経済産業省
文字サイズ変更

第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題
第2章 ものづくり人材の確保と育成
第1節 労働生産性の向上に向けた人材育成の取組と課題

2.人材育成で成果があがっていると回答した企業の傾向〈1〉

1では、企業の意識調査によると、ほとんどの企業が何らかの人材育成の取組を行っているにも関わらず、半数の企業がその成果があがっていないと考えていること、3年前と比べて「生産性が向上した」、他社と比べて「生産性が高い」と回答した企業では、人材育成の「成果があがっている」と回答した企業の割合が高いことを確認した。さらに、生産性の向上につながっていると考えられる人材育成の具体的な成果についても確認した。

ここからは、人材育成の「成果があがっている」、「ある程度成果があがっている」と回答した企業群(以下、「成果あり企業」という。)と、「成果があがっていない」、「あまり成果があがっていない」と回答した企業群(以下、「成果なし企業」という。)に分けて、ものづくり人材の特徴、人材の定着、人材育成の取組などにおいてどのような差がみられるのか分析を行い、人材育成で成果があがっていると回答した企業の傾向を確認する。

(1)ものづくり人材の基本的な特徴

自社のものづくり人材の基本的な特徴について、人材育成の「成果あり企業」では、「ベテランの技能者が多く、熟練技能者集団に近い」と回答した割合が最も高い(図212-1)。一方、人材育成の「成果なし企業」では、「比較的単純な作業をこなす労働集約的な作業者集団に近い」と回答した割合が最も高くなっている。

図212-1 ものづくり人材の基本的な特徴

備考:「人材育成成果あり企業」は、人材育成の「成果があがっている」、「ある程度成果があがっている」と回答した企業の合計。また、「人材育成成果なし企業」は人材育成の「成果があがっていない」、「あまり成果があがっていない」と回答した企業の合計。以下同様。

資料:JILPT前掲調査

(2)人材の定着状況

過去5年間の人材の定着状況をみると、人材育成の「成果あり企業」では、「成果なし企業」に比べて、人材の定着状況が「よくなった」と回答した割合が高い(図212-2)。一方、「成果なし企業」では、「成果あり企業」に比べて、「悪くなった」と回答した割合が高い。

(1)と合わせてみると、人材育成の「成果あり企業」においては、人材の定着が進み、熟練技能の蓄積がみられることが分かる。

図212-2 過去5年間の人材の定着状況

資料:JILPT前掲調査

(3)人材育成の取組

ここでは、人材育成の取組について、人材育成の成果との関係をみる。

まず、人材育成方針について確認する。人材育成の「成果あり企業」では、「今いる人材を前提にその能力をもう一段アップできるよう能力開発を行っている」、「数年先の事業展開を考慮して、その時必要となる人材を想定しながら能力開発を行っている」と回答した割合が高い(図212-3)。一方、「成果なし企業」では、「個々の従業員が当面の仕事をこなすために必要な能力を身につけることを目的に能力開発を行っている」、「人材育成・能力開発について特に方針を定めていない」と回答した割合が高い。

人材育成の「成果あり企業」では、中長期的な視野を持ち計画的、段階的に人材育成を進めていることがうかがえる。

図212-3 人材育成方針

資料:JILPT前掲調査

さらに、人材育成方針の社内での浸透度をみると、人材育成の「成果あり企業」では、「浸透している」、「ある程度浸透している」の割合が86.1%と極めて高いのに対し、「成果なし企業」では、「あまり浸透していない」、「浸透していない」の割合が46.4%となっている(図212-4)。

図212-4 人材育成方針の社内での浸透度

資料:JILPT前掲調査

コラム:人材育成を重視した企業の取組・・・丸五ゴム工業(株)

岡山県倉敷市にある丸五ゴム工業(株)(従業員988名)は、乗用車、商用車等に使用される防振ゴム、自動車用ホース、ゴム型物製品、樹脂成型品などの製造・販売を行っている。大正8年5月に丸五足袋株式会社として創業したが、昭和29年1月にゴム製造部門が独立し、現在に至っている。「丸五」という社名の由来は、皆で協力しながら、世界五大陸に飛躍することをイメージしたものである。その名のとおりグローバル企業としても活動しており、アメリカやアジアに製造拠点を持ち、ヨーロッパ、アジアの企業とは技術提携を行っている。

