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- 第1部 第2章 第2節 欧州
第2節 欧州
1.マクロ経済動向
(1)ユーロ圏
①概況
ユーロ圏経済は、引き続き堅調な内需を背景に、家計消費及び固定資本形成がプラスで推移している。さらに2016年第2四半期以降は、通貨の下落と世界経済の復調も影響し輸出も伸びている(第Ⅰ-2-2-1-1図、第Ⅰ-2-2-1-2図)。
第Ⅰ-2-2-1-1図 ユーロ圏の実質GDP成長率
第Ⅰ-2-2-1-2図 ユーロ圏諸国と英国の実質GDPの推移
また、景況感は好調であり、欧州委員会による景況感指数は、2017年3月時点で2011年4月以来の高い水準に達している(第Ⅰ-2-2-1-3図、第Ⅰ-2-2-1-4図)。建設業については、引き続きマイナス(悪化)ではあるものの、マイナスの幅が2015年以降縮小傾向にある。
第Ⅰ-2-2-1-3図 ユーロ圏の景況感(業種別)
第Ⅰ-2-2-1-4図 ユーロ圏諸国の経済信頼感指数
消費者物価上昇率は、2016年後半にエネルギー価格の上昇を背景に加速し、2017年2月には一時2%に達したものの、エネルギー・食品・飲料・たばこを除くコア品目物価については1%を下回る水準が続いている。コア品目物価が伸び悩む中、欧州中央銀行(ECB)は、基調的なインフレ圧力は引き続き抑制されているとして、緩和的な金融政策の転換には至っていない60。
60 2017年4月時点。
②輸出
輸出については、2016年前半は、新興国の景気低迷が影響し、前年に比べて伸びが鈍化した(第Ⅰ-2-2-1-5図)が、2016年秋以降、ユーロ圏向け・非ユーロ圏向けとも、数量・金額とも伸びが加速している(第Ⅰ-2-2-1-6図)。
第Ⅰ-2-2-1-5図 ユーロ圏の輸出額伸び率と各国寄与度
第Ⅰ-2-2-1-6図 ユーロ圏の輸出推移(額・数量)
品目別の単価と仕向先別の数量を確認すると、2016年秋における輸出額の伸びは、一次原料に加えて、鉄鋼を含む素材別製品、食品関連、及び化学品など、一次産品価格の影響を受けやすい品目単価の上昇(第Ⅰ-2-2-1-7図)と、中国や西アジアなど、景気が回復傾向にある新興国向けの輸出数量の回復(第Ⅰ-2-2-1-8図)が背景となっていることが分かる。
第Ⅰ-2-2-1-7図 ユーロ圏の品目別輸出単価推移
第Ⅰ-2-2-1-8図 ユーロ圏の輸出数量推移(仕向先別)
③投資
投資については、ユーロ圏全体ではドイツがけん引役となり2013年以降拡大が続いている。世界経済危機以前を上回る水準で推移するドイツをはじめとして、イタリアやスペインについても、欧州中央銀行(ECB)による金融緩和や経済の回復を背景に回復基調で推移している(第Ⅰ-2-2-1-9図)。
第Ⅰ-2-2-1-9図 ユーロ圏諸国と英国における固定資本形成
中でもスペインは、非金融企業にけん引される形で固定資本形成の伸びが大きいが(第Ⅰ-2-2-1-10図)、同国において非金融企業による投資が伸びている背景としては、労働市場と金融セクターをはじめとする改革が挙げられる。
第Ⅰ-2-2-1-10図 固定資本形成伸び率とセクター別寄与度(スペイン)
スペインの金融セクターにおいては、2012年に合意されたEUとIMFによる金融支援を受け、金融機関のリストラや不良債権処理、また資本増強などを通じた体力強化が図られた。
中小企業の資金調達に関するアンケート調査によれば、イタリアでも2015年に銀行の貸出し態度が改善方向に転化しているが、スペインについて見ると、イタリアより1年以上早い時期から、銀行の貸出し態度、経済見通し、企業見通しが改善方向に推移していることが確認できる(第Ⅰ-2-2-1-11図)。
第Ⅰ-2-2-1-11図 中小企業の外部資金調達に影響する要素の変化
労働市場に関しては、正規雇用労働者に関する高い労働コストが、経済危機時における高い失業率の原因となっていたことから、2011年以降、解雇規制の緩和や賃金調整の柔軟化をはじめとする改革が行われた。結果としてビジネスコストの低下が図られ、輸出競争力の改善につながった(第Ⅰ-2-2-1-12図)ほか、労働市場改革の進展を理由とした対内直接投資事例も見られた。
第Ⅰ-2-2-1-12図 ユーロ圏諸国と英国の労働コストの変化
一連の構造改革を背景にスペインのGDPは2013年第4四半期にプラスに転化したが、高い伸びを続ける中で、高い経済見通しが更なる投資を生んでいるといえる。なお、単位あたり労働コストについては、賃金の上昇と低い生産性を背景に、次第にユーロ圏の平均的な水準に近づいていくとみられている61。
イタリアは、他国に比べて投資の伸びが低迷しているが、ECBの金融政策や、成長を志向した国内の取り組みなどを背景に、2016年後半になり、ようやく民間投資が拡大する兆しが見られている。しかし、反体制勢力の拡大を背景に、金融セクターの体力強化と労働市場の柔軟化等、現在予定されている構造改革の実施が難航するような場合には、企業活動は再び停滞する可能性が懸念される。
フランスは、企業の競争力の強化と雇用の創出のため、2015年より社会保険料の事業主負担の軽減、2016年より法人税率の引下げ等が行われている。また2016年の労働法改正では、解雇条件が明確化されたほか、労働時間について、産業レベルでなく企業レベルの合意によって延長が可能となった。こうした企業コストの軽減や規制緩和を背景に、企業の投資意欲は改善傾向にある。2017年の大統領選では親EU派のマクロン氏が国民戦線のルペン党首に勝利した。新大統領が、予定されている改革をいかに実行していくかが注目される。
ただし、反体制勢力の拡大を背景に、欧州経済は不透明感を増している。経済は全体的に回復傾向にあるものの、欧州の政治情勢や政策に関する不確実性(あるいは不透明性)等が、欧州各国の投資に今後抑制的に働く可能性があるとみられている(第Ⅰ-2-2-1-13図)。
