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第4節 世界の発展と残された課題

世界は第1のアンバンドリング・第2のアンバンドリングを経験し、先進国、途上国ともに豊かになった。一人あたりの生活水準とも言える一人あたりGDPは上昇し、国家間の格差は「大いなる収斂」といわれるように縮小をした。しかし、世界には残された課題が存在している。

1.貧困の減少と格差

まず、残された課題を見ていく。世界銀行が定める国際貧困ライン67未満で生活する人の割合を見てみると、対世界人口で1990年に35.9%であったのに対し、2015年には10%と大幅に減少している(第Ⅱ-2-4-1図)。世界経済の発展に伴い、絶対的な貧困層は減少傾向にある。これは、世界経済の拡大が絶対的な便益をもたらした一例である。

第Ⅱ-2-4-1図 国際貧困ライン以下で生活する人の割合の推移(対世界人口)

世界経済は全体として発展し、貧困が削減される傾向にあり、国家間の経済格差は縮小傾向にあるものの、残された課題が存在している。その一つとして富の集中が存在している。2019年には、世界の超富裕層26人は、世界人口の下位約38億人の総資産と同額の富を保有しているという報告68が出された。

国・地域別の富の分布状況を比較すると、インドやアフリカへの世界の最貧困層の集中、近年急速な発展を遂げている中国が世界の中所得層を多く占めており、そして北米、欧州において高所得層や資産保有が高いものとなっている。その一方で、北米や欧州においても低所得層・低資産の人口割合が一定程度見られており、世界における格差の縮小にとどまらず、同じ国・地域内における経済格差も見られる(第Ⅱ-2-4-2図)。

第Ⅱ-2-4-2図 2019年における国際的な資産の地域配分

世界各国のトップ1%所得層が占める富の割合を比較すると、緩やかに上昇傾向にあることがわかる。中でも、米国は他国と比べて年々その割合が上昇しており、2014年時点で20%となっている(第Ⅱ-2-4-3図)。

第Ⅱ-2-4-3図 トップ1%所得層が占める富の割合

米国内における所得の割合の推移をみてみると、2014年時点でトップ10%の所得層の割合が47%、40%の中間所得層の割合が40%と、1994年時点と比較すると、それぞれ7%増、4%減となっており、中間層の低迷が起こっていることがみえる(第Ⅱ-2-4-4図)。

第Ⅱ-2-4-4図 米国における所得層別の富の割合推移(再分配前)

しかし、このような現象は、米国のような先進国だけでなくインドでも顕著に起きており2015年時点でトップ10%の層が56%、中間40%の層が29%となっている(第Ⅱ-2-4-5図)。

第Ⅱ-2-4-5図 インドにおける所得層別の富の割合推移(再分配前)

このような変化をもたらした背景として、先進国における製造業雇用の低迷と一方でITを活用する専門サービスの所得の上昇が見られている。労働構造を技能別69で分けてみると、近年、高技能職と低技能職での雇用が増えており、中技能の職が低迷している。米国の労働構造における雇用者数推移を比較してみると、二極化の進行の傾向が見られる(第Ⅱ-2-4-6図)。

第Ⅱ-2-4-6図 米国の職種別雇用増減(2010年-2018年)と賃金(2018年)

67 時期によりその数値は異なるが、2015年10月以降は、2011年の物価を基にその基準が1.90ドルに設定されている。

68 OXFAM “PUBLIC GOOD OR PRIVATE WEALTH”, 2019

69 高い専門性・技術を要する高技能職、工場やオフィスにおいてルーティンワークの多い中技能職、単純作業の多い低技能職の3種類に分類。OECDは、各分類の例示として、高技能職を「管理職」「専門職・技師、准技師」など、中技能職を「事務補助員」「サービス・販売従事者」など、低技能職種を「定型的業務の従事者」などを挙げている。

2.コロナショックの影響の集中

このように世界での国家間の格差は縮小し、労働市場の変化などが見られる中で、新型コロナウイルスの感染拡大というリスクが発生している。第Ⅰ部第1章のコラムにおいて見たように、過去の歴史的なパンデミックにおいては格差の縮小が見られることもあった。そして、今回の新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、同様の論も見られる70。しかし、過去のパンデミックと異なり、コロナショックにおいては、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションに制限が発生するという点に留意をする必要がある。

IMFのオストリーらは、過去の感染症の拡大局面における格差の動向を検証し、感染症の拡大から4~5年の間にジニ係数が累計で1.25%上昇する、すなわち国内格差が拡大する傾向があると指摘する。とりわけ、経済成長率が低い場合に格差が拡大しやすい傾向がある点、教育水準の低い層の就業率が低下しやすい点がある71

菊池、北尾、御子柴(2020)72は、コロナショックが、日本の労働市場にもたらす変化について、労働者の属性に応じて分析する。その分析としては、低所得者層により大きな打撃を与え、労働市場における格差拡大につながる可能性が高く、人との接触を伴うサービス業などの産業で、在宅勤務が困難な職業に従事する労働者への影響が大きく、性別では女性、教育水準では大卒未満、雇用形態では非正規雇用、といった所得水準が相対的に低い層に集中している。少なくとも短期的には所得格差を著しく悪化させる可能性が高いとする(第Ⅱ-2-4-7表)。

第Ⅱ-2-4-7表 新型コロナウイルス感染症のショックによる所得への影響

さらに、Alon他(2020)73は、性差に着目する。通常の景気後退は女性の雇用よりも男性の雇用に深刻な影響を与えるが、社会的な距離の確保による影響としては、女性の雇用シェアが高い部門、小売業、航空業、旅行業などにおいて雇用減少が多くみられる。また、学校や保育所の閉鎖は子育てニーズを大量に増大させており、特に働く母親への影響が大きいとする。近年の男性の子育て参加のような社会規範の変化なども考慮に入れられるものではあるが、短期的な労働市場への影響は長い影響を及ぼすことが見られることから、母親への影響は長期化する可能性があるとする。

また、現在、新興・途上国において急速に新型コロナウイルスの感染が拡大している。新興・途上国は財政的制約や不十分な国際支援、脆弱な医療システムにより、危機対応が追いつかない可能性もある。その中で、新興・途上国では急速に資本流出が見られており、一次産品価格の低迷や観光業の低迷の影響も見られる中で、それらの国々への影響が大きくなる可能性もある。

このように、新型コロナウイルスの感染拡大の中において、世界の直面する課題としての世界経済の持続的発展の重要性が示されている。

70 Walter Scheidel, “Why the Wealthy Fear Pandemics” New York Times, 2020年4月9日

71 Davide Furceri, Prakash Loungani, Jonathan D. Ostry, Pietro Pizzuto (2020), “COVID-19 will raise inequality if past pandemics are a guide”, Vox Column, 8th May 2020

72 菊池信之介、北尾早霧、御子柴みなも “Heterogeneous Vulnerability to the COVID-19 Crisis and Implications for Inequality in Japan” RIETI Discussion Paper. 2020年4月 20-E-039

73 Titan M. Alon, Matthias Doepke, Jane Olmstead-Rumsey, Michèle Tertilt. “The Impact of COVID-19 on Gender Equality” NBER Working paper. 2020 April.

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