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第2章 世界経済の先行きに迫るリスク要因

第1節 新興国金融リスク

2018年前半は、好調な経済を背景とした米国の長期金利上昇2をきっかけに、一部の新興国で通貨の大幅な下落が発生し、新興国の金融面の脆弱性が露見する場面が見られた。また、年後半には、中国を含む世界経済の減速懸念や政治・政策の不確実性も加わり、世界の金融安定化に影響を与える様々なリスクが顕在化した。本章では、世界経済の先行きに影響を与えるリスク要因のうち、新興国金融リスクと資源価格の動向について取り上げる。

2 2018年2月発表の米国雇用統計で賃金の伸び率が市場予想を大きく上回ったことで長期金利が上昇したと言われている。

1.最近の世界の金融環境

足下の世界経済は、米国の景気拡大や堅調な新興国の経済成長に支えられ、一部の国や地域に弱さがみられるが、全体としては緩やかな回復を維持している。国際的な金融環境は、総じて緩和的に推移し、国際的なリスク選好の高まりを背景に主要市場の資産価格は上昇し、経済の成長を支えてきた。

堅調な経済を背景とした米国の政策金利の引き上げやインフレ期待の高まりが、米国の長期金利上昇やドル高をもたらし、その影響により、一部新興国では、通貨下落や物価の上昇、資金流出が発生し、その対応策として政策金利を引き上げる等、金融環境に厳しさがみられた。

また、米国と中国間の貿易摩擦の激化、中国を含む世界経済成長の減速懸念、英国のEU離脱、ドイツやイタリア、フランス等の政治・政策の不確実性、原油価格の変動等、世界の金融安定化に影響を与えるリスクが顕在化している。

2018年第4四半期には、株価や石油価格の下落等、金融市場に動揺が見られたが、2019年に入り力強い回復を示している。国際通貨基金(以下、IMF)は、その背景には、米中貿易交渉の先行きに対する楽観論の広まりや主要先進国の中央銀行が金融政策正常化の遂行にあたり、より忍耐強く柔軟な姿勢を採用したことがあるとしている。また、先進国の金融政策が金融引き締めに慎重になったことが、世界的に成長が鈍化している中で、良好な市場心理が維持される一助になったと述べている3

以下では、世界の株価、為替、米国の長期金利、政策金利、物価及び新興国の資金フローの動向について概観する。

3 IMF国際金融安定化報告書(2019年4月)

(1)株価の動向

2018年前半、好調な経済に支えられ、株価は上昇傾向にあったが、米国の長期金利の上昇や米中貿易摩擦への警戒感の高まりにより2月、10月、12月に米国の主要株価が大幅に下落、世界同時に株価が下落した。2019年に入り回復が続いている(第Ⅰ-2-1-1図)。

第Ⅰ-2-1-1図 世界の株価の推移

(2)米国の長期金利の動向

2018年前半は、景気拡大を背景とした利上げや原油高によるインフレ期待等を背景に米国の長期金利が上昇し、4月25日には約4年ぶりに10年債の金利が3%台に上昇した。年後半には世界経済や金融政策等に対する不透明性の高まりから、長期金利は低下し、2018年12月4には2年債利回りと5年債利回りが、更に2019年3月5にも10年債と3か月債の利回りが逆転する局面が見られた(第Ⅰ-2-1-2図)。

第Ⅰ-2-1-2図 米国債利回りとFF金利誘導目標水準の上限の推移

4 2018年12月3日に2年債と5年債の利回りが逆転。債券市場では期間が長い債券ほど金利が高くなることが一般的だが、先行きの景気後退が警戒される場合等に金利が逆転する逆イールドと呼ばれる現象が起こることがある。

5 2019年3月22日に10年債と3か月物財務省短期証券の利回りが逆転。3月の連邦公開市場委員会(FOMC)は、フェデラル・ファンド・レート(FF金利)の誘導目標水準を据え置くことを決定した(2.25%~2.50%)。FOMC参加者の政策金利見通し(中央値)から計算される2019年の利上げ回数はゼロと示唆される。

