経済産業省
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第5節 中南米

1.中南米地域の経済動向

本節では、始めに中南米地域全体の経済について、主要なマクロ経済指標等で確認を行った後、同地域の中で経済規模が大きく、新政権発足104により今後の政策運営が注目されているメキシコ、ブラジル、アルゼンチンの3か国について、足下の経済動向と今後の展望、懸念されるリスクを概観する。

中南米地域全体の実質GDP成長率は、2019年は前年比0.1%と、2017年の1.3%、2018年の1.1%から二年連続で減速した。主要国における政権交代に伴う政策不確実性の高まりや、米中貿易摩擦を発端とした世界経済の減速が同地域の成長を抑制した。さらに2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響も加わり、景気回復は一層厳しい状況となっている。

IMFは、中南米地域の実質GDP成長率を、2020年は前年比-5.2%、2021年は3.4%と見込んでいる(第Ⅰ-3-5-1図、第Ⅰ-3-5-2図、第Ⅰ-3-5-3図、第Ⅰ-3-5-4表)。

第Ⅰ-3-5-1図 中南米地域の実質GDP成長率の推移

第Ⅰ-3-5-2図 中南米主要国の実質GDP成長率の推移①

第Ⅰ-3-5-3図 中南米主要国の実質GDP成長率の推移②

第Ⅰ-3-5-4表 中南米主要国の経済指標一覧表

104 メキシコは2018年12月、ブラジルは2019年1月、アルゼンチンは2019年12月に新政権が発足した。

2.メキシコの経済動向

(1)GDP成長率

2019年のメキシコの実質GDP成長率は、前年比-0.1%と2018年の同2.1%から大きく縮小し、2009年の世界経済危機以来10年ぶりのマイナス成長となった。

2018年12月にアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)新政権発足後、初めて公表された年間GDPであったが、総固定資本形成の大幅な落ち込み105が明確に表れており、新政権の政策運営の不透明性106や米国との通商問題に係る不確実性が民間投資を抑制した。純輸出と民間消費はプラスに寄与したが、純輸出の増加は輸入が10年ぶりに縮小したためで、民間消費の伸びも大幅に鈍化している(第Ⅰ-3-5-5図)。

第Ⅰ-3-5-5図 メキシコの実質GDP成長率の推移(需要項目別寄与度)

産業別でみると、サービス業が急速に鈍化したほか、製造業も鈍化、建設業が大幅縮小、鉱業についても7年連続の縮小となった。特に成長を押し下げたのは、建設業と鉱業で、建設業は政権交代により公共事業の実施が滞ったことなどが影響した。鉱業は通年では低迷したものの、第4四半期では、前政権下で落札した民間企業の鉱区等の産油量増加が貢献し、持ち直しも見られる107(第Ⅰ-3-5-6図)。

第Ⅰ-3-5-6図 メキシコの実質GVA成長率の推移(産業別寄与度)

105 投資の縮小は、資本財の輸入が落ち込んでいることからも見てとれる。

106 前ペニャ・ニエト政権が進めてきたインフラ・プロジェクト、エネルギー改革や教育改革の中止や修正を発表しており、投資家や市場にはこれらを不安視する声もある。なお、新政権は国内重視の姿勢を示しており、腐敗と治安問題に注力しているとされる。

107 AMLO大統領は、政権発足後3年間は民間企業への鉱区開放ラウンドを実施しない考えを示しているが、民間鉱区による原油生産が確実に増加していることもあり、なるべく早い段階での鉱区開放入札の再開を望む声が強い。

(2)生産・消費

メキシコの鉱工業生産指数(原指数)は、2019年は低下傾向で推移した。鉱業は、前ペニャ・ニエト政権から国有石油企業PEMEXの生産減退の影響が続いており、2019年の原油生産量は過去40年間で最低水準108であったが、民間鉱区による生産増加が貢献し、足下では下げ止まりの様相が見られる。製造業は上昇が続いていたが、同国最大の輸出先である米国の製造業生産の伸びの鈍化を受け、2019年10月に下降した。さらに、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、主要産業である自動車関連の製造業が工場操業停止を実施したことにより、2020年3月は季節調整済前月比-3.3%、4月は同-25.1%と大きく下降した(第Ⅰ-3-5-7図)。

