経済産業省
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第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第3節 製造業の企業変革力を強化するデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進

4.製造業のデジタルトランスフォーメーションに求められる人材

我が国製造業における人手不足状況は年々深刻化しており、ますます大きな課題となっている。過去のものづくり白書においても、度々同問題に触れ、デジタル化を通じた解決を模索してきた。ここでは、本節で論じてきたデジタルトランスフォーメーションを実現するために必要となる人材について、更に分析を深める。

(1)製造業のデジタル化に必要な人材とその確保状況

①我が国製造業における人材確保の状況

はじめに、我が国製造業における人材確保状況を概観する。本章第1節で確認したとおり、2020年3月時点での完全失業率は引き続き3%を下回る低水準で推移しており、低下傾向が続いている。一方、有効求人倍率は2018年4月から2019年6月までの間1.6倍を超える高水準が続いてきたが、その後は低下傾向となっており、2009年以降回復が続いていた有効求人倍率に変調が見られる結果となった(前掲:図111-19)。製造業の従業員不足感は、2014年以降「過剰」と答える割合を「不足」と答える割合が上回り、マイナスが続いているものの、2019年第1四半期から2020年第1四半期にかけては、大企業、中小企業共にマイナス幅が縮小傾向である。(図134-1)。

図134-1 製造業における従業員の不足感(規模別DI)

資料:日本銀行「短観」

②デジタル化に必要な人材

アンケートにおいて工程設計力が低下した理由を尋ねると、79.4%が「ベテラン技術者の減少」、19.1%が「間接部門の人員削減」と回答しており、ベテラン技能者の退職や人材不足は、エンジニアリングチェーンにも深刻な影響を与えていることが分かる(前掲:図132-8)。一方、工程設計力が向上した理由を確認すると、「生産技術、製造、調達といった他部門との連携強化(79.2%)」「営業、アフターサービスなどから顧客ニーズのフィードバックを強化(26.5%)」「デジタル人材の育成、確保(22.5%)」が上位に挙がっており、デジタル人材の活躍による部門間連携がエンジニアリングチェーンの強化に有効であることが示唆される(前掲:図132-7)。

一方で、デジタル人材の供給は十分に進んでいない。「IT人材白書2019(独立行政法人情報処理推進機構)」の中でIT企業やユーザー企業に対して行われたアンケートによれば、特にIT人材の「量」の不足感が強まっている状況が確認できる(図134-2)。デジタル技術を理解しているIT人材の質・量両面での供給不足は、デジタル化によるエンジニアリングチェーンの強化に向けた課題の一つである。

図134-2 IT人材の「量」と「質」に対する過不足感

資料:独立行政法人情報処理推進機構「IT人材白書2019」より経済産業省作成

備考:無回答を除く

③システム思考の強化

エンジニアリングチェーンを強化するためには、各部門の個別最適ではなく全体最適を考慮してビジネス全体を俯瞰する能力も重要となるが、この能力は「システム思考」と呼ばれている。システム思考は「システムズエンジニアリング(システム工学)」として体系化されており、複数の専門分野にまたがる事象を統合し、統合された事象全体としてのシステムを成功させるために必要となるアプローチと手段を構築する力を指す。米国において汎用化されたもので、軍事産業、航空・宇宙産業などの隆盛に伴って大規模システムを設計し、運用するために必要不可欠な教育として同国で発展してきたとされる。

我が国における製造業のデジタル化は個別最適に陥ることが多く、システム思考を強化することが重要であると過去のものづくり白書においても繰り返し述べられてきた注23。このようなシステム思考は、米国において体系化されたものであるが、その一方で、システム思考は、「チームでの協働(協創)注24」という点において、日本的手法とされる「ワイガヤ」や「スリアワセ」と共通するという指摘もある注25

注23 2017年版、2018年版

注24 慶応SDMのイノベーション教育 白坂氏提出資料(1)(文部科学省人材委員会(第62回 2013年9月4日)配付資料)https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu10/siryo/attach/1340846.htm