同社は中期経営計画(2016-2019年)の施策などを全従業員に浸透させ、各々の取組を進めてもらいたいとの考えから、中期経営計画、企業理念、求める人材像、年次経営方針、品質方針などを織り込んだ「情熱手帳」を2017年に作成し、社員全員に配布している。また年4回の全社員集会において、この情熱手帳の内容を確認・周知を図っている。

この手帳の中に、求める人材像の一つとして「上司は人材育成を最優先事項として行動し、各々は自ら成長するための努力を惜しまないこと」と掲げ、人材育成を重視している。今まで教育制度の充実が不十分という課題があったため、3年前に社員の教育訓練体系を大きく改善した。特に節目教育の充実を行い、全社員がそれぞれの職務やキャリアに応じた研修を受講できるように改善し、具体的な研修内容を明記した研修カリキュラムも作成した。さらに今年度は、人材育成に3年前に比べ2倍以上の費用を支出する計画であり、社内外での多様なプログラムも取り入れている。また、社員には研修の受講を積極的に勧めており、その結果、受講指示を受けて受講する社員だけでなく、自ら希望して研修を受講する社員が増えている。

同社では職種や職層に応じた研修が多く用意されている。中でも特徴的な社内研修は「⑤(まるご)塾」だ。「⑤塾」では管理職を除く全社員を対象に、係長・班長クラスの中堅社員が講師となって実施している。なお、研修は業務中の決まった時間に開催し、1度に受講する社員の人数も少なくすることで、業務に支障が出ないように配慮している。今までの研修は社外講師による集合研修で、テーマも一般的な内容であったため、研修内容を自分の仕事へ結び付けることが出来ていなかった。また、外部の改善活動にかかる専門研修に参加しても、社内へのフィードバックや浸透が不十分だった。そこで、改善活動を教える前に全従業員の底上げも必要であるとの考えから、「自分(全従業員)が、(作業・改善の)当事者であることを理解する」ことをテーマに、「⑤塾」を2015年度に開始した。

1期目(2015年度)は「折り鶴の作業手順書を作成し、分業と1個流しを体験することで、生産効率を考える」取組を行い、2期目(2016年度)は「社外クレームの要因を分析し、対策をグループ討議」することを実施し、3期目(2017年度)は「工場見学や関連部門の業務内容を座学で学ぶ」取組を行っており、現場の課題解決に直結する実践的な内容となっている。中堅社員は講師を体験することによって理解度が大幅にアップし、また研修を受講した社員も、身近で取り組み易い内容がテーマであるため、両者とも研修の内容を日々の業務に活かせるようになっている。

他にも現場のリーダークラスを対象とし、作業分析ツール(OTRS)を使用した作業工程の比較・分析・検討の実施や、「からくり」の原理等を座学で学んだ後、実際に業務を改善させるための装置を製作する「からくり講座」の開催等、労働生産性の向上に向けた取組も行っている。このうち、作業分析ツール(OTRS)の研修を来年度の⑤塾で行う予定だ。

「人材育成の重視」が会社の方針となっている同社では、様々な職種や職層の社員が積極的に研修を受講し、スキルアップに繋げている。今後は更なる生産性向上を目指した取組も進め、ますますの発展を目指している。

写真:工場内の様子

からくり講座で製作した装置

コラム:人材育成の強化による労働生産性の向上・・・名北工業(株)

岐阜県美濃加茂市にある名北工業(株)(従業員179名)は、冷間圧造用鋼線の二次加工を行っている。冷間圧造用鋼線は鉄のワイヤーのことで、自動車のエンジン・足回りを支える「重要保安部品」であるボルト等に加工されるものだ。同社の特徴として、「4S1K」の推進がある。5Sの「躾」を、より自立的な「規律(1K)」に置き換えたもので、「決めたこと、決められたことを守る」企業風土が定着している。同社の企業風土は「MEIHOKU WAY」として「思いやり」「品質第一」「お客様志向」「4S1K」「挑戦」からなる行動指針に落とし込まれており、経営理念やビジョンとともに手帳にされ、全体朝礼で唱和するなどして浸透を図っている。

