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第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第2節 人手不足が進む中での生産性向上の実現に向け、「現場力」を再構築する「経営力」の重要性

4.「働き方改革」を通じた生産性向上・人手不足対策の推進

我が国ものづくり企業における人手不足が深刻化する一方でデジタル技術革新に伴う第四次産業革命が進む中、生産性の高い強い現場を構築するには、省人化などを可能とする「デジタルツールなどの利活用」や、付加価値の高い仕事への人的リソースシフトを可能とする「人材育成」に加え、多様な働き方などを通じてあらゆる社員の潜在能力を引き出す「働き方改革」が重要となる。そうした中、ここでは図124-1の赤枠で示すように「働き方改革」の重要性及び、そのあり方などについて先進事例も交えて論じる。

図124-1 環境変化及び、ものづくり現場が目指す方向性

資料:経済産業省作成

前出の人手不足対策として最も重視している取組に関する現状と今後の分析の中でも、今後の取組として重視したいこととして、ロボットやIoT・AIなどの利活用に加え、企業規模問わず、「人事評価、昇進・異動などの人事制度の抜本的見直し」「賃金引上げや福利厚生の充実化など待遇の強化」「テクノロジーを活用した人材マネジメント」などの増加が顕著であり、人材活用の制度的な面の改善を今後重視したい企業の姿勢がみてとれる(図124-2・3)。その他、「国籍にこだわらない人材活用」の項目を規模別にみてみると、中小企業においては現在より今後の取組の比率が高い傾向にあり、多様な人材活用も人材確保の取組として検討していることがうかがえる。

図124-2 人材確保対策に向けた最重要取組(現状と今後比較)大企業

資料:経済産業省作成

図124-3 人材確保対策に向けた最重要取組(現状と今後比較)中小企業

資料:経済産業省作成

今日、旧来の製造業の産業構造が、異業種の広域なプレーヤーの新規参入などによって大きく変化している中、既存の枠を超えた知識の獲得や融合が必要であり、そのすべてを自前で完結する「自前主義」は限界を迎えつつある。このような大きな変化に対し、外部人材を含めたリソースをうまく活用することが重要であり、働く人のニーズに応じて、「多様で柔軟な働き方」を選択肢として選べるようにすることが求められている。従来の「日本型雇用システム」から、より柔軟性が高く、多種多様な人の能力を最大限発揮できる職場環境の整備や雇用システムへの移行が期待される。

コラム:ご褒美制度と残業禁止、日本一楽しい町工場を目指す・・・(有)中里スプリング製作所

(有)中里スプリング製作所(群馬県高崎市)は各種コイルスプリング・板ばねの製造を手がけ、取引先は全国1,900社以上にのぼる。ワイヤーを使ったインテリアやアクセサリーといったオリジナルアートも制作しており、製造品目は多岐広範に及ぶ。それにもかかわらず、同社は残業禁止で定時には全員が退社し、最も多く残業する社員でも年間約20時間程度にとどまっている。しかも、この働き方改革は二代目経営者である現在の中里社長が経営を引き継いだ40年前から実践している。

中里社長が後継者として入社した当時、社員は毎日2時間程度の残業は当たり前で、かつ、土曜日も働いていた。“日本一楽しい町工場でありたい”と考えていた中里社長はある日社員に「8時間ずつしっかり仕事、しっかり睡眠、しっかり遊ぶという3分法でいこう」と持ちかけ、残業禁止を宣言した。社員からは反発もあったが、とにかく夕方5時になったら消灯し、社長も含めて全員が帰宅。やり残しの仕事は社長がこっそり事業所に戻り、明け方までに仕上げるという日々を続けた。しかし、社長が黙っていても社員は社長がやり残しの仕事をしていることに気づき、やがて社員は定時までにもっと効率よく作業を終わらせることができるのではないかと創意工夫に励むようになった。「生産性を上げよ」と号令をかけても社員はやらされ感が高まり身構えてしまうことが多いが、そうではなく、中里社長は社員が自ら気づき、仕事にプライドを持って取り組めるように仕向けることが何より重要だと考えている。なお、残業時間が無くなった分、同社は半年間のうちに50時間分の基本給上乗せも行った。

ものづくりである製造業は、“技の道を究めるという人財育成をすべき”というのが中里社長の信念である。“余分なことまでしてみよう”、そうした気持ちがないとなかなか腕は上がらない。うまく失敗できる仕組みをつくることも重要と考え、同社の評価方法は減点法ではなく、徹底した加点主義となっている。さらに、年間で最も頑張った社員を表彰する「ご褒美制度」があり、表彰された社員は2つの権利から一つを選ぶことができる。具体的には、担当する取引先を選ぶことのできる権利や就業時間内に工場内の好きな設備や資材を使って、好きなモノづくりを行う権利である。ベテラン職人はノウハウを抱え込みがちであるが、若手社員が「この機械の使い方を教えてくれませんか」とベテランに頼むと、「ご褒美制度なら協力するよ」と自らのすご技を教えてくれる。このご褒美制度を続けてきたことで、同社の社員は多能工化を果たしてきた。

