経済産業省
文字サイズ変更

第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第2節 不確実性の高まる世界の現状と競争力強化

第1節で見てきたように、我が国経済は2013年以降緩やかな回復を続けてきたものの、2018年から続く米中貿易摩擦の影響により、中国経済の先行き不透明感が高まったため、特に製造業を中心に弱さが見られ、2019年第2四半期以降一段とその傾向が増した。

2020年1月以降も新型コロナウイルス感染症の世界的拡大などの影響により、不確実性はますます高まり、製造業にとっては今後の見通しが立てづらい状況が続いている。

本節においては、このような各国の政策や国際情勢、事業環境の急激な変化等の予測しづらい事態を「不確実性」と総称する。その上で、不確実性の近年の動きを確認し、我が国製造業がこのようなリスクに対してどのような対策を講じ、どのような力を高め、これを乗り越えるべきかについて考察を深めたい。

1.世界における不確実性の高まり

(1)新型コロナウイルス感染症がもたらしたサプライチェーンの寸断リスク

中国湖北省武漢において最初に発生し、世界的に拡大した新型コロナウイルス感染症は、我が国製造業のサプライチェーンのあり方に、大きな課題を突きつけることとなった。

ジュネーブ国際高等問題研究所のリチャード・ボールドウィン氏が論じるように、1980年代末から、情報革命によってアイデアの移動・貯蔵・加工に関する技術革新が起こり、コミュニケーションコストが劇的に低下することによって、サプライチェーンに変化が現れた注1。従来は、複数工程が物理的に1か所で行われなければ非効率であった。それが、1980年代末以降になると、企業は各工程を細分化し、複数国に分散して、最適なサプライチェーンを構築することになったのである(図121-1)。

図121-1 サプライチェーン再編の歴史

資料: Richard Baldwin “The Great Convergence: Information Technology and the New Globalization”(2016)を参考に、経済産業省作成

注1 Richard Baldwin “The Great Convergence: Information Technology and the New Globalization”(2016)

こうして、20世紀末から21世紀にかけて、高度に発達したサプライチェーンがグローバルに構築されてきた。このグローバル・サプライチェーンは、効率性の点からは確かに優れていた。しかし、今回の新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、その欠陥が顕在化することとなった。グローバル・サプライチェーンは、不確実性に対して脆弱であることが明らかとなったのである。

特に、我が国製造業のサプライチェーンにおいて、中国の占める役割は、2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)発生の頃と比べて、より大きなものとなっていた。財務省「貿易統計」によると、2019年第4四半期における製造業の輸出額のうち20.8%、輸入額のうち25.0%を中国が占め、2003年当時の2倍以上の水準となっている(図121-2・3)。

図121-2 地域別輸出額の推移
図121-3 地域別輸入額の推移

これらはともに非製造業も合わせた全体の総額よりも高い水準であり、製造業は他業種と比べて中国との取引が多いといえる。特に、化学製品や一般機械の輸出入に関しては、製造業の平均よりも中国への依存度が高く、3割を超えている。貿易統計によると、そのうち自動車部品に関しては、2002年と比べて中国からの輸入額・割合が右肩上がりに上昇しており、今や自動車部品全体の37%を中国からの供給が占めている。その中には代替の困難な部品も複数含まれているという懸念があったため、各社による影響調査や代替生産などの努力が行われた。例えば、車の電源供給や信号通信に用いられる複数の電線の束と端子やコネクタで構成される自動車部品「ワイヤーハーネス」は、自動生産が難しく、手作業への依存度が高い一方で、車種やモデルごとに形や大きさが異なる。このような部品の供給拠点が閉鎖された場合、サプライチェーン全体に影響を及ぼすことになる(図121-4)。

図121-4 中国における日系自動車メーカーの主な拠点及び中国から日本への輸出部品例

資料:各社公表資料を基に経済産業省作成

大手メーカーの声の中には、現地従業員の移動制限や責任者を務める日本人の渡航制限により中国拠点の運営が困難になったというものや、中国で製造していた製品を日本国内や第3国からの調達に切り替えたというものが聞かれ、いかに柔軟に事態に対処できるかが重要であることが改めて浮き彫りとなった。

サプライチェーンの寸断リスクに対しては、2011年の東日本大震災発生時に特定のメーカーに中核部素材が集中し、当該メーカーの生産途絶が複数の完成車メーカーに影響を与えた教訓から、大手自動車メーカーを始めとしてトータルサプライチェーンの可視化や地域的リスクの分散、パートナー工場の設備状況の把握などが進められてきたところである。今回も深刻なサプライチェーンの途絶が生じたため、(一社)日本自動車工業会、(一社)日本自動車部品工業会、経済産業省は「新型コロナウイルス対策検討自動車協議会」を立ち上げ、情報共有と現状把握及び対応策の検討を行った。また、一国依存度が高い製品や部品に関してはASEAN諸国等への生産の多元化が必要であるとの問題意識の下、2020年3月10日に発出された「新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策(第2弾)」では日本政策投資銀行の危機対応業務等を実施し、中堅・大企業に対する国内回帰を含めたサプライチェーンの再編等を支援することなどが定められた。

この新型コロナウイルス感染症の感染拡大によるサプライチェーンの寸断は、予期せぬ事態であり、製造業にとって脅威となる「不確実性」の典型であるといえる。

新型コロナウイルス感染症がもたらした不確実性の程度を定量的に評価するために、シカゴオプション取引所が算出・公表している「VIXインデックス(恐怖指数)」を参照してみよう。

VIXインデックスとはS&P500インデックスを対象とするオプション取引のボラティリティに基づき計算され、市場の不確実性を表すバロメーターとして利用されている。ボラティリティとは金融商品がある一定期間において上下変動する頻度や規模を測定するもので、これが大きいほどその商品の価格変動が大きいことを意味する。VIXインデックスは相場の先行きに不安が生じた時に数値が急上昇する傾向があり、投資家が先行きに不安を感じている心理を表すとして「恐怖指数」とも呼ばれる。

