経済産業省
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第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第1節 我が国製造業の足下の状況

7.大規模な変化を乗り越えてきた明治期創業のものづくり企業から得られるヒント

(1)明治期創業のものづくり企業にみる持続性と革新性

前述のとおり、我が国製造業を取り巻く環境は現在大きく変化している。しかし、振り返ってみれば、これまでにも、我が国のものづくり企業は、経済危機、技術革新など、自社だけでは対応できない幾多のマクロ環境の変化にさらされ、多くの困難に直面し、それらを乗り込えてきた歴史がある。

今後も我が国製造業が競争力を維持し、持続的に発展していくためには、こうした過去の大きな変化への対応からもヒントを得つつ、引き続き来たるべき内外の環境変化や潮流などに適応し、これまでに培ってきた強みを生かして新たなものづくりを模索し続けていく必要がある。

そうした中、以下では、今年2018年は明治維新(1868年)から150年を数える年であることから、明治期に創業し、幾多の大きな変化を乗り越えてきたものづくり企業に着目し、その実態や特徴について整理を行い、今後の我が国製造業の持続的発展やイノベーション創出のためのヒントを探る。

①明治期創業のものづくり企業の実態

帝国データバンクの企業概要データベース「COSMOS2」を用い、明治期創業企業の状況を見る。

宗教法人や社団、財団その他の公益法人などを除いた、帝国データバンクのデータベース「COSMOS2」に登録されている134万4,375社のうち、明治期創業企業数は全体の僅か1.5%の1万9,601社である(図117-1)。明治期創業の中で製造業の企業数は全体の23.4%の4,589社であり、卸売業、小売業に次いで多い(図117-2)。

図117-1 創業時期別企業数(全産業)

備考:宗教法人や社団、財団その他の公益法人などを除く

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工

図117-2 明治期創業企業の産業大分類別企業数(全産業)

備考:宗教法人や社団、財団その他の公益法人などを除く

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工

明治期に創業した製造業4,589社について、業種別では「食料品製造業」(1,361社、29.7%)、「飲料・たばこ・飼料製造業」(570社、12.4%)、本格的な工業化が始まった明治期において中心的な役割を果たした「繊維工業」(374社、8.1%)などの業種が多い(図117-3)。

図117-3 明治期創業製造業企業の産業中分類別企業数

備考:宗教法人や社団、財団その他の公益法人などを除く

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工

資本金規模別では、最も多いのが「1千万円以上2千万円未満」(1,781社、38.8%)、次いで「1千万円未満」(821 社、17.9%)、「2千万円以上5千万円未満」(762社、16.6%)となり、合わせて「資本金5千万円未満」企業が全体の 73.3%を占める(図117-4)。

図117-4 明治期創業製造業企業の資本金別企業数

備考:宗教法人や社団、財団その他の公益法人などを除く

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工

従業員規模別では、「従業員5人以下」(1,463社、31.9%)、「6~10人」(735社、16.0%)、「11~20人」(649社、14.1%)の順で多く、合わせて全体の62.0%であり、小規模企業が大半を占める(図117-5)。

図117-5明治期創業製造業企業の従業員規模別企業数

備考:宗教法人や社団、財団その他の公益法人などを除く

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工

明治期に創業した製造業の現在の本社所在地を都道府県別に見ると、最も多いのは東京都の374社で、以下、大阪府(308社)、愛知県(280社)、京都府(204社)、静岡県(188社)と続いており、企業数の多い大都市圏に集中している様子が伺える(図117-6)。

図117-6 明治期創業製造業企業の都道府県別企業数

備考:宗教法人や社団、財団その他の公益法人などを除く

資料:(株)帝国データバンク「COSMOS2企業概要ファイル」再編加工

②長寿企業の特徴

明治期に創業した企業をはじめ、長期に渡り事業を実施してきた長寿企業にはある共通の特徴がある。ここでは、既存文献・調査などから長寿企業の特徴について整理する。

(ア) 変えていないこと、変えたこと

帝国データバンク「”老舗”に関するアンケート」(2008年3月)において、明治45年(1912年)までに創業または設立した企業4,000社を無作為抽出し、アンケート調査を実施している(回答企業数814社)。

