経済産業省
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第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第2章 ものづくり人材の確保と育成
第1節 デジタル技術の進展とものづくり人材育成の方向性

はじめに~新型コロナウイルス感染症への対応がもたらすものづくりの変革~

世界各国では今、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、休業や生産の減少に伴う人員調整や経営の悪化に伴う労働者の解雇が生じている。また、感染拡大防止のための外出規制等の措置を受けて、多くの企業で、在宅勤務・テレワーク、時差通勤、テレビ会議、オンライン研修の実施など、従来の慣行から脱却した「働き方」を模索し、変革に向けた様々なチャレンジが続けられている。

ものづくり企業においても、グローバルサプライチェーンの寸断を受けての国内回帰や感染拡大から生まれた新たなニーズに対応するための事業モデルの転換などが試みられている。また、職場における人の接触・密集の回避等の感染予防策と両立しうる事業継続・操業再開のあり方も模索されている。

感染症の影響により、経済社会環境は大きく変容し、ものづくりのありようにも大きな変革が求められる。危機終息後に向けたものづくりの仕組みや流れの再構築とデジタル化やリモート化の加速等の萌芽も見られる。ウイルスの感染拡大がつきつける課題にどのように向き合い、いかにして乗り越えるかが今後のものづくり産業の鍵となる。

不確実性の高まる環境下において、危機を乗り越え、我が国の経済成長を支える原動力は「人」である注1。今後、人口減少や高齢化が進む中で、日本の経済が成長していくためには、女性、高齢者など、多様な人材が就労に参加し、その能力を発揮して活躍できるようにするとともに、グローバル化の流れの中で、外国人労働力も活用しつつも、国内人材の確保と育成に取り組む必要がある。

注1 成長戦略実行計画(2019年6月21日閣議決定)では、経済成長を支える原動力は「人」であるとの考えの下、数多くの施策を実行している。

新型コロナウイルス感染症拡大など不確実性が高まっている世界においては、第4次産業革命( IoT、ビッグデータ、 AI 等)の進展に対応したデジタル化が不可欠であり、技術革新に対応できる労働者の確保・育成や、希望する全ての労働者が職業能力開発機会を得られるような環境整備を行い、個々の労働者の労働生産性をより高めていくことが重要となる。また、「新しい生活様式」の下、感染防止のために人の接触、密集を避けつつ、事業を継続するためには、デジタル技術の活用による遠隔コミュニケーションの実現や作業の自動化等が有用であると考えられる。デジタル技術の進展は、労働市場にも大きな影響を及ぼす。ルーティンワークなどにデジタルツールを利活用することで、人は人にしか出来ない付加価値の高い業務に移行することが可能となる。劇的なイノベーションや若年世代の急減が見込まれる中、国民一人一人の能力発揮を促すためには、社会全体で人的資本投資を加速し、高スキル職に就ける構造を作り上げ、AI では代替できない創造性、デザイン性などの能力やスキルを具備する人材を育てる必要がある。「組織」と「人」の変革が付加価値の創出と労働生産性向上の鍵となる。

本節では、(独)労働政策研究・研修機構(以下、「 JILPT」という)「デジタル技術の進展に対応したものづくり人材の確保・育成に関する調査注2」(調査時点 2019 年 11 月1日)の結果を主に活用し、我が国の基幹産業であるものづくり産業におけるデジタル技術を用いた労働生産性の向上に向けた人材育成の取組、成果、その特徴についてみた上で、ものづくり人材育成の現状・課題を分析するとともに、企業の人材育成の取組を紹介する。これらがものづくり企業の人材育成の検討の参考になれば幸いである。

注2 調査対象は、全国の日本標準産業分類(平成25年10月改訂)による項目「E 製造業」に分類される企業のうち、〔プラスチック製品製造業〕〔鉄鋼業〕〔非鉄金属製造業〕〔金属製品製造業〕〔はん用機械器具製造業〕〔生産用機械器具製造業〕〔業務用機械器具製造業〕〔電子部品・デバイス・電子回路製造業〕〔電気機械器具製造業〕〔情報通信機械器具製造業〕〔輸送用機械器具製造業〕の従業員数30人以上の企業20,000社。郵送による調査票の配布・回収を行い、有効回収数は4,364社で、有効回答率は21.8%である。なお、従業員数(正社員+直接雇用の非正社員の人数)は、100 人未満の企業が全体の約7割を占めている。