第Ⅰ-2-2-1-13図 ユーロ圏諸国と英国の固定資本投資伸び率
61 European Commission(2017).
④雇用
雇用に関しては、欧州債務危機当時と比べて全体的に改善している。
失業率については、イタリアは10%を超えて高止まりしているほか、ギリシャ及びスペインはピーク時よりかなり低下したものの未だに15%を超えるが、就労者数に関しては、これら南欧諸国も含めて軒並み増加傾向にある(第Ⅰ-2-2-1-14図、第Ⅰ-2-2-1-15図)。経済の回復が徐々に雇用の改善につながっているといえる。
第Ⅰ-2-2-1-14図 ユーロ圏諸国と英国の失業率の推移
第Ⅰ-2-2-1-15図 ユーロ圏諸国と英国の就労者数伸び率
(2)英国
①概況
英国経済は、内需を中心に堅調に推移している。2016年6月に国民投票でEU離脱が決定された直後にはポンドと株価が大きく下落したものの、英国銀行による事前・事後の対応が奏功したこともあり、金融市場及び実体経済への影響は抑制された。その後、10月にメイ首相の方針表明により、EU市場への自由なアクセスを犠牲にしてでも移民の規制を優先させる「強硬」な離脱(ハード・ブリグジット)に対する懸念が高まりポンドが大きく下落した。しかし、EU離脱に関する英国政府の基本方針の発表、また、メイ首相に欧州連合(EU)離脱を通告する権限を付与する法案(EU離脱法案)の可決、さらに総選挙実施の方針発表を受けて、ポンドは少しずつ回復している。株価については、ポンドの上昇と同時に一時的な下落が見られるが、全体的には堅調に推移しているといえる(第Ⅰ-2-2-1-16図)。
第Ⅰ-2-2-1-16図 英国の株価指数とポンドの推移
さらにポンド安も背景として輸出が拡大し、投票前の大方の予想を裏切る形で、2016年の第3四半期、第4四半期の実質GDP成長率は前期比、前年比ともプラスを維持した(第Ⅰ-2-2-1-17図)。なお、欧州委員会の見通し62によれば、2017年から2018年にかけて、個人消費の伸びの減速と不透明感による設備投資の伸び悩みを背景として、実質GDP成長率はやや鈍化すると見られている。
第Ⅰ-2-2-1-17図 英国の実質GDP成長率
景況感は、2014年をピークに低下傾向にあったものの、EU離脱が決定した2016年半ば以降は改善方向で推移している(第Ⅰ-2-2-1-18図)。
第Ⅰ-2-2-1-18図 英国の景況感(業種別)
62 European Commission(2017).
②輸出
通貨ポンドは、EU離脱投票の結果判明直後に大きく下落した後、早期に反転上昇していたが、10月にメイ新首相が単一市場へのアクセスよりも移民のコントロールを優先することを明確にしたことを契機に再び大きく下落した。通貨の下落と世界経済の回復を背景に、英国の輸出は拡大している(第Ⅰ-2-2-1-19図)。
第Ⅰ-2-2-1-19図 英国の輸出数量・額推移
仕向先別に見ると、EU域内向けの輸出が2016年に入って以降前年より増加しているほか、米国向け及び西アジア向けも2016年秋以降増加している(第Ⅰ-2-2-1-20図)。品目別では、2016年に入り、自動車や一般機械等が増加傾向にあるほか、大きく減少していた貴金属等が、2016年第4四半期には縮小幅をほぼゼロとしており、輸出額全体の伸びを押し上げた(第Ⅰ-2-2-1-21図)。
第Ⅰ-2-2-1-20図 英国の輸出額伸び率推移(仕向先別寄与度)
第Ⅰ-2-2-1-21図 英国の輸出額伸び率(品目別寄与度)
③投資
EU離脱後の単一市場へのアクセスについて見通しが立たない中、同国とEUの関係に関する不透明感が重しとなり、企業投資の手控えが懸念されている。一方、法人税引下げなどビジネス環境の改善を期待した外国からの対内直接投資の例も報道されている。
英国の対外金融収支を見ると、対外直接投資及び対外証券投資(証券)については、2016年に入っても流入超過(マイナス)で推移しており、対内投資の手控えは抑制されている(第Ⅰ-2-2-1-22図)。なお、経済・金融に関する不透明感は、2015年以前と比較して高い水準にあるものの、国民投票直後に比べるとその大きさは半減しており、M&Aの増減見込みについては、2015年第3四半期の水準にまで回復しているとのアンケート調査も見られる(第Ⅰ-2-2-1-23図、第Ⅰ-2-2-1-24図)。
第Ⅰ-2-2-1-22図 英国の金融収支
第Ⅰ-2-2-1-23図 金融経済に関する不透明感(英国CFOに対する調査)
第Ⅰ-2-2-1-24図 英国におけるM&A増減見込み(英国CFOに対する調査)
ただし、住宅価格については、外国人による投資の多いロンドンの高級不動産を中心に、既に伸びが鈍化している(第Ⅰ-2-2-1-25図)。
第Ⅰ-2-2-1-25図 英国の住宅価格伸び率
④個人消費
EU離脱投票以前より、EU離脱が決定した場合には、単一市場の離脱により被る経済的ダメージと先行き不透明感を背景に通貨ポンドが下落し、輸入価格の上昇を通じて消費者物価を押し上げ、個人消費が冷え込む可能性が懸念されていた。
実際の動きを確認すると、予想に反して好調な経済を背景に、個人消費は2016年第4四半期まで堅調である(前掲、第Ⅰ-2-2-1-17図)。
ただし、消費者の購入意欲は、消費者物価上昇率の加速が見込まれる時期に顕著に低下している(第Ⅰ-2-2-1-26図)。通貨ポンドの下落と原油価格の持ち直しを背景に消費者物価上昇率が加速する中(第Ⅰ-2-2-1-27図、第Ⅰ-2-2-1-28図)、実質賃金は2016年末より低下しており(第Ⅰ-2-2-1-29図)、個人消費は次第に鈍化していくと見られている。
第Ⅰ-2-2-1-26図 購入消費額とインフレ見込み(英国の被雇用者)
第Ⅰ-2-2-1-27図 英国の消費者物価上昇率
第Ⅰ-2-2-1-28図 英国ポンドの推移
第Ⅰ-2-2-1-29図 英国における実質賃金の推移
2.BREXIT概要及び背景
2016年6月に英国で行われたEU離脱国民投票の結果は、離脱支持51.9%、残留支持48.1%となり、離脱派が勝利した。英国のほかにも、反EUや反体制を唱える勢力が欧州各国で拡大している。