(3)為替の動向

米国ドルの名目実効レートは高い水準で推移している6(第Ⅰ-2-1-3図)。

第Ⅰ-2-1-3図 主要通貨の名目実効為替レートの比較と推移

(第Ⅰ-2-1-4図)は、2018年以降の主要新興国の為替レートの推移を示す。2018年4月に米国10年国債の金利が3%を超えて以降、多くの新興国で同時的に通貨が下落した。特にアルゼンチンやトルコで大幅に下落したが、ブラジル、南アフリカ、ロシア、インド、インドネシア等でも通貨の下落が見られた。

第Ⅰ-2-1-4図 主要新興国通貨の為替レートの比較と推移

(第Ⅰ-2-1-5図)は、2018年8月のトルコ・ショック7発生直後の9月初旬時点のアルゼンチンペソとトルコリラを含む主要新興国通貨の2018年の年初来の騰落率の比較を示す。これによると、アルゼンチンペソとトルコリラが他の通貨に比べて大きく下落したことがわかる。

第Ⅰ-2-1-5図 主要新興国通貨の年初来騰落率の比較(対ドル)

6 好況と利上げを背景に、米国の金利が上昇する一方、世界では景気に停滞・減速感が広まり、米国との金利差が拡大、ドルにマネーが集中した。(日本経済新聞 2018年12月22日)

7 トルコ・ショックとは、2018年8月に、米国人牧師の拘束を巡る外交問題を直接のきっかけに、米国がトルコに対して経済制裁を発動したことにより、トルコリラが一斉に売られて急落し、その影響が他の新興国や欧州等に波及し、世界の金融市場に動揺を与えた通貨リラ急落に端を発した通貨危機のことをいう。(後述文を参照)

(4)政策金利と物価の動向

通貨が下落すると、輸入依存度が高い国では、輸入品価格の上昇により国内物価が上昇するため、通貨防衛とインフレ抑制のため、政策金利の引き上げが必要となる。金利の引き上げは、個人消費や企業の投資の停滞を招き、景気後退のリスクを伴うことから、各国中央銀行は慎重な対応を行っている(第Ⅰ-2-1-6図、第Ⅰ-2-1-7図、第Ⅰ-2-1-8図)。

第Ⅰ-2-1-6図 主要国の政策金利の推移

第Ⅰ-2-1-7図 インフレ率(新興国アジア)

第Ⅰ-2-1-8図 インフレ率(新興国アジア以外)

過去にインフレが問題となった新興国でも、最近は物価上昇に落ち着きが見られる。世界銀行は、その背景として、新興国で金融政策が適切に運営されてきたことやグローバル化8の影響があると述べている9

足下の新興国のインフレ率を見てみると、ベネズエラが突出して高い状態にあり、アルゼンチン、トルコが続くが、アジアの国では落ち着きが見られる。

8 グローバル化の進展に伴い、一国のインフレ率は国内の経済状況だけでなく、資源価格等、国際市況等、国外の動向にも左右されるようになった。最近の先進国の物価の安定や原油価格下落も、新興国のインフレ率の落ち着きにつながったとの見方もある。

9 Work Bank, Global Economic Prospect, January 2019

(5)新興国の資本フローの動向

世界金融危機後、緩和的な金融環境下で先進国の金利が低下傾向となる中、相対的に高い利回りを期待した投資資金が新興国に流入し、新興国経済の成長が支えられてきた。

2018年の新興国の対外証券投資(株式及び債権)の資金フローを見ると、米国の長期金利(10年債)が3%を超えた4月末から7月にかけて、株式、債券ともに流出がみられた。9月以降は流入の状態に復帰し、第4四半期には安定したが、世界経済の先行き懸念等によりやや低調な水準に留まっていた。2019年に入り、米国の利上げ局面が終了に近付いているとの見方が共有され、米国への資金回帰による新興国からの資金流出圧力が和らいだ。一部新興国では政策金利を据え置く動きも出ている10(第Ⅰ-2-1-9図)。

