入品目をみていく。まず、ロシアの輸出品目では、鉱物性燃料が最大輸出品目であり212、その中でも原油の占める割合が総輸出額の52.8%と非常に大きい(第Ⅰ-2-5-14表)。実際に、ロシアの原油輸出相手国としての、中国の存在感は高まっている。2007年には、ロシアの原油輸出額全体の約5%を占めていた中国は、2017年には約22%と、ロシアにとって、最大の原油輸出相手国となっている(第Ⅰ-2-5-15表)。中国側からみても、2017年最大の原油輸入相手国は、ロシアとなっている(14.6%)(第Ⅰ-2-5-16表)。
第Ⅰ-2-5-14表 ロシアと中国の主要輸出入品目及びシェア(2017年)
第Ⅰ-2-5-15表 ロシアの原油輸出相手国
第Ⅰ-2-5-16表 中国の原油輸入相手国
さらに、ロシアの中国向け原油輸出量の推移をみてみると、2012年以降急激に増加しているのがわかる。(第Ⅰ-2-5-17図)要因の一つとして、2012年に東シベリア太平洋パイプラインが全線で開通したことが挙げられる。
第Ⅰ-2-5-17図 ロシアの中国への鉱物性燃料輸出量の推移
次に、ロシアの輸入品目をみると、携帯電話などの電気機器が最も多く、輸入総額の11.1%を占める。次いで加熱式機器213やパソコンなどの一般機械が大きな割合を占める。
次に、中国からロシアへの対外直接投資をみてみると、2009年以降、鉱業及び農林・畜産・漁業への投資が活発になっていることが分かる。2015年に、投資残高が大幅に増加した背景には、鉱業分野における大規模な投資案件があったことなどによるものと考えられる214。2016年においては、鉱業への投資額が最も多く、次いで、農林・畜産・漁業、製造業となっている(第Ⅰ-2-5-18図)。
第Ⅰ-2-5-18図 中国からロシアへの対外直接投資 業種別(ストック)
212 天然ガスについては、中国向け天然ガスパイプライン「シベリアの力」が早ければ2019年12月、遅くとも2022年から稼働する予定となっている。2014年にガスプロムと中国石油天然気集団(CNPC)との間で、供給契約を合意。坂口(2017)
213 加熱用機器、湯沸器、乾燥機、蒸留器など含む。
214 2015年12月、中国石油会社大手(Sinopec)が化学大手(シブール)の株式10%を取得。投資額は約13億3,800万ドル。JETRO(2016)
(3)ロシアと日本の経済関係
次に、ロシアと我が国の貿易・投資関係について述べていく。
ロシアと日本の貿易関係は、2011年、2012年とロシアの貿易赤字となったが、2013年以降、黒字で推移している。2017年のロシアから日本への輸出額は約105億ドル、日本からの輸入は約77億ドルで、貿易収支は約27億ドルの黒字となった(第Ⅰ-2-5-19図)。
第Ⅰ-2-5-19図 ロシアの貿易収支(対日本)の推移
次に、品目別で日露の貿易関係をみると、ロシアから日本へは鉱物性燃料を始めとする資源を輸出し、日本からは車両及び同部品を輸入するという構造となっている。
より詳細に輸出品目をみると、他の貿易相手国と同様、鉱物性燃料が最大輸出品目となっている。他の貿易相手国と異なる点は、輸出総額に占める石油ガスその他のガス状炭化水素及び石炭の輸出の割合が大きいことである215。(石油ガスその他のガス状炭化水素21.9%、石炭14.5%)特に、日本はロシアにとって216、最大の液化天然ガスの輸出国となっている。さらに、日本にとっても、液化天然ガスの輸入相手国としてのロシアの存在感が高まっており、2017年には第5位の相手国として、全体の7.9%をロシアから輸入している(第Ⅰ-2-5-20表・第Ⅰ-2-5-21表)。
第Ⅰ-2-5-20表 ロシアの液化天然ガス主要輸出相手国
第Ⅰ-2-5-21表 日本の液化天然ガス主要輸入相手国
次に、輸入品目をみると、車両及び同部品が最も割合が大きく、特に、自動車、自動車部品が占める割合が大きい。(自動車26.9%、自動車部品14.9%)次いで、ゴム製タイヤ(4.5%)、掘削機(3.9%)、エンジン(2.6%)などが多く輸入されている(第Ⅰ-2-5-22表)。
第Ⅰ-2-5-22表 ロシアと日本の主要輸出入品目及びシェア(2017年)
