第2節 新産業の躍進
1.新産業
前節では中国の産業構造が第三次産業にシフトしていること、需要構造が投資から消費にシフトしていることを述べたが、ここでは第三次産業の中でも、特にインターネットと結びついた新しいサービスを提供する産業が育ち、消費の拡大を促進している様子を見ていく95。まず、最初に中国のGDPの中で情報通信・情報技術サービスが伸びていることを確認して、インターネットサービスを中心に新興企業が育っていることを見てみる。次にインターネットの利用状況や電子商取引の市場規模の拡大を概観する。さらにインターネットを通じた消費者向けサービスに焦点を当てて、ユーザーのプロファイルやどのようなサービスが利用されているのかを見ていく。また、シェアリング・エコノミー(共有経済)と呼ばれる分野の動向も概観する。これらを見ていく過程で経済規模と併せて、雇用に与える影響についても考察する。
最近の中国における新産業の特徴としては、インターネットの整備、携帯端末の普及を背景に、事業基盤となるサービスを提供するプラットフォーマーと呼ばれる企業がけん引している点が挙げられる。2017年の中国の業種別の実質GDP成長率を見ると、情報通信・情報技術サービスが26.0%増と突出して高い成長を遂げている96(第Ⅱ-3-2-1図)。
第Ⅱ-3-2-1図 中国の業種別実質GDP成長率(2017年)
このような中で、中国において急成長する新興企業があらわれている。例えば、世界で「ユニコーン企業」と言われる評価額が10億ドル以上の未上場のスタートアップ企業は236社存在し、そのうち中国企業が64社(シェア27.1%)を占め、米国の116社(同49.2%)に次いで多い(第Ⅱ-3-2-2図)97。時価総額では、8,110億ドルのうち、中国は2,810億ドル(同34.6%)と、更にシェアが高い。
第Ⅱ-3-2-2図 国別ユニコーン企業
「スーパーユニコーン」と呼ばれる更に規模の大きい企業(評価額100億ドル以上)に限れば、世界で16社しかない中で、中国が7社までを占め、米国(8社)とほぼ並んでいる(第Ⅱ-3-2-3表)。中国企業の業種を見るとインターネット関連の企業が多いのも特徴である。例えば、ネット金融・決済サービス、タクシー配車サービス、レストランなどの検索・クーポン発行サービス、ニュースサイトなど、インターネットを活用した消費者向けサービスが多く、製造業でもスマートフォンなどインターネット関連機器のメーカーが上位にきている。
第Ⅱ-3-2-3表 スーパーユニコーン企業
このようなサービスの基になっている中国におけるインターネット利用状況の推移を見てみる。中国におけるインターネット利用者数は年々増加しており、この10年間で2.1億人から7.7億人と4倍近くに拡大し、2017年末の普及率は55.8%に達している(第Ⅱ-3-2-4図)98。さらに携帯端末を通じた利用者は0.5億人から7.5億人と10倍以上に拡大して、国民の過半数が外出先で自由にインターネットを介したサービスにアクセスできる環境が整っている。新しい産業が生み出された背景には、インターネット利用者の裾野の急速な拡大が指摘されている。
第Ⅱ-3-2-4図 中国におけるインターネット利用状況の推移
95 このような新しい産業は、鉄鋼業など伝統的な製造業(オールド・エコノミー)に対して、「ニュー・エコノミー」と総称されることがある。また、観点によって、デジタル・エコノミー、電子商取引(EC、Eコマース)、オンライン・ビジネス、ITプラットフォームなどの様々な呼び方が使われることもある。
96 情報通信・情報技術サービスは、2017年から第三次産業の中の項目として新設。
97 CB Insightsウェブサイトの2018年3月13日時点のデータから作成。
98 中国インターネット情報センター(中国互聯網絡信息中心)の調査による。中国で固定電話又は携帯電話を有する6歳以上の定住者を対象とした、電話を通じた調査。毎年実施されており、最新調査は2017年12月31日時点。なお、無差別抽出によるサンプル調査であり、中国全体の利用者数は、抽出率等をもとに拡大推計を行った結果と考えられる。
このように中国におけるインターネットの利用が拡大するとともに、電子商取引の市場規模も大きく伸びている。市場規模は、ほぼ前年比3割増前後の伸びが続いており、2016年の市場規模は約23兆元に達したと見られている(第Ⅱ-3-2-5図)99。その内訳は企業間市場約16.7兆元、ネット小売市場約5.3兆元100、生活サービス市場約1.0兆元となっている。また、電子商取引の拡大に伴い、雇用者数も増加しており、直接的な雇用者は5年半の間に約180万人から約310万人と1.7倍に増加し、間接的な雇用者も約1,350万人から約2,300万人へと増加したと見られている(第Ⅱ-3-2-6図)。
第Ⅱ-3-2-5図 中国の電子商取引の市場規模の推移
第Ⅱ-3-2-6図 中国の電子商取引に伴う雇用の推移
99 中国電子商務研究中心のデータによる。
100 中国国家統計局は、2016年のインターネットを通じた販売額(財・サービス含む)を約5兆1,560億元と発表しており、ほぼ符合する。なお、統計局が公表している2016年の社会消費品小売売上額に対するネット販売(財)のシェアは12.6%(本章第4節2.第Ⅱ-3-4-2-2図参照)。
こうした電子商取引のうち、ここでは消費者向けの市場を中心に見ていく。インターネットの利用者はどのような人たちで、どのようなサービスを利用しているのだろうか。まず、年齢的にインターネットの利用者構成を見ていくと、20代の利用者が最も多く(全体の30.0%)、次いで30代(同23.5%)、10代(同19.6%)と、比較的若い世代の利用者が多い(第Ⅱ-3-2-7図)。しかし、一方では50代(同5.2%)や60歳以上(同5.2%)の利用者もおり、年齢層の面で利用者の裾野が広がっていることが考えられる101。職業別には、学生が最も多く(同25.4%)、次いで自営業(同21.3%)、企業従業員(同14.6%)が多いという結果になっている。また、利用者の月収を見ると3~5千元(約5万円~8.3万円)(同22.4%)の層が最も多く、2~3千元(約3.3万円~5万円)(同16.6%)の層が次いでいる102。利用者の居住地では都市部が7割を超えるが農村部にも普及している103。性別では男女ほぼ同数となっている。
第Ⅱ-3-2-7図 中国におけるインターネット利用者のプロフィール
101 留意事項として、調査では過去半年以内にインターネットを利用したかどうかを尋ねており、必ずしも日常的にインターネットを使っているとは限らない。
102 中国の平均月収については統計によって平仄が異なるため比較が難しいが、中国の都市部の平均年間賃金(2016年/国家統計局発表)は非民営企業約6万8千元、民営企業約4万3千元であり、単純に12か月で割れば、月収はそれぞれ約5,600元、約3,600元となる。また、本文で言及しているインターネット利用者の調査では、学生や退職者(家族からの仕送り、奨学金、年金等を含む)など比較的収入の少ない者も含まれている。なお、本文中の日本円への換算は1元=約16.6円(2017年平均レート)で計算した。
