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  7. 第Ⅰ部 第3章 第1節 長期の人口動態と経済成長

第Ⅰ部 第3章 世界経済の長期的展望

第1節 長期の人口動態と経済成長

1.政策の選択にも影響を与え得る人口推計

国の産業構造や経済発展の動向には様々な要因が影響しており、天然資源などに代表される人為的には変えることができない条件は重要な要素となる。一方で、人口は、効果を計測することは困難であるものの、出産・育児に関する給付金や移民政策等の政策対応によってある程度の影響が与えられるという意味において、重要な要素の一つである。人口構成において、労働力人口や高齢人口などの代表的な年齢層の比率の各国間での違いは、家電製品などの耐久消費財需要、旅行などのサービス需要、住居などの固定資産需要、債券や株式といった金融資産需要などに幅広く影響をもたらす。

経済成長への影響という観点からは、特に我が国で顕著であるとおり、労働力人口のすう勢的な減少は、企業での退職年齢の引上げを推奨するといった政策対応がなければ、労働投入量を増やしていくことが難しくなる等といった直接的な影響は避けられない。人口構成の変遷を表す人口動態がもたらす影響は多面的であり、長期的な経済のすう勢を見通していく上で需要である。また、そうした多面的かつ長期的な影響があるゆえに、人口動態が経済政策の選択に対して及ぼす影響も大きく、人口予測が果たす役割は重要である。

一般的に、人口予測は主として三つの要素から構成されており、それらは女性が産む子供の数を示す出生率、人々の平均余命を示す死亡率、そして国家間の人の移動を示す移民である。これらの構成要素は、前提の置き方によって結果の数値に幅が出てくることから、その組み合わせの結果として算出される人口予測も、同様に幅のある結果が出てくるとの性質がある。それを踏まえ、代表的な人口推計である国連経済社会局による推計と、前提となるデータが入手可能なワシントン大学健康指標評価研究所の推計を比較する。両者の推計結果の差異は、任意の国の人口動態を他国の類似局面での経験を参考にして推計するのか(国連経済社会局の手法がこれにあたる)、人口推計の主たる三つの構成要素のそれぞれについて関連すると考えられる他の指標の推移を基にして推計するのか(健康指標評価研究所の手法がこれにあたる)などの違いによって生じる(第I-3-1-1表)。

第Ⅰ-3-1-1表 人口推計の手法比較
人口推計の手法比較の表

出生率については、国連経済社会局の推計では、出生率の水準を三つの局面に分類し、任意の国の人口を同じ局面にあった他国の動向を用いて推計している。他方、健康指標評価研究所の推計は、任意の国の出生率を推計する際に、学歴や避妊需要等を用いており、後述するように、女性の社会進出によって出生率が低下することが指摘されている。

死亡率の推計については、平均余命(任意の年齢時点における余命)に関する前提の置き方が重要であり、特に出生時平均余命(すなわち寿命)に関する前提が重要である。前提の置き方について、特に重要であると考えられる要因の一つは医療である。具体的には、本節で用いている2019年改定版の国連経済社会局による人口予測においては、死亡率を推計する要因として、感染が特に深刻である地域におけるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染状況と、その治療のための多剤併用治療(Antiretroviral Therapy: ART)の普及動向に関するデータが用いられている。他方、健康指標評価研究所では、世界各国の疫学情報をデータベース化するプロジェクトであるGlobal Burden of Disease(世界各国の傷病情報等を収集し、医療システムの改善を目指すプロジェクト)の情報を用いて死亡率を推計している。総じて、死亡率は、医療の普及動向に影響を受けることが指摘されている。

移民については、国連経済社会局の推計では、国際情勢等の急激な変化等によって、移民の動向は変化しやすいことから、その動向を予測することが困難であることや、歴史的に見て移民の数は各国の総人口に占める割合が小さいこと等を背景とし、予測期間の大部分において移民数は一定になるとの前提を置いている。ただし、そうした前提はありながらも、移民の推計には、各国が報告する移民純増減(受入れと送り出しの差)、労働移民のデータ、公的文書に記録が残らない形の移民に関する推計データ、難民の移動動向、受入れ国において生まれる移民の子の数といった情報が用いられている。他方、健康指標評価研究所では、国連経済社会局の推計と同様に紛争や自然災害による死者数の他に、社会人口統計学的特性指数(Socio-demographic Index: SDI)を移民の推計に用いている。社会人口統計学的特性指数は、国民一人当たり所得、平均学歴、出生率について、それらの各国の順位を平均して一つの指標とした指数である。以下で議論するとおり、国連経済社会局が用いる労働移民と、健康指標評価研究所が用いる社会人口統計学的特性指数に含まれる学歴といった要因に共通するのは、特に高度技能を持った労働移民や、高度な知識を持つ大学院の留学生の受入れは、移民政策等の政策対応によって一定程度の影響を受けるという点である。すなわち、移民の動向については、移民政策も重要な要因であることが、国連経済社会局と健康指標評価研究所の推計手法から示唆されている。