日本からの輸入品目で最も大きな割合を占める自動車の輸入額が、2013年以降、減少基調にある。この背景には、油価の下落に伴う購買力の低下に加え217、自動車の現地生産が拡大したことが考えられる。
次に、日本との直接投資関係についてみると、近年の日本からの直接投資は、金融・保険業、卸売・小売業など幅広い業種に及んでおり、基本的には増加基調で推移していたが、2014年以降、減少傾向にある。足下では、金融・保険業、卸売・小売業への投資が堅調な一方で、製造業への投資が落ち込んでいる218(第Ⅰ-2-5-23図)。
第Ⅰ-2-5-23図 日本からロシアへの対外直接投資額推移(業種別)(ストック)
215 APEC諸国向け石炭の輸出量が増加しており、シベリア・バム鉄道の輸送量が増加している。特に、韓国・中国・日本向けが多い。それに伴い、2014年にロシア政府は「シベリア・バム鉄道近代化計画」を承認し、輸送能力の拡大を目指している。
216 2009年よりロシア極東から、アジアへLNG輸出を開始した。
217 ロシアの世界からの自動車(HS8703)の輸入額は、2014年から2015年にかけて半減した。油価が下落した2014年、2015年はルーブルも減価しており購買力の低下が見受けられる。その後、2016年、2017年についても、2015年とほぼ同水準で輸入額は推移している。
218 2016年のロシアの対内直接投資において、製造業への投資額は前年比28.6%減となった。(国際収支ベース、ネット、フロー)
3.中央アジアの対外経済関係
中央アジア5か国は219、1991年のソ連崩壊後に誕生した比較的新しい国々である。独立後、経済状況は様々であるが、経済成長に大きな差を生み出している要素の一つが、資源の有無である。実際、資源輸出国の1人当たりGDP額は、資源輸入国に比べて、大きくなっている(第Ⅰ-2-5-24図)。
第Ⅰ-2-5-24図 中央アジアの一人当たりGDP?(ドル)
これら5か国は、1991年まではソ連邦内の構成共和国であり、歴史的にも経済的にも、ロシアと深い関係を築いてきた。中央アジア諸国の独立後も、ロシアは自らイニシアティブをとりながら、多角的に、旧ソ連地域の統合を志向してきた。その延長線上にあるのが、2015年1月に発足したユーラシア経済同盟といえよう。
また、近年の新しい動きとして、経済成長を続ける近隣国、中国との経済関係が急速に発展している。特に、習近平政権の進める「一帯一路」政策は、今後の中央アジア諸国と中国の関係をみるときに、重要な要素となりつつある。
ここでは、それぞれの地域経済圏構想を掲げる2つの大国である中国及びロシアと中央アジア諸国との関係についてみていく。
219 ここでは、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギス、タジキスタンを指す。
(1)中央アジア諸国の対外関係
まず、中央アジア諸国の輸出におけるロシアと中国、それぞれへの輸出依存度について触れる。
特筆すべきは、2009年以降、中国への輸出依存度がロシアへの輸出依存度を上回っていることである。2000年には、中央アジア諸国の対露輸出依存度は約2割を超えており、依然としてロシアとの関係が強い貿易構造であった。
しかし、次第にロシアへの依存度は減少基調となり、10年後の2010年には約7%となった。足下の2017年には、僅かながら上昇したものの約9%にとどまった。一方、中国への輸出依存度は、2009年頃から増加傾向にあり、2017年には約20%となっている(第Ⅰ-2-5-25図)。
第Ⅰ-2-5-25図 中央アジア諸国の輸出依存度の推移
中国への輸出依存度が上昇した要因の一つとして、中国向けパイプラインが建設されたことによる、トルクメニスタンから中国への天然ガス輸出開始が挙げられる。トルクメニスタンの中国への輸出依存度は急速に上昇しており、2017年には、約8割を超えた(第Ⅰ-2-5-26図)。また、中国において天然ガス需要が急速に高まっていることも、輸出額増加の一因となっている220。
第Ⅰ-2-5-26図 トルクメニスタンの輸出に占める中国及びロシアへの依存度
220 中国政府は、第13次5か年計画等において、石油・石炭から天然ガスへのエネルギー源転換を図る政策を展開している。2017年は、大気汚染対策強化等による天然ガスの需要が増加した。竹原(2016)
