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- 第1部第1章第3節
- 4.分野ごとの事例
- (1)生み出す、手に入れる〈3〉
- ①スマートに生み出す、スマートに手を入れる(スマート製造など)
- 海外事例
第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望第3節 価値創出に向けた Connected Industries の推進
4.分野ごとの事例〈3〉
(1)生み出す、手に入れる〈3〉
①スマートに生み出す、スマートに手を入れる(スマート製造など)
●海外事例
<Bossard>
「スマート在庫管理」「ソリューション展開」
【顧客起点×デジタル技術×プラットフォーム】
※コラム参照
1831年にスイスで設立された同社は、ねじ・ナットなどの締結部品の設計・開発と調達・販売を行ってきた。顧客の様々な要望に応えるため、約5万点の標準的な製品については世界中のサプライヤーから調達し、約20万点の特注品については社内で設計・開発を行っている。欧州、アジア、北米地域を中心に世界26カ国で事業を展開している。
他企業がIndustry4.0に取り組み出すよりも早く、同社は1990年代後半から「スマートロジスティクス」の構想に取り組んでいた。「顧客のために」という考えを大事にしており、どのようにすれば顧客企業がより生産性を高められるか、そのために自社ができることは何かということを常に会社全体で考えている。
2018年1月から同社のCTOに就任したUrs Güttinger氏は、同社の「スマートロジスティクスプロジェクト」に立ち上げ期から参画し、18年間プロジェクトを率いてきた。このプロジェクトは、顧客企業における在庫管理・発注業務の効率化、在庫水準の最適化によるコスト削減を目的とした新ソリューションを開発することにある。本格的にスマートロジスティクスをソリューションとして顧客に提供し始めたのは、無線技術の進化や安価なデバイスが入手可能になった約5年前からである。同社のスマートロジスティクスの主力サービスである「SmartBin(スマートビン)」は、在庫製品の重量を計測し在庫管理を行い、あらかじめ設定した最低在庫量に達すれば、事前に設定した数量で自動的に製品の発注をするシステムである。このサービスを活用すれば、ヒトの手による在庫の確認や、必要な部品数の把握・発注、さらに、棚卸作業が不要となる。センサーなどデバイスの小型化に伴い、工場の様々な場所に柔軟に設置可能であり、どの場所にどのように設置すれば、作業員がより効率的に作業を行えるかといった点を考慮し、同社の担当者がSmartBinの導入時の設計を行う。
本事業の開発・販売から運用まで長年リードしてきたUrs氏は、SmartBinの顧客への提供価値は3つあると話す。
1つ目は、業務オペレーションコストの削減である。SmartBinの導入に当たり、顧客企業の在庫管理における業務オペレーションを一から見直すことで、ロジスティクス周りの業務を改善することができる。人件費などの業務オペレーションコストを、平均して50~70%削減することができる点は、多くの企業にとって魅力的であろう。
2つ目は、在庫水準の最適化である。SmartBinソリューションは、日本が誇る「カンバン」システムの考え方に近く、必要なものを、必要なタイミングで、必要な分量だけ届けることをコンセプトとしている。その結果、余分な在庫を抱える必要がなくなり、約10~50%の在庫コスト削減を実現している。
3つ目は、顧客企業の信頼性を向上させることにある。顧客企業にとって、在庫の欠品は大きな機会損失であるとともに、顧客の信頼を失うことにもつながる。顧客の信頼に応え、常に必要な在庫を保有し、納期遅れなどを防ぐことは、ビジネスを行う上で非常に大切なポイントである。Urs氏は、自社のスマートロジスティクス事業について「我々のビジネスは、顧客の事業が成長することを支援することである。そのために自社ができることに取り組んでいる」と語る。
同社がスマートロジスティクスソリューションを自社主導で開発し、世界中の顧客に届けられるまでに成功した秘訣は、人材にあると考える。スマートロジスティクスソリューションには、センサーを活用したハードウェアの開発から、収集したデータを管理し自動発注を行うソフトウェアの開発、顧客企業への導入時の設計など、多岐にわたる知見と技術が必要であった。当時のUrs氏はまだまだ若手であったが、電子工学と情報処理に知見があったためプロジェクトリーダーとして抜擢された。ただし、同社はすべてに関し十分な知見やリソースは保有していなかったため、外部の事業者にも協力を依頼した。しかし、そこですべての開発を丸投げすることはなく、自社内に知見を貯め、ハードウェア・ソフトウェアとも社内で管理できる体制を整えることが重要であると考えた。Urs氏は、社内に3名のソフトウェアエンジニアを確保し、そのメンバーが社内で知見を蓄積し、自社として何が必要か何をすべきかといった判断ができる状態を用意した。自社の経営方針に基づいた判断は、社内の人間にしかできないからである。