103 むしろ、農村部の方が、商業施設が限られているため、インターネット販売のポテンシャルが高いのではないかとの指摘もある。
それでは実際にどのようなサービスがインターネットを通じて利用されているか、アプリケーションの使用者数をもとに見てみる。最も利用者の多いアプリケーションは、インスタント・メッセージ(利用者約7.2億人)で、インターネット・ユーザー(約7.7億人)の93.3%が利用していることになる(第Ⅱ-3-2-8図)。その他、上位には検索エンジンなど利用者にとっては無料サービスと思われるものもあるが104、動画、音楽、ショッピング、オンライン決済など消費者向けビジネスにつながると思われるアプリケーションの利用者も多く、いずれも5億人以上と推測されている。さらに、バンキング、旅行予約、料理の出前、タクシーの配車などのサービスもインターネット経由で行われるようになっている。アプリケーション利用者の伸び率を見ると、旅行予約や料理の出前サービスなどは伸びが高く、市場が急速に拡大していることを示唆している105。
第Ⅱ-3-2-8図 中国における分野別のインターネット・アプリケーション利用状況(2017年未)
また、インターネットを通じた新しい経済活動として、シェアリング・エコノミー(共有経済)といわれる分野も登場している。これは、インターネットなどの技術を利用して、乗り物、住宅、資金等をシェア(使用権を共有)し、資源を効率的に活用する経済活動とされている。その市場規模は2017年時点で、前年比47%増の約4兆9千億元と報告されている(第Ⅱ-3-2-9表)106。このうち、分野別の取引額では、ネット金融などの金融関係が約2兆8千億元と全体の過半を占め、ついで生活サービスが約1兆3千億元、生産能力が約4千億元、シェア自転車等で知られる交通関係が約2千億元、知能・技能が約1,400億元と続いている。伸び率としては、知能・技能が127%増と高く、次いで生活サービスが83%増となっている。急速に拡大している分野であり、新規参入、事業拡大のための、資金調達額を見ると、全体で前年比25.7%増の2,160億元となっており、うち、交通関係が1,072億元と大きく、特に活発な事業拡大が行われていることが示唆される107。
第Ⅱ-3-2-9表 シェアリング・エコノミーの市場規模(2017年)
関連企業の中には、大型のベンチャー企業も多く、既に述べた中国のユニコーン企業64社のうち、約半数が共有経済関係企業と指摘されている。
また、共有経済関連のプラットフォーム企業への就業者数も増加しており、雇用促進に寄与している。例えば、2016年、2017年の増加数は、それぞれ85万人、131万人で、中国全体の都市部新規就業者数の6.5%、9.7%に当たる(第Ⅱ-3-2-10図)。この雇用拡大は、新規卒業者だけではなく、過剰生産能力企業の整理など、産業構造の変化に伴う雇用調整の受け皿としても機能しているとの指摘がある108。
第Ⅱ-3-2-10図 中国の共有経済プラットフォーム企業の雇用創出
104 これらのサービスは、利用者にとっては無料としても、広告料収入等の形でビジネスとしては成立している。
105 インターネットユーザー総数は2017年末時点で前年比5.6%増加。既に利用率が9割を超えるインスタンス・メッセージの利用者数は8.1%増と全体の伸びよりわずかに高い程度でほぼ飽和状態と考えられる。これに対して、利用率がそこまで高くない、旅行予約(利用率49%)、料理の出前サービス(利用率45%)は、利用者数がそれぞれ26%増、65%増と大きく伸びている。
106 国家情報センター及び中国インターネット協会の連名による報告書「中国共有経済発展年度報告2018」(2018年2月)による。
107 新規参入が多い一方で、企業間の競争も激しく、倒産・退出も多い、新陳代謝が活発な分野であることが指摘されている。
108 例えば、「中国共有経済発展年度報告2018」は、ある大手シェア自転車企業のサービス提供者2108万人のうち、約393万人が過剰生産能力削減に伴う失業者と指摘している。
2.イノベーションと創業
(1)イノベーションの現状
①中国におけるイノベーション力の高まり
前節では、中国において新産業が急速にかつ大規模に成長していることをデータで示してきた。本節では、中国におけるイノベーション力の現状を、各種データや国際比較により検証する。
まず、中国のイノベーションの水準が世界からどのように評価されているかを見てみる。WIPO(世界知的所有権機関)等が公表しているGII(グローバル・イノベーション・インデックス)109によれば、中国は2010年から2017年にかけて43位から22位までランクを急速に上げてきており、主要先進国のレベルに迫りつつあり110、一部分野においては、中国は既に世界のトップクラスのイノベーションを起こしていると評価されている111(第Ⅱ-3-2-2-1表)。
第Ⅱ-3-2-2-1表 中国のイノベーションランキング
中国のイノベーション力の一端は、国際特許出願数の国別件数の上昇にも表れている。中国は1994年に特許協力条約(PCT条約)に加盟後、年間出願件数はほぼ一貫して上昇傾向にある。2000年には中国の国際特許出願数は782件(米国38,015件、ドイツ12,581件、日本9,569件)で16位だったが、2010年に韓国を、2013年にドイツを、2017年には日本をも抜き、米国に次ぐ2位となった(第Ⅱ-3-2-2-2図)。これについて、ガリWIPO事務局長は「中国経済が成長を続ける中、新しい市場に自らのアイデアを広めようとする中国人のイノベーターが急増している」と述べている112。
第Ⅱ-3-2-2-2図 主要国の国際特許出願件数の推移
また、世界全体の国際特許出願数に占める各国別出願数の割合は、2000年に米国が1か国で40%を占めていたものが、2017年には23.2%に減少し、代わりに中国が20.1%を占めるに至っている。このことは、中国が世界の中でも最も活発にイノベーション活動を行う拠点の一つへと成長してきたことを示している(第Ⅱ-3-2-2-3図)。
第Ⅱ-3-2-2-3図 国際特許出願件数に占める各国の割合
一般に、特許出願件数等の指標は国や企業の技術力を現す重要な指標ではあるが、質が伴わない出願も混在しており、また中国の特許件数急増については、地方政府を始めとするイノベーションに関する補助金等の各種支援策が影響している側面もあるとの分析もあることから113、単純に出願数だけを見て中国のイノベーション力を評価することは適当ではない。しかし、中国の国際特許出願数が20年足らずで主要先進国を追い越し世界第2位になったことは、中国がイノベーションで成果を上げようと国を挙げて果敢に取り組んでいることを示唆している。
研究論文数でみても、中国人研究者による論文数は大幅に増えている。世界の論文数の伸びへの主要国の寄与度をみると、中国の割合が増加する一方で、それ以外の国の割合は低下傾向にあり、学術分野における中国の存在感が増している(第Ⅱ-3-2-2-4図)。