VIXインデックスの推移を見ると、リーマンショックが発生した2008年10月から11月にかけて極めて高くなった後、10~40程度で推移していたが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、2020年3月にはリーマンショック以来の高水準を示した(図121-5)。このVIXインデックスからも、新型コロナウイルス感染症がもたらした不確実性の深刻さが分かるであろう。

図121-5 VIXインデックス(恐怖指数)の推移

備考:VIXインデックスは12未満であればリスクが「低い」、20を超えると「高い」、その中間値は「通常」と解釈されている(https://us.spindices.com/education-a-practitioners-guide-to-reading-vix.pdf参照)。

出所:Chicago Board Options Exchange(CBOE)

さらに、新型コロナウイルス感染症の世界への影響について確認するため、「世界パンデミック不確実性指数」(EIU(The Economist Intelligence Unit)によるカントリーレポートの中でパンデミックまたは伝染と世界の不確実性とを関連づけて言及している記載の頻度)を見ると、SARS(重症急性呼吸器疾患)や新型インフルエンザの流行時と比べても、2020年では圧倒的に上がっていることが分かる(図121-6)。

このような動きに対し、IMFは「新型コロナウイルスに関連して世界の不確実性は記録的に高まっている」と評価している注2

注2 IMF ”Global Uncertainty Related to Coronavirus at Record High” https://blogs.imf.org/2020/04/04/global-uncertainty-related-to-coronavirus-at-record-high/

図121-6 世界パンデミック不確実性指数(World Pandemics Uncertainty Index–WPUI, simple average)

備考: EIU によるカントリーレポートにおいて、「パンデミック(pandemics)」または「伝染(epidemics)」の語の近くで世界の不確実性に言及する頻度(10万語中)

資料: IMF ” Global Uncertainty Related to Coronavirus at Record High” https://blogs.imf.org/2020/04/04/global-uncertainty-related-tocoronavirus-at-record-high/

以上のように、今般の新型コロナウイルス感染症の感染拡大は世界に深刻な影響を与えており、世界の不確実性を著しく高めている。続いては、我が国製造業を取り巻く不確実性とその近年の動きについて、更に取り上げていきたい。

(2)世界の政策不確実性と地政学リスクの高まり

製造業が直面する不確実性には、パンデミック以外にも様々なものがある。その1つが、国家の政策の予測しづらい変化がもたらす不確実性(「政策不確実性」)である。

2016年6月の国民投票により決定し、2020年1月に正式に実現した英国のEU離脱や、2018年以降の米中貿易摩擦など、近年、予測困難な政治的変化が起きるようになっており、政策不確実性の高まりが経済活動に与える悪影響が懸念されている。

このような政策を巡る不確実性の動向について、定量的に表すために作成された指標が、主要新聞における政策を巡る不確実性に関する用語の掲載頻度を指数化した「政策不確実性指数」である(図121-7)(詳細はコラム参照)。

図121-7 世界の政策不確実性指数(1997.1-2020.1)

備考:日本、米国、英国、中国など20カ国の指数を購買力平価レートでドル換算したGDPウェイトにより加重平均して算出

資料:http://www.policyuncertainty.com/global_monthly.html

コラム:新聞報道を基にした政策不確実性指数・・・(独)経済産業研究所(RIETI) 伊藤新研究員

近年、政策実務家の間で、新聞報道を基にした政策不確実性指数に関心が寄せられている(例えば、内閣府2019や日本銀行2019)。本コラムでは、この指数が注目される背景、指数の作成方法及びその動向について解説する。

<政策を巡る不確実性を定量化するアプローチ>

政策を巡る不確実性は、風と同様、私たちの目で直接観察することができない。しかし、風量の把握に様々な方法があるように、この不確実性を定量的に知る方法が、いくつかある。1つ目は、アンケート調査だ。多くの消費者や企業に対して、彼らが抱く不確実性の度合いについて聞き取り調査を行い、回答結果を集約することで、国全体で家計や企業が直面する不確実性の大きさを知ることができる。

2つ目は、テキストデータを活用した物差しの作成・利用だ。テキストデータとは、日本語や英語などの自然言語で書かれた文書のうち、コンピュータで処理できるようにデータ化されたものをいう。金融機関やシンクタンクがウェブページに掲載している経済レポートや、企業がウェブページに掲載している有価証券報告書が、その良い例である。テキストデータを活用して、政策の不確実性を端的に示す指標が得られれば、それを基にして、国全体で家計や企業が直面する不確実性の度合いを把握できる。

米シカゴ大学のスティーブン・デービス氏と米スタンフォード大学のニック・ブルーム氏を中心とする研究チームは、新聞報道を拠り所にして、政策の不確実性を定量化する方法を考案した(Baker et al. 2016)。彼らは、世の中で政策に関する不確実性が高まっているとき、新聞紙上でそのことが頻繁に報道されているはずだと考えた。こうして、彼らは、政策を巡る不確実性について書かれた記事の数に着目した。

新聞記事を利用するアプローチには、他のアプローチと比べて、いくつか良い点がある。第1に、世界の多くの国で、記事データの収集が可能である。このため、各国の指数だけでなく、これらの指数を集約して世界の指数を作ることもできる。第2に、データの入手ラグが小さい。したがって、日次や週次のような高頻度の指数が、作成可能である。第3に、過去に遡ってデータが入手できる。長期間に亘って指数が得られれば、過去に起きた大きな出来事と比べて、現状を評価できる。第4に、データの入手コストが低い。政策実務家が新聞報道を基にした指標に注目するのは、最初の2つの特徴が、彼らにとって魅力的であるためとみられる注3