こうした前提となる要素の推計手法の違いにより、両者の人口推計は異なった結果を示している。

上述の推計手法の違いを踏まえて、両者の結果を比較する(第I-3-1-2図)。増加のペースに違いはあるものの、出生時平均余命(すなわち平均寿命)は時間の経過とともに増えていくとの推計結果は両者に共通である(同左図)。明示的な説明はなされていないものの、平均寿命の長期化の背景には、上述の死亡率の前提についての説明から示唆されるように、医療の普及などがあると見られる。一方で、両者で特徴的な違いが見られるのは出生率の推移である(同右図)。時間の経過とともに線形もしくは凹型のペースで低下していくということは共通しているものの、人口の増減が均衡するとされる出生率である人口置換水準の2.10を下回る時期は、国連経済社会局の推計では2070年であり、健康指標評価研究所の推計では2034年と比較的に早期となっている。健康指標評価研究所の推計では、女性による社会進出の代理変数として避妊需要が高まることを想定しており、それによって出生率が比較的早期に人口置換水準を下回るとされている。

第Ⅰ-3-1-2図 出生時平均余命(左図)と出生率(右図)
出生時平均余命(左図)と出生率(右図)のグラフ

また、両者の推計に共通している出生率のすう勢的な低下の見込みが、特に足下の新型コロナウイルスの感染拡大によって、想定されているよりも早いペースで進展していくことも懸念される。我が国における人口動態調査の結果によれば、2020年における人口千人当たりの出生数は6.80人、中国の国家統計局によれば、同国の2020年における人口千人当たりの出生数は8.52人であり、近年の減少が加速している傾向と比較するとしても、現段階では特に新型コロナウイルスの影響と見られる特異な結果にはなっていないように見える(第Ⅰ-3-1-3図)。しかし、新型コロナウイルスの感染については、それが世界的に深刻化した2020年初頭から既に二年が経過しているが、ウイルスの変異によって断続的に感染拡大が続いており、収束とは判断できない状況が続いている。こうした状況が更に長期化すれば、外出制限により出会いの機会が減少するほか、労働市場の正常化にも影響が及び、引いては家計の所得環境にも影響を及ぼすことで、家族計画に影響することも考えられる。新型コロナウイルスのまん延が、人口に対する影響を通じて、長期的な経済成長の動向にも影響する可能性には留意が必要である。

第Ⅰ-3-1-3図 我が国と中国の人口千人当たりの出生数
我が国と中国の人口千人当たりの出生数のグラフ

上述の違いを踏まえた上で人口推計の結果を比較すると(第I-3-1-4図)、国連経済社会局による推計では人口が増加していき、予測期間の終点である2100年には世界の人口が108.8億人になることが予測されている。一方で、健康指標評価研究所の推計では、女性の教育機会の改善と社会進出によって出生率が比較的早期に人口置換水準を下回るとの前提があることから、世界の人口は2065年の97.3億人でピークとなり、予測期間の終点である2100年には87.9億人へ減少していることが予測されている。

第Ⅰ-3-1-4図 世界の人口推計
世界の人口推計のグラフ

一方で、両者の間には人口などの定量的な結果に差異はあるものの、定性的な面からの共通点が見られる(第I-3-1-5表)、(第I-3-1-6表)。具体的には、予測期間である2100年まではインドが中国を抜いて世界最多の人口を擁する国となる、人口が多い国を順番に並べると上位10か国にアフリカ地域の5か国が入ることになるなど、インドとアフリカの人口増加が顕著である、我が国の人口は予測期間の終点である2100年には2020年に比較して4~5割程度も減少している、などといった点が挙げられる。これらの人口推計が示唆している定性的な結果が、どのような影響を持ち得るのかについて以下で議論する。