本アンケート調査によると、長寿企業がこれまでに変えていないこと、変えたことに関する質問に対して、創業時から変更した(一部、もしくはすべてを変更した)と回答した企業の割合は、「販売方法」が78.7%と最も多く、次いで、「商品/サービス」が72.4%、「主力事業の内容」が56.3%、「製造方法」が55.3%と続き、これらについては半数以上の企業が変更したと回答している。一方、「家訓、社訓、社是等」を創業時から変更したと回答した企業は27.8%と低い結果となっている(図117-7)。

長寿企業は、企業の経営方針の根幹をなし、精神的な拠り所となる「家訓、社訓、社是等」は守りつつも、顧客ニーズや時代の変化に合わせた製品やサービスを提供し続ける中で事業を変化させている。

また、長寿企業はこれまでにも幾多の試練に見舞われてきたが、危機に直面してから変化に対応しようとするのではなく、常に時代の流れを読み、先手を打って次の展開に向けた種まきを行い、変化への対応力を高めているとの指摘もなされている。

図117-7 長寿企業の変えていないこと(もの)、変えたこと(もの)

備考:分析対象814社に占める割合(選択率)

資料:(株)帝国データバンク「”老舗”に関するアンケート」(2008年3月)

(イ) 長寿企業の強みと弱み

また、本アンケート調査によると、長寿企業の考える自社の強みとして、「信用」(73.8%)、「伝統」(52.8%)、「知名度」(50.4%)の回答割合が高い結果となっており、長年の事業活動を通じて形成されたこれらの無形の財産が老舗企業の強みだと認識されている(図117-8)。

図117-8 老舗の強み

備考:1.複数回答 
2.分析対象814社に占める割合(選択率)

資料:㈱帝国データバンク「”老舗”に関するアンケート」(2008年3月)

一方、弱みとしては「保守性」(54.9%)の回答割合が高い結果となっている。これは、強みの裏返しの部分でもあり、老舗企業としての信用や伝統を重んじるあまり、保守的な思考や行動に陥りがちな点は、老舗企業であるが故の負の側面であるといえよう(図117-9)。

図117-9 老舗の弱み

備考:1.複数回答 
2.分析対象814社に占める割合(選択率)

資料:㈱帝国データバンク「”老舗”に関するアンケート」(2008年3月)

(ウ) 長寿企業が今後も生き残るために必要なこと

今後、長寿企業が生き残っていくために必要なものとしては、「信頼の維持、向上」が65.8%で最も回答割合が高く、次いで「進取の気性」(45.5%)という順になっている。 「信頼の維持、向上」と「進取の気性」、つまりは伝統と革新を時代の変化にあわせ、うまくバランスしながら事業を続けていかなければ生き残れないことを長寿企業はこれまでの経験から知っているからこその回答であろう(図117-10)。

図117-10 今後も生き残るために必要なもの

備考:1.複数回答 
2.分析対象814社に占める割合(選択率)

資料:㈱帝国データバンク「”老舗”に関するアンケート」(2008年3月)

(エ) 自社の強みを生かした事業展開

長寿企業の特徴と一つとして時代環境や顧客ニーズの変化に応じて、事業を変化させていることがあげられるが、後述するコラムで紹介した長寿企業においては、コア技術などの自社がこれまで培ってきた強みを生かしながら新製品・サービスを提供することで、新たな顧客価値を提供している点が共通項としてあげられる。事業を変化させることは大きなチャンスであると同時にリスクでもあるが、これまでの長期に渡る事業活動の中で培われた強みを最大限生かすことで、変化に伴うリスクを軽減させ、新たなビジネスチャンスに繋げているものと考えられる。

また、事業展開にあたり、オープン・イノベーションやサービス・イノベーションといったイノベーション創出に向けた取組をこれらの概念が定着する以前から取り組んでいる点も共通点である。

コラム:“楽器の工業製品化”により音楽を日常生活にビルトイン・・・ヤマハ(株)

ヤマハ(株)(本社:静岡県浜松市)は1887(明治20)年創業の世界最大の総合楽器メーカーである。創業以来の主力事業はピアノをはじめとする「楽器」及びそこから派生した「音響機器」、それらを作るために必要な「部品・装置」であり、2017年3月期の売上高比率は、楽器63%、音響機器28%、部品・装置9%である。

創業者山葉寅楠は、もともと時計や医療器械の修理工であったが、その技能を活かして、浜松市内の小学校にあったオルガンの修理を請け負った。このことがきっかけとなり、当時明治政府が学校教育として進めた音楽教育における備品としてのオルガンの需要を見出し、オルガンの製造や学校を対象とした販路開拓などに注力していった。