第Ⅰ-2-1-9図 新興国市場の対外証券投資資金フローの推移

2018年10月公表のIMF11「資本フロー・アット・リスク分析」によると、今後数四半期の期間に、市場参加者の米国の政策金利上昇への期待が高まり、それに伴い新興国の資金流出圧力が大幅に上昇していくとし、中国を除く新興国の証券投資資金が2019年末までに約890億ドル(対象国のGDP合計の0.6%相当)以上流出する可能性が5パーセントの確率であり、この流出規模は世界経済危機時の資本流出額に相当するとの試算が示された(第Ⅰ-2-1-10図)。

第Ⅰ-2-1-10図 IMFの新興国からの資本流出額の試算①(2018年10月公表)

その後、2019年4月公表のIMFの同分析によれば、2018年に新興国向けの証券投資資金は持続的な流出圧力を受けたものの、この数か月間に回復をみせ、特に2018年第4四半期には、株価や原油価格下落等の厳しい外部環境にもかかわらず、資金フローは安定をみせた。IMFは、投資家のリスク回避傾向の高まり等により、約200億ドル(2015‐2018年の平均年間流入額の10%相当)の資金の流出が推計されたが、米国の金融政策の見直し(正常化路線の停止)に対する期待が、流出圧力を相殺したと述べている12(第Ⅰ-2-1-11図)。

第Ⅰ-2-1-11図 IMFの新興国からの資本流出額の試算②(2019年4月公表)

10 メキシコ、ブラジル等

11 IMF Global Financial Stability Report, October 2018

12 2019年第1四半期の部分的なデータは、債券流入による資金フローの大幅な回復を示している。

2.主要先進国(米国・欧州・日本)の金融政策の動向

米国、欧州、日本の主要先進国では、これまで緩和的な金融政策が実施されてきたが、米国に続きEUが2018年12月に量的緩和政策を終了させ、金融政策の正常化の動きが進行した。しかし、2019年に入り、世界的な経済の減速懸念等から、米国と欧州で正常化を見直す動きが見られた。先進国の金融政策が、新興国ひいては世界の金融市場の安定化に与える影響が大きいことから、以下では米国、EU、日本の金融政策の動向について概観する。

(1)米国

米国では、景気回復に伴い、連邦準備制度理事会(FRB)が、金融政策正常化に向けた歩みを着実に進め、2017年に計3回、2018年に計4回のフェデラル・ファンド・レート(FF金利)誘導目標水準の引上げを実施し、2018年12月時点のFF金利を年2.25~2.50%とした。また、2017年10月以降、償還期限を迎えた債券の再投資額を減少させることで、保有資産を縮小させるバランスシートの規模縮小を実施し、2018年12月時点で資産規模は4.1兆ドルまで縮小した。

しかし、2019年に入りFRBは3月20日の連邦公開市場委員会(FOMC)において、FOMC参加者の政策金利見通し(中央値)から計算される2019年の利上げ回数はゼロと示唆されるとともに、米国債等の保有資産の縮小も9月末で終了する方針を示した13(第Ⅰ-2-1-12図)。

第Ⅰ-2-1-12図 FRBの保有資産の推移

13 利上げについては、当初2019年と2020年については、より緩やかなペースで利上げを行うことを示唆しており、19年中に年2回の利上げ実施という見方が大勢となっていた。また、保有資産の縮小も当初終了時期を21年から22年にかけてと想定していた。FOMC参加者によるFF金利の見通しの中央値をみると、2018年末の中央値が2.375%、2019年末の中央値が2.375%とされていることから、2019年の利上げ回数はゼロと示唆される。

