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第3章 各国経済動向とリスク要因

第1節 米国

1.経済動向

(1)実質GDP成長率

米国の2018年の実質GDP成長率は前年比2.9%増と、2017年の2.2%増から更に加速している。需要項目別寄与度では、GDPの約7割を占める個人消費が前年比1.8%増(2017年:1.7%)と引き続き全体を牽引し、設備投資も同0.9%増(同:0.7%)と大きく貢献した。個人消費の拡大は、減税政策や歳出の拡大による雇用、所得、保有資産残高の増加に後押しされていると考えられる。一方で、純輸出の需要項目別寄与度は▲0.2%(2017年:▲0.3%)、住宅投資は前年比▲0.01%(同:+0.1%)と全体を押し下げている39(第Ⅰ-3-1-1図)。

第Ⅰ-3-1-1図 米国GDP需要項目別寄与度推移

米国景気の戦後最長の拡大期間は、1991年4月から2001年3月の10年間であるが、2009年7月に始まった今回の景気拡大局面は、2019年6月に過去最長に並ぶ見込みである(第Ⅰ-3-1-2図)40。一方で、市場関係者や各種研究機関の間では、貿易摩擦や中国の景気減速が経済を下押しし、2017年12月に成立した税制改革法の影響が剥落しているとの見方が多い。例えば、Tax Foundation41や米国財務省42が公表している税制改革による米国経済への長期的なプラスの影響と、Tax Foundation、IMF、OECDによる貿易摩擦による米国経済への長期的なマイナスの影響を比較すると、前者が0.7%~1.7%のプラス、後者が▲0.6%~▲1.1%のマイナスである。各研究機関の分析における「長期的影響」の指し示す期間が、それぞれの分析手法の違いにより、必ずしも完全には一致しないことに留意が必要であるものの、貿易摩擦によって税制改革の効果が相殺される可能性が示唆される(第Ⅰ-3-1-3図)。

第Ⅰ-3-1-2図 米国実質GDP成長率長期推移

第Ⅰ-3-1-3図 税制改革と貿易摩擦の経済影響の比較

39 2018年第4四半期の住宅投資は前年同期比では、▲3.3%とマイナスに転じている一方、設備投資は同+7.0%と堅調な伸びを示している(図1)。

40 白書執筆時点(2019年4月現在)。

41 Tax Foundationは、米国ワシントンDCにある非営利の税制調査シンクタンク。「Preliminary Details and Analysis of the Tax Cuts and Jobs Act」、2017年12月18日、(https://taxfoundation.org/final-tax-cuts-and-jobs-act-details-analysis/外部リンク)。

42 米国財務省、「Analysis of Growth and Revenue Estimates Based on the U.S. Senate Committee on Finance Tax Reform Plan」、(https://www.treasury.gov/press-center/press-releases/Documents/TreasuryGrowthMemo12-11-17.pdf外部リンク)。

(2)雇用統計

2018年の各月の非農業部門雇用者数は、平均で22.3万人伸びている(2017年平均:17.9万人)。イエレン前米国連邦準備制度理事会(FRB)議長は、失業率を長期的に安定させることができる雇用増加の水準を1か月あたり7.5万人から12.5万人としており43、2010年以降はこの水準を大きく上回るペースでの増加が続いている。失業率についても、2019年4月に1969年12月以来、過去50年で最低となる3.4%を記録し、2018年の平均でも3.8%と極めて低い水準を維持している44(第Ⅰ-3-1-4図)。

第Ⅰ-3-1-4図 非農業部門雇用者数及び失業率推移

43 FRB、「The Economic Outlook and the Conduct of Monetary Policy」、2017年1月19日、(https://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/yellen20170119a.htm外部リンク)。

44 2019年3月のFOMC時に公表されたFRBの長期見通しにおける失業率の水準は4.3%であり、この水準も大きく下回っている。

(3)インフレ率

FRBがインフレの指標としている個人消費支出(PCE)価格指数は、2018年11月以降、FRBが対称的な45インフレ目標としている2%を下回る水準で推移(第Ⅰ-3-1-5図)しており、エネルギー価格の下落(第Ⅰ-3-1-6図)を背景に2019年2月は1.3%まで低下した。変動の大きい食品とエネルギーを除いたコアPCE価格指数も同様に2%を下回って推移しており、3月には1.6%となった。

