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投資関連協定事例集

  1. Saluka事件
  2. Vivendi事件
  3. Tecmed事件
  4. Wena事件
  5. SD Myers事件
  6. Pey Casado事件
  7. BAU事件
  8. Chemtura事件
  9. Tulip事件
  10. White事件
  11. SGS事件

注意事項

▪ この投資関連協定事例集は委託調査事業により作成したものであり、経済産業省その他日本政府の見解を示したものではありません。
▪ この投資関連協定事例週は別途公表されている投資関連協定FAQを補足するために作成されたもので、協定の公の解釈、法的な助言、投資協定仲裁判断の全体的な傾向を記載したものではありません。
▪ 投資関連協定は協定ごとに内容が異なり、また同じ協定であっても仲裁で争われた場合には仲裁廷によって協定の解釈が変わる場合があります。個別の事案については、適用される協定、具体的な事例、その時点で最新の投資協定判断の傾向等を踏まえて専門家にご相談ください。

※pdf版はこちらより入手下さい。

事例一覧

1 Saluka事件

民間企業に対する差別的な取扱いが公正衡平待遇義務に違反すると認定された事例。また、公表されている仲裁判断の中で日系企業が投資仲裁を申し立てた最初の事例。
Saluka Investments B.V. v. The Czech Republic, UNCITRAL, Partial Award, 17March 2006

○当事者
<申立人>
Saluka Investments BV(オランダ法人:以下「S社」)
<被申立国>
チェコ

○投資関連協定
チェコ=オランダ投資協定

○事案
チェコ政府は、1990年の共産主義体制の終焉に伴い、国営企業の民営化を進め、国営銀行もその対象となった。当時、チェコの4大国営銀行は、共産主義時代に行った国営企業への融資等による多額の不良債権を抱えていたが、チェコ政府の方針に従って民営化企業に有利な条件で資金供給を行ったこと等から、不良債権がさらに増加し、4大銀行の経営を圧迫していた。
日本企業の100%子会社であり、英国法人であるN社は、チェコ政府と交渉し、1998年3月にチェコの4大国営銀行の1つであったI銀行の46%の株式を取得した。N社は、その後、I銀行の株式保有を目的としてオランダに設立したS社にこれらの株式を譲渡した。
チェコの中央銀行(CNB)は、1998年から2000年にかけて、I銀行以外の4大銀行に対し、不良債権の買い取り等の大規模な財政支援を行ったが、I銀行に対しては、民営化されているという理由で財政支援の対象から除外した。そのため、I銀行の経営はさらに悪化し、1999年には、CNBの検査により深刻な資金難に陥っていることが明らかとなった。
N社は、チェコ政府や外国の金融機関からの支援等を模索し、チェコ政府と交渉したが、緊急性のある問題であるにもかかわらず財務大臣がN社との面談を拒否する等、チェコ政府はI銀行・N社との交渉に非協力的な態度をとり続けた。その間、チェコ政府は、4大銀行の1つであるC銀行との間で、C銀行によるI銀行の買収について折衝を行っていた。
まもなくしてI銀行の取り付け騒ぎが発生し、2000年6月に、CNBはI銀行を公的管理下に置き、I銀行の株式の売買を禁止した。その後、CNBは、I銀行の事業をC銀行に譲渡させたが、チェコ政府は、C銀行がI銀行の事業を買収するにあたってC銀行に公的資金による資金援助を行った。
S社は、チェコ政府の行為がチェコ=オランダ投資協定に規定される財産の剥奪(deprivation)及び公正衡平待遇義務の違反に当たるなどと主張して、仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
Arthur Watts(Chairperson)
L. Yves Fortier(申立人選任)
Peter Behrens(被申立国選任)
※各仲裁人の国籍は仲裁判断から不分明。

○仲裁廷の判断
チェコの行為は、チェコ=オランダ投資協定に定める剥奪(deprivation)には該当しないものの、公正衡平待遇義務に違反すると判断した。

○解説
(1)差別的な取扱いと公正衡平待遇義務違反
仲裁廷は、チェコ=オランダ投資協定が、投資の促進による両国間の経済関係の強化を目的としているため、投資関連協定における投資家の保護に関する規定は、投資家に過剰な保護を与えることによって投資受入国による投資の受入れを萎縮させないように、調和的に解釈すべきであると述べました。そして、仲裁廷は、チェコ=オランダ投資協定上の公正衡平待遇義務について、チェコ政府が公共の利益のために適切な措置を講ずる権利を奪われるわけではないが、チェコ政府は外国投資家の正当かつ合理的な期待を損なわないように外国投資家を扱わなければならず、外国投資家は、チェコ政府が明らかに矛盾する、不透明な、非合理的な又は差別的な態様で行動しないことを期待する権利があると判断しました。
その上で、仲裁廷は、4大銀行はいずれもチェコの経済にとって重要な役割を担っており破綻させるわけにはいかなかったため、S社及びその株主は、チェコ政府が、他の4大銀行に対して資金援助を行ったのと同じように、I銀行に対しても資金援助を行うであろうと合理的に期待していたが、チェコ政府がI銀行を公的支援の対象から外すことで、I銀行を合理的な理由なく差別的に取扱ったと認定しました。また、チェコ政府のS社及びその株主との交渉態度は、チェコ政府のC銀行との交渉に比べて公平でなく、チェコ政府がS社及びその株主と適切なコミュニケーションを行わなかったこと等から、チェコ政府の行動はS社及びその株主の正当かつ合理的な期待に反していると述べました。これらの理由から、仲裁廷は、チェコ政府は公正衡平待遇義務に違反したと認定しました。
公正衡平待遇義務の違反の有無は、投資協定仲裁においてよく争われます。本件以外の仲裁判断においても、国家の恣意的、差別的な行為、一貫性、明確性、透明性に欠ける行為、適正手続に反する行為等につき公正衡平待遇義務違反が認定された例があります。

(2)実質的な事業活動を行っていない特別目的会社も「投資家」として保護されるか?
投資関連協定は、通常、協定による保護を受ける「投資家」に、投資関連協定の当事国の自然人だけでなく、法人も含めています。しかし、当事国に設立されている法人の中には、自らは実質的な事業活動を行わず、投資関連協定の当事国ではない第三国で設立された法人が意思決定を行っている場合があり、そのような実質的な事業活動を行っていない当事国の法人が当該投資関連協定の保護を受けられるかという点が投資仲裁で争われることがあります。
本件でも、申立人であるS社が、I銀行の株式を保有する目的で設立された実質的な事業活動を行わない特別目的会社であり、英国法人のN社が実質的に事業を運営していたことから、チェコ政府は、チェコ=オランダ投資協定による保護を認めるべきではないと主張しました。これに対し、仲裁廷は、投資関連協定の当事国は投資関連協定の文言を自由に選ぶことができるところ、チェコ=オランダ投資協定には当事国の国内法により設立された法人(”legal persons constituted under the law of one of the Contracting Parties”)を協定上の「投資家」とすると定義されているため、実質的な事業活動を行わない法人であっても投資関連協定上の「投資家」に当たると判断しました。本件以外の仲裁判断においても、適用される投資関連協定において「投資家」が同様に定義されている場合には、実質的な事業活動を行わない法人であっても「投資家」に当たると判断されることが多いと思われます。

(3)投資プラニング
日本企業が外国に投資を行うにあたって、日本と投資対象国との間に投資関連協定が締結されていない場合でも、本件のように、投資対象国と投資関連協定を締結している第三国に法人を設立し、その法人を経由した投資とすることにより、投資対象国と第三国の投資関連協定による保護を受けられる場合があります。
もっとも、投資関連協定の中には、保護の対象となる「投資家」を限定している協定もあるため、注意が必要です。例えば、「投資家」の定義に、当事国において実質的な事業活動を行っていること、という要件を加えているものや、「投資家」の定義とは別に、当事国において実質的な事業活動を行っていない等一定の場合には投資受入国が投資家の協定上の利益を否認できる(利益否認条項)と規定するものもあります。日本の投資関連協定を含め、最近はこのように保護を受ける「投資家」の範囲を限定する投資関連協定が増えています。投資関連協定の利用を検討する際は、必ず適用される投資関連協定の条文を確認する必要があります。

(4)和解による終結
本件では、両当事者は仲裁廷に対し損害額の審理を先送りするよう要請したため、損害額の認定のための手続は分離され、本仲裁判断ではチェコの協定違反のみを判断しています。なお、N社側は、この仲裁判断が出された年の11月には、チェコ政府と和解契約を締結し、チェコ政府がN社側に対して約28億チェココルナ(約187億円)及び金利を支払うことで紛争は解決したと公表しています。

関連項目:FAQ 第一部 2.2(「投資家」の範囲)2.3(利益否認条項)2.4(投資プラニング)4.4.2(公正衡平待遇義務)、FAQ 第二部7.4(手続の分離)7.8(和解)