第Ⅰ-3-5-7図 メキシコの鉱工業生産指数の推移

小売売上高指数(前年同月比)は、2019年は需要が振るわず大きな伸びは見られなかったものの、縮小することはなかった。しかし、2020年3月、新型コロナウイルス感染拡大の影響で大きく縮小した(第Ⅰ-3-5-8図)。小売売上高の動きに大きく影響する自動車の生産・輸出・国内販売の推移は表の通りで、2019年の生産台数は前年比-4.1%、輸出台数は同-3.4%、国内販売台数は同-7.7%と全て減少した。輸出台数の縮小は10年ぶりであった。(第Ⅰ-3-5-9図)。

第Ⅰ-3-5-8図 メキシコの小売売上高指数(前年同月比)の推移

第Ⅰ-3-5-9図 メキシコの自動車の生産・輸出・国内販売台数の推移

108 メキシコ国家炭化水素委員会(CNH)公表値。

(3)物価、政策金利

2019年のメキシコの消費者物価指数は、2018年に引き続き低下傾向が続いており、6月は前年同月比3.9%とインフレ目標(3±1%)を達成した。その後足下まで低下傾向が続いている。なお、2019年(年ベース)の消費者物価指数は前年比2.8%と過去50年で2番目に低い109水準であった。

2020年に入っても消費者物価指数(前年同月比)は引き続き低下傾向が続いている。特に、エネルギー物価が3月に急低下した。

政策金利は、米国の利上げ観測の後退、国内景気の減速懸念の高まりを考慮し、2019年2月の金融政策決定会合で3会合ぶりに8.25%で据え置かれたあと、7月に米国が利下げに転じたことを受け、8月に2014年6月以来5年2か月ぶりに引下げを行った。2019年には政策金利を4会合連続で各0.25%、計1%引下げ、年初に8.25%だった金利は12月に7.25%となった。2020年に入ると、新型肺炎の拡大を受けた景気下支えのために2月、3月、4月と利下げを継続している(第Ⅰ-3-5-10図)。

第Ⅰ-3-5-10図 メキシコの消費者物価指数(前年同月比)と政策金利の推移

109 なお、過去50年で最も高い水準は1987年の99.3%、最も低い水準は2015年の2.1%である。

(4)貿易110

2019年のメキシコの貿易は、輸出が約4,611億ドル(前年比2.3%)、輸入が約4,553億ドル(同-1.9%)で、貿易収支は約58億ドルの黒字となった111(第Ⅰ-3-5-11図)。

第Ⅰ-3-5-11図 メキシコの貿易収支の推移

メキシコの輸出先は米国が約8割を、輸入元は米国が約5割、中国が約2割を占めており、この2か国との貿易が全体の動きを左右する。2019年の対米国輸出は自動データ処理機械が増加したものの、乗用車、貨物自動車の大幅な減少により同-16.1%と縮小した。対米国輸入は、主に石油(原油以外)の減少により同-19.1%、対中国輸入は、主に携帯電話、集積回路の減少により同-11.8%となった(第Ⅰ-3-5-12表、第Ⅰ-3-5-13表、第Ⅰ-3-5-14表、第Ⅰ-3-5-15表)。

第Ⅰ-3-5-12表 メキシコの輸出の推移(上位10か国)

第Ⅰ-3-5-13表 メキシコの輸出の推移(上位10品目)

第Ⅰ-3-5-14表 メキシコの輸入の推移(上位10か国)

第Ⅰ-3-5-15表 メキシコの輸入の推移(上位10品目)

110 メキシコの主な輸出品は、自動車・同部品、電気機器、一般機械、鉱物性燃料(原油)、輸入品は、電気機器、一般機械、自動車・同部品、鉱物性燃料(ガソリン)となっている。中間財や資本財を海外から輸入し、国内で加工・組立を行い、最終財を海外に輸出するという貿易形態を取っている。