なお、トルクメニスタンの主な輸出品は天然ガスであり、資源国であるロシアへの輸出は元々多くないことが、中国への輸出依存度の上昇と同様にはロシアへの輸出依存度が高まらない理由の一つと考えられる。
次に、中央アジアの各国別に、中国との輸出入額を10年前と比較してみる。
輸出額全体に占める中国の割合が急速に伸びているのが、前述のとおり、トルクメニスタンである。(2007年0.8%→2017年83.6%)次いで、タジキスタン、ウズベキスタンも中国の割合が伸びている(第Ⅰ-2-5-27表)。
第Ⅰ-2-5-27表 中央アジア諸国の対中貿易の伸び
一方、輸入額全体に占める中国からの輸入額の割合を10年前と比較すると、キルギスが大きく伸びている。次いで、ウズベキスタンの伸びが大きい(キルギス14.5%→32.5%、ウズベキスタン12.1%→23.9%)(第Ⅰ-2-5-27表)。
さらに、中央アジア各国の中国との貿易品目をみると、中国へは主に資源などの一次産品を輸出し、中国からは一般機械や電気機器を輸入している構造となっている。カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンにおいては鉱物性燃料が最大の輸出品目であり、キルギス及びタジキスタンは鉱石などを輸出している。(第Ⅰ-2-5-28表)
第Ⅰ-2-5-28表 中央アジア諸国の輸出入品目シェア(対中国)
さらに、中国にとっては、天然ガス輸入相手国として、中央アジア諸国の存在感が高まっている。中国の天然ガス輸入全体の約85%は中央アジア諸国から輸入しており、特にトルクメニスタンからは全体の約76%を輸入している(第Ⅰ-2-5-29表)。
第Ⅰ-2-5-29表 中国の天然ガス輸入相手国
次に、中央アジア諸国への直接投資についてみていく。まず、世界から中央アジア諸国への対内直接投資残高をみると、2000年には123億ドルであったが、2016年には1,825億ドルと、約15倍となっており、急速に伸びている。国別でみると、カザフスタン向けが約7割、次いでトルクメニスタンが約2割となっており、資源国への投資が盛んであることがわかる(第Ⅰ-2-5-30図)。
第Ⅰ-2-5-30図 世界から中央アジア諸国への直接投資額推移
次に、投資母国別の対内直接投資額をみていく。ここでは、IMFにてデータが公表されている、カザフスタン、キルギス、タジキスタンについて述べる。
原油、ウラン、金属など豊富な資源を有するカザフスタンには、欧米からの投資が活発であり、直接投資残高全体の約7割近くを占める。中国からの投資残高は約10%と第3位の投資国となっている(第Ⅰ-2-5-31図)。
第Ⅰ-2-5-31図 カザフスタン 対内直接投資残高 国別割合(2016年)
また、金鉱山等を有するキルギスにも、カナダなどから投資がされている。しかし、カザフスタンと比べると、欧米からの投資は少ない。一方、中国からの投資残高の割合は、約27%と、最大の投資国となっている(第Ⅰ-2-5-32図)。
第Ⅰ-2-5-32図 キルギス 対内直接投資残高 国別割合(2016年)
タジキスタンへの投資は、欧米からの投資割合は3か国の中で最も少なく、中国が約44%と最大の投資国となっている(第Ⅰ-2-5-33図)。
第Ⅰ-2-5-33図 タジキスタン 対内直投投資残高 国別割合(2016年)
次に、中央アジア諸国の対内直接投資残高に占める中国の割合の推移をみてみる。まず、最も投資額の大きいカザフスタンでは、2016年の全体額に占める、中国からの投資額の割合は約10.5%となっており、2006年から約3倍超となっている。また、キルギスへの中国からの投資割合も、着実に増加しており、2009年には約10%にすぎなかったが、2016年には、約27%となっている(第Ⅰ-2-5-34表)。このように、中央アジア諸国において、貿易のみならず、直接投資の面でも、中国の存在感が高まっているといえよう。
第Ⅰ-2-5-34表 対内直接投資に占める中国の割合の推移
(2)中央アジア諸国への経済協力
中央アジア諸国と中国との経済関係において、近年の注目すべき動きは、前述のとおり「一帯一路」構想である。
