第3節 新たな成長モデルを模索する中国
本項では、まず、中国がこれまで急速な経済成長を遂げ、世界的にプレゼンスを拡大していることを示し、次に、このような中国の成長を支えてきた諸条件が最近になって変化しつつあることを指摘し、最後に今後の成長のために克服すべき構造問題・課題を見ていく。
1.中国のプレゼンスの拡大
中国は、高い経済成長率を背景に、GDP、輸出、輸入、外貨準備など世界経済におけるプレゼンスを拡大してきている。
(1)GDP
中国は、1970年代末から経済の改革開放路線に踏み切り、市場経済化や外資の導入を開始、2001年にはWTOにも加盟し、30年以上にわたって年平均10%近い実質経済成長を遂げた(第Ⅱ-1-3-1図)。
第Ⅱ-1-3-1図 中国の実質GDP成長率の推移
その結果、名目ドルベースで換算した中国のGDPは、2000年代後半に欧州主要国、2010年には日本も抜いて、米国に次ぐ世界第二の経済規模へと成長した(第Ⅱ-1-3-2図)。特に世界経済危機後の5年間(2008年→2013年)、先進国が伸び悩む中で、人民元レート上昇も相まって中国の名目ドルベースGDPは約2倍に拡大した。
第Ⅱ-1-3-2図 主要国の名目GDP(ドルベース)の推移
また、中国は一国としてだけではなく、省別に見た経済規模も、アジアの主要国に匹敵する規模に成長しており、周辺国に対する貿易等を通じた経済的影響力も高まっている(第Ⅱ-1-3-3図)。
第Ⅱ-1-3-3図 中国の省市とアジア主要国・地域の総生産額(2013年)
(2)輸出
中国は貿易においても拡大が著しい。2000年代初めの米国ITバブル崩壊後、世界経済危機まで、輸出入ともほぼ20%を超える高い成長率で拡大している(第Ⅱ-1-3-4図)。特に輸出の伸びがより顕著で、2000年代中頃から大幅な貿易黒字を計上するようになった。黒字額は2008年に最大の2,974億ドル(GDP比6.6%)を計上、直近の2013年は2,614億ドル(同2.8%)であった103。
第Ⅱ-1-3-4図 中国の貿易の推移
中国のプレゼンスの拡大を、世界輸出に占める国別シェアの推移で見てみると、日本や米国のシェアが緩やかに低下する中で、中国のシェアは急速に上昇している104(第Ⅱ-1-3-5図)。
第Ⅱ-1-3-5図 世界の輸出に占める主要国のシェアの推移
このような中国のシェア上昇を品目別に見ると、衣類、履物、家具等の軽工業品にとどまらず、一般機械(パソコン等)、電気機械(携帯電話等)などの機械類でも上昇していることが分かる105(第Ⅱ-1-3-6図)。
第Ⅱ-1-3-6図 中国の主要輸出品の世界輸出に占めるシェア
103 中国の貿易黒字額は2008年と2013年でそれほど大きく変わっていないにもかかわらず、貿易黒字の対GDP比が大きく低下しているのは、上記に述べたように名目ドルベースのGDPが約2倍に拡大したため。なお、貿易黒字の対GDP比の最高は2007年の7.5%。
104 世界の貿易額は、世銀WITSのシステムを通じて入手した国連Comtradeのデータを利用した。
105 ただし、中国の輸出入の半分近くは外資系企業が行っている(2013年の輸出の47.3%、輸入の44.9%が外資系企業による)。
(3)輸入
また、中国は輸出とともに輸入も拡大しており、世界各国にとっての輸出先としてのプレゼンスも拡大している。特に世界経済危機直後の2009年、欧米向け輸出が金額ベースで大きく減少(前年比約25%減)する中で、中国向けは軽微(前年比約6%減)にとどまったため、相対的に中国のシェアは大きく上昇した(第Ⅱ-1-3-7図)。
第Ⅱ-1-3-7図 世界の主要な輸出先シェアの推移
国別に見ると、中国の周辺国であるインドネシア、マレーシア、タイでは、継続的に世界経済危機前から、全輸出に占める中国向け輸出のシェアの拡大が見られる。米国においても同様の傾向が見られる(第Ⅱ-1-3-8図)。また、資源国である豪州、ブラジルでは、世界経済危機後、中国向け輸出のシェア拡大が加速している。特に両国の場合、原油、石炭、鉄鉱石など特定の品目に大きく依存しているため、輸出先の中で中国のシェアが急速に上昇し、中国経済の影響を受けやすい構造に変化している(第Ⅱ-1-3-9図)。