第Ⅱ-3-2-2-4図 主要国の論文数と全世界の論文数伸び率の各国寄与度
また、中国はISO/IECにおいて国際規格を審議・策定するための専門委員会の幹事引受数を徐々に増加させており、欧米の減少傾向の動きと相まって、中国の全体における幹事引受数の割合が高まっている(第Ⅱ-3-2-2-5図)。これも、中国のイノベーション力向上の一端であると考えられる。なお、中国政府は、2016年8月に発表した「国家科学技術イノベーション第13次5ヶ年計画」において、企業の国際化水準の向上のため、実力のある企業が多様な方式で国際技術提携を行うことや、国際標準の制定への参画等を奨励しており、幹事引受数の増加はこの方針に沿ったものとなっている。
第Ⅱ-3-2-2-5図 ISO/IEC国際幹事引受数の各国割合の推移
109 GIIは2007年から毎年発表しており、制度、人的資本及び研究、インフラ、市場の洗練度、ビジネスの洗練度、知識と技術の生産、創造的な生産を定量的、定性的なデータから指標化。
110 『「十三五」国家科学技術イノベーション計画』(2016)において、中国政府は、自国がイノベーション型国家へと仲間入りし、科学技術強国となるためには、脆弱な科学基盤、オリジナルの能力、基幹分野の中核技術の他国への依存、高度人材の欠如やイノベーション発展を制約するような思想・体制という多くの問題を抱えていると分析している。
111 米国議会の諮問機関である米中経済安保調査委員会は、USCC(2017)“Report to Congress of the U.S.-China Economic and Security Review Commission”においては、米中両国の技術競争力が拮抗している分野としてAI、量子情報科学、及びハイパフォーマンスコンピューティングを、中国優位の分野としてエクサスケール・コンピューティング(1エクサ=100京)、及び商用ドローンをそれぞれ挙げている。
112 WIPO, “China Drives International Patent Applications to Record Heights; Demand Rising for Trademark and Industrial Design Protection,” http://www.wipo.int/pressroom/en/articles/2018/article_0002.html
113 伊藤、李、王(2014)、Dang and Motohashi (2013).
②国際特許及び学術論文から見る中国の技術構造とその変化
中国の国際特許公開件数に注目して技術構造の変化を見てみる。国際特許公開は、出願から一定期間を経てなされるもので、出願者の特許取得の意思が出願より確度が高いものになっている(将来特許権が認められれば保護され得る)。また、公開件数は出願件数とは異なり、技術分野ごと国ごとの分析ができる利点がある。
中国の国際特許公開件数の推移を見てみると、デジタル通信及びコンピューターテクノロジーが長期にわたり第1位、第2位を占めている(第Ⅱ-3-2-2-5図)。同図は2000年から2017年まで毎年の公開件数上位5分野を2017年公開件数の降順で整理したものであるが、デジタル通信は2004年から継続的に公開件数第1位となっており、コンピューターテクノロジーは2011年以降公開件数第2位となっている(第Ⅱ-3-2-2-6図)。
第Ⅱ-3-2-2-6図 国際特許公開件数の推移
中国の国際特許公開件数を技術分野ごとに見ると、過去18年間で米国・日本の公開件数と全体としては同規模になり、両国を凌駕する技術分野も登場してきた。「中国製造2025」の重点10産業分野について国際特許公開件数を見ると、特にIT関連技術については世界の主要国に並ぶのみならず、デジタル通信のように中国が主要先進国を上回る分野も出てきている。
一方、バイオテクノロジー・医療関連では米国と、ロボット等を含む機械関連では日本とそれぞれ特許公開件数で差が開いており、中国が全ての分野ではなく、IT関連技術等の特定の分野において集中して技術力を高めてきたことが伺える(第Ⅱ-3-2-2-7図)。ただし、国の重点分野として、現在相対的に優位にない技術分野を指定し、競争力を高めようとしていることから、今後、IT関連技術のように急伸する技術分野が出てくる可能性がある。なお、発明者によっては、コア技術は特許出願せず、ブラックボックス化する選択肢を採る場合もあり、特許公開件数がそのまま国・企業の技術力を表すわけではないことに留意する必要がある。
第Ⅱ-3-2-2-7図 中米日の技術別国際特許公開件数の比較
また、研究論文について分野別にみていくと、中国は、材料科学、化学、工学、コンピュータサイエンス等の分野での世界シェアが高い。また、中国政府の定める戦略的新興産業の1つであり、中国製造2025でも重点分野の1つに挙げられているバイオテクノロジー分野は、上述の国際特許公開数では他の主要国に比し優位にはないが、論文数でみると、関連する分野(分子生物学・遺伝学等)のシェアが大きく伸びている(第Ⅱ-3-2-2-8図)。重点分野としての政府の注力も加わり、今後研究段階(論文数)に続いて実用段階(特許数)での優位を獲得していく可能性も考えられる。
第Ⅱ-3-2-2-8図 世界の論文数に占める中国の論文数の割合
論文数の多さは、中国人研究者数が多い114ことも要因の一つだが、論文の数量だけでなく、論文の被引用件数も近年飛躍的に増加しており、論文数、被引用数の世界ランキングは、全ての領域において上昇し、全体の論文数、被引用数とも米国に次ぐ2位となった。
分野ごとに10年前と比較すると、中国は、化学、材料科学、工学の分野で、論文数、被引用数とも米国を抜き1位となり、計算機・数学でも、被引用数TOP1%については米国を抜き1位となった115(第Ⅱ-3-2-2-9図)。
第Ⅱ-3-2-2-9図 世界の論文数に占める中国の論文数・被引用論文数の順位
中国の国際共著論文割合は、米国、ドイツ、日本に比べ低いものの、国際共著論文数は顕著に増加しており既にドイツ、日本を上回っている。また、米国の共著相手国としては多くの分野で中国が第1位となっている他、英・独・仏においても、中国は、日本に比べ顕著に国際共著相手としての存在感を形成していると指摘されており116、中国の学術面での国際的地位が高まってきている(第Ⅱ-3-2-2-10図)。
第Ⅱ-3-2-2-10図 中国の国際共著論文数と国際共著割合の推移
中国は、科学技術イノベーション第13次5ヶ年計画で、以下の分野について、重点的に技術獲得を進展させようとしており、今後論文数、特許数の変化に表れてくる可能性がある(第Ⅱ-3-2-2-11表)。
第Ⅱ-3-2-2-11表 科学技術イノベーション第13次五か年計画の重点分野
114 OECD Main Science and Technology Indicators(http://stats.oecd.org/)の“Total researchers”参照。
115 被引用回数が多い論文であることと国際的に高く評価されている論文が必ずしも一致しないとの指摘があることにも留意する必要がある。科学技術振興機構(2016)。