注3 このアプローチの難点は、家計、企業、産業等の異質性を捉えられないことである。この課題に対処するため、Hassan, Tarek A., Stephan Hollander, Laurence van Lent, and Ahmed Tahoun. “Firm-Level Political Risk: Measurement and Effects.” (2019)は、企業が四半期に一度開く、決算説明の電話会議の議事録を利用して、米国の個々の企業が直面する政治的リスクを定量化する方法を提案している。Bloom, Nicholas, Philip Bunn, Scarlet Chen, Paul Mizen, Pawel Smietanka, and Gregory Thwaites.“The Impact of Brexit on UK Firms.” (2019)は、英国企業の最高財務責任者(CFO)や最高経営責任者(CEO)に対して、欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票の結果が、自社の事業活動に影響を及ぼす不確実性にどれほど作用しているかについて、定期的な聞き取り調査を行っている。

<政策不確実性指数の作成方法>

その研究チームが指標を作って捉えようとしたものは、①誰が政策を立案し、実施するかという不確実性、②どのような政策措置が、いつ講じられるかという不確実性、③過去、現在又は将来の政策措置の経済効果についての不透明性、④政策措置が講じられないことで生じる経済の先行き不透明性である。ここで、政策には、財政政策や金融政策などの経済政策だけでなく、国家安全保障に関する外交政策や軍事政策も含まれる。

米国の月次指数を作るに当たり、まず彼らは新聞記事データベースを使い、主要10紙に掲載された記事の中から、以下の3つのカテゴリーの用語(以下、E用語、U用語、P用語)を少なくとも1つずつ含む記事の数を、新聞ごとに月単位で調べた。

1. Economy: {economy or economic}

2. Uncertainty: {uncertainty, uncertainties, or uncertain}

3. Policy: {congress, congressional, legislation, legislature, legislative, regulation, regulations, regulatory, white house, federal reserve, the Fed, deficit, or deficits}

3番目のP用語は、彼らの研究補助者が実際に記事を読んで行った、作業結果を基に選び出された。具体的には、記事データベースから無作為に抽出された、E用語とU用語を少なくとも1つずつ含む約3,700記事のうち、上の4つの政策を巡る不確実性について書かれた箇所で、頻繁に使われる政策関連用語の中から、それらが選定された。次に、彼らは、収集してきた記事件数のデータにいくつかの処理を行い、最終的に1985年1月から2009年12月までの平均が100となる指数を算出した注4

注4 Hassan, Tarek A., Stephan Hollander, Laurence van Lent, and Ahmed Tahoun. “Firm-Level Political Risk: Measurement and Effects.”(2019)は、個別企業が直面する政治的リスクのデータを合成して指数を作り、米国の政策不確実性指数と比較している。彼らは、企業の決算説明の電話会議録を基にした政治リスク指数と新聞報道を基にした政策不確実性指数の動きが、よく似ていることを明らかにしている。両指数の相関係数は0.82(標本期間2002年第1四半期から2016年第4四半期)である。

現在、現地で発行される主要な新聞を利用して、米国と同様の方法により、日本や中国など世界21か国の月次指数が作られている注5。さらに、米国、中国、日本等の21か国の指数を総合した世界指数(1997-2015=100)も1997年1月以降、作成されている。具体的には、この指数は、各国の指数を名目GDPに基づくウェイトで加重平均して算出される。これら21か国のGDP規模は、世界全体の約8割を占める。

注5 指数のデータは、Economic Policy Uncertainty Projectのウェブサイト、http://www.policyuncertainty.com/で自由に利用できる。記事データの収集開始時期の違いから、指数のデータが利用できる期間は、国により異なる。データは定期的に更新されている。米国と英国については、日次指数が提供されている。日本については、(独)経済産業研究所のウェブページ、https://www.rieti.go.jp/jp/database/policyuncertainty/で、指数のデータとともに注釈付きのグラフなど様々な資料が掲載されている。米国と日本の指数の詳細については、伊藤新「テキストデータを用いた政策不確実性の計測」(2019)を参照。

注5 指数のデータは、Economic Policy Uncertainty Projectのウェブサイト、http://www.policyuncertainty.com/で自由に利用できる。記事データの収集開始時期の違いから、指数のデータが利用できる期間は、国により異なる。データは定期的に更新されている。米国と英国については、日次指数が提供されている。日本については、(独)経済産業研究所のウェブページ、https://www.rieti.go.jp/jp/database/policyuncertainty/で、指数のデータとともに注釈付きのグラフなど様々な資料が掲載されている。米国と日本の指数の詳細については、伊藤新「テキストデータを用いた政策不確実性の計測」(2019)を参照。

<政策不確実性指数の動向>

図1は、新聞報道を基にした世界の政策不確実性指数を示している。世界指数はこの四半世紀、何度か顕著に上昇している。米国の安全保障政策が主因となり、指数は2001年に米国で起きた同時多発テロ事件や2003年のイラク戦争の辺りで上がった。経済面では、2008年の世界金融危機、2011年の欧州債務危機や米国で連邦政府債務の上限引き上げを巡る問題が深刻化した辺りで、指数は200を超す高水準に上った。

図1 世界の政策不確実性指数

備考:A:アジアとロシアで通貨危機、B:米国で同時多発テロ事件、C:イラク戦争、D:世界金融危機、E:米国で連邦政府債務の上限引き上げを巡る議論、欧州債務危機、中国で指導部が交代、F:英国でEUからの離脱の是非を問う国民投票、G:トランプ氏が米大統領選挙で勝利、米国がTPP交渉から離脱、ブラジル、フランス及び韓国で政治的混乱、H:米中貿易摩擦、英国でEUからの離脱を巡る混乱、イタリア、フランス及びトルコで政情不安。

