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- 5.Connected Industries 実現に向けた横断的課題への対応
(2)システム思考、全体最適化の必要性
第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望第3節 価値創出に向けたConnected Industriesの推進
5.Connected Industries実現に向けた横断的課題への対応
(2)システム思考、全体最適化の必要性
冒頭の「総論」において我が国製造業を取り巻く危機感の1つとして記載したとおり、製造業を取り巻く大きな変革期の中で、新たなビジネスモデルへの転換を含め、抜本的な変化を実現する上では、全体を俯瞰して全体最適化を図る観点が特に重要となっている。これまでも我が国の課題であったシステム思考やビジネスの全体設計力の強化が果たされないと、我が国製造業が海外の後塵を拝してしまうおそれが高く、データを介したつながりによる付加価値を追求するConnected Industries実現に向けても同様の課題に直面すると考えられる。
大きく外部環境が変化し、ビジネスモデルが急速な勢いで変化していくこの時代においては、従来のようにすべて自前主義で技術や製品・サービス、人材などをまかなっていくには限界が来ている。そのため、自前主義からの脱却を図り、自らの強みを最大価値に仕上げるために、他者との戦略的な連携などを通じて全体最適な仕組み(システム)として創り上げることが鍵を握るが、担い手となる人材は我が国においては圧倒的に不足しているというのが現状である。
例えば、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「2016年度組込みソフトウェア産業の動向把握などに関する調査」によると、現在どのような人材が不足しているか、また、5年後の事業環境変化を見据えてどのような人材が不足すると想定されるかについて、現在も今後も「ビジネスをデザインできる人材」及び「システム全体を俯瞰して見ることができる人材」が不足とするとの回答が顕著となっている(図135-22)。
図135-22 組み込みソフト分野において、現在不足している人材、5年後に不足が予想される人材

資料:「2016年度組込みソフトウェア産業の動向把握等に関する調査」、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)
組み込みソフトウェアは、様々な製品に組み込まれ、製品の制御や他の機器などとつなげることを確保する際に核となるものであるが、全体を俯瞰してビジネスをデザインできる人材やシステム的に全体を捉えてまとめ上げることができる人材の重要性が高まる一方で、なかなかそうした人材を確保できていないことがうかがえる。
単体のモノとしてではなく、様々なモノ・コトをつなげて新たな機能をつくり出すなど、全体を俯瞰して組み合わせ、いかに付加価値をつくりだす仕組みとして作り上げることができるかなどが重要となる中、このような「ビジネスをデザインできる人材」や「システム全体を俯瞰して見ることができる人材」の育成・確保は我が国の急務ともいえる。
このような人材の輩出に向けては、一つにはシステム思考、及び学問としてのシステムズエンジニアリング(システム工学)習得の強化が求められる。
システムズエンジニアリングとは、複数の専門分野にまたがる事象を統合し、統合された事象全体としてのシステムを成功させるために必要となるアプローチと手段のことを指し、航空・宇宙などの領域で長年にわたって培われてきた企画・開発のアプローチを汎用的に体系化したものである。ここで言う「システム」は、コンピュータシステムや情報システムなどにとどまらず、機械、人間系(操作者)、環境など広い意味を持っており、ソフトウェアやハードウェアだけでなく、新規事業の開発、社会システムの設計など、概念の幅が広く、様々な領域に適用可能である。
時代背景をたどると、欧米、特に米国では、軍事産業や航空機・宇宙産業などの隆盛に伴って大規模システムを設計し運用することが産業界にとって必要不可欠であったことから、産業界自らがアクションを起こす形でシステム工学を大学教育や社会人教育の中に根付かせてきたと言われている。一方、日本では、日本産業の競争力の源泉である各要素技術分野の深掘に注力してきており、各要素技術を束ねて全体をシステムとして捉えるシステム工学教育には比較的力を入れる場面が少なかったといえる。
そのため、米国の大学に比べて、システム工学やシステム思考を実践的に教育している教育機関も、2017年版ものづくり白書において紹介した、慶應大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科などを含めて数校くらいしか存在せず、今後カリキュラムや講座の横展開などを通じた面的な広がりを持った人材育成が急務となっている。また、システムズエンジニアリング(システム工学)を習得し活用していく人材を育成していくためには、座学だけでは不十分であり、実際に得たスキルや知識を適用するプロジェクトを幾度かまわしていく中で、実践で使える知識体系・スキルを学ぶことができるという。