116 文部科学省科学技術・学術政策研究所(2017)。
③技術優位指数で測った重点技術分野の変化
中国においては、国際特許出願件数の急激な伸びとともに、国際特許として公開された技術分野の構成も大きく変化している。中国のイノベーションの国際的な位置づけを明らかにするために、マクロ経済におけるイノベーション活動の優位性を計測・国際比較するために開発された指標の一つである顕示技術優位(Revealed Technological Advantage:RTA)指数117を用いて国・地域の技術分野における優位性・重点度の変化を検討していく。
RTA指数は、特許出願又は公開件数を用いて、ある技術分野が、国内において占める割合と、世界において占める割合の比率を計算した指数である。それぞれの技術分野について、RTA指数が1を上回っているならば、国内割合が世界割合を上回っていることになるため、外国より優位性を持っている又は重点化が進んでいることを示している。反対に、RTA指数が1を下回っているならば、外国より優位性がない又は重点化が遅れていることを示している。
また、数式の定義において、国・地域における技術分野の割合を世界における技術分野の割合で割り戻していることから、各国の技術分野の割合を世界レベルで標準化していることを意味している。そのため、国内における技術分野間の比較だけでなく、特定の技術分野に注目して国際比較することも可能な指標となっている。
本分析では、WIPOが公開しているWIPO Statistics Databaseを利用して、中国、OECD加盟国及びその他関連諸国が2000年から2017年までに公開した国際特許の件数からRTA指数を算出した(第Ⅱ-3-2-2-12表)。
第Ⅱ-3-2-2-12表 RTA指数算出諸元
117 Soete, L. (1987).
2000年における中国のRTA指数の分布を第Ⅱ-3-2-2-13図に示している。その他消費財(2.707)、家具・ゲーム(2.419)、エンジン・ポンプ・タービン(2.058)、機械部品(1.897)、及び土木技術(1.795)が上位5分野に位置している。これらの分野とは対極的に、下位に位置している分野は、電気通信(0.366)、デジタル通信(0.353)、生物材料分析(0.258)、高分子化学・ポリマー(0.000)、及びマイクロ構造・ナノテクノロジー(0.000)である118。また、技術優位があると解釈できる、RTAが1以上の分野は35分野中15分野である。
第Ⅱ-3-2-2-13図 中国RTA指数の分布(2000年)
118 高分子化学・ポリマー及びマイクロ構造・ナノテクノロジーは国際特許公開なし。
同年における中国の国際的な位置づけについて、日本、米国、ドイツ及び韓国との比較から示してみる(第Ⅱ-3-2-2-14図)。中国は、制御(1.165)、バイオテクノロジー(1.592)、熱処理機構(1.594)、家具・ゲーム(2.419)、及び土木技術(1.795)の5分野において5か国中の最高値を示している(第Ⅱ-3-2-2-15表)。これらの技術分野について、中国国内における位置づけは、家具・ゲームが第2位、土木技術が第5位、熱処理機構が第7位、バイオテクノロジーが第8位、制御が第11位となっている。
第Ⅱ-3-2-2-14図 RTA指数の5か国比較(2000年)
第Ⅱ-3-2-2-15表 中国優位の技術分野の国際比較(2000年)
いずれも上位層に位置しているが、国内の上位層にあっても国際比較では日米独韓の後塵を拝している分野(その他消費財、エンジン・ポンプ・タービン、機械部品など)も存在している。この事実はRTA指数が国際的な優位性を相対的に評価していることに起因する。
2017年における中国のRTA指数の分布を第Ⅱ-3-2-2-16図に示している。デジタル通信(2.388)、コンピューターテクノロジー(1.785)、音響・映像技術(1.747)、電気通信(1.722)、及び光学機器(1.480)が上位5分野に位置している。これらの分野とは対極的に、下位に位置している分野は、機械部品(0.446)、基礎材料化学(0.406)、エンジン・ポンプ・タービン(0.391)、生物材料分析(0.388)、及びマイクロ構造・ナノテクノロジー(0.3797)である。また、技術優位があると解釈できる、RTAが1以上の分野は35分野中10分野である。2000年と比べて、5分野減少している。
第Ⅱ-3-2-2-16図 中国RTA指数の分布(2017年)
同年における中国の国際的な位置づけについて(第Ⅱ-3-2-2-17図)、先述の4か国と比較すると、中国は、デジタル通信(2.388)、コンピューターテクノロジー(1.785)、音響・映像技術(1.747)、及び制御(1.272)の4分野において最高値を示している(第Ⅱ-3-2-2-18表)。
第Ⅱ-3-2-2-17図 RTA指数の5か国比較(2017年)
第Ⅱ-3-2-2-18表 中国優位の技術分野の国際比較(2017年)
これらの技術分野について、中国国内における位置づけは、デジタル通信が第1位、コンピューターテクノロジーが第2位、音響・映像技術が第3位、及び制御が第6位となっている。2000年の状況と比べて、国際的に優位性を示している分野が、国内的にも優位性の上位を占めるに等しい状況となっていることは、一つの大きな変化であると考えてもいいだろう。
RTA指数で測った中国の技術優位構造が2000年と2017年の間で大きく変化したことを図Ⅱ-3-2-2-19図は示している。同図は2017年のRTA指数が高い技術分野を降順に並べたものである。2000年と2017年のRTA値を比較すると、上位5分野では、デジタル通信(2017年2.387、2000年0.353)、コンピュータ技術(2017年1.785、2000年1.01)、音響・映像技術(2017年1.747、2000年1.565)、電気通信(2017年1.722、2000年0.366)、光学(2017年1.480、2000年0.505)となっている。これらの5分野とも2000年と比べてRTAが高くなっている。また、下位5分野は、マイクロ構造・ナノテクノロジー(2017年0.379、2000年公開件数なし)、生体情報解析(2017年0.387、2000年0.258)、エンジン・ポンプ・タービン(2017年0.391、2000年2.058)、素材化学(2017年0.405、2000年0.429)、機械要素部品(2017年0.445、2000年1.897)となっている。これらの5分野では、エンジン・ポンプ・タービン、素材化学、機械要素部品の3分野において、2000年から2017年にかけてRTAが低下していることがわかる。
第Ⅱ-3-2-2-19図 中国RTA指数の変化(2000年と2017年の比較)