資料:Economic Policy Uncertainty Projectより筆者作成。

世界指数は2017年以降、過去最高値を何度も更新している。この期間の指数の平均値は208である。これは、それ以前の期間の平均値(104、1997年から2016年)より2倍大きい。指数が急激に上昇しているところでは、貿易政策に関連した出来事が起きている注6。2017年1月には、米国が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉から離脱した。2018年3月には、米国政府が鉄鋼とアルミニウムの輸入に対して関税を引き上げた。そして、7月に中国からの輸入品に対して追加関税を発動した。これを受け、中国政府は米国製品への関税を引き上げる報復措置を講じた。これ以降、米中間で貿易問題を巡る紛争が激しさを増していった。このような米中両政府による保護主義的な政策の実施は、貿易政策の先行きと経済が受ける影響について、不安や不透明性を非常に高めた。

注6 この点についての詳細は、Davis, Steven J.“Rising Policy Uncertainty.”(2019)を参照。

このことを数値的な証拠で裏付けるため、図2は2000年以降の通商政策不確実性指数を示している。この指数は、米国、中国及び日本の指数を名目GDPに基づくウェイトで加重平均して算出されている注7。各国の指数は、現地で発行される新聞の中で、貿易分野の政策を巡る不確実性について書かれた記事を基に作られている。指数は2017年1月と2018年3月、400付近まで上がった。第1弾の追加関税が実施された2018年7月には、指数は600付近まで上り、2019年にはより一層上昇した。2017年から2019年までの指数の平均値は367である。これは、それ以前の期間の平均値(52、2000年から2016年)の約7倍である。

注7 現在、通商政策不確実性指数のデータが利用できるのは、これらの3か国だけである。Caldara, Dario, Matteo Iacoviello, Patrick Molligo, Andrea Prestipino, and Andrea Raffo.“The Economic Effects of Trade Policy Uncertainty.”(2020)は、企業が開催する決算説明の電話会議の議事録を活用して、米国企業が直面する貿易政策を巡る不確実性を定量化している。彼らは、個別企業のデータを集計して通商政策不確実性指数を作り、新聞報道を基にした通商政策不確実性指数と比較している。そして、新聞報道を基にした指数と電話会議の議事録を基にした指数の動きが、非常によく似ていることを明らかにしている。

図2 通商政策不確実性指数

備考:1. A:トランプ氏が米大統領選挙で勝利 (16/11)、B:トランプ政権が発足、米国がTPP交渉から離脱 (17/1)、C:トランプ大統領が鉄鋼とアルミニウムの輸入関税引き上げを発表、米中間で貿易紛争が開始 (18/3)、D:米国が中国製品への追加関税を実施、中国が報復措置として米国からの輸入品への関税引き上げを実施 (18/7)、E:米中間選挙、トランプ大統領が米中首脳会談で貿易問題に進展がなければ中国製品への追加関税の発動を表明、英国政府とEUが離脱協定案に合意するも議会の承認や将来の英国とEUの通商関係に対する不安(18/11)、F:米中通商協議の行き詰まり、トランプ大統領が米中首脳会談で通商合意に進展がなければ中国からのほぼ全製品に対する追加関税の実施を明言、日米貿易交渉用(19/6)、G:トランプ大統領が第4弾の追加関税実施を発表、中国が対抗措置として米国製品に対する関税引き上げを発表 (19/8)、H:米中両国が第1段階の通商合意成立と当初計画された第4弾追加関税の中止を発表、トランプ大統領が第2段階の合意に向けて早期の交渉着手を表明 (19/12)。
2. 米国、中国及び日本の通商政策不確実性指数を名目GDPに基づくウェイトで加重平均して算出。

資料:International Monetary Fund "World Economic Outlook Database October 2019"、(独)経済産業研究所、Economic Policy Uncertainty Projectより筆者作成

以上をまとめると、通商政策が主因で、世界の政策不確実性指数は歴史的に高い水準で推移している。貿易分野を始めとして、政策を巡る不確実性の高まりが、「ニューノーマル(新常態)になりつつある」(IMFのクリスタリナ・ゲオルギエバ専務理事)注8

注8 「新型ウイルス、世界経済回復を阻害 貿易などもリスク=IMF」(ロイター、2020年2月20日)、https://jp.reuters.com/article/imf-economy-idJPKBN20D2JT

この世界の政策不確実性指数によると、2008年以降、政策不確実性が高まっていく傾向にあり、特に2018年以降は、米中貿易摩擦等の不確実性の高まりによる製造業の経営や企業行動への影響が拡大している。例えば、2018年3月の米国による関税措置発動を契機として、2018年夏以降、中国製造業の景況感が悪化し、投資が縮小した(図121-8)。これと連動するかのように、国内工作機械メーカーの受注も2018年秋頃より悪化し、中国向けの減少がこれに大きく寄与している(図121-9)。米中貿易摩擦が、中国経済、ひいては国内製造業の経営に深刻な影響を与えていることが分かる。

図121-8 中国における投資の動向

資料:中国国家統計局

図121-9 工作機械受注の前年比伸び率(地域別寄与)

資料:一般社団法人日本工作機械工業会「工作機械受注統計」

海外現地法人への投資は2010年から2013年にかけて顕著に進んだが(図121-10)、その背景には為替相場の円高方向への動きがあった(図121-11)。その後円安方向への動きが進むとともに国内への投資も回復に向かっている。

図121-10 国内投資、海外投資の傾向

備考:国内・海外の設備投資額のいずれも後方4期移動平均

資料:海外現地法人四半期調査(経済産業省)、法人企業統計(財務省)

図121-11 為替(ドル円相場)の推移

資料:日本銀行「外国為替相場状況(日次)」

このような中、2019年12月に実施された国内製造業企業に対するアンケート調査を見ると、過去1年間に全体の11.8%が生産拠点を国内に戻しているが、そのうち半数以上が中国・香港から回帰している(図121-12・13)。回帰の理由を確認すると、人件費の上昇、品質管理上の問題が上位を占める一方で、米中貿易摩擦を挙げた企業が9.4%と、2019年度調査時の2.2%から大きく上昇した(図121-14)。