EUは、ヒト、モノ、サービス、資金の自由な移動を可能にしている。この枠組みを前提として、EU域内では、多国にまたがる製造業のサプライチェーンが構築され、国をまたいだサービスの提供と、高度人材を含む多様な人材の移動が行われてきた。英国では、EUから離脱することによって、こうしたビジネスの枠組みが一定のダメージを受け、GDP、一人あたりGDP、家計あたりGDPの減少をもたらし、税収も大幅に減少すると見られている。
投票前からこうした不利益が予想されていたにも関わらず、離脱支持者が残留支持者を上回ったのはなぜだろうか。
(1) EUに対するイメージと、移民の増加
欧州委員会によるアンケート調査(EUBAROMETER)から、EU加盟国における人々の意識の変化を確認することができる。
EU加盟国全体について見ると、各国において重要と考える課題として、「経済状況」及び「失業」を課題に挙げる割合は、2013年以降大幅に低下している。一方、移民の流入の増大を背景に、「移民」を挙げる割合は2014年後半以降急上昇した(第Ⅰ-2-2-2-1図)。
第Ⅰ-2-2-2-1図 国にとって重要と考える課題(EU全体)
また、EUに対するイメージをネガティブと捉える人の割合は世界経済危機以降上昇傾向にあり、さらに2015年後半から2016年前半にかけて、ポジティブに捉える人の割合が顕著に低下している(第Ⅰ-2-2-2-2図)。
第Ⅰ-2-2-2-2図 EUに対するイメージ(EU全体)
また、移民を重要課題とする比率と、EUに対するポジティブイメージを抱く人の比率の関係を見ると、2013年以前、「移民」はEUに対するイメージをどちらかといえば押し上げていたが(第Ⅰ-2-2-2-3図)、2014年以降では、EUイメージの下押し要因に転化した可能性がある(第Ⅰ-2-2-2-4図)。
第Ⅰ-2-2-2-3図 移民問題とEUイメージ(2006-2013)
第Ⅰ-2-2-2-4図 移民問題とEUイメージ(2014-2016)
次に英国について見ると、EU残留支持者は「景気」を重視する割合が非常に高かったのに対し、離脱支持者のうち「景気」を重視した者は僅かで、むしろEUからの「国家主権」回復と「移民問題」を重視する割合が顕著に高い(第Ⅰ-2-2-2-5図)。
第Ⅰ-2-2-2-5図 英国民がEU離脱投票時に最も重視したこと
英国における移民は増加傾向にあり、特にEU域内からの移民が2004年のEU拡大以降伸びており、2010年にはEU域外からの移民の数を上回っている(第Ⅰ-2-2-2-6図)。
第Ⅰ-2-2-2-6図 英国における外国人労働者数の推移
欧州委員会のアンケート調査(第Ⅰ-2-2-2-7図)によれば、英国民のうち「経済状況」を重要と考える人々の割合が低下する一方で、「移民」を重要と考える国民の割合は2014年以降上昇している。
第Ⅰ-2-2-2-7図 国にとって重要と考える課題(英国)
なお、英国民は元々独立心が強く、歴史的にも欧州統合の動きに対して懐疑的と言われ、通貨ユーロを導入せず、シェンゲン協定にも署名しない等、大陸欧州の国に比べて、EUから一定の距離を置いている。
前述の欧州委員会によるアンケート調査(第Ⅰ-2-2-2-8図、第Ⅰ-2-2-2-9図)によると、EUに対するイメージを「非常にネガティブ」とする人の割合は、英国では2000年代前半から一貫して10%を超え、EU全体からの回答と比較して、全体的にネガティブと捉える割合が高かった。これもEU離脱の支持者が多かったことの背景と言ってよいだろう。
第Ⅰ-2-2-2-8図 EUに対するイメージ(英国)
第Ⅰ-2-2-2-9図 EUに対するイメージ(各国)
(2)移民の流入が経済に与える影響
2014年以降、移民の急増により、EUに対するイメージが悪化した可能性を確認したが、地域ごとの投票結果を確認すると、EU離脱支持と実際の移民の割合とは関係が余り見られない(第Ⅰ-2-2-2-10図)。外国企業の割合については、同割合が高い地域ほどEU残留支持の割合が高く(第Ⅰ-2-2-2-11図)、外資企業立地など海外との関係が深い地域ほど残留を支持した傾向が見てとれる。
第Ⅰ-2-2-2-10図 非英国人割合と投票結果(地域別)
第Ⅰ-2-2-2-11図 外国企業割合と投票結果
外国人の就労者割合が最も大きいのは、セクター別では宿泊・飲料(第Ⅰ-2-2-2-12図)、職種別では単純作業(第Ⅰ-2-2-2-13図)となっている。
第Ⅰ-2-2-2-12図 英国の外国人労働者(セクター別)
第Ⅰ-2-2-2-13図 英国の外国人労働者(職業別)
一方、外国人就労者の人数で見ると、セクター別では健康・社会福祉、製造、卸小売等が多いが、職業別では、単純作業従事者などだけでなく、専門職、准専門職、高技能製造職など、技能が求められる職種も多いことが分かる。高技能な外国人労働者が多いことを背景に、出生国別の平均賃金については、英国人よりも高い国が多く見られる(第Ⅰ-2-2-2-14図)。
第Ⅰ-2-2-2-14図 英国における出生国別平均賃金(時間給)
移民による経済効果としては、高度な技術・技能を有し、受入れ国の標準語でのコミュニケーションが可能な人材を受入れることができれば、受入れ国の経済成長を促進し、自国労働者の社会保障負担を軽減し、財政安定化にも寄与するなどのよい影響をもたらすことが、多くの研究で確認されている63。
一方、英国のEU離脱派は、移民の増加は、公共サービスに対する負担を拡大し、また国民の賃金を抑制するといったネガティブな側面を主張したが、実際に移民の流入は賃金に対して影響を与えているのだろうか。
英国における非英国人労働者の数は2000年代に入り増加しているが、EUが東方に拡大した2004年以降は、EU域内出身者の増加が顕著であり(前掲、第Ⅰ-2-2-35図)、中でも東欧国籍の労働者比率は、2007年の1.4%から2016年には4%に増加している64。
従来、外国出身者の教育レベルは高く、外国出身者の平均賃金は英国生まれの者の賃金よりも高かったが、近年では、賃金水準が低い東欧出身の労働者の拡大等を背景に低下していることから、英国全体の賃金を押し下げている可能性がある。
一方で、英国全体ではなく、英国民の賃金に対する影響に関しては、多くの研究がなされている中で、賃金を抑制する効果は見られないとするものと、一部の労働者の賃金を僅かに押し下げる効果があるとするものがある。