同社では、2008年のリーマンショックに伴う減産、減益を反省に、どんな環境変化にも対応できる企業体質の強化を行うべく、2009年に開始したTQM(トータルクオリティマネジメント=総合的品質管理)活動を会社の経営体制の主軸としている。その活動の一環として、人材育成の取組も強化した。TQM導入前の人材育成は、各作業グループに任せるOJTが中心で、計画的で組織的な教育・訓練が不足しており、技術・技能の伝承が進んでいなかった。また、社員が自発的にチャレンジする機会が少なく、社員一人ひとりの改善に対する意識が低いという課題があった。

そこで、技術や技能の向上や、社員の自主性を引き出す教育・訓練の場を提供できるように、人材育成を構築し直した。具体的には、社内研修会、社外研修、QCサークル活動、資格取得支援の取組を開始した。社内研修会は「HACHI工房」と呼ばれていて、TQM、品質、技能、IT、保全、営業、安全・環境、一般教養の8項目があり、社員が講師を務める相互教育の場とされている。また、「わくわくスキルアップシート」にて、個人のスキルアップ目標を記入して現場に掲示することにより、進捗の見える化と自己目標達成意欲の向上を図っている。社外研修の受講者にはレポートを義務付け、効果の定着を図るとともに、受講者を講師とした社内勉強会の実施による横展開も行っている。さらに期初に作成する「サークル活動計画書」をもとに、全員参加で活動するQCサークル活動では、現在22チームが活動しており、半年に1テーマを改善している。活動の成果は、半年に1回、全員参加による優秀改善事例発表会「名北QC大会」で発表している。QCサークル活動では、TQM推進室が毎月1回活動の進捗を管理するとともに、必要に応じて支援を行っているほか、一人ひとりの改善意識を高めるために、個人の改善提案活動も行っている。個人の活動については、一人月1件以上の目標を設定し、毎週金曜日の提案タイムや報奨金制度を設けて活性化を図っている。なお、一人ひとりの改善活動に対する理解と問題解決能力の向上を目的として、全社的に「品質管理検定(QC検定)」の取得も推進している。具体的には検定を取得した社員が講師を務める社内勉強会や、通信教育の補助、資格取得奨励金などの支援を行っており、その結果社内のQC検定取得率は99.4%(2017年9月現在)に達している。

人材育成の新しい仕組みの導入当初は、仕組みの構築と効果がみえるまでに時間と労力がかかったため、工場の作業者は特に大変だったという。当初はトップダウンでの取組だったため、QCサークル活動などの改善活動を通常の作業時間終了後に行うなど、負荷が増えたことに対する不満もあった。まずは、社員共通の目標として、デミング賞(一般財団法人日本科学技術連盟主催。優れた品質管理を実施している企業に贈られる賞。)の受賞を目指して頑張ろうとのかけ声のもと、社内で取り組んだ結果、同社は2013年に目標であったデミング賞を受賞した。

また、受賞後も人材育成の意識と取組を定着させるために、翌年社長の発案で、所定内労働時間の5%、月8時間は教育時間にあてるというKPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)を設定した。KPIを達成するために、各部では教育時間の捻出に取り組んでおり、現場の体制を崩さないように、15分単位で複数回に分けて研修を開催するなどの工夫をしている。これらの取組が実り、現在は所定労働時間の6.1%、月平均10時間の教育時間を実現している。

人材育成の成果について、梅田業務部長は、「当初は人材育成の取組が会社からの押しつけになっていたが、今は社員自ら手をあげるようになり、個人のモチベーションがあがっている。労働生産性の面では、技術・技能レベルの向上や組織的な改善活動の実施により、職場の問題解決が図られ、不良率が下がってきた。人材育成はまず始めてみることが大切。QCサークル活動も、最初は一部の人が中心となって取り組んでいたところもあったが、徐々にレベルアップして今につながっている。」と語る。

