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第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第2節 人手不足が進む中での生産性向上の実現に向け、「現場力」を再構築する「経営力」の重要性

5.人手不足・デジタル革新が進む中での品質管理の在り方

第1節においても記述のとおり、昨年末に経済産業省にてアンケート調査を実施し、「製造の現場力の強み」及び「製造の現場力の維持・向上に関する課題」を尋ねたところ、昨年10月以降、製造業における製品検査データの書換えなどの不正事案が相次いだにもかかわらず、「品質管理」を「現場力の強み」と回答する企業が多かった((再掲)114-16)。その一方、「製造の現場力の維持・向上に関する課題」として、「品質管理」を課題として捉えている企業は、2016年末に類似の質問を実施した際の結果と比べて増加しており、上位の回答となっている((再掲)図114-17)。そこで、以下では、我が国製造業における品質保証体制に関わる一連の事案とその強化に向けた対応策を概観する。

(再掲)図114-16 製造の現場力の強み

資料:経済産業省調べ(2017年12月)

(再掲)図114-17 製造の現場力の維持・向上に関する課題

資料:経済産業省調べ(2017年12月)

(1)我が国製造業の品質管理上の問題の顕在化

冒頭の「総論」でも述べた通り、我が国製造業は、TQC(Total Quality Control)に代表される徹底したカイゼンや擦り合わせ活動を通じて、顧客ニーズに即した高品質な製品を追求してきた。このような現場の努力の下で、世界からも、日本の製品は非常に高品質であるとして、強い支持・評価を受けてきた。引き続き、多くの日本企業の製品は、世界で高い信頼を得ているところではあるが、現場を支える技能人材などの人手不足や第四次産業革命の進展などによって、我が国製造業を取り巻く環境変化が顕在化する中で、品質管理を含めたものづくりの在り方そのものも変化しつつある。

このような背景の中で、2017年10月以降、多くの製造業が現場力の強みとして認識している「品質管理」の分野において、製品検査データの書換えなどの不正事案が複数発覚した。このような事案の発生にあたっては、第1に、供給先も含めた当事者における安全性検証が最優先課題であり、早急な対応が求められる。その上で、今回の一連の事案を踏まえ、産業界は、品質保証体制の強化が、企業の競争力に直結する経営問題であることを強く認識する必要がある。さらに、今回の一連の事案は、サプライチェーンの存在などを考慮すれば、日本の産業界全体の競争力にも影響を及ぼしかねない事態であり、産業界自身が、これらの事実を再認識する契機と捉え、今後の具体的なアクションに結び付けていくことが必要である。今後、企業がいかに信頼性の高い品質保証体制の構築に向けて取り組むか、経営トップの強いリーダーシップが求められている。

(2)品質保証体制の強化に向けた対応策

上記の問題意識の下、経済産業省は、品質保証体制の強化に向けた産業界による具体的なアクションを多面的に後押しすべく、2017年12月に「製造業の品質保証体制の強化に向けて」を公表した(図125-1)。

図125-1 製造業の品質保証体制の強化に向けて(2017年12月22日公表)

資料:経済産業省作成

以下では、官民による製造業の品質保証体制の強化に向けた対応策である、「製造業の品質保証体制の強化に向けて」の中で言及されている、①民間主導による自主点検の徹底、②Connected Industriesの推進による品質確保の仕組みの構築、③ガバナンスの実効性向上など(品質担当役員の設置などの企業の取組、CGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)における検討、JIS法の改正)の3点について、具体的な取組事例や経済産業省が実施している取組も交えながら論じる。

①民間主導による自主点検の徹底

2017年10月以降の一連の事案発覚後、民間主導による自主検査を徹底する動きとして、経団連が、2017年12月、「品質管理に関わる不適切な事案への対応について」を公表し、「品質管理に関わる不適切な事案が続いていることは極めて遺憾であり、わが国企業に対する国際社会及び国民からの信用・信頼を損ないかねない重大な事態である」と受け止めた上で、会員企業及び団体に対し、品質管理に関わる不正・不適切な行為がないか、関連会社・傘下企業を含めた自主的調査と法令・契約遵守の徹底、実効ある不正防止策の実施を呼びかけた。その上で、法令違反などの行為が確認された場合の速やかな公表、関係省庁などへの報告、経営トップ自らが率先して問題解決及び原因究明に取り組むことを求めた。さらに、今後産業界には、当事者である各個社が公表した報告書を、産業界の中で共有を図ることが求められる。

