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製造基盤白書(ものづくり白書)
2018年版
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第1部第1章第1節
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5.我が国製造業の主要課題②:「付加価値の創出・最大化」
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(1)我が国製造業を取り巻くビジネス環境の変化と付加価値獲得の現状
第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望第1節 我が国製造業の足下の状況
5.我が国製造業の主要課題②:「付加価値の創出・最大化」
次に、「現場力の維持・強化」と並んで、我が国製造業の主要課題の一つが、データ資源を活用したソリューション展開による「付加価値の創出・最大化」である。冒頭の「はじめに」で述べたとおり、「モノ」の生産という意味での競争力の源がデジタル化によって相対化し、「モノ」自体に伴う競争、すなわち、品質、価格、納期といった次元での競争ではなく、「モノ」を通じて市場にいかなる付加価値をもたらすのか、という課題が我が国製造業に突き付けられている。ここでは、「付加価値の創出・最大化」に向けた取組状況について概況する(図115-1)。
図115-1 我が国製造業が直面する主要課題

資料:2017年版ものづくり白書から抜粋・編集
(1)我が国製造業を取り巻くビジネス環境の変化と付加価値獲得の現状
①我が国製造業を取り巻くビジネス環境の変化
IoTやAIなどのデジタル技術の発展に伴って「第四次産業革命」の波が、年を重ねるごとに世界各地に浸透してきており、各業種・各企業のビジネスモデル、さらには産業システム全体を抜本的に変える兆候があらゆる産業において現れ始めている。とりわけ、製造業においては、社会経済のデジタル化・サービス化というビジネスを取り巻く環境変化に対応したビジネスモデル変革の方向性が顕在化しており、過去の困難な時期と比較しても、より本質的でより深刻な転換期を迎えている。
例えば、世界的なIT専門調査会社であるIDC(株)が発表した世界のIoT支出動向調査によると、2017年における世界のIoT支出は前年比16.7%増となり、8,000億ドルを突破する見込みと分析している。また、世界のIoT支出はハードウェアやソフトウェア、サービス、コネクティビティに対する企業の投資に牽引され、2021年までに1兆4,000億ドル近くに達すると予想しており、デジタル化に向けた投資は世界全体で一層加速していく見通しを示している。中でも、製造業は、2017年に最大のIoT投資(1,830億ドル)を行うとともに、今後も最も投資額が大きくなると見込まれる分野に位置づけられており、世界の製造業を取り巻く環境がデジタル化の方向へシフトしている一つの証左といえる。
また、社会経済のデジタル化・サービス化の流れは、様々な業界において影響を与え始めているが、最も顕著な動きとして表れてきているのが、自動車産業である。自動車産業においては、現在、つながる(Connectivity)・自動化(Autonomous)・利活用(Shared & Service)・電動化(Electric)、いわゆるCASEがメガトレンドとなっており、この潮流への対応が、関連産業を含む我が国における自動車産業の行く末を決めるといっても過言ではない。従前の同じ業種内競争(例えば、日本のOEMと米国・ドイツのOEM間での競争)を超えた、新たな敵との異次元イノベーション競争に対する危機感や、顧客接点を有するサービス・ソリューション提供企業がより大きな付加価値を享受することによる自動車製販ビジネスの付加価値低下への懸念など、産業構造変化に対する強烈な課題意識が我が国自動車産業界を取り巻いている(図115-2)。
図115-2 自動車産業を取り巻くメガトレンド(CASE)

資料:経済産業省作成
とりわけ、ハイブリッド自動車(HV)やプラグインハイブリッド自動車(PHV)に加えて、電気自動車(EV)や燃料電池自動車(FCV)の普及に伴う車の電動化の流れは、環境対策やエネルギーの安定供給という社会的課題を背景に、急速に進んでいくと考えられている。また、この電動化の流れは、自動化(Autonomous)・利活用(Shared & Service)といった他のメガトレンドとも連動する形で、普及が進んでいる。特に、シェアリングとの親和性は高く、米欧に加えて公共交通やタクシー利用が未成熟の新興国都市部(例:中国など)において、ガソリン車ではなく最初から電気自動車のシェアリングサービスが生まれつつあり、自動車メーカーは海外市場獲得の観点でこれらの動向を注視することが必要となっている(図115-3)。
図115-3 電動化の流れ

資料:IEA 「ETP(Energy Technology Perspectives) 2017」に基づき経済産業省作成
また、コネクテッドや自動走行を織り込んだモビリティサービス化が急速に拡大している。顧客たる消費者の関心が、車の所有から、移動手段としての車の活用によるサービスへと移りつつある。それに合わせて、従来の車所有を前提とした、車づくりありきのビジネスモデルでは立ち行かなくなり、多様な個々の生活者のライフスタイルや社会課題を出発点とした、サービス中心のビジネスモデルが主導権を握ることが予想される。その際には、車そのものよりも、顧客接点のサービスが自動車の付加価値の源泉となりうることから、米中をはじめとする他国のIT企業などを中心に世界各国で競争が激化している(図115-4)。
図115-4 モビリティサービス化の潮流