第Ⅰ-3-1-5図 PCE価格指数、コアPCE価格指数推移

第Ⅰ-3-1-6図PCE価格指数(ガソリン及びその他エネルギー)推移

45 FOMCでは2017年3月から、インフレ目標を2%から上下に幅を持たせるため、対称的(symmetric)という表現を用いている。

(4)設備投資と住宅投資

実質GDPに占める設備投資額は、過去10年間ほぼ一貫して拡大を続けており、2018年の年率成長率も7.0%と好調に推移している(第Ⅰ-3-1-7図)。地区連銀による製造業景況感調査においても、6か月先に設備投資の増加を予定している企業の比率が、過去2年ほどの間、2005年以降最も高い水準を維持しており、2019年後半も活発な設備投資を見込んでいる(第Ⅰ-3-1-8図)。

第Ⅰ-3-1-7図 実質GDP内訳に占める設備投資額及び住宅投資額推移

第Ⅰ-3-1-8図 地区連銀調査による6か月先設備投資計画と米国GDP設備投資

一方で、実質GDPに占める住宅投資額は、2009年から2017年まで順調に拡大してきたが、2018年に▲3.27%のマイナスに転じた。2018年の住宅投資は、4四半期連続での減少であった。米国住宅販売の9割を占める中古住宅販売戸数も2018年3月から2019年2月まで12か月連続で減少を続けており、政策金利の引上げに伴う住宅ローン金利の上昇や、住宅価格の高騰が住宅需要の弱さにつながっていると考えられる(第Ⅰ-3-1-9図)。

第Ⅰ-3-1-9図 住宅販売戸数伸び率・30年固定住宅ローン金利推移

(5)ISM景気指数

2018年のISM製造業景気指数(総合)は平均58.8(2017年平均:57.5)となり、景気拡大縮小の分岐点となる50を大きく上回って推移した(第Ⅰ-3-1-10図)。一方で、足下(2019年1月から3月)の同指数は、前年に比べると下降傾向にある。市場関係者の間では、貿易摩擦の影響により輸出が低迷し、景気減速が進む可能性を指摘する声がある一方、景気は引き続き底堅い46とする意見もあり、見方は割れている。

第Ⅰ-3-1-10図 ISM景気指数推移

2018年のISM非製造業指数(総合)は、平均58.9(2017年平均:56.9)となり、製造業指数と同様に、50を大きく上回る水準で推移した(第Ⅰ-3-1-10図)。足下の同指数については、事業全体では明るい報告が多いものの、2019年3月は2017年8月以来の水準まで低下したこともあり、人手不足をボトルネックとして挙げる声もあった。

第Ⅰ-3-1-11図 ISM景気指数と実質GDP成長率の推移

46 1949年以降の実質GDP成長率とISM製造業指数の相関でみれば、例えば、2019年3月のISM製造業指数の55.3の水準は、3.7%程度の実質GDP成長率が見込まれる数値である(第Ⅰ-3-1-11図)。

(6)小売売上高

2018年の小売売上高は前年比+4.9%の6兆381億ドルとなった。自動車、ガソリン、建材・園芸用品、飲食を除いたコア小売売上高は、同+5.4%の3兆2,771億ドルとなった(第Ⅰ-3-1-12表)。

第Ⅰ-3-1-12表 小売売上高(年次)推移

一方で、月次推移をみると、2018年後半以降、伸び率の鈍化が見られるようになってきている。特に、2018年12月にはガソリン価格の下落や政府閉鎖による消費者心理の悪化の影響もあり、2009年9月以来最大の落ち込みとなる前月比▲1.6%を記録した。2019年2月も同▲0.2%となり、消費の鈍化を指摘する声もある(第Ⅰ-3-1-13図)。