(2)欧州

欧州では、2017年から景気が緩やかな回復を見せ、消費者物価上昇率(HICP総合)も1%台半ばまで上昇した。さらに2018年に入り、同上昇率が加速し、同年半ばには物価安定の目標値である2%近辺で推移する中、欧州中央銀行(ECB)は6月、10月以降の資産買い入れ額を月150億ユーロに減額した上で、12月末に買い入れを終了する方針を決定し、2015年3月に開始した国債を含む資産買い入れ策(APP:Asset Purchase Programmes)は18年12月末を以て終了した(償還再投資は継続中)。欧州債務危機後に実施されてきた非常に緩和的な金融政策は、経済が回復する中で正常化していくことが必要であり、資産買い入れ策の終了はそのための一つの段階である。

金融政策の正常化に向けた次のステップは、政策金利の引上げであるが、2018年末から2019年初にかけて、ユーロ圏の消費者物価上昇率は大きく鈍化した。エネルギー価格の下落を背景に、全品目ベース物価が、2018年10月の年率2.3%から2019年3月に同1.4%に低下したほか、エネルギーや食品等を除くコア物価についても、同期間に1.2%から0.8%にまで低下しており、経済指標の軟化も踏まえ、ECBは経済見通しを大幅に下方修正するに至った。

2019年3月のECB理事会では、経済見通しの下方修正に伴い、政策金利を現行の水準に据え置く期間について、2019年夏から、2019年末までに延長した。さらに、市中銀行に対する低利の長期資金供給オペといった、金融緩和の強化に繋がる措置を2019年9月より実施することも決定された。

マイナス金利を含む低い政策金利による銀行収益への副作用が懸念される中で、金融セクターからは政策金利の引上げが期待されている。しかし、世界経済の減速懸念が強まっており、米国によるユーロ圏の自動車に対する輸入関税賦課の可能性や、英国のEU離脱をめぐる不透明感の高まり等が経済の重石となり、インフレ率が上昇軌道に乗らない場合、政策金利の引上げは、さらに後ろ倒しとなる可能性も指摘される。

(3)日本

日本では、足下の景気は緩やかに回復しているものの、消費者物価上昇率(前年比)が2%の「物価安定目標」に達していない中、日本銀行は、2019年4月の金融政策決定会合で、海外経済の動向や消費税引上げの影響を含めた経済・物価の不確実性を踏まえ、当分の間、少なくとも2020年春頃まで、現在のきわめて低い長短金利の水準(短期金利:マイナス0.1%、長期金利:ゼロ%程度)を維持することを示した。

3.債務増大リスク

リーマン・ショック後の低金利と低ボラテリテイーといった緩和的な世界の金融環境下で、多くの新興国が金融面の脆弱性と債務増大の問題を抱えている。金融環境の引締め局面での金利上昇による既存の債務負担や資金調達コストの上昇が、金融の安定化や経済成長に与える影響が懸念される。以下では、世界の債務の状況と対外債務の増大が世界や各国の金融市場に動揺を招く可能性について考える。

(1)世界の債務の状況

国際決済銀行(以下、BIS)の14統計によると、世界の「非金融部門(金融部門以外の政府及び民間部門(家計+企業))の債務残高は、2018年(9月末時点)で対名目GDP比(以下、GDP比)231.2%と2008年末の同201.8%から増加した。新興国に比べ、先進国の方が極めて高い水準にはあるが、先進国では2018年は対GDP比で264.1%と2009年以降、ほぼ横ばいで推移しているのに対し、新興国では2018年で179.2%と2008年の107.2%から顕著な増加が見られる(第Ⅰ-2-1-13図)。

民間部門と政府部門の債務の割合を見ると、2018年(9月末時点)で、先進国では民間部門61.1%、政府38.9%、新興国では民間部門74.4%、政府部門25.6%と、双方ともに民間部門の割合が高く、特に新興国の民間部門の割合の増加が著しいことが(第Ⅰ-2-2-13図)から確認される。

第Ⅰ-2-1-13図 世界の債務残高の推移(非金融部門)

14 BISの与信統計(Total Credit)のデータより作成

(2)民間部門(家計部門・企業部門)の債務の状況

更に、BISの統計で、民間部門(家計及び企業部門)の債務の対GDP比について見てみると、先進国では、家計、企業部門ともにほぼ横ばいで推移しているが、新興国15では両部門ともに増加、特に企業部門の増加が著しく、2014年には先進国の対GDP比を超えて増大している(第Ⅰ-2-1-14図)。