注25 内田孝尚「イノベーションと思考共通」(一般社団法人日本機械学会2017年度年次大会講演論文集[2017.9.3-6,(さいたま)])

しかし、2.(2)において指摘したように、我が国製造業における部門間の連携は必ずしも十分とはいえない状況にあり、システム思考に必要な「チームでの協働(協創)」の妨げとなっている。したがって、部門間を越えたデータ連携を進め、バーチャル・エンジニアリング環境を整備することは、「ワイガヤ」や「スリアワセ」といった「チームでの協働(協創)」を復活・発展させ、我が国製造業におけるシステム思考の導入を容易にするものと考えられる。

なお、システム思考は、現在、国内では慶応大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科などを中心に講座提供されており、多くの卒業生が輩出されている。部門間のデータ連携やバーチャル・エンジニアリング環境の整備と平行して、このようなシステム思考のできる人材を育成することで、エンジニアリングチェーンを強化していくことが重要であろう。

(2)数学―製造業のデジタル化に必須の知識

今後、製造業においてデジタルトランスフォーメーションが進み、IoT、AI等のデジタル技術が活用されるようになっていくに従って、これまで以上に必要性と重要性が増してくると思われる人材は、数学注26の知識や能力を有する人材である。

注26 ここでいう「数学」は、純粋数学、応用数学、統計学、確率論、さらには数学的な表現を必要とする量子論、素粒子物理学、宇宙物理学なども含む広範な概念であり、文部科学省・経済産業省「理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会」報告書「数理資本主義の時代-数学パワーが世界を変える」(2019年3月26日)における「数学」の定義や、文部科学省科学技術政策研究所科学技術動向研究センター報告書「忘れられた科学-数学」(2006年5月)における「数学研究」の定義をほぼ踏襲している。

例えば、数学の能力は、デジタル化した製造業に不可欠なデータ分析、モデリング、シミュレーションにおいて大いに発揮される。特にAIと人間との協調・協働においては、数学がAIの制御を始め、学習データや推定結果の信頼性を高めるために必ず必要となる。さらに、AI自体に画期的な技術革新を起こすともなれば、高度な現代数学の能力が決定的に重要になるであろう。AI以外にも、VR、AR、マテリアルズ・インフォマティクス、量子暗号や量子コンピュータ等、製造業に大きなインパクトをもたらすと予想されるデジタル技術革新の多くが、高度な数学の能力を要するものである。

また、数学は「モノや構造を支配する原理」を見出すための普遍的かつ強力なツールであり、数学の力によって、将来の変化が起こる前の予兆の検出、予測の精緻化、ビッグデータを重要な部分にのみ着目して活用することなどが可能となる注27。この数学の能力は、ダイナミック・ケイパビリティの要素の一つである「感知」を格段に強化するものであろう。

注27 注27 「忘れられた科学-数学」p.107

加えて、(1)において述べたように、今後は、全体最適を考慮してビジネス全体を俯瞰するシステム思考が重要性を増してくる。言い換えれば、具体的な課題を抽象化・一般化することによって俯瞰し、統合的に解決する能力が以前にも増して求められることになるが、その抽象化・一般化において、数学的な思考は大きな力を発揮する。

さらに、数学は、ライフサイエンス、ナノテクノロジー、環境科学、材料科学、物理学、化学、金融工学、経済学、社会学など様々な分野の科学技術の基盤となるため、数学の進歩は各分野の発展をもたらすほか、数学を軸とすることで異なる分野の課題を共通化し、分野融合的な技術開発が可能となる注28。ダイナミック・ケイパビリティ論に従っていうならば、数学は、異なる分野の知識を融合させて新たな価値を生み出す「共特化」を可能にするものである。