図121-12 海外で生産していた製品・部材を国内生産に戻したケースの有無
図121-13 どの国・地域から国内に戻したか

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)「我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査」(2019年12月)

図121-14 どのような理由で国内に戻したか

資料:三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)「我が国ものづくり産業の課題と対応の方向性に関する調査」(2019年12月)

家計や企業が直面するテロ、戦争、軍事的な緊張の高まりに伴う経済の先行き不透明性の度合い(地政学リスク)についても、政策不確実性指数と同様の手法で指数化されている。2020年1月以降は、イラン情勢緊迫化により、地政学リスク指数は2003年のイラク戦争以来の高水準となった(図121-15)。

図121-15 世界の地政学リスク指数(1997.1-2020.1)

資料:Dario Caldara, Matteo Iacoviello https://www.matteoiacoviello.com/gpr.htm

備考:米国、英国、カナダの新聞報道を活用し、テロ、戦争、軍事的緊張の高まりなど軍事面の要因で生じるリスクの度合いを定量化したもの。

地政学リスクの高まりと平行して、技術優位性の毀損や技術の脆弱性が安全保障上の懸念であるとの位置づけの下、安全保障を理由とする機微技術の範囲の拡大の検討及びその流出防止策や、自国産業を中心に据えた産業政策が世界的に進んでいる。自由資本主義経済の恩恵を享受してきた我が国としては、グローバル・サプライチェーンの分断や国際的なイノベーションの機会喪失を招き、経済成長や技術革新を阻害することは避けなければならないが、軍事転用可能な技術の拡散防止の観点から、政府としてしかるべき機微技術の流出防止策を講じることは国際的な義務であり、また、国際協調主義を基調としつつも、一層の経済強靭化を実現するため、「安全保障と一体となった経済政策」が必要となっている。

例えば、対内直接投資についてはメリットも大きく、今後も一層促進していく必要があるが、他方、対内直接投資を巡る安全保障の観点からの国際的な懸念も高まっており、欧米諸国では対内直接投資管理の強化の動きがある。我が国においては、「外国為替及び外国貿易法」に基づいて対内直接投資管理を行っており、昨今の情勢を踏まえ、経済の健全な発展につながる対内直接投資を促進する一方で、国の安全等を損なうおそれがある投資に一層適切に対応するべく2019年同法が改正され、対内直接投資管理の見直しが行われたところである。

また、我が国の中小企業のものづくり技術についても、サプライチェーンの毀損などにより、その優位性が失われることのないよう、引き続き支援や制度を整備していく必要がある。このようなことから、自動車、産業機械などを支える中小企業による繊細な加工技術や素材技術等を維持、強化するため、資金繰り支援や設備投資支援が行われている(詳細は第2部参照)。

(3)自然災害を巡る不確実性と製造業

不確実性については、台風、大雨、洪水、土砂災害、地震、津波、火山噴火などの自然災害にも留意が必要である。各国の自然災害の発生回数及び被害総額は拡大傾向にあるが、人口1人あたりの被害総額で見ると、我が国は他国と比較して高い水準にある(図121-16・17)。

図121-16 各国の自然災害発生回数と被害総額の推移

資料:ルーバン・カトリック大学疫学研究所災害データベース(EM-DAT)

図121-17 各国の人口1人あたりの被害総額推移

資料:ルーバン・カトリック大学疫学研究所災害データベース(EM-DAT)、UNSTATSより経済産業省作成

我が国では平成以降、阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、2018年7月豪雨、北海道胆振東部地震、台風19号など、被害の深刻な自然災害が繰り返し発生したが、特に、2011年3月の東日本大震災後には、被災した企業の中に自動車サプライチェーンの中核を担う重要な部素材を供給する企業が多く存在し、全国的な生産停止や減産につながった。大手自動車メーカーはこのような東日本大震災時の教訓を活かし、近年、トータルサプライチェーンの可視化や、地域的リスク回避、パートナー工場における設備状況の把握などの災害リスク対策を強化しており、熊本地震等の際には、その成果が見られる例もあった注9。BCP策定率も年々向上するなど、国内企業の防災意識は高まっている(図121-18)。

図121-18 我が国製造業(資本金1億円以下の企業を除く)のBCP策定率

備考:2012、2014、2016年度はデータ無し。

資料:内閣府「平成29年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」

注9 2019年版ものづくり白書P.15

自然災害は我が国企業が明確に認識すべきリスクであり、実際に発生した際には、臨機応変に状況に対応することが求められる。国内外にサプライチェーンを張り巡らす製造業にとって、様々な自然災害への危機対応能力は必要不可欠である。

(4)非連続な変化を引き起こす可能性のあるデジタル技術革新

以上で確認したとおり、製造業が直面する不確実性には様々なものがあるが、非連続な変化を引き起こすデジタル技術革新もまた、製造業に大きな恩恵をもたらすものであると同時に、製造業が直面する不確実性の1つといえる。

例えば、深層学習(ディープラーニング)等の技術進化が加速しているAI(人工知能)に関しては、すでに画像解析による外観検査・検品、工場内の作業監視によるミス防止、製造設備のセンシングデータを分析した異常検知等、製造現場での活用事例が広がり、製造業の在り方を大きく変えつつある。また、自動車産業における自動運転分野では、自動車メーカーのみならず、GoogleなどIT大手、更にはベンチャー企業が参入し、大手企業による買収も活発であり、競争が加速している注10