第Ⅰ-2-1-14図 部門別の民間債務残高の推移(対GDP比)

企業の債務については、景気が拡大し、金利が上昇した場合、利払いの負担とともに資金調達コストが増加するため、投資への影響が懸念される。また、景気が後退に転じた場合は、多額の借入により資金調達を行っている企業にとり、返済の負担が高まり、不良債権問題を誘発、投資の低迷や債務不履行の増加による景気悪化の影響が増幅される可能性も懸念される。

次に国・地域別に、民間債務残高の対GDP比を見ると、2018年9月末時点では、香港、カナダ、中国、韓国、シンガポール、ユーロ圏、日本、米国が上位となっており、2008年との比較では2018年は、日本、米国では低下したが、香港16、カナダ17、中国18、韓国、シンガポール、ユーロ圏の他、新興国の多くで上昇している(第Ⅰ-2-1-15図)。

第Ⅰ-2-1-15図 国・地域別の民間債務残高の比較(対GDP比)

また、BISは、過去の金融危機の分析の経験から、GDPの成長率よりも早いペースで民間債務が拡大した国では、金融危機に直面するリスクが高いとし、具体的には、GDPに対する民間債務の比率の長期トレンドからの乖離(債務・GDPギャップ:Credit to GDP Gaps)が9%以上の場合、3年以内に3分の1の確率で金融危機や大幅な景気後退が起こるとしている19。以上を踏まえて(第Ⅰ-2-1-16図)から、各国の数値を見ると、2018年9月時点で9%を超過している国・地域は、香港、トルコ、アルゼンチンとなっている20

第Ⅰ-2-1-16図 国・地域別の債務・GDP比ギャップの比較

次の(第Ⅰ-2-1-17図)は、過去に金融危機や市場に動揺がみられた日本、タイ、アルゼンチン、米国、ギリシャ、中国について、1985年から直近(2018年9月末)までの債務・GDPギャップの数値の推移を示す。これによると今回取り上げた国については、危機または動揺が発生した相当以前から、BISが指摘する9%という警戒水準を超えていたことが確認される。

第Ⅰ-2-1-17図 主要国の債務・GDPギャップの推移

2018年に通貨下落に見舞われたアルゼンチンとトルコについて見てみると、アルゼンチンについては、2016年以降、上昇傾向となり2018年第3四半期に警戒水準を超えていた。また、トルコについては2007年頃から長期にわたり警戒水準を超え、またはその付近で推移を続けており、2017年以降一時的に水準以下に低下をみせたものの2018年に再び上昇傾向となり、第3四半期に警戒水準を超えたことが確認される。

15 新興国についてのデータは2008年以降のみ

16 香港の民間債務については、在香港の大陸系中国企業が数値を押し上げているという説明もある。(三井住友信託銀行 調査月報 2017年2月号)

17 カナダの民間債務については、世界金融危機後も住宅価格が上昇を続けていることを背景に、家計部門の債務が上昇を続けてきたことによる。(内閣府 世界経済の潮流 2018年Ⅰ)

18 中国政府はリーマン・ショック後、4兆元の景気対策を実施し、地方政府や国有企業による道路や鉄道等のインフラ建設で債務が増大。企業債務の割合が約6割となっているが、住宅ローン拡大により家計債務も増加している。

19 BISが危機発生の3年以内に危機の兆候を示す指標を早期警戒指標(Early Warning Indicators)として位置付けている指標の一つに債務・GDPギャップ(Credit to GDP Gaps)があり、民間非金融部門(家計部門+企業部門)の債務残高のGDP比の、長期トレンドからの乖離の程度を示す。

20 民間債務とともに増加した資産価格が下落に転じると、家計や企業における債務の返済は厳しくなり、その結果、消費や設備投資が冷え込み、景気後退が深刻になることが懸念される(日本経済新聞 2018年7月26日)

