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第2節 投資協定

 1980年代以降、世界の海外直接投資は急速に拡大しており、世界経済の成長をけん引する大きな役割を果たしている。海外直接投資残高の対GDP比は、1980年には対外直接投資額で5.8%、対内直接投資額で5.3%であったのに対し、2012年にはそれぞれ31.8%、32.9%に伸びている11。我が国の国際収支を見ても、証券投資収益及び直接投資収益の受取の増加を反映して、2012年の所得収支は約14.3兆円の黒字となる一方、貿易収支は約5.8兆円の赤字となり、8年連続で所得収支が貿易収支を超過している。

 海外直接投資の拡大が示すとおり、我が国企業の海外展開が進んでいるが、これまで見てきたとおり、今後の我が国の経済成長にとって、新興国への更なる戦略的なビジネス展開が不可欠となっている。我が国企業の新興国への展開を促進するためには、現地進出・資金還流の障壁撤廃を通じた投資リスクの低減が重要である。その手段として、今後、我が国は投資協定の拡充を図っていく方針である。

 投資協定とは、投資先国での自国投資家及びその財産の保護や締約国間の投資自由化等を約束する国家間の条約である。海外に投資した投資家やその投資財産の保護、規制の透明性向上等により、投資を促進するための内容を規定している。

11 UNCTAD「World Investment Report 2013」

1.投資協定への取組方針

 我が国は、これまでアジア諸国を中心に33件の投資協定及び投資章を含む経済連携協定に署名し、うち29件が発効している(2014年5月現在)(第Ⅲ-1-2-1表)。今後は、企業の海外展開の推進、鉱物・エネルギー資源の安定的な供給の確保等の観点から、我が国産業界のニーズ、投資章を含む経済連携協定の締結状況等を踏まえ、投資協定の締結を加速していく。このため、投資協定の締結促進及び効果的活用に向けた指針を策定・推進する。また、その実現に向けて、関係当局の体制強化を進める。特に、締結数が少ないアフリカ(発効済みはエジプト1か国のみ。モザンビークは署名済み・未発効)を中心に締結の加速化が必要である。

第Ⅲ-1-2-1表 我が国の投資関連協定締結状況

 具体的な優先順位の決定に当たっては、以下の要素を総合的に勘案していく12

 (1)我が国からの投資実績と投資拡大の見通し

 (2)投資環境整備の必要性と我が国産業界の要望(外資への開放度等を含む)

 (3)エネルギー・鉱物資源の供給元としての重要性

 (4)相手国政府の統治能力、政情の安定性

 (5)政治的・外交的意義

12 (出典)「二国間投資協定(BIT)の戦略的活用について」(2008年6月10日外務省発表)

2.世界の投資協定の締結状況

 上述の海外直接投資の拡大を踏まえ、世界各国は、投資先国における差別的扱いや収用(国有化も含む)などのリスクから自国の投資家とその投資財産を保護するため、投資協定を締結してきた。投資ルールは、貿易におけるWTO協定のような多国間協定がなく、二国間若しくは地域協定が中心となっている。

 世界の投資協定数は大きく増加しており、2012年時点で2,857件に達している(第Ⅲ-1-2-2図)。国別では、ドイツ、中国、英国、フランスといった国々が100件前後の投資協定を締結している。

第Ⅲ-1-2-2図 世界の投資協定数の推移

3.投資協定の主な規定内容

 投資協定は、従来、投資受入国における投資財産の収用や法律の恣意的な運用等のカントリー・リスクから投資家を守り、投資家を保護することを主目的として締結されてきた。こうした内容の協定は「投資保護協定」と呼ばれ、投資財産設立後の内国民待遇や最恵国待遇、収用の原則禁止および合法とされる収用の要件と補償額の算定方法、自由な送金、締約国間の紛争処理手続、投資受入国と投資家との間の紛争処理等を主要な内容とする。1990年代に入ると、そのような投資財産保護に加えて、投資設立段階の内国民待遇や最恵国待遇、パフォーマンス要求13の禁止、外資規制強化の禁止や漸進的な自由化の努力義務、透明性確保(法令の公表、相手国からの照会への回答義務等)等を盛り込んだ投資協定(「投資保護・自由化協定」)が出てきた(第Ⅲ-1-2-3表)14

第Ⅲ-1-2-3表 投資協定締結の意義

13 例えば、一定の現地部材(ローカルコンテンツ)比率を満たすことや、製造したものの一定の比率を輸出すること等、投資活動に関する条件として課される特定の要件。

14 代表的なものとしてNAFTAの投資章があり、我が国の場合、二国間EPAの投資章や、日韓、日ベトナム、日カンボジア、日ラオス、日ウズベキスタン、日ペルー投資協定がこのタイプに当たる。

 投資協定の規定に関する紛争は、それぞれ一定の条件下で国家対国家の紛争処理手続(SSDS)又は投資家対国家の仲裁手続(ISDS)の対象となる。

 我が国の投資協定におけるSSDSでは、投資協定の解釈、適用等に関する締約国間の紛争についての解決手続を規定している。

 ISDSは、投資家が投資先国政府の投資協定違反により自らの投資財産に損害を受けた場合、ICSID15仲裁規則やUNCITRAL16仲裁規則に基づく国際仲裁に付託することを可能としている。

 UNCTADによれば、国際投資協定に基づくISDSの件数(仲裁機関へ案件付託の数)は、1987年の最初の事案17以来、1998年までは累計で14件にとどまっていたものの18、1990年代後半から急増し19、2012年末現在で累計514件に上っている。一方、我が国企業が投資仲裁制度を利用した事例は、当該企業の海外子会社が外国間の協定に基づき申立てを行った1件のみである20