1.ものづくり労働者の雇用・労働の現状

近年、日本経済は緩やかな回復基調にあり、雇用情勢も着実に改善していたところであるが、2020年4月時点では、新型コロナウイルス感染症の影響により、景気が急速に悪化しており、極めて厳しい状況にある。また、その先行きについては、感染症の影響による極めて厳しい状況が続くと見込まれる。

(1)雇用失業情勢

完全失業率(季節調整値)は、2009年7月に過去最高に並ぶ5.5%を記録した後、徐々に低下しており、2019年は2.2%~2.5%で推移し、年平均で2.4%と、前年と同水準にとどまった。また、完全失業者数(季節調整値)も、2009年7月に過去最高水準の364万人を記録した後、以降は次第に減少し、2019年12月には152万人となり減少傾向で推移しているが、2020年2月には166万人となっており、前月に続き増加している(図211-1)。

図211-1 完全失業率(季節調整値)及び完全失業者数(季節調整値)の推移

備考:2011年3月から8月までは,東日本大震災の影響により,補完推計値を用いた。

資料:総務省「労働力調査」

雇用ミスマッチの状況をみるために、完全失業率を、需要不足失業率と均衡失業率に分けてそれぞれの動向をみると、需要不足失業率については、2009年後半に景気が回復する中で低下した後、2015年にマイナスに転じている。2010年以降の景気回復を背景に労働市場の改善が続き、足元の完全失業率は、これまで3%程度であった均衡失業率を下回っている。これは労働市場の効率性が改善し、均衡失業率そのものが低下したと考えられる一方で、均衡失業率の低下が鈍いことから、欠員と失業が併存する不均衡が続いていることが示唆される(図211-2)。

図211-2 構造的・摩擦的失業率、需要不足失業率の推移

原出所:(独)労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計」

有効求人倍率(季節調整値)は上昇し2018年8月には1.63倍となり、平成において過去最高値となっていたが、2019年後半からは米中貿易摩擦に伴う中国経済の減速の結果、製造業の生産活動が弱まったことなどの影響を受け、低下傾向となっている。加えて、2020年からは、ハローワークの求人票の記載項目が拡充され、一部に求人の提出を見送る動きがあったことから、求人数の減少を通じて有効求人倍率が低下したこともあり、同年2月は1.45倍となっており、前月につづいて減少している。職業別に有効求人倍率をみると、生産工程の職業の有効求人倍率は、職業計に比べ2020年2月において0.17ポイント高くなっているが、その差は前月と比較して大きくなっている(図211-3)(図211-4)。

図211-3 有効求人倍率(季節調整値)の推移

備考:パート含む

資料:厚生労働省「職業安定業務統計」

図211-4 職業別の有効求人倍率の推移

備考:常用、パート含む

資料:厚生労働省「職業安定業務統計」

産業別の従業員数における過不足状況では、幅広い産業で、人手不足感がみられる。中小製造業も2013年第3四半期にマイナス1.8と人手不足感に転じて以降、マイナス幅の拡大を続け、2019年第1四半期にはマイナス21.4となっており、人材不足感が続いていた(図211-5)。

図211-5 産業別従業員数過不足DI(今期の水準)の推移

備考:従業員数過不足DIは、今期の従業員数が「過剰」と答えた企業の割合(%)から、「不足」と答えた企業の割合(%)を引いたもの。

出所:中小企業庁「中小企業白書」

以上のように、雇用情勢は近年着実な改善が見られていたものの、足元では、2020年の新型コロナウイルス感染拡大の影響による解雇・雇止めや雇用調整の可能性があるとする事業所もみられ、今後の情勢をよく注視していく必要がある。

(2)就業者数及び雇用者の動向

国内の製造業就業者数については、2002年の1,202万人から2019年には1,063万人と、20年間で11.6%減少しており、全産業に占める製造就業者の割合も2002年の19.0%から2019年の15.8%に減少している(図212-1)。さらに、製造業の若年就業者数についても、減少が続いているが、近年の好景気に伴い、2015年からやや増加傾向である(図212-2)。もっとも、新型コロナウイルス感染拡大による経済・雇用への影響については、今後注視していく必要がある。

図212-1 製造業就業者数推移

備考:2011年は,東日本大震災の影響により、補完推計値を用いた。分類不能の産業は非製造業に含む。

資料:総務省「労働力調査」

図212-2 製造業における若年就業者(34歳以下)の推移

備考:2011年は,東日本大震災の影響により、全国集計結果が存在しない。分類不能の産業は非製造業に含む。

資料:総務省「労働力調査」

製造業における外国人労働者数は、平成27年には295,761人であったが、令和元年では483,278人と、5年間で約1.6倍となっており、産業全体においても、同様に増加傾向となっている(図212-3)。