イングランド銀行65によれば、移民割合の増加は、英国民の平均賃金に対して僅かにネガティブな影響を与えるにすぎない(10%の移民割合増加で平均賃金の低下は約0.3%)。職種別に見ると、低技能(semi/unskilled)サービス職種に対しては、英国民も含めて、他の職種に比べると相対的に大きな影響を与えるとされている。
※参考(イングランド銀行の分析)
四つの職種区分(低技能サービス、低技能生産、高技能生産、管理・専門)のうち、低技能サービス職種と高技能生産職種については、10%の移民割合増加は、それぞれ1.88%、1.68%の賃金低下という影響を生ずる。
なお、外国人と英国民の賃金の差により、外国人の割合が増えれば自動的に平均賃金は低下する(構成効果)。高技能生産職種に関しては構成効果が大きい(1.13%)ため、移民割合増加による影響(1.68%)のうち英国民の賃金への影響が占める部分は小さいが、低技能サービス職種については、賃金格差が小さいことから構成効果が小さく(0.54%)、上述の移民割合増加による影響(1.88%)の多くは、英国民の賃金低下を示唆する。
職種別に英国における外国人の人数と賃金の変化(2006年から2014年)を確認すると、低技能サービスにあたる職種では、外国人と英国民が、共に顕著に増加している(第Ⅰ-2-2-2-15図)が、上記イングランド銀行の分析を踏まえると、これらの職種では、移民割合の増加によって、英国民の賃金も抑制されていることになる。なお、移民割合が最も拡大した低技能管理・サービス職種について見ても、同割合の増大は11%であり、イングランド銀行の分析結果から試算すると、英国民の賃金低下は1%台にとどまる。
第Ⅰ-2-2-2-15図 英国における職種別の賃金と移民の増減(2006-2014)
なお、健康分野における専門職の賃金が大きく低下しているが、この分野は公的機関への就業者割合が大きいことから、移民の増大というよりは、むしろ、英国国民保健サービス(NHS)による医療費の抑制66などが影響している可能性がある。
63 萩原、中島(2014)から引用。
64英国国家統計局。
65Nickell - Saleheen(2015)
66①Gardian紙(2015年5月)http://www.independent.co.uk/life-style/health-and-families/health-news/nhs-nurses-see-their-wages-fall-over-the-past-year-while-senior-managers-enjoy-a-pay-rise-10268012.html
②みずほ銀行(2015年)。
(3)経済状況の悪化とBREXIT
前項では、近年の移民の流入が、BREXITに影響した可能性を確認したが、経済状況の違いは英国のEU離脱支持者の拡大に影響していないだろうか。
英国では、GDPが成長する一方で、実質賃金は伸び悩み(第Ⅰ-2-2-2-16図)、また所得格差は拡大している(第Ⅰ-2-2-2-17図)。
第Ⅰ-2-2-2-16図 ユーロ圏諸国と英国の実質賃金推移
第Ⅰ-2-2-2-17図 可処分所得に関するジニ係数(所得移転後)
地域別に見ると、EU残留支持率が高い地域ほど、2000年代における失業率が低下し(第Ⅰ-2-2-2-18図)、賃金の伸び率が高い(第Ⅰ-2-2-2-19図)。
第Ⅰ-2-2-2-18図 英国の失業率の変化と投票結果(地域別)
第Ⅰ-2-2-2-19図 英国の賃金伸び率と投票結果(地域別)
賃金の伸び率を見ると、賃金水準が高いロンドンと南東部、また北アイルランドとスコットランドは、賃金の伸びが大きい。なお、ロンドンと南東部では、水準が上位の階層の伸びが大きい一方で低位の階層の伸びが低く、格差が拡大している。
水準が高い階層の伸びが大きい地域が多いが、北東部、ウェールズ、北アイルランドでは同階層の伸びが低い。残留支持率が低かった地域では、水準が中位の階層の伸びが低い傾向がある。特に北東部では、中央値よりも高い60分位の階層の伸びが顕著に低い(第Ⅰ-2-2-2-20図)。
第Ⅰ-2-2-2-20図 英国の階層別賃金伸び率(地域別)
経済成長が低迷した地域では賃金の伸びが弱く、その中で一部の人々の不満が、反EUあるいはポピュリズムという形で噴出してきた可能性は否定できない。
3.英国における産業構造の変化と雇用
(1)製造業の縮小
一部の地域における経済状況の悪化の背景には、英国における産業構造の変化がある。英国では、新興国の競争力向上を背景に輸出が低迷し(第Ⅰ-2-2-3-1図)、製造業の付加価値は伸びておらず、また技術の進化を背景に、1990年代以降、製造業の雇用は大きく減少している(第Ⅰ-2-2-3-2図、第Ⅰ-2-2-3-3図)。
第Ⅰ-2-2-3-1図 輸出上位国の輸出推移
第Ⅰ-2-2-3-2図 製造業付加価値の推移
第Ⅰ-2-2-3-3図 製造業就労者数の推移
地域別に見ると、ロンドンなどは経済成長率が高いが、製造業への依存度が高かった地域では、製造業の雇用縮小を背景に、一人あたりGDPの伸び率や雇用の伸び率は顕著に低い(第Ⅰ-2-2-3-4図、第Ⅰ-2-2-3-5図)。
第Ⅰ-2-2-3-4図 英国地域の製造業割合と一人あたりGDP成長率
第Ⅰ-2-2-3-5図 英国地域の製造業割合と雇用伸び率
(2)雇用のサービスへのシフト
製造業の縮小により、英国のほとんどの地域で、雇用が製造業からサービス業へシフトした。サービス業の賃金は従来、製造業より低い地域が多く、製造業からサービス業へ移った労働者の多くは、賃金が低下した可能性がある(第Ⅰ-2-2-3-6図)。
第Ⅰ-2-2-3-6図 雇用の伸びに対する業種寄与度とサービス賃金(英国)
ドイツについてもほぼ同じことがいえるが、英国と比べると、製造業雇用の低下幅と、サービス業雇用の増加幅が小さい。ドイツでは、2000年代半ば以降、製造業が競争力を向上し付加価値を拡大しており、製造業からサービス業への雇用シフトの程度は英国に比べて抑制されているといえる(第Ⅰ-2-2-3-7図)。
第Ⅰ-2-2-3-7図 雇用の伸びに対する業種寄与度とサービス賃金(ドイツ)
次に、2000年以降の雇用の状況を職種別にドイツと比較する。