当時、浜松地域は木材加工と織機の工作技術があり、このような土壌の上に、楽器生産に係る部品・塗装などの関連企業の集積が進み、1900年、我が国初の国産ピアノを完成させた。

国内におけるピアノの生産・販売は急成長したが、海外、特に欧米では当初全く評価されなかった。“ピアノは伝統が作る”というのが、西洋の楽器の評価・考え方であった。同社は、ドイツのベヒシュタイン社から技術者を招聘し技術力を高めると同時に、ピアノの品質を科学的に評価する技術を作り出し、証明していくことで認められてきた。その成果の一つとして、最も権威あるピアノコンクールであるショパン国際コンクールで同社のフルコンサートグランドピアノCFⅡが採択されたことが挙げられる。山葉寅楠が国産化に成功したアコースティックピアノの測定技術をはじめ基礎的な研究開発は今もなお続いている。

世界の楽器メーカーは、単一の楽器の専門メーカーがほとんどであり、いくつもの楽器を1社で生産できる企業は少ない。第4代社長川上源一は1953年の欧米視察を契機に、ピアノやオルガンの電子化の必要性を痛感し、電子オルガンの開発を本格化。1959年にエレクトーンを誕生させると、コア技術である半導体(LSI)についても内製化を実現した。同社事業の強みは、『音』を出すために必要な技術開発に注力し、半導体をはじめとするエレクトロニクスに加え、材料、メカトロ、構造など必要技術の融合を図ってきたことである。また、1954年からスタートした音楽教室事業は、楽器を製造事業とともに文化(サービス)の面からも捉え、生活レベルで浸透させる役割を持った。

同社においてもグローバル化の進展は著しい。国内市場が縮小する中で、海外売上高及び海外生産比率は共に7割前後まで上昇している。100年を超える楽器生産を通した音楽の地域社会への浸透のノウハウは、新興国(マレーシア、ベトナム、インドネシアなど)において展開されており、各国の教育省と連携し、楽器の使い方を教えられる人材の育成を図っている。

図1 山葉寅楠がはじめて修理したオルガン(1887年)

(後年複製されたもの)

図2 HiFiスピーカー「NS-5000」
図3 コンサートグランドピアノ「CFX」

資料:ヤマハ(株)より提供

コラム:他社との連携により新規事業を創出・・・渡辺鉄工(株)

渡辺鉄工(株)(本社:福岡県福岡市博多区)は1886(明治19)年創業の、鋼板処理設備や鉄製自動車用ホイール生産設備などを取り扱うメーカーである。元々は金物の卸売業を営んでいた渡辺藤吉本店の金物製造工場であったが、その後独立した。

創業当時は、英国製の石油発動機や炭鉱機械の取付工事、水揚げポンプの制作・据付工事などを行っていたが、大正時代より海軍水雷兵器指定工場となり、昭和時代に入り海軍の飛行機製造に着手し、下請けから1944年(昭和19年)には哨戒機「東海」を、1945年(昭和20年)には局地戦闘機「震電」を製造している。

戦後は、持っていた旋盤装置が鉄の生産設備や付帯設備に使えることから、八幡製鐵所の指導のもと1962年(昭和37年)に鋼板処理設備(スリッターライン)の製造を開始。その後、1964年(昭和39年)には、鋼板処理設備で培った技術を生かし、自動車用ホイールのコイル材の切断装置(シャーライン)の製造を開始。第一次モータリゼーションの真っただ中で、自動車メーカーのFA化が急速に進んでいた1967年(昭和42年)には、自動車用ホイールの国内主要メーカーであるトピー工業からの技術指導も受け、コイル材の切断以降の工程であるコイリング、溶接、トリミング、成形、組み立て、精度検査に至るまでの全工程を一貫して自動生産する自動車用ホイール生産設備(リムライン)の製造を開始した。以来わが国随一のリムラインメーカーとして、日本の大手自動車車輪メーカーとの取引を通じて、高度な技術ノウハウを蓄積。国内シェアをほぼ独占するとともに、国際マーケットでも大きなシェアを占めるに至っている。