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2 Vivendi事件

地方政府から事業を請け負った企業が、政権交代によって方針を変更した新政権から様々な妨害を受け、事業の遂行が不可能になり、収用等が認定された事例。
Compañiá de Aguas del Aconquija S.A. and Vivendi Universal S.A. v. Argentine Republic, ICSID Case No. ARB/97/3, Award, 20 August 2007

○当事者
<申立人>
Vivendi Universal S.A.(フランス法人:以下「V社」)
Compañía de Aguas del Aconquija S.A.(アルゼンチン法人:以下「C社」)
<被申立国>
アルゼンチン

○投資関連協定
アルゼンチン=フランス投資協定

○事案
アルゼンチンは1980年末から経済改革の一貫として国営事業の民営化を進め、その流れを受けトゥクマン州も州の上下水道事業を民営化し、V社の率いるコンソーシアムが州の上下水道事業を引き継いだ。当時トゥクマン州の上下水道施設は大幅な設備投資が直ちに必要な状況にあったが、長年水道料金はインフレも反映せず据え置かれ、州の補助金で上下水道事業をまかなっていた。そのため、州政府は、民営化後は水道料金を引き上げ住民に負担させることで上下水道事業を営む決断をし、現にV社とコンソーシアムメンバーが設立したC社との間で民営化後に水道料金を約1.7倍に引き上げる合意をしていた。
ところが選挙で民営化反対派の州知事が選出されると、州政府及び州議会は、C社に水道料金を引き下げさせ水道事業をC社から取り戻そうと様々な圧力をかけ、C社の事業を妨害した。C社の上下水道事業に特段大きな問題はなかったにもかかわらず、州政府は、水道水でチフスやコレラに感染する恐れがあると虚偽の情報を流し、水質問題の名目で繰り返し不当にC社に罰金を課し、州議会はC社と州との契約を無視して水道料金の引き下げ勧告を決議し、住民に水道料金の不払いを呼びかけ、C社による住民への水道料金の請求を止める等の妨害行為が1年以上に亘って行われた。州はこれら一連の行為を通じて、C社に水道料金を引き下げさせ、水道料金の回収率を大幅に悪化させたため、C社は深刻な経営難に陥った。
C社は州との契約を解除する通知を州知事に送ったが、州政府はC社に引き続き上下水道の事業を継続するよう命じた。C社が契約解除を通知した時点で、水道料金の回収率は、当初州とC社が事業運営の前提としていた90%を大幅に下回り20%前後にまで低下していた。
C社及びV社は、アルゼンチンの行為がアルゼンチン=フランス投資協定に定める収用に該当し、また公正衡平待遇義務及び十分な保護及び保障を与える義務に違反すると主張して、仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
J. William Rowley(英国・カナダ)(President)
Gabrielle Kaufmann-Kohler(スイス)(申立人選任)
Carlos Bernal Verea(メキシコ)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
アルゼンチンの行為は、アルゼンチン=フランス投資協定に定める公正衡平待遇義務、十分な保護及び保障を与える義務に違反し、また投資家の財産を違法に収用したものであると認定し、アルゼンチンに対し、総額105百万米ドルの損害賠償、70万米ドルのC社・V社側弁護士費用、6%の遅延利息の支払いを命じた。

○解説
(1)政府による規制権限の濫用と公正衡平待遇義務
投資関連協定上の公正衡平待遇義務は、国際慣習法として確立している国家が外国人に供与しなければならない最低基準を確認したものか、又は最低基準を超えた取扱いをする義務を定めたものかが従来から議論されていますが、本仲裁廷は、アルゼンチン=フランス投資協定の文言と目的を踏まえて、国際慣習法上の最低水準を超える取扱いを定めたものと解釈しました。もっとも本仲裁廷は、アルゼンチンは国際慣習法上の最低水準の保護すら投資家に与えていないと認定しています。また十分な保護及び保障を与える義務についても、投資財産を襲撃から護るといった、物理的な妨害から投資財産を護る義務に限定されないと解釈しました。その上で、州政府、州議会の一連の行為は、規制権限の露骨な濫用であって公正衡平待遇及び十分な保護及び保障を与える協定上の義務に違反していると判断しました。
なお、十分な保護及び保障を与える義務については、物理的な妨害から投資財産を護る義務に限定されると述べた仲裁判断もあり、規制権限の露骨な濫用のように、物理的手段以外を用いた行為が十分な保護及び保障を与える義務の違反に含まれるかという点について仲裁判断は分かれています。もっとも、物理的手段以外を用いた行為で十分な保護及び保障を与える義務に反するとされてきている国家側の行為は、公正衡平待遇義務の違反をも構成する場合が多いため、投資関連協定にこれらの2つの義務が同時に定められている場合は、十分な保護及び保障を与える義務が物理的な妨害からの保護に限定されるか否かを議論する意味はあまりありません。

(2)政府による事業の遂行を困難にする行為と間接収用
「収用」は、伝統的にはいわゆる国有化等、国家が投資財産を直接剥奪する行為を指していましたが、投資関連協定の多くは「収用と同等の措置」(間接収用)も「収用」として扱うと定めており、国家が投資財産を直接剥奪しない場合でも、国が規制権限の濫用により投資財産の価値を実質的に奪った場合(例えば、恣意的な許認可の剥奪や生産数量の上限設定等)は「収用と同等の措置」に当たるという仲裁判断が多く見られます。本件でも、C社は上下水道事業を営む権利自体を接収されたわけではありませんが、州の一連の行為によってC社の事業継続が事実上困難な状況に追い込まれていることから、公正衡平待遇違反に加えて、州の行為が投資財産の「収用と同等の措置」に当たるかが問題となりました。本仲裁廷は、「収用と同等の措置」に当たるかを判断するにあたって、投資家の投資財産の経済的使用・享受を根本的に奪ったか、投資家の投資財産の利益を実質的に無効、無益なものにしたかという従前の仲裁判断が採用した判断基準を踏襲した上で、州の一連の措置によってC社はコンセッション契約を解約せざるを得ない状況に追い込まれており、実質的な収用に当たると判断しました。

(3)契約の紛争解決条項と投資協定仲裁
本仲裁廷による投資協定違反の判断には、州政府のコンセッション契約違反の有無が密接に関連していますが、契約では「本契約の解釈及び適用はトゥクマン州の行政裁判所(Contentious Administrative Tribunals of Tucumán)に専属管轄がある」と定められていました。ところが申立人は州の裁判所に提訴することなく投資協定仲裁を申し立てたため、投資関連協定の仲裁廷は、州政府の契約違反が密接に関連する投資関連協定違反の有無を判断できるかが問題となりました。
実はこの仲裁判断は、2000年11月21日に出された仲裁判断(第1仲裁判断)がICSIDの特別委員会(ad hoc committee)によって一部取り消され、再度仲裁に付託された後に出された仲裁判断になります。
第1仲裁判断では、投資関連協定の違反の判断と契約解釈は密接に関連しており、契約解釈はトゥクマン州の裁判所が専属的に判断すると当事者が合意している以上、仲裁廷はトゥクマン州のどの行為が主権の行使として行われた行為か、どの行為が契約上の権利行使として行われたかは仲裁廷が判断することはできず、そのため当事者はまず専属管轄裁判所に訴えるべきで、トゥクマン州の裁判所で「裁判の拒否」があった場合に投資関連協定上の請求を行うべきであるとして、申立人の請求を棄却しました。
これに対しICSID特別委員会は、契約違反の主張と投資関連協定違反の主張は独立した主張であって、国内法上合法であっても国際法違反になりうることから、被申立国は契約上の紛争解決条項を盾に国際法上の違法行為の認定を免れることできないと判断しました。本仲裁廷も、ICSID特別委員会の考え方を踏襲し、契約違反と投資関連協定違反は別の問題であり、投資関連協定違反の認定に付随して仲裁廷が契約の解釈を行っても契約の紛争解決条項に違反するものではないと判断しています。
このICSID特別委員会の決定以降、契約違反の主張と投資関連協定違反の主張は別物であり、契約の紛争解決条項が投資関連協定違反に基づく投資協定仲裁を妨げるものではないという考え方が主流になっています。もっともアンブレラ条項(義務遵守条項)に基づき投資関連協定違反を主張する場合には、まずは契約の紛争解決条項に基づき紛争解決を試みるべきという考えの仲裁判断もありますので、留意が必要です(FAQ第一部8.3参照)。

(4)被申立国法人の仲裁申立適格
 本件では、アルゼンチン法人のC社にも申立適格が認められています。これは、被申立国法人であっても、他のICSID条約当事国(本件ではフランス)の国民が支配しているため、ICSID条約の適用上その「他のICSID条約当事国」の国民として扱うことに紛争当事者間に合意がある場合は、その「他のICSID条約当事国」の国民として扱う、と定めるICSID条約25条2項(b)に基づくものです。すなわち、C社はアルゼンチン法人ですが、ICSID条約の適用上はフランス法人として扱われています。