第Ⅱ-1-3-8図 主要国の輸出に占める輸出先シェアの推移
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第Ⅱ-1-3-9図 豪州、ブラジルの主要輸出品とその輸出先
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(4)外貨準備
中国の外貨準備は2000年代に急速に増加した。外貨準備の増大に伴って、運用資産としての米国債の保有額も急上昇しており、2008年末に日中の順位が逆転し、中国は世界最大の米国債保有国となっている(第Ⅱ-1-3-10図)。
第Ⅱ-1-3-10図 中国の外貨準備額と米国債保有額の推移
2.中国の高成長を支えてきた諸条件の変化、成長の歪み
ここまで、中国のプレゼンスの拡大を見てきたが、最近、中国の高成長を支えてきた諸条件が変化しつつあり、成長に伴うゆがみも顕在化してきている。
(1)人口ボーナスの喪失
これまで中国では、生産年齢にある人口が増加していたため、生産活動の拡大に有利に働いてきた(いわゆる「人口ボーナス」)が、今後は一人っ子政策の影響で高齢化が進むことが予測されている。国連の予測によれば、中国の生産年齢人口は2010年にピークを迎え、それ以降、次第に減少していくと見られている(第Ⅱ-1-3-11図)。生産年齢人口の全人口に対する比率を見ても、2010年以降、低下し、反対に老齢人口比率は上昇する。このため、経済成長の鈍化や高齢化社会への対応、社会保障の問題が避けて通れないものとなっている。このような中で一人っ子政策の緩和が打ち出されたが、人口構成に効果が現れるまでには長い時間が必要である。
第Ⅱ-1-3-11図 中国の人口構成の推移
(2)農村の余剰労働力の減少(ルイスの転換点106)
総生産年齢人口のピークアウトとともに、生産年齢人口の地域別・業種別移動についても変化が生じている。これまで内陸部は、農村の余剰労働力を沿海部の都市に農民工として供給してきたが、その余剰労働力が減少してきている。農村部の余剰労働力を統計的に把握することは困難であるものの、都市部における求人倍率の推移を見ると、世界経済危機直前にはほぼ1.0に近い水準にまで達しており、世界経済危機後は一時低下するものの、1.0の境界を越えて更に上昇している(第Ⅱ-1-3-12図)。
第Ⅱ-1-3-12図 中国の求人倍率(都市部)の推移
106 工業化の過程で、農業部門の余剰労働力が工業部門に移動して、農業部門の余剰労働力が枯渇すると、労働需給が窮迫して賃金上昇が生じるとされる。英国の経済学者アーサー・ルイスによって提唱されたため「ルイスの転換点」と呼ばれる。
(3)賃金の上昇
このような都市部における労働需給窮迫の中で、賃金に上昇圧力がかかっている。さらに中国政府は、国民生活向上や消費拡大のため、賃金の上昇を支持しており、このような政府の姿勢と相まって、これまで中国の強みと考えられていた低い賃金水準は、タイ、マレーシアとほぼ同じ水準まで上昇している(第Ⅱ-1-3-13図、第Ⅱ-1-3-14図)。
第Ⅱ-1-3-13図 中国の平均賃金の推移(製造業)
第Ⅱ-1-3-14図 海外日系企業の基本給月額(製造業/作業員)
(4)人民元レートの上昇
既に見たように、中国は大幅な貿易黒字を計上するようになったが、人民元の為替レートは米ドルに固定されており、諸外国からは是正を求める声があげられるようになった。中国は2005年以降、管理フロート制に移行したが、その結果、人民元レートは米ドルに対して緩やかに上昇しており、沿海部の輸出企業を中心に輸出競争力の悪化を懸念する声もあがっている(第Ⅱ-1-3-15図)。
第Ⅱ-1-3-15図 人民元の為替レートの推移
(5)輸出を通じた他国経済への依存
中国の急速な輸出拡大は、別の面から見れば、輸出を通じた他国への依存が拡大しているとも考えられる。中国の輸出の対GDP比を見ると2006年にピーク(GDP比35.7%)に達している(第Ⅱ-1-3-16図)。国別のピークを見ると、米国向けが7.5%(2006年)、EU向けが7.0%(2007年)となっている。日本の輸出対GDP比のピークを見ると世界全体では16.3%(2007年)、対米では4.8%(1985年)と、中国の輸出対GDP比のピークは日本に比べて高い(第Ⅱ-1-3-17図)。世界経済危機後、低下したものの、中国経済の減速が他国に影響を与えやすくなっているとともに、中国自身も他国からの影響を受けやすくなっている。
