経済産業省
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第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題

総 論

現在、我が国ものづくり産業は大きな転換点に直面している。

我が国ものづくり産業は、「六重苦」に挑んできた過去があり、新興国の追い上げと競り合い、足下では後継者難に悩み、その明るい将来に向けた確固たる勝ち筋を描くことが叶わず、不透明感とともに試行錯誤を繰り返す状況になって久しい。したがって、「大きな転換点」と言っても、「またか」と感じる向きもあろう。また、我が国の経済が堅調さを取り戻しつつあり、受注は増加し、人手不足が顕在化し、「仕事はあるのに人手が足りず納期が守れない」といった声が高まる状況の中では、目の前の繁忙さが構造的な課題の存在を覆い隠している面を考慮すると、なんら実感を伴わないことすらあり得る。

我が国ものづくり産業は、戦後我が国の基幹産業として良質の国内雇用を創出し、資源の乏しい我が国において、輸出産業として外貨を稼ぐことで、国の存立基盤を下支えしてきた。かつて「ジャパンアズナンバーワン」と言われ、“Made in Japan”製品は、高度な技術に基づいた高い品質と性能に支えられ、世界市場を席捲するほど抜群の競争力を有した。

その根底では、TQCに代表される徹底したカイゼンや擦り合わせ活動を通じて、顧客ニーズに即した高品質なものを追求するという、我が国の現場レベルの実直かつ勤勉な労働力の存在が大きく貢献した。現に、カイゼン活動などに支えられている日本の現場は、我が国が誇る強みとして世界中から称賛され、目指すべきモデルとされてきたことは厳然たる事実である。

先進国と呼ばれる多くの諸外国において、製造業の力が低下し、言わば「産業の空洞化」が進行する中で、同様のリスクに晒されながら、今なお、GDPの2割弱を占め、重要な基幹産業として国内雇用を支えている我が国ものづくり産業は、我が国が誇りを持つべき分野であろう。

しかしながら、過去の成功は将来における成功までも約するものではない。今、デジタル化、IoTの進展、AIの登場・普及に伴う、いわゆる「第四次産業革命」が到来する中、我が国ものづくり産業が直面する課題は、プラザ合意後の円高不況、不良債権問題を契機とする金融不況、リーマンショック、といった過去の困難な時期と比較しても、より本質的で、より深刻なものである。

それは、ものづくり産業における「モノ」の生産という意味での競争力の源泉(熟練工の技能の高さ、きめ細かな生産・在庫管理手法、精密な工作機械における微調整等々)がデジタル化によって相対化する一方で、そうした「モノ」それ自体に伴う競争、すなわち、品質、価格、納期といった次元での競争ではなく、「モノ」を通じて市場にいかなる付加価値をもたらすのか、といった競争が生じており、こうした前提の大きな変化に我が国ものづくり産業が十分に即応できていないという見方ができるためである。

なお、あくまで一部の個別企業での事案ではあるが、品質への過信、直接の顧客の理解が得られれば良いとのコンプライアンス意識の希薄さが品質管理(検査)データ不正の問題を招いた。品質よりも納期が優先される事態は、企業の信頼を損なうという意味で、憂慮すべきことである。

このような大規模な環境変化の中で、我が国ものづくり産業においても、あらゆる変革に対応していくことが求められているが、変革に対応するにあたり、特に次に掲げる危機感及びその欠如が浮き彫りとなっている。

危機感及びその欠如は、大きく以下の4つに集約されると考えられる。

①人材の量的不足に加え質的な抜本変化に対応できていないおそれ

ものづくり産業においても、技能人材をはじめ人手不足が顕在化しており、今後の労働力人口の減少を見据えれば、人材活用の制度的な工夫に加え、ロボットやIoT、AIなどの先進ツールの利活用や労働生産性の向上に向けた人材育成の取組などが待ったなしとなっている。また、これらロボットやIoT、AIなどの先進ツールの利活用を特徴とする第四次産業革命が進む中、ものづくり産業で働く人材に期待されるスキルも大きく変質してきているが、新たなスキルを備えた人材の供給という観点からは必ずしも十分ではなく、なかでもデジタル人材の圧倒的な不足は深刻であり喫緊の課題となっている。さらに、大きな変革期の中で、新たなビジネスモデルへの転換を含め、抜本的な変化を実現する上では、ビジネス全体を俯瞰して全体最適化を図るシステム思考の強化が果たされないと、海外の後塵を拝するおそれが高い。

②従来「強み」と考えてきたものが、成長や変革の足かせになるおそれ

上述のとおり、我が国のものづくりの現場は、取引先との長期的な取引関係と信頼関係を前提に、商品の企画開発段階からの「擦り合わせ」を重視し、取引先の高い満足度を得て、存在感を示してきた。しかしながら、この方法は、ともするとコストの高止まりや、場合によっては、消費市場が何を求めているかといった点を全て取引先に委ねてしまうという受動性の助長をもたらす裏腹の弱みがある。このことは、上述のとおり、「モノ」それ自体の競争という側面が減退し、「モノ」によって市場にどのような付加価値をもたらすか、という競争となっている状況下では、致命的な欠陥となるリスク(例えば、市場の求めていない「モノ」を作り続けてしまうリスク)がある。特に、「擦り合わせ」を通じて取引先の意向を尊重することによって持続されてきた我が国のサプライチェーンにおいては、一部の企業が変革を目指してもサプライチェーン全体の意向が揃わなければ変革が実現されない。その意味で、高い擦り合わせ力や顧客ニーズ対応力といった従来の「強み」が、成長や変革の足かせとなりかねない。また、品質管理(検査)データ不正の問題が発生した遠因も、取引先との長期的な信頼関係への甘えと消費者視点の欠落にあるとの解釈も可能である。