111 中央銀行の数値であり、通関ベースの数値とは一致しない。

(5)国際収支

メキシコの経常収支は、慢性的な赤字状態であるが、輸入の減少により、2019年は約24.4億ドルの黒字(対名目GDP比-0.2%)となった。財貿易収支が黒字化したことが主な要因で、サービス収支も観光収入の増加により赤字幅が縮小し、第二次所得収支は、米国等への出稼ぎ労働者からの送金により黒字が増加した。一方、第一次所得収支は利子の支払増加により赤字幅が拡大した。

経常収支の赤字は、主に直接投資と証券投資でファイナンスされるが、2019年の金融収支は、AMLO政権の政策不確実性等による投資環境の悪化懸念等からどちらの流入も鈍化した(第Ⅰ-3-5-16図、第Ⅰ-3-5-17図、第Ⅰ-3-5-18図)。

第Ⅰ-3-5-16図 メキシコの経常収支の推移

第Ⅰ-3-5-17図 メキシコの経常収支対GDP比の推移

第Ⅰ-3-5-18図 メキシコの金融収支の推移

(6)今後の展望と懸念されるリスク要因

2018年12月のAMLO政権発足後、実質的に初めての年となる2019年(通年)の同国経済は、世界経済危機以来10年ぶりのマイナス成長となった。

AMLO大統領が就任前に公表した優先7プログラム112については、メキシコシティ国際空港に代わる新空港建設の中止以外には明確な進展がみられていない。一方、前ペニャ・ニエト政権が注力してきた石油分野の民間開放政策を放棄し、メキシコ石油公社(PEMEX)への公的資金の投入、大統領の出身地への石油精製所建設など、経済合理性にかけるトップダウン施策を遂行しているという指摘もある。これらの不安定かつ不透明な施策のほか、最大貿易相手国であり景気連動性が極めて高い米国の製造業の減速や通商問題が影響し、メキシコに対する投資家や市場からの評価は低下し、直接投資額は前年より減少した。

通商問題については、2020年1月、米国がNAFTAに代わる米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に批准した。今後、カナダの批准や自動車分野の原産地規則に関わる統一規則の策定作業などが必要とされ、発効は2020年夏以降と予想されている。USMCAが発効すると、原産地規制の厳格化により、メキシコの自動車産業の生産コストが上昇するなど、国際競争力が低下する懸念がある。

IMFによれば、2020年の同国の実質GDP成長率は前年比-6.6%と予想されており、国内外の不安定要素に新型コロナウイルス感染拡大が加わったことで、先行きの見通しが一層困難となっている。

112 7つの重点プログラムは、①メキシコシティー国際空港プロジェクト(新空港建設の是非を最終的に国民投票に委ねる)、②テワンテペック地峡の物流回廊開発、③マヤ観光鉄道の建設、④300の地方道路の整備(5万人の雇用創出)、⑤全国インターネット網の整備(公表時点の整備率は25%)、⑥2017年の震災被害地域の復興支援、⑦観光地の貧困集落への支援、である。

3.ブラジルの経済動向

(1)GDP成長率

ブラジルの2019年の実質GDP成長率は、前年比1.1%と、2017年、2018年の1.3%からわずかに鈍化した。主な要因は輸出の低迷であり、中国でのASF(アフリカ豚熱)のまん延、アルゼンチンの経済混乱といった主要な輸出相手国の国内問題の影響を受け、5年ぶりにマイナスの伸びに転じた。

産業別では、家計消費の底堅さによりサービス業が成長を下支えした一方、歳出削減の政策を背景に公共投資が低迷したほか、アマゾンでの大火災により農林畜産業の生産が振るわなかった。