第Ⅱ-1-3-16図 中国の輸出のGDP比の推移
第Ⅱ-1-3-17図 日本の輸出のGDP比の推移
(6)対内直接投資の動向
対外開放政策の下で、外資企業による直接投資は、沿海部を中心に経済成長に貢献してきた。生産の拡大による経済成長だけでなく、内外の関連産業が集積し、技術やノウハウのスピルオーバーも進んだと指摘されている。今後、中国が産業の高度化、高付加価値化など経済成長の質を高めていくためには、直接投資の役割は重要と見られるが、近年、直接投資が頭打ちとなっている(第Ⅱ-1-3-18図)。我が国は主要な投資国であり、高いシェアを維持しているが、最近は直接投資額が減少し、伸び率(前年比)マイナスが続いている107(第Ⅱ-1-3-19図、第Ⅱ-1-3-20図)。
第Ⅱ-1-3-18図 中国の対内直接投資の推移
第Ⅱ-1-3-19図 中国の対内直接投資(2013年)
第Ⅱ-1-3-20図 日本の対中直接投資の推移
107 日本の国際収支統計の直接投資(財務省・日本銀行発表)と中国の直接投資統計(商務部発表)では平仄(ひょうそく)が異なる。ここでは日本の国際収支統計を掲載した。
(7) 所得格差の拡大
目覚ましい経済発展の過程で成長に伴うゆがみも顕在化してきている。その典型的な例が所得格差の拡大であり、格差を示す代表的な指標であるジニ係数は上昇してきた。最近はやや低下しているものの、依然として警戒ラインと言われる0.4を超えて推移している(第Ⅱ-1-3-21図)。中国のジニ係数を他の主要新興国と比較すると、ブラジルよりは低いものの、同じアジアのインド、インドネシア、フィリピン、タイよりも高くなっている。なお、日本、米国、ドイツ、フランスなどの先進国は中国よりもジニ係数が低い(第Ⅱ-1-3-22図)。
第Ⅱ-1-3-21図 中国のジニ係数の推移
第Ⅱ-1-3-22図 主要国のジニ係数の比較
また、地域間や都市・農村間の格差は、縮小しつつあるものの依然として大きい。例えば、31の省・市・自治区の中で、一人当たりGDPを比べると、最も高い地域と低い地域で5倍近い差が見られる(第Ⅱ-1-3-23図)。沿海部は輸出産業を中心に発達した高所得の地域が多く、産業基盤の弱い中西部が相対的に低所得となっている(第Ⅱ-1-3-24図)。
第Ⅱ-1-3-23図 中国の地域別一人当たりGDP(2012)
第Ⅱ-1-3-24図 中国の地域別一人当たりGDP(2012)
都市部と農村部の所得格差も依然として大きい。2000年代、農村の所得上昇率は次第に加速し、最近は都市部を上回って推移しているが、依然として金額ベースでは約3倍の開きがある(第Ⅱ-1-3-25図)。なお、戸籍制度が存在するため、農村部から都市部への自由な移動は制限されている。
第Ⅱ-1-3-25図 中国の都市部と農村部の一人当たり所得の推移
3.構造問題・課題
ここまで見てきたように、これまで中国の高成長を支えてきた諸条件が変化し、成長に伴うゆがみも顕在化してきた。中国の経済成長は、かつての10%を超える成長率から、最近は7%台に低下してきた。このような中で、今後とも中国が経済成長を続けていくための構造改革の必要性が認識されている。
特に最近の中国については、4兆元108の景気対策の副作用ともいえる過剰設備問題など、昨年の中国共産党中央委員会第三回全体会合109(略称:三中全会)や今年の全国人民代表大会110(略称:全人代)等において、幅広い分野で構造改革を進めていく方針が発表されているが、その実現には課題も多く、今後の動向を注視していく必要がある。
これらの問題は相互に密接に関係しているが、ここでは便宜的に大きなテーマごとにまとめて概観し、関係する内容は他項を言及する形で記載していく。