写真:社内研修会「HACHI工房」

写真:名北QC大会

コラム:パターン・ランゲージの活用事例:創業者の企画のコツの共有・・・UDS(株)

東京都渋谷区にあるUDS(株)(従業員507名)は、コーポラティブハウスや、ホテル、商業施設、公共施設など、様々な施設の企画・設計・運営を行っている。特に、「世界がワクワクするまちづくり」をテーマに、地域の方々と一緒に考えながら建物や町並みを企画し設計するなど、創意工夫を活かした独創的な取組を行う会社として有名である。これらの取組は、「顧客のニーズを把握し、形としていく」という創業以来の考えで行っている。しかし1992年に創業してから25年以上経ち、この考え方を次世代に継承していくことが、今後会社を発展させていく上で重要な課題だと中川代表取締役社長は考えるようになった。

このような問題意識を持つ中で、中川社長はパターン・ランゲージを推奨する慶應義塾大学総合政策学部・井庭崇教授と出会い、パターン・ランゲージは会社の理念を伝えることに有効だと考えた。そして井庭教授とともに、創業者が大切にしてきた企画のコツを32のパターン「Project Design Patterns」にまとめ上げた。それぞれのパターンは、具体的なエピソードも付加されたカードとして作り上げ、想像しやすいものとなっている。また、創業者の考え方や行動にそった対応を次世代の社員達に継承できるのではないかと考え、「Project Design Patterns」を社員への企画の考え方のアプローチやマネジメントのツールとして活用する取組も行っている。パターン・ランゲージへの取組は経営者の判断として決めたものだが、社員によっては使い勝手がよくない可能性もあるため、社員にパターンの活用の強制はしておらず、あくまで企画を行う上でのヒントとして使うことを周知するに留めている。

中川社長によると、社員に会社の目的を理解してもらうのは「理念」、具体的な行動を指示するのは「マニュアル」だが、建築分野の仕事は「差別化」が最大の価値であるため、理念では抽象過ぎ、マニュアルでは具体的過ぎて、社員がクリエイティブ性を発揮する手助けとならない。しかし「パターン・ランゲージ」は中間の抽象度を持っているため、丁度良いレベルで使い勝手が良いとのことだ。

また、パターンを学ぶことで、人によってはアイデアを出す確率をあげる、自身の業務の効率化に繋げる、あるいは、日頃の自分の仕事を客観視することでアイデアのパターンを自分の中に作りあげ今までの事業を再現することも早くなることがあると感じているとのことだ。また「Project Design Patterns」は「理念」と「マニュアル」を結びつける「共通言語」として機能しているため、企画の議論の場で幹部と新入社員との社内コミュニケーションが活発になるという副次的な効果もある。同社では、パターン・ランゲージも活用しながら、他社とは差別化された企画を練り上げることで、事業の更なる多様な展開を目指している。

【パターン・ランゲージとは】

1970年代に、建築家クリストファー・アレクサンダーが住民参加のまちづくりの支援のために提唱した方法である。アレクサンダーは、誰もがまちのデザインの作成プロセスに参加できるようにするため、建物やまちに繰り返し現れる関係性を「パターン」と呼び、それを「ランゲージ」(言語)として共有する方法を考案した。

その後、パターン・ランゲージはソフトウェアなど他の領域で応用されるようになった。現在は、様々な分野で作成され利用されつつある。

我が国では、慶應義塾大学総合政策学部・井庭崇研究室が、2009年にパターン・ランゲージを初めて人間の活動に適用した「ラーニング・パターン」を制作・発表したのが嚆矢である。同研究室では、その後もプレゼンテーション・パターンや、コラボレーション・パターンなど、様々なパターン・ランゲージを制作し、企業との共同研究も行っている。

パターン・ランゲージは成功事例等に含まれるよい「経験則」を抽象化したものであるため、人間の活動を対象に記述することで、具体的な問題に直面したときに、どうすれば解決につながるかを考える重要なツールとなるものであるといわれている。

