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- 第Ⅰ部 第2章 世界経済の先行きに迫るリスク要因:資源価格
第2章 世界経済の先行きに迫るリスク要因:資源価格
食料や燃料、原材料等を含む資源は、我々の日常生活や産業活動において不可欠なものである。資源価格の動向は、世界の経済動向に影響を与えると同時に、資源価格もまた世界の経済動向の影響を受けており、世界経済を概観する上で資源価格の動向を注視することは重要である。本節では資源価格や、原油価格に加えて、原油価格に大きな影響を持つOPECやロシア、米国の原油生産の動向について示す。
1.資源価格の動向
(1)資源価格
まず、資源価格全体の動向を示した。資源価格全体を概観する指標として、1967年時の商品価格を100として、現在の商品価格の動向を表すCRB商品価格指数26, 27を見てみると、2019年度は下落傾向である。CRB商品価格指数は景気の先行指標とも知られ、世界経済の動向にも密接に関わっている。2019年5月の米国の対中追加関税の表明、10月の米中合意までの米中対立の高まりの際には需要が落ち込んだことで下落している。2020年2月以降は新型コロナウイルス感染症の影響で大きく落ち込んでいる(第Ⅰ-2-2-1図)。
第Ⅰ-2-2-1図 CRB商品価格指数
26 野村證券株式会社、「証券用語解説集CRB Index」。
27 正式にはロイター・コアコモディティCRB指数。米国と英国の各商品取引所の先物取引価格から算出される国際商品指数である。
(2)食料品
次に食料品価格の動向を示す。食料品価格全体の平均価格を取った、国連食糧農業機関の食料価格指数を見てみると、2019年は、上述の米中第一段階合意前後で世界経済の先行き不透明感が弱まり資源の需要増が見込まれた年央を除き、増加傾向である。2020年1月以降は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、価格が下落している(第Ⅰ-2-2-2図)。
2019年1月から12月に価格が上昇している要因としては、①2018年8月に発生したASF(アフリカ豚熱)の流行を受け、数多くの豚を殺処分したことで豚肉不足が発生し、肉類の価格が上昇したことや、②バイオ燃料への需要増、③中国からの輸入増を背景とする大豆油の価格上昇が挙げられる29。中国では大豆油についてこれまで大豆を加工して生産してきたが、ASFの流行により豚の飼料でもある大豆の輸入が減少したことに伴い、大豆油の原料となる大豆そのものが中国国内で減少した。その結果、大豆油を直接輸入することとなり、大豆油需要が高まったことで価格が上昇した。なお、2020年から1月からは新型コロナウイルスの感染拡大を受け価格が下落している(第Ⅰ-2-2-3図)。
第Ⅰ-2-2-2図 食料価格指数
第Ⅰ-2-2-3図 食料価格指数(肉類)
28 世界食糧農業機関「FAO Food Price Index」
29 日本経済新聞「食用油、中国輸入急増 アフリカ豚コレラで」、2019年10月9日。
(3)金属
鉄鋼は世界的な過剰生産能力問題が依然存在し、米中貿易摩擦等の影響を受けて需要は減少傾向にある。また、原料価格上昇、及び海外市況低迷による鋼材価格の下落により、大幅な減益傾向にある。あわせて、2020年に入ってからは新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、鉄鋼の生産・需要ともに減少した。特に世界の粗鋼生産量は2020年4月は1億3,710万トンであり前年同月比-13.0%となり急減した(第Ⅰ-2-2-4図)。
第Ⅰ-2-2-4図 粗鋼生産量の前年同月比
金の価格は2020年2月に株式価格の下落に伴う証拠金補填の必要性から一時下落した30が、その後上昇した(第Ⅰ-2-2-5図)。
第Ⅰ-2-2-5図 金価格
30 Financial Times、「Gold and platinum dive as investors dump liquid assets」
2.原油価格の動向
