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- 第1部 第3章 第3節 中国
第3節 中国
1.マクロ経済動向
2018年の中国経済を概観する。中国政府は、前年に引き続き、金融リスクへの対処を重点政策として、企業及び家計債務の圧縮等を進めたが、その過程で経済が減速。2018年年央からは、政策の中心が債務削減から景気支援に切り替わった。その間に米国との間で貿易摩擦から双方が関税引上げの応酬を行う事態に発展し貿易鈍化の動きも見られた。これらの動きを主要経済指標を追いながら見ていく。
(1)GDP
中国の実質経済成長率は、2017年に7年ぶりに上昇したが2018年は再び減速した。2018年の成長率は6.6%と政府目標(6.5%前後)を達成したが、天安門事件のあった翌年1990年(3.9%)以来の低い伸びとなった。また、四半期ベースの推移を見ると2018年年央以降、3四半期連続で減速が続いた(第Ⅰ-3-3-1図)。2019年に入ると第1四半期の成長率は6.4%と4四半期ぶりに伸び率が下げ止まったが、今後の動向については注視していく必要がある。
第Ⅰ-3-3-1図 中国の実質GDP成長率(前年同期比)の推移
需要項目別には、2018年は最終消費の寄与度が拡大する一方で、投資は縮小し、純輸出はマイナスに転じた。なお、四半期別に見ると、純輸出は既に第1四半期からマイナスが続いていた。2019年第1四半期は、最終消費、総資本形成の寄与度が縮小した。反対に純輸出については、輸出が伸び、輸入が減少したと見られ、寄与度はプラスに転じた(第Ⅰ-3-3-2表)。
第Ⅰ-3-3-2表 中国の実質GDP成長率の需要項目別寄与度
業種別に見ると、2018年は第1次、第2次、第3次産業ともそろって減速した。その中で第3次産業は比較的高い伸びを示し、特に情報通信・情報技術サービスは突出して高い成長率が続いた。なお、2019年第1四半期は、全体の伸びは下げ止まったが、業種別には、製造業など第2次産業が加速する一方で、第3次産業が減速した(第Ⅰ-3-3-3表)。
第Ⅰ-3-3-3表 中国の業種別の実質GDP成長率
(2)工業生産
工業生産の伸び率は、数年来、ほぼ横ばいが続いていたが、2018年は年央から伸び率が緩やかに低下を始め、2017年に比べて小幅ながら鈍化した(第Ⅰ-3-3-4図)。業種別には、自動車が大きく伸びを低下させ、年末以降はマイナスが続いた(第Ⅰ-3-3-5図)。また、好調であった電子・通信機器も減速した。なお、2019年に入り3月は高い伸びとなったが、年初は統計が大きく振れることもあるため、今後の動きを見ていく必要がある。
第Ⅰ-3-3-4図 中国の工業生産の伸び率(前年同月比)の推移
第Ⅰ-3-3-5図 主要業種別工業生産伸び率(前年同月比)
(3)消費
2018年の小売売上額の伸び率は減速した(第Ⅰ-3-3-6図)。高額商品で小売りの大きなシェアを占める自動車販売がマイナスに転じた影響が大きい(第Ⅰ-3-3-7図)。なお、ネット販売は、依然として高い伸びを維持しているものの、次第に低下してきている。
第Ⅰ-3-3-6図 中国の小売売上高の伸び率(前年同月比)の推移
第Ⅰ-3-3-7図 中国の小売売上高の主要品目別伸び率(2017年・2018年)
(4)投資
2018年の固定資産投資の伸び率は、インフラ投資の減速が大きく影響し、年間合計としては2017年に比べて減速した(第Ⅰ-3-3-8図)。しかし、月次の推移を見ると、鈍化が続いていた伸び率は8月を底に緩やかながら上昇してきている。業種別には、製造業が3月を底に上昇に転じるとともに、政府の景気支援策を受けてインフラ投資も9月を底に緩やかながら反転上昇している(第Ⅰ-3-3-9表)。
第Ⅰ-3-3-8図 中国の固定資産投資の伸び率(年初来累計・前年同期比)の推移
第Ⅰ-3-3-9表 中国の固定資産投資の主要業種別内訳
(5)不動産開発
2018年の不動産開発の伸び率は2017年に比べれば上昇した(第Ⅰ-3-3-10図)。しかし、不動産販売の伸び率は次第に鈍化しており、先行きを懸念する見方もある。その背景には家計債務削減の一環として住宅ローンの審査が厳格化され伸びが落ちてきていることを指摘する声もある(第Ⅰ-3-3-11図)。
第Ⅰ-3-3-10図 中国の不動産開発及び販売の伸び率(年初来累計・前年同期比)の推移
第Ⅰ-3-3-11図 中国の住宅ローン残高の推移
(6)企業の景況感