図212-3 産業全体、製造業における外国人労働者の推移

資料:①厚労省職業安定局「外国人雇用状況」の届出状況 ②法務省「特定技能在留外国人数の公表」

備考: ・製造業は、産業全体の内数である。 ・①は各年10月末現在の状況である。 ・特定技能在留外国人は、令和元年12月末時点の特定技能1号在留外国人の数を表す。

(3)就業者の年齢構成

①新規学卒入職者数の状況

製造業における新規学卒者数は、2017年は前年に比べ3.9%増加し、15万5千人と2013年以降増加傾向となっている。しかし、新規学卒者の製造業への入職割合は、2014年に10.7%と過去最低を記録しているものの、2017年は前年に比べ0.9ポイント増加した。なお、製造業における新規学卒入職者数の推移を企業規模別にみると、300人以上の企業は、前年と比較して24.4%増加しているが、300人未満の企業では35.7%減少しており、企業規模における差が拡大している(図213-1)。

図213-1 製造業における新規学卒入職者数と製造業への入職割合の推移

「新規学卒者の製造業への入職割合」算出に使用している調査産業計については、91年から建設業を含んでいる。

厚生労働省「雇用動向調査」。

また、製造業における新規学卒入職者数の推移を学歴別にみると、大学・大学院卒については7万2千人、高卒については7万4千人と前年に比べ大学・大学院卒は10.1%増加、高卒は10.6%増加している(図213-2)。

図213-2 製造業における学歴別の新規学卒入職者数の推移(大卒・高卒)

厚生労働省「雇用動向調査」

②製造業における高齢化の進展

製造業においては、若年者の入職者数の増加が鈍い一方、高齢化が進展している。製造業の就業者に占める65歳以上の者の割合は、2000年において製造業は4.5%であり、全産業平均(7.5%)を下回っている。その後、全産業平均における高齢化の速度は製造業と比較して速く、65歳以上の者の割合に係る全産業平均と製造業との差は、2000年の3ポイントから2019年には4.5ポイントまで拡大してきている。これに対して、15~34歳の者の割合は、2019年において製造業は24.8%であり、全産業平均(25.1%)をやや下回っているが、両者の差は、2000年の0.8ポイントから2019年には0.3ポイントまで縮小してきている(図213-3)。

図213-3 就業者に占める若年者・高齢者の割合の推移

総務省「労働力調査」

「労働力調査」は2003年から、産業区分は新産業分類(2002年改定)で表章しているので、旧産業分類ベースであるそれ以前の数値とは、数値が接続しない点、留意が必要。

(4)賃金・労働時間の動向

国内の製造業における労働者(一般労働者)賃金をみると、きまって支給する給与は全産業平均とほぼ同水準の状況が続いているが、所定内給与額については、製造業が全産業平均より高い状況が続いている(図214-1)。

図214-1 業種別の賃金比較

・きまって支給する現金給与額とは、労働契約等であらかじめ定められている支給条件により6月分として支給された現金給与額をいい、所得税等を控除する前の額をいう

・所定内給与額とは、きまって支給する現金給与額のうち、超過労働給与額を差し引いた額をいう

厚生労働省「賃金構造基本統計調査」

製造業の全労働者について、実労働時間当たりの現金給与総額を為替レートと購買力平価で比較すると、2017年の購買力平価換算の時間当たりの賃金は、日本を100とすると、アメリカが133、イギリスが114、ドイツが178、フランスが145となっており、日本は各国の水準を下回っている(図214-2)。

図214-2 時間当たり賃金の国際比較[2017年](製造業)

資料:JILPT「データブック国際労働比較」(2019年版)

国内の製造業の事業所規模5人以上の事業所における労働者(一般労働者)1人当たりの総実労働時間をみると、2019年は月平均で167.4時間となっており、前年より3.4時間減少している。その内訳をみると、所定内労働時間が月平均150.7時間で、前年比1.3%減と2年連続で減少し、また、所定外労働時間が月平均16.7時間で、2019年4月に施行された働き方改革関連法において、全業種で年5日の有給休暇取得が義務化されたほか、大企業で月45時間を上限とする残業時間規制の導入がなされたことを背景に減少している。なお、働き方改革関連法は、中小企業にも、2020年4月より本格施行された。