関連項目:FAQ 第一部 4.2.2(間接収用)4.4.2(公正衡平待遇義務)4.5.2(十分な保護及び保障)5.2 (アンブレラ条項)8.3(契約上の紛争解決条項と投資協定仲裁)、FAQ 第二部 10.1(ICSID仲裁判断の取消)

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3 Tecmed事件

子会社を通じて被申立国で産業廃棄物処理場を運営していたスペイン企業が、近隣住民による反対運動に端を発する政府の要請に応じて代替地での事業許可を条件として処理場を移転することに同意した後、処理場の移転地が決定していなかったにもかかわらず、既存処理場の事業免許の更新が拒絶された事例。
Técnicas Medioambientales Tecmed, S.A. v. The United Mexican States, ICSID Case No. ARB (AF)/00/2, Award, 29 May 2003

○当事者
<申立人>
Tecnicas Medioambientales Tecmed S.A.(スペイン法人:以下「T社」)
<被申立国>
メキシコ

○投資関連協定
スペイン=メキシコ投資協定

○事案
T社は、メキシコに設立した子会社であるCytrar社を通じてHermosillo市に所在する産業廃棄物処理場を落札した。産業廃棄物処理事業を行うための免許は、環境省傘下のINEが規制当局として管轄し、事業者の申出により毎年更新する必要があった。Cytrar社の事業免許は(1998年11月19日まで)1回更新された。それに先立ち、産業廃棄物処理事業に対して近隣住民による反対運動が起こっていた。近隣住民による反対運動は、Cytrar社の産業廃棄物処理事業の運営に対するものではなく、近隣州から汚染された土壌を輸送していることを理由とするものだったが、政府の要請を受けて、Cytrar社は親会社であるT社と共に、産業廃棄物処理場の移転及び移転に伴う費用を負担することを政府と合意した。ただしCytrar社やT社は、現処理場の閉鎖前に代替地での処理場の事業許可が出され事業が継続できることを移転の条件としていた。その後、メキシコ政府から移転地の指定のないまま、INEは1998年11月25日に現処理場の事業免許の更新を拒絶した。そこで、T社は、事業免許の更新拒絶が、適正な補償のない収用であってスペイン=メキシコ投資協定上の収用条項に違反し、また公正衡平待遇義務等の規定に違反するとして仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
Horacio A. Grigera Naon(アルゼンチン)(Chairperson)
José Carlos Fernández Rozas(スペイン)(申立人選任)
Carlos Bernal Verea(メキシコ)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
仲裁廷は、産業廃棄物処理事業免許の更新拒絶につき、収用条項及び公正衡平待遇違反を認定し、賠償として、メキシコ政府に約550万ドル(土地購入時の市場価格にその後の追加投資と2年間の運営利益を加算した額)及び利息をT社に支払うように命じた。また、メキシコ政府が賠償を支払った時点で、直ちに処理場を構成する関連資産一切をメキシコ政府に移転するように命じた。

○解説
(1)「収用と同等の措置」- 間接収用について
仲裁廷は、収用に該当するためには、まず、投資の経済的利益が根本的に剥奪(radically deprived)されたかどうかを判断する必要があると述べ、その際、法的な所有権自体は失わない場合でも、一時的でなく使用や利益享受が奪われれば、本投資関連協定及び他の多くの投資関連協定にいう「収用と同等の措置」に当たるとしました。そして、本件産業廃棄物処理場は居住地に近接していることから、事業免許の更新拒絶後に発効した新たなメキシコ国内法の規定に基づくと、将来事業を再開することはできず、また、10年間有害廃棄物が堆積した土地を他の目的に転用することもできないため、事業免許の更新拒絶により、産業廃棄物処理場は永久的かつ決定的に(permanently and irrevocably)閉鎖されたのであり、根本的な財産の剥奪に当たると認定しました。
仲裁廷はまた、欧州人権裁判所の事例を引用し、根本的な財産の剥奪があった場合に、それが「収用と同等の措置」に当たるかどうかは、政府の措置によって守られる利益と投資の保護とが均衡している(proportional)かどうかを検討し、その際、投資に与える影響の程度は重要な要素となるとしました。本件で、メキシコ政府はCytrar社の事業運営に関する法令違反や近隣住民による反対運動を根拠に反論しましたが、仲裁廷は、Cytrar社の法令違反は認められるものの、メキシコ環境保全局が当該違反は軽微であって事業免許を撤回するほどのものではないと判断した程度の違反であり、更新拒否の本当の理由は近隣住民の反対運動にあると認定しました。そして、近隣住民の反対運動の理由はCytrar社の運営の態様ではないこと、Cytrar社は政府の要請に応じて移転に同意していたこと及び処理場が環境又は公衆衛生上の危険を生じるものであるとは証明されていないこと等を認定し、事業免許の更新拒絶は規制目的との均衡を欠くとして、「収用と同等の措置」であることを認めました。

(2)公正衡平待遇違反について
仲裁廷は、公正衡平待遇とは投資受入国の対応に一貫性、明確性及び透明性があることで、それに対する投資家の期待が害された場合に公正衡平待遇義務違反となると判断しました。その上で、本件では、Cytrar社とメキシコ当局は、処理場の移転が完了するまでの間Cytrar社は現処理場で事業を継続できると合意しており、この合意及びその後のメキシコ当局の態度からCytrar社は事業が継続できると合理的に期待していたのであって、何らの経済的な補償もなく更新拒絶をし、更新拒絶により一旦事業を中断させた上で、移転先の指定のないまま移転を強制したメキシコ政府の行為は一貫性及び透明性を欠くと判断して、公正衡平待遇違反を認定しました。
本件は、投資受入国の環境政策(とされる措置)に対し私企業が投資関連協定仲裁を申し立て賠償を得たことから、ISDS条項が受入国の立法権や環境政策を制約する事例と評価されることもあるようですが、このような評価を行うにあたっては、本件の個別の事情にも留意する必要があります。本件では、メキシコ政府自身が処理場自体に環境又は公衆衛生上の問題があるとは考えておらず、処理場の違反も軽微なもので、仲裁廷は近隣住民の反対運動が原因で処理場の事業免許の更新を拒絶したと証言しています。また、近隣住民の反対運動を受け、政府の要請に基づいて、移転地での事業継続を条件に政府の指定する移転地に処理場を移転することに合意していたにもかかわらず、移転地が決まらない時点で、現処理場の免許の更新拒絶をしたことも投資関連協定違反の認定に影響を与えたと思われます。

関連項目:FAQ 第一部 4.2.2(間接収用)4.4.2(公正衡平待遇義務)

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4 Wena事件

国営企業が保有する施設でホテル事業を運営していた外国投資家が賃料等を巡って国営企業と紛争になり国営企業側が不法にホテルを占拠したにもかかわらず、適切な対応をとらなかった投資受入国の不作為が、公正衡平待遇義務及び十分な保護と保障を与える義務に違反すると認定された事例。
Wena Hotels Ltd. v. Arab Republic of Egypt, ICSID Case No. ARB/98/4, Award, 8 December 2000

○当事者
<申立人>
Wena Hotels Limited(英国法人:以下「W社」)
<被申立国>
エジプト

○投資関連協定
英国=エジプト投資協定

○事案
W社は、1982年に設立された英国企業であり、エジプトの国営企業であるEgyptian Hotels Company(EHC)との間で、W社がルクソールホテル(ルクソール所在)を21年6ヶ月賃借し、同ホテルを運営する旨の契約を1989年8月8日に締結した。同様に、エル・ナイルホテル(カイロ所在)(以下「ナイルホテル」)についても、25年間賃借する契約を1990年1月28日に締結した。しかし、2つのホテルの契約について、W社は、ホテルが契約に定める条件を満たしていないと主張して、契約に基づき賃料の一部の支払を留保し、他方EHCは、W社が賃料の支払を懈怠していると主張して、両者間に紛争が生じた。契約にはEHCはW社によるホテルの運営を妨害してはならず、両者間の紛争は仲裁で解決すると規定していた。にもかかわらずEHCはホテルを占拠するとW社側を何度となく脅迫し、W社側はエジプト観光省や内務省等に適切な措置を講ずるよう要請していたが、エジプト政府側は特段の措置を執らなかった。
1991年4月1日、EHCは一部こん棒等で武装した集団を2つのホテルに送り込み、不法に両ホテルを占拠した。W社はエジプト警察その他政府機関に救助を求めたが、適切な対応がなされないまま放置され、ナイルホテルは1992年2月25日まで、ルクソールホテルは1992年4月21日まで、EHCが占有・支配した。EHCがホテルを占拠している間、建物内部は壊され備品等は売却され、W社に返還された際には両ホテルとも荒廃していた。しかもナイルホテルは防火安全義務違反を理由にW社に返還される2日前に営業許可が取り消され、閉鎖された。ナイルホテルの防火安全義務違反の問題は、EHCが同ホテルを運営していた時から指摘されていたが、エジプト観光省はEHCに営業の継続を認めていた。EHC及びその関係者は、ホテルの占拠に関連してエジプト政府から大した処罰を受けることもなかった。
W社は、1993年及び1994年に、EHCに対しエジプトで商事仲裁を申し立て、ナイルホテルについて150万エジプトポンド、ルクソールホテルについて906万エジプトポンドの損害賠償責任がEHCに認められたが、W社はナイルホテルからの退去を命ぜられた。また、ルクソールホテルについては、仲裁判断がカイロの控訴審でEHCが選任した仲裁人が仲裁判断に署名していない等の理由で無効とされ、損害賠償は支払われていない。
そこで、W社は、エジプト政府の行為が投資関連協定の公正衡平待遇義務や十分な保護及び保障を与える義務に違反する等と主張して、本仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
Monroe Leigh(米国)(President)
Ibrahim Fadlallah(フランス、レバノン)(申立人選任)
Don. Wallace, Jr.(米国)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
仲裁廷は、エジプトの公正衡平待遇違反及び十分な保護及び保障違反を認定し、さらにエジプトの行為が収用に相当するとして、W社の損害の利息と費用と含め、約2060万米ドルの支払を命じた。