注10 (独)情報処理推進機構「AI白書2019」

また、日本でも2020年からスマートフォン向けのサービスが開始される5Gなどの次世代通信技術は、製造現場においては機械からクラウドへの直接的かつシームレスな無線通信を可能とすると言われ、生産性の劇的な向上につながる可能性がある。5Gの一桁上のスペック競争ステージ(6G)にも突入しつつある中、台湾TSMCや韓国サムスンの設備投資計画が過去最高に引き上げられ(2019年10-12月期)、日立ハイテクも2019年7月に新工場建設を発表するなど、半導体製造装置などへの投資が加速している。

量子コンピュータ分野でも、大手IT企業が続々と開発に参入し、日本でも日本電気(株)(NEC)が2023年の「全結合型量子アニーリングマシン」注11実用化を目指す注12など、各社がしのぎを削っている。また、量子コンピュータ時代に欠かせないセキュリティ技術である量子暗号通信についても、東芝による英国との共同研究が進められ、世界市場でのデファクト化が目指されており、同分野での開発は日進月歩で進められているところである。さらに、東京大学がIBMと量子コンピューティングの分野でアカデミック・パートナーシップを締結するなど、産学の連携も盛んに進められている。本提携により東京大学がIBMの最先端商用量子コンピューティング・システムに直接アクセスできるようになり、量子力学的発想で直接量子プログラミングができる新世代の育成に資するだけでなく、現代コンピュータを超越する量子アルゴリズムの理論と量子回路の設計・実装、量子力学シミュレーション、機械学習等の分野における国内での研究が進むことが期待される注3

注11 2018年10月、NEDOプロジェクトとして採択。組合せ最適化問題の高速解法のブレークスルーとして期待されている「量子アニーリングマシン」の課題である「コヒーレンス時間(量子重ね合わせ時間)」と「集積性」を両立し、国産の「量子アニーリングマシン」を実現することが期待される。

注12 同社 HP https://jpn.nec.com/quantum_annealing/index.html

注13 東京大学プレスリリース https://www.t.u-tokyo.ac.jp/foe/press/setnws_201909091459294809681836.html

製造業にとっても、工場内での移動経路最適化や新素材開発への応用などに適用されつつあり、大きな革新をもたらす可能性がある(コラム参照)。このほか、仮想現実VR(Virtual Reality)や拡張現実AR(Augmented Reality)、マテリアルズ・インフォマティクス、無人ドローン、ブロックチェーン、空飛ぶクルマ等、非連続的な変化を引き起こす可能性のある注目すべき技術革新は数多くあるが、そうした技術革新により市場や競争環境が劇的に変化するリスクを見据え、変化に対応する能力が重要となる。

コラム:製造業にとっての量子コンピュータ・・・(株)野村総合研究所 藤吉栄二氏

<古典コンピュータでは解けない問題を解く>

量子コンピュータとは、大学の物理学で学ぶ量子力学特有の現象である「重ね合わせ」や「量子のもつれ」を利用して計算を行う機械を指す。現在我々が利用しているコンピュータは、古典力学の原理を使って「0」と「1」というビットの状態を作りだし、その組み合わせで計算を行う。そこで、量子コンピュータとの対比で、古典コンピュータと呼称される。昔に比べて速くなったとはいえ、古典コンピュータには限界がある。複雑な問題を解こうとすればするほど、計算に時間を要してしまう。古典コンピュータの最高峰であるスーパーコンピュータであってもそうである。

そんななか、「量子力学の現象を利用すれば、古典コンピュータよりも優位に立つコンピュータを作ることができ、複雑な自然現象を解明できる」との期待のもと、量子コンピュータの概念が登場した。

<量子コンピュータの現状と製造業における活用検討>

量子コンピュータの概念が提唱されたのは1980年代であるが、計算機としての機能を備え始めたのはつい最近である。さらに、現在の量子コンピュータが古典コンピュータと比べて優れた能力を持つかといえば、そうではない。なぜなら、詳細は割愛するが、「重ね合わせ」や「量子のもつれ」といった量子力学の現象を長時間作り出すことは難しい。計算の途中経過を計測しようとすると量子状態が壊れてしまう。また、ノイズの影響を受けやすく、正しい答えを算出しないことがあるからである。

量子コンピュータは、古典コンピュータの上位互換に相当する量子ゲート方式と組み合わせ最適化問題に特化した量子アニーリング方式(量子イジングモデル方式)の2方式の開発が進められているが、2019年時点で古典コンピュータの性能を超えない状況は両者とも同じである。量子アニーリングの代表格であるカナダのD-Waveシステムズが開発するマシンは、商用化されているとはいっても、実験装置的な位置づけであり、大規模な問題を一度に計算機に実装して計算することはできない。

そのような状況であるにもかかわらず、世界中のリーディングカンパニーが量子コンピュータ活用の検討を始めている。以下では、デンソー、ダイムラー、エアバスの3社の取組を紹介する。

【デンソー】:工場内の無人搬送車移動経路の最適化

デンソーは、D-Waveマシンが日本で注目を集め始めた2016年頃から、積極的に量子アニーリングマシンの活用を検討する企業の一社である。工場の中では、無人搬送車が事前に用意されたルーティング(移動経路)ルールに基づいて、部品を運んでいく。同社は、複数の無人搬送車の間で、どのようなルーティングを選択すれば、工場内全体として効率化するかという研究を、D-Wave2000Qを使用して行った。D-Wave2000Qを活用した最適化計算では、既存のルーティングに比べて15%の改善を確認している。

【ダイムラー】:量子コンピュータを用いた新バッテリー開発研究に着手

メルセデス・ベンツの親会社であるダイムラーは、2018年にグーグルとの量子コンピュータのパートナーシップを締結し、材料科学と量子化学シミュレーションの分野で基礎研究を開始している。自動車のバッテリーの耐久性を向上させ、安価に製造できる新しい素材の開発に量子コンピュータを利用する。