資料:経済産業省作成
②我が国製造業における付加価値獲得の現状
今日の製造業において、ハードウェアのコモディティ化が加速的に進行していく中で、付加価値獲得の源泉が、データ資源を活用してハードウェアとソフトウェアを融合させて生み出す「ソリューション」へと移行している。そのようなソリューション展開を通して付加価値を獲得していくことが、我が国製造業においても求められるが、我が国製造業が現状において付加価値を獲得できているかを以下で概観する。
まず、付加価値の獲得を示す指標としてよく用いられるROEについて、日本、米国、欧州の製造業に属する主要企業の数値を時系列で比較すると、我が国製造業のROE水準は欧米企業に比べると常に低く、2016年の米国の18.1%、欧州の13.4%に対して、日本は8.5%となっているなど、引き続き低収益性が我が国製造業における主要課題の一つとなっている(図115-5)。
図115-5 製造業におけるROEの国際比較

備考:分析対象は、以下の企業から中央値を算出。
日本:TOPIX500(東証1部上場企業時価総額上位500社)のうち製造業252社
米国:S&P500(米国上場企業の内、全主要業種を代表する500社)のうち製造業188社
欧州:BE500(欧州企業時価総額上位500社)のうち製造業193社。
資料:Bloombergより作成
また、日本の製造業の低収益性は、労働生産性水準の国際比較にも顕著に表れている。公益財団法人日本生産性本部の試算によると、我が国製造業における購買力平価換算した実質労働生産性は、欧米主要国と同様に、1990年代以降、着実な上昇基調が見られる(図115-6)。
図115-6 製造業の実質労働生産性の時系列変化(2010年を1とした時の上昇率)

備考:実質労働生産性は、GDP/ 就業者数(購買力平価PPP 換算)で計算
出所:公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較」
一方で、我が国の製造業の名目労働生産性水準(2015年)は、OECD加盟国の中でデータが得られた29か国中第14位となっており、これは米国のおおむね7割の水準である。特に、製造業がGDPや就業人口の2割程度を占めるドイツ・イタリア・韓国など、同じ産業構造を有する国々と比較すると、日本はイタリア・韓国などを上回っているものの、第四次産業革命においても協力国でもありライバルでもあるドイツをやや下回る水準となっている(図115-7)。
図115-7 製造業の名目労働生産性水準(2015年/ OECD 加盟国(29カ国))

備考:名目労働生産性は、為替レート(当年及び前後2年の為替レートの移動平均)を用いて算出。
資料:公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較」
この経年変化をみてみると、1990年代から2000年までトップクラスに位置していたが、その後順位が大きく後退している。米ドル換算していることから、為替変動の影響を受けているものの、2000年以降順位が大きく後退し、トップクラスに位置する国との差が拡大している(図表115-8)。
図115-8 製造業の名目労働生産性水準上位15カ国の変遷

備考:名目労働生産性は、為替レート(当年及び前後2年の為替レートの移動平均)を用いて算出。
資料:公益財団法人 日本生産性本部「労働生産性の国際比較」
ただし、違う尺度・違う分析手法でみれば、日本の製造業の生産性は米国に比べると劣っていないという計測も存在する。慶応大学の野村浩二教授が、米国ハーバード大学のジョルゲンソン教授及び米国商務省のサミュエルズ氏と行った共同研究によると、日本の製造業の全要素生産性(2015年)は米国よりも1.2%高いという結果となり、サービス業などその他の業種が米国を下回るものの、我が国製造業にも生産性の優位性がまだ残っているという分析がなされている。計測において乖離が生じる大きな要因は、マクロの購買力平価をすべての製品の内外価格差として代用した簡易な計算では、日本の製造業の生産量が小さく評価され、生産性が過小となるバイアスを持つことによっている。また同分析では、製造業の競争力が高く評価された1990年代初めには、日本の製造業の生産性は10-15%ほど米国よりも高かったことも指摘されている(図115-9)。
このように、労働生産性の国際比較はその算出方法に左右される場合もあるが、いずれにしても足下で日本の製造業の生産性が伸び悩んでいること自体は事実であるとみる向きが多い。そのような状況下で、我が国製造業が一層の労働生産性を上げていくためには、ロボット・IT・IoTなどの活用や働き方改革を通した業務の効率化・合理化の追求だけではなく、いかにデジタル技術などを活用して新たな「付加価値」を獲得していくことができるかが重要であり、そのためにはソリューション展開を図り着実に対価を得ていくことが求められている。
図115-9 日米の業種別 全要素生産性の比較(2015年)

資料:米国ハーバード大学ジョルゲンソン教授、慶応大学野村浩二教授、米国商務省サミュエルズ氏の共同研究成果より作成