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政策について
- 製造基盤白書(ものづくり白書)
第1部第1章第2節
- 6.「強い現場」の維持・強化に向けたレジリエンス対応

第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望第2節 人手不足が進む中での生産性向上の実現に向け、「現場力」を再構築する「経営力」の重要性
6.「強い現場」の維持・強化に向けたレジリエンス対応
図126-1 環境変化及び、ものづくり現場が目指す方向性

資料:経済産業省作成
(1)BCP対策の現状
BCP(事業継続計画)とは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のことである。自然災害が多く、サプライチェーンの長い自動車産業などを基幹産業とする我が国のものづくり産業において、BCP対策は必要不可欠なものとなっている。2007年7月の新潟県中越沖地震で自動車エンジンのピストンリングを生産するリケンが被災したことでサプライチェーンが途絶し、大手自動車メーカーの工場が生産休止に追い込まれた。
これを教訓にBCP対策の強化が図られたが、2011年3月の東日本大震災で再びサプライチェーンに深刻な影響が及び、日本のみならず世界が震撼した。リスク分散を目的に複数購買(マルチリソース化)をかけていたはずの部品が、その製造プロセスの過程で結局は特定の部素材に集中購買がかかっており、特に、ファインケミカルを得意とする日本の部素材は世界のサプライチェーンにおいて重要な位置づけを占めていたためである。黒子の存在として日頃は見えにくい日本の部素材の競争優位性が健在化すると同時に、BCP対策を放置すれば供給途絶を懸念する国内外のメーカーの日本の部素材離れが進む恐れがあり、東日本大震災を契機に、サプライチェーンの上流に遡ってBCP対策を講じることの重要性を念頭にBCP対策の強化を図ってきた。
そうした中、昨年12月に経済産業省が実施したアンケート調査においてBCP対策に関して尋ねており、その調査結果などを踏まえ、現在のものづくり企業のBCP対策の現状について概観すると以下のとおりである。
まず、緊急時の対応を想定したBCPや社内規定・マニュアルなどは、全体の3分の1強の企業が策定済みであるが、6割強の企業がまだ対応できておらず、全体の3割の企業は策定も検討も行っていないという実態が浮き彫りとなった(図126-2)。
図126-2 BCPや社内規定・マニュアルなどの整備状況

資料:経済産業省調べ(2017年12月)
特に、大企業では8割の企業が対応済みであるのに対して中小企業は3割強にとどまっており、企業規模による取組程度の差が極めて大きく、サプライチェーンの主流に組み込まれている中小企業のBCP対策の遅れは、我が国のものづくり産業の強い現場の維持を揺るがしかねない看過できない問題といえる(図126-3)。
図126-3 規模別にみたBCPや社内規定・マニュアルなどの整備状況

資料:経済産業省調べ(2017年12月)
さらに、現在策定されているBCPや社内規定・マニュアルなどは、緊急事態発生時からどの段階までを想定しているかについて調べたところ、大企業は「必要な製品の生産活動を再開するまで」と回答している企業が3分の2であるのに対して、中小企業は4割弱にとどまっている。中小企業では「従業員の避難や安否確認など、人命の安全を確保するまで」が7割弱と最も多く、社員の安全を最優先に考えられているものの、本来の目的である事業継続までを対策の範囲に取り込んでいる企業は限定的で、サプライチェーンの一端を担う中小企業のBCP対策などは「質」にも課題が残る結果となっている(図126-4)。
図126-4 BCPや社内規定・マニュアルが想定する範囲(規模別)

資料:経済産業省調べ(2017年12月)
(2)BCP対策に沿った訓練や演習の実施など
また、BCPを策定している、もしくは社内規定やマニュアルなどを整備していると回答した企業のうち、BCPや社内規定・マニュアルなどに沿って定期的に訓練や演習を行っている企業は大企業で5割強、中小企業で4割弱であるが、不定期に行っている企業も含めると約8割は、策定したBCP対策やマニュアルに則り何らかの訓練や演習を行っている。一方で、2割強の企業は計画やマニュアルの策定にとどまっており、緊急時に実際のアクションにつなげられるかどうか不安が残るとも言える(図126-5)。
図126-5 訓練や演習の実施状況(規模別)