2000年から2017年にかけた技術構造の変化において、最もRTA指数の伸び率が高かった技術分野はデジタル通信であり、191.3%の伸びであった。次いで、電気通信が155.0%の伸び、以下、光学107.6%、運営・管理IT手法88.6%、コンピュータ技術56.9%の伸びをそれぞれ示している。逆に、RTA指数の伸び率が低かった技術分野は、エンジン・ポンプ・タービン-166.0%、機械要素部品-144.9%、バイオテクノロジー-114.3%、建設技術-107.5%、その他消費財-89.0%となっている(第Ⅱ-3-2-2-20表)。
第Ⅱ-3-2-2-20表 RTA指数伸び率上位・下位5分野
2000年から2017年にかけた技術構造変化において特徴的な点は、デジタル通信あるいはコンピュータ技術のような新産業に関連する技術分野が優位性を高めている一方で、エンジン・ポンプ・タービンあるいは機械部品のような従来産業に関連する技術分野が優位性を下げていることである。
前述の第Ⅱ-3-2-2-19と組み合わせてみると、2017年においてRTAが1より高い値を示している技術分野は、いくつかの例外的な分野(熱処理・器具、その他消費財、家具・ゲーム)を除いて、2000年と比較して優位性が高まった分野であることがわかる。これらの分野とは対照的に、RTAが1より低い技術分野は、エンジン・ポンプ・タービン及びバイオテクノロジーなど伸び率下位に位置する分野であり、これらの分野は2000年時点でRTAが1より高い値を示していた分野である。また、熱処理・器具、その他消費財、家具・ゲームについては、2000年と比較してRTAは低下しているものの、依然として優位性を保持している(RTAが1より高い)。
RTAの国内分布に対して注意しておきたい点として世界シェアの構成を挙げることができる。RTA指数の性格上、それぞれの分野における優位性の有無は相対的になっているため、国内の公開状況と世界全体の公開状況によって、RTAが低い分野であっても世界シェアが大きくなったり、RTAが高い分野であっても世界シェアが小さくなったりすることがある。例えば、中国のデジタル通信分野はRTAの上昇と同様に世界シェアも0.14%から40.10%に拡大しているが、バイオテクノロジー分野は2000年から2017年にかけてRTAが1.592から0.508に低下している一方で、世界シェアは0.65%から8.53%に拡大している(第Ⅱ-3-2-2-21図)。
第Ⅱ-3-2-2-21図 デジタル通信分野及びバイオテクノロジー分野の公開割合変化
このように国際特許公開の技術優位性から見た中国の技術構造は、2000年から2017年にかけて大きな変化を遂げており、新産業との関連が強いと思われる技術分野が技術優位性を高めてきた一方で、従来産業との関連が強いと思われる技術分野は優位性を低下しつつある。技術優位分野の従来産業から新産業へのシフトは、中国における企業・研究機関の成長と研究開発活動の活性化を背景としているだけではなく、中国政府による科学技術政策などの推進も少なからず寄与していると考えられることから、この20年弱の間において産業構造と技術構造の変化が並行して進んでいることが示唆される。
④技術構造上の対外関係の変化
中国におけるイノベーションの進展は、技術構造上の対外関係にも変化を及ぼしている。2000年と2017年の2時点における中国、日本、米国、ドイツ及び韓国のRTA指数の比較から、各国が優位性を有する技術分野の特徴と、その変化を見出すことができる。
RTA指数は、定義式の性質上、最小値が0から最大値が∞まで区間を持つことから、技術構造の2国間比較とその変化を分かりやすくするために、まず、RTA指数の区間を-1から1までの間に変換した対称化RTA(Revealed Symmetric Technological Advantage:RSTA)を定義・算出する119。
次に、二国間で同一技術分野についてRSTAの組を作って相関係数を計算する。この相関係数は、二国間における技術構造上の類似性を意味することから、無相関であれば技術構造上は中立的な関係にあると考えられる。正の相関があれば、両国ともに同一分野で類似の優位性又は劣位性を有していることを意味しているため、競合的な関係にあると考えられる。負の相関があれば、同一分野において一方の国は優位性を持つとともに他方は優位性を持たない又は(相対的に)劣位にあることを意味しているため、補完的な関係にあると考えられる(第Ⅱ-3-2-2-22表)。
第Ⅱ-3-2-2-22表 RTA指数でみる二国間技術構造関係の目安
119 対称化変換は次の式による。RSTA=(RTA -1)/(RTA+1)。
二国間における競合的又は補完的関係を可視化するため、中国と、日本、米国、ドイツ及び韓国との散布図に、原点を切片とする回帰直線を示す。この回帰直線は、二国間の関係性を表す直線であり、原点を中心に回転する関係軸となる。このとき、競合的な関係の場合、関係軸は第1象限から第3象限にかけて位置する。補完的な関係の場合、関係軸は第2象限から第4象限にかけて位置する。この関係軸が2時点間で変化する角度が大きいほど、二国間の技術構造における関係性が大きく変化していると考えられる。ただし、注意しておきたいことは、あくまで技術構造をマクロに分析しているため、個別技術分野のミクロな動きまで捕捉しえないことである。
そのため、個別技術分野のミクロな変化を分析するために、それぞれの分野を時点ごとにベクトル化して、2時点間の内積の角を評価して、二国間で大きく変化した分野を特定している。
技術構造上の関係について、中国と日本、米国、ドイツ及び韓国との二国間関係それぞれの変化の特徴を見ていく。
中国と日本の技術構造上の関係は、2000年において二国間関係の相関係数が0.009であったことから、技術構造上の関係は無相関と考えられる水準であり、中立的であったと考えられる。また、2017年においては相関係数が-0.059に変化しているが、これも無相関と考えられる水準であることから、中立的であると考えられる。
全体的な変化の傾向としては無相関と考えられるが、個別分野の関係には次のような特徴が見られる。まず、中国のRTA伸び率が高かった5分野のうち3分野(電気通信、デジタル通信、光学)が日本に対して優位性を持つようになった(補完的になった)、又は高水準競合化するようになったことである。電気通信、デジタル通信、運営・管理IT手法の3分野は日本に対して優位性を持つようになり、制御及び光学の2分野は高水準競合化に位置するようになっている。
これらとは対照的に、日本に対する優位性が低下した分野が、運輸、半導体、エンジン・ポンプ・タービン、機械部品、及びその他3分野あり、米国・ドイツ・韓国と比べて最多となっている。特に、エンジン・ポンプ・タービン及び機械部品は、中国のRTA伸び率が低かった5分野の中に入っている(第Ⅱ-3-2-2-23図)。
第Ⅱ-3-2-2-23図 中国-日本の技術構造関係の変化
中国と米国の技術構造上の関係は、2000年においてやや補完的であった関係が、2017年には中立的な関係に変化している。2000年における関係軸の傾きは-0.156°であり、二国間関係の相関係数は-0.392であった。2017年における関係軸の傾きは0.018であるが、相関係数は-0.105となっていることから、ほぼ無相関と考えられる水準であるため、中立的な関係になっていると考えられる。