また、日本アルミニウム協会、日本伸銅協会、日本ゴム工業会、日本化学繊維協会がそれぞれ、29年度末までに品質に関するガイドラインを策定・公表した。このガイドラインには、主に①品質保証のマネジメント強化(品質担当役員の設置、品質保証部門の独立性担保、現場と経営層での品質管理に関する課題共有体制の構築など)、②顧客との取り決め内容の明確化や自社の品質・技術レベルとの整合性確保、③人の手の介在しない検査・記録システム構築の推進、品質データの共有化の検討、などが盛り込まれている。

②Connected Industriesの推進による品質確保の仕組みの構築

品質保証体制を強化していくにあたっては、デジタル技術の積極的な導入や品質データの共有など、ウソのつけない仕組みを構築することが重要であり、昨年10月以降に発覚した一連の事案も、このような取組を行っていれば、未然に防止することができた面もあると考えられる。具体的には、例えば、ロボット、IoT、AIなどを活用した、検査結果のデータ化・見える化などを含めた検査工程の自動化が対応策の1つとして考えられる。

また、今回のような品質管理に関わる事案や品質欠陥が生じた場合に、紙管理に比べて迅速なトレーサビリティ管理を実現し、リコールなどの被害を迅速かつ最小限にとどめるようにするために、個別の製品に紐づいた各種データをもとにその原因の特定を実施できるようなトレーサビリティシステムを導入・構築することも有効な対応策となってくる。

このような取組の足下での進捗として、昨年末に実施したアンケート調査において、各企業における足下の取組状況を尋ねると、出荷前検査状況のデータ化・検査工程の自動化などにすでに取り組んでいる企業は製造業全体の1割弱にとどまる一方で、約半数の企業が「可能であれば実施したい」と回答しており、まだ全体として導入が進んでいないが、多くの企業がニーズを持っているということがうかがえる(図125-2)。企業においては、経営者主導による実際のアクションが求められている。

図125-2 出荷前検査状況のデータ化・検査工程の自動化などの状況

資料:経済産業省調べ(2017年12月)

企業におけるアクションと並行して、経済産業省としても新たな人手不足・デジタル時代に対応した品質管理体制の強化を促していくために、未だ数は少ないが、デジタル技術などを利用した国内の先進事例を経営者などに対して積極的に共有し、取組の横展開を図っていくことが有益であると考えられる。そこで、以下では、(ア)製品出荷前検査状況のデータ化なども含めた検査工程の自動化などを柱とした、人の手を介さないウソのつけない仕組みの導入、(イ)製品の個体管理によるトレーサビリティの導入、(ウ)品質データなどのサプライチェーン間での共有などについて先進事例を概観する。

(ア)検査工程の自動化などによる、ウソのつけない仕組みの導入

まず始めに、検査データの自動生成・自動記録化なども含めた検査工程の自動化などに関する取組事例を紹介する。検査工程は、延々と同じ作業の繰り返しとなることが多いため、人が作業を行う場合には大きな身体的な負担となりがちであるとともに、人が行うことに伴う検査漏れなどのミスや不正が発生してしまう可能性が潜在的に存在する。また、検査員不足や検査技能の承継問題などに加えて、そもそも人による検査作業品質にはばらつきが存在するため、製品の品質が定まらないという問題も存在する。そうした検査工程を試験検査の実施から結果報告までの各プロセスにおいて自動化することで、人為的なミスや不正を排除することも可能となる。また、負担感の強い単純作業の繰り返しから従業員を解放することにより、より付加価値の高い仕事へ労働力をシフトすることが可能となる。このようなデジタル技術を活用した検査工程の自動化の事例が広がっていくことが期待される。

コラム:素材産業における検査工程の自動化の取組・・・JFEスチール(株)

素材業界を中心に今回の一連の事案が生じる中、同社では、品質保証体制の強化のため、一般社団法人日本鉄鋼連盟が加盟会社に対して発信している「品質保証体制強化に向けたガイドライン(通称:鉄連ガイドライン)」に沿った活動を従来より展開している。その中でも、試験検査データの信頼性向上については、試験検査の実施から結果報告までの各プロセスにおける自動化を推し進め、人が介在する余地を減らしていくことに取り組んでいる。

具体的には、同社では、試験検査のプロセスを以下の7つに区分し、それぞれのプロセスが現状において自動なのか手動なのかを把握し、自動化の可能性を順次検討している。(〇:自動、×:手動)

①試験指示
(〇試験条件を自動設定、×試験条件を人が設定)

②試験片照合
(〇試験指示と試験片の照合が自動、×試験片の照合を人が実施)

③試験・測定
(〇試験機器が自動で測定、×人間が値を読み取り)

④結果の伝送
(〇測定データを自動でデータベースに伝送、×手動インプットなど)

⑤記録・保管
(〇測定データをデータベースに記録・保管、×記録・保管がない、もしくは紙での記録)

⑥合否判定
(〇システムで合否を自動判定、×人間が合否を判定)

