- 政策について
- 白書・報告書
- 通商白書
- 通商白書2019
- 白書2019(HTML版)
- 第1部 第3章 第5節 中南米
第5節 中南米
1.中南米地域の経済動向
中南米地域の実質GDP成長率は、2018年は前年比+1.0%と2017年の+1.3%からやや減速したが、緩やかな回復を続けている。世界経済の減速や政策の不確実性の高まりが、同地域の成長の勢いを弱めており、IMF133は2019年のGDP成長率について+1.4%、2020年は+2.4%と回復を見込んでいる(第Ⅰ-3-5-1図、第Ⅰ-3-5-2図、第Ⅰ-3-5-3図、第Ⅰ-3-5-4表)。
第Ⅰ-3-5-1図 中南米地域の実質GDP成長率の推移
第Ⅰ-3-5-2図 中南米主要国の実質GDP成長率の推移①
第Ⅰ-3-5-3図 中南米主要国の実質GDP成長率の推移②
第Ⅰ-3-5-4表 中南米主要国の主要経済指標一覧
本節では、中南米地域の中で経済規模が大きいメキシコ、ブラジル及びアルゼンチンの三国について、最近の経済の動向について概観する。
133 IMF World Economic Outlook (WEO), April 2019
2.メキシコの経済動向
(1)GDP成長率
メキシコの実質GDP成長率は、2018年は前年比+2.0%と2017年の同+2.1%からわずかに減速したが、5年連続で2%~3%台の緩やかな成長を維持している。燃料窃盗対策によるガソリン供給の混乱や教員組合の鉄道封鎖等により、一時的に景気が減速したが、安定的な雇用や所得環境が個人消費主導の成長を支えている。オブラドール新政権の政策運営の先行きの不透明性134が、民間投資を抑制させるリスクとなっている(第Ⅰ-3-5-5図)。
第Ⅰ-3-5-5図 メキシコの実質GDP成長率の推移(需要項目別寄与度)
IMFは、2019年のGDP成長率は+1.6%、2020年は+1.9%と予測している。
134 前政権が進めてきたメキシコシティの新空港建設計画の中止やエネルギーや教育改革の後退等が指摘されている。
(2)生産、消費
メキシコの鉱工業生産指数(総合)は横ばいで推移している。製造業は堅調であるが、鉱物採取は低下が続いている。消費については、小売売上高指数は2017年の落ち込みの後、2018年に回復をみせていたが、足下で低下がみられる(第Ⅰ-3-5-6図、第Ⅰ-3-5-7図)。
第Ⅰ-3-5-6図 メキシコの鉱工業生産指数の推移
第Ⅰ-3-5-7図 メキシコの小売売上高の伸び率の推移
(3)物価、政策金利
メキシコの消費者物価指数は、2018年は国内のガソリン価格高騰等により、インフレ目標値(3%±1%)の上限を超えて推移したため、メキシコ中央銀行は2018年に計4回政策金利を引き上げたが、2019年に入り上昇のペースが鈍化したことから、2月7日の金融政策決定会合で、3会合ぶりに政策金利を年8.25%で据え置いた。米国の利上げ観測の後退や、国内景気の減速懸念が高まっていることを考慮した(第Ⅰ-3-5-8図)。
第Ⅰ-3-5-8図 メキシコの消費者物価の伸び率(前年同月比)と政策金利の推移
(4)貿易
2018年のメキシコの貿易収支は、輸出が約4,506億ドル(前年比+10.1%)135、輸入が約4,643億ドル(同+10.4%)と輸出入ともに増加し、貿易収支は約137億ドル(+同24.9%)の赤字だった(第Ⅰ-3-5-9図)。
第Ⅰ-3-5-9図 メキシコの貿易収支の推移
135 メキシコの主な輸出品は、自動車・同部品、電気機器、一般機械、鉱物性燃料(原油)、輸入品は、電気機器、一般機械、自動車・同部品、鉱物性燃料(ガソリン)となっている。中間財や資本財を海外から輸入し、国内で加工・組立を行い、最終財を海外に輸出するという貿易形態を取っている。
(5)国際収支
メキシコの経常収支は、慢性的な赤字状態であるが、2018年は約250億ペソの赤字(対GDP比▲1.8%)と前年からわずかに悪化した。米国等への出稼ぎ労働者からの送金により、第二次所得収支の黒字が続いている。経常収支の赤字は主に直接投資と証券投資によりファイナンスされている(図Ⅰ-3-5-10図、第Ⅰ-3-5-11図、第Ⅰ-3-5-12図)。
第Ⅰ-3-5-10図 メキシコの経常収支と対GDP比の推移と予測
第Ⅰ-3-5-11図 メキシコの経常収支の推移
第Ⅰ-3-5-12図 メキシコの金融収支の推移
3.ブラジルの経済動向
(1)GDP成長率
ブラジルの2018年の実質GDP成長率は前年比+1.1%と2017年の+1.1%から横ばいとなり、2015年、2016年の2年連続のマイナス成長の後、緩やかな回復を維持している。失業率が依然として高い水準にあり、内需が勢いを欠いている。