すでにSmartBinソリューションは、他のサプライヤーが使用できるようプラットフォームとして各国で展開を始めている。顧客企業は、同社の製品だけでなく、様々なサプライヤーから仕入れているすべての部品の在庫管理をSmartBin一つで管理することができる。場合によっては他サプライヤーの製品の輸送・補充も同社で担当することもあるという。SmartBinは同社と顧客企業をつなげるにとどまらず、複数のサプライヤー間での情報連携も実現している。同社の「顧客のために」という精神はここでも見られる。SmartBinソリューションは、製造業を生業とする顧客にとどまらず、病院やオフィス用品を多数取り扱う企業にも導入している。病院では看護師が発注時に、ナースステーションと倉庫を何度も行き来し、どの医薬品をどれだけ注文するかを決めている。SmartBinを活用することで、ナースステーションにいながら在庫状況を確認、自動発注可能な点が最大の強みである。
このように、同社はビジネスモデルを「モノの販売」から、在庫管理・調達の「ソリューション販売」へ、さらに、自社の強みを「締結部品の販売」から「重さのある製品の在庫管理」へとシフトさせることで、製造業にとどまらず新しい分野においても順調に成果を上げている。「顧客のために」という本質を失わず、顧客ニーズに応じ柔軟に対応してきたことが、同社の事業成功の要因であろう。これからのものづくり企業が、進むべき道の一例を示しているのではないだろうか。
図1 SmartBin(センサーを活用した自動在庫管理・発注システム)

出所:Bossardより提供
図2 スマートフォンによる在庫の確認

<MADER>
「エネルギー利用効率化」「省人化」「ソリューション展開」
【コア分野知見×顧客起点×デジタル化×プラットフォーム展開】
※コラム参照
IoT化や企業のデジタル化への必要性は理解していても、なかなかビジネスモデルを一気に転換させるような取組に着手するのは難しい。何も事業全体を今すぐ方向転換するという話ではない。大きなビジネス環境の潮流を踏まえながら、まずは自分達にできることから取り組むことが先決である。ドイツに拠点を置く同社のアプローチは参考となるだろう。
同社は80年以上、空気圧関連事業を手掛けてきた従業員数約90名の中小企業である。同社は、主要事業である空気圧機器や関連部品の製造・販売に加え、顧客企業の業務効率化を支援するアプリケーションである「MADER Leakage App」の提供を開始した。Leakage Appは、コンプレッサー周りのエアー漏れ点検をより効率的に実施できるよう開発したアプリである。数年前から、ドイツ政府は産業界におけるエネルギー利用の効率化を優先課題として取り組んできた。その影響を受け、ドイツ国内の大手企業から中小企業まで工場内のエアー漏れ改善に本腰を入れている。産業用電力の20~30%が圧縮空気を作るために使用されていると言われており、エアー漏れが改善されることで、コンプレッサーの負荷率を下げ電力削減ができる。コンプレッサーから送られるエアーを届けるためのパイプラインは、工場内の至るところに設置されており、エアー漏れも多いという。
同社のエネルギー部門のリーダーであるMarina Griesinger氏は、Leakage Appを開発した背景をこう語る。「我々のチームは、どうすれば顧客の従業員が簡単に素早くエアー漏れ点検を終え、適切な次のステップを認識できるかについて何度も検討を重ねてきた。常に“顧客ファースト”の視点を忘れないようにしている。」エアー漏れ点検は時間の掛かる作業であるが、その多くは点検後のデータ入力とレポートの作成に費やされている。これまでは、エアー漏れ探知機で点検した内容を現場で用紙に記載し、その後、オフィスに戻り用紙に記録した内容をPCに入力しており、二度手間となっていた。エアー漏れ点検のレポートを作成するために1日以上費やす場合もある。Leakage Appは、エアー漏れ探知機で点検した内容をタブレット上のアプリに簡単に入力することが可能。さらに、工場内のどの位置の、どのパイプラインにエアー漏れがあるかという情報は、パイプラインに取り付けたQRコードを読み取ることで入力できる仕組みである。アプリを使うことで、点検後すぐにレポートを作成することも可能である。修理が必要な箇所を可視化し、従業員に修理指示を出したり、アプリ上から同社の専門家に修理を依頼したりすることもできる。