⑦ミルシートなどへの記載
(〇データベースから直接測定値が記載される、×手入力で測定値を記載)

同社は、まず③~⑦が手動になっている場合は改ざんの余地が残されていることから、これが全部〇の場合を「自動化A」と定義し、追加して①~②が主に間違い防止という観点で自動化が必要ということで、①~⑦が全部〇の場合を「自動化B」と定義した。

改善の優先順位としてまずは「自動化A」を達成し、次に「自動化B」を達成させるというものである。

同社には全国6地区(千葉・京浜・倉敷・福山・知多・仙台)の製造拠点があり、それぞれの地区で試験検査を実施している。昨年、各地区で行われている試験検査の自動化状況を調査し、とりまとめを実施した。

代表的な試験検査として、溶鋼分析と引張試験があるが、これらの自動化率(自動化A)は、溶鋼分析がほぼ100%、引張試験が90%以上であった。溶鋼分析は特殊な分析で手動のものがあり、引張試験では一部の地区や一部の品種・サイズで手動のものがあった。

また、上記2つの試験検査以外にも多種多様の試験検査を実施しており、それらの中には手動のプロセスがあるもの、人の目視で判定するなどの測定原理自体自動化することが難しいものなど、様々であった。

同社は、今後も、これらの手動プロセスが含まれる試験検査に関して、測定頻度や改ざん・間違いリスクなどを勘案しながら、優先順位をつけて引き続き自動化を推進していくという。また、手動が残るものでも、測定データの記録・保管、再試験などで測定データを変更する際の履歴の保存などによって、試験検査データの信頼性の向上を図っていく。さらに、従来自動化が難しいとされている試験検査に関しても、IT技術・データサイエンスなどを活用して自動化を検討していくこととしている。

コラム:AIを活用した人と機械の“協働”による活人化・・・キユーピー(株)

キユーピー(株)では創始者から受け継がれた「良い商品は良い原料からしか生まれない」という考えを大切にし、原料の品質保証のため、厳密な原料検査を行っている。しかし、仕様スペックが決まっている工業製品と異なり、個体ごとの揺らぎの大きい食品原料の世界では、良品・不良品の検査・仕分けを人力に頼らざるを得ず、現場に大きな負担がかかっていた。原料検査は簡単な作業ではなく、かなりの集中力を要する上、ある程度の経験を積まないと検品作業をスピーディーにすることは難しい。経験が浅い者が熟練者と同じ作業をできるようになるまでには時間を要し、人材確保の点においても難しい状況に置かれている。“非常に高い集中力と熟練を要する原料検査の大変な作業をなんとか機械化できないか”と同社はグループをあげて長年取り組んでいるものの難しい課題であった。同社は多くの原料メーカーと取引しているが、原料サプライヤーも同様の課題を抱えており、需要があっても人手確保が追いつかないため生産量を上げることができないでいた。ヨーロッパ製で1台数千万円もする大型の検査装置はあるが、コストもスペースもかかる上に取りこぼしがあり、装置を入れても、なお多くの人手が必要という状態にあった。

そこで、画像認識技術が発達しているAIを活用できないかと考えた。AIの活用は大きなチャレンジだったが、「創意工夫」を理念に掲げる同社には「挑戦することを良しとする」社風があったことで、経営陣の理解やバックアップが得られ、1年半を経て試作機の現場実証検証までこぎ着けた。同社はAIを活用するところに軸足を置いているため、AIのコアなところは協業しようと考え、オープンイノベーションを前提に数多くの関係者と意見交換を行った。その結果、画像処理では米大手IT企業のプラットフォームの活用を決め、同企業及びパートナー企業と協業することとした。オープンなプラットフォームのため論文発表されているアルゴリズムも多く、スピード感をもって開発するには適していた。最初はAIに学習させ、良品か不良品か判断するよう設計したが、これではうまくいかなかった。そこで、良品の特長だけを学習し、そうでないものを弾くという発想の転換を行い、「異常検知」というアプローチを採用したことで識別率が飛躍的に伸びた。

同社では原料検査の全てをデジタル化しているわけではなく、検査の最終工程には人が入って確認をしている。ただ、前工程にAI検査装置を導入することで、従来の2倍の速度で原料検査のラインを動かすことができるようになり、高度な検品チェックも可能となってきた。ラインオペレーター(作業が中心のワーカー)からラインマネージャー(生産価値を考えるクリエーター)へと“活人化”を図ることで、働き方変革にもつなげていくことを目指している。

同社が目指す“活人化”とは現場力を高めることでもある。AIにどのようなデータをインプットすべきか、AIの精度を上げるためのベストな照明条件はどうあるべきか、最適なカメラの各種設定はどうあるべきか、といった設備の操作性、安全性、サニタイズ性(ラインの洗浄など)をシステムとして最適化するのは、AI自身でなく現場力であり、その原動力は、現場の各人がもっている「志(こころざし)」だと考えている。現場力×AIの新結合で現場力を向上させることを目的として、同社はすべての現場のプロセスに「×AI」の可能性を考えている。