賃金水準が中程度の職種の就業者数は、両国において減少している。英国では、2000年代前半と比べて、2006年以降、減少の速度が大きく、年率3%程度の減少となっている。一方、ドイツでは減少幅は年率2%未満に抑制されている(第Ⅰ-2-2-3-8図、第Ⅰ-2-2-3-9図)。
第Ⅰ-2-2-3-8図 英国の職種別就業者数伸び率
第Ⅰ-2-2-3-9図 ドイツの職種別就業者数伸び率
次に業種と職種を合わせて見ると、上記(職業別の場合)と同様に、賃金が中程度の業種・職種において、英国では雇用が大きく低下しているものが多い(第Ⅰ-2-2-3-10図、第Ⅰ-2-2-3-11表)のに対し、ドイツでは逆に就業者数が増加しているものが複数ある(第Ⅰ-2-2-3-12図、第Ⅰ-2-2-3-13表)。
第Ⅰ-2-2-3-10図 英国の、業種・職種別の就業者数の変化
第Ⅰ-2-2-3-11表 英国の、就業者数の増減と賃金の変化
第Ⅰ-2-2-3-12図 ドイツの、業種・職種別の就業者数の変化
第Ⅰ-2-2-3-13表 ドイツの、就業者数の増減と賃金の変化
一方、両国に共通する点も多い。例えば、少子高齢化を背景として健康関連業種の就業者数が増加し、世界経済危機を契機として不動産業種は減少している。
製造業に関しては、就業者数は単純作業職種で減少し専門職種で増加している。また就業者数が増加している職種では賃金も増加している。機械化やIOTといった技術の進化によって単純作業が機械化される一方で、IT人材のほか、高度な能力を必要とする人材が必要とされていることの表れと見てよいだろう。
サービスセクターに関しては、専門職種と単純作業職種で就業者数が増加している。ただしこれらの中には、就業者数が増えても賃金が減少しているものがみられる。
先進国では技術の進化を背景に求められる人材が変化しており、英国、ドイツともに製造業の単純作業労働者がサービス業にシフトしている。また、サービス業の賃金は製造業を下回るケースが多く、製造業からサービス業へ移動した労働者は収入の低下を余儀なくされる可能性が高い。製造業の縮小の程度が大きかった英国では、この傾向が顕著あったことから、国民の格差拡大の背景となった可能性が考えられる。
4.英国の産業政策
(1)製造業の強化
世界経済危機により金融を中心とするサービス業が大きな打撃を受けたことを背景に、英国の産業政策は、縮小傾向にあった製造業を再び強化する方向に変化している。2013年には、長期的な持続的経済成長と耐性のある経済を実現するためには製造業の強化が必要不可欠、とする報告書(「The future of Manufacturing」)が発表された。同報告書によれば、製造業は、製造と販売だけでなく、研究開発、商品設計、アフターサービスなど、付加価値の高い関連サービスを含むバリュー・チェーンで構成されるものであり、今後、ますます知的資源や顧客との関係、また企業間や業種間の連携、速やかな技術開発、また高技能人材が求められるとされている67。
産業を強化するための取り組みとしては、「カタパルト・プログラム」がある。英国が大学等における研究に強みを有する一方で、研究成果が十分に実用化・応用化されていないとの認識を踏まえ、同プログラムは、研究成果を産業界へ橋渡しするとともに、実証実験のための最新鋭の設備を企業に提供する拠点を形成するものとして2011年に開始された68。同プログラムの11分野のうち「高付加価値製造業」を対象としたカタパルト・センターは、国内に7拠点69を展開し、2016年までに、中小企業1700社を含む民間企業に対する支援を行っているほか、1800を超える協力プロジェクトの中には、海外企業との協力事例も見られる70。
67 Government Office for Science, UK (2013).、日本貿易振興機構(2016)。
68 津田(2017)。
69 先進成型、先進製造、加工イノベーション、製造技術、複合材料、原子力先進製造、ウォーリック大学製造グループ。
70 HVM Capapultウェブサイトより。
(2)イノベーションと外国人材
英国は、発明・発見では世界のトップクラスの一角を占めるといわれ、イノベーションの環境や成果を総合的に加味した指標71の順位は世界で3位と高い。
イノベーションに貢献する要素としては、高度外国人材の受入れのほかに、インフラ、科学技術学生割合、ベンチャー投資比率、など複数が考えられるが、英国については、他の主要国と比べて外国資金による研究開発割合が高いことと大学に関する評価が高いことが特徴的である(第Ⅰ-2-2-4-1図)。
第Ⅰ-2-2-4-1図 イノベーション上位国の要素バランス
同国では、世界的に評価の高い大学が多く、研究における国際協力が強みの一つであるが72、加えて、多様な国籍の人材や文化を受入れるオープンな文化を背景に、外国人が多く流入しており、研究開発に携わる外国人スタッフや(第Ⅰ-2-2-4-2図)、科学技術関連分野の留学生が非常に多い。科学技術関連分野における留学生割合が高い国はイノベーションスコアが高い(第Ⅰ-2-2-4-3図)が、多様な人材・知識労働者の集積はイノベーション活動の生産性を上昇させると言われており73、同国のイノベーションの高さが外国からの資金や人材を呼び寄せているだけでなく、高度外国人材の受入れが、さらにイノベーションを加速している可能性が示唆される。
第Ⅰ-2-2-4-2図 英国の大学スタッフに占める外国人割合
第Ⅰ-2-2-4-3図 欧州の大学における留学生割合とイノベーション
また、高度外国人材の受入れによる効果は、イノベーションに限らない。英国の大学の代表機関であるUniversities UKによれば、英国における大学収入の14%以上が留学生の学費で構成されるほか、大学内外における消費も含めると、留学生は258億ポンドの総生産、138億ポンドの総付加価値を生み出しており74、同国の留学生受入れは、大学の収益拡大等を通じて地域経済に貢献しているとのことである。
製造業をはじめとする産業の強化のためには、イノベーションの維持・強化が必須である。EUとの交渉の行方は不透明であり、高度人材のみの受入れ実現については疑問が残るものの、英国経済にとって、イノベーションとそれを支える要素である高度外国人材の重要性は引き続き大きい。
71 ここではグローバルイノベーションインデックス。