第Ⅰ-3-1-13図 小売売上高(月次)推移

(7)金融政策

米国連邦準備制度理事会(FRB)は、2014年10月に量的緩和第三弾(QE3)を終了して以降、金融政策の正常化を進めてきた。具体的には、2015年12月にフェデラル・ファンド・レート(FF金利)の誘導目標の引上げを再開し、2017年10月から米国債、住宅ローン担保証券(MBS)への再投資を縮小し始めた。FF金利の引上げは、短期国債利回り(短期金利)の上昇に速やかに波及する一方、将来の景気やインフレ率を抑制するため、これらを反映する長期国債の利回り(長期金利)を押し下げる。国債の年限ごとの利回りを結んだ曲線をイールドカーブ(第Ⅰ-3-1-14図)と呼ぶが、この傾きは利上げが進むにつれて緩やかになり(=フラット化)、利上げの最終局面では長短金利が逆転し右肩下がりとなる逆イールドが発生することがある。なお、2015年12月に利上げを再開して以降、イールドカーブは上方にシフトしつつフラット化してきた。これは好況期の金融正常化の際に見られるベア・フラット化と呼ばれる動きである。他方、2018年11月以降は、米中貿易摩擦等による世界的な景気後退懸念が高まる中で、市場参加者の間に金融緩和期待が浮上した。景気後退懸念を反映して長期金利が低下するとともに、FF金利の引き下げを予想して短期金利が低下している。そのためイールドカーブが下方にシフトしつつフラット化するブル・フラット化が始まり、2018年12月初旬には、米国2年債と5年債の利回りが逆転した。さらに、2019年3月末には、3か月物財務省短期証券(Tビル)と10年債の利回りが2007年以来12年ぶりに逆転している。なお、過去に逆イールドが発生した際には、およそ1年以内に景気後退が起こっており(第Ⅰ-3-1-15図)47、市場関係者の間では警戒する声もある。

第Ⅰ-3-1-14図 QE3以降のイールドカーブの比較

第Ⅰ-3-1-15図 米国債利回り推移(10年、2年)

2019年3月の連邦準備制度理事会(FOMC)では、バランスシートの縮小計画の終了を決定し、利上げも見送っている。同FOMC後の会見において、パウエル議長は、米国経済について、2019年も引き続き堅調なペースで成長するとの見通しを示しつつも、2018年の非常に力強いペースよりは遅い可能性があるとした。リスク要因として英国のEU離脱や米中貿易摩擦などを挙げた。今後の利上げについては、雇用とインフレ率の見通しを注視していく48としている。

(8)米国対外証券投資

世界金融危機後、米国を中心とした先進国による金融緩和政策の影響により、多くの資金が相対的に利回りの高い新興国に流入したとされる。米国の対外証券投資純額49をみても、米国が実質的なゼロ金利政策を導入した2008年12月以降、米国からの証券投資は海外への支払超(資金流出)で推移した。一方で、QE3が終了した2014年10月以降は、金利により敏感な債券を中心に米国の受取超(資金流入)で推移しており、2018年末には、株式も受取超となっている(第Ⅰ-3-1-16図)。

第Ⅰ-3-1-16図 米国対外証券投資・FF金利誘導目標推移

1995年以降の対外証券投資を振り返ると、信用スプレッド50との一定の相関が見られる。相場の不透明感が高まると、リスクの高いハイイールド債に対して投資家が求めるリターンの割合も高くなるため、スプレッドは拡大する。例えば、過去には、1998年のロシア危機や2000年代初頭のITバブル崩壊、2008年の世界金融危機時に信用スプレッドが大きく拡大している。2017年以降は適温相場により信用スプレッドが長期平均を下回って推移してきたが、2018年末にかけては貿易摩擦の影響や原油価格の下落等を背景に、スプレッドの拡大がみられ、リスク回避的な傾向が高まっていると考えられる(第Ⅰ-3-1-17図、第Ⅰ-3-1-18図)。

第Ⅰ-3-1-17図 米国対外証券投資・信用スプレッド推移

第Ⅰ-3-1-18図 米国対外証券投資(地域別)・原油価格推移

第Ⅰ-3-1-19図 米国対外証券投資推移(過去2年間)

47 長短金利差を銀行の貸出金利と預金金利の差(=預貸利ざや)と考え、これがマイナス化することが銀行の貸出態度の厳格化を通じて、経済活動を抑制する、との見方がある。

48 パウエル議長は会見において、「FF金利は現在中立とされる広い範囲に収まっている。」とし、(今後の金融政策について)「雇用とインフレの見通しが政策変更を要求するまではしばらく時間がかかる」との見通しを示し、利上げ休止の姿勢を強調するととともに、声明文中の「(政策金利変更の判断について)辛抱強くなる」とは、「判断を急ぐ必要はないことを意味する」と説明した。

49 売買を差し引いた純額(ネット)。

50 米国ハイイールド債利回りと10年国債利回りの差。ハイイールド債とは、投資適格に満たない債券を指す。信用スプレッドは、発行体が債務の返済不履行となるリスクに対して支払われる追加的な利回り。