現在、同社と同様の悩みをもつ原料サプライヤーや製造メーカーは多い。開発したAI検査装置は、まずはグループ内の工場や原料メーカーでの使用を考えているが、この「安全・安心・高品質」に貢献する技術を必要とする国内外の事業者へ提供することを目指して更なるブラッシュアップに取り組んでいる。

図1 生産ラインにAI原料検査装置を導入(実証試験運転中)
図2 不良の排除ではなく“良品”を選別

出所:キユーピー(株)から提供

コラム:中小企業における検査自動化・IoT化への取組・・・(株)ヒロテック

自動車部品などの生産を行う(株)ヒロテック(広島県広島市)は、製品生産に関する技術を研究開発するため、生産技術研究所を設立。少子高齢化や経済環境の変化を背景に、「不良品流出ゼロ」「止まらない」「変種変量生産に強い」「グローバル規模での経営資源の最適化」が可能なスマートファクトリーとして、“24時間365日無人稼働”することができる工場を目指している。その中の一つとして人による作業・判断を要する部品セット工程や検査工程の自動化を進めている。ここでは自動車用マフラーの検査工程自動化への取組を紹介する。

自動車用マフラーの検査工程では、溶接外観、刻印、寸法計測など様々なチェックを行っている。このような人による検査を、ロボットを活用して自動化するに当たり、色合いや文字を認識することが得意なカメラと、長さ・高さの計測が得意なレーザーセンサー、そしてロボットの位置情報と組み合わせて空間位置計測を行うための力覚センサーを搭載することで、多種の検査を可能とした。人に頼った検査による見落としや検査作業のばらつきを防ぐとともに、繰り返し作業による疲労から従業員を解放するため、現在は更なる検査精度の向上に取り組んでいる。

また、IoTにより蓄積しているカメラやセンサーの検査データを活用することで、生産結果の把握や分析につなげている。製造番号ごとに検査結果を蓄積するだけでなく、時系列に蓄積した検査データを活用することで、加工結果の細かな傾向分析も可能となった。

現在は、自社工場の自動化で培った技術やノウハウを活かし、他社からの依頼に応じて、検査などの生産工程の自動化システムの開発にも取り組んでいる。

図1 要素技術の開発とシステムの構築
図2 検査データの見える化

資料:(株)ヒロテックより提供

(イ)製品の個体管理によるトレーサビリティシステムの導入

次に、RFIDや画像認識技術などを活用した、一貫した個体管理システム導入によるトレーサビリティ管理の実現の事例を紹介する。従前の製造現場におけるトレーサビリティは、紙管理で行われていたり、品質情報をデジタル管理できていたとしても工程レベルやロット単位でのトレーサビリティが主流であった。しかし、RFIDやバーコード、画像認識技術などのデジタル技術の発展によって、現場作業員の挙動も含めて製品一つ一つの個体情報(製造年月日、設備稼働データ、製造工程の進捗、各工程における各種パラメーター情報、担当作業員の挙動データ、品質データなど)を収集・管理することが可能となってきている。このような個体管理のトレーサビリティシステムを導入することで、何らか製品に不具合が発生した際の原因究明を迅速に、かつ損失を最小限に行うことが可能になる。さらに、トレーサビリティシステムはリコールなどの有事にしか役に立たないわけではなく、平時でも役に立つ点を認識することが重要である。各種パラメーターなどの情報を大量に蓄積することで、不良品が発生する際の共通点などを見出すことができ、製品や製造プロセスの改良、ひいては不良率の低減にもつなげることも期待できる。上述のようなデジタル時代におけるトレーサビリティを実現させることによって、不正や品質欠陥によるリコール対応などのために企業が自社の責任を明確化していくとともに、不良率の低減による生産性向上などにつなげることで、自社の競争力を高めていく観点も求められている(図125-3)。

図125-3 製品の個体管理によるトレーサビリティシステムのイメージ

資料:日本電気(株)協力のもと経済産業省作成

コラム:トレーサビリティシステムによる品質保証・・・(株)アーレスティ

(株)アーレスティ(愛知県豊橋市)はダイカスト(金型に溶融した金属を高速、高圧で充填することにより高精度の鋳物を短時間に大量に生産する鋳造方式)メーカーで、二次合金(アルミ合金)を用いて自動車のエンジン部品やトランスミッション部品などをメインに製造しているが、同社の東松山工場では足回りに特化した部品の製造を行っている。足回り部品は走行安定性や走り心地にも影響するため、重要保安部品として強度、剛性、耐食性、高い内部品質などが求められる。通常のアルミダイカスト製法では足回り品の要求値を満たすことができなかったが、NI法(New) Injection Casting)という画期的な独自の鋳造法を開発し、強度と靱性を満足する軽い製品の製造が可能となった。2008年より、東松山工場はNI法に特化した量産工場として操業している。