72 英国政府(2017年2月)「The United Kingdom’s exit from and new partnership with the European Union」。
73 藤田(2005)、「日本の産業クラスター」、『アジアとその他の地域の産業集積比較―集積発展の要因―』Chapter2、アジア経済研究所。
74 Universities UK(2017年3月)「The Economic Impact of International Students」。
(3)国全体の成長促進
英国政府は、2017年1月に新産業戦略に関するグリーンペーパー75を発表した。同グリーンペーパーは、議論のたたき台として、同国の産業政策の大まかな方針が分かりやすくまとまっている。
これによると、英国の主な課題は国内格差と低い労働生産性(第Ⅰ-2-2-4-4図)等とされており、産業戦略に含まれる10本の柱のうち多くが、地域格差の縮小に対し一義的若しくは二義的に貢献することを期待したものとなっている。以下では、このうち地方経済の振興を一義的な目的とした柱「国全体の成長促進」に含まれる4項目と関連する施策について紹介する。(なお、この4項目はそれぞれ、本グリーンペーパー内の別の柱にも含まれている。)
第Ⅰ-2-2-4-4図 主要国の労働生産性(労働時間あたりGDP)
①戦略的なインフラ投資による地方のコネクティビティ支援
地域がつながることにより、厚みのある労働市場と、大きな経済規模と、高い経済成長と高い生活水準が期待される。英国の輸送インフラは他国と比較しても弱く、また一部の地域ではさらにそれが致命的な課題となっていることから、政府は地方における輸送インフラ改善に向けた投資を拡大する(以上、グリーンペーパー)。
経済状況が相対的に悪い北部地域では、2014年以降、政府と地方自治体により、様々な取り組みが行われている。
「Northern Powerhouse」は、北部地域76全体の持続的な生産性向上を目的として、北部の都市や町を結びつけ、強みを共有することによって、北部経済の潜在性を解き放つためのビジョンとされる。技能教育への投資、イノベーションへの投資などが進められる中で、最も重点を置かれている取り組みは、輸送インフラの整備である。輸送インフラを整備し、地域に広がる主な都市を結びつけ、また地域外の都市との移動時間を短縮することによって、地域全体としての競争力を向上させることが期待されている。
76 公式な定義はないが、イングランド北東部、イングランド北西部、ヨークシャー・アンド・ハンバー地方を対象とすると説明されている(自治体国際化協会ロンドン事務所(2017年1月))。
②国全体における技能水準の向上
グリーンペーパーによれば、人材不足が地域の生産性格差につながっているとして、基礎的技能水準の向上、技術教育改革、STEM(Science、Technology、Engineering、Mathematics)人材不足対策、産業別技能ギャップ対策等を行う。また、地元企業に就職する卒業生の確保や、修習生に対する訓練に関する規定策定の支援などを行う(以上、グリーンペーパー)。
これらのうち、特に人材不足が著しい技術者の育成に関しては、修習生の数の大幅な拡大77を期待した技術教育改革が始まっている。
雇用主を主体とするInstitute for Apprenticeship78を中心とする技術教育改革の枠組みは、対象年齢を16才以上とし、企業ベースの課程とcollegeベースの課程が相互に連携した形を取る。雇用主を主体とするパネルが、訓練・教育内容など関連する標準の策定などを主導し79、訓練・教育内容の重点は、地域産業のニーズを反映する形で地域ごとに自律的に決定される。なお、企業ベースの課程の財源とするため、2017年4月より、新たに修習訓練税が全ての雇用主に賦課されている。
また、各地に設けられるInstitute of Technology80は、主に高等教育レベル(ISCEDレベル4-581)を対象として、地域の産業ニーズに沿う形で質の高い技術教育課程を提供するとされている82。
77 2015年から2020年の間に養成訓練の受講を開始する人を300万人にする(2015/16年度509,400人)。
78 2017年4月設立。2018年4月からは、責任範囲が企業ベースの課程に加えcollegeベースの技術教育にまで拡大する予定(英国教育省「Apprenticeship Reform Programme」(2017年3月)。
79 英国政府「16才以上に対する技能計画」(2016)。
80 新たな組織の設立だけでなく既存組織の変更も含む模様。
81 国際標準教育分類におけるレベル3(15-16歳若しくは中等教育を修了した者を対象とする、より専門的な教育)から、レベル5(Tertiary educationの第一段階)。
82 政府によるInstitute of Technologyの構想に対しては、効果を疑問視する声がある一方で、大手民間企業ダイソンは、政策に賛同する形でInstitute of Technologyの設立を決定(2017年秋に設立予定)。
③地方における科学・イノベーションの強みに対する投資
グリーンペーパーによれば、ゴールデントライアングル(オックスフォード、ケンブリッジ、ロンドン大学)だけでなく、他の地域の研究・イノベーションを強化するため、国内全土にある世界レベルの研究・イノベーションクラスターを支援する新たな資金の流れをつくる。地域産業への技術移転や企業との連携に対する大学の協力促進に投資する。知的財産の効率的な商業化と地域経済の成長に貢献するため、知的財産事務所を、Northern PowerhouseとMidlands Engineなど国内の主な都市83に設置するとされている。
83 Northern Powerhouse、Midlands Engineについては試験的に開始する。
④セクターと地域を統合する適切な機関の創設
イングランドでは、地方自治体への権限委譲に加え、地域社会・地域住民への権限委譲が重視されており84、地方自治体と企業と地域住民からなる「地域産業パートナーシップ(LEP)」や、複数の地方自治体で構成される合同行政機構(Combined Authorities)85が、地域の経済振興施策の実施に大きく関与している。