第Ⅰ-3-1-5表 世界の人口、人口変化数、人口変化率ランキング(国連推計)
世界の人口、人口変化数、人口変化率ランキング(国連推計)の表

第Ⅰ-3-1-6表 世界の人口、人口変化数、人口変化率ランキング(健康指標評価研究所の推計)
世界の人口、人口変化数、人口変化率ランキング(健康指標評価研究所の推計)の表

2.労働力人口と経済成長

人口動態における主要な指標の一つとして、生産年齢人口(15-64歳)が人口に占める割合が挙げられる。この年齢層に所属するようになると、就業をすることで所得が増加し、それによって家電製品などの耐久消費財を始めとして多様な消費需要が出てくるためである。

そのような例の一つとして統計面からの説明が可能であると見られるのは、我が国の人口動態と耐久消費財需要の推移である(第I-3-1-7図)。我が国においては、労働力人口比率は1950年から上昇を始め、2000年以降にすう勢的に低下し始めるまでは安定した推移となっていた(同左上図)。中間層(所得の上位20-80%を占める層と定義173)が占める所得割合を見ると、データが入手可能になる1980年から2000年までは、中間層が占める所得割合が、上位10%といった高所得層が占める所得割合をすう勢的に上回っていた(同右上図)。そうした中間層の所得シェアの推移により、ルームエアコン、カラーテレビ、乗用車といった耐久財の保有は、1980年代にそれらが一世帯につき一台は平均的に見て保有される状況が達成されていた(同左下図)。

第Ⅰ-3-1-7図 我が国の労働力人口比率(左上)、中間層所得割合(右上)、耐久財保有(左下)
我が国の労働力人口比率(左上)、中間層所得割合(右上)、耐久財保有(左下)のグラフ

上述のような我が国での耐久財の普及の経験は計量的な面からも説明される。具体的には、下図(第I-3-1-8図)は、総務省「家計調査」の二人以上の世帯のうち勤労者世帯のデータを用いて、消費支出の可処分所得に対する弾性値(可処分所得の1%の変化に対して消費支出が変化する割合を示す値で、図中では赤字下線で示されている)を、世帯主の年齢階級別に示したものである。それを見ると、本節の分析では、資産保有等の動向は考慮には入れていないものの、29歳までや30-39歳といった年齢階級の消費支出の同弾性値は、60-69歳や70歳以上といった高齢層に比較して高いことが示されており、比較的に消費意欲が高いことが示唆されている。後述するとおり、我が国のように高齢化の進展が顕著である国では、購買力が高い高齢層の消費を意識した企業戦略が重要である一方で、消費意欲が高い若年層も念頭におくことも重要であり、ひいては、我が国で若年層の増加が耐久財需要を創出した経験を踏まえれば、海外での若年層の想定した戦略も重要であることが示唆されている。

第Ⅰ-3-1-8図 可処分所得に対する消費支出弾性値(二人以上の世帯のうち勤労者世帯)
可処分所得に対する消費支出弾性値(二人以上の世帯のうち勤労者世帯)のグラフ

また、輸送機械産業での経験則として、一人当たり名目GDPが3,000ドルを超え始めると、その国では自動車を始めとした輸送機械の本格的な普及を意味するモータリゼーションが始まるとされている174。それを踏まえて、本節で取り上げる各国の一人当たり名目GDPの推移を見ると(第I-3-1-9図)、米国は1960年にはモータリゼーションのラインを超えており、日本と中国はそれぞれ1973年と2008年に同ラインを超えた。人口の増加が顕著な国を見ると、インドでは2026年に同ラインを超えることが予測されており、ナイジェリアでも2024年以降に持続的に同ラインを上回ることが予測されている。モータリゼーションが開始されるとの一人当たり所得の境界線はあくまで経験則ではあるものの、これらの国での動向が注目される。

第Ⅰ-3-1-9図 各国の一人当たり名目GDP
各国の一人当たり名目GDPのグラフ

実際に、上述の我が国の中間層における耐久財の普及について見た場合と同様の見方をすると、世界的に見た中間層(所得上位20-80%)が所得全体に占める割合は2000年以降に上昇しており、富裕層(所得上位10%)の同割合は2000年以降に低下している(第I-3-1-10図)。第I部第1章第1節において、新興国がグローバルなサプライチェーンに組み込まれていく過程で、主に先進国への輸出が増加したことで新興国の経済成長率が高まったことを述べたが、中間層の所得割合の増加は新興国の経済成長率の高まりと時期を同じくしている。こうした中間層の存在感の高まりによって、我が国が辿った形と同様に、耐久財の需要が高まっていくのかについて注目される。