同社は東松山工場のNI法専用工場化を機に、既に自動化されていた刻印、鋳造データ記録に品質情報も加えたトレーサビリティシステムの導入に踏み切った。具体的には、鋳造工程において製品ごとにレーザーで二次元コードと個体識別番号を刻印し、「いつどの鋳造機、金型で作られたか」を判別できるようにした。製造するときの鋳造機のパラメーターが自動的に保存され、個体識別番号と紐づけされるため、製品ごとに鋳造条件を確認することもできる。さらに、工程ごと(鋳造→バリ取り→熱処理→蛍光探傷→X線→加工→検査工程)に個体識別番号を読み取るので、「工程飛ばし」や「不良品混入」を避けることが可能となる。つまり、このトレーサビリティシステムにより、鋳造データ(金型温度、加圧波形など)と各工程における品質データが製品個別に確認でき、検査工程で発見された不良品と紐づけることで、製造プロセスが正しかったのかどうかを振り返ることが可能となる。万一、不良品が出た場合、2時間以内に問題のあるロットがどこで発生したのかを遡って特定できる仕組みとなっている。

同社が導入しているトレーサビリティシステムそのものは決して特別なものではないが、同社はトレーサビリティの結果と鋳造条件を紐づけて設計や製造の現場にフィードバックし、良品をつくるためにはどうするか、どういう条件にすれば不良を出さないかといった具合に、不良品の低減に結びつけている。また、重要保安部品であるが故に、50~100ppmというごく稀に発生する不良のために人手をかけて全数X線検査を行っていたが、良品・不良品の自動判別が可能となり、不良品の恐れのあるものだけを検査工程に回すようになった。

工程で品質を作り込むという「工程保証」の考え方の下、“良品しかつくれない工程”を実現するには、日々蓄積されるデータを分析し、必要に応じて工程を変えていく必要があるため、現場の理解と協力が不可欠となる。そのため、同社はトレーサビリティの構築・実施に当たり、品質管理部門と製造部門が連携して取り組んでいる。

図1 トレーサビリティシステムを導入している東松山工場
図2 二次元バーコード読み取りの様子

資料:(株)アーレスティより提供

(ウ)品質データなどのサプライチェーン間での共有

さらに、品質データなどをサプライチェーン上での協調領域データとなり得るものと位置付けてサプライヤー間で共有することで、一連の不正事案の防止やサプライチェーン全体での生産性の向上などを図っていく取組も有効であると考えられ、取組の加速化が求められている。この点、日本国内での取組はまだほとんど取組例が存在しないと考えられるが、海外では、第3節におけるコラムでも紹介している通り、イスラエルのOptimal、Plus社のデータ連携の仕組みを活用して、ヨーロッパの自動車業界のTier1企業とその上流のサプライヤー企業が品質データの共有及びそれによるトレーサビリティを実現しているなど、サードパーティのサービスを利用したデータ共有の取組も進んできている。

コラム:トレーサビリティシステムによる品質と商品力の向上・・・ジヤトコ(株)

自動車用オートマチックトランスミッションの専門メーカーであるジヤトコ(株)(静岡県富士市)は、エンドユーザーである顧客の期待値の実現方策の一つとしてトレーサビリティの確保を進めている。ここでの期待値とは、商品を所有する際の「安心感」「不満がない」「すぐ直る」などや、車に乗った際の「加速感」「スムーズ感」「燃費」などといった要素がある。この「当たり前品質の実現」と「商品の魅力の向上」という、大きく2つの目的からトレーサビリティを実施している。

当たり前品質では、例えば万一不良が発生した際には顧客へ迷惑をかけないようにしなければならない。そのため、同社が自動車メーカーに納めるCVT(無段変速機)には固有の製造番号が付与され、さらにCVTを構成する内製部品にはID番号や2Dコードを刻印したりすることで、必要に応じて数百項目にのぼる製造データと紐づけてトラッキングできるようにしている。同様に、サプライヤーから調達した部品もID番号を管理することで、必要に応じて調達先での製造データまで紐づけて分析できる。自動車メーカーやサプライヤーとトレーサビリティに必要な一部データを相互共有することで、すべてのプロセスにおける製造データのトレースが可能となっている。