注28 「忘れられた科学-数学」p.106-7

このように、製造業のデジタル化を進め、そのダイナミック・ケイパビリティを強化する上で、数学の知識や能力を有する人材が非常に重要になると考えられる。

そこで、我が国における数学の水準について見てみると、数学研究についていえば、若い数学者の優れた業績を顕彰するフィールズ賞の受賞者数(3名)では、我が国は、世界第5位である。また、2006年に伊藤清(京都大学名誉教授)が、ガウス賞(社会の技術的発展と日常生活に対して優れた数学的貢献をした研究者に贈られる賞)の第1回受賞者となっており、さらに、2018年には柏原正樹(京都大学名誉教授)が、チャーン賞(生涯にわたる群を抜く業績を上げた数学者に贈られる賞)の第3回受賞者となっている。そして、これらの賞を授与する国際数学連合(IMU)の総裁を2018年まで4年間務めたのが、フィールズ賞受賞者でもある森重文(京都大学高等研究院長)である。このようなことから、我が国における数学の研究能力の水準は、他国に引けをとるものではないといえる。また、義務教育終了段階(15歳児)の生徒が知識・技能をどの程度活用できるかを評価した「経済協力開発機構(OECD)」の調査(PISA)によると、我が国の科学的リテラシーや数学的リテラシーは、国際的に見ても上位にあり、高いポテンシャルを持つことが分かる。さらに、高校生等が参加する「国際数学オリンピック」や「国際情報オリンピック」では、例年メダリストを輩出し、国際順位も上位にある注29

なお、経済産業省が実施した「産業振興に寄与する理工系人材の需給実態等調査」では、2017年度採用予定人数と2019年度の採用希望人数を比較すると、全体的にはマイナス7.7%と採用希望人数が減少している中で、人工知能(プラス125.0%)やwebコンピューティング(84.7%)に加えて、統計・オペレーションズ・リサーチ(プラス90.9%)や数学(プラス69.2%)の割合が増加しており、我が国の企業が理数系人材の獲得に動いていることが明らかとなっている注30

注29 「数理資本主義の時代-数学パワーが世界を変える」、p16-7

注30 平成29年度産業技術調査事業(産業振興に寄与する理工系人材の需給実態等調査)

しかし、製造業において数学の知識や能力を有する人材を活用する上では、課題もある。その一つは、我が国の若手数学者のうち、民間企業に進む者が比較的少ないということである。

図134-3・4・5のとおり、我が国において、数学の博士後期課程を修了した者の進路状況については、修了後に高等教育機関に進むものが多く、民間企業等に進む者は2013年から2016年にかけて増加しているが、全体の12%程度となっている。

図134-3  数学・数理科学分野の博士後期課程修了者の進路(2013 年)

資料:日本数学会社会連携協議会調査より経済産業省作成

図134-4 数学・数理科学分野の博士後期課程修了者の進路(2015年)

資料:日本数学会社会連携協議会調査より経済産業省作成

図134-5 数学・数理科学分野の博士後期課程修了者の進路(2016年)

資料:日本数学会社会連携協議会調査より経済産業省作成

一方で、「American Mathematical Society」の調べによると、アメリカのPhD(数理科学)修了者数は、ここ数年増加傾向にあり、なかでも産業界へ進む者が年々増え、2016年には全体の約30%となっている(図134-6)。アメリカの動向で注目すべきは、PhD修了者の数が日本の10倍以上である上に、産業界へ進むPhD修了者が増えている一方で、学術界に進むPhD修了者は必ずしも減っているわけではないという点である。

図134-6 博士課程、PhD修了者の進路(日米)

資料:第2回「理数系人材の産業界での活躍に向けた意見交換会」資料9「文部科学省提出資料」p.4、p.5「博士後期課程修了者の進路等」より経済産業省作成

今後、我が国においても、若手数学者が、学術界のみならず製造業においても活躍できる機会が拡大することが望ましい。

コラム:「非凡を集めて非凡をなす」というスローガンを掲げて技術者の理想郷を追求・・・(株)エリジオン

(株)エリジオン(静岡県浜松市)は3次元形状処理とデータ変換の技術をベースに様々なパッケージソフトウェアを企画・開発している会社である。自動車、航空・宇宙、家電、プラントメンテナンス、土木、建築などあらゆる分野で3Dデータ活用の重要性が増している中、同社は100種類以上のCADフォーマットに対応し、データ効果の領域では世界シェア35%を占めるなど「インターオペラビリティ・ソリューション・プロバイダ」としての存在感を高めている。