中国の製造業企業の景況感指数は年央から低下が続いた。特に輸出受注指数が景気の分岐点といわれる50を下回って低下が続いている(第Ⅰ-3-3-12図)。また、企業規模では中小企業が厳しい状況に置かれている。この景況感の低下は企業利益の伸び率の鈍化とも符合している(第Ⅰ-3-3-13図)。なお、2019年3月に上昇の動きが見られたが、年初は統計が触れやすいこともあり、今後も回復が続いていくかは注視していく必要がある。
第Ⅰ-3-3-12図 中国の企業景況感指数(製造業PMI)の推移
第Ⅰ-3-3-13図 中国の鉱工業分野の企業利益伸び率(年初来累計・前年同期比)
(7)雇用
このような中で失業率の推移を見ると、調査失業率で見る限り7月に一旦上昇したがその後に低下し、年末から再び上昇を始めるなど、かなり変動している109(第Ⅰ-3-3-14図)。貿易や金融関係の経済指標については、次以降の項目の中で見ていく。
第Ⅰ-3-3-14図 中国の都市部調査失業率の推移
109 都市部の調査失業率は2018年から公表が開始された。それ以前は都市部登録失業率が公表されていたが、都市に戸籍を有しない農民工が除外されていたことから、実態を反映していないとの指摘があった。
2.米中貿易摩擦の影響
既に述べたように、2018年、米国は中国に対して追加関税を課し、中国は対抗措置をとるという貿易摩擦が生じている。その影響を考察するが、まず、中国の対世界全体での貿易動向を確認しよう。2018年の中国の輸出は2017年に比べて伸び率が小幅ながら上昇、輸入はほぼ横ばいであった(第Ⅰ-3-3-15図)。しかし、月次の推移を見ると、輸出入とも年末から急速に悪化している。
第Ⅰ-3-3-15図 中国の輸出入の伸び率(前年同月比)の推移
中国の貿易を米国と主要国で分けて見ると、2018年の米国向け輸出は世界主要国向けとほぼ同様の伸び率を維持していたが、2018年の年末から2019年年初にかけて顕著に落ち込んでいる(第Ⅰ-3-3-16図)。一方、米国からの輸入は年間を通じて世界主要国よりも低い伸びにとどまることが多く、特に2018年後半は米国が突出して悪化している。
第Ⅰ-3-3-16図 中国の主要国別輸出入の伸び率
2018年の中国の対米貿易の動きを米国との貿易摩擦の動きと照らし合わせると、輸出は追加関税が実施された7月以降も高い伸び率を続ける一方で、輸入は翌8月に大きく伸びが低下、9月からマイナスに転落している(第Ⅰ-3-3-17図)。追加関税を受けても輸出が好調を維持していた背景には、将来の関税率引上げを懸念した駆け込み輸出が指摘されており、その輸出も駆け込みが終了したと見られる2018年末から急速に悪化している。今後は駆け込み輸出の反動が顕在化するとの指摘もあり、今後の動きを注視していく必要がある。なお、輸入が輸出よりも大きく低下したため、対米貿易黒字は拡大することとなった。
第Ⅰ-3-3-17図 中国の対米貿易(前年同月比)の推移
中国の対米貿易を品目別の伸び率寄与度で見ると、輸出においては携帯電話等の電気機器が10月まで伸びに大きく寄与していたが年末以降マイナスに転じて推移している(第Ⅰ-3-3-18図)。輸入においては、大豆などのオイルシード、鉱物性燃料、自動車が10月頃から年末にかけて大きくマイナスを拡大している。
第Ⅰ-3-3-18図 中国の対米輸出伸び率の品目別寄与度推移
2018年の人民元の対ドルレートは、米国が追加関税の検討を表明した3月以降、急速に元安が進行した(第Ⅰ-3-3-19図)。一般的に元安は輸出促進効果を持つため、米国の追加関税をある程度相殺する効果があったと思われるが、逆に資本の流出、外貨準備の減少等が懸念される。2015年、人民元切下げを契機として人民元が下落した際には、為替介入の原資に使用された影響もあり、外貨準備が大幅に減少した前例がある。今回の場合を見てみると、外貨準備が若干は減少したものの、当時のような大幅な外貨準備の減少は見られない。なお、2018年12月に翌1月からの追加関税の延期を合意して以降、為替レートは元高方向へ戻っている。
第Ⅰ-3-3-19図 中国の為替レートと外貨準備の推移
3.構造的課題としての金融リスク
国際決済銀行(BIS)が公表している統計で中国の企業債務を見ると、2016年頃まで経済規模に比べて債務の拡大が続いていた(第Ⅰ-3-3-20図)。この事態を重く見た中国政府が民間債務の削減を重点政策として進めたことから、債務残高は低下に向かったが、依然として高水準にとどまっている。
第Ⅰ-3-3-20図 中国の非金融企業の債務残高の対GDP比