○解説
(1)投資受入国の不作為(公正衡平待遇義務及び十分な保護及び保障を与える義務違反)
仲裁廷は、英国=エジプト投資協定を解釈するにあたって、投資受入国が投資家の全損害につき責任を負う訳ではないとしながらも、過去の仲裁判断に言及しつつ、受入国は、投資を保護・保障するためにあらゆる手段を講じ警戒する義務を負っておりエジプト政府はこの義務に違反したと認定しました。仲裁廷は、エジプト政府の役人は自らホテルの奪取に荷担してはいないものの、①エジプト政府は、EHCがホテルを武力で占拠するつもりであることをEHCから聞いていたにもかかわらず、何ら有効な予防策を採らなかったこと、②ホテルの占拠が起こった際、警察署が徒歩数分のところにあるにもかかわらず警察が出動するまで4時間かかり、捜査開始後もEHCに対しW社にホテルを引き渡させなかったこと、③エジプト政府がEHCの株主で、EHCを支配している状況にありながら、約1年間、EHCがホテルを占有することを放置していたこと、④W社に返還されるまでの間ホテルの損害を防ぐ手段を講じなかったこと、⑤EHC及びその役員に対して相当な制裁を課すことをせず、結果としてEHCの行為を黙認したこと、並びに⑥W社に対する損害賠償の支払を拒否したこと、を認め、エジプトの投資関連協定上の公正衡平義務及び十分な保護及び保障の義務の違反を認めました。

(2)財産の使用や利用の侵害(収用)
仲裁廷は、収用の定義は確立していないものの、何が収用に当たるかという根本原理は国際法上確立されているとして、過去の仲裁判断を引用しつつ、受入国自身が私有財産を奪う場合のみならず、第三者に財産を移転する場合や、財産を奪取された投資家に対する保護をせず、事実上の占有を黙認した場合にも収用を構成する場合があると判断しました。また、有体物に限らず、契約上の権利等の無体物に対しても収用は成立し、投資家の所有権自体は侵害されない場合でも、その使用や利用が害される場合には収用となりうると述べています。そして、本件では、EHCが武力をもって強制的にホテルを占拠し、そのままEHCが1年近く占有して、家具等の財産を剥奪することを許したことで、エジプトはW社の所有権という基本的な権利を剥奪したと認定しました。エジプトは、財産の剥奪があったとしても一時的なものであり、収用にはあたらないと反論しましたが、仲裁廷は、上記に述べた理由から当該剥奪は一時的なものではないとして収用を認めました。
公正衡平待遇義務違反及び収用のいずれにおいても、エジプトの役人がホテルの強制的な奪取に荷担していないにもかかわらず、上記(1)に示した国の不作為を根拠に、エジプトの投資関連協定上の義務違反を認定しています。

関連項目:FAQ 第一部 4.2.2(間接収用)4.4.2(公正衡平待遇義務)4.5.2(十分な保護及び保障)

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5 S.D. Myers事件

環境保護名目の輸出禁止措置が、内国民待遇義務に違反するとされた事例。
S.D. Myers, Inc. v. Government of Canada, UNCITRAL, Partial Award, 13 November 2000

○当事者
<申立人>
S.D. Myers, Inc.(米国法人:以下「M社」)
<被申立国>
カナダ

○投資関連協定
NAFTA第11章

○事案
米国オハイオ州でPCBの処理事業を行っていたM社は、カナダで発生するPCB廃棄物を米国に輸出して米国工場において処理する事業を開始するため、1993年にカナダで合弁会社を設立した。当時、カナダの法令では、米国へのPCB含有物の輸出は米国環境庁からの事前許可を取得すれば認められることになっていた。そのため、M社は、1995年に米国環境庁から輸入許可を取得した。
M社がカナダのPCB処理事業に参入した当時、カナダ国内の競争業者は実質アルバータ州に1社しかなく、しかもカナダ国内のPCB処理施設はオンタリオ州、ケベック州にあり、輸送コストがかかることから、オハイオ州に処理施設を持つM社は、カナダや他の米国のPCB事業者に比べてコスト競争上有利な立場にあった。そこでカナダのPCB処理事業者は、M社のカナダ市場への参入を阻止しようと、カナダ政府がPCB含有物の米国への輸出を認めないように精力的なロビー活動を行った。カナダ環境省内において、環境や人体への危険を防止するためにPCBの米国への輸出を禁止する必要性を証明できないとの指摘もあったが、1995年11月に、カナダ環境相は上記の法令に基づく政令により、環境及び健康への重大な危険を根拠として米国へのPCB含有物の輸出を禁止し、M社は上記事業を行うことができなくなった。
そのため、M社は、カナダの禁輸措置がNAFTA第11章に規定される内国民待遇義務等に違反すると主張して、仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
J. Martin Hunter(英国)(President)
Bryan Schwartz(カナダ)(申立人選任)
Edward C. Chiasson(カナダ)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
カナダの行為は、NAFTA第11章に定める内国民待遇義務などに違反すると認定し、カナダに対し、605万カナダドルの損害賠償、35万カナダドルの仲裁費用、50万カナダドルのM社側弁護士費用、遅延利息(カナダのプライムレート+1%)の支払いを命じた。

○解説
(1)内国民待遇義務違反の判断基準
仲裁廷は、内国民待遇義務違反の有無を判断する際、①外国投資家が国内投資家と「同様の状況」(like circumstances)にあるか、②国の採った措置が、外国投資家に比べて国内投資家に実質的に不均衡な恩恵をもたらさないか、③国による取扱いの差異に正当化事由があるか、などの点を検討しています。以下(2)から(4)において、これらの要素に関する本仲裁廷の判断を概説します。
なお、内国民待遇義務違反の判断基準は必ずしも確立しているわけではありません。例えば、本仲裁廷は国家に保護主義的な意図があったか否かは協定違反には重要ではなく、むしろ国の採った措置の実質的な効果に着目すべきであると判断しているところ(なお、他方で、本仲裁廷は、カナダ政府が国内産業を保護する意図を持って措置をとっていたと認定しています。)、本仲裁廷のように、内国民待遇義務違反の認定にあたって国家の差別的な意図があることは必ずしも重要ではないとする考えが主流ではありますが、一方で、国家が外国投資家を差別する意図が内国民待遇義務違反の要件であるとした仲裁判断もあります。

(2)「同様の状況」の解釈
本仲裁廷は、「同様の状況」の判断基準に関して、国内投資家と同じ経済・事業分野(sector)に属する場合には「同様の状況」にあると見なされると述べました。その上で、M社はカナダのPCB廃棄物処理業者と市場で競合しており、カナダのPCB廃棄事業者とM社は「同様の状況」にあると認定しました。

(3)内国投資家への不均衡な恩恵
カナダ政府は禁輸措置は無差別的に適用されると主張しましたが、本仲裁廷は、PCB廃棄物の米国への禁輸措置の結果、即ち、M社は当初の計画どおりカナダのPCB廃棄物を米国に持ち込んで処理事業を行うことができなくなる効果に着目しました。

(4)正当化事由
(a)環境衛生保護目的
カナダ政府は、PCB含有物の禁輸措置は環境及び健康への重大な危険を阻止するためであると主張しました。本仲裁廷は以下の理由で今回の禁輸措置は健康及び環境保護目的の措置としては正当化できないと判断しました。
① PCB含有物の禁輸措置の主たる目的はカナダの国内産業保護にあったことが証拠から明らかであり、カナダ政府はそれについて反証しなかった。
② カナダ国内のPCB含有物の主たる所在地からは、カナダ国内の処理工場よりも米国内のM社の処理工場の方がはるかに近く、輸送時における環境への危険という観点からは米国への禁輸は正当化しがたいとカナダ環境省内でも指摘されていた。
③ カナダ政府は禁輸措置以外の方法で健康及び環境保護目的を達成できたはずである。現にカナダ政府は追って禁輸措置を解除しており、禁輸措置を導入するよりも安全措置を強化するほうが健康及び環境保護目的に資するはずである。
(b)国内産業保護
本仲裁廷は、「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」の目的に照らし、カナダ国内でのPCB処理能力を維持するために国内産業の強化を図ること自体は正当な目的であるとしています。他方その目的を達成する手段として、例えばカナダ企業に補助金を出す等の正当な代替手段があり、禁輸措置は必要ではなかったと判断しています。
このように、本件では表向きは環境衛生保護等の公益目的のためにとられた国家の措置であっても、真の目的が異なり、またその目的を達成するための手段として他により制限的でない手段があることから、投資関連協定違反が認定されました。