108 4兆元を当時の中国経済の規模で考えると、2009年GDP比では約12%に相当し、中央政府の年間財政収入3.6兆元を上回るほど大規模なものであった。4兆元の景気対策は2009年~2010年の2年間にわたって実施され、地方政府も負担を求められた。このような大規模な財政支出が行われた結果、景気は回復したものの、問題も生じることとなった。
109 中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議。現在の指導部を選出した第18期共産党大会(2012年)以後、3回目の中央委員会全体会議。党大会は5年ごとの開催のため、その間における党の最高意思決定機関。
110 日本の国会に相当。毎年3月頃に開催される。
(1)過剰設備問題
需要に対して生産設備が過剰なために、在庫の増加、価格の低下、稼働率の低下等が生じている。少しでも需要回復が見込まれると急に生産が拡大しやすいために、なかなか生産調整から抜け出せない状態が続いている。以前から生じていた問題であるが4兆元の景気対策が終了した後に深刻化した。特に、鉄鋼、セメント、ガラス等の業種で顕著に表れている。その背景には、投資主導型の経済成長モデルの問題や国有企業の問題等がある。
中国の実質GDP成長率の需要項目別寄与度の推移を見ると、2000年代の中国の成長に総資本形成が大きな役割を果たしていることが分かる(第Ⅱ-1-3-26図)。世界経済危機のあった2008年はGDP成長率が急減し、さらに翌2009年は純輸出の寄与度が大幅なマイナスに転じたが、中国政府は4兆元の景気対策で総資本形成を大幅に積みますこと等で成長率の減速を抑えた。景気対策自体は公共工事が多かったが、その資材を供給する製造業の設備投資も行われ(第Ⅱ-1-3-27図)、景気対策の終了とともに、過剰設備問題が顕在化してきた。
第Ⅱ-1-3-26図 中国のGDP伸び率の寄与度の推移
第Ⅱ-1-3-27図 中国の固定資産投資の業種別寄与度の推移
在庫と価格の動きを見ると、景気対策の対象期間であった2010年までは、在庫、生産者物価とも高い伸びを維持していたが、2011年末から伸びが低下を始め、特に生産者物価は2012年以降約2年にわたって前年比マイナスが続いている(第Ⅱ-1-3-28図、第Ⅱ-1-3-29図)。その結果、稼働率は低い水準にとどまっている(第Ⅱ-1-3-30表)。また、中国の長期的な生産動向を主要国と比較すると、鉄鋼等において中国が突出して生産を拡大していることが分かる(第Ⅱ-1-3-31図)。
第Ⅱ-1-3-28図 中国の主要製品の在庫(前年同期比)の推移
第Ⅱ-1-3-29図 中国の生産者物価の伸び率(前年同期比)の推移
第Ⅱ-1-3-30表 中国の設備稼働率
第Ⅱ-1-3-31図 主要国における鉄鋼・自動車の生産量の推移
過剰設備に陥りやすい背景には、経済成長を優先する地方政府の姿勢、国有企業は効率性の低い投資でも実行しやすいこと等が挙げられる。また、マクロ経済的要因として、労働分配率が低く、貯蓄性向が高いことから、投資が拡大しやすいこと等も挙げられる。
このような状況に対して中央政府は過剰設備解消に向けた方針を表明している。例えば、2013年10月、中国政府は鉄鋼、セメント、アルミ、板ガラス、船舶の5業種を特定して、新規増産事業の禁止、立ち後れた生産設備のとう汰、業界の再編促進、輸出拡大、技術力の底上げ等の方針を表明し、鉄鋼分野では、生産能力8000万トンを削減する目標を掲げた。その実現に当たっては、地方経済の鈍化を懸念する地方政府との調整等が課題となっている。
(2)投資主導成長モデルからの転換
過剰投資の背景には、投資主導型の経済成長モデルが影響している。すでに見たように2000年代の中国の経済成長に総資本形成は重要な役割を果たしており、不況時の景気対策においても投資が利用されてきた。中国のGDPに占める投資、消費のシェアの推移を見ると、2000年代を通じて投資のシェアが上昇しており、反対に民間消費のシェアは低下している。中国の投資シェアを他国と比較すると、日本、韓国等の高度成長期の最高値と比べても突出して高い水準に達している(第Ⅱ-1-3-32図)。
第Ⅱ-1-3-32図 中国のGDP構成比の推移