写真:パターン・ランゲージを活用して企画中の風景

また、日常業務における人材育成の取組(OJT)(複数回答)についてみると、人材育成の「成果あり企業」、「成果なし企業」ともに「日常業務の中で上司や先輩が指導する」が最も高く、「作業標準書や作業手順書を活用する」、「身につけるべき知識や技能を示す」と続いており、上位は同様の順位となっている。「何も行っていない」は、人材育成の「成果あり企業」では該当がなく、「成果なし企業」においても極めて低くなっている(図212-5)。

それぞれの取組ごとに、「成果あり企業」と「成果なし企業」を比較すると、人材育成の「成果あり企業」の方が、「現場での課題について解決策を検討させる」、「個々の従業員の教育訓練の計画をつくる」、「身につけるべき知識や技能を示す」といった取組を挙げる割合がより高い。

図212-5 日常業務における人材育成の取組(OJT)(複数回答)

備考:( )内の数字は人材育成成果あり企業と、人材育成成果なし企業の%ポイント差。

資料:JILPT前掲調査

また、人材育成を促進させるために実施している取組(複数回答)をみると、人材育成の「成果あり企業」、「成果なし企業」ともに、「改善提案の奨励」が最も高く、「資格や技能検定などの取得の奨励」、「研修などのOFF-JT(会社の指示による職場を離れた教育訓練)の実施」と続く(図212-6)。「特に何も行っていない」は、「成果あり企業」に比べて「成果なし企業」の割合が高くなっているものの、ほとんどの企業が人材育成を促進させるために、何らかの取組を行っていることが分かる。

図212-6 人材育成を促進させるために実施している取組(複数回答)

備考:1.技能マップ:自社の各技能者が保有する技能を種類・水準ごとに整理したもの
2.チューター制度:新入社員に先輩社員がマンツーマンでついてOJTなどを行う新人育成のための制度。
3.メンター制度:上司とは別に指導・相談役となる先輩社員が新入社員をサポートする制度。
4.( )内の数字は人材育成成果あり企業と、人材育成成果なし企業の%ポイント差。

資料:JILPT前掲調査

それぞれの取組ごとに、「成果あり企業」と「成果なし企業」を比較すると、人材育成の「成果あり企業」の方が、「研修などのOFF-JTの実施」、「資格や技能検定などの取得の奨励」、「熟練技能者による専任指導や勉強会開催など技能伝承のための仕組みの整備」といった取組を挙げる割合がより高い。

なお、厚生労働省では、ものづくり分野で優れた技能、豊富な経験等を有する熟練技能者を「ものづくりマイスター」として認定し、企業・業界団体・教育訓練機関に派遣して若年技能者に対する実技指導を行っている(詳細は第2章第2節5(2)に後述)。

コラム:人材育成による技術力の向上・・・(株)辻洋装店

東京都中野区にある(株)辻洋装店(従業員52名)は、で高級婦人服の縫製や加工を行っている。1947(昭和22)年に創業し、2017年に70周年を迎えた。

国内の多くのアパレル産業が厳しい環境下にある中、同社が70年もの間経営を続けている背景には、「いい人間がいいものをつくる」というモットーがある。辻社長の考えは「良い会社には良い技術と良い人間性の両方が必要」であり、「同じ機械や素材で服を作っても人によって出来が違うのは、最終的に人間性で差別化されるからだ。そのため、良い服を作るには人間性も磨いていかなくてはならない。」と辻社長は語る。そのため、同社では技術と人間性の両方を向上させる取組を行っている。約40年前に社長が経営に携わった当初は、会社の利益を上げるために能力向上に向けた人材育成を行っていた。しかし、社会環境が激変する中で、「社員のことを考えず、生産性を上げる取組を行うだけでは会社は続かないだろう。また、人が幸せに生きるには金銭だけでなく豊かな人間性が必要だ。そのため、社員の人間性を磨くことも会社の役目である。」と考えるに至った。