中国の国内統計で債務の動向を見ると、中国人民銀行が公表している社会融資総量の残高伸び率が2017年以降は鈍化傾向にある(第Ⅰ-3-3-21図)。特に2018年は、シャドーバンキングと指摘される委託貸出、信託貸出等の伸びがマイナスとなり残高が減少している110。これを見る限り、シャドーバンキング対策がある程度進んできたと見られる。ただし、2019年初めに社会融資総量全体の残高の伸び率上昇の兆しも見え、今後の動きを注視していく必要がある。
第Ⅰ-3-3-21図 中国の社会融資総量の残高の伸び率(前年同月比)の推移
また、シャドーバンキング以外の通常の銀行融資については残高の伸びは安定している(第Ⅰ-3-3-22図)。また、銀行融資における不良債権比率もほぼ安定的に推移している(第Ⅰ-3-3-23図)。
第Ⅰ-3-3-22図 中国の通貨供給量及び貸出の推移
第Ⅰ-3-3-23図 中国の商業銀行の不良債権の推移
このようにシャドーバンキングを中心とする民間債務の削減は一定の効果を上げつつあったが、シャドーバンキングに頼らざるを得ない民営企業に資金がまわらなくなり、これが景気悪化につながったとの指摘がある。実際に中国人民銀行は約2年ぶりに2018年4月以降、預金準備率を引き下げ、銀行に対して民営中小企業への資金供給を拡大するように指導している(第Ⅰ-3-3-24図)。
第Ⅰ-3-3-24図 中国の預金準備率の推移
また、中国人民銀行は、預金準備率の変更以外に、公開市場操作を通じて市場への資金供給をコントロールすることで2018年半ばから市場金利を高値誘導から低め誘導に切り替えている(第Ⅰ-3-3-25図)。
第Ⅰ-3-3-25図 上海銀行間金利(SHIBOR)の推移
これらは、景気悪化の中で民営中小企業の支援を目指しているが、民間債務削減という観点からは逆行するもので、長期的な金融リスクへの対処が先延ばしになることを懸念する見方もある。
110 委託貸出とは企業間での直接貸出等を意味し、銀行等が仲介して手数料を徴収するが、銀行が融資をするわけではないので銀行の残高とはならない。一方、信託貸出とは理財商品のような資産運用商品が該当する。
4.中国政府の景気支援策・構造改革のための政策
このように景気減速の中で、中国政府は政策の中心を債務削減など構造改革から景気支援に切り替えてきた。2018年半ば、景気下支えのため抑制していたインフラ投資の促進を決定し、減税も実施した。また、すでに述べたように金融面では預金準備率を2018年4月に約2年ぶりに引き下げ、特に中小民営企業をターゲットに市場への資金供給を拡大。それ以降も預金準備率は7月、10月、2019年1月と引下げが続いている。
2019年3月の全国人民代表大会(全人代)では、今年の経済政策の方針が公表された。まず、経済成長率の目標について、6~6.5%と昨年の6.5%前後から引き下げられた(第Ⅰ-3-3-26表)。景気支援のために「積極的な財政政策」として、政府財政赤字を昨年の水準からGDP比でも金額ベースでも拡大した。一方、「穏健な金融政策」は、金融リスクもにらみながら緩和と引締めを適度なものとするとして、マネーサプライ、社会融資総量の伸びを名目GDP成長率とつりあうようにすると定めた111。その上で、雇用を重視する方針を強調し、都市部新規雇用者数、登録失業率、調査失業率の目標を昨年と同水準とした。
第Ⅰ-3-3-26表 中国の主要経済目標
このような目標のもとに、全人代では2019年の「政府活動の任務」として10項目の重点政策が挙げられている(第Ⅰ-3-3-27表)。その筆頭は、「マクロコントロールを革新・充実させ、経済を合理的な範囲内に保つ」ことで、減税等の景気支援策が並んでいる。例えば、増値税の税率引下げ(製造業16%→13%、運輸建設業10%→9%等)、社会保険料負担の軽減、預金準備率引下げ等を通じた企業の資金繰り問題の緩和や地方政府の債券発行額の引上げによる投資プロジェクトの支援などが挙げられている。2018年の全人代における重点項目の筆頭が、供給側構造改革の推進であり、具体的には、過剰債務、過剰生産能力問題等を取り上げていたことと比べれば、政策の重点が構造改革から景気支援に移行してきていることを示している。なお、その支援総額は2兆元といわれるが、かつて4兆元の景気対策が投資拡大によって過剰生産能力や過剰債務問題等をもたらした反省から、減税を中心として不要な投資や債務拡大に走ることのないようにすることを表明している。
第Ⅰ-3-3-27表 中国の2019年の重点的取組分野
111 マネーサプライについては、2017年までは具体的な数値目標値が定められていたが、2018年から数値設定は見送られている。