同社の創業は1999年であり、「ソフトウェアで世界一番の会社になる」「技術者の理想郷をつくる」を目標に掲げ、高い利益率を維持して、創業当初から年俸制を採用している。日本は年功序列賃金で、能力のある若い技術者がいつまでも低い処遇に甘んじて働かされている現状がある。今でこそ、ITやAIに明るい人材は引っ張りだこであるが、日本は長らくハードウェアよりもソフトウェアの技術者が軽視され続けてきたところがある。そのような現状を打破しようと、現会長の小寺敏正氏は技術仲間とスピンアウトしてつくったソフトウェアメーカーのCADデータ変換部門をエリジオンとして独立させた。高いパフォーマンスの人に正当に報いる報酬制度をつくり、エンジニアの給与水準が低いという日本の現状に逆行し、日本一給与の高い会社を目指して設立された。実際、現在の同社の社員の平均年収は1,860万円(役員は除く)であり、物理オリンピックで金メダルを取った実績のある物理工学専攻のドクターの学生を新卒採用する際には約1,400万円の年収を用意した。

同社は非凡な人材を集めて非凡な会社をつくり、労働集約型製造業から知的集約型産業へと転換し、IT企業としても世界一になることを目標としている。また、数学は全ての産業の基盤であると考え、理数系人材の採用を重視している。それゆえ、同社の入社試験は少しユニークで、学歴ではなく、あくまでも実力本位の採用、特に数学の力(考える力)を重視している。採用活動の時期になると学生にはがきを送り、はがきには数学の問題を3問載せており、全問正解者には30万円相当のパソコンを贈る。相当なレベルの難問なので、正解者は極めて少ないが、このような問題を解きたくなるような習性の人材を求めている。

日本人の数学の平均値は総じて高いにもかかわらず、なぜ日本からは優れたIT技術者が誕生しないのか。日本ではあまりに勉強ができすぎると異質な目でみられて押さえつけられてしまい、米国のような飛び級もない。あまりに数学が突き抜けている人材はコミュニケーション力に乏しい場合もあり社会性がないと指摘されるが、このような非凡さを米国では個性として受け入れる素地がある。日本全体が未だにホモジニアスを好む傾向が続いており、誰かが抜きん出ることを極端に嫌がる。同社はスポーツで称賛されるオリンピック選手のように理数分野で才能を発揮する社員をサイエンスアスリートと称し、「非凡を集めて非凡となす」「出る杭を伸ばす」というスローガンを掲げ、若い理数系人材が思う存分に能力を発揮できる場を用意している。

図1 エンジニアの理想郷を追求したオフィス環境

出所:(株)エリジオンより提供

図2 入社試験では高度な数学試験が課される

出所:(株)エリジオンより提供

コラム:民間が主導してデジタル人材の育成に取り組む動きも活発化・・・公益財団法人福岡県産業・科学技術振興財団、特定非営利活動法人ITコーディネータ協会、慶應義塾大学SFC研究所 ソーシャル・ファブリケーション・ラボ、一般社団法人データサイエンティスト協会

福岡県は2000年代に入ってからアジアにおける半導体設計開発拠点化を目指して、地域の産学官が連携して長年にわたり半導体・エレクトロニクス関連産業の振興に取り組んできた。特に地域に不足する企業のシステムLSIの技術者の育成には早くから重点的に取り組んでおり、(公財)福岡県産業・科学技術振興財団が2001年に「福岡システムLSIカレッジ」を設立。2007年には北部九州地域に相次いで自動車産業が進出したこともあり、自動車用半導体の組込みソフトウェア設計技術者養成講座も追加し、2012年には日本の半導体の強みが電子デバイスにシフトしてきたことを受けて電子デバイスの開発や生産のための技術者を育成する「実装技術者養成講座」を更に追加した。近年はAIやIoT、自動車のEV化にも対応するため、2016年に「システム開発技術カレッジ」へと改称し、講座体系も「基盤技術」「システム要素技術」「システム構築技術」の3体系へ刷新した。