国際的な原油価格に影響を与える要因を、原油需要に関連する要素と原油供給に関係する要素に分けて整理する。需要面の要素は、主要国における経済活動、企業及び消費者の景況感、雇用状況、さらには主要国の経済の見通しなどが挙げられる。これらに関するデータが公表される際、原油価格に影響を及ぼすことがある。一方、供給面の要素は、主要産油国における生産状況、石油輸出国機構(OPEC)及びロシアなどの減産合意、さらには中東諸国をはじめとする産油国における地政学的リスクなどが挙げられる。また、需要面と供給面の両方に関するものとして、米国をはじめとする主要国における原油在庫の状況などが挙げられる。これらを踏まえ2019年度の原油価格の動向をその要因とともに振り返る。
第Ⅰ-2-2-6図に示すとおり、原油価格は2019年1月頃からOPEC主導による協調減産の状況やイランと米国・サウジアラビアの対立激化などから上昇し、同年4月半ば頃からは米中貿易摩擦の激化や米国の原油在庫の積み増しなどを受け、下落した。6月中旬から7月にかけては米中摩擦の協議の進展に対する期待が拡大したことや、イランと米国との間で軍事的緊張が高まったことなどが原油価格の上昇要因となった。その後、米中貿易摩擦の再燃などから一旦下落したものの、9月にはサウジアラビアの石油関連施設への攻撃から原油の供給途絶リスクが強く意識され、原油価格は急激に上昇した。その後、サウジアラムコ社は原油生産能力が月内に完全復旧する見通しであることを表明したことなどから一旦下落したものの、10月中旬から年末にかけては米中貿易摩擦の進展によって世界経済の先行き不透明感が弱まったこと、OPECプラスによる協調減産拡大の合意などから原油価格は上昇した。2020年1月には、イランと米国との間で軍事的緊張が高まったことなどから一時的に原油価格は急騰したものの、イランによる報復措置に対し米国は軍事力行使を望まない旨を表明したことで軍事衝突は回避されるとの見方が浮上し、価格は下落した。
第Ⅰ-2-2-6図 国際原油価格の動向
2月以降は、新型コロナウイルスの感染拡大と3月にOPECプラスでの減産合意が成立しなかったこと、サウジアラビアやロシアが増産方針を示したことなどを背景に原油価格は下落した。なお、こうした状況を受け、4月に開催されたOPECプラスの緊急会合では大幅な減産が合意されたものの、当面の供給過剰を解消するには不十分との見方から、原油価格はその後も低調に推移した。また、4月20日には、WTI期近物(5月限)の期日が迫るなか、原油受け渡し場所の貯蔵施設がやがて満杯になるとの予想から保管リスクを回避する投げ売りが発生。WTIは大暴落する事態となった。その後、足下では、各国・地域において経済活動を再開させる動きなどが相場を支えている。
3.OPECの原油生産の動向
上述のように、OPECやロシアなどの主要産油国における減産動向は原油価格に大きな影響を与え得る。そこで2019年度のOPECプラス閣僚会合等で合意された減産動向を第Ⅰ-2-2-7表にまとめた。2020年3月6日のOPECプラス閣僚会合では、日量150万バレルの減産をするという合意においてロシアの同意を得られなかったため、直後に原油価格は急落した(第Ⅰ-2-2-6図)。原油価格の下落は、株価・為替相場にも影響した。その後、4月や6月のOPECプラス会合では減産が合意され、各国の経済再開と合わせて、6月上旬時点では原油価格は安定化している。
第Ⅰ-2-2-7表 OPECプラスの減産合意
4.米国の原油生産の動向
米国は世界最大の原油産出国であり、長期的にはパーミアン地域を中心にシェールオイルの増産傾向にあり、米国の原油生産動向は、引き続き原油価格に大きな影響を及ぼす見込みである。
(1)1973年以来の原油純輸出
米国は2019年9月に石油の輸出31が輸入を上回った。これにより米国は1973年以来初めて32石油純輸出国となった。背景としては、2019年版通商白書でも触れたようにトランプ政権はエネルギーの国内生産拡大が雇用を創出すると主張し規制緩和によりシェールオイル増産を促してきたことが挙げられる(第Ⅰ-2-2-8図)。
第Ⅰ-2-2-8図 米国の原油輸出入量と純輸出量