(3)国際債務証券

対外債務21には、企業の銀行からの借入れと、借入企業が居住地以外で発行する国際債務証券とがあるが、BISによる22国際債務証券の発行残高を国籍ベース23でみると、先進国については、世界金融危機後の2008年末から現在までの発行規模は、約18兆ドル前後で規模は大きいまま、ほぼ横ばいで推移している。その一方で新興国は先進国に比べ発行規模は小さいが、世界金融危機後、発行残高は2008年末の1.2兆ドルから2018年末3.9兆ドルと3倍以上増加しており、特に中国については2008年末の483億ドルから2018年末には約1兆279億ドルと20倍以上増加していることが注目される(第Ⅰ-2-1-18図)。

第Ⅰ-2-1-18図 国際債務証券発行残高の推移(居住ベースと国籍ベースの比較)

国際債務証券市場の拡大は、金融市場が未発達な新興国等の金融市場へのアクセスを向上させている一方で、急激な通貨下落等の外的なショックにより、債務国の経済が影響を受けた場合、その影響が国境を越えて債権を保有する国にまで拡大する可能性が高まることが懸念される。

次に(第Ⅰ-2-1-19表)で主要新興国の2018年末時点の通貨建て別の国際債務証券発行残高を見ると、取り上げたどの国においてもドル建ての比率が高い。また、2018年末の発行残高については、中国、ブラジル、メキシコ、ロシア、トルコ、アルゼンチンの順に多く、外貨準備高に占める割合を見ると、ロシア、中国、インド、タイが比較的低い一方で、アルゼンチン、メキシコ、トルコが100%を超えて、非常に高い水準にあることから、これらの国の今後の動向につき注視していく必要がある。

第Ⅰ-2-1-19表 主要新興国の国際債務証券発行残高と外貨準備高の比較

21 IMFは、(総)対外債務とは、ある時点における現存し偶発的でない負債で、債務者による元本及び/又は利息の将来のある時点における支払いを求めるもので、かつ、ある経済圏の居住者が非居住者に対して負担している未払い残高をいうと定義している。

22 BISの国際債務証券(Debt Securities)のデータより作成。発行元は政府、金融機関、企業。

23 国際債務証券の発行残価の集計方法には居住ベースと国籍ベースがあり、国籍ベースは最終的な債務の負担先・国を示す。居住ベースよりも国籍ベースが高い場合は、企業が本社ではなく海外子会社等を通じ国外で国際債務証券を発行していることを意味する。

4.新興国の金融リスク

(1)主要新興国の金融リスク

多くの新興国では、過去に発生した金融危機等の経験を踏まえ、外貨準備高の積み増しや、変動為替相場への移行、経常収支や財政収支等の経済ファンダメンタルズの改善により、外部ショックへの耐性を高めてきた。

しかしながら、景気回復に伴う先進国の金融正常化への動きや国内政治・政策の不確実性の高まりにより、新興国の金融安定化リスクは増大し、2018年4月には米国長期金利の上昇に伴い、アルゼンチン、トルコをはじめとし、ブラジル、南アフリカ、インド、インドネシア等の一部新興国で通貨下落が発生し、同時に資本の流出も見られた。幸い、今回の影響は一時的なものに留まり、為替レートや資金フローはその後は、回復をみせており、2013年のテーパー・タントラムの時のような資金の一斉流出といった現象は確認されなかった。

特に2018年に大幅な通貨下落が発生したアルゼンチンとトルコについては、恒常的な経常収支や財政収支の赤字や高いインフレ率、不十分な外貨準備等、経済ファンダメンタルズの脆弱さ等、国固有の問題が、今回の下落の主要因であると各方面から指摘されている。

(第Ⅰ-2-1-20表)は、アルゼンチンとトルコを含む主要な新興国の経済指標(経済成長率、インフレ率、経常収支、財政収支、外貨準備高、政府総債務残高、外貨建て対外債務等)につき、テーパー・タントラム発生年の2013年と直近の2018年を比較したものであり、これから、各国の経済ファンダメンタルズや外部ショックへの耐性について比較を試みたい。