第Ⅰ-3-1-10図 世界の中間層と富裕層の所得割合
世界の中間層と富裕層の所得割合のグラフ

長期的な推計で人口が上位であるインド、ナイジェリア、中国、米国において労働力人口比率を比較すると(第I-3-1-11図)、我が国のように同比率が人口の半数となる50%までの低下は見込まれていないものの、中国と米国では既にすう勢的に低下しており、インドでも2050年以降にすう勢的な低下が見込まれている。一方で、アフリカ地域の中でも特に人口が多くなると見込まれているナイジェリアでは、少なくとも予測値の存在する2100年までは、それらの国とは逆に同比率がすう勢的に上昇することが見込まれている。

第Ⅰ-3-1-11図 長期推計で人口が上位である国の労働力人口比率
長期推計で人口が上位である国の労働力人口比率のグラフ

上述のような労働力人口が経済成長のすう勢に与える影響は、先進国での経験を踏まえると重要であると見られる。下図(第I-3-1-12図)は、先進7か国(G7)において労働力人口比率と実質GDP成長率に対する労働の寄与を示している。それを見ると、時期的な違いはあるもののG7各国では労働力人口比率の低下が見られており、実質GDP成長率への労働の寄与が既往のピーク以上に高まることが困難であることが示唆されている。他方、人口の増加が顕著であるアフリカ地域の諸国においては、教育や職業訓練などといった人的資本の蓄積の動向などにも影響は受けるものの、ナイジェリアのように労働力人口比率がすう勢的に高まっていく国では潜在的な成長性が高いことが示唆されている。

第Ⅰ-3-1-12図 G7の労働力人口比率と実質GDP成長率への労働の寄与
G7の労働力人口比率と実質GDP成長率への労働の寄与のグラフ

一方で、上述のように労働力人口が経済成長に及ぼす影響も重要であるものの、以下でも述べるように中国やインドといった既に人口規模の大きい国や、ナイジェリアといった今後に人口の大幅な増加が見込まれている国では、人口規模に応じてインフラ需要が強まることも重要である。日本経済研究センターの試算によれば、特に中国の名目GDPは2033年に米国の水準を一旦は上回ることが予測され(2050年には再び米国が中国を上回ることが見込まれている)(第I-3-1-13図)、世界各国について長期の経済予測を発表している英国のCentre for Economic and Business Researchによれば、主要な先進国・新興国でも名目GDPが順調に増加することが見込まれている(第I-3-1-14図)。

第Ⅰ-3-1-13図 米国と中国の名目GDP
米国と中国の名目GDPのグラフ

第Ⅰ-3-1-14図 主要な先進国と新興国の名目GDP
主要な先進国と新興国の名目GDPのグラフ

いわゆる生活水準(リビングスタンダード)を計測する上ではGDP総額よりも一人当たりGDPが適切な指標ではある。実際に、いわゆる覇権国家175として知られている諸国の一人当たり実質GDPの歴史的な推移を見ると、英国は19世紀の初頭にはオランダを持続的に上回り、19世紀末から20世紀初頭にかけては米国が英国を持続的に上回り始めた(第I-3-1-15左図)。この側面から評価すると、中国の一人当たり実質GDPは米国とは依然として開きがある(同右図)。しかし、米中対立が深刻である現状を踏まえると、一国の生産規模として国力を測る上ではやはり名目GDP総額は重要な指標であり、中国の名目GDPが米国を上回るとの見通しが与える影響は注視すべきである。

第Ⅰ-3-1-15図 覇権国家の一人当たり実質GDP(左図)と、米国と中国の一人当たり実質GDP(右図)
覇権国家の一人当たり実質GDP(左図)と、米国と中国の一人当たり実質GDP(右図)のグラフ

173 中間層の定義に関する議論については、例えば篠崎(2015)を参照。

174 一般的な経験則として言われているため厳密な根拠はないものの、例えば廣田・湊・土井(2002)では、アジア諸国のモータリゼーションの発展段階の一つとして、自家用乗用車が高所得者層から中間所得者層への普及を見せる段階があり、一人当たりGDPが1000ドル~3000ドルの間では保有水準は急上昇する段階であるとしている。