③経済社会のデジタル化などの大きな変革期の本質的なインパクトを経営者が認識できていないおそれ

上述のとおり、現在進展するデジタル革新は、類似のモノを作り出す能力が世界各地で高まり、モノに対する相対的価値が低下する中、顧客が求める価値が「モノの所有」から「機能の利用」や「価値の体験」へと移行し、モノだけでなく、モノを利活用したサービス・ソリューション展開が価値獲得の鍵を握り始めている。特に経営資源としての「データ」の重要性は著しく高まっており、世界では多くの企業がデジタル投資に邁進し、バリューチェーン全体の最適化に向けた競争を進めており、一部には、ビジネスモデルの転換にまで踏み込んだ価値創出の動きも見られる。他方、我が国においては、現在の状況を単に2000年前後のITブームの再来と受け止める向きも一部には存在するなど、必ずしも、デジタル化のもたらす本質的な産業構造、社会構造へのインパクトが理解されていないおそれがある。加えて、特に中小企業の場合には、足元での好調な受注などにより、現在起きている抜本的な変化の本質に気づいていない、あるいは気づかずに目を背けてしまう、といった傾向も見られ、このままでは将来の致命傷となりかねない。

④非連続的な変革が必要であることを経営者が認識できていないおそれ

②及び③に述べたとおり、これからの変革は、その性格上、従来の成功体験の延長ではない、非連続の取組が必要となることは論を待たない。当然のことながら、過去にも、周囲にも成功事例が存在するわけでもなく、企業経営としては、自らがリスクを負って判断していかねばならないものではあるが、これまでの体験からか、どうしてもボトムアップ型の企業経営に依存する傾向から脱することができず、現実のアクションに結びつけきれていないことが多い。また、技術革新のスピード、課題の複雑化などが進む中、いわゆる「自前主義」の限界が露呈しており、全てを「競争」領域として捉えることなく、「協調」領域の拡大により、真の「競争」分野への投入リソースの集中を行うことが求められてきている。その意味で、今後、積極的に他者とつながり、価値を高めていく連携構築力こそが期待されるが、この点について、全てに「自前主義」にこだわれば、真の「競争」に参画する機会すら逸しかねない。

景気が回復傾向にあり、業績も好調な企業が多く見られる今こそ、このような危機感を共通認識として持ち、戦後培ってきた日本の強みを上手く活かしつつ、変革につなげていくことが不可欠である。

そのためには、新たな環境変化に対応した付加価値獲得のあり方や、深刻化する人手不足の中での現場力の維持・強化といった経営課題を的確に把握し、経営主導で、先進ツールなどの利活用や変革期に必要となる新たな人材の確保などを通して目の前の経営課題の解決、さらにはあらゆる変革への対応を積極的に進めていくことが求められている。

この第1部では、その実現に向けて、直面している課題、さらには対応の必要性を以下のとおり取り上げる。

第1章では、「我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」として、主要課題となっている「強い現場力の維持・向上(人手不足、品質管理)」及び「付加価値の創出・最大化」について、足元の現状及び傾向を分析。

その上で、人手不足が進む中でデジタル時代に求められる、質の高いデータや属人的な知見をデジタル化・体系化し、組織として資産化する力などの新たな「現場力」としての再構築や、個別現場が主導する部分最適ではないバリューチェーン全体での全体最適化などの必要性を打出し。 また、品質保証体制の強化に向け、うそのつけない仕組みやトレーサビリティ確保などの組織として品質が担保される仕組みの構築などを経営主導で行う必要性を論じる。

さらには、もう一つの大きな課題である付加価値獲得に向け、Connected Industries推進の重要性を、先進事例の取組紹介に加え、共通課題であるサイバーセキュリティ対策やシステム思考の重要性などとともに論じる。

第2章では、「ものづくり人材の確保と育成」として、人材育成の取組の成果の有無と、労働生産性や人材確保との関係性などを分析し、人材育成で成果があがったとする企業においては、

①生産性が向上したとする企業が多い、

②経営層による中長期的な人材育成方針の策定が進み、社内に浸透している企業が多い、

③自社でIT人材を育成する割合が高い、

などの特徴がみられることを指摘し、労働生産性の向上に向けた人材育成の必要性とその推進に向けた施策を論じる。

第3章では、「ものづくりの基盤を支える教育・研究開発」として、Society 5.0の実現に向けた人材育成と研究開発の推進や、人生100年時代に対応する「人づくり革命」に資する人材育成の観点から、

①高度技術人材や優れた若手研究者の育成、

②小学校・中学校・高等学校での理数教育やプログラミング教育による底上げ、

③AI、ビッグデータ、IoT、光・量子技術などの先端的研究開発の推進、

などの必要性を分析し、その推進に向けた施策を論じる。

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