このように、同財団が運営している「システム開発技術カレッジ」は半導体の基本から応用までを教育する国内最大規模のリカレント教育機関で、設立以来19年間で約 19,500名(延べ)の技術者を育成し、業界の競争力強化に大きく貢献している。また、変化する社会のニーズを的確に捉えて、データサイエンス分野の講座の追加やカリキュラムの見直しを行うなど、受講企業からの様々な要望にも柔軟に対応している。約60もの高水準な講座は、その分野で専門の一流講師陣により提供され、毎年継続的に企業内での新人研修や中堅技術者育成として実施されている。実施に当たっては、PCほか実習機材等も全て持ち込みによる柔軟な出張対応を行うことにより、福岡県のみならず広く県外企業の技術者の育成にも貢献している。

長期にわたる持続的かつ広域的な半導体関連分野におけるリカレント教育の実績が高く評価され、同財団の取組は第8回ものづくり日本大賞の「人材育成支援部門」において経済産業大臣賞を受賞している。

図1 講座実施の様子

出所:(公財)福岡県産業・科学技術振興財団より提供

NPO法人ITコーディネータ協会は、中立公平な立場で、経営戦略のなかでITをどのように利活用するかを経営者とともに考えるITコーディネータを育成し、中小企業への紹介を行っている。具体的には、ITコーディネータ資格者の育成・認定、スキルアップ研修や経営者向け研修の実施、及びITコーディネータと経営者等とのマッチング、ならびにITの利活用に関する普及・啓発活動を通じ、中小企業がITを経営の力として活用できるよう支援を行っている。

慶應義塾大学SFC研究所ソーシャル・ファブリケーション・ラボは「ファクトリー・サイエンティスト」という、ものづくりの現場におけるデジタル化を推進し、工場の統括責任者の「右腕」になる人材を育成するカリキュラムを開発してきた。「ファクトリー・サイエンティスト」はデジタル技術に興味を持って取り組める年齢20代〜30代で、入社3〜9年目の社員を想定しており、IoTデバイスによるエンジニアリング、センシング、データ解析、データ視覚化、データ活用等の知識を身に付けて、提案と実践と報告とネクストステップができる人材である。

「ファクトリー・サイエンティスト」は次の3つの能力を備えた人材を想定している。1つ目の能力は「データエンジニアリング力」で、IoTデバイスや計測機器、装置などを使って現場から適切な方法でデータを取得する能力である。2つ目の能力は「データサイエンス力」で、収集されたデータや、他のデータと照らし合わせて有用な情報を紡ぎ出す能力である。そして3つ目の能力は得られた情報を元に戦略を練り上げ、データを説得材料にビジネスに活用する「データマネジメント力」である。「ファクトリー・サイエンティスト養成講座」は2018年に経済産業省が実施した「産学連携デジタルものづくり中核人材育成事業」のプログラムの1つに採択されている。

今後、より広くファクトリー・サイエンティストを普及していくため「ファクトリーサイエンティスト協会」を発足し、同協会が主体となって全国各地で育成プログラムを展開していく。

図2 ファクトリー・サイエンティストが習得すべき3大スキル

出所:ファクトリーサイエンティスト協会より提供

一方、2013年に設立された(一社)データサイエンティスト協会は、「データサイエンティスト」には明確な定義がなく対応領域も広いことから、人材の期待役割とスキルセットのミスマッチにより、データ分析から想定した成果が得られない、あるいは経験や能力を職場で十分に活かすことができないといった状況が頻発し、このままでは、いわゆるビッグデータ関連市場の健全な発展にも影を落とすことになるという問題意識から設立された団体である。新しい職種であるデータサイエンティストに必要となるスキル・知識を定義し、育成支援など、高度IT人材の育成と業界の健全な発展への貢献、啓蒙活動を行っている。