ご褒美制度とは別に、誰の下で働きたいかという希望を出せる制度も整備した。誰の下で働くかでモチベーションも大きく変わる。欠点を直すのではなく、やる気を引き出し、一品一様の社員教育によりそれぞれの長所や特徴を伸ばす。そして、モチベーションやプライドを高めることで、自ずと生産性は上がる。この他にも、全社員で職位に関係なくやりたいことを宣言する「夢会議」を月一度開催するなど、特徴的な取組を行っている。

社員のプライドを高めるために中里社長が取組んでいることの一つが、パートも含む社員全員に「名刺」を持たせることである。社会人となったからには、対外的に堂々と「中里スプリング製作所の社員である」と名乗れる誇りをもってもらいたいと考えており、「名刺」も中里社長にとっては社員に能力を発揮してもらうための重要な手段となっている。

図1 あらゆる形状のばねに小ロットで対応
図2 ワイヤーアート「ばね鋼房」ではユニークな自社製品の製作も

出所:(有)中里スプリング製作所より提供

コラム:社員のパーソナルデータを活用した適材適所な配置や人づくりに注力・・・(株)今橋製作所

(株)今橋製作所(茨城県日立市)は難形状の加工や難削材の加工を得意とする切削加工メーカーで、産業機械、原子力部品、半導体製造装置、医療機械、ロボット開発、自動車の治具やレース部品のほか、民間研究機関や大学など多岐にわたる顧客からの要望に超短納期で応える技術提案型企業である。

同社はコンサルティング会社と契約し、社員一人ひとりを客観的なパーソナルデータに基づいて適材適所に配置して、モチベーションと生産性を高め、人材定着につなげている。パーソナルデータの中でも特に重視しているのが「思考力」や「ストレス耐性」の項目である。ロジック系が苦手な社員はルーチン系の仕事に就いて成果を挙げてもらう。特に、成功体験が少ない若手社員にはなるべく得意分野を担当させ、成功体験を積み重ねて自信を持たせる。また、新しい仕事にチャレンジさせる際にはストレスを溜めていないかどうかをパーソナルデータでチェックしつつ、面談回数を増やすなどフォローに気を配る。社員が気軽に相談できる環境を整えるため、メンタルヘルスの資格を取らせた社員を1名配置し、さらに精神保健福祉士とも契約して、月1回のサポートも受けられる。

同社がここまで手厚くしているのは、メンタル面でのケアも風邪と同じで、「喉が痛い」という症状で未然に防げば、双極性障害などの重症に陥ることはないからである。また、中小企業の社長は各従業員との距離が近く、面談しても社員は本音を漏らしにくいため、メンタルヘルスの資格を持つ女性社員を駆け込み寺とし、会社経営にかかわるような深刻な事態以外の相談内容は社長の耳には入れないよう、配慮している。

採用面でも特徴ある取組を行っている。大手企業と同じリクルート活動では人材が採用できないため、同社は子育て経験を持つなどの幅広い経験を持つ人材を積極的に採用している。洗濯、掃除、料理、育児などをこなす人材は段取り力があり、同僚や若手社員の表情から機微な変化を感じとる能力にも長けている人が多いという。また、同社はSNSを使った営業管理ツールや顧客管理ツールを開発しており、営業担当、管理部門、リーダー格の役職者には全員タブレットを持たせている。ゲージなどの工具にはセンサーを装着し、工場内のどこに置かれているかも一目瞭然で分かる仕組みを導入している。このようなシステムは市販のソフトを購入すれば手軽につくれるが、同社はあえて3倍ほどのコストをかけて茨城高専の学生に開発してもらっている。これも求人倍率40倍と言われる、地元高専の学生を採用するための同社独特のリクルート活動の一環でもある。

このような営業管理ツールなどの導入により、グループごとの収益性も見える化できるようになった。この他にも、同社は常時3~4人の講師によるリーダー教育や5S教育を実践しており、このような地道な人材育成の取組が、デジタル革新など大きく環境が変化しつつある中での的確な対応を行うに際しても重要だと考えている。

図1 汎用旋盤の使いこなし方を社員の適性を判断するデータの1つに活用
図2 展示会用の難形状加工サンプル(一体加工)

出所:(株)今橋製作所より提供

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