2.通商動向

(1)米国通商政策課題

米国通商代表部(USTR)は、2019年3月1日に「2019年通商政策課題」51を公表した。「2019年通商政策課題」は、3部立ての構成52となっており、第一に、「政権は深刻な欠陥のある国際通商システムを引き継いだ」こと、第二に、「米国人労働者にとってより良い通商政策を行う」こと、第三に、「通商関係再均衡に向けた新規通商ディールと強力な執行を追求」することとなっている。第一のパートでは、特定の相手国との関係においては、再交渉前の米韓自由貿易協定(KORUS)や北米自由貿易協定(NAFTA)を例に挙げ、不均衡な通商協定が米国人の経済的機会を剥奪してきたと断じるとともに、中国が米国のイノベーションや知的財産に係る権利を侵害してきたと批判している。また、多角的貿易体制の失敗を主張しており、例えば、WTO上級委員会は有害な司法積極主義(harmful judicial activism)を採っていると論じている。第二のパートでは、TPP離脱やKORUS、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の妥結をトランプ政権の成果として取り上げ、今後もより良い通商ディールを確保することを優先課題としつつ、昨年に引き続き米国通商法をアグレッシブに執行するとしている。例えば、中国の知的財産権に係る行動に対する1974年通商法301条に基づく調査の実施や、1974年通商法201条に基づく太陽光電池セル・モジュール及び大型住宅用洗濯機に対するセーフガード措置の発動を実績として挙げている。第三のパートでは、米国経済や国家防衛に必須なイノベーションと技術の保全のための取組を強化するとともに、日本、EU、英国といった戦略的パートナーとの新規通商交渉の開始を追求するなどしている。

51 USTR、「The President’s 2019 Trade Policy Agenda」、2019年3月1日、(https://ustr.gov/sites/default/files/2019_Trade_Policy_Agenda_and_2018_Annual_Report.pdf外部リンク

52 昨年の通商政策課題では、①国家安全保障を支える通商政策、②米国経済の強化、③全ての米国人にとって役立つ通商協定の交渉、④米国通商法のアグレッシブな執行、⑤多国間通商システム改革の5つを柱として掲げていた。2019年の通商政策課題では、①・②が3つ目のパート、③・④が2つ目のパート、⑤は一つ目のパートに構成上組み替えられている。

(2)米国貿易統計

2018年の米国の財貿易収支は、過去最大の▲8,787億ドルの赤字となった。貿易赤字の約5割を占める中国に対する赤字が拡大したことが主な要因(第Ⅰ-3-1-20図)。2018年の米国の対中輸入額は関税賦課後も11月を除いて対前年比で増加を続けた一方、対中輸出額は2018年8月以降、対前年比で大幅に減少を続けた(第Ⅰ-3-1-21図)。日本に対する貿易赤字額は2017年の3位から中国、メキシコ、ドイツに次ぐ4位に後退した(第Ⅰ-3-1-22表)。

第Ⅰ-3-1-20図 米国財貿易収支・日米中名目GDP推移(1990年以降)

第Ⅰ-3-1-21図 米国の対中財貿易収支推移

第Ⅰ-3-1-22表 米国の輸出、輸入、貿易収支(国別)

主要輸入品目については、一般機械が前年比10.8%と高い伸び率を記録したほか、電気機器(同+2.7%)や自動車等(同+3.7%)の輸入も着実に拡大した。歳出拡大や減税政策等による米国の内需拡大に起因するところが大きいと見られる。輸出品目別にみると、輸出全体の12.8%を占める一般機械が前年比+5.5%となったことを始め、原油価格の高騰の影響により、鉱物性燃料等が同+36.6%、電気機器等が同+0.9%となった。米国の財貿易は輸出入ともに拡大しているが、輸入全体の伸び率(+8.6%)が、輸出全体の伸び率+7.6%を上回った形(第Ⅰ-3-1-23表)。

第Ⅰ-3-1-23表 米国の輸出・輸入品目

(3)米国の投資管理及び輸出管理強化

GDP世界第2位の経済大国としての中国の存在感が増す中で、米国内では中国による知的財産窃盗や強制技術移転などに対する批判が高まっている。トランプ政権は、米中の技術を巡る競争関係について、「強大な覇権争い(great power competition)53」の時代の到来と表現しており、また、米国議会においても、米国企業が関わるサプライチェーンから中国を排除する動き(decoupling)を後押しするような発言がなされるようになった54。ペンス副大統領は、2018年10月にハドソン研究所において行ったスピーチにおいて、「米国に対する知的財産窃盗が完全に終了するまで、中国政府への対抗措置をとる。そして、中国政府が強制的な技術移転という略奪的慣行を止めるまで、強い姿勢を継続する。米国企業の私有財産の利益を保護する55、」と発言している。