図3 データサイエンティスト協会の活動

出所:(一社)データサイエンティスト協会より提供

図4 データサイエンティストに必要な3つのスキルセット

出所:(一社)データサイエンティスト協会より提供

コラム:デジタル人材育成に向けた地方自治体のユニークな取組・・・和歌山県、加賀市、札幌市
デジタルトランスフォーメーションに欠かせない人材の育成に向けて、各地方においても取組が進められている。以下では、和歌山県、加賀市、札幌市の取組を紹介する。

<和歌山県>

和歌山県では「きのくにICT教育」として、県を挙げてプログラミング教育に力を入れている。全国的には、小学校は2020年度から、中学校は2021年度から、高等学校は2022年度からプログラミング教育の必修化が始まるが、同県では2019年度から、全ての小・中・高等学校において、全国に先駆けて体系的なプログラミング教育を実施している。

小学校は「体験期」と位置づけ、各教科の授業の中でコンピュータに計算させたり、図形を描かせたり、ロボットキットを作動させたりするなどのプログラミングの体験を通じて、各教科の学習のねらいを達成する。このようなプログラミングの体験によって、身の回りにあるプログラムで制御されているものの仕組みを学び、身近なコンピュータなどについて意識を高めている。

中学校は「基礎期」と位置づけ、小学校での体験を踏まえ、ビジュアル言語(絵や図で表された命令を組み立てて、プログラムを作成する言語)を用いて、プログラミングの基礎について学び始める。地域や社会の課題について考え、プログラミングを用いて課題を解決しようとする力を育成するとともに、プログラミングの基礎を身に付けていく。

高等学校は「応用期」と位置づけ、小・中学校で学んだことを活用し、社会で一般的に利用されているテキスト言語(文字や記号を用いてプログラムを作成する言語)によるプログラミングを学ぶ。試行錯誤をしながらアプリを制作する活動を通して、情報活用能力や論理的思考力等を育成する。

また、同県ではこのような教育に加え、部活動等の支援も実施している。2018年度から、中・高等学校のICTに取り組む部活動(パソコンクラブ等)に、県内外のICT関連企業などの技術者や専門家を指導者として派遣している。これまで県内16の学校に指導者を派遣し、センサーを駆使した駆動系のプログラミングや、多人数参加型のRPGゲームの作成、PythonやC言語を活用したプログラムの作成等、各校様々な内容に実践的に取り組んでいる。さらに、2019年度から、県・県教育委員会主催のきのくにICTプログラミングコンテスト「Switch Up WAKAYAMA」を開催している。和歌山らしい作品として、みかんを剥く精度の高いロボット制御のプログラムや、和歌山の魅力を伝えるゲームなどの応募があった。全国のプログラミングコンテストの運営に関わる専門家や大企業の実務家から、全国水準に匹敵するユニークな作品が多かったとの評価を得ている。

民間においても県内で盛んに取組が進められており、県内在住のプログラマー等が中心となり、宇宙データを活用したアプリケーション開発に3日間で取り組むハッカソン「NASA Space Apps Challenge kushimoto2019」が実施された。

図1 和歌山県:プログラミングコンテスト Switch Up WAKAYAMAの様子

出所:和歌山県より提供

図2 和歌山県:小学校プログラミング教育の様子

出所:和歌山県より提供

<加賀市>

加賀市の人口は1985年の80,877人注31をピークに減少し始め、2014年に日本創生会議が発表した「消滅可能性都市」に該当した。加賀市はこのような危機的状況から脱却するため、プログラミング教育に力を入れはじめた。「地方版IoT推進ラボ注32」の第1弾として選定されたことを契機に、地域内産業界へのIoT導入を促進するとともに、将来の市内産業を担うIT人材を若年層から育成することに注力することとし、「RoboRAVE」、「数理女子ワークショップ」、「コンピュータクラブハウス加賀」といった取組を進めている。

注31 国勢調査

注32 平成28年7月開始。経済産業省とIoT推進ラボが地域におけるIoTプロジェクト創出のための取組を支援するもの。

まず、「RoboRAVE」とは、コンピュータを使ったロボット動作のプログラミング学習や操作体験を通して、子どもの科学とものづくりへの興味・関心を高め、創造力や柔軟な思考力を育む教育プログラムである。小学4年生から高校生までを対象とした国際大会を毎年開催している。