今回のグリーンペーパーは、こうした前政権からの地方分権の方向性を基本的に踏襲するものと見ることができるが、加えて、更に効率的な経済振興施策の実施を目指し、投資における優先分野の見直し、各関係機関の立地や役割の見直し、各関係機関と民間セクターの連携の改善、大学間のネットワークの支援などを行うとしている。
84 大塚大輔(2013年)、「英国における地方分権の進展―地域主権法の制定」、『都市とガバナンス』第18巻。
85 2017年4月時点で、39の地域産業パートナーシップと、7の合同行政機構が設立されている。The LEP Networkウェブサイト、Local Government Associationウェブサイト。
https://www.lepnetwork.net/news/2017/lep-network-industrial-strategy-response/
http://www.local.gov.uk/topics/devolution/combined-authorities
(4)まとめ
英国政府は、BREXITの決定以前から、縮小傾向にあった製造業を改めて強化する方向にあり、その中で、人手不足が顕著な高度技術者の育成を含む教育システムの改革を開始している。また、地方における交通インフラの整備やイノベーション環境の改善に重点を置き、地域格差の縮小に取り組んでいる。
EUを離脱することが決定した今、一定の経済的なダメージが想定され、またEU離脱後に対する不透明感が高い中で、国内の強みを強化することは、同国にとっては以前にも増して切実な課題となっている。また、製造業の縮小を背景に、製造業から低賃金のサービス業にシフトした労働者を中心として、経済状況の悪化がEU離脱の背景となった可能性を踏まえると、国全体の成長を図ることもまた重要性が増している。一方で、新興国の競争力向上や人材不足に悩む先進国にとって、イノベーションの強化や人材の育成は英国と同様に重要である。また、我が国に関しては、経済成長が低迷する中で、地方経済や中小企業の活性化によって国全体の成長率を底上げすることが期待されており、英国の一連の取り組みは参考になる面があるのではないだろうか。
5.欧州の金融リスク
(1)概要
欧州が抱える大きなリスクの一つとしては、金融リスクが挙げられる。ここでは最初に欧州の金融機関が抱えているリスクについての概要を述べた上で、特に懸念されているイタリア、ドイツ、ギリシャについて詳しく述べていく。
世界銀行のデータベースによれば、不良債権比率の世界平均は2016年時点で3.91%であるが、欧州の多くの銀行が平均値を超えており、特にイタリアの銀行はモンテ・パスキ(45.1%)をはじめとして世界の平均を大幅に超えている銀行が多い。また、スペインのバンコ・ポピュラール86についても2012年は13.6%であったが、2016年には22.2%となっており、不良債権比率が拡大傾向の銀行が多いことも懸念事項となっている(第Ⅰ-2-2-5-1図、第Ⅰ-2-2-5-2図)。
第Ⅰ-2-2-5-1図 各行の不良債権比率①
第Ⅰ-2-2-5-2図 各行の不良債権比率②
欧州銀行監督機構(EBA)が2016年7月29日に行った、欧州の銀行51行を対象とした健全性審査(ストレス・テスト)においても、経済へのショックが3年間続いた場合にはモンテ・パスキは中核的自己資本比率(CET1比率)が-2.4%になるとされており、アイルランドのアライド・アイリッシュ銀行についても規制当局が定める最低水準の4.5%を下回る結果となった(第Ⅰ-2-2-5-3図)。
第Ⅰ-2-2-5-3図 逆境シナリオにおける資本水準(CET1)比率
各行のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の水準に関しても、ポルトガル商業銀行、モンテ・パスキが危険水準と言われている400bp付近となっており、そのほかバンコ・ポピュラールやウニクレディトについても要注意水準と言われている200bpに近い値となっている(第Ⅰ-2-2-5-4図)。
第Ⅰ-2-2-5-4図 各行のCDS (5年物)スプレッド推移①
また、CDS等のリスク指標については欧州の選挙の状況にも密接に関わっており、フランス大統領選挙で金融市場寄りの政策を掲げる中道系独立候補のエマニュエル・マクロン氏が優勢との見方が強まった4月下旬においては、大幅に下落しているものの、今後の政治状況によってはリスクが再び拡大する可能性がある(第Ⅰ-2-2-5-5図)。
第Ⅰ-2-2-5-5図 各行のCDS (5年物)スプレッド推移②
CDS等のリスク指標を国全体でみた場合にはデフォルトの危険性があるギリシャが780bpと突出して高い値となっている。また、イタリアについても112bpとなっており、20bp台の英国やフランスと比較すると非常に大きな値となっている。国債利回りについても、ギリシャは6.4%台となっており、2%台のイタリアや1%台の英国と比較して非常に大きい値である(第Ⅰ-2-2-5-6図、第Ⅰ-2-2-5-7図、第Ⅰ-2-2-5-8図)。
第Ⅰ-2-2-5-6図 各国のCDS (5年物)スプレッド推移①
第Ⅰ-2-2-5-7図 各国のCDS (5年物)スプレッド推移②
第Ⅰ-2-2-5-8図 欧州各国の国債利回り推移
他方で株価指数については、銀行の株価が大幅に下がっているイタリアが欧州主要国の中では最も低く、ギリシャは株価に関しては昨年初めよりも高い値となっている。他方でイタリアに関してもモンテ・パスキの救済が決まったことなどを受けて、足下では株価水準が戻りつつある。(第Ⅰ-2-2-5-9図)
第Ⅰ-2-2-5-9図 欧州各国の株価指数推移
86 2017年6月7日に、ECBによって破綻認定が行われた。
(2)イタリアの金融不安
先述したとおり、イタリアはモンテ・パスキをはじめとして不良債権比率が高い銀行が多く、イタリア国内銀行の不良債権の総額はイタリア中銀公表ベースで3600億ユーロ、不良債権比率は18%にのぼるとされている(第Ⅰ-2-2-5-10表)。
第Ⅰ-2-2-5-10表 イタリアの主要銀行の資産規模・不良債権比率(10億ユーロ)(2015年決算)