中国との技術覇権争いを背景として、米国では、2018年8月に2019年度国防授権法が成立。外国投資リスク審査近代化法(FIRRMA)が成立し、対米外国投資委員会(CFIUS)による対米投資審査が強化された。また、同時に輸出管理改革法(ECRA)が成立し、輸出管理も強化されている。

53 「国家安全保障戦略」公表時のスピーチにおいて、マティス国務長官は「米国はこれまで同様、テロ対策を続ける。しかし、テロではなく強大な覇権争いが米国の安全保障において、目下の最優先課題となっている。(We will continue to prosecute the campaign against terrorists that we are engaged in today, but great power competition, not terrorism, is now the primary focus of U.S. national security)」と発言している。米国国防総省、「国家安全保障戦略(National Defence Strategy of the United States of America)」、(https://dod.defense.gov/Portals/1/Documents/pubs/2018-National-Defense-Strategy-Summary.pdf外部リンク)。同「マティスの国家安全保障戦略に関するスピーチ(Remarks by Secretary Mattis on the National Defense Strategy)」、2018年1月19日、(https://dod.defense.gov/News/Transcripts/Transcript-View/Article/1420042/remarks-by-secretary-mattis-on-the-national-defense-strategy/外部リンク)。

54 特にライトハイザー通商代表やナバロ国家通商会議(NTC)委員長はデカップリング賛成派であるとされ、例えばナバロは「関税は中国からデカップリングし、米国に仕事や投資を呼び戻す良い方法である(tariffs are a good way of decoupling from China and bringing back jobs and investment to the United States.)」と発言しているとされる。(https://foreignpolicy.com/2019/05/10/trumps-madman-theory-of-trade-with-china/外部リンク

55 ホワイトハウス、「ペンス副大統領の対中政策に関するスピーチ(Remarks by Vice President Pence on the Administration’s Policy toward China)」、2018年10月4日、(https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-vice-president-pence-administrations-policy-toward-china/外部リンク

①投資管理の強化

米国においては、CFIUSが安全保障の観点から対内直接投資を審査している。2018年8月13日に成立したFIRRMAでは、従来審査対象となっていなかった小規模投資に対する審査の拡大や、サイバーセキュリティへの影響、重要インフラ等が外国人に支配されることによる影響など、審査の考慮要素が多面化すること等が盛り込まれている(第Ⅰ-3-1-24表)。こうした改正の目玉となる重要な条文については、正式適用に向けた留保が付いた形となっており、パブリック・コメントや、パイロット・プログラム(暫定規則に基づくCFIUSの実験的運用)の実施等を通じて詳細を決定し、2020年2月までに完全施行される見通しである。

第Ⅰ-3-1-24表 CFIUS審査の主な改正ポイント

パイロット・プログラムは、FIRRMAが新たに追加した規制対象取引の一部を先行実施するものであり、27の業種(第Ⅰ-3-1-25表)に関連する製造・設計を行う、機微技術を保有する企業を対象としている。27の業種には、安全保障上の懸念が想起される軍事分野、航空・宇宙分野に加え、コンピュータや半導体等の電気通信分野、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー等の先進的技術も含まれる。機微技術としては、①武器(ITAR/ML品目56)、②国際レジームに基づく汎用品等(EAR/CCL57)、③原子力(外国の原子力活動支援関連)、④原子力(輸出入管理関連)、⑤特定化学剤・毒素、⑥先端基盤技術が明記されている。

第Ⅰ-3-1-25表 パイロットプログラム対象業種

また、特に重要な点は、これまで対象とされてこなかった非支配的投資についても、規制対象となったことである。具体的には、投資する側の企業が、①重要な非公開技術情報へのアクセス、②取締役の選任等、③機微技術の使用・開発・取得・譲渡に関する重大な意思決定への関与(議決権行使以外)を行う場合には、新たに規制の対象とされることとなっている。株式保有比率や直接投資であるか、間接投資であるかの別を問わないという意味において、企業支配を前提としていた従来とは大きく異なる。