31 米国は1973年から1974年にかけて発生したアラブショックの石油禁輸伴う米国内のガソリンをはじめとする石油製品価格急騰に対応して、米国産の石油輸出を禁止する石油輸出禁止法が作られた。その後、1980年代にはカナダに、1990年代にはアジアに、2000年代には極めて少量が輸出解禁され、2015年には石油輸出禁止法は撤廃された。
32 出所はEIA(米国エネルギー情報局)。なおEIAでは1973年からのデータを提供している。そこで一か月間で輸入が輸出を上回ったのは初である。さらにEIAは2020年に年間で純輸出国となる見通し、と述べている。
(2)シェールオイルの生産
前述の米国のシェールオイル生産について増産が続いてきたが、2019年以降そのペースは弱含んでいる。要因としては、世界経済の先行き不透明感により需要が減少したこと、また上述のような原油価格の下落によりエネルギー企業の採算が悪化していることが挙げられる。ムーディーズによれば、B3または非常に投機的と格付されたシェールオイル企業の社債の平均金利は、全B3格付社債の平均金利を4~5%上回っている33(第Ⅰ-2-2-9図)。
第Ⅰ-2-2-9図 米国のシェールオイル産出量の前年同月比
技術進歩による産出効率の上昇もあり、シェールオイル産出量を表す原油採掘装置(リグ)数は2019年以降減少傾向である(第Ⅰ-2-2-10図)。
第Ⅰ-2-2-10図 リグ数とシェールオイル産出量
33 Financial Times「Bankruptcy risks rise for US shale」、2020年2月19日。
(3)影響
① 米国にとってのエネルギーという側面からの中東の重要性低下
前述のシェール革命以降、米国におけるシェールオイルの増産が見られるほか原油輸入の国別について、カナダが増えており、米国の中東依存度は下降してきた。さらに、米国の原油産出量は世界一位であり米国にとっての中東の重要性は減少していく34と考えられる(第Ⅰ-2-2-11図、第Ⅰ-2-2-12図)。
第Ⅰ-2-2-11図 米国の上位5か国の原油輸入額
第Ⅰ-2-2-12図 米国の原油輸入における中東割合35
34 トランプ大統領は2019年6月末のツイッターで「なぜ米国が他国のために無料で航路を守っているのか。彼ら自身が自国の船を守るべきだ」と発信している。ほか2020年1月8日にも「我々は世界一、石油・天然ガスを産出している。エネルギー独立をしており、中東産の石油はもはや必要ない。」と発信している。
35 HSコード2709(石油及び歴青油(原油に限る。))を抽出。
② 米国の原油価格下落の影響
上述の通り、米国では原油価格下落の影響でエネルギー企業の採算が悪化している。米国での原油価格の変動は通常、エネルギー設備投資と消費への影響がほぼ打ち消し合い、米国全体の成長に対してはわずかな影響しか及ぼさないものであった。2020年上半期の原油価格の下落は、経済活動の停滞による原油需要の急激な落ち込みを主な原因とするものであり、基本的には、実体経済が原油価格に影響を及ぼしている構図となっている。他方、今般の原油価格の下落が実体経済に及ぼす影響としては、エネルギーセクターでの企業倒産が増える可能性が高まっているほか、新型コロナウイルスの感染拡大で支出が制約されているため、経済成長の大きな足かせとなる可能性がある36。
36 ゴールドマンサックス、ヤン・ハチウス他「米国デイリーコメント:原油価格の急落と米国経済(チョイ)」
5.安定した原油市場の重要性
原油価格の安定性については、原油価格が低いことは日本のような原油消費国にとって貿易収支を改善させるほか、燃料価格の低下につながるなどの良い面がある。他方、日本の中東依存度は約87%であり、原油価格の急激な下落や上昇を繰り返す状況が続くと、石油や天然ガスに関係しているエネルギー企業の収益や産油国経済に悪影響を及ぼすほか、計画的なエネルギーインフラへの投資を困難にする可能性があり、石油やガスの安定供給に影響が出る可能性もある。
新型コロナウイルスの影響により世界規模で経済が悪化している中では、経済回復のためには、エネルギーの安定供給が欠かせない。そのため、原油の生産国・消費国双方にとって、原油市場の安定が非常に重要である。生産国・消費国がこの認識を共有し、協力していくことが求められる。