(5)内国民待遇義務が否定された例
カナダの工場で製造した医薬品を米国で販売していたカナダの製薬会社が、米国食品医薬品局(FDA)から輸入警告を受けた事案で、カナダの製薬会社は、類似の製品を生産する米国の製薬会社より不利益に扱われているとして内国民待遇義務違反を主張しましたが、仲裁廷は、医薬品の生産場所が米国内か米国外かによって適用される法規制が異なることに着目して、申立人(カナダの製造会社)は米国の製薬会社とは「同様の状況」になく、米国政府の措置は内国民待遇義務に違反しないと認定しています。(Apotex Holdings Inc. and Apotex Inc. v. United States of America, ICSID Case No. ARB(AF)/12/1, Award, 25 August 2014)

関連項目:FAQ 第一部 4.3.2(内国民待遇義務)

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6 Pey Casado事件

裁判手続の遅延が公正衡平待遇義務に違反すると認定された事例。
Victor Pey Casado and President Allende Foundation v. Republic of Chile, ICSID Case No. ARB/98/2, Award, 8 May 2008

○当事者
<申立人>
Victor Pey Casado(スペイン国籍:以下「P氏」)
Président Allende(スペインの財団:以下「A財団」)
<被申立国>
チリ

○投資関連協定
チリ=スペイン投資協定

○事案
チリ国籍のDario Sainte-Marie氏(以下「S氏」)は、CPP社の株式の93%及びチリの日刊紙El Clarínを発行するEPC社の持分の4.5%を保有しており、CPP社はEPC社の95.5%を保有していた。1972年、S氏は保有するCPP社の株式及びEPC社の持分をP氏に売却する契約を締結した。
1973年、チリでピノチェト将軍によるクーデターが発生し、EPC社の社屋は軍に占拠された。P氏はチリからの出国に成功したが、1975年のデクレ165号によりCPP社及びEPC社の清算とその財産の国庫への帰属が定められ、また、同年のデクレ580号によりP氏の全ての動産・不動産等が国家に収用された。1990年にピノチェト氏は大統領を辞任し、その後、P氏の財産収用に関するデクレ580号は無効とされた。なお、P氏は、1990年にその保有株式をA財団に譲渡した。
P氏及びA財団は、輪転機の返還及び収用への補償を求めて、1995年にチリのサンチアゴ民事裁判所に訴訟を提起したが、チリ政府は、2000年4月に、P氏及びA財団以外の者にCPP社及びEPC社の持分の収用に対する補償を行う決定(決定43)を行った。サンチアゴの裁判所は2002年まで何の決定も行わなかった。
そのため、P氏及びA財団は、チリ政府による2000年の決定43及び裁判の遅延が、チリ=スペイン投資協定に規定される公正衡平待遇義務の違反に該当するなどと主張して、仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
Pierre Lalive(スイス)(Chairperson)
Mohammed Chemloul(アルジェリア)(申立人選任)
Emmanuel Gaillard(フランス)(ICSID選任)

○仲裁廷の判断
仲裁廷は、申立人の訴訟について裁判所が7年間何の決定も行わなかったこと及び決定43について、チリの公正衡平待遇義務違反を認定し、チリに対して、約1013万ドルの損害賠償、遅延利息(5%)、200万ドルの申立人の弁護士費用等及び約100万ドルの仲裁手続費用の支払いを命じた。

○解説
(1)裁判の遅延
「裁判の拒否(denial of justice)」は、公正衡平待遇義務の違反となると解釈されています。Azinian v. Mexico事件(ICSID追加的措置仲裁規則に基づく仲裁)で、仲裁廷は一般論として裁判所が訴訟を受け付けない場合や裁判手続が不当に遅延した場合等には裁判の拒否(denial of justice)に当たると述べています(1999年11月1日仲裁判断)。本仲裁廷は、申立人が提起した民事訴訟において7年間にわたって何の決定も出されなかったことが「裁判の拒否」に当たり公正衡平待遇義務に違反すると判断しました。
なお、7年にわたって訴訟が遅延すれば当然に「裁判の拒否」が認められるわけではなく、遅延の背景、司法制度その他事案によって異なるため、事案ごとの検討が必要です。例えばWhite事件(事例集No.10)では、インドの裁判所で提起された商事仲裁の仲裁判断取消訴訟が、訴え提起から9年以上係属し、取消訴訟の管轄の争いが最高裁で5年以上判断がなされず係属していた事案で、投資受入国の司法制度の状況、遅延の背景等を考慮して公正衡平待遇違反は認定されませんでした。

(2)投資関連協定の時間的適用範囲
条約不遡及の原則(ウィーン条約法条約28条)により、投資関連協定は、その投資関連協定に別段の規定がない限り、条約の発効前の投資受入国の行為には適用されないとされています。
本件において申立人が主張の根拠としたチリ=スペイン投資協定は、1991年に締結され、1994年に発効しました。申立人は、本件において、チリ=スペイン投資協定の発効前の1975年に行われたチリ政府による収用についても補償を求めましたが、仲裁廷は、投資協定の遡及的適用を認めず、1975年の収用の決定については審理せず、1995年~2002年の裁判の拒否及び2000年の補償決定についてのみ投資協定違反の有無を審理しました。

関連項目:FAQ 第一部 4.4.2(公正衡平待遇義務)9.2(協定の遡及的適用の可否)

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7 Bau事件

有料道路の建設・運営プロジェクト(BOT案件)を落札した企業が、政府による通行料金の値上げの拒否等の事業の採算性を著しく害する一連の行為により損害を被った事例。
Werner Schneider, acting in his capacity as insolvency administrator of Walter Bau Ag (In Liquidation) v. The Kingdom of Thailand, UNCITRAL, Award, 1 July 2009

○当事者
<申立人>
Walter Bau AG(ドイツ法人:以下「B社」)(破産手続中)
<被申立国>
タイ

○投資関連協定
ドイツ=タイ投資協定(2002年)

○事案
タイ政府は、バンコクからドン・ムアン国際空港を結ぶ道路(通称「VRR」)の渋滞解消のため、VRRの上に高架道路として有料道路(以下「本有料道路」)を建設することを計画し、入札手続を経て、B社らはこのプロジェクトを落札した。このプロジェクトはいわゆるBOT型のプロジェクトで、25年の有料道路の運営期間中に得られる通行料収入がプロジェクトの主な収入源であった。1989年8月、B社らがタイに設立した合弁企業のD社は、タイの交通局との間で、本有料道路の建設・運営に関するコンセッション契約(以下「本コンセッション契約」)を締結した。本コンセッション契約において、①事業の期間を25年とし、25年の期間の満了時に本有料道路をタイ政府に無償で譲渡すること、②他の2つの高架道路の向きを変更すること(本有料道路への車の流れを増やす目的)、③D社は経済状況の変化を考慮して通行料金の引き上げを要請することができ、かかる要請があった場合、タイ政府はD社と誠実に協議すること等が合意された(なお、通行料金の引き上げにはタイ政府の承認が必要であった。)。申立人らは、1993年には有料道路を全面開通させ通行料金収入を得る事業計画を立て資金を調達していた。
ところが翌1990年タイの交通局は本有料道路と並行して走る有料道路の建設に関するコンセッション契約を香港の企業と締結し(Hopewellプロジェクト)、1998年に頓挫するまで、同プロジェクトは続いた。また高架道路の向きの変更をタイ政府側が妨害し、タイ政府による高速道路の用地確保が遅れた。
本有料道路は高架道路の向きを変更しないまま、1994年12月に一部開通したが、高架道路の向きの変更に住民が反対し工事が遅れ損害が発生した。また高架道路の向きを変更する期間中、タイ政府はD社らによる通行料金の回収を認めなかった。更にタイ政府による用地確保が遅れる等してD社に損害が発生した。そのため、D社は補償を求めてタイ政府と交渉し、1996年11月に、タイの交通局との間で本コンセッション契約の変更契約(以下「本変更契約」)を締結した。本変更契約において、(a)建設する本有料道路の距離を伸ばすこと、(b)25年の事業期間の開始日を本変更契約の締結日まで遅らせること、(c)タイ政府がD社を経済的に支援すること(soft loan)、(d)D社が本変更契約の締結前の全ての請求権を放棄すること等が合意された。また、本変更契約において、タイ政府によるドン・ムアン国際空港の使用変更やVRRの交通管理のための措置は、本コンセッション契約と競合しないことが確認された。
その後、D社に対するsoft loanは実施されず、1997年にアジア通貨危機が発生し、D社は、ドル建ての借入れをしていたことや本有料道路の通行量が減少したこと等から損失を被った。D社は、本コンセッション契約及び本変更契約に基づいてタイ政府に通行料金の引き上げを繰り返し要請したが、タイ政府は、通行料金の引き上げを拒否し続けた。それどころか、タイ政府は、2004年12月には高速道路の料金引き下げを発表した。また、タイ政府は、1997年から2006年にかけて、VRRの西に4車線に無料道路の整備を行い、本有料道路の延長部分に迂回路を作った。さらに、2006年9月から2007年3月にかけて、ドン・ムアン空港を一時閉鎖した。これらのタイ政府の一連の措置により、D社は損害を被った。なお、B社は、2005年に倒産手続を開始し、2006年12月に、D社の株式を他の投資家に譲渡している。本件では、B社の管財人が、タイ政府の行為がドイツ=タイ投資協定に規定される間接収用及び公正衡平待遇義務違反に当たると主張して、仲裁を申し立てたものである。