このように、パイロット・プログラム等を通じて、FIRRMAの完全施行を目指すとともに、同法に基づくCFIUS審査の実施体制を整えることとされているが、完全施行に向けては様々な課題があると考えられる。例えば、海外企業からは、CFIUS審査による手続き面での負担増や、審査対象の拡大に伴って、最悪の場合、差し止められる案件が増加する懸念から、対米投資そのものについて消極的にならざるを得ないといった声も聞かれる。有識者等からは実際に審査を行う人員の不足も指摘されており、手続きの遅延等も懸念されるところ、十分な審査体制の確立がなされるどうかについても注目されている。

2005年以降のCFIUS報告・審査件数についてみると、報告件数こそ、リーマン・ショック直後に大幅に減少しているものの、審査件数については、ほぼ一貫して増加件数にあり、2016年の審査件数は79件に上っている(第Ⅰ-3-1-26図)。

第Ⅰ-3-1-26図 CFIUS審査対象案件数推移

また、FIRRMA施行の影響が、実際のM&A市場にどの程度の影響を及ぼすかについては、各業種の市況や、個別企業の中長期の経営計画との兼ね合い等もあるため、一概には言えないものの、日本企業の対米M&A58は過去2‐3年でむしろ増加傾向にあり、CFIUS審査強化の影響はあまり見られない(第Ⅰ-3-1-27図)。一方、中国の対米M&Aは、2017年~18年は減少傾向にある。これは、近年、CFIUS審査過程での撤回案件や大統領差し止め事例が増加していることに加え、中国経済の減速懸念への対処、特に、海外買収に積極的な企業が過剰債務を抱えることによるリスクを軽減するために、中国政府が不要不急の海外M&A案件を差し控えるべきとの方針を打ち出したこととも重なっている59(第Ⅰ-3-1-28図)。また、中国の対外準備高の減少が影響しているとの声もある60

第Ⅰ-3-1-27図 日本企業による米国エマージング技術関連M&A金額推移(公表ベース)

第Ⅰ-3-1-28図 中国企業による米国エマージング技術関連M&A金額推移(公表ベース)

56 ITAR(International Traffic in Arms Regulation):国際武器取引規制、ML(Military List):軍需品目リスト

57 EAR(Export Administration Regulations):米国輸出管理規則、CCL(Commerce Control List):規制品目リスト

58 パイロット・プログラム対象業種を参考に、Refinitiv業種分類で関連する業種のM&A案件(公表ベース)を抽出。

59 日経新聞、「中国一の富豪も標的 当局、海外M&A企業を締め付け」、2017年7月4日、電子版、(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO18325510Q7A630C1000000/外部リンク

60 AEI、“「Chinese Investment: State-Owned Enterprise Stop Globalizing, for the Moment」、2019年1月17日、(http://www.aei.org/publication/chinese-investment-state-owned-enterprises-stop-globalizing-for-the-moment/外部リンク

②輸出管理の強化

輸出管理改革法(ECRA)は2018年8月13日の国防授権法に盛り込まれる形で成立した。米国の安全保障にとって必要な「新興・基盤(emerging and foundational)技術」を特定し、輸出規制の対象とすることなどを定めている。規制対象の候補となる14の技術分野(第Ⅰ-3-1-29表)を予め公表した上で、パブリック・コメント等を経て規制内容が確定し、投資審査にも反映される見込み。あわせて、国内で規制対象となった技術については、国際輸出管理レジームへの提案が義務付けられている。

また、安全保障上の理由で特定の企業への輸出を禁じる対象企業の範囲を拡大させることで、中国に対抗する動きも出てきている。具体的には、2018年8月に中国の44の団体61を禁輸対象企業リスト(エンティティ・リスト)62に追加し、同10月には福建省晋華集成電路(JHICC)、2019年5月にはファーウェイ及び68の関連会社も追加した63。エンティティ・リストに掲載された者への輸出等は、米国商務省安全保障局(BIS)の許可が必要となっており、多くの場合、全貨物についての輸出が許可されないことから、中国にとって厳しい措置である。

第Ⅰ-3-1-29表 規制対象候補となる14の技術分野

61 中国電子科技集団、中国航天化工集団など半導体や航空宇宙関連企業とその下部機関などが追加された。中国の軍民融合を背景に、技術の軍事活用を懸念したものと見られる。

62 米国の制裁に該当する活動や国家安全保障・外交政策上の利益を害する活動に従事した団体を掲載。

63 JHICCの追加に当たっては、米国商務省より、同社は「DRAMの製造技術を米国から窃盗し、米国のサプライヤー及び国家安全保障を脅かした」とのコメントが発出されたが、従来の安全保障を根拠とした追加理由とは一線を画すとの意見もある。

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