このような投資主導になるマクロ経済的要因としては、資金が消費より投資に回りやすいことが挙げられる。例えば、中国の国内貯蓄率は上昇しており、高い貯蓄率が間接金融を通じて投資を支えている(第Ⅱ-1-3-33図)111。高い貯蓄率の背景として、社会保障制度が十分に整っていないため、老後への不安等から消費を抑え貯蓄に回していることが指摘されている。
第Ⅱ-1-3-33図 中国の国内貯蓄・投資の対GDP比の推移
また、中国の労働分配率が低いことも影響している。中国の労働分配率は、2000年代、世界経済危機まで(2000-2007年)に10%ポイント近くも低下していた。2008年に更に大きく低下した後、2009年は回復したものの、直近でも欧米主要国の60%台に対して、中国は40%台と低い水準にとどまっている(第Ⅱ-1-3-34図)。
第Ⅱ-1-3-34図 中国の労働分配率の推移
政府としては、投資主導から、投資、消費、輸出のバランスのとれた成長への転換を方針として掲げている。しかし、そのためには、効率的な投資行動を促すような市場メカニズムの促進、消費拡大をもたらすような所得の向上・再分配、社会保障制度の整備等が関わってくるが、地方政府や既得権益層との調整、財源問題なども含め、幅広い課題に取り組む必要がある。
111 ただし、高齢化の進展のため、将来の貯蓄率が低下する可能性はある。
(3)国有企業問題
中国では、市場経済化の過程で、国有企業の民営化等の改革が進められてきた。その結果、企業数や総資産で見た国有企業の比率は低下してきたが、2000年代中頃から低下が緩やかになった(第Ⅱ-1-3-35図)。特に4兆元の景気対策では公共事業の多くが国有企業によって受注されたとされ、「国進民退」ともいわれた。
第Ⅱ-1-3-35図 中国の鉱工業分野の企業の総資産に占めるシェアの推移
国有企業が特定の産業分野を独占・寡占する状況が続いている。例えば、鉱工業においては、石炭、石油・天然ガスなど資源の採掘、電気、ガス、水道、鉄鋼、非鉄金属で高いシェアを有している(第Ⅱ-1-3-36図)。さらに、鉱工業以外の金融、交通、通信等でも国有企業が支配的である。
第Ⅱ-1-3-36図 中国の鉱工業分野の企業の事業収入におけるシェア(2012)
国有企業の問題点として、効率性が低い点が挙げられる。例えば、企業形態別に総資産利益率を比べると、国有企業は民営企業より低い水準で推移しており、世界経済危機後、両者の差は拡大している(第Ⅱ-1-3-37図)。既に述べたように過剰設備投資の背景として、国有企業が効率性の低い投資でも実行しやすいことが指摘されている。
第Ⅱ-1-3-37図 中国の鉱工業分野の企業の総資産利益率の推移
政府の方針としては、国有企業の主体的地位を堅持する一方で、民営企業の発展も奨励している。三中全会の決定では、国有企業について、政治との分離、一部業務の開放及び情報公開等の国有企業改革の推進、公共財政への納付比率の30%までの引上げとともに、民営企業に対しては、潜在的な参入障壁の撤廃が決定されているが、その実現については今後注視していく必要がある。
(4)産業の高度化
中国の生産年齢人口が減少に向かう中で、産業構造を高度化するとともに、生産性の向上や高付加価値化も重要な課題である。中国の産業構造は、GDPにおいて第2次(工業)、第3次産業(サービス業)が拡大する一方、従事者数においては依然として第1次産業(農業)が大きな割合を占めている(第Ⅱ-1-3-38図)。その結果、一人あたり生産額で見ると、第1次産業が低い水準に止まっている。産業別のGDPシェアを見ると、第2次産業が半分近くを占め、経済成長を支えてきたが、第3次産業も着実に上昇し、2013年に初めて第2次産業を上回った。先進国に比べれば依然として第3次産業のシェアが低いものの、中国においても徐々にサービス産業化が進んできている。また、第3次産業は、雇用吸収力が高く、就業人員のシェアでは1990年代半ば以降、第2次産業を上回って推移している。第3次産業の中では、公務、教育、衛生・社会サービスから、金融、不動産、情報通信、対事業所サービスなど幅広い分野で雇用が拡大している(第Ⅱ-1-3-39表)112。政府としては、農業の改善を進めるとともに、雇用吸収力も高いサービス業の振興を図る方針を掲げている(第12次五か年計画では2015年までにサービス業の対GDP比を47%まで引き上げることが目標、2013年実績は46.1%)。