同社では入社1年目から5~6年目までの社員で3~4名の班を作り、作業の効率化を考えながら作業を行っている。少人数の班ごとに作業を行うことで、若手社員は先輩社員の技術を間近に見ることで技能が身に付き、5~6年目の社員はリーダーとなって後輩をまとめる力が身につく。また、社員は経験年数に応じて異なるレベルの作業を行うため、全社員が全工程の作業を経験しているのも同社の特徴だ。社長は「効率化を考えるのであれば流れ作業で服を製作した方が良いだろうが、全工程の作業を行うことで社員の技術だけでなくモチベーションも上がる。」と言う。また、作業中分からない部分は班の先輩に聞くことができるだけでなく、社内の卓越した技術者の作業動画を作成しタブレット端末で社員が自由に見られるようにするなど、技術力向上のための環境も整えている。その他にも、リーダーは社外のリーダー研修を受講するなど、外部研修でも人材育成を行っている。一方で、人間性を磨くことを目的として、月に一度社外講師による勉強会の開催や、年に一度宿泊型の学習講座への派遣を行っている。

その結果、同社には丸縫い(服の製作にあたって全工程を一人で行うこと)ができる社員が多い。他の企業では丸縫いができる社員は100名に1~2名程度だが、同社では社員全体の約25%が丸縫いできる。技術力の高い社員が多いため、高級婦人服を製作することが可能となり、同社の高い競争力の基盤となっている。また、同社の技術力の高さは取引先や専門学校からの信頼につながっている。

以上のような取組も相まって、人材不足で特に新卒採用が難しくなる中、同社は毎年新卒採用を行うことができている。理由について、「人材育成を重視している姿勢が専門学校などから学生に伝わり、辻洋装店で働こうと思ってくれるのではないか。」と社長は語っている。また、人を大切にした人材育成の他、育児中の社員の支援等働きやすい環境を整備している。同社の人材育成を重視した取組は外部からも評価されており、2015年の「東京都中小企業技能人材育成大賞」(技術者の育成と技能継承に取り組んでいる中小企業等の中から特に成果を上げた企業を東京都が表彰)も受賞しているところである。

社会状況が激変し、同業者が減っていく中でも、同社は人材育成を行い続けたことで70年以上存続してきた。「どのような状況下でも人材育成を行うべき」との考えを下に、今後も「人」を第一と考えた人材育成を続け、同社の維持と発展を目指している。

写真:工場内の様子

コラム:社内塾の活動による労働生産性の向上・・・(株)建築工房零

宮城県仙台市にある(株)建築工房零(従業員40名)は、自社設計・自社施工の会社である。建築事業だけではなく、薪・ペレットストーブをはじめとする自然エネルギー利用の提案などの環境事業や不動産事業も行っており、自然共生型の暮らしと住まいを提供している。

同社の人材育成の特色として、2010年から開催している社内塾「バカもの塾」がある。「バカもの塾」とは、主体的に取り組み、 継続的に学び、成長し続ける力と風土を身につけることを目的とした社内研修である。同取組は、同社の小野代表が宮城県中小企業家同友会の経営指針を成文化する勉強会と、自己啓発の勉強会へ参加したことをきっかけに、学んだ内容を社内に持ち込み、その時々の経営課題に全社的に取り組むプロジェクトとして始まった。

名称の「バカもの」は、見えていない自分は可能性の固まりであり、成長の余地があることを意味しており、社員の大きな伸びしろを意識して命名したものである。対象者は、立候補や推薦された候補者6~7名で、約半年間行う。具体的な内容は2部構成で、第1部の自己啓発では、個人の自己啓発と目標設定を行い、メンバー間で相互理解を深める。この結果、自身と仕事の関わりを考え直す良いきっかけとなり、仕事のモチベーションが向上したり、お互いの価値観を理解して仕事に取り組めるようになるなど、チームワークが向上するといった成果があがっている。

第2部ではその時々の経営課題に沿ったテーマで、部署をまたいだメンバーで社内の問題解決や新規事業の企画を行っている。第二部の成果としては、これまでに、経営者の思いを社員全員で紐解いて、社員の言葉で紡ぎ直した「経営指針の作成」や、営業する意味を深掘りして、成約に至るまでの各段階の目標の数値化を行い、やるべきことを明確にした「営業マニュアルの作成」などがある。これらの取組により、会社の経営方針への理解が深まったり、漠然としていた営業課題が細分化されたことで、具体的な行動が起こしやすくなったりしている。