第Ⅰ-2-1-20表 主要新興国・地域の経済指標の比較(2013年と2018年)

まず、主要な新興国の実質GDP成長率について、全体の平均値は、2013年の+4.3%から18年は+3.5%に低下した。アルゼンチンが2018年はマイナス成長だった。インフレ率は全体の平均値で、同+5.0%から同+5.9%にやや上昇しており、国別では、アルゼンチンとトルコが二桁で突出している。また政府総債務残高についても、同42.6%から同49.9%と債務負担の増大が懸念される。特にブラジル、アルゼンチン、インドが60%を超えている。

また、一般的に、財政収支や経常収支が赤字の国は、通貨下落により対外債務の返済が困難となり、経済危機に陥るリスクが高いとみられていることから注目度が高い。経常収支の対GDP比は2013年の平均値0.3%から2018年0.9%に改善した一方で、財政収支は平均-2.6%から-2.8%とやや悪化している。更に(第Ⅰ-2-1-21図)で各国の経常収支と財政収支の状況を見てみると、2018年に経常収支と財政収支の対GDP比が両方ともマイナスの国は、アルゼンチン、インド、インドネシア、トルコ、ブラジル、南アフリカ、メキシコとなっている。変化の状況は各国により異なるが、その中でもアルゼンチンは2013年と2018年を比較して、顕著な悪化が確認される。

第Ⅰ-2-1-21図 主要新興国の経常収支と財政収支(対GDP比)

また、外貨準備高については、(第Ⅰ-2-1-20表)によると2013年の平均値25.7%から2018年は同24.8%とやや減少したが、2000年初頭が10%台24であったことに鑑みれば、改善されていると言える。更に(第Ⅰ-2-1-22図)で、IMFのARA(Assessing Reserve Adequacy)による各国の外貨準備高の水準について見てみると、2018年11月時点で、アルゼンチン、トルコ、南アフリカが、IMFが示す適正外貨準備高の水準25を満たしておらず、アルゼンチンは、さらに今後一年間に予定される外貨流出額26の水準も満たしていないことが示された。上記以外の国については概ね十分な水準にあると言える。

第Ⅰ-2-1-22図 新興国の外貨準備高と適正外貨水準

以上、各種重要指標等の比較を通じて、アルゼンチンやトルコを含む一部新興国において、経済ファンダメンタルズの弱さ等による外部ショックに対する脆弱性があることが確認されたが、今後も引き続き各国の動向について注視していくことが必要である。

24 2000年の外貨準備残高の平均数値は13.0%(IMFと各国中央銀行公表の数値から経済産業省が計算。)

25 貿易額や債務額から算出される適正な外貨準備額

26 債務の元利払いなどで流出が決まっている外貨。

(2)アルゼンチンとトルコの動向と政策対応

前項では主要新興国の経済ファンダメンタルズや外部ショックに対する耐性について、国別に比較したが、本項では2018年に大幅な通貨下落と高インフレに見舞われたアルゼンチンとトルコについて、通貨下落当時の為替の動向や政策対応等について見てみる。両国ともに、引き続き足下で為替の変動が続いており、物価も依然として高い水準にあり、金融引き締めの状況下で景気の低迷が続いている。アルゼンチンの実質GDP成長率は、2018年は▲2.5%と前年の+2.7%からマイナス成長に転じ、トルコも2018年は+2.6%と前年の+7.4%から急落した(第Ⅰ-2-1-23図、第Ⅰ-2-1-24図、第Ⅰ-2-1-25図)。今後も、適切な政策対応が行われていくよう、両国の動向につき注視が必要である。

第Ⅰ-2-1-23図 アルゼンチンとトルコの為替レートの推移

第Ⅰ-2-1-24図 アルゼンチンとトルコのインフレ率の推移

第Ⅰ-2-1-25図 アルゼンチンとトルコの実質GDP成長率の推移と予測

①アルゼンチンの為替動向と政策対応

アルゼンチンは干ばつによる農業生産と輸出の減少に加え、原油価格の上昇、米国のドル高や金利上昇等による外部環境の悪化の影響を受けたことで、対外面の脆弱性が露呈し、2018年4月に通貨ペソの急落に見舞われた。