第Ⅱ-1-3-38図 中国の産業構造の推移
第Ⅱ-1-3-39表 中国の都市部における業種別就業者
112 就業者数の業種別詳細内訳は、データの制約から近年の都市部における就業者数で分析した。
また、産業の生産性向上、高付加価値化のために研究開発は重要な役割を果たす。研究開発活動は活発化してきており、研究開発費、研究開発費の対GDP比は共に上昇してきている。研究開発費の対GDP比を主要国と比較すると、日本、米国等には及ばないものの、既に英国を上回っている(第Ⅱ-1-3-40図)。
第Ⅱ-1-3-40図 中国の研究開発費の推移
その成果としての特許(発明)等の件数も増加してきている(第Ⅱ-1-3-41図)。特許の国際出願件数を主要国と比較すると、WIPO(世界知的所有権機関)発表によれば、中国は2013年にドイツを抜いて世界第3位となった(第Ⅱ-1-3-42図)。また、企業別に見ても、上位10社のうち、日本は3社、中国は2社が入り、第1位は日本企業であったものの、第2位、第3位は中国企業が占めた(第Ⅱ-1-3-43表)。このように積極的に技術開発を行い特許取得を目指している企業も登場している。
第Ⅱ-1-3-41図 中国の特許等の件数の推移
第Ⅱ-1-3-42図 特許の国際出願上位10か国
第Ⅱ-1-3-43表 特許の国際出願上位10社の国籍
(5)都市化
都市化の進展は産業構造の高度化に寄与すると考えられる。都市化は、生産面では生産性の低い第1次産業から、相対的に生産性の高い第2次・3次産業への労働力移動をもたらす。また、需要面では住宅や交通網などの都市インフラ整備の投資、家電などの耐久消費財、娯楽・医療・教育などの各種サービスへの需要を喚起して経済成長を促進すると見られている。中国では2000年代を通じて、都市部の人口が増大するとともに、農村部人口の減少が進み、都市化が進展した(第Ⅱ-1-3-44図)。直近では都市化率は50%を超えている。
第Ⅱ-1-3-44図 中国の都市化の推移
政府としては、都市化率を更に2020年までに60%、2030年までに65~70%に引き上げることを目標としている。そのためには、農村戸籍者と都市戸籍者の差別的待遇をなくすための戸籍制度改革、公共サービス、住宅等の生活環境の整備、適正価格での土地収用を行うための土地管理制度改革、地方政府の財政問題などに取り組む必要がある。
(6)規制緩和・市場開放
依然として、サービス業など特定分野への参入制限など、民営企業、外資企業に対する規制が強く残っている。政府としては、徐々に規制緩和を行う方針を打ち出している。特に中国(上海)自由貿易試験区では、人民元の資本勘定取引の自由化や、金融、物流などサービス業への参入規制緩和(ネガティブリスト方式に移行)を試行的に先行実施し、その結果をもとに全国的に拡大実施を検討することとしている(第Ⅱ-1-3-45表)。新規参入やビジネス拡大のチャンスとなり得るが、現在発表されている投資のネガティブリストは従来とほとんど変わっていないなど、今後の動きを注視していく必要がある。
第Ⅱ-1-3-45表 中国(上海)自由貿易試験区の概要
(7) 社会保障制度
中国では、社会主義計画経済の時代は、国有企業等が従業員の社会保障まで担っていたが、市場経済化とともに政府が年金や医療保険等を運営する形態に変更されてきた。近年、都市部では年金、医療保険などの加入率が上昇してきているものの、依然として、就業者のうち、年金で4割弱、医療保険で5割弱が加入していない(第Ⅱ-1-3-46図、第Ⅱ-1-3-47図)。また、制度が都市戸籍・農村戸籍で分かれているため、都市に住む農民工が都市の社会保障を受けられない、全国統一の制度になっていないため、他の地域に移住した場合、それまでに支払った掛金の移動が認めらないなどの問題も生じている。政府は年金加入を促進するなど社会保障整備を進めていく方針を掲げているが、戸籍制度改革や社会保障の財源問題などが課題となっている。
第Ⅱ-1-3-46図 中国の都市従業者基本養老保険(年金)加入者数の推移
第Ⅱ-1-3-47図 中国の都市従業者基本医療保険加入者数の推移