そこで、中国から中央アジア諸国への対外経済協力額の推移をみてみる221。2000年代に入り、中国の中央アジア諸国への経済協力額は、基本的には増加基調で推移している。特に、「一帯一路」構想が提唱された2013年には、68億ドルを記録した。足下では、伸びは鈍化傾向にあり、2016年には48.3億ドルとなったものの、10年前の約6倍以上の規模となっている。また、2016年の対外経済協力を国別でみると、カザフスタン向けが約27億ドルと最も多く、タジキスタン(約7億ドル)、キルギス(約5億ドル)と続く(第Ⅰ-2-5-35図)。
第Ⅰ-2-5-35図 中国の中央アジア諸国への対外経済協力(プロジェクト完成額)
なお、中央アジア諸国については、対外債務の増加が懸念されている。各国の債務残高対GNI比をみると、多数の経済協力が実施されているカザフスタンの対外債務対GNI比は2016年には135%と、前年の88%から大幅に上昇した。次いで、キルギスの値も上昇傾向にあり、2016年には125%となっている(第Ⅰ-2-5-36図)。
第Ⅰ-2-5-36図 中央アジア諸国の対外債務残高対GNI比
221 中国の「対外経済合作」は「Economic Cooperation with Foreign Countries or Regions」(中国国家統計局「中国統計年鑑」)と英訳されるが、中国はOECDに加盟しておらず、日本で考えられるODA等による開発途上国への協力とは異なる可能性はある。「対外経済合作」は「対外工事請負」と「対外労務協力」を包括する概念と考えられている。
なお、ここで述べる対外経済協力は「対外工事請負」を指す。
(3)ユーラシア経済同盟(Eurasian Economic Union)
ロシアと旧ソ連地域との経済関係をみる上で、注目されるのが、ユーラシア経済同盟(以下EEU)である。
EEUは、域内の物、資本、労働力、サービスの移動の自由を目的とし、2015年1月に発足した222。中央アジアの中では、カザフスタン及びキルギスが加盟し、その他、アルメニア、ベラルーシ、ロシアが加盟している。EEUは、地域経済統合をより強くし、ユーラシア地域経済体として、域外との貿易を高めることを目的とし設立された。
実際は、輸出入ともに域内貿易の割合は少なく、大半が域外輸出となっている。加盟国の輸出総額に占める域外輸出は、約88%、輸入総額に占める域外輸入は、約82%となっている(第Ⅰ-2-5-37図、第Ⅰ-2-5-38図)。
第Ⅰ-2-5-37図 ユーラシア経済同盟国の輸出総額に占める域内外輸出割合(2017年)
第Ⅰ-2-5-38図 ユーラシア経済同盟国の輸入総額に占める域内外輸入割合(2017年)
その大きな要因は、加盟国の中で、経済規模の大きいロシアの貿易額が突出して大きく、ロシアの貿易構造がEEUの域内貿易率の値に大きく影響することである。
現在、EEUは、中国、インド、東南アジア諸国、中東諸国等との関係強化を模索している。2016年10月には、ユーラシア経済同盟とベトナムとの間でFTAが発効した。2025年までに、EEU側の平均輸入関税率は、9.7%から2%に、ベトナム側は10%から1%に引き下げられる予定になっている。さらに、インドやニュージーランド、韓国223との関係強化も模索している。
222 ユーラシア経済同盟の前身として、2010年に関税同盟を開始。
223 2017年9月の韓露首脳会談において、自由貿易協定締結推進を合意。
(4)大ユーラシアパートナーシップ
以上のように、中央アジア諸国と、中国との経済関係が深まる中、2013年に、習近平国家主席により、「シルクロード経済圏」構想が提唱された。当時、ロシアでは、ロシア主導の「ユーラシア経済同盟」との利益が対立すると考えられ、警戒や反発もあった。
しかし、両国は、2015年5月の中露共同声明により、中国の一帯一路とユーラシア統合をつなぎ合わせることで原則合意した224。さらに、2017年11月のAPEC首脳会議を前に、プーチン大統領により寄稿された論文225では、ユーラシア経済連合と一帯一路を基盤に大ユーラシア・パートナーシップを作り上げるよう提言された。
ロシア、中国、中央アジア諸国を含むユーラシア大陸の国々が、どのような経済関係を構築していくのか注目される。
224 2017年10月には、EEUと中国は、貿易経済協力協定交渉の終了を発表した。具体的内容については非公表。
225 『共に繁栄と調和のとれた発展へ』