2019年1月に発足した右派のジャイル・メシアス・ボルソナーロ新政権は、年金制度に代表される公的部門の膨張に歯止めをかけるため、構造改革を通じた小さな政府を目指している。2015年、2016年の「一世紀ぶり」ともいわれるマイナス成長を乗り越え、経済は緩やかに回復していたものの、依然潜在成長率を下回る低成長が続いている。2020年の成長目標は2%台だが、足下では新型コロナウイルス感染拡大、資源価格の暴落等の影響は避けられず、達成は困難となっている(第Ⅰ-3-5-19図、第Ⅰ-3-5-20図)。

第Ⅰ-3-5-19図 ブラジルの実質GDP成長率の推移(需要項目別寄与度)

第Ⅰ-3-5-20図 ブラジルの実質GVA成長率の推移(産業別寄与度)

(2)生産、消費

鉱工業生産指数(原指数)は、2018年5月のトラック輸送業者のストライキによる物流への影響から一時的に急落した後、回復をみせたが、その後低水準で推移した。また、2019年1月の鉱山ダム決壊事故により鉄鉱石生産が大きく落ち込んだ。なお、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、製造業が工場操業停止を実施したことにより2020年3月は季節調整済前月比-9.0%、4月は同-18.8%と大きく縮小した(第Ⅰ-3-5-21図)。

第Ⅰ-3-5-21図 ブラジルの鉱工業生産指数の推移

小売売上高指数の2019年平均の伸び率は、前年同月比4.9%と2018年の同4.9%から底堅く推移している。なお、自動車・バイク・それらの部品の年平均の伸び率は同11.2%と2018年の同16.2%から鈍化したものの堅調に推移した。なお、2020年3月は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、小売売上高指数(前年同月比)2.6%と鈍化した。なお、自動車・バイク・それらの部品は同-20.9%と大きく縮小した(第Ⅰ-3-5-22図)。

第Ⅰ-3-5-22図 ブラジルの小売売上高指数(前年同月比)の推移

(3)物価、政策金利

ブラジルの消費者物価指数(IPCA)は、2019年に入り食料品113や燃料114の物価が上昇したことで押し上げられたが、インフレ目標値の許容範囲内(2019年:4.25%±1.5%、2020年:4.0%±1.5%)で推移している。余剰労働力の多さもインフレが低位で推移する要因となっている。

ブラジル中央銀行は、インフレ率の低下を背景に景気を底上げするため、政策金利を連続して引下げており、2020年3月末時点で3.75%と過去最低水準となっている(第Ⅰ-3-5-23図)。

第Ⅰ-3-5-23図 ブラジルの消費者物価(前年同月比)と政策金利の推移

113 中国やベトナムなどでのASF(アフリカ豚熱)の感染拡大等により、ASF発生国では豚肉の輸入量が増加し、豚肉価格が上昇した。

114 国営石油会社ペトロブラスが通貨安を背景にガソリン価格を引き上げたことで交通費などが上昇した。

(4)雇用、所得

ブラジルの失業率は、2017年以降季節要因による変動を経ながら緩やかな低下傾向にあるが、2020年3月末時点で12.2%と高い水準にある。平均実質賃金伸び率は2019年5月から5か月間マイナス、2020年3月末時点で0.9%と所得状況は依然厳しい。現政権の政策の不確実性により企業が採用や賃上げに慎重になっているといわれている(第Ⅰ-3-5-24図)。

第Ⅰ-3-5-24図 ブラジルの失業率と平均実質賃金(前年同月比)の推移

(5)貿易115

2019年のブラジルの貿易は、輸出が約2,254億ドル(前年比-5.8%)、輸入が約1,773億ドル(同-2.1%)で、貿易収支は約480億ドルと5年連続の黒字となった(第Ⅰ-3-5-25図)。

第Ⅰ-3-5-25図 ブラジルの貿易収支の推移

ブラジルの輸出先は中国が28.1%、米国が13.2%を、輸入元は中国が19.9%、米国が17%を占めており、この2か国との貿易が全体の動きを左右する。

2019年の対中国輸出は、主に大豆の減少により前年比-2.1%と縮小した。これは、2018年、中国が米国産の大豆輸入に関税を課したことから、代替としてブラジルからの中国向け大豆輸出が大幅に増加したことの反動である。