(8)為替相場の弾力化・自由化
人民元は2005年7月に管理された変動相場制に移行した。一時、ドルペッグに戻った期間があるものの、1日に許容される変動幅も当初は上下0.3%だったが、徐々に拡大されており、為替レートの弾力化が進められてきた。その間に人民元は緩やかに上昇している(第Ⅱ-1-3-48図)。
第Ⅱ-1-3-48図 人民元の為替レートに係る制度変更
(9)金利規制とシャドーバンキング
中国では銀行の金利水準は規制されてきた。2004年以降、貸出金利については下限、預金金利については上限が設定され管理されていたが、この制度は銀行に一定の利ざやを保障する一方で、預金者には往々にして物価上昇率が預金金利を上回るという実質的なマイナス金利を生じさせた。これは後に説明するシャドーバンキングが拡大する背景となった。次第に金利の自由化が進められ、貸出金利については2013年6月に規制が撤廃されたが、預金金利については、2012年6月に上限が引き上げられたものの、依然として上限(基準金利の1.1倍)の規制が続いている(第Ⅱ-1-3-49図)。
第Ⅱ-1-3-49図 中国の政策金利及び金利規制の推移
ただし、金利の自由化は、金融機関の競争が激化し、体力の弱い金融機関が経営困難に陥る可能性があり、金融機関破綻に備えたシステムが必要となる。
このような政府による預金金利の規制、銀行の国有企業優先の融資姿勢など、資金の出し手側・借り手側双方の要求を背景に、当局に管理されない銀行融資以外の資金調達(シャドーバンキング)が拡大している。シャドーバンキングについて、厳密な定義はないものの、おおむね銀行融資以外の資金調達を意味している。社会融資総量と銀行融資の残高を推定して比べてみると、2009年以降、両者の差は急速に拡大している(第Ⅱ-1-3-50図)。
第Ⅱ-1-3-50図 中国の社会融資総量・銀行融資(ストック)の試算
シャドーバンキングは銀行融資が受けられない中小民営企業への資金供給が可能になるという面があるものの、政府の監督が行き届かないため、返済が滞った際の混乱や正規の金融政策の実効性を損なうという面もある。
また、政府は、不動産価格の上昇や地方政府の債務問題への対応として、不動産、地方政府のインフラ建設への融資を制限しようとしているが、シャドーバンキングを通じて、これらの分野に資金が回っていると見られる。
これに対して2013年後半、通貨供給量や社会融資総量の伸びは鈍化しており、余剰資金を回収しようとする政府の意図も伺える(第Ⅱ-1-3-51図、第Ⅱ-1-3-52図)。しかし、政府が余剰資金を回収するため、通貨供給量を絞ろうとすると、金利が過敏に反応するなど金融市場が不安定になっており、難しいかじ取りを強いられている(第Ⅱ-1-3-53図)。
第Ⅱ-1-3-51図 中国の通貨供給量及び社会融資総量の伸び率
第Ⅱ-1-3-52図 中国の社会融資総量(内訳)の推移
第Ⅱ-1-3-53図 中国の銀行間取引金利(SHIBOR)の推移
このようなシャドーバンキングの規模については、正確な統計がないが、おおむねGDPの4割~6割程度との見方が多い。
中国のシャドーバンキングは、国際的に見て必ずしも高い水準にあるわけではないが113、急速に拡大してきており、実態が不透明なため影響が予測しにくい。
政府は、銀行に理財商品の報告を求めるとともに、シャドーバンキングを政府のコントロール下におく方針を示している。このような中で2014年3月に社債のデフォルトが伝えられ、政府は個別の事情によっては一部のデフォルトを容認する姿勢を示すとともに、監督を強化してシャドーバンキングをコントロールする方針を示している。
なお、現在の金融制度では中小企業に対して資金が回りにくくなっている。シャドーバンキングに対する管理を強化するとともに、中小企業に対する資金円滑化にも取り組む必要がある。