同社の強みは、切断、成形、溶接などの“加工技術”、顧客の困りごとに対しゼロから装置を設計し提案する“構想設計力”、 手作業でミクロン単位の精度を実現する“装置の組立技術”にある。また、顧客が何を求めているのか、顧客ニーズの把握に徹底的に努める姿勢を重視しており、顧客ニーズをベースにしたコンサルティング型の製品開発も大きな特徴である。同社の扱う装置は量産可能な汎用品ではなく、オーダーメイド品に特化しており、長年培ってきた技術力と豊富な現場ノウハウが差別化に繋がっている。

同社はこれまでに、時代環境の変化に合わせ、自社の培ってきた技術・ノウハウと、他者との連携を通じた新たな技術・ノウハウを組み合わせながら新規事業を創出してきた。現在は、国内の多くの中小企業で人手不足が深刻となる中、既存の技術・ノウハウを生かし、九州の中堅中小企業向けに省人化装置の製造に取り組んでいる。きっかけは、渡邉社長が副会長を務める福岡市機械金属工業会の若手メンバーを中心とした新商品研究会「BLABO(ブラボ)」である。ここでは顧客の困りごとを共有し、メンバー同士が各社の強みを持ち寄り連携し新製品開発につなげることを目指している。

事業とは、自分達だけで創るのではなく、顧客がいてこそのものであり、経営環境が変われば顧客のニーズも変わるため、それに合わせた形で企業も変化しないといけない。今後は中堅中小企業も主体的に新たな付加価値を創出していくことが期待される時代であり、同社は引き続き時代の変化に合わせて変革を続けていくことを目指している。

図1 局地戦闘機「震電」
図2 スリッターライン(カッタースタンド)
図3 リムライン(リム成形機)

資料:渡辺鉄工(株)より提供

コラム:ゴムの素材開発力で顧客の課題を解決する・・・(株)右川ゴム製造所

(株)右川ゴム製造所(本社:埼玉県八潮市)は1897年(明治30年)、創業者右川慶治により、東京府葛飾郡隅田村にバルブ、ゴムマリ製造会社として創業。漸次、エボナイト、足袋底、自動車用タイヤに進出した。

戦前から戦後にかけて、児童向けの玩具としてのゴムマリを中心に製造してきたが、1973年(昭和48年)に本社工場を東京都墨田区から現在の埼玉県八潮市に移転したのをきっかけに、押出機を導入し、自動車用のホースやチューブなどの工業用ゴム製品への展開を図った。

昭和の成長期に合わせて工業用ゴムに徐々に特化していくようになったが、バブル崩壊後、国内大手企業の海外進出など環境が大きく変化する中で、国内には高度な技術を必要とする製品の生産しか残らないと考え、OA機器ローラーに使われる導電性スポンジの開発に着手。大手企業で採用され、新たな事業の柱となった。

その後、リーマンショックや東日本大震災を経て、自動車ゴム製品などの大量生産品から少ロット多品種生産品へシフトし、現在は、自動車、OA機器、鉄道、土木、建材、工業用品、住宅設備関連など幅広い産業分野に対し、ゴム部品を提供している。

同社のコア技術は、押出成形によるゴムの成型技術と素材開発力(配合設計技術)にある。特に、ゴムの配合設計技術は長い年月をかけて熟成されていくものであり、企業の歴史があるということは大きなアドバンテージとなる。ゴム部品製造を行う中小企業の多くが成形加工をメインとする中、同社のゴム配合設計技術は製品の差別化の大きなポイントとなっている。この配合設計技術と少ロット多品種生産を組み合わせることで、様々な産業へのゴム部品の提案及び提供が可能となっている。

同社は、顧客ニーズの把握を重視しており、配合設計技術を武器に顧客と一緒に考え、何回もトライ&エラーを繰り返しながら顧客の要望を形にすることに注力している。顧客の課題解決がビジネスに繋がるため、顧客には「ゴムの事なら何でも言ってください」と伝え、自社で対応できなくても、外注・協力メーカーも含めて顧客の課題解決に努めている。また、国内外問わず展示会へも積極的に出展しており、様々な顧客との接点を増やすことで、新たなビジネスに繋げている。

これからも、同社では、これまでに培ってきた強みを生かしながら、世の中の変化や流れに対して常に感度を高く持ち、時代の流れをしっかり捉え、社会に役立つゴム商品を提供することで新たな価値を社会に提供していく。

図1 ゴムまりの製造
図2 自動車部品
図3 OA部品


資料:(株)右川ゴム製造所より提供

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