一方、2019年の対米国輸出は、主に石油・歴青油(原油以外)の増加により前年比2.7%と拡大した(第Ⅰ-3-5-26表、第Ⅰ-3-5-27表、第Ⅰ-3-5-28表、第Ⅰ-3-5-29表、第Ⅰ-3-5-30図)。

第Ⅰ-3-5-26表 ブラジルの輸出の推移(上位10か国)

第Ⅰ-3-5-27表 ブラジルの輸出の推移(上位10品目)

第Ⅰ-3-5-28表 ブラジルの輸入の推移(上位10か国)

第Ⅰ-3-5-29表 ブラジルの輸入の推移(上位10品目)

第Ⅰ-3-5-30図 ブラジルの中国向け大豆輸出(金額・数量)の推移

115 ブラジルは、大豆、砂糖、コーヒー、食肉等の農産品や鉄鉱石、鉱物性燃料等の鉱物資源等の一次産品が主要な輸出品目で、全輸出額の5割弱を占める一方で、航空機、自動車・同部品等の工業製品も4割弱を占め、工業生産に必要な原材料・中間材、資本財を輸入している。また、原油の産出・輸出国でありながら、ガソリン等の石油製品や原油も輸入している。

(6)国際収支

ブラジルの経常収支は2008年以降赤字が続いている。金融、通信、小売等の業種で外国企業のプレゼンスが大きいことから、第一次所得収支は流出超で恒常的に赤字となっている。2019年の経常赤字は約508億ドル(対名目GDP比-2.7%)と2018年から連続で悪化している。経常収支の赤字は、主に直接投資によりファイナンスされているが、政権の政策不確実性等による投資環境悪化の懸念等から資金の流入が鈍化した(第Ⅰ-3-5-31図、第Ⅰ-3-5-32図、第Ⅰ-3-5-33図)。

第Ⅰ-3-5-31図 ブラジルの経常収支の推移

第Ⅰ-3-5-32図 ブラジルの経常収支対GDP比の推移

第Ⅰ-3-5-33図 ブラジルの金融収支の推移

(7)今後の展望と懸念されるリスク要因

民営化、規制緩和など、小さな政府を目指す政策を掲げ2019年1月に始動したボルソナーロ政権だが、就任後一年目の2019年(通年)実質GDP成長率は、構造改革や世界経済の先行きに関する内外の不確実性により減速した。

一方、同国の最重要課題であった財政再建のための社会保障制度改革案116に関しては経済相や改革派議員の尽力により2019年10月に連邦議会上院で年金改革法案を可決し、内外から一定の評価を受けている117

米中貿易摩擦や主要貿易相手国であるアルゼンチンの金融不安・景気後退は、輸出の低下や通貨安をまねいており、引き続き同国のリスク要因といえる。また、米国がちらつかせる追加関税のリスク118も依然消えていない。なお、2020年は税制改革、行政改革といった国会審議重要法案が目白押しであり、それらがどれくらい進捗するかが大きな課題である。

IMFによれば、2020年の同国の実質GDP成長率は-5.3%と予想されており、国内外の不安定要素に新型コロナウイルス感染拡大が加わったことで、先行きの見通しが一層困難となっている。

116 歳出削減効果は10年間で8,000億レアル(約21兆6,000億円)が見込まれている。ブラジルの公的支出における社会保障費の割合の高さは財政赤字の主要因である。なお、年金の受給開始最低年齢は、現状では50歳代での受給が可能であるが、今後は原則として、男性65歳、女性62歳に引き上げられた。 

117 ブラジルを代表するボベスパ指数は、新政権への期待、社会保障制度改革法案の審議の進展等から上昇傾向にあり、過去最高値の更新を繰り返した。1月24日で過去最高値をつけた後、新型コロナウイルス感染拡大の懸念が広がり、株価は急落した。