全体的な傾向としては変化に乏しい印象を受けるが、個別分野に目を向けてみると特徴的な変化を捉えることができる。中国と米国との技術構造関係において、中国が優位性を向上させた分野は、電気通信、デジタル通信、及び光学の3分野である。これらの分野はRTA指数伸び率上位3分野にあたる。また、運営・管理IT手法は米国優位から高水準競合に変化していることから、前述の3分野と同様に優位性を向上させた分野であると考えられる。
これらの分野とは対照的に、米国が中国に対して優位性を向上させた分野は、バイオテクノロジーである。2000年時点において高水準競合にあった技術分野ではあるが、2017年においては中国が優位性を低下させた反面、米国は優位性を維持している(第Ⅱ-3-2-2-24図)。
第Ⅱ-3-2-2-24図 中国-米国の技術構造関係の変化
中国とドイツの技術構造上の関係は、日本・米国・韓国と比べると、この20年弱の間で最も大きな変化を示している。2000年にはやや競合的であった関係が、2017年には補完的な関係に変化している。相関係数はそれぞれ0.217及び-0.651であった。中国とドイツの関係軸は-35.774°回転しており、ほかの3か国と比べて最大の回転角である。これ以外の関係軸の変化は中国-日本-1.976°、中国-米国9.890°及び中国-韓国-1.772°であった。
この変化の大きさから、中国及びドイツそれぞれにおいて、相手国に対する技術的優位性の向上・低下が起こっている。中国がドイツに対して優位性を持つようになった分野は、電気通信、デジタル通信、光学及び運営・管理IT手法の4分野である。日本及び米国との関係と同様に、中国RTA指数伸び率上位に位置する分野(電気通信、デジタル通信及び運営・管理IT手法)が優位性を持つようになっている。
その一方で、ドイツが中国に対して優位性を持つようになった分野は、環境技術、化学工学、エンジン・ポンプ・タービン、機械要素部品、電気機械器具・エネルギー等、操作(エレベータ・クレーン・ロボット・包装技術等)の6分野である。日本との関係と同様に、中国RTA指数伸び率下位に位置する分野(エンジン・ポンプ・タービン及び機械部品)が優位性を低下させている(第Ⅱ-3-2-2-25図)。
第Ⅱ-3-2-2-25図 中国-ドイツの技術構造関係の変化
中国と韓国の技術構造上の関係は、日本、米国及びドイツとの関係とは異なって、競合的な関係から変化していない。2000年と2017年の相関係数はそれぞれ0.384及び0.454となっていることから、ほかの3か国と比べて競合性が相対的に強く出ていると考えられる。また、関係軸の回転は-1.772°であるが、ここで比較している4か国の中では最小の変化となっている。
総体として見た技術構造の変化は小さくなっているが、個別に見てみると、ほかの3か国と同様に優位性が大きく変化している分野が存在している。最も特徴的な点は、高水準競合化が3分野(電気通信、デジタル通信及び運営・管理IT手法)となっていることである。これらの3分野は中国RTA指数伸び率上位に位置している。ほかの3か国と比較すると最多となっていることから、2017年の相関係数と併せて考えると、技術構造上の競合度が増していることが示唆される。
中国が韓国に対して優位性を持つようになった分野は制御及び光学である。制御技術は日本と高水準競合化した分野であり、光学は米国及びドイツに対する変化と同様であると同時に日本と高水準競合化した分野である(第Ⅱ-3-2-2-26図)。
第Ⅱ-3-2-2-26図 中国-韓国の技術構造関係の変化
中国と上記4か国との技術構造上の関係をまとめると、第Ⅱ-3-2-2-27表のようになる。注目すべき点は、中国RTA指数伸び率上位5分野のうち4分野(デジタル通信、電気通信、光学、運営・管理IT手法)が日本、米国、ドイツ及び韓国に対して、優位性を持つようになった、あるいは高水準競合化するようになったことである。なお、上位5分野の一つであるコンピュータ技術については、米国との関係では高水準競合の状態が、日本、ドイツ及び韓国との関係では中国優位の状態が持続している。
また、RTA伸び率下位に位置するエンジン・ポンプ・タービン及び機械部品は、日本及びドイツとの関係において優位性を下げており、同様にバイオテクノロジーは米国との関係において優位性を下げている。中国が優位性を下げた分野、すなわち相手国が優位性を高めた分野において特徴的な点は、エンジン・ポンプ・タービン、機械要素部品、及びバイオテクノロジーといった中国のRTA伸び率下位の分野が、日米独いずれかの優位分野に含まれていることである(第Ⅱ-3-2-2-27表)。
第Ⅱ-3-2-2-27表 中国と日米独韓との技術構造関係の変化
⑤特許出願者の裾野の広がりと属性の変化
続いて、中国における特許出願者の裾野の広がりと属性の変化についてみていく。
まず、国際特許出願者の世界上位は、2005年は欧米の電機電子、自動車、化学等の伝統的な大手製造企業が占めており、アジアからは日本企業が1社入っていたのみであった。ところが、2016年には米国の電機電子企業1社を除く全ての企業が入れ替わり、業種別では情報通信、電機電子企業が上位10社全てを占め、国・地域別では中国3社、韓国2社、日本2社とアジアから7社が入り、残りは米国企業3社となった(第Ⅱ-3-2-2-28図)。
第Ⅱ-3-2-2-28図 国際特許出願件数上位企業の変化
中国の国際特許出願は、2005年においてファーウェイ社、ZTE社など13社に限られていたが、2016年には275社に達している120。2005年から2016年までの国際特許出願数の累計は、ファーウェイ社が7,355件、ZTE社が3,153件で、この間の中国企業の国際特許出願13,934件の75.4%を占めていた。
このようなデータから国際特許出願が一部の企業に偏っている印象が強いが、近年ではファーウェイ社とZTE社が中国全体の国際特許出願数に占める割合は徐々に小さくなり(図Ⅱ-3-2-2-29図)、その一方で、国際特許出願企業数は上述したとおり増加の一途をたどっていることから、出願主体となる企業・研究機関の裾野が広がっていることがわかる。
第Ⅱ-3-2-2-29図 ファーウェイ社とZTE社の国際特許出願割合の推移
国際特許出願の一部企業への偏りと企業数の変化について、一般的には市場の集中度を測る指標として知られている寡占度指数(Herfindahl-Hirschman Index:HHI121)を援用して、中国の国際特許出願の企業集中度を計測及びその推移を分析する。HHIは0から10,000まで変化する指数である122。ここではHHIが10,000のとき、ある1社が国際特許出願を独占している状態を意味する。つまり、HHIが0に近づく場合は、1社又は数社による国際特許出願の状況が緩和されていることを意味する。逆に、HHIが10,000に近づく場合は、1社又は数社による国際特許出願の状況に向かっているということを意味する。