○仲裁廷
Ian Barker(ニュージーランド)(Chairperson)
Marc Lalonde(カナダ)(申立人選任)
Jayavadh Bunnag(タイ)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
仲裁廷は、間接収用は認定しなかったものの、タイ政府による以下の一連の行為は、ドイツ=タイ投資協定に規定されている公正衡平待遇義務の違反に当たると認定し、タイに29.21百万ユーロの損害賠償、約1.8百万ユーロの仲裁費用及びそれらの遅延利息の支払いを命じた。

○解説
(1)間接収用 - 忍び寄る収用(Creeping expropriation)
投資受入国側が投資家及び投資財産に対し、一定の期間、様々な妨害行為を積み重ねることで投資財産の経済的価値を実質的に剥奪する行為を忍び寄る収用と言います。本件においては、タイ政府の2004年10月(2002年協定発効)以降の一連の行為によりD社は損害を被ったものの、D社は引き続き有料道路を運営し、今後も長期に渡って運営する予定であり、投資財産の支配が奪われたとまではいえないとして、そもそも収用(間接収用)は認定されませんでした。

(2)投資家の正当な期待(legitimate expectations)の保護
本仲裁はタイ政府が投資家の「正当な期待」を害し公正衡平待遇義務違反が認定された事例です。投資家の「正当な期待」の有無は、公正衡平待遇義務違反の関連で頻繁に検討対象となります。
本件では、タイ政府は契約等で投資家に本プロジェクトの利益率を保証していたわけありません。しかし、仲裁廷は、①慢性的な渋滞の解消のために道路の整備が喫緊の課題であったがタイ政府には財源がなく外国からの投資に頼る必要があったこと、②高額の投資を要求する長期に渡る事業のため、合理的な利益の回収がなければ外国からの投資を呼び込むことが難しかったこと、③タイ政府を含め本プロジェクトの関係者はいずれも本プロジェクトの合理的な利益率を予想していたこと、④本プロジェクトの収入源は利用者の通行料に限られており、通行料の値上げにはタイ政府の承認が必要ではあったが、契約ではタイ政府はD社の値上げ申請に対し誠実に交渉する義務を負っていたこと等を総合考慮して、B社には本プロジェクトから合理的な利益を得る「正当な期待」があったと認定しました。
その上で、タイ政府が本プロジェクトの収入源である通行料の値上げの要請を10年以上も放置したばかりか、通行料の値下げを一方的に宣言したこと、本有料道路の下を走るVRRを整備し、ドン・ムアン空港を一時的に閉鎖する等して本有料道路の利用者を減らすような行為をしたこと等により、タイ政府は投資家の「正当な期待」を害し、公正衡平待遇義務に違反したと認定しました。

(3)一連の行為による公正衡平待遇義務の違反
仲裁廷は、国家による一つの作為又は不作為だけでは公正衡平待遇違反に至らない場合でも、それらの一連の行為が公正衡平待遇違反に該当し得ることを認めました。
このように、国家による個々の行為が重大でない場合でも、国家の一連の行為について公正衡平待遇義務の違反が認められる場合があります。

(4)投資関連協定が発効する前の国の行為
ドイツとタイは1961年に投資協定を締結しましたが、公正衡平待遇義務やISDS条項が導入されたのは、2002年の投資協定になってからです(2004年10月発効)。2002年協定には、協定の効力が発効する前の投資を保護すると明記されていましたが、発効前のタイ政府の行為が2002年投資協定の違反になるかが問題となりました。
仲裁廷は、公正衡平待遇義務及びISDS条項は投資家の保護を拡大するもので、ウィーン条約法条約28条に基づき遡及的には適用されないと判断しました。その一方で、仲裁廷は、過去の仲裁判断(Socété Générale v. Dominican Republic, UNCITRAL Arbitration, Decision on Jurisdiction 18 September 2008)を引用して、タイ政府の一連の行為が継続している場合、一連の行為が条約の発効後に紛争が具体化(crystallised)した場合には、新協定が適用になる余地があると判断しました。

(5)投資協定仲裁判断の執行
タイ政府は仲裁判断を任意に履行せず、B社の破産管財人は2011年ミュンヘンの空港でタイ王室の皇太子の航空機を差押えました。その後タイ政府が保証金を支払うことで航空機の差押えは解かれましたが、タイ政府は執行における主権免除等を主張して、本仲裁判断の承認執行の手続を争っており、2015年3月の時点でもドイツの裁判所に係属しています。管財人は米国でも執行手続を進めています。
なお、本仲裁判断はUNCITRAL仲裁のため、仲裁判断の承認執行は商事仲裁と同じ手続になります。ICSID仲裁の仲裁判断であれば、特に損害賠償請求であれば、ICSID条約の締約国の確定判決と同様の効果を持ちますので、UNCITRAL仲裁における承認執行の手続は不要です。その一方でICSID条約は執行における主権免除の取り扱いを変更するものではないため、ICSID仲裁であっても投資受入国が執行における主権免除を主張した場合には、執行する国の主権免除に関する立場によっては執行が困難になります。そのため執行する国の主権免除に関する立場を予め調査する必要があります。

関連項目:FAQ 第一部 4.2.2(間接収用)4.4.2(公正衡平待遇義務)9.2(協定の遡及的適用の可否)、FAQ第二部2.1 (投資協定仲裁v.商事仲裁)11.1(投資協定仲裁判断の執行)

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8 Chemtura事件

環境保護を理由とする政府による農薬の登録抹消措置が条約上の義務に違反しないとされた事例。
Chemtura Corporation v. Government of Canada, UNCITRAL, Award, 2 Aug 2010

○当事者
<申立人>
Chemtura Corporation (米国法人:以下「C社」)
<被申立国>
カナダ

○投資関連協定
NAFTA第11章

○事案
リンデンは、1938年にカナダで農薬として登録されたが、リンデンの危険性を受け様々な措置が国際的にとられるようになった。米国では、1998年3月に、環境保護局が、リンデンが使用されたキャノーラ(菜種)のカナダからの輸入を同年6月1日以降禁止すると公表した。米国法人であるC社は、リンデンを含む農薬をカナダで登録していた。
1998年11月、カナダ国内の産業団体は、リンデンが含まれる製品のラベルからキャノーラ用との表示を自主的に削除するようC社らに要請した。C社は、1998年3月に、カナダの農薬管理規制局(PMRA)に対し、PMRAがC社の代替製品の登録に応じない限り自主的削除に応じないことを伝え、PMRAは、代替製品の登録は約束できないものの、代替製品へのアクセスを容易にするために生産者等と共同で取り組むと回答した。その後、C社は、1999年12月に、カナダにおいてキャノーラ用のリンデン製品の生産を中止し、製品ラベルからキャノーラ用との表示を削除した。
PMRAは、1999年からリンデン含有農薬の見直し(以下「本見直し」)を開始し、2001年10月から11月にかけて、リンデンの職業的被ばくに関する調査結果を公表し、リンデンのリスク評価に基づきリンデン含有農薬の登録の停止・廃止という規制の正当性が担保されたとの見解を表明した。その後、PMRAは、2002年初頭に、危険性を理由にC社のリンデン製品の登録を停止後に廃止するとC社に通知した。
2002年2月以降、C社は、カナダ政府の厚生大臣に対してPMRAの決定を審査するため委員会の設置を要請し、リンデン審査委員会が設置された。同委員会は、2005年8月に、厚生大臣がPMRAに対して、リンデンの使用が可能となるような措置がとれないかを検討するためにC社と相談するように指導することを勧告する報告書を発表した。この報告書を受け、PMRAは本見直しの再評価を行い、この再評価プロセスにおいて、C社はリンデンの危険性の緩和に関する報告書等様々な資料を提出したが、最終的にPMRAが作成した報告書は、リンデンの危険性に関して本見直しと同様の結論となっている。
C社は、カナダのよる措置がNAFTA第11章に規定される収用に該当し、また、公正衡平待遇義務に違反すると主張して、仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
Gabrielle Kaufmann-Kohler(スイス)(Chairperson)
Charles N. Brower(米国)(申立人選任)
James R. Crawford(オーストラリア)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
仲裁廷は、カナダによる措置は、NAFTA第11章に規定される収用に該当せず、また、公正衡平待遇義務にも違反しないと判示し、C社の請求を棄却すると共に、C社に対し、688,219米ドルの仲裁費用及びカナダが負担した弁護費用の半額である2,889,233.80加ドルの負担を命じた。