118 トランプ大統領は、ブラジル、アルゼンチンは大幅な通貨切り下げを行っており、米の製造者や農家に望ましくない、とツイッターを通じて表明している。

4.アルゼンチンの経済動向

(1)GDP成長率

2019年のアルゼンチンの実質GDP成長率は、前年比-2.2%と2018年の-2.5%に続き二年連続のマイナス成長となった。急激なインフレと景気後退の下で、民間消費、投資が大きく縮小した。一方で、純輸出が成長の底上げに寄与しているが、輸入が大きく減少したことに起因している119(第Ⅰ-3-5-34図)。

第Ⅰ-3-5-34図 アルゼンチンの実質GDP成長率の推移(需要項目別寄与度)

前マウリシオ・マクリ政権120は、対外経済関係の正常化に取り組み、15年ぶりに国際資本市場への復帰を果たすなど、その成果は対外的に高く評価されていた。

しかし、2018年4月下旬、米国の利上げが影響し通貨ペソが暴落した。同国はIMFに支援要請を行い、2021年までに総額571億ドル規模の信用枠を設定することで合意に至った121が、この合意に基づく財政健全化の実現に向け緊縮政策を行い、またインフレ及び失業率も上昇したことで、国民の不満が募り、2019年10月の大統領予備選挙で敗北した。マクリ政権が再選されず、左派政権が誕生すると予想されたことで、市場や対外的な信頼感は薄れることとなった。

2019年12月にアルベルト・フェルナンデス新政権が発足し、前政権の市場機能重視から、国家主導へと大きく政策の転換が図られているという指摘がある。

119 為替下落による高インフレで内需が縮小しており、輸入減少につながっている。同時に、為替下落が価格競争力を上昇させており、輸出を下支えしている。

120 2015年10月に就任した。

121 8月にはトルコ・リラ急落の影響でペソ安が加速し、IMFへの追加支援要請をした。

(2)生産

鉱工業生産指数(原指数)は、2018年初旬より急落し、2019年になり低下傾向はやや収まったが、財政・金融の引締めに伴う内需の低迷等により、低水準で推移した。2020年3月は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、鉱工業生産指数(前年同月比)-16.9%と大きく縮小した(第Ⅰ-5-3-35図)。

第Ⅰ-3-5-35図 アルゼンチンの鉱工業生産指数の推移

(3)物価、政策金利、為替

消費者物価指数は、通貨ペソの下落により非常に高い水準で推移しており、2019年5月には前年同月比で過去最高値の57.3%となった。食品・飲料は同月に70.6%に達している。それ以降は緩やかに低下しているものの、消費者物価指数は2020年4月時点で同45.6%と依然高い水準にとどまっている(第Ⅰ-3-5-36図)。

第Ⅰ-3-5-36図 アルゼンチンの消費者物価(前年同月比)の推移

通貨ペソは下落を続けており、2019年9月1日、アルゼンチン中央銀行は、通貨下落と外貨準備高の減少に歯止めをかけるため、資本取引規制の時限措置を導入した。政策金利は、フェルナンデス新大統領が就任した12月以降2020年3月までに計8回引下げられ、63%から38%と大きく低下している(第Ⅰ-3-5-37図)。

第Ⅰ-3-5-37図 アルゼンチンの政策金利と為替レートの推移

(4)雇用

アルゼンチンの失業率は、2019年第2四半期には10.6%と世界経済危機時の2009年第2四半期の9.1%よりも高い水準となっている。第4四半期に8.9%まで低下したものの、雇用環境は厳しい状況が続いている(第Ⅰ-3-5-38図)。

第Ⅰ-3-5-38図 アルゼンチンの失業率の推移

(5)貿易

2019年のアルゼンチンの貿易は、輸出が約651億ドル(前年比5.4%)、輸入が約491億ドル(同-25.0%)と、輸入の落ち込みが特に大きかったため、貿易収支は約160億ドルと3年ぶりの黒字となった(第Ⅰ-3-5-39図)。