175 渡辺、木村(2014)によれば、覇権国家とは「同じ文明圏における最強の国」と考えられ、最強とは最富であり、覇権を支えるのは軍事力であるとしており、ローマ、スペイン、オランダ、英国、米国を覇権国として例示している。

3.高齢化とシルバーマーケットの形成

前項では労働力人口を取り上げたが、人口動態においてもう一つの主要な視点が高齢化率(65歳以上の人口比率)である。この年齢層では、主な所得源が給与から年金に移行し、また家電製品といった耐久財が既に所有済みである場合が多いことから、消費活動などの生活様式が労働力人口に属していた時期とは異なってくると考えられるためである。先進国では既に高齢化率が上昇しており、発展途上国と低所得国でも今後の増加が見込まれ、国別で見ても水準に違いはあるものの高齢化率の上昇は世界的なすう勢であることが示されている(第I-3-1-16図)。

第Ⅰ-3-1-16図 高齢化率
高齢化率のグラフ

高齢化率の上昇が注目される背景にあるのは、同年齢層の購買力が高いと考えられることである。具体的に、金融資産保有全体に対する高齢世帯の保有割合を見ると(第I-3-1-17図)、高齢化が特に顕著である日本においては一貫して同割合は増加し、2004年以降は5割を上回っており、高齢化の進展が日本よりも遅いとされる米国においても近年の調査で同割合は5割を上回っている。また、ドイツにおいても株式保有者の年齢構成を見ると、年齢層が上がるにつれて全体に占めるシェアが高まっている。すなわち、高齢化比率の上昇は、単純な人口構成上の存在感の高まりだけではなく、金融資産の保有を背景とした購買力の高さによって消費の盛り上がりが考えられることもあり、いわゆるシルバーマーケットの形成につながる。

第Ⅰ-3-1-17図 金融資産に占める高齢世帯の保有シェア
金融資産に占める高齢世帯の保有シェアのグラフ

更に、内閣府のアンケート調査によれば、企業にとって、シルバーマーケットは拡大の潜在性がある重要な市場になることが示唆されている(第I-3-1-18図)。同調査によると、インターネット上で金融取引を行うと回答した高齢者の割合は、我が国では他のサンプル国との対比では低くなっているものの、米国では同割合は5割に近く、キャッシュレスへの取組が盛んであるスウェーデンでは7割を超えている(同左図)。更に、インターネットでショッピングや情報収集をすると回答した割合は、我が国でも上昇しており、他のサンプル国では5割を超えている(同右図)。こうした結果は、スウェーデンや米国のようにキャッシュレス等の取引環境を整備すれば、我が国でも高齢者によるインターネットを介した取引の割合が高まり、シルバーマーケットが拡大していく潜在性を示しており、高齢化の度合いに応じ、高齢層向けビジネスを展開していくことの重要性が示唆されている。

第Ⅰ-3-1-18図 インターネットで金融取引を行う高齢者の割合(左図)とインターネットで情報収集とショッピングを行う高齢者の割合(右図)
インターネットで金融取引を行う高齢者の割合(左図)とインターネットで情報収集とショッピングを行う高齢者の割合(右図)のグラフ

4.高度人材獲得の重要性

上述では、労働力人口や高齢人口といった主に一国の国内で進展する人口動態の要因を見てきた。一方、冒頭で述べたように、国連経済社会局の人口推計の前提では、移民は一国の人口のすう勢に大きな影響は与えないとの前提が置かれているものの、それでも移民がもたらす経済への影響は注目されるべきであると考えられる。例えば、Rapoport(2018)は、移民が経済と社会に与える影響について文献調査を行った上で、移民は発展途上国が世界経済へと組み込まれていく過程を促進するものであるとされており、また、移民とディアスポラ人材が形成するネットワーク効果は高度な知識(Brain Gain)を生み出す重要な源泉であると結論している176

国内での労働力人口比率の低下や高齢化率の上昇に加えて、我が国のように長期的な人口の減少が顕著である国にとっては、Rapoport(2018)で議論されているような移民がもたらす定性的な好影響を取り入れていくことは重要である。特に、移民がネットワーク効果を通じて高度な知識を生み出す重要な源泉となるとの議論を踏まえても、我が国の経済成長と技術・イノベーションの優位性を維持及び向上させていくために、国外から高度人材を獲得することは重要な課題になる。