一方、商品の魅力を高めるため、製品(自動車)が顧客の手に渡った後も、SNSの投稿をモニタリングしたり、第三者機関による評価を受けたり、購入してくれたユーザーの意見を直接聞くなどして顧客の声を分析して製品づくりにフィードバックしている。このようなことを情報のサイクルとして回しており、同社は品質管理のみならず、リアルタイムで顧客の期待値を捉える手段としてトレーサビリティを重視している。特に、加速感 スムーズ感、燃費といったニーズには地域性があるため、将来的には顧客からの期待値と収集したデータをビッグデータ解析することで、地域に最適なCVTを提案することも可能になる。トレーサビリティシステムは、ビッグデータ解析による商品力の向上にも有効な手段となり得る。

図1 ジヤトコのトレーサビリティシステム
図2 2Dコードによるトラッキング

出所:ジヤトコ(株)より提供

このような自動化システムやトレーサビリティシステムを導入していくにあたっては、一定の設備投資が必要となり、導入コストが企業にとって大きな負担となる可能性がある。また、サプライチェーン間での品質データなどの共有に関しては、協調領域と競争領域を峻別することが必要不可欠であり、今まで我が国製造業においてなかなか取組が進んでこなかったところでもある。そこで、このような民間の動きを経済産業省としても後押しをしていくべく、業界内やサプライチェーン間などにおけるデータ共有などを通じた品質保証・向上に向けた取組への支援や、一定のサイバーセキュリティ対策が講じられたシステムやセンサー・ロボットなどの導入により企業内外でのデータ連携・利活用を図り生産性向上を図る取組への税制面からの支援を実施していくこととしている。これらの支援策をうまく活用して、企業が取組を一層推進していくことが期待される(図125-4)。

図125-4 IoT投資の抜本強化(コネクテッド・インダストリーズ税制の創設)

資料:経済産業省作成

③ガバナンスの実効性向上など

(ア)品質担当役員の設置などの企業の取組

品質保証体制の強化にあたっては、Connected Industriesの推進による現場の仕組みづくりと同時に、経営層が品質管理に対する意識を強く持ち、その意識を現場に浸透させようと不断に努めることが重要である。会社全体としてのリソース配分や、事業を行う上での優先順位の決定を行うのは経営層であり、経営層が現場に任せきりとせず、経営層による品質管理上の方針の明示や意志決定や正しい状況の把握があった上で、厳しい納期やコスト競争にさらされる現場において、初めて万全の体制を整えることができると言えよう。

現場での取組だけではなく、ガバナンスの観点から組織として品質が担保される仕組みを経営者主導で構築することが重要であり、以下では、コマツにおける経営主導によるガバナンス強化の実施例について紹介する。

コラム:経営主導によるガバナンス強化の実施例・・・コマツ

日本の品質管理を主導してきた一般財団法人 日本科学技術連盟の会長も務めるコマツの坂根正弘相談役は、品質問題の原因をトップの意識不足にあると考える。かつては各社がそれぞれ異なる得意な分野に注力して研究を行い、多くのプレイヤーが切磋琢磨していたが、今の日本企業は総花主義的となり、同じような製品・サービスばかりで消耗戦となってしまっている。結果、「貧すれば鈍する」状態となり、グローバル競争の消耗戦の中で、経営トップの品質に対する関心が薄らいでいるのではないかという。

品質問題に取り組むにあたっては、どれだけトップが品質に関心を持っているかを、いかに現場に見せるかが重要だと考える。社長が工場を回るだけでも決定的に変わってくるという。

同社の具体的な取組として、大橋徹二代表取締役社長兼CEOは、年2回、同社の世界中の事業所を巡回して、できる限り多くの社員と直接コミュニケーションを行うミーティングの場を設けている。その場において、同氏は自身の優先順位として、「SLQDC」という言葉を必ず社員に伝えている。「SLQDC」とは、それぞれ、安全・健康(Safety)、法律遵守(Law)、品質(Quality)、納期(Delivery)、そして最後にコスト(Cost)を表す。同社は品質と信頼性による企業価値の最大化を掲げる中で、コストよりも安全、法の遵守や品質が優先だということを、経営トップが自ら現場の社員に直接伝え続けている。現場の社員が「社長はコストのことしか言わない」と考えてしまったら、品質は疎かになる。逆に言うと、トップに危機意識とリーダーシップさえあれば、品質に対する意識も変えることができると考える。

また、坂根相談役は、昨今、多くの企業が取締役会をスリム化し、社外取締役の比率が増え、品質担当役員が取締役会のメンバーでない企業が増えていることを危惧している。取締役会で品質について一切触れられることがなくなれば、社長の品質に対する問題意識がどんどん薄らいでいってしまう可能性があるためだ。そのため、日本科学技術連盟会長の立場で、同連盟の中に品質経営懇話会を設立し、経営と品質に関する議論の場を設けた。品質担当役員を育成・拡大するとともに、各企業での品質意識を高揚する場としていきたいと考えている。