第Ⅰ-3-5-39図 アルゼンチンの貿易収支の推移

アルゼンチンの輸出先はブラジルが15.9%、中国が10.5%、米国が6.2%、輸入元はブラジルが20.5%、中国が18.8%、米国が12.7%を占めており、この3か国との貿易が全体の動きを左右する。

2019年の対ブラジル輸出は、主に貨物自動車、小麦の減少により前年比-8.1%、ブラジルからの輸入は、主に乗用自動車の減少により同-35.2%とともに縮小した。

対中国輸出は、主に大豆と冷凍牛肉の増加により同61.8%と拡大した一方、中国からの輸入は、主に携帯電話部分品の減少により同-23.3%と縮小した。

対米国輸出は、主に原油の減少により同-3.7%、米国からの輸入は、主に石油・歴青油(原油を除く)、大豆の減少により同18.8%と縮小した(第Ⅰ-3-5-40表、第Ⅰ-3-5-41表、第Ⅰ-3-5-42表、第Ⅰ-3-5-43表)。

第Ⅰ-3-5-40表 アルゼンチンの輸出の推移(上位10か国)

第Ⅰ-3-5-41表 アルゼンチンの輸出の推移(上位10品目)

第Ⅰ-3-5-42表 アルゼンチンの輸入の推移(上位10か国)

第Ⅰ-3-5-43表 アルゼンチンの輸入の推移(上位10品目)

(6)国際収支

アルゼンチンの経常収支は2010年以降赤字を続けており、年々拡大傾向にあったが、2019年は、輸入が大幅に減少したことによる貿易黒字の増加も大きく寄与し、約-35億ドルと2018年の約-273億ドルから改善した。これにより、経常収支の対GDP比も-0.8%と前年の-5.2%から改善した(第Ⅰ-3-5-44図、第Ⅰ-3-5-45図)。

第Ⅰ-3-5-44図 アルゼンチンの経常収支の推移

第Ⅰ-3-5-45図 アルゼンチンの経常収支対GDP比の推移

2019年の金融収支は、その他投資122と証券投資の流出に加え、直接投資の流入が前年から半減したことで、前年の約280億ドルから約41億ドルに大幅に減少した(第Ⅰ-3-5-46図)。

第Ⅰ-3-5-46図 アルゼンチンの金融収支の推移

122 その他投資は、直接投資、証券投資、金融派生商品、外貨準備のいずれにも該当しない金融取引。具体的には、持分、現・預金、貸付/借入、保険・年金準備金、貿易信用・前払、その他資産/その他負債及び特別引出権(SDR)<負債のみ>等。

(7)今後の展望と懸念されるリスク要因

マクリ前大統領は4年間の任期で、対外的な信頼回復、国内の財政規律の立て直しについては一定の成果を残したといえるものの、景気低迷、インフレ、高い貧困率といった就任当初からの同国の問題については、国民からの期待に応えることができず、再選には至らなかった。2019年12月にアルベルト・フェルナンデス新政権が発足し、前政権の外向きの自由解放路線から、内向きの保護主義に大きく政策が傾斜していくことが内外から懸念されている。

新政権は発足後まもなく、年金や補助金の増額に向けた財源確保のために、農産品を対象とする関税引き上げや国民の在外金融資産を対象とする課税、外貨購入に対する課税などを柱とする緊急経済改革法を成立させたが、この実効性が今後問われることとなる。なお、IMFの支援については、前政権での合意事項に異を唱えており、今後IMFとの協議の進捗が懸念される。また、同国政府は海外機関投資家に対する債務再編交渉を継続してきたが合意に至らず、5月22日、利払いを拒否しテクニカル・デフォルト123に陥ったとも報じられている。

IMFによれば、2020年の同国の実質GDP成長率は-5.7%と予測されており、国内の経済問題の危機に、新型コロナウイルス感染拡大が加わったことで一層の下振れが避けられない状況となっている。

123 経済破綻で支払い不能になるデフォルトとは異なり、支払い能力があるのに元本の償還や利払いが滞った状態。

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