母国から離れて活躍する高度人材を表す「ディアスポラ人材」という用語はあるものの、「高度人材」についての統一的な定義がある訳ではない177。しかし、潜在的な高度人材の動向を示す指標の一つとして、先進国での留学生の割合を見ると、我が国では特に博士相当の留学生の割合が低い(第I-3-1-19図)。我が国での同割合は、他の先進国対比ではドイツよりは高いものの、概して3-4割程度を占めている他国に比較すると低位である。米国では2017年以降の同割合の低下が顕著であるが178、2021年に発足したバイデン政権の移民に対する姿勢がトランプ政権の厳格なものから変容していくのかが注目される。

第Ⅰ-3-1-19図 各国における留学生の割合
各国における留学生の割合のグラフ

また、高度人材の獲得に向けて我が国と諸外国においては外国人材に対する優遇制度が設定されており、明示的にではないもの、人材獲得に向けた競争環境が醸成されていることも注目される(第I-3-1-20表)。我が国と諸外国の外国人材に対する優遇制度を見ると、学歴、職歴、語学力に基づいたポイント制に基づいて高度人材に対するビザを優遇する、高度人材とする職業を予め定義し永住権等の特典を与えるなど、多様な優遇制度が設定されており、各国が高度外国人材の獲得を重要な政策課題としていることが示唆されている。

第Ⅰ-3-1-20表 高度外国人材に対する我が国と諸外国の優遇制度
高度外国人材に対する我が国と諸外国の優遇制度の表

これらの高度外国人材に該当するビザの発給や入国の状況を見ると(第I-3-1-21図)、我が国では2020年から高度外国人材の認定件数が横ばいとなっており、その他の諸国では、すう勢的に発給数・移住者数・居住者数が減少している国(カナダ、英国、豪州、韓国、シンガポール)、新型コロナウイルスの影響と見られる2020年の一時的な減少を除けばビザ発給がすう勢的に増えている国(米国、ドイツ、フランス)など、高度外国人材の入国・移住動向には差異が見られる。これらの入国者・移住者の動向は、必ずしも制度の成果だけを示すものではなく、その時々の移民に対する政策当局や国内世論の見方といった多様な要因が影響するため、単純に制度比較をできるものではない。ただし、特に我が国のように労働力人口の減少が顕著な国においては、制度の効果を検証していく上で注目していくべき要素の一つであると考えられる。更に、企業等の組織において、既に上述のような優遇制度が適用されるビザを保有して就業している場合は、余程の強い理由がなければ同様の他国のビザを取得し直して移住するというケースは多くはないことが考えられる。このように、高度外国人材のストックは限られていることが考えられることや、特に先進国においては長期的に労働力人口比率の低下が見込まれることを鑑みても、高度人材の獲得競争といった環境が醸成されていく可能性がある。

第Ⅰ-3-1-21図 我が国と諸外国における高度外国人材の入国・移住動向
我が国と諸外国における高度外国人材の入国・移住動向のグラフ

176 この他にも、移民は、出身国の慣習等を受け入れ国に伝播する役割を果たすことで、受け入れ国が移民の出身国に対して持つ心理的な距離感を縮小させ、移民の出身国に対して対外直接投資等の貿易投資を促す要因になっているといった議論も紹介している。

177 高度人材受入推進会議(2009)においては、高度人材は、「国内の資本・労働とは補完関係にあり、代替することが出来ない良質な人材」であり、「我が国の産業にイノベーションをもたらすとともに、日本人と切磋琢磨を通じて専門的・技術的な労働市場の発展を促し、我が国労働市場の効率性を高めることが期待される人材」とされている。

178 米国移民局(USCIS)は、2017年3月に、米国人の雇用を保護するために、専門職ビザであるH1-Bビザの発給審査について、雇用者の商業的な記録の正当性が認められない場合、米国人に対する比率としてH1-Bビザを保有する外国人被雇用者の割合が高すぎる場合、雇用されている企業とは別の企業・組織で業務に従事する被雇用者のためにH1-Bビザを申請する場合には、被雇用者のためにH1-Bビザを申請する企業の訪問調査を強化し、同ビザの不正利用の防止を強化するとした。厳密な影響の分析は困難であるものの、この措置によって、学位を得た後の就職が困難になるとの懸念が強まったことから、特にIT技術者やコンサルタントを目指す留学生の入学が減少した可能性がある。