中国の国際特許出願企業の集中度について、2005年から2016年までの12年間における企業ごとの国際特許出願件数から算出した結果から、長期的な低下傾向と国際的な位置づけがわかる(第Ⅱ-3-2-2-30図123)。
第Ⅱ-3-2-2-30図 国際特許出願企業集中度の国際比較
中国のHHIは2007年に示した4,922を最高値として、2008年以降、年を追うごとに低下している。特に、2012年から2013年にかけては大きく低下(-1,083)している。その後、2016年には韓国のHHI(1,093)を下回って、999を示すに至っている。
日本、米国及びドイツとの比較では、これらの3か国は期間中のHHIは500以下で安定的に推移していることから、中国の国際特許出願の状況は、これらの3か国と比べた相対的な意味で、一部の企業による出願に偏っていると考えることができる。
上述では、国際特許出願・公開件数の面から中国における特許出願者の裾野が広がっていることを明らかにしたが、続いて、中国の国内特許の出願情報から、中国における特許出願者の属性の変化をみていく。これについては、元橋(2018)が中国特許庁(SIPO)のデータを用いた詳細な分析を行っている。
まず、国内特許出願件数の総数の推移をみると、2007年以降急激に伸びていることがみてとれる。次に、国内特許の出願者の属性(外国、国内)を見ると、2005年までは、外国からの特許出願が多かったが、2006年からは、国内からの特許出願数が外国からの特許出願数を上回るようになった。同年以降、外国からの出願数は微増なのに対し、国内からの出願数は右肩上がりで急激に伸びており、中国における特許出願が外国からの出願でなく、国内から出願が主流となっていった。
次に特許出願者の属性を個人・組織形態の別に見ると、2000年以降に企業による出願割合が大幅に増加124しており、企業主導のイノベーションになってきているが、大学・研究所も引き続き2割程度の出願をカバーしており、重要な役割を担っていることがわかる(第Ⅱ-3-2-2-31図)。
第Ⅱ-3-2-2-31図 出願者の属性(外国、国内)別の出願数と出願者属性の割合(左)
120 WIPO Statistics Database, http://www.wipo.int/ipstats/en/(2018年3月時点)。10件以上の国際特許出願があった企業の数。
121 公正取引委員会ウェブページ「用語の解説」http://www.jftc.go.jp/soshiki/kyotsukoukai/ruiseki/yougo.htmli2320000.html;2018年4月24日確認。
122 厳密には0になることはないが、企業数が十分に多く、1企業当たりの割合が十分に小さくなると、漸近的に0に収束していく。
123 WIPO Statistics Database, http://www.wipo.int/ipstats/en/(2018年3月時点)。
124 元橋(2018)では、個人出願の減少は、企業や大学等における職務発明制度が整ったことによる影響を受けていることが一因と指摘している。
(2)イノベーションの実現に向けた方策
①政府計画
本項では、中国がイノベーションを実現するために、どのような政策や計画を立案し、資金や人材を投入し、また創業活動を活発化してきたかを見ていく。
中国政府は、「第13次国民経済・社会発展五カ年計画(2016~2020年)」において、中進国の罠に陥ることに引き続き警戒し、それを突破するためにイノベーション発展が出口となると位置付け、IT(情報技術)を中心に、シェアリングエコノミー(共有経済)やビッグデータなどを鍵にする計画を立てた126。その後、2016年8月に公表された「科学技術イノベーション第13次5カ年計画」では、13次に渡る科学技術5ヶ年計画で初めて「イノベーション」の文言が付加されたが、これは、科学技術と経済、科学技術とイノベーションを結合させ、研究・開発から産業化までのイノベーション創出の全過程を視野に入れて本計画を策定したことを強調するためとされている127(第Ⅱ-3-2-2-32表)。
第Ⅱ-3-2-2-32表 中国の主なイノベーション関連施策
126 細川(2016)
127 科学技術振興機構研究開発センター(2016)「中国、「中国科学技術イノベーション第13次五ヶ年計画」を発表」、http://crds.jst.go.jp/dw/20161004/201610049475/
②資金
次に、イノベーションに必要な投入要素の一つである資金面をみていく。
中国のR&D支出金額(PPPベース)は2000年以降に急速に増加しており、2016年までの前年比平均伸び率は17.9%で米国の4.1%、ドイツの5.1%、日本の3.5%を大きく上回っている。金額では、2004年にドイツ、2009年に日本、2015年にEU28を上回り、米国に次ぐ世界第2位のR&D支出大国となっている。中国のR&D支出伸び率が比較的低い直近3年間の平均伸び率で2017年以降の各国R&D支出を単純に延長した場合でも2018年には中国が米国を上回ることになり、中国が各国と比較して積極的にイノベーション活動を行っていることを示している(第Ⅱ-3-2-2-33図)。
第Ⅱ-3-2-2-33図 R&D支出額の国際比較
また、イノベーションを起こす有力主体の一つであるベンチャー企業に対するベンチャーファンドの投資金額でみても、中国は2.2兆円と米国の7.5兆円に次いで第2位の規模で、中国は創業者にとって資金面で非常に恵まれた環境であるといえる(第Ⅱ-3-2-2-34図)。
第Ⅱ-3-2-2-34図 ベンチャーキャピタルの投資実行額の国際比較
また、ベンチャー企業の資金調達手段として、ベンチャーファンドとともに重要な位置づけを占める新興企業向け株式市場についてもみていく。中国では、ベンチャー企業等の発展を促進するため、2012年に上海証券取引所、深?証券取引所に次ぐ「新しい第三の市場」として全国中小企業株式譲渡システム(新三板)が創設された。以来、新三板への上場企業数の伸びは著しく、2013年から2017年までの間に37倍となり、2017年末には1.1万社を超え、時価総額は4.9兆元(81兆円)となっている(第Ⅱ-3-2-2-35図)。これは、米NASDAQの7%の規模だが、東京マザーズの約15倍、JASDAQの約7倍の規模である128。
第Ⅱ-3-2-2-35図 中国における取引所ごとの上場企業数の変化
なお、新三板へ登録している企業の業種内訳を見ると、製造業が約5,800社と最も多く、次いで情報通信、ソフトウェア業が2,300社となっている。情報通信産業の躍進が目立つ中国にあっても、新三板においては製造業が最もシェアの高い産業となっている(第Ⅱ-3-2-2-36図)。
第Ⅱ-3-2-2-36図 新三板の業種別上場企業数(2017年末)
中国では、ITプラットフォーム企業等によるコーポレート・ベンチャー・キャピタルも、ベンチャー企業にとって有力な資金供給源である。世界のユニコーン企業226社のうち中国ITプラットフォーム企業のいずれかが出資者となっている企業は25社で、中国のユニコーン企業61社だけでみると20社に出資している129。