2018年5月に発生した燃料費引き上げに対するトラック運転手のストライキによる物流や生産活動への影響や大統領選挙を巡る政治の不透明性により回復のペースが抑制されたが、ボルソナーロ新政権の政策運営への期待を背景に、企業や消費者マインドの回復が期待される。
IMFは、2019年のGDP成長率を+2.1%、2020年を+2.5%と予測している(第Ⅰ-3-5-13図)。
第Ⅰ-3-5-13図 ブラジルの実質GDP成長率の推移(需要項目別寄与度)
(2)生産、消費
鉱工業生産指数は2016年後半以降回復基調にあったが、2018年5月のトラック運転手のストライキによる物流への影響を受け、一時的に大きく落ち込んだ。足下では回復がみられるが、十分な水準には達していない。小売売上高指数の伸び率は長期に渡り横ばいで推移している。自動車・バイクについては2017年以降、好転がみられるが変動が激しい(第Ⅰ-3-5-14図、第Ⅰ-3-5-15図)。
第Ⅰ-3-5-14図 ブラジルの鉱工業生産指数の推移
第Ⅰ-3-5-15図 ブラジルの小売り売上高伸び率の推移
(3)物価、政策金利
ブラジルの消費者物価指数(IPCA)は、2018年前半はインフレ目標値(4.25%±1.5%)の下限を下回り推移していたが、6月以降はレアル安による輸入物価の昇や燃料価格の高騰により4%を上回った。その後は原油価格の下落に伴い、2019年2月には前年同月比3.9%と目標値内で推移している。
ブラジル中央銀行は、インフレ率の低下を背景に2016年10月から12会合連続で政策金利の引き下げを行い、2018年3月以降、過去最低水準の年6.5%に据え置いている(第Ⅰ-3-5-16図)。
第Ⅰ-3-5-16図 ブラジルの消費者物価の伸び率(前年同月比)と政策金利の推移
(4)雇用、所得
ブラジルの失業率は、依然として高い状態にあり、2019年1月末時点で12%と雇用状況の悪化が続いている。失業率の上昇に加え、インフレによる実質所得の減少や債務負担の増大から家計の購買力が低下していたが、実質所得は16年12月以降、緩やかに伸びている(第Ⅰ-3-5-17図)。
第Ⅰ-3-5-17図 ブラジルの失業率と平均実質賃金の伸び率の推移
(5)貿易136
2018年のブラジルの貿易は、輸出が約2,399億ドル(前年比+10.2%)、輸入が約1,812億ドル(同+20.2%)、貿易収支の黒字は約587億(同▲12.4%)ドルで4年連続の黒字となった(第Ⅰ-3-5-18図)。
第Ⅰ-3-5-18図 ブラジルの貿易収支の推移
ブラジルにとって、中国が第一位の輸出相手国(2018年の輸出総額の26.8%)137であり、2018年の中国向け輸出額は約642億ドル(前年比+34.6%)だった。主要な輸出品目は、大豆、原油、鉄鉱石となっている。中国が米国産の大豆輸入に関税を課したことから、代わりにブラジルからの中国向け大豆輸出が増加したと言われている(第Ⅰ-3-5-19図、第Ⅰ-3-5-20図、第Ⅰ-3-5-21図)。
第Ⅰ-3-5-19表 ブラジルの中国向け主要輸出品目(上位10位)
第Ⅰ-3-5-20図 ブラジルの中国向け輸出額の伸び率の推移(品目別寄与度)
第Ⅰ-3-5-21図 ブラジルの中国向け大豆輸出量の推移
136 ブラジルは、大豆、砂糖、コーヒー、食肉等の農産品や鉄鉱石、鉱物性燃料等の鉱物資源等の一次産品が主要な輸出品目で、全輸出額の5割弱を占める一方で、航空機、自動車・同部品等の工業製品も4割弱を占め、工業生産に必要な原材料・中間材、資本財を輸入している。また、原油の産出・輸出国でありながら、ガソリン等の石油製品や原油も輸入している。
137 第2位が米国で12.0%
(6)国際収支
ブラジルの経常収支は2008年以降赤字が続いている。金融、通信、小売等の業種で外国企業のプレゼンスが大きいことから、第一次所得収支は流出超で恒常的に赤字となっている。2018年の経常赤字は約145億レアル(対名目GDP比▲0.8%)と前年から悪化している。経常収支の赤字は、主に直接投資によりファイナンスされている(第Ⅰ-3-5-22図、第Ⅰ-3-5-23図、第Ⅰ-3-5-24図)。
第Ⅰ-3-5-22図 ブラジルの経常収支と対GDP比の推移と予測
第Ⅰ-3-5-23図 ブラジルの経常収支の推移
第Ⅰ-3-5-24図 ブラジルの金融収支の推移
4.アルゼンチンの経済動向
(1)GDP成長率
2018年のアルゼンチンの実質GDP成長率は▲2.5%と前年の+2.7%からマイナス成長に転じた。干ばつによる農業生産の落ち込みや輸出の低迷、通貨下落と高インフレが経済成長に打撃を与えた。現マクリ政権は、アルゼンチン経済の信認回復のため、財政138・金融政策の引締めにより、物価や為替の安定を優先させる必要があることから、当面景気の低迷は続くものとみられる。2019年10月には大統領選挙が予定されており、現政権の改革路線に対する国民の反発は強く、マクリ大統領再選の可能性は不透明であり、厳しい政策運営を迫られている。