なお、製造業は全産業平均と比べ所定内労働時間はやや短い傾向があるが、総実労働時間は全産業平均を上回っている(図214-3)。

図214-3 労働時間の推移

・労働時間は、一般労働者の労働時間を指す。

・労働時間は、月間労働時間の年平均を示している。

厚生労働省「毎月勤労統計」

また、日本の平均年間総実労働時間(就業者)を中期的にみると、1988年の改正労働基準法の施行を契機に労働時間は着実に減少を続け、1988年時点の2092時間から、2018年には1,680時間となっている。主要諸外国についても、概ね減少傾向を示している。2018年には、アメリカが1,786時間、イタリア1,723時間、イギリス1,538時間、フランス1,520時間、スウェーデン1,474

時間、ドイツ1,363時間などとなっている(図214-4)。

図214-4 一人当たり平均年間総実労働時間推移の国際比較(全就業者)

・常用労働者5人以上の事業所が対象

資料:JILPT「データブック国際労働比較」(2019年版)

コラム:働き方改革について

日本は「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」、「イノベーションの欠如による生産性向上の低迷」などの課題に直面している。また、労働面では、長時間労働による過労死等や正規雇用・非正規雇用間の処遇格差などの問題もある。

このような課題に対応するため、「働き方改革」が進められている。働き方改革は、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持ち、多様な働き方が可能となる中で自分の未来を自ら創っていくことができる社会を創ることを目指している。

2018(平成30)年に成立した、いわゆる「働き方改革関連法」に基づき、長時間労働の是正、多様で柔軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保等のための措置を講ずるもので、2019(平成31)年4月1日から順次施行されている。

働き方改革の進展にとって、長時間労働が是正されれば、ワークライフバランスが改善し、女性や高齢者が働きやすくなる。正規・非正規の理由なき格差がなくなれば、パートタイム等で働く方のモチベーションが上がる。転職が不利でない労働市場が実現すれば、働く人は自らキャリアを設計することが可能となる。

働き方改革は、働く人の視点に立った改革であるが、イノベーションや生産性向上にも資するものである。働き方改革がものつくりにおいても大きな効果をもたらすことが期待される。

写真:働き方改革特設サイト

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(5)産業界全体における製造業のインパクト

次に、我が国において、ものづくり産業が経済全体に占める大きさを確認していく。ものづくり産業を取り巻く現状としては、緩やかな景気回復基調が続く中で、着実に上向いてきているものの、一層激化する国際競争などにより、厳しい経営状況が続き、事業所数が1998年には373,713事業所あったが、企業の倒産や廃業等により2017年には188,249事業所と20年間で約50%減少している(図215-1)。

図215-1 製造業に関する事業所数

資料:2011年、2015年は総務省・経済産業省「経済センサス‐活動調査」、他は経済産業省「工業統計調査」

資料:経済産業省「工業統計調査」

国内総生産(名目GDP)における産業別構成比の変化と推移をみていくと、製造業は1998年の22.9%から徐々に減少しており、2018年では20.7%となっている。(図215-2)しかし、図215-1でみたように事業所数が半減していることや、人手不足感が強まる中にも関わらず、依然として我が国のGDPの2割程度を占めている。

図215-2 名目GDPにおける産業別構成比の推移

資料:内閣府「国民経済計算」

また、全産業と製造業の一人当たり名目労働生産性について、過去20年間の推移をみていくと、非製造業と比べて製造業の方が名目労働生産性の水準は高く、2018年においては、全産業794.3万円、非製造業740.9万円に対し、製造業は1,094万円となっている。また1998年から2018年にかけての伸び率をみても、全産業0.7%増、非製造業1.7%減に対し、製造業は16.9%増となっており、高付加価値化が進展している(図215-3)。

図215-3 全産業と製造業の一人当たり名目労働生産性の推移

資料:内閣府「国民経済計算」

製造業においては就業者数が長期的に減少するとともに、機械化や産業の高付加価値化によって一人当たり労働生産性が高めてきたと考えることが出来る。人口減少下において、ものづくり産業が我が国の存立基盤を下支えし、成長を導くためには、デジタル技術の活用によるさらなる労働生産性の向上が不可欠であり、製造業においては高付加価値化に対応できるような人材の確保・育成を進めていくことが必要である。