15 International Center for Settlement of Investment Dispute(投資紛争解決センター):世界銀行グループの1機関である常設の仲裁機関。所在地はワシントンD.C.。

16 United Nations Commission on International Trade Law(国際連合国際商取引法委員会):所在地はオーストリア(ウィーン)。

17 Asian Agricultural Products Limited対スリランカ政府の事案(ICSID Case No. ARB/87/3)。

18 UNCTAD (2005) “INVESTOR-STATE DISPUTES ARISING FROM INVESTMENT TREATIES: A REVIEW”。

19 1996年、NAFTAにおける「エチル事件」(米国企業がカナダ政府による環境規制がNAFTA上の「収用」に当たるとして提訴。カナダ政府が米国企業に金銭を支払って和解)をきっかけに、投資仲裁に対する関心が高まったとされる。

20 1998年、我が国の証券会社の在ロンドン子会社が、オランダ法の下で設立された法人を介して買収したチェコの銀行に対してチェコ政府がとった措置に関し、チェコとオランダ間の二国間投資協定に基づき、国連商取引委員会(UNCITRAL)仲裁規則による仲裁に付託したケース。

4.エネルギー憲章条約の主な規定内容

 投資協定と同じように、国際仲裁への付託を可能とする条約としてエネルギー憲章条約がある。1998年に発効したエネルギー憲章条約は、ソ連の崩壊に伴い、旧ソ連及び東欧諸国におけるエネルギー分野の市場原理に基づく改革と企業活動の促進を目指すものである。エネルギー分野における投資の自由化及び保護に関し、一般的な二国間の投資保護協定と類似の内容(締約国が外国投資家の投資財産に対して内国民待遇(NT)又は最恵国待遇(MFN)のうち有利なものを付与すること、一定の要件を満たさない収用の禁止、送金の自由、紛争解決手続等)について規定している。エネルギー憲章条約の締約国は、2014年1月現在で東欧やEU諸国等47か国及び1国際機関である。ロシアや豪州は、署名はしたものの未批准。オブザーバー参加にとどまる国(米国、カナダ、中国、韓国、サウジアラビアなど)も存在する。

5.国際投資仲裁事例

 企業活動の国際化に伴い、投資家である企業が外国政府との関係において投資紛争が起こる件数も増えていく。公表されている事例の中で、我が国が締結している投資協定に基づき投資家対国家の仲裁手続が利用されたことはないが、上述のとおり、投資協定に基づくISDSの件数はUNCTADが把握しているだけでも500件を超えている。投資協定の活用においては、各条項がどのように解釈されるかを把握する必要があり、これまでに生じた国際投資紛争に関する仲裁判断を参考にすることが重要である21

21 国際投資紛争に関する仲裁判断の概要については「経済産業省 不公正貿易報告書 2014年版(p. 705~p. 711)」などを参照。

6.今後の課題

 我が国関連企業が関係した投資仲裁事例は、Saluka対チェコ事件のみである。また、民間の調査22によれば、日本の大手企業の8割が国際商事仲裁未利用という結果が出ている。日本企業の傾向として、国際投資仲裁、国際商事仲裁の利用がこれまで少ない状況にある。

 投資関連協定に基づいて国際仲裁が行われた場合、仲裁廷は過去の同様の仲裁判断を参考にする傾向がある。投資関連協定に基づく国際仲裁は2000年以降、急増しており、判例が蓄積する一方で、判断の分かれる論点も少なからずある。国際投資仲裁において下された判断は、今後の我が国の投資協定交渉戦略に影響を与えうるものであり、我が国企業が投資先国との紛争解決手段としても国際仲裁を積極的に活用できる環境を構築することも今後の課題である23。国際的なルールは固定的なものではなく動態的であり、国際投資仲裁や国際商事仲裁はそのルール作りのフィールドとして重要である。我が国が国際ビジネスの分野において国際的なルール形成に影響を与えていくという観点からも投資協定等のさらなる活用が望まれる。

 国際仲裁の活用においては、仲裁ルール及び仲裁場所の整備も重要である。アジアにおける仲裁地としてはこれまで、シンガポールと香港が主だったが、韓国は、2013年5月に「ソウル国際紛争解決センター」を設立するなど、国際仲裁に力を入れ、韓国における仲裁件数も増加傾向である。これらの国にとって仲裁の普及は国際ビジネス拠点にとって不可欠なツールと位置づけられ振興に力を入れている。

22 2014年1月20日付 日本経済新聞16面

23 ISDS条項に関しては、公益が制限されるとの懸念を強調する意見も多く見受けられるが、これらの意見が仲裁判断などに関する正確な理解に基づかないと評価する意見もある。ISDS条項と公益制限論を結びつける議論について、引用されることの多いエチル事件及びメタルクラッド事件の概要を紹介した上で当該議論が一定の問題を有していることを指摘する資料として、日本弁護士連合会ADR(裁判外紛争解決機関)センター国際投資紛争特別部会作成「投資協定仲裁制度(ISDS)を巡る議論に関する報告書p. 31~p. 33」参照(なお、当該資料は上記特別部会が日本弁護士連合会内の討議資料として作成したものであり、同連合会としての見解を示すものではない)。
上記資料では「二つの事件を精察すればわかるように、ISDS条項、あるいは、これを含む投資保護協定それ自体は、投資家の利益を無条件に公益に優先させるようなことは何ら目的としていない。ただ、前者の事件では、環境保護を達成するための規制手段が内外の事業者に差別的なものであったため、後者の事件では、特に国内法上で権限を与えられていない機関が規制を行ってしまったため、投資保護協定との関係で問題が発生してしまったのである。したがって、これらの二つの事件の特殊性を無視して、事件の最終的な結末のみからISDS条項を公益制限論に結び付けてしまう議論には、一定の問題があると言えるであろう。」との分析が行われている。

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