社内塾の取組の成果について、菊地専務取締役は、「社員の「バカもの塾」への立候補が増えてきた。社員が会社の命令ではなく自らやろうと思っている。参加した社員の心構えが変わり、ポジティブに仕事に取り組むようになった。社内塾の取組によって、社内で共通した価値観の広がりを感じる。」と語る。

最新の第2部のテーマは、「大工による現場管理」で、人材育成による労働生産性向上を目指している。同社ではもともと多能工を推進していたが、単純な多能工化だけでは、今後の変化に対応できない。人口減少や価値観の多様化による新築の減少・リフォーム工事の増加をうけて、小回りの効く体制でより円滑に業務を進めるためには、技能職である大工に多能工としてだけでなく、現場監督としての役割も担ってもらうことを目指している。現場にいる時間の長い大工が、現場監督として次の仕事の段取りを行えるようになれば、今まで現場監督をしていた者が新しい技術開発や営業の仕事を行えるようになることを期待している。いわば、現場の大工の生産性向上の成果を、新たな業務展開に結びつける人材の確保につなげることを目的としている。

写真:「バカもの塾」成果発表会兼修了式

コラム:社外研修を活用した人材育成・・・日高工業(株)

愛知県刈谷市にある日高工業(株)(従業員140名)は、自動車部品、産業機械部品の金属熱処理加工を行っている。

同社では、人材育成に力を入れており、「中小企業は限られた人材で仕事をするので、ある社員が異動するとその社員がやっていた仕事も一緒に異動先に持っていくというような、どちらかというと仕事が属人的というようなことがあると思う。したがって、中小企業であればあるほど、人づくりが会社の仕事の品質を高めていくための必須要件になると思っている。中小企業は一人ひとりの社員の力が向上しないと会社の力も伸びない。だからこそ、中小企業こそ人づくりにお金と時間を掛けないと駄目だと思っている。」と今村社長は語る。

同社では2011年以来、新入社員を対象とした社外研修を活用している。

前年の2010年に社員研修を行う企業から「熱処理」を教える講師として、今村社長に依頼があった。この講座は、新入社員を対象として4月初旬から5月中旬までの間、自動車産業に必要なプレス作業、図面の見方など基本的な知識と教養、生活習慣などを教え込むものであった。

今村社長は講師という立場で参加したこの新入社員研修にほれ込み、翌年から自社の社員も参加させることにし、さらに社外研修後、5月中旬から8月までの間、3週間ずつ4部署で職場実習をさせることとした。会社の業務は相互に関連しており、それを幅広く体験させることで自分の担当する仕事がどのような役割を担っているのかを自覚させることができると考えているからだ。実習を終えた後、新入社員は社長との個人面談を行い、実習の感想を踏まえて配属部署を決定している。

さらに、同社では中堅社員に対しても技術者向け、監督者向けの社外研修を受講させている。

また、2010年から前年に社外研修を受講した中堅社員が翌年の入社1年目から3年目の若手職員を対象とした若手社員講習で講師になるというルールを作った。きっかけとなったのは、2008年のリーマンショックの影響を受け、得意先からの受注量が減少し、就業時間に余裕ができたことにある。当時、他社では雇用調整助成金を申請し、交替で社員を休ませていたところもあったが、同社では研修にも雇用調整助成金を活用した。中堅社員自らが勉強してきたことを若手社員に分かりやすく教える集合教育を行ったほうが将来的には役に立つと考え、また、若手社員が早く職場になじむいい機会になると捉えたからである。そこで、若手社員の質的な向上及び若手社員の定着につながる研修のルールを作った。

中堅社員が講師になることでより研修の内容を深く理解し、講師自身がテキストをまとめるなど、学び直すことで講師役を務める中堅社員の成長にもつながっている。今村社長は「講師となる中堅社員は、自分よりも若い入社したての社員に教えるので、専門用語ももっと簡単な分かりやすい言葉で教えたり、自分が理解するのに時間がかかったのであれば、丁寧に教えるなど工夫しながらやっている。毎年積み重ねることで、社外研修を受講する中堅社員は来年の若手社員講習の講師を自分が務めなくてはいけないことが分かっており、ちゃんと理解しないと自分が教える際に困るので、社外研修に対する取組方も変わり、いい方向に循環している。」と語る。