Leakage Appは、同社の空気圧関連機器を使用している顧客だけでなく、コンプレッサーを使用しエアー漏れ検知を行う企業や工場であれば、どこでも使用可能である。Leakage Appは、物理的な制限がないため、世界中の企業に対し提供可能である。同社の顧客は一気にグローバルに広がったという。特にドイツ国内に本社を置く大手製造業を狙い目としている。そのような企業は、まずドイツ国内の工場でLeakage Appを導入し、その後、世界各国の工場でも同様に導入する。顧客企業は、同一のプラットフォーム上で、世界中の工場のデータをつなぎ、一元管理することができる。タブレットやアプリを活用した業務のデジタル化は、すでに様々な業界で導入が進んでいるが、このようにまずは自分たちが取り組める領域から確実に取り組むことで、同社は顧客への提供価値を高めている。
同社の取組はアプリのみにとどまらない。Leakage Appで収集したデータを活用し、「AirXpert」というサービスを同時に展開させている。アプリで多くの顧客をつかみ顧客データを取集し、より高度なサービスを有償で提供するという戦略である。Leakage Appを通じて収集された各企業のコンプレッサーに関するデータは、アプリ上で可視化され、一元管理が可能となる。このデータを用いて、顧客企業は同社に「Leakage Detection as a service(専門家による高度なエアー漏れ検知・分析サービス)」を依頼することができる。このサービスの特徴についてMarina氏は、「圧縮空気に関する知識や所管部門の予算、企業規模によって顧客企業が我々に求めるニーズは多岐にわたる。顧客のニーズに応じたサービスを提供できるようAirXpertはカスタマイズして利用できる仕組みを採用している。」と話す。
同社が、顧客業務のデジタル化を支援し、そこで得たデータを元に新しいソリューションを展開することができた成功のポイントは、ひとえにこれまで空気圧機器や関連部品の製造で培ってきた知見や経験にある。空気圧のことであれば何でも知っているという強い自負を持っている。ただし、これからの社会の中で生き残っていくためには、モノの製造だけに特化していては難しい。モノの製造の強みを活かし、顧客の課題を解決できるソリューションを生み出していくことが求められる。
最後にMarina氏はこう締めくくる。「我々は常に“顧客ファースト”のポリシーに沿って行動するだけ。」同社のようにまずは自分たちが実現できる取組からIoT化やデジタル化に取り組み、新しいソリューションを生み出してみることも大切であるだろう。
図1 「Leakage App」の使用イメージ

図2 「Leakage App」の表示画面

出所:MADERより提供
<SEW-EURODRIVE>
「工場自動化」「ソリューション展開」(生産性向上)
【コア技術×積極開発投資×オープンイノベーション】
※コラム参照
ドイツにも日本企業と同じようにヒトとロボットの協働を目指している企業がある。1931年に創業した家族経営の企業SEW-EURODRIVEである。同社は、ドイツで2011年から開催されているTV局“n-tv”が主催するHiddene Champions(知名度が低く規模も比較的小さいものの、世界市場または各地域市場においてシェア上位に位置し世界をリードする企業)に選出されており、持続的な事業を手掛けることを目指しビジネスモデルを構築している。
同社のコアビジネスは、85年間続けてきたギヤモーターの製造・販売である。同社は製品をドイツ国内外に展開しており、現在に至るまで国際的に高いシェアを誇っている。1990年代に他国企業との競争に打ち勝ち事業を拡大させるため、当時のオーナーが国際社会で生き残っていくために下した英断が、後のIndustry M 4.0につながる「最新テクノロジーを活用した開発への投資」であった。ギヤモーターとは別に、コントローラーに使われる周波数インバータや、変速機、モバイルコントローラーなどの新たなエレクトロニック製品のデバイス製造に着手した。これらの製品は、自社内の組立作業を効率化させるために製造されたものであるが、社内での有効性が認められると即座に外販も始めている。
「私たちは、“Doing by ourselves”をフィロソフィーとして掲げており、自分たちで製品やソリューションを手掛けることを重要視している。短期的に見ると、アウトソーシングで作ってしまったほうが安くて早いかもしれないが、長期的に見ると自社にナレッジが残らない。作業を効率化するような分散型の機器製造に将来的な可能性があると考えていたので、今後の自社の強みとすることを想定し、自社で開発することを選んだ。」と東南・東アジアを担当するマネージャーのAndreas Appel氏は話す。自社開発とはいえ、もちろん近隣の大学やサプライヤーと共同開発も進めていた。近年はIndustry 4.0について「全バリューチェーンをデジタル化し統合すること」だと自社なりの定義を明確化させたうえで、何に取り組むかを綿密に検討してきた。まず、全バリューチェーンのうちの生産部分であるスマートファクトリーに着手し実用化させた。