○解説
(1)環境目的の規制に関する判断の枠組み
C社はリンデン農薬の安全性についてカナダ政府が誤った評価を行ったことを主張しましたが、仲裁廷は、規制機関が科学的根拠に基づいて行った決定の正しさを後から検証する役割を仲裁廷が負うものではないと述べ、リンデン農薬の安全性に関する科学的評価については詳細な検討を行わず、カナダ政府がとった措置の目的の正当性及び評価プロセスの態様について審理しました。
他の仲裁判断においても、環境目的の規制が問題となる場合には、仲裁廷は規制機関による専門的な判断自体の再評価を行うのではなく、措置の決定に至るプロセスの妥当性を検討する傾向にあります。

(2)政府による公共目的の規制権限
本件において、C社は、本見直しやその再評価プロセスにおいて不正があったなどと述べてカナダ政府の公正衡平待遇義務違反を主張しましたが、仲裁廷は、カナダ政府によるこれらの措置が長距離越境大気汚染条約のオーフス議定書に基づく国際法上の義務の履行の一環として行われたものであって悪意または不誠実によるものではないこと、手続が概ね適正であったこと、他のリンデン業者と比べてC社を差別的に扱っていないことなどを理由として、カナダ政府による公正衡平待遇義務違反を否定しました。
また、仲裁廷は、C社による収用の主張について、リンデン登録の抹消によるC社の売上への影響は大きくなかったため、収用の要件である財産権の実質的な剥奪はないと認定しましたが、仮に、C社の財産権に相当の侵害が生じていたとしても、カナダ政府によるリンデン登録の抹消が、①適正な手続に基づく恣意的でない方法で行われており、②無差別であり、③目的に対して手段が過剰なものでなく、④禁止の対象となる物質による深刻な被害に真摯に取り組むものであったことから、カナダ政府の措置は正当な警察権(police powers)の行使であり、補償が必要な「収用」には当たらないと述べました。
このように、国家による新たな規制が真に環境保護や公衆衛生等の公共目的によるもので、規制が差別的でない場合には、新たな規制の導入によって投資家が損害を被ったとしても、投資関連協定違反は否定されやすいと思われます。

(3)仲裁費用の負担額
投資協定仲裁にかかる費用としては、仲裁機関に支払う申立手数料、管理費用、仲裁人への報酬、各当事者の弁護士費用等、専門家証人に支払う費用等があります。
仲裁費用の負担に関する規定は仲裁規則によって異なります。例えば、ICSID仲裁の場合は当事者間の合意がない限り、仲裁廷がその裁量で仲裁費用の負担を決めることができると規定しています(ICSID条約61条2項)。UNCITRAL仲裁の場合は、原則として敗者負担となりますが、仲裁廷は裁量で合理的な配分を決定できると規定しています(UNCITRAL仲裁規則42条1項)。もっとも実務では、ICSID仲裁も最近は、UNCITRAL仲裁と同様、原則敗者負担とするケースが増えてきており、手続を紛糾させた当事者に多く負担を求める等の調整も行っています。
本件(UNCITRAL仲裁規則を適用)の場合、仲裁費用は、①仲裁機関(PCA)への支払いが2,286米ドル、②仲裁廷の費用が98,253米ドル、③仲裁人・仲裁人の補佐役(secretary)の報酬が587,680米ドル、④C社の手続関連費用が1,294,640米ドル、⑤カナダの手続関連費用が5,778,467.60加ドルでしたが、仲裁廷は、これらのうち①~③の全部(合計688,219米ドル)及び⑤の半分(2,889,233.80加ドル)をC社の負担とする旨を決定しました。
このように、投資関連協定仲裁においては、申立人の主張がどの程度認められたか等の事情を踏まえて仲裁廷が各当事者の仲裁費用の負担額を決定することになり、特に本件のように申立人の主張が全て棄却された場合には、申立人が被申立国側の費用まで負担する場合もあります。

関連項目:FAQ 第一部 4.4.2(公正衡平待遇義務)、FAQ第二部2.1 (投資協定仲裁v.商事仲裁)12.2(投資協定仲裁の費用)

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9 Tulip事件

建設プロジェクトの大幅遅延等を理由に投資受入国の住宅開発局が支配する施主により契約が解除された事例で、投資受入国の投資関連協定違反が否定された事例。
Tulip Real Estate and Development Netherlands B.V. v. Republic of Turkey, ICSID Case No. ARB/11/28, Award, 10 March 2014

○当事者
<申立人>
Tulip Real Estate Investment and Development Netherlands B.V.(オランダ法人:以下「T社」)
<被申立国>
トルコ

○投資関連協定
オランダ=トルコ投資協定

○事案
2006年、イスタンブールに居住及び商業複合施設を建設するプロジェクト(以下「本件プロジェクト」)につき、「Tulip JV」が落札した。「Tulip JV」は、2006年8月2日付合弁契約(以下「JV契約」)に基づき、Tulip I(リードパートナー)、とトルコの会社であるFMS、Mertkan及びIlciから組成される合弁事業体である。T社は、2007年7月10日に設立されたオランダ法人で、2008年8月14日にTulip Iの65%の株式を取得している。本件プロジェクトの入札は、Emlakと呼ばれるトルコの不動産投資信託が実施したもので、Emlakは、首相府の中の住宅開発局(以下「TOKI」)が過半数を支配している。2006年8月3日、T社は、Emlakと本件プロジェクトに関する契約(以下「本件契約」)を締結した。
しかし、本件契約締結後、合弁事業体内部での紛争(印紙税の支払いに関連して、FMSによる着服の疑惑に端を発するFMSとの対立や2009年3月13日のMertkanの倒産)の発生、本件プロジェクト対象地域の建築規制計画に関する紛争の存在及びTulip JVの資金調達難等から、本件プロジェクトに大幅な遅延が生じ、結局、Emlakは2010年5月24日付解除通知をもって本件契約を解除した。その後、2010年6月7日及び8日にEmlakは査定のために本件プロジェクトのサイトを訪れた。7日はサイトに立ち入らなかったが、8日は警察を伴って再訪し、その際査定を実施した。さらに、6月24日には、Emlakのジェネラル・マネージャーが、警備員を伴って本件プロジェクトのサイトを訪れたが、そのことで、7月6日付で刑事事件として有罪判決を受けた(被告人により控訴されている。)。7月には、Emlakは本件プロジェクトにつき再度入札を実施し、2010年7月23日に新たな落札者としてDogu JVが選ばれ、9月1日Emlakと契約を締結した。
本件契約解除後、Tulip I及びTulip JVは、Emlakによる本件契約解除は不当であるとして、トルコ国内の裁判所に訴訟を提起した。Tulip IのEmlakに対する一審は、原告適格がないことを理由に請求を却下され控訴中である。また、Tulip JVはEmlakに対する請求についてトルコ国内の商業裁判所に解除無効の確認訴訟等を提起した。トルコ裁判所での訴訟係属中、T社は、トルコ政府の行為が収用に当たり、また、公正衡平待遇義務及び十分な保護及び保障の義務違反に当たると主張して、本仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
Gavan Griffith QC(オーストラリア)(President)
Michael Evan Jaffe(米国)(申立人選任)
Rolf Knieper(ドイツ)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
仲裁廷は、Emlakの行為についてトルコ政府は責任を負わず、また、仮にEmlakの行為がトルコ政府の行為と同視できるとしても、Emlakの行為は投資関連協定違反に当たらないとしてT社の請求を棄却した。さらに、T社がトルコに75万米ドル(トルコがICSIDに支払った額の一部の弁済として45万米ドル及びその他の費用として30万米ドル)を支払うように命じた。