5.メガシティの形成

中国やインドといった長期的には人口の減少が見込まれているものの、当面は人口が増加し、かつ堅調な経済成長が見込まれる国では、国内の都市が大規模化することが見込まれる。国際連合経済社会局の推計によると、人口が1千万人を超えるいわゆるメガシティの数は、特に発展途上国で増加することが見込まれている。特に、2035年時点では41都市と予測されるメガシティ数のうちで、18都市のメガシティが中国とインドに存在することが見込まれている(第I-3-1-22図)(第I-3-1-23表)。更に、メガシティまでの規模はないものの、人口が100万人以上の大都市も発展途上国での数の増加が見込まれている(第I-3-1-24図)。

第Ⅰ-3-1-22図 メガシティの形成
メガシティの形成のグラフ

第Ⅰ-3-1-23表 2035年時点での地域別のメガシティ
2035年時点での地域別のメガシティの表

第Ⅰ-3-1-24図 その他の規模の都市形成
その他の規模の都市形成のグラフ

後述のとおり、メガシティを含めた大規模な都市が形成される過程では、上下水道等のインフラ整備が重要な課題となってくるため、都市部にどれだけの人口が集中するのかという見通しが重要である。下図(第I-3-1-25図)は、メガシティの形成が顕著な中国・インドと、その他の先進国について、それぞれの主要な都市に人口のどれだけの割合が居住しているのかを示したものである。それによると、我が国においては東京への人口集中が進展する一方で、その他の先進国(米国、フランス、英国)では現状からほぼ一定(パリ)もしくはやや低下(ニューヨーク、ロンドン)の推移が見込まれている。また、中国(北京)やインド(デリー)といった当面の人口増加が顕著な国においては、上述のとおり複数のメガシティの分散形成により、先進国程には一極集中とはならないことが示されている。

第Ⅰ-3-1-25図 主要都市居住者の人口比率
主要都市居住者の人口比率のグラフ

冒頭のとおり、長期的な人口推計の結果は前提次第で異なってくるものの、世界的に見て当面は人口が増加していくということが共通しており、更に大規模な都市の数が増加することを踏まえると、生活を支えるためのインフラ整備が重要な課題となってくる。下図(第I-3-1-26図)は、本節で人口増加が顕著である国として扱っている中で、国際連合人間居住計画(UN-Habitat)が調査する都市部での生活インフラに関して、データが入手できるインドとナイジェリアの状況を示したものである。入手できるデータにおいて両国に共通するのは、都市部人口の1割程度は住居から往復30分以内で飲料水を入手できず、飲料水の整備に比較して衛生サービスと居住空間の確保が更に遅れている点である。また、都市部で居住空間が確保されている家計の割合は、インドでは1990年代に比較すれば低下しており、ナイジェリアではすう勢的に横ばいの推移となっている。両国における当面の人口増加を踏まえると、住居の供給が重要な課題であることが示唆されている。

第Ⅰ-3-1-26図 都市部での生活インフラの整備状況
都市部での生活インフラの整備状況のグラフ

そうしたインフラ整備需要に対応していく上では、資金面での対応も必要不可欠であり、特に公的部門と民間部門の協力体制が重要である。具体的には、国際連合人間居住計画の推計によれば、2020-2030年の間に全世界で38兆ドルもの都市部インフラ整備需要が見込まれるものの、公的部門と民間部門を合計した潜在的なインフラ投資可能資金は98兆ドルにも及び、インフラ整備需要を十分に賄えるとの試算結果が示されている(第I-3-1-27図)。ただし、同図の中で公的年金基金、国富基金、公的基金を公的部門の合計とすれば、それだけではインフラ整備需要は賄えず、商業銀行を中心とした民間部門の関与が必須である。また、全世界の都市部インフラ整備需要は、大部分が新興国や発展途上国に集中していると考えられる。大規模都市の形成を持続可能な発展にしていくとの社会課題に取り組むためには、国際的な協力体制も不可欠である。

第Ⅰ-3-1-27図 都市部インフラの潜在的な投資可能資金と需要(2020-2030年)
都市部インフラの潜在的な投資可能資金と需要(2020-2030年)のグラフ

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