不良債権比率が突出して高いモンテ・パスキは、2013年に欧州委員会より最大30億ユーロの増資を柱とする再建策が承認され、欧州委は厳しく経費を削減し、自力で資本を増強するよう求めていた。また、2014年にも欧州中央銀行(ECB)がストレス・テストで21億ユーロの資本不足を指摘していたが、状況が改善されず2016年12月下旬には同行への公的支援が閣議決定された。2017年2月に、イタリア議会は銀行業界再編の取り組みの一環として、モンテ・パスキをはじめとする経営難の金融機関に最大200億ユーロを注入する法案を可決した。
また、モンテ・パスキだけでなく、同年3月23日にはECBが期間4年の貸出条件付き長期資金供給オペ(TLTRO)でイタリア第二位のインテサ・サンパオロ、第一位のウニクレディトにそれぞれ120億ユーロ、240億ユーロの貸し出しを行っており、引き続き注視が必要な状況である(第Ⅰ-2-2-5-11図、第Ⅰ-2-2-5-12図)。
第Ⅰ-2-2-5-11図 イタリア金融機関の株価指数推移
第Ⅰ-2-2-5-12図 イタリア金融機関のCDS (5年物)スプレッド推移
その他、今後懸念されるリスクとしては資産価格の低下が挙げられる。イタリアは欧州の中でも住宅価格の下落率が高く、不良債権問題の更なる悪化を招く可能性が考えられる(第Ⅰ-2-2-5-13図)。
第Ⅰ-2-2-5-13図 住宅価格上昇率
(3)ドイツ銀行リスク
ドイツ銀行はドイツの最大手行であるが、2016年に入って急速にリスクが高まっている銀行の一つである。まず、2016年1月下旬にドイツ銀行が2015年の決算について、グローバル・マーケット部門(投資)の収益減少などが要因で過去最大の68億ユーロの赤字になったと発表し、これを受けてムーディーズなどの格付けも下落した(第Ⅰ-2-2-5-14図、第Ⅰ-2-2-5-15図、第Ⅰ-2-2-5-16図)。
第Ⅰ-2-2-5-14図 ドイツ銀行の経常収支推移
第Ⅰ-2-2-5-15図 ドイツ銀行の項目別収入推移
第Ⅰ-2-2-5-16図 主要格付機関のドイツ銀行格付推移
過去最大の赤字決算を受けて、ドイツ銀行が発行しているCoCo債87の利払い延期の可能性を恐れた投資家は、2月上旬に株式を売却し、株価は大幅安となった。
先述した欧州銀行監督局(EBA)が2016年7月下旬に発表したストレス・テストの結果においても、ドイツ銀行のCET1比率は逆境シナリオで7.8%になるとされた。規制当局が定める最低水準の4.5%は上回ったものの、ストレス・テストを行った欧州の51行中42位となった。また、レバレッジ比率88は世界の大手行の中でも最低レベルとなっており、現状の規制当局の定める最低水準の3%が今後引き上げられる可能性が高く、その場合にはレバレッジ比率を改善する必要がある(第Ⅰ-2-2-5-17図)。
第Ⅰ-2-2-5-17図 世界の大手行のレバレッジ比率
更に2017年4月20日には、米連邦準備理事会(FRB)はドイツ銀行が銀行の自己勘定取引を規制するボルカー・ルールの順守に問題があったなどとして、1億5660万ドル(約170億円)の制裁金を求めている。この他にも、インターバンクレート不正、外貨不正取引、ロシア・英国株式不正取引疑惑等、多数の訴訟案件を抱えており、今後は法務関連費用が更に増加し、増資する必要が出てくる可能性もある。
他方で2017年1~3月期決算では、最終利益は前年同期の2.4倍の5億7500万ユーロ(約690億円)となっており、リストラや非中核部門の縮小などによる経費削減によって、懸念は一服感が出てきている(第Ⅰ-2-2-5-18図)。しかしながら、マイナス金利が続く中、今後は資金力に余裕が無くなってくることにより、ドイツ銀行の収益の柱である法人業務やトレーディングにおいてリスクのある行動が取りづらくなることも想定される。その他、ドイツ銀行は中国をはじめとする新興国の銀行へも株式出資しているため、売却面におけるリスクも抱えており、今後とも注視が必要である(第Ⅰ-2-2-5-19図)。
第Ⅰ-2-2-5-18図 ドイツ銀行の財務データ
第Ⅰ-2-2-5-19図 保有株式の中の新興国関連株
我が国における影響度については他国ほど高くはないものの、ドイツ銀行が世界に与える影響は世界の銀行の中でも高い水準にあるためドイツ銀行のリスクについては、他国の金融機関へと波及を起こす可能性が高い(第Ⅰ-2-2-5-20図)。
第Ⅰ-2-2-5-20図 ドイツ銀行の他行との連関性の強さ(線の太さが連関の強さを示す)
87 CoCo債とは、偶発転換社債とも呼ばれ、制限条項が付いた転換社債。発行体である金融機関の自己資本比率が予め定められた水準を下回った場合や公的資金が注入される場合等において、利払い停止、元本の一部または全部が削減、あるいは強制的に株式に転換されるなどの仕組みを有している。ドイツ銀行のCoCo債残高は5,500億円程度、世界全体で10兆円を超える。
87 レバレッジ比率とは、バーゼルⅢで導入されている新たなリスク指標である。リスク・ウェイトによる調整を行わない非リスクベースの指標であり、リスクベースの指標である自己資本比率を補完するもの。自己資本比率におけるTier 1を非リスクベースのエクスポージャーで除して求める。
(4)ギリシャの債務危機
ギリシャは2017年7月に90億ユーロ近い国債償還を迎えることとなっており、これを返済するためにはユーロ圏諸国、IMFやECBの援助が必要不可欠な状態である(第Ⅰ-2-2-5-21図)。4月7日に行われたユーロ圏財務相会合において、ギリシャへの支援融資に関する交渉を加速させる方針を決定しているが、期限までに債権団との間で構造改革等に関する調整がつくか注視が必要な状況である。
第Ⅰ-2-2-5-21図 ギリシャ政府債務残高(満期)
2016年の財政収支は0.04%と2015年の-3.36%と比較して改善されたものの、未だに財政目標の達成にはほど遠い状況である(第Ⅰ-2-2-5-22図)。また、政府総債務残高(対GDP比)も欧州の中では突出して高い値となっており、IMFも債務の見直しや改革を要求している(第Ⅰ-2-2-5-23図)。
第Ⅰ-2-2-5-22図 欧州各国の財政収支(対GDP比)
第Ⅰ-2-2-5-23図 欧州各国の政府総債務残高(対GDP比)