○解説
(1)政府機関の子会社の行為と国の責任(問題の行為の国家への帰属)
仲裁廷は、Emlakは、トルコ政府の内部組織ではなく、トルコ政府から独立した組織であって、商法や市場資本法等の私法の適用を受けること等から、Emlakは「国の機関」ではなく、また、Emlakがトルコ政府としての権限を行使しているとは認められず、Emlakの行為をトルコ政府の行為としてトルコ政府の責任を追及することはできないと判断しました。また、国の機関であるTOKIがEmlakの支配株主ですが、そのような支配力を行使した場合には、Emlakの行為がトルコ政府の行為としてトルコ政府の責任を追及できる余地があるものの、本件契約の解除は、Emlakの取締役会が、法律専門家の意見を得た上で決定したもので、かつ本件プロジェクトが大幅に遅延していたことを理由とする解除であり、私企業としての商業的理由から解除したものであって、TOKIがEmlakに対する支配権を行使した結果ではないと判断しました。実際、都市計画に関する紛争等のために、Emlakが、本件契約に従って、本件プロジェクトの期限を471日間延期したことをとらえ、Emlakが本件契約の一当事者として行動したことの現れでもあると認定しています。

(2)本件プロジェクトの期限の再延長拒否と本件契約の解除(収用及び公正衡平待遇)
仲裁廷は、T社らが契約に定める十分な資本を本件プロジェクトに投下しなかったため、本件プロジェクトは資金難にあり、そのために建設が遅延していたと認定しました。そして、本件プロジェクトが深刻な資金難に陥り、工事も大幅に遅延していたために、Emlakが本件契約に従って契約を解除しても、投資関連協定の公正衡平待遇義務の違反には当たらず、また、トルコ政府がEmlakに影響力を行使して契約を解除させた、又は不当な目的のために契約を解除した証拠はなく、収用とは認められないと判断しました。

(3)Emlakが本件プロジェクトに関する不動産を占有したこと(十分な保護及び保障)
仲裁廷は、十分な保護及び保障の義務につき、一般論として、投資受入国が投資家の全損害につき責任を負う訳ではないとしたWena事件の判断に基づき、個別の事案ごとに、投資受入国の行為の程度により判断されるとしました。そして、本件では、契約の解除により、正当に本件プロジェクトに係る不動産を占有することができると信じたEmlakのジェネラル・マネージャーが警察や警備員を伴って不動産の占有を回復するために侵入したことは認められるものの、トルコ政府が違法と知りながら土地の奪取を計画したとか、私企業による不法行為を防止する配慮を怠ったとは認められず、また、Emlakによる占有の際も、投資関連協定違反を構成する程度の相当な破壊的行為が行われたとは認められないと認定しました。さらに、かかるジェネラル・マネージャーの行為に対し、トルコ政府は、その不法行為を正すべく動いており、Emlakが係争中に同不動産を占有することがないように手段を講じた点が、不法な占拠を黙認したWena事件とは異なるとしました。

上記のとおり、本件は、当事者間で契約上の紛争が生じ、対象となる不動産が投資受入国側の当事者によって占有されたという点でWena事件と類似するところもありますが、本件では、トルコ政府は、Emlakによる占有奪取後にしかるべく対応をしており、違法状態を黙認しなかった点でWena事件と大きく異なったため、トルコの投資関連協定違反が退けられたものと解されます。

関連項目:FAQ 第一部 4.4.2(公正衡平待遇義務)4.5.2(十分な保護及び保障)6.1(国家責任帰属)

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10 White事件

裁判手続の遅延について投資関連協定違反が認められた事例。
White Industries Australia Limited v. The Republic of India, UNCITRAL, Award, 30 November 2011

○当事者
<申立人>
White Industries Australia Limited(オーストラリア法人:以下「W社」)
<被申立国>
インド

○投資関連協定
オーストラリア=インド投資協定

○事案
W社は、1989年9月に、インドの国営石炭公社であるC社との間で、Pipawar炭鉱の開発及び設備供給のための契約(以下「本契約」)を締結した。本契約において、石炭プラントの生産量等が目標値を上回った場合にはW社にボーナスが支払われ、反対に下回った場合にはW社がペナルティーを支払う旨が合意された。その後、W社は、本契約に基づきボーナスの支払いを求めたが、C社は反対に生産量が目標値に達していないと主張してペナルティーの支払いを要求し、銀行の信用状を行使して2,772,640豪ドルの支払いを受けた。
そのため、W社は、1999年にC社に対してICC仲裁(仲裁地パリ)を提起し、仲裁廷は、2002年5月に、C社に対しW社への約400万豪ドルの支払いを命じた(以下「ICC仲裁判断」)。
C社は、2002年9月に、コルカタ高等裁判所にICC仲裁判断の取消訴訟(以下「取消訴訟」)を提起した。一方、W社は、同じく2002年9月に、デリー高等裁判所にICC仲裁判断の執行訴訟(以下「執行訴訟」)を提起した。
W社は、取消訴訟について、管轄権がないため却下するよう申立てを行ったが、2003年11月に、コルカタ高等裁判所はこの申立てを却下したため、W社は、2004年7月に最高裁に上訴した。最高裁は2004年9月に上訴を受理したが、その後手続は遅々として進まなかった。その後、執行訴訟についても、デリー高等裁判所が、C社からの申立てを受けて2006年3月に手続停止命令を出した。
W社は、2010年7月に、裁判手続の遅延やC社による保証状の行使等についてインドにオーストラリア=インド投資協定の違反が成立すると主張して、本仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
J. Williams Rowley(カナダ)(President)
Charles N. Brower(米国)(申立人選任)
Christopher Lau(シンガポール)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
仲裁廷は、オーストラリア=インド投資協定の最恵国待遇義務に基づき、インドは、インド=クウェート投資協定上の「投資に関して権利行使の実効的手段」を投資家に提供する義務を、W社に対しても負っていると判断した。その上で、仲裁判断の取消訴訟の管轄に関する判断の著しい遅延によって、インドは「投資に関して権利行使の実効的手段」を投資家に提供する義務に違反したと認定し、インドに対して、4,085,180豪ドルの損害賠償(ICC仲裁判断における認容額と同額)、84,000米ドルの仲裁人報酬、500,000豪ドルの弁護士報酬等の費用、約86,249豪ドルの証人費用及び8%の遅延利息の支払いを命じた。

○解説
(1)裁判手続の遅延と「公正衡平待遇義務」
「裁判の拒否(denial of justice)」は、公正衡平待遇義務の違反に当たると解釈されていますが、W社は、インドの裁判所による裁判手続の遅延が「裁判の拒否」にあたり公正衡平待遇義務に違反すると主張しました。
これに対し、仲裁廷は、過去の仲裁判断を引用して「裁判の拒否(denial of justice)」の基準は極めて高く、「極めて深刻な欠陥及び司法の感覚に衝撃を与え又は少なくとも驚愕させる悪質な行為」(particularly serious shortcomings and egregious conduct that shocks or at least surprises a sense of judicial propriety)(Chevron et al v. Ecuador, 39 March 2010)等の基準を指し、手続の複雑さ、事案の重要性、早期解決の必要性、訴訟当事者の行為態様、裁判所の行為態様等を分析・検討した上で裁判の拒否に当たるか否か判断すると述べました。
その上で、インドの執行手続は特段複雑ではなく、外国仲裁判断をインドの裁判所が取り消せるかは現在インドで盛んに議論されている論点であり、インドの最高裁が未だに取消訴訟の判断を下していないのは、「衝撃を与える」「驚愕させる」とまではいえない。コルカタの一審、二審裁判所は比較的迅速に審理し、最高裁で5年以上滞留したものの、主に本件を担当する裁判体を構成できなかったことが原因で、インドが巨大な人口を有する発展途上国であって司法機関に過重負担がかかっていることを考えれば、「裁判の拒否」には至っていないと判断し、W社の主張を退けました。

(2)裁判手続の遅延と「権利行使の実効的手段を提供する義務」
その一方で、仲裁廷は裁判手続の著しい遅延によりインドが「投資に関して権利行使の実効的手段を提供する義務」に違反したと、躊躇なく認定しました。「権利行使の実効的手段を提供する義務」は国際慣習法上の「裁判の拒否」よりは緩やかな基準であり、仲裁判断の取消訴訟が訴えの提起から9年以上係属し、取消訴訟の管轄の争いが最高裁で5年以上係属している状態では、インドはW社に「権利行使の実効的手段」を提供できていないと結論づけています。
仲裁廷は、この義務に関して、過去の仲裁判断(Chevron et al v. Ecuador, 39 March 2010)を引用し①国家は適切かつ効率的な司法システムを整備する義務を負っていること、②実行的手段が提供されているか否かは、客観的・国際的な基準で判断すること、③この義務違反を主張する者は、国家による司法システムへの介入があったことを立証する必要はないこと、④この義務違反を主張する者は、現地の救済手段を全て尽くしている必要はないが、利用できる救済手段を適切に利用していることが必要であること、等の基準を示しています。

(3)最恵国待遇義務 - 他の投資関連協定に定める投資家保護規定の取り込み
ところで、「投資に関して権利行使の実効的手段を提供する義務」は、オーストラリア=インド投資協定には規定がありませんでしたが、本件は、W社が、同協定の最恵国待遇条項を利用してインド=クウェート投資協定に定める「投資に関して権利行使の実効的手段」を提供する義務が取り込まれるとの主張に成功した事例です。クウェートの投資家がこの義務の履行をインド政府に求めることができるのであれば、