坂根相談役は、多くの製造業の場合、日本でのものづくりの競争力を失ったわけではないと考えている。ITの仕組の自前主義など、間接業務の非効率な部分の改革と余分なコストを取り除いた上で、事業の選択と集中を徹底して固定費を改革し、ビジネスモデルで先行して現場力勝負に持ち込めば競争に勝つことができるはずだと信じている。

(イ)CGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)における検討

一連の我が国製造業での不適切事案における各企業の報告書においても、その原因として経営陣のガバナンス能力の欠如などが挙がっていた通り、コーポレート・ガバナンスを強化していく取組はこのような不適切事案を防いでいくためにも必要不可欠である。経済産業省では、2016年7月より、コーポレート・ガバナンス・システム研究会(CGS研究会)を開催し、取締役会の経営機能・監督機能の強化など、コーポレートガバナンスの実効性向上に向けた取組を後押しするための検討を行い、コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針として、「CGSガイドライン」を策定した。

コーポレート・ガバナンス改革を巡る従来の議論は、取締役会など法人単位の仕組みを基本としていることが多いが、多くの企業ではグループ単位で経営が行われているのが実態であり、企業グループ全体としての価値向上を図るためには、法人単位のガバナンスに加え、企業グループ単位でのガバナンスの在り方について整理する必要がある。

さらに、昨今、経済のグローバル化や第四次産業革命が進み、市場環境の変化や技術革新のスピードが速まる中で、中長期的な企業価値向上を図るためには、グループ全体としての経営戦略を描き、限られた経営資源を適切に配分する事業ポートフォリオマネジメントを積極的に行うことがこれまで以上に重要となっている。

このような問題意識に基づき、企業グループとしての価値向上を図る観点から、国内外の子会社を含めたグループ経営において「守り」と「攻め」の両面でいかにガバナンスを働かせるか、また、グループを構成する事業ポートフォリオを最適化するための組換えをいかに機動的に行うかといった「グループガバナンス」の在り方やベストプラクティスなどについて検討するため、2017年12月よりCGS研究会(第2期)を開催している。

顧客や社会からの信頼獲得は会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上の基盤となるものであり、企業経営のコンプライアンスを高めていくことは、コーポレートガバナンスの一要素として重要である。昨年より我が国製造業において一連の不祥事があったことも踏まえ、同研究会ではコンプライアンス強化など「守り」の観点も含め検討を進めており、今後、2018年度内を目途に報告書をとりまとめる予定である。

(ウ)JIS法の改正

日本では、1949年に、鉱工業品の生産合理化などを目的とする「工業標準化法」が施行され、日本工業規格(JIS)制度及びJISへの適合性を評価して証明する適合性評価制度(JISマーク表示制度)が創設された。

JISマーク表示制度は、国により登録された民間の第三者機関(登録認証機関)から認証を受けることによって、JISマークを表示することができる制度となっている。認証に際しては、製品のサンプリングによる製品試験と、品質管理体制を審査することになっている。また、認証を受けずにJISマークを表示した者などに対しては罰則を設けており、さらに、JISマークを表示した製品がJISで求める品質を満たさない場合は、登録認証機関が是正を求めることができるなど、JISマークの信頼性を確保してきた。このように信頼性が担保されたJISマーク表示制度により、企業間の商取引の単純化のほか、製品の互換性、安全・安心の確保及び公共調達などに大きく寄与している。

そのような中で、今回の国内素材メーカーの一連の不適切事案の一部の企業では、不適切な品質管理体制や規格値を満たさないJISマーク製品の出荷が認められ、登録認証機関によるJISマーク認証の取消しが行われた。

認証取消し事案を踏まえ、JISマークを用いた企業間取引の信頼性確保を図るため、工業標準化法を改正し、認証を受けずにJISマークを表示した法人及び認証を受けた法人であって、主務大臣による報告徴収及び立入検査に基づく表示の除去・抹消又は販売・提供停止命令に違反したものに対する罰金刑の上限を、現行の100万円から1億円に引き上げる予定としている。

また、これまでISO9000などの品質マネジメントシステムについては、工業標準化法に基づき鉱工業品の生産方法に係るものとして国際整合がとれたJISを制定し、製造業の品質管理体制の証明などに貢献してきた。一連の我が国製造業での不適切事案ではガバナンスの欠如などが指摘されている。加えて、近年、ISOでは組織ガバナンスに関する規格などが検討されるなど、鉱工業品に寄らない組織における一般的な行動規範などへの対応をする必要が生じていた。一方で現行の工業標準化法では、組織における一般的な行動規範などJISを策定するのが困難であったことから、同法の改正により、JIS制定の対象範囲を、「経営管理分野」を含め、データ、サービス分野などに広げる予定としており、製造業全体の信頼性向上に資するJISの制定が期待される。