また、日本においては数少ないが、既にシステムズエンジニアリングを活用して成功を収めているといえる事例を参考に取組を進めることも重要である。この点、実際のシステムズエンジニアリングを活用した成功事例については、独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が公開した「成功事例に学ぶシステムズエンジニアリング」において、全体最適の観点から機能目標を定義して設計を進めた自動車エンジンの開発の例や運用までも視野に入れた要件設定や設計開発を実施した首都圏の高密度鉄道輸送を支えるデジタルATC(Automatic Train Control)の開発の例などを取り上げ、周知を図っている。
このような全体を俯瞰的に捉えて最適化を図っていく経験や能力の無さが日本企業・日本人の共通課題となりつつあることは、例えば、スマート製造分野における取組についても(図135-23)、顕著に表れつつある。製造業におけるスマート化、デジタル化といった時に、日本の製造業企業の間では、製造工場の中でのライン生産の最適化など狭い最適化の話として捉える向きがある。しかし、デジタルツールを活用して工場現場の生産性を向上していくだけではなく、バリュークリエイションプロセス全体に及ぶ最適化をシステムとして実現する話と捉えるべきであり、そのような取組へと転換していく必要がある。
図135-23 スマート製造の取組の捉え方

資料:経済産業省作成
この点、当然ながら、企業は最初から部分的な最適化を目指しているわけではなく、結果として部分最適となってしまっていると考えられるが、我が国製造業が陥りがちである部分最適の例としては以下などがある。
【部分最適の事例1:資金不足による部分最適】
少子高齢化が進み、国内需要の増加が見込めない中、国内の設備投資は既存設備を少しずつ最新のものに入れ替える形になりがちである。多くの場合、継続的に操業も行う中での入れ替えとなり、既存設備との連結も必要な中、抜本的な大幅変更を行うことが難しい状況となる。このため、本来目指したい最新技術を存分に活用した全体最適なシステムをつくることが困難で、結果として、既存の設備から部分部分を新しくした設備をつなげた部分最適なものとなりがちとなる。
一方で、大幅な需要増が見込める新興国などの方が、大規模投資により最先端の設備を入れることが可能であり、最新技術を活用した本来目指したい全体最適なシステムの構築が行いやすい状況にある。
【部分最適の事例2:逐次対応による部分最適】
工場内の特定の機器への負荷が高く、故障などのボトルネックとなりがちな中、当該箇所の機器を最新の高性能なものに入れ替えを実施し、当該機器の性能をフル活用すれば、処理速度が相当高まるが、後続の工程はその速度へは対応できず、フル稼働させると後工程の前で仕掛品が増えてしまう状況。このため、せっかく導入した最新設備の性能を十分に活かすことができず、部分最適の結果となり、本来目指したい工程全体の生産性向上にはつながらない。
また、このような部分最適の課題が顕在化してきた背景を、「サプライチェーン管理」を例に考えると以下が考えられる。
【過去:経営環境の変化が小さい時代 ⇒ 部分最適の積み上げが全体最適に】
経営環境変化が小さく、規格大量生産・大量消費が可能な時代であれば、目標は明確であまり変わらないため、全体を部分に分けた上で、部分最適を積み上げれば、全体最適につなげることが可能であった。例えば、良いものを安く大量に提供するため、製造部門は製造原価最小(稼働率最大)、物流部門は物流原価最小(大ロット輸送)、営業部門は売上最大(販売在庫は増大)などの目標設定が部門ごとに考えられる。これらはサプライチェーン上の在庫拡大の方向となるが、環境変化が緩やかで、在庫価値が急減することもなく大きな問題とならないため、部門ごとの最適を目指すことが全体最適につながった。
【今日:経営環境の変化が激しい時代 ⇒ 部分最適を積み上げても全体最適とならない】
しかし、今日のように経営環境の変化が激しく、在庫がすぐに不良在庫化する時代、仮に上記の部門ごとの目標が達成されても、サプライチェーン上で在庫が積み上がっていると全体で利益が出ない。本来であれば、部門を超えたオペレーションマネジメントを考える機能の発揮が必要だが、我が国はこのような機能が脆弱であり、基本的に現場(部門)が引き続き強い状況にある。このため、引き続き部門ごとの最適化の目標の下で組織が動き、結果として部分最適を脱しきれず。横串でのマネジメント力の発揮が期待される。
なお、先述のとおり、工場内の最適化のみならず、バリューチェーン全体の最適化の必要性を論じたところであるが、それ以前に工場内の最適化さえもなかなかできていないという声も多い。この点、産学の有志が集まって、日本の製造業における最適な工場設計の在り方を議論する場なども立ち上がってきており、設計段階での工場全体の最適化の必要性やそれを実現する上で課題や論点提示などを行っている。日本においては、現場レベルでの頑張りで工場の部分的な最適化を図ってきたが、海外拠点も含めて工場での最適生産が一層求められるこの時代においては、今までのやり方の見直しも含めた対応策を模索する動きが期待されるところである。