113 Financial Stability Boardの報告書「Global Shadow Banking Monitoring Report 2013」(Nov.14, 2013)では、シャドーバンキングとは全体又は部分的に通常の銀行システムの外側の活動や事業体を通じた信用仲介、端的にはノンバンクによる金融仲介と定義している。その規模は、2012年時点で、米国GDPの165.9%、英国354.4%、ドイツ72.4%、フランス96.2%、日本64.4%としている。中国の場合、ノンバンクによる金融仲介という定義では、銀行が扱っている理財商品等は含まれないことになり、中国はGDPの20%としている。仮に中国についてGDPの4~6割としても、主要国と比べて必ずしも高いわけではない。
(10)地方政府債務
地方政府は、教育、医療など、住民の生活に直結する公共サービスを提供しているものの、歳入が恒常的に不足し、中央政府からの移転だけではまかないきれなくなっている114(第Ⅱ-1-3-54図)。特に4兆元の景気対策により収入の不足が深刻化している115。
第Ⅱ-1-3-54図 中国の地方政府の財政の推移
地方政府自身は、借入れや地方債の起債が認められていないため、地方政府融資平台という別法人を設立して、銀行融資や債権発行により資金を調達させ、公共事業や不動産開発を行ってきた。その過程での土地の払下げや不動産開発は住宅価格上昇の一因となるとともに、不動産価格の下落は地方政府融資平台の収支を通じて、地方政府債務問題の悪化にもつながる恐れがある。
このような地方政府融資平台に係る債務の実態は不透明であったが、地方政府債務に関する懸念が高まり、2011年夏、国家審計署(日本の会計検査院に相当)は、地方融資平台を含む地方政府債務が2010年末10.7兆元(GDP比26.6%)になるとの調査結果を発表した。中央政府は、地方政府に対して、融資平台の整理や債務削減を指示していたが、昨年末に発表された国家審計署の調査結果によれば、中央政府の抑制にかかわらず、地方政府の債務は2010年末の10.7兆元から2013年6月末の17.9兆元まで年率20%という高率で拡大した(第Ⅱ-1-3-55表、第Ⅱ-1-3-56図)。調達手法も更に多様化され実態が見えにくくなっている。
第Ⅱ-1-3-55表 中国の政府性債務残高
第Ⅱ-1-3-56図 中国の地方政府性債務残高と調達方法
中国政府は、地方政府向けの一般性移転支出(日本の地方交付税に相当)を拡大するとともに、中央政府と地方政府の権限と支出分担を調整し、財政規律を監視しながら、地方政府にも起債を認めていく方針を表明している。
114 1994年の分税制(国税、地方税に係る税制改革)導入以降、地方政府の歳入は恒常的な不足が続いている。
115 4兆元の景気対策のうち、中央政府の負担は約1兆2000億元であり、それ以外の財源分担は地方政府等に求められた。
4.政府の対応
中国政府の構造問題に対する考え方について、昨年の三中全会、今年の全人代で基本的な方針が示されている。
(1)三中全会
2013年11月、中国共産党は三中全会において「改革の全面的深化における若干の重大な問題に関する中共中央の決定」を審議・採択した。経済をはじめとする6分野(経済、政治、文化、社会、環境、国防・軍隊)にわたって、改革の全面的深化という方向性を打ち出した。経済分野においては、「公有制が主体である」としつつ、資源配分において市場が「決定的役割」を果たすとして、財政、金融、国有企業、対外開放等の個別分野でも市場化の推進が強調されている(第Ⅱ-1-3-57表)。
第Ⅱ-1-3-57表 三中全会の決定概要
(2)全人代
2014年3月、全人代において、李克強総理が政府活動報告の中で、2014年の主要経済目標を発表し、安定成長と雇用確保の下限、インフレ防止の上限を守り、積極的な財政政策と穏健な金融政策を実施していく方針を表明した(第Ⅱ-1-3-58表)。また、2014年の重点政策として、改革は最大のボーナスとした上で、既得権益の垣根を突き破り、資源配分において市場に決定的な役割を発揮させる等、幅広い分野にわたって改革を積極的に推し進める姿勢を示した(第Ⅱ-1-3-59表)。
第Ⅱ-1-3-58表 中国の2014年の主要経済目標
第Ⅱ-1-3-59表 2014年の構造改革関係の重点活動(全人代政府活動報告から)
このように中国は幅広い分野で構造改革を進めていく方針を表明している。その実現に当たっては、相互に関連した多くの課題への取組が求められており、今後の動向を注視していく必要がある。