IMFは、2019年のGDP成長率については▲1.2%と2年連続マイナス成長と予測しており、2020年は+2.2%とプラス成長に転じるとしている(第Ⅰ-3-5-25図)。
第Ⅰ-3-5-25図 アルゼンチンの実質GDP成長率の推移(需要項目別寄与度)
138 IMFとの関係では、アルゼンチンは市場の信頼回復のために、2020年までに基礎的財政収支の黒字化を達成する必要があり、2019年には同収支の均衡を達成するよう、大規模な構造調整を求められている。
(2)生産
鉱工業生産指数は2017年後半より低下傾向にあったが、2018年12月を底にやや回復を見せている(第Ⅰ-5-3-26図)。
第Ⅰ-3-5-26図 アルゼンチンの鉱工業生産指数の推移
(3)物価、政策金利、為替
2018年4月に米国10年国債の金利が3%を超えて以降、通貨ペソの下落が急速に進行したため、アルゼンチン中央銀行は、通貨防衛のため政策金利を4月27日3%、5月3日3%に続き、5月4日に6.75%引き上げ、8日間で累計12.75%、年40%とする緊急の政策金利引き上げを実施した。しかしながら、5月10日にペソは過去最安値(当時)をつけ、外貨準備高も急減したため、アルゼンチン政府はIMFに支援を要請、6月20日500億ドルの融資枠設定で合意した。
IMFの支援合意を受け、ペソの下落は一時的に沈静化したが、8月に発生したトルコ・ショックの影響を受けて再び下落を開始、9月26日にIMFとの追加融資合意をするもペソの下落は止まらず、9月28日に最安値を更新した(第Ⅰ-3-5-27図)。
第Ⅰ-3-5-27図 アルゼンチンの政策金利と為替レートの推移(2018年1月以降)
9月末、アルゼンチン中央銀行は、①マネタリーベース管理を通じたインフレ抑制、②為替バンド制導入による為替管理、③資金需要に応じ政策金利を日々変動させる等の新たな金融政策を発表し、現在ペソは小康状態を保っている。
アルゼンチンのインフレ率は、2019年2月で前年比51.3%と非常に高い水準で推移している(第Ⅰ-3-5-28図)。
第Ⅰ-3-5-28図 アルゼンチンの消費者物価伸び率の推移
(4)雇用
アルゼンチンの失業率は、18年末時点で9.1%と雇用状況の悪化が続いている(第Ⅰ-3-5-29図)。
第Ⅰ-3-5-29図 アルゼンチンの失業率の推移
(5)貿易
2018年のアルゼンチンの貿易は、輸出が約654億ドル(前年比+5.1%)、輸入が約616億ドル(同▲2.2%)、貿易収支の赤字が約38億ドル(前年比▲54.0%)となっている(第Ⅰ-3-5-30図)。
第Ⅰ-3-5-30図 アルゼンチンの貿易収支の推移(年ベース)
しかし、月次データを見ると、ペソ安の恩恵や農作物の豊作で2018年9月以降、収支が黒字に転じており、2019年には改善が見込まれている(第Ⅰ-3-5-31図)。
第Ⅰ-3-5-31図 アルゼンチンの貿易収支の推移(月ベース)
(6)国際収支
アルゼンチンの経常収支は2010年以降赤字が続いている。2018年は約277億ペソの赤字(対GDP比▲5.4%)と、大幅に増加した前年に比べて赤字額は減少したものの、依然として高い水準が続いている。第二次所得収支以外、全ての項目で大幅な赤字となっている。
経常収支の赤字については、2016年と2017年は主に証券投資と直接投資によりファイナンスされていたが、2018年については証券投資が大きく減少し、その他投資139が増加した(第Ⅰ-3-5-32図、第Ⅰ-3-5-33図、第Ⅰ-3-5-34図)。
第Ⅰ-3-5-32図 アルゼンチンの経常収支と対GDP比の推移と予測
第Ⅰ-3-5-33図 アルゼンチンの経常収支の推移
第Ⅰ-3-5-34図 アルゼンチンの金融収支の推移
139 その他投資は、直接投資、証券投資、金融派生商品、外貨準備のいずれにも該当しない金融取引。具体的には、持分、現・預金、貸付/借入、保険・年金準備金、貿易信用・前払、その他資産/その他負債及び特別引出権(SDR)〈負債のみ〉等。
(7)財政収支
アルゼンチンの基礎的財政収支は、2018年は約3,158億ペソの赤字(対名目GDP比▲2.2%)だった。アルゼンチンは市場の信認回復のため、2020年までに基礎的財政収支の黒字化を達成する必要があり、2019年には同収支の均衡を達成するよう、大規模な構造調整を求められている(第Ⅰ-3-5-35図)。
第Ⅰ-3-5-35図 アルゼンチンの基礎的財政収支の推移