次に、「数理女子ワークショップ」とは、数学者や数学を使って社会で活躍する数理女子のメンバーが指導者となり、参加者が数学(算数)の面白さを自ら発見し議論を行い理解して、自分の作品を作成することで、数学的能力を高め、学校で学ぶ数学とは異なる側面や心躍る数学の世界の魅力を参加者に感じてもらう取組である。

そして、「コンピュータクラブハウス加賀」とは、子どもたちが自宅や学校以外の場所で、いつでも安全にテクノロジーに触れられる場として無償で公開される米国発祥の「コンピュータクラブハウス」を加賀市でも開始したものである。国内第1号のコンピュータクラブハウスとしてクラウドファンディング型のふるさと納税制度により1,000万円を超える支援を得て、2019年5月に開設した。約半年で加賀市内外から延べ1,000人以上の子どもたちが訪ね、自分の興味の赴くままに、楽しんで最新のテクノロジーに触れ、探求している。

図3 加賀市:RoboRAVEの様子

出所:加賀市より提供

図4 加賀市:コンピュータクラブハウス加賀の様子

出所:加賀市より提供

<札幌市>

札幌市では、地方版IoT推進ラボの認定を受けて「Sapporo AI Lab」を実施している。経営者を対象とした「AIプランナー育成講座」ではAIの活用事例を学ぶ「入門編」と自社課題をAI活用により解決する方法をワークショップ形式で学ぶ「実践編」を開講している他、エンジニア向けにも開発スキル向上のためのレベル別の様々な講座を実施している注33。これらの講座は2017年に開始し、2020年度までにのべ1,000人以上が受講した。

注33 さらに高度な技術習得を望むエンジニアには、(株)北海道ソフトウェア技術開発機構と連携し、経済産業省の「第四次産業革命スキル習得講座」の認定を受けた「AIエンジニア育成講座(上級)」を用意し、AIの活用に必要なスキルを体系的に学ぶことができる体制を産学官連携により構築。

さらに、地域社会の課題をデータの力で解決し、みらいの社会を想像できる人材を育成するため、2019年7月に、北海道大学及び(株)ニトリホールディングスとの3者で、「みらいIT人財育成のための連携協定」を締結し、小・中学生、高校生、大学生までの各段階に応じた、IT人財育成を実施している。例えば、小・中学生向けには、地域のIT企業が展開する「ジュニア・プログラミング・ワールド 2019」を開催してデジタル技術に触れ、学ぶことができる23の企画を実施し、約6,000人の来場があった。

また、高校生向けに、デジタル技術を学ぶ意欲が高い個人や高校IT部(パソコン部・ロボット部等)のスキルアップを支援するため、プログラミングを学ぶセミナーを実施するとともに、チームで課題を設定し、これを解決するアプリケーションの開発・プレゼンテーションを行うIT人材育成プログラムを実施している。道内7校から26名が参加したこのプログラムでは、市内IT企業や情報専門学校と連携し、高校生のスキル習得やアプリ開発のメンタリング、コンテスト等で優秀な成績を収めた道外の高校パソコン部等との交流会などを実施し、プログラミング経験がほとんどない全ての参加者が課題解決に資するアプリ開発ができるようになるなど、非常に高い人材育成効果があった。

さらに、大学生向けには、2019年8月に北海道大学、(株)ニトリホールディングスにより、北海道数理・データサイエンス教育研究センターに「ニトリみらい社会デザイン講座」を設置し、産官が保有するビッグデータを最新のデータサイエンスで解析し、新たな価値を創出するとともに、これを担う人材を育成するプロジェクトを実施している。

図5 札幌市:成果発表の様子

出所:札幌市より提供

デジタル人材教育については、コンピュータの利用に親しむことでリテラシーを高めることだけでなく、自らアプリケーションを開発・運用する能力そのものを向上させていくということが鍵となる。上記のような自治体から、世界をリードする人材が輩出されることが期待される。

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