経緯を見ると、2018年4月25日に米国10年国債の金利が3%を超えて以降、ペソの下落が急速に進行、アルゼンチン中央銀行は、通貨防衛のため4月27日3%、5月3日3%に続き、5月4日に6.75%引き上げ、8日間で累計12.75%、年40%とする緊急の政策金利引き上げを実施した。

しかし、5月10日にはペソは過去最安値27(当時)をつけ、外貨準備高も急減したため、アルゼンチン政府はIMFに支援を要請、6月7日に500億ドルの融資枠設定で合意した。

IMFの支援合意を受け、ペソの下落は一時的に沈静化したが、8月に発生したトルコ・ショックの影響を受けて再び下落を開始、9月26日にIMFと71億ドルの追加融資合意をするもペソの下落は止まらず、9月28日に最安値を更新28した。

アルゼンチン中央銀行は、9月末に、①マネタリーベース管理を通じたインフレ抑制、②為替バンド制導入による為替管理、③資金需要に応じ政策金利を日々変動させる等の新たな金融政策を発表し、その後、ペソは小康状態を保っていたが、足下では不安定な状態が続いている(第Ⅰ-2-1-26図)

第Ⅰ-2-1-26図 アルゼンチンペソと政策金利の推移(2018年1月以降)

アルゼンチンの経済計画によると、アルゼンチンは市場の信頼回復のため、2020年に基礎的財政収支の黒字化を達成する必要があり、2019年は同収支の均衡を達成する必要がある29。そのため、財政に多大な負担となっている公共料金への補助金支出を削減するため、料金の引上げが不可避であり、2019年も高いインフレ率が続くことが避けられない状況にある。しかし、2020年以降はインフレも次第に改善していくものと見込まれており、2018年後半からは、ペソ安の恩恵による農産物輸出の増加等により貿易収支に改善が見え始めている。

②トルコの為替動向と政策対応

トルコ政府による米国人牧師拘束を巡る外交問題から、米国がトルコに対し経済制裁を課したことを契機に、2018年8月トルコリラは急落した。その影響は、経済のファンダメンタルズが脆弱な他の新興国や、トルコと経済・金融と関係が深い欧州諸国の通貨や株式等、国際金融市場にも波及し、トルコ・ショックと呼ばれ、トルコへの与信額の大きい欧州金融機関への影響懸念も報じられた。

慢性的な経常赤字と財政赤字を抱え、外貨準備の不足から為替介入の余力も乏しい等、ファンダメンタルズの脆弱さがトルコの通貨下落を加速させたと言われる。また、エルドアン大統領が中央銀行の金融政策への介入姿勢を強めたことも混乱を悪化させる要因となった。

トルコ中央銀行は8月17日にカタール中央銀行との間で通貨交換(スワップ)協定を締結、9月13日には政策金利を6.25%引き上げ24%とした。また10月12日には、トルコの裁判所が米国人牧師を釈放したことで事態は収束に向かい、足下でトルコリラは8月の水準の近くまで回復している。しかし、インフレ率については依然高止まりしている(2019年2月:19.7%)。2019年に入り、リラは再び下落しており、3月22日トルコ中央銀行は、リラ急落を受けた金融引き締め策として、主要な政策金利である一週間物レポ金利を使った市中銀行への資金提供の中止を発表した(第Ⅰ-2-1-27図)。

第Ⅰ-2-1-27図 トルコリラと政策金利の推移(2018年1月以降)

27 1ドル22.69ペソ

28 1ドル41.28ペソ

29 IMFとの関係では、アルゼンチンは市場の信頼回復のために、2020年までに基礎的財政収支の黒字化を達成する必要があり、2019年には同収支の均衡を達成するよう、大規模な構造調整を求められている。

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