コラム:ものづくりとデジタル化・・・独立行政法人 労働政策研究・研修機構 山崎 憲 客員研究員

アメリカ合衆国のミシガン州にランシング・コミュニティカレッジがある。ランシング市は人口約11.8万人のミシガン州の州都であるともに自動車製造が主要な産業となっている。アメリカのコミュニティカレッジの歴史は第二次世界大戦の復員兵が社会復帰するための職業訓練を実施したことに始まる。ランシング・コミュニティカレッジには学生だけでなく企業の従業員も所属している。そこにセンサーとAI(人工知能)を配置した製造ラインの訓練設備がある。人間の力で行うよりも効率的に不良品を検出するためだ。しかし、だからといって熟練した技能がすべて置き換えられてしまうということではない。

同コミュニティカレッジで実施している旋盤工の養成訓練を取り上げてその意味を説明しよう。旋盤は回転により加工を行うもので、作業には経験と熟練が必要である。それが1980年代に変化した。旋盤にマイクロエレクトロニクス(ME)が装備されるようになったからだ。MEで作業工程がプログラム化されたことで人間が行う作業は大幅に省力化された。そのときはほとんどの熟練労働は置き換えられるだろうと考えられた。ところがそうはならなかったのである。

確かに職務の内容は変わった。MEの端末を操作するためにそれまでのより高度な教育を受けることが求められるようにもなった。しかし、旋盤を扱うための経験や熟練した技能が不要になったわけではなかったのである。むしろ、そうした能力の土台の上にME機器を扱うための専門的知識が加わった。つまり、人間が扱う職務が拡大したのである。

同じことはAIを配置した製造ラインで行われる訓練についてもみることができる。従来の製造ラインで必要な経験や技能の上に新たな知識や能力が加わっているのである。具体的には、AIの端末を扱うための専門知識とAIではカバーすることができないものづくりにかかわる人間同士のコミュニケーション能力である。ここでもME化の時と同様に人間が扱う職務が拡大しているのだ。

こうしたものづくりの新しい姿は、企業とその企業が属する地域が労働者にどのような技能を求めているかによって補強されている。「熟練技能はデジタル化で置き換えらえてしまうのでもはや必要がない」という考え方がある。しかし、地域にはデジタル化だけでは対応することができないさまざまなニーズがある。たとえば、建物の電気設備や配管といった作業を行う場合、まったく同じような環境が用意されていることは稀である。建物の状況はそれぞれ異なっている。修理やメンテナンスであればなおさらに個別の対応が求められる。汎用性の高いものは多くない。そうした場合、AIやデジタルデータに頼り切ることはできない。AIやデジタル化は同じような作業を膨大に繰り返すようなものでなければ、費用対効果の点で適さないからない。時代によって仕様が異なるということも見逃せない。地域では小回りの利く対応が求められるのである。

地域といっても人口規模の大きな単位の話ではない。せいぜい数万人程度の中規模から小規模の地域である。コミュニティカレッジのあるランシング市には職業訓練のあっせんと職業紹介を行う組織、ミシガン・ワークスがある。職業訓練と職業紹介を実施するにあたり、地元企業のニーズを頻繁に、そして徹底的に調査する。職業訓練の内容はその結果によって決められる。地域で最もニーズがあり、そして賃金が高い職業は電気工や配管工など汎用性より個別対応が求められるものづくり技能だった。

それではどのような訓練を電気工や配管工は受けているのだろうか。これらの職業は、働きながら訓練を受けることができるとともに、賃金を得ることができるという徒弟訓練制度の伝統を持っている。かつては、数年の訓練を受ければ生涯にわたって通用する技能を身につけることができた。しかし、今やそれだけでは足りない。訓練がいったん終了した後でも、新しい技術や知識を習得するために訓練を継続しなければならない。それはAIやデジタル化だけにとどまらない。たとえば、熱効率の良い建築材への対応や、太陽光発電設備の設置を行うといった具合だ。土台となる経験や技能をブラッシュアップするだけでなく、刻々と変化する環境にも継続的に対応することが求められるのである。その上に、AIやデジタル化の対応、そして人間を置き換えることができないコミュニケーション能力が積み重ねられる。

AIやデジタル化の対応は避けられない。しかし、ものづくりの技能の必要性がなくなることはない。その条件は、人間だけが担うことができるコミュニケーション能力を育成し、汎用性は高くないがきめ細やかな地域ニーズに応え、継続的な変化に即した技術と知識を習得すること。そして何よりも、土台となる経験や技能をブラッシュアップし続けるということである。これはアメリカだけでなく日本でも同じことが言える。土台だけでなく新しい技術や環境に対応するために努力し続けること、地域のニーズを継続して掘り起こし続けること。新しいものづくりの形がそこにある。

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