128 NASDAQは“World Federation of Exchanges”、マザーズ及びJASDAQは東京証券取引所の公表データと比較。
129 CB Insights (1月24日現在)https://www.cbinsights.com/reserch-unicorn-companies.
③人材
次に、イノベーションに必要な投入要素の一つである高度人材の育成状況をみていく。
中国と他の国々の大学学部生数を比較すると、2000年から2014年にかけて中国が突出して学部生数を増やしており、2000年の約400万人から2014年には約2,550万人と6.2倍になった。同時期に他国は1.0~2.0倍の伸びであった。
また、2014年の理工系学生数の全学生に占める割合をみてみると、中国は50.2%と過半数を占めているのに対して、米国は41.6%、日本は32.7%、ドイツは46.1%、韓国は42.1%(2014年)といずれも過半数に達していない(第Ⅱ-3-2-2-37図)。
第Ⅱ-3-2-2-37図 主要国の大学における専攻別学生数
中国での特許出願数や研究論文数、あるいはユニコーン企業が多く誕生する要因の一つに、このような大量の理工系高度人材の供給があると考えられる。
上述では、各国の国内大学生数を比較したが、次に中国人の最大の留学先である米国における主要国別・専攻別留学生数を見てみる。2000-01年と2015-16年を比較すると、中国が学生数も伸びも他国を圧倒している。中国人留学生が大幅に伸びたのは、学部生とその他がそれぞれ16倍、19倍となったためで、大学院生はインドと同じ3倍となっている。中国人留学生に占める大学院生の割合は、2000-01年に80.1%だったものが、2015-16年には37.5%まで低下している。大学院生の割合が最も高かったのはインドの61.4%となっている(第Ⅱ-3-2-2-38図)。
第Ⅱ-3-2-2-38図 米国に留学している地域・出身国別の学生数
中国からの留学生の半数近くがSTEM(Science, Technology, Engineering and Mathematics)分野を専攻しており、2000/01年には中国人留学生の45.6%、2014/15年には42.7%が同分野を専攻した。インド人留学生の同分野の専攻割合は中国より更に高く、2000/01年の73.7%から2014/15年には80.1%となった。他方で、日本人留学生のSTEM分野の専攻割合は2000/01年の16.2%から2014/15年には13.7%に低下しており、韓国人留学生の2000/01年の30.5%、2014/15年の同31.2%と比べても低い割合となっている(第Ⅱ-3-2-2-39図)。
第Ⅱ-3-2-2-39図 米国に留学している学生の出身国別・専攻別人数
次に、中国政府による留学生の帰国促進政策についてみていく。2000年以降、中国人の留学生数は右肩上がりで増加していったが、2008年までは留学生の帰国率は30%以下と低かった。しかし、中国政府は、ハイレベルの留学人材を確保するための帰国促進政策を累次打ち出し、その効果もあって帰国率は以後急速に高くなり、2013年には85%になった(第Ⅱ-3-2-2-40図)。帰国促進の政策目標は達成した一方、特に自費留学生の帰国後の就職難が問題となったことから、中国政府は、国内のイノベーション進展と留学生の帰国促進の両にらみの経済政策として130「大衆創業、万衆創新」を打ち出した131。
第Ⅱ-3-2-2-40図 中国の留学生数と帰国者数
130 孟(2018)「中国の改革開放と留学政策」
131 李克強首相が2014年のダボス会議で提唱。
④創業環境
最後に、イノベーションを創出する要因として重要となる創業環境についてみていく。
米国と並ぶユニコーン企業輩出国である中国は、米国以上に創業活動が盛んに行われている。特に中国政府が推進する創業支援策「大衆創業・万衆創新」が発表された2014年頃から、創業数は大幅に増加してきた。また、中国の開業率は、膨大な新規登録企業数からも裏付けられているように米国や日本と比較して、大幅に高い132(第Ⅱ-3-2-2-41図)。
第Ⅱ-3-2-2-41図 中国の新規登録企業数と中米日の開業・廃業率
他方、これらの企業の中には、画期的な技術やビジネスモデルを有する新興企業も一部存在するものの、大多数はこれらを有さない個人零細企業により占められることに留意が必要である。中国では副業が広く認められていることもあり、起業が容易に行われるとの指摘がある。
中国では新規登録企業数の多さのみならず、大量の大学新卒者による創業数の多さも特徴的である。毎年700万人以上に上る新卒大学生のうち、約20万人が創業している(第Ⅱ-3-2-2-42図)。他方で、新卒者による起業が多い背景には、中国では大量の卒業者を吸収できる既存企業が欧米や日本ほど多くないとの事情もあることに留意が必要である。
第Ⅱ-3-2-2-42図 中国の大学新卒創業者数と創業率
なお、中国政府は、イノベーションを促進する政策を次々に掲げているが、イノベーションにより新たに生まれた産業・市場について、最初は放任し、市場で問題が生じ始めてから規制を検討する傾向があることも、創業を後押しする一つの背景となっているとされる。配車アプリ等が代表的な事例として挙げられる。
本節では、中国における新産業の躍進を概観した上で、その背景にあるIT関連技術分野をはじめとするイノベーション力の向上や、活発な創業活動の状況について分析した。また、このような活発な経済活動を支える要素として、豊富な高度人材や資金の存在があることも明らかにした。このような中国経済の急速な変化について認識を新たにし、我が国の国内産業の活性化のために一層の取組を進めることが必要である。
132 中国の開業・廃業率は公表されていないため、全登録企業数及び新規登録企業数から推計。