同社のドイツ工場では、物流・組立・ハンドリングを支援する3つのロボットが活躍している。
1つ目は工場内の運搬を担うAGV(無人搬送機)である。倉庫と組立ユニット間や各組立ユニット間の原料・製品の移動は、このAGVが行っている。AGVは周辺をスキャニングする仕組みと自ら情報を処理し判断する機能を持っているため、機器同士が互いにつながり、コミュニケーションをとっている。ヒトを認識すると自動で減速する、移動方向を変えるなどの判断も可能だという。
2つ目は、組立アシスタントロボットである。組立工程ではヒトを中心に作業を行うが、各ステップにおける機器移動や作業に合わせた作業台の高さ調節などはマシンが自動で行う。
3つ目は、ハンドリングを担うロボットで簡単なピッキングと配置作業を担う。さらに、VR(VirtualーReality、仮想現実)などの先進技術も実用化している。作業員はVRを使用し組み立て作業の順序を確認、完成品のシミュレーションができる。スマートファクトリーは様々な企業が実用化させているが、一つのソリューションに限らず、AGV、組立ロボット、AR(Augmented Reality、拡張現実)・VRなど、複数の先端技術を組み合わせ、最適なスマートファクトリーを実現している点が同社の特徴である。これらのソリューションは自社内にとどまらず、培ってきたノウハウを活かし、AGVや組立アシスタントロボットの外販を含め、顧客企業のスマートファクトリーの構想やレイアウト設計を請け負う事業も新たに展開している。今後、ソリューション販売にも注力していく予定。
同社がスマートファクトリーを促進する背景には、カスタマイズ製造への需要の高まりがある。今後の社会では大量生産ではなく、それぞれの顧客の要望に応じたきめ細かなカスタマイズをいかに素早く実現できるかが成功のポイントとなる。カスタマイズ製造を実現させるうえで重要なのが「One piece flow production(個別製品の生産)」だ。数秒ごとに製品に関する情報を収集し組み立てる必要がある。例えば、ある製品を組み立てるときにどの組立ユニットでどのカラー、サイズ、ランクの部品を取り付けるのか、そのあとどのような処理をすべきか、という情報が基幹システム上の注文情報と工場内のリアルタイムな製造情報に紐づいている必要がある。各ロボットや製造機器、システム同士がリアルタイムにコミュニケーションできる環境が必要不可欠であり、さらに、カスタマイズに関する意思決定部分については、ヒトの判断を要するため、ロボットとヒトのシームレスなコミュニケーションも求められる。同社のスマートファクトリー内では、AGVなどの機器・マシン同士、あるいは製造機器とERPなどのシステム間、さらに、ヒトと組立ロボットがお互いに連携し合い、カスタマイズ製造を実現させているのだ。
同社のドイツ工場は、一部をスマートファクトリー化することにより生産性が約30%も向上した。一方で、ロボットはあくまでも原料や製品の移動を担い、カスタマイズに関する意思決定はヒトが担うという考えが根本にあるため、人件費削減を目標にしているわけではないという。将来的には、製造だけでなく物流までを対象としたスマートロジスティクスを自社で手掛けたいと検討している。
2016年のドイツ・ハノーファーの展示会で 「Mobile logistics capsule(カプセル型自動走行車両)」をコンセプト製品として発表した。これは、トラックの荷台に格納可能なカプセル型自動走行車両で、最終製品を工場でピックアップし、このカプセル型車両自体がトラックに格納される。トラックが都市間の移動を担当し、都市部に到着した後、カプセル型車両がトラックから出て顧客の家まで一般道を通りながら走行するという構想である。Andreas氏は、「私たちはこのような構想を踏まえ、将来のロジスティクスがどうあるべきか、我々がどう世界を変えていくことができるのかを考えている」と壮大な夢を語る。さらに、Andreas氏はこう続ける。「日本は市場規模がある程度大きく、地理的・文化的に各地域から距離があるため、国内市場は比較的守られてきた。また、30年以上にわたり独自の方法で工場の高度化に取り組んできたため、グローバル市場と距離ができてしまっている。これから先の将来は、国際社会と実際に戦っていかなければならないので、日本の中小企業も手遅れになる前に動き出す必要がある。」同社のような、夢のある構想を掲げ、国際社会をリードしていく企業の登場が期待される。
図1 無人搬送機AGV

図2 工場内の状況をリアルタイムにモニタリング

出所: SEW-EURODRIVEより提供