同社は、量子コンピュータ開発においてグーグルのライバルであるIBMとも提携し、量子コンピュータを用いたバッテリー素材の研究を推進している。2020年1月には、水素化リチウム(LiH)、硫化水素(H2S)、硫化水素リチウム(LiSH)、硫化リチウム(Li2S)から構成されるリチウム硫黄電池において、分子の基底状態エネルギーと双極子モーメントを古典コンピュータを使ってシミュレーションし、更にIBMの量子コンピュータの実機を用いてLiHの双極子モーメントを計算できることを実証した。実機で利用した量子ビット数は4つにとどまるなど、検証としては初歩的なレベルにとどまった。しかし、これまでバッテリーの開発と試験は材料を実際に組み合わせてトライ・アンド・エラーで行わざるを得ず、シミュレーションソフトウェアがなかったことから比べると、大きな進歩である。量子コンピュータが実用化すれば、同社が電気自動車に搭載するバッテリー寿命を延ばすことができる新しい材料や組成を発見できると期待している。

【エアバス】:5つの課題可決に向け、量子コンピュータ活用コンテストを主催

航空機メーカーのエアバスは、2019年1月から量子コンピュータ活用のコンテスト『Airbus Quantum Computing Challenge』を開催した。開催に際して同社が提示した課題は5つ、「航空機運行のコスト最適化」、「航空流体力学に関する機体シミュレーション」、「航空機機体設計の最適化」、「航空機の機体シミュレーション」、「航空機の積荷作業の最適化」である。いずれのテーマも航空機メーカーにとって、ビジネスのパフォーマンス向上に重要な影響を及ぼす。同社は2019年10月末にアイデアの受付を締め切り、投資を行うアイデアを2020年第1四半期に決定する。

<未来に向けた投資が必要>

量子コンピュータの活用を検討する企業が目指すのは、デジタルトランスフォーメーション(DX)時代のビジネス変革である。明日のビジネスの改善というより、長期的な視点にたって、製造プロセスを抜本的に変革できるか、MaaS(Mobilityーas a Service)などのモノづくりからコトづくりへのビジネスモデル転換を行う際に、他社よりも優位に立つためには何が必要かといった課題意識のもと、研究を進めている。

量子コンピュータの本格化には、まだまだ課題は多い。しかし、この領域の研究は日進月歩であり、その動向は無視できない。企業は量子コンピュータ実現のロードマップを睨みながら、自社が目指す姿に対してできることの見極めが必要であろう。

(5)自動車産業に見られる大きな変革(CASE)

(4)において非連続的な変化を引き起こす可能性のある技術革新を概観したが、製造業の中でも特に裾野の広い自動車産業は他産業への波及効果が最も大きく、自動車産業における変化は、製造業全体に大きな影響を及ぼす(図121-19・20)。

図121-19 自動車産業の生産誘発係数・労働生産性の変化

備考:1.ここでいう生産誘発係数とは、総務省「産業連関表」の逆行列係数表(統合中分類)における各産業の大きさを表す。
2.「自動車」は乗用車、「汎用・業務用機械」は一般機械産業の値(2015年分ははん用、生産用、業務用機械の生産誘発係数について国内生産額でウェイト付けし、平均値の値を採用)
3.ここでいうサービス業は、電気・ガス・水道、商業、運輸、情報通信等。

資料:総務省「産業連関表」、内閣府「国民経済計算」

図121-20 乗用車の生産誘発係数の推移(値及び順位)

備考:ここでいう乗用車の生産誘発係数とは、総務省「産業連関表」の逆行列係数表(統合中分類)における乗用車の大きさを表す。

資料:総務省「産業連関表」(産業連関表平成2-7-12接続表(107部門表)、平成12-17-23接続表(103部門表)、平成27年産業連関表(105部門表)より経済産業省作成)

日本の自動車産業は、我が国製造業の約2割に当たる約60兆円の出荷額を誇る大きな産業であり、関連産業を含めて約550万人の雇用を支えるなど、出荷額・雇用の面でも日本経済を支えている(図121-21・22)。
図121-21 製造業の業種別製造品出荷額等

備考:従業者4人以上の事業所。

資料:経済産業省「工業統計表(2018 年版)」

図121-22 業種別就業人口

資料:(一社)日本自動車工業界「日本の自動車工業2019」

以下では、特に自動車産業において今後見込まれる変化について概観したい。

現在、自動車産業は、CASE(Connected:車のツナガル化、Automated:自動運転、Shared & Service:シェアリング・サービス、Electrified:電動化)と言われる、100年に1度の大きな変革に直面していると言われる。CASEの変化は、1つ1つが、既存の自動車メーカーやそのサプライヤーのビジネスモデルに大きな変化をもたらす。例えば、コネクテッドや自動走行の技術の進化、自動車のサービス利用のニーズの拡大は、ITなど、自動車に関する既存のプレイヤーとは異なる業種にとって大きなビジネスチャンスとなるとともに、既存の自動車関連産業のプレイヤーにとっては、競争激化のきっかけとなっている。また、電動化により、①エンジン部品など、完全にEV化すれば不要となる部品や、②新たに必要となる部品(駆動用モータなど)が生じるとともに、③モジュール化の進展により、これまで我が国が強みとしてきたすりあわせが一部不要となるなど、既存の自動車産業のバリューチェーンにも大きな変化をもたらす(図121-23)。