これらの取組の結果、リーマンショック前と比較して、10名以上少ない人員で加工重量では15%、加工金額では30%増を達成するなど、生産性の向上を実現している。

写真:若手社員教育 講座風景

写真:硬さ検査の実習(実技指導)

コラム:研修施設の開設による人材育成・・・(株)石橋製作所

福岡県直方市にある(株)石橋製作所(従業員130名)は、主に風車の回転速度を数十倍に増幅して、発電機に伝える役割を担う風車用増速機やその他各種歯車装置の設計・製作・販売を行っている(販売はグループ企業の(株)石橋技販が行っている)。

同社は金属を熱して必要な形状・性質にする鍛造を創業時の事業としていたが、現在は前記のとおり風車用増速機等の設計・製作を主たる事業としている。石橋社長には、事業環境の変化に合わせて、少しずつ主たる事業や市場を変遷させてきた社歴に鑑み、10年、20年後もこのままずっと歯車装置の設計製造のみを生業としてやっているべきなのかということを考えるべきで時期がきたとの危機感があった。

そこで歯車装置だけでなく、新技術、5年先あるいは10年先の同社の方針などを見据えるため、石橋社長自らトップダウンで技術部、技術部のトップ、歯車のトップ、機械加工のトップを集め、イノベーション推進グループを組織した。その上で、教育の常態化、社内外資格取得促進などの役割を担う研修施設として、同社の歴史において重要な分岐点ともなった技術部の開設を担った経験のある顧問をセンター長とする「石橋スキルテックセンター」を2018年2月に開設したところである。各職場の仕事量が変動するなかで、各人の職務が固定化した職場という現状から、組織をまたいで助け合う、いわゆる多能工化した職場へと変えることで、社員一人当たりの労働に係る負荷の平準化が図れるのではという発想があり、それを実行するための教育の常態化を目指したところである。

具体的な制度の導入に当たっては、他の部署の社員が異なる部署の仕事をするにあたって不具合や事故が発生してはいけないので、多能工となる社員の支援をする社員への教育と、支援する社員を社内で認定する仕組みを構築することが必要となった。「石橋スキルテックセンター」では、年間技術教育計画立案、技能検定を模した社内検定の策定、人材開発支援助成金を活用した教育の充実と資格取得促進などその内容の充実を日々検討している状況である。これらの取組を推進するため、売上高の5%に相当する2億円の投資をすることとなったが、この投資を回収し、新たな分野に進出しつつ、会社全体としての生産性をいかに向上させるかが今後の課題である。今後人材確保はますます厳しくなっていくことを前提に、如何に少人数でこれまで以上の付加価値を上げていくかを考えるときに、工程集約とそれを支える人材育成は避けては通れないものと捉えている。

石橋社長は「石橋スキルテックセンター」について、「教育の常態化を目指すことが一番大きな目的である。教育の常態化とは、教育実習、座学教育を常時できるようなインフラとそれを運営する仕組みを構築にすることである。また、社内検定を策定することも目的の1つである。社内外の資格取得を促進・支援したい。社内検定が策定できたら、多能工化も進めていきたい。誰でも多能工化ではなく、検定を合格した人たちが多能工のライセンスホルダーになり、基本的な手当が上がる。さらにそのライセンスを利用して、仕事に寄与した、会社に寄与した者についてはプラスアルファの手当を付けることにより、モチベーションが上がると想像している。当面は社員やインターンシップ研修生を対象に研修を行っていくが、将来的にはポリテクセンターなど社外の研修機関の実習の場として提供させてもらうなど外部との連携を図り、eラーニング等を織り交ぜながらスキルテックアカデミーという形で、教育面と意識の向上を図る方向に検討中である。」と語る。

写真:石橋スキルテックセンター外観

写真:石橋スキルテックセンターに設置した初号機

<<前ページへ | 目次 | 次ページへ>>

経済産業省 〒100-8901東京都千代田区霞が関1-3-1代表電話03-3501-1511
CopyrightMinistryofEconomy,TradeandIndustry.AllRightsReserved.