(エ)その他(設計段階での品質管理の重要性)

なお、製造現場における品質管理は、生産プロセスにおける1つのプロセスとして位置づけられるが、実際には、製造段階の手前の製品設計段階の影響を強く受ける。品質管理に関する製造現場への落とし込みをうまく意図した設計がなされておらず、設計ミスが生じていたり品質を担保することが難しい設計になっている場合は、製造現場においていくら現場の技術者が頑張って品質管理に取り組んだとしても品質担保が難しくなるため、設計段階から品質管理を意識した仕組み作りを行っていくべきである。

この品質管理を考える上での設計の重要性について、自動車部品メーカーで長年品質関係の業務に携わり、(株)ワールドテックを創業した代表取締役の寺倉氏は、「品質問題が浮上した際はその発生源を抑えなければ意味がなく、不良の原因は製造か設計のいずれかにあり、設計の問題である場合も多いと考えるべきである。特に自動車のように製品や部品が強いストレスに晒される領域では、設計思想を間違えると取り返しのつかないことになる。ものづくりの上流にある「構造設計」がまずいと、後の工程でどれほど現場力があろうがリカバーすることはできない。品質問題が発生すると「現場力が低下した」と言われることも多いが、設計のミスを製造現場の努力で是正することはできず、ものづくりは上流の設計段階が肝心であると心得るべきである」と指摘している。また、同氏は、「品質保証を高めていくためには、設計や製造段階における管理(仕事の在り方)をどう組織的な仕組みとして品質担保に資するものにしていくかが重要であり、大きな品質問題を出してしまったときは技術を振り返るのではなく、なぜ失敗したか、仕事のやり方のどこがまずかったのかを組織的に振り返り、そこを徹底的に議論しなければならない」と述べている。

品質保証体制の強化に向けては、製造現場でのシステム導入などだけではなく、設計段階での心がけとともに、組織としての仕事の在り方の振り返りも必要となってくるのではないだろうか。

コラム:ビッグデータ活用によるものづくりの設計、品質管理の高度化・・・(株)リコー

(株)リコーは、これまでも品質工学の知見の蓄積、デジタル化された3次元設計情報の活用などにより、ものづくりの設計、品質管理力を強化してきた。

2004年からは、デジタル複合機やプリンタなどの出力機器の遠隔管理を可能とする「@Remote(アット・リモート)」サービスを日本で始め、現在、全世界でサービスを展開している。

同サービスは、全世界230万台以上のデジタル複合機などをインターネット経由でリモート管理する仕組みで、トナー残量やカウンター値を確認することで、ユーザーの機器運用の効率化を支援してきた。

同社はさらに、2013年からデータサイエンティストを採用し、データ分析部門を設立。@Remoteから毎日膨大なデータが蓄積されるため、それらのビッグデータを解析した独自の確率計算モデルを構築し、ユーザーの故障発生時の特徴的なパターンや頻度などを把握することで機器の故障予測を可能とした。

サービスエンジニアがユーザーを訪問する際、それらの故障予測に基づいた機器診断カルテを持参し、故障の予兆が出ている箇所などがあれば、トラブルの未然防止に向けた予防的な対処をしている。

データ分析部門とサービスソリューション、設計部門とともに3つの部門が三位一体となり、@Remoteサービスを推進してきた。データサイエンティストがビッグデータ分析で発見した関係性は、設計にフィードバックされ、設計者が気づいていない問題を解決することで好循環を生み出し、ユーザーのニーズに応じた出力機器の設計開発力の高度化やサービスの高度化を実現している。

さらに、ビッグデータを活用した品質管理のさらなる高度化に向け、品質問題の解決に取り組む設計部門をはじめ部門間の連携やデータのフィードバックを強化し、これまで以上に出力機器事業の設計、品質管理力を高めることで、顧客満足度を向上させている。

図1 @Remoteサービスイメージ
図2 遠隔診断保守サービス(例)

出所:(株)リコーより提供

今回の一連の事案により、製造業の経営にとって品質問題がどれだけクリティカルであるか、という点は明確になったと思われる。形や道具だけを揃えれば済むといったことではなく、企業がどれだけ腰を据えて、信頼性の高い品質保証体制の構築に向けて取り組むかが鍵を握る。これまで概観してきたとおり、品質管理の重要性を経営層が的確なガバナンスの下で位置づけるとともに、検査工程の自動化やトレーサビリティシステムの積極的活用、品質データ共有などの取組も含めて、組織として品質が担保される仕組みを経営者主導で構築することが求められる。一連の不適切な事案が繰り返されることのないよう、産業界の経営トップのリーダーシップが期待される。

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