図121-23 自動車産業の構造の変化

資料:経済産業省作成

「CASE」に対応するためには、これまでと大きく分野の異なる領域に大規模投資を行う必要があることから、我が国の自動車産業が競争力を維持・強化するためには、企業間や官民の連携を一層強化していくことが重要となる。このため、経済産業省では、2018年4月から2019年4月にかけて、4回にわたり、産官学からなる自動車新時代戦略会議を開催し、対応を議論した。2018年7月には、2050年までの長期ゴールとして、世界に供給する日本車1台あたりの温室効果ガス排出量を8割程度削減するとともに、究極的には、燃料から走行までの温室効果ガス排出をゼロにすることを目指す「Well-to-Wheel Zero Emission」を官民で進めることとした。また、2019年4月には、CASEの変化によりもたらされる3つのモビリティ社会像(①低炭素・分散・強靱な自動車・エネルギー融合社会の構築、②移動弱者ゼロ化、豊かな移動による豊かな地域社会づくり、③渋滞等の都市問題解決、効率的なデジタルスマートシティの実現)を掲げ、官民連携で取組を進めていくことを取りまとめた。

続いては、電動化、地域における新しい移動サービス、デジタルスマートシティ、将来に向けた環境整備の各局面から、対応状況を概観する。

(低炭素・分散・強靱な自動車・エネルギー融合社会の構築)

電動車に搭載されている蓄電池や燃料電池は、分散型電源として電力インフラと連携し、電力系統の安定化に貢献することや、V2H(車両から家への給電)などの機能を活用することで災害時に避難所や家庭に電力を供給する電源となることが期待されている。また、中古車としての流通の拡大や、廃車後に車載用蓄電池を取り出し定置用蓄電池として活用する取組を進めることで、EVのライフサイクルでの経済性が向上することが見込まれる。このため、2019年7月には、官民連携による「電動車活用社会推進協議会」を設立するとともに、車載用蓄電池のリユース・リサイクルの拡大に向けた課題の整理や電動車の活用のユースケースの普及などに取り組んでいる。

(移動弱者ゼロ化、豊かな移動による豊かな地域社会づくり)

公共交通機関が乏しい地方部においては、自動車は移動手段として欠かすことができない必需品である。このような地方部では、高齢化の更なる進展により、自ら運転することが困難な方々が増える上、ドライバー不足により公共交通の担い手も減少することで、いわゆる移動弱者が増加することが懸念されている。また、物流においても、ドライバー不足は顕著であり、その効率化は不可欠である。

このような現状に対し、経済産業省では、国土交通省と連携し、新たなモビリティサービスの社会実装を通じた移動課題の解決及び地域活性化を目指し、地域と企業の協働による意欲的な挑戦を促すプロジェクトとして、2019年4月に「スマートモビリティチャレンジ」を創設し、28地域を支援対象として選定した。また、無人移動サービスを実現するべく、社会受容性の向上を目指す社会実証を進めるとともに、自動運転の社会実装に向け、その基盤となる安全性評価技術の開発も支援している。

(渋滞等の都市問題解決、効率的なデジタルスマートシティの実現)

車車間・路車間通信の一層の普及や、車両内外のデータの連携を進めることで、交通流通の円滑化や事故の抑止などにつながることが期待される。このようなコネクテッド関連技術の社会実装に当たっては、サイバーセキュリティの確保や、自動走行に活用する高精度3次元地図データの整備・更新、車の内外、交通事業者間にまたがるデータ連携・活用のルールや基盤の構築が課題となる。

このため、経済産業省では、サイバーセキュリティに関する国際標準の策定や日本自動車工業会における情報共有体制の構築等の業界の取組を後押しするとともに内閣府SIP事業において、ITS無線路側機から提供される信号情報や高精度3次元地図等を活用した自動運転車の実証実験を進めている。

(将来のモビリティ社会像実現に向けた事業基盤整備)

このようなCASEがもたらす社会像を実現するためには、自動車工学とソフトウェアエンジニアリング双方を担えるIT人材の不足、既存・CASE領域双方における開発の効率化、サプライヤーなどのCASEへの対応力の強化が必要となる。

このため、IT人材の育成・発掘を目的に、業界連携で策定したスキル標準に準拠した講座開発を進め、ボリュームゾーンにおける自動車業界×ITの人材エコシステムの構築を後押しするとともに「自動運転AIチャレンジ」等によるトップ人材の引き込み・育成等の取組を進めている。また、開発効率向上のため、シミュレーション技術を活用した「モデルベース開発」を広く普及させるべく、モデル構築の方法に関するガイドラインの整備や標準的なモデルの構築・公開を行っている。また、サプライヤーの対応力の強化に向け、サプライヤー応援隊による支援を実施している。

本節では、我が国製造業を取り巻く政策、地政学、技術革新、市場変化等、様々な局面における不確実性の高まりを見てきた。我が国経済を支える自動車産業においても、今後大きな変化が見込まれ、様々な取組が進んでいるところである。

世界の政策不確実性指数は2018年以降特に上昇基調が強まっているが、1997年以降の傾向を概観すると、拡大傾向は2008年頃より既に始まっている。このようなことから、政策不確実性の高まりは、英国のEU離脱や米中貿易摩擦の激化といった最近の状況を反映した一過性のものというよりは、今後も続く基本的なトレンドと見るべきであろう。

2020年1月以降は更に、中東情勢緊迫化による地政学リスクの高まりや、オーストラリアにおける大規模な山火事を始めとする気候変動による自然災害、そして、新型コロナウイルス感染症の脅威に次々と直面している。まさに、IMF専務理事クリスタリナ・ゲオルギエバ氏が指摘するように、不確実性は新しい常態(ニュー・ノーマル)となりつつある注14

今後の我が国製造業には、不確実性の高い世界を前提とした事業活動を営む戦略性が求められる。続いては、このような状況の下、日本の製造業が進むべき方向性について考察を深めたい。

注14 Kristalina Georgieva, 2020, ”Finding Solid Footing for the Global Economy”  https://blogs.imf.org/2020/02/19/finding-solid-footing-for-the-global-economy/

<<前のページに | 目次 | 次のページに>>

経済産業省 〒100-8901 東京都千代田区霞が関1-3-1 代表電話 03-3501-1511
Copyright Ministry of Economy, Trade and Industry. All Rights Reserved.