資料:経済産業省調べ(2017年12月)
ただし、策定したBCPや社内規定・マニュアルなどの定期的・不定期に見直しを実施している企業は大企業では9割弱、中小企業でも7割強に達し、見直しの検討を予定しているという回答も併せると中小企業でも9割に達している。中小企業のBCPなどへの取組は遅れているものの、取り組んでいる企業の大半は見直しにも前向きに取り組んでおり、中小企業の中でBCP対策への意識の差が開いており、BCPを策定しないことによるリスクを認識していない事業者も多数存在する可能性が示唆された(図126-6)。
図126-6 定期的な見直しの実施状況(規模別)

資料:経済産業省調べ(2017年12月)
なお、訓練や演習を実施したり、BCP対策などの見直しを行ったりすることなどにより、緊急時対応能力は8割弱の企業が東日本大震災前との比較で向上したと認識しており、1年前との比較でも約4割が向上したと認識している(図126-7)。
図126-7 緊急時対応能力の過去と比較

資料:経済産業省調べ(2017年12月)
上述した通り、中小企業のBCP策定の「量」及び「質」向上が課題であるとともに、それ以前の問題として、そもそもBCPを策定しないリスクを十分に認識していない事業者が存在すると考えられる。また、リスクを認識できたとしても、人員や資金などのリソース不足が原因で、BCP策定を自ら実施することが困難であるという課題も存在する。これらの企業ほど、緊急時に大きな影響を被る可能性が高い。そこで、このようなリスク認識が低い中小企業などに気付きを与え、質の高いBCP策定及び策定後の継続的な管理に舵を切るような支援を実施していくことが重要である。
このような中、経済産業省では、中小企業などのリスク認識の向上に向け身近な支援機関などによる働きかけを促進するために、事例の見える化やガイドブックの策定などの取組を実施している。
また、BCP策定は、過去の災害時などに部品供給が滞ったために生産停止を余儀なくされた例も踏まえると、個社ごとの取組に加え、サプライチェーンにわたる取組が重要である。東日本大震災以降、サプライチェーンの上流側の企業は、下流のサプライヤーに対し、BCPの必要性を周知するなどサプライチェーン全体にわたる事業継続能力の強化を進めているが、取引先の取引先とのコミュニケーションには限界があることや直接の取引関係がないことなどから、未だにその存在や重要性を把握できていない企業が存在していると考えられる。また、その存在や重要性を把握できているサプライヤー企業についても、直接取引のないサプライチェーンの先の企業の場合は、直接BCP策定などの指導を行えるケースは限定的となっており、思わぬところで供給が途絶するなどの見えないリスクは引き続き潜在している。自然災害、産業事故やサイバー攻撃などにより、発生した被害の状況を踏まえて、迅速な復旧が図られるためには、中堅・中小企業を含め、実効的なBCPを普及させることが重要となっている。
このような課題を解決すべく、経済産業省では、製造業のサプライチェーンに関連する企業を対象として、地方の工業団地などに専門家を派遣し、中小企業などのBCP策定を支援する小規模なワークショップを開催することとしている。特に、①地方の中堅・中小企業が参加できるよう、全国大かつ少人数単位できめ細かに実施するとともに、②開催地や業種選定に当たり、サプライチェーンの上位メーカー/団体と連携し実施する予定である。
さらに、中小企業には、コスト面や人手面からBCP策定のハードルが存在する中で、BCP自体は緊急時のみならず平時にも有効であることを認識する必要がある。特に、事業承継などが深刻化している中小企業においては、BCP策定を社全体で進めることで、平時の自社業務の見える化やそれに基づいた事業活動の改善、事業承継などにも有効となる。加えて、当然のことながら、顧客への信頼確保という観点でも、BCP策定は重要な役割を果たす。このような平時にも有効なBCP策定を心がけていくことがBCP策定の効果をあげることになり、引いては策定率やその質の向上にも資することとなる。
なお、昨年12月に経済産業省が実施したアンケート調査結果のクロス分析を行うと、デジタルツールの利用度合いが高い企業ほど、BCP策定や、社内規定・マニュアルなどを整備している傾向が認められ、BCP対策にも取り組んでいることがうかがえる(図126-8)。
図126-8 BCPや社内規定・マニュアルなどの整備状況

資料:経済産業省調べ(2017年12月)
1年前と比べた緊急時の対応力も上がっている傾向にある。調達や生産にかかるデータの整備や利活用が在庫管理などにも有効活用でき、サプライチェーンの効率化、ひいてはBCP対策にもプラスのメリットをもたらしている可能性がある(図126-9)。
図126-9 1年前と比べた緊急時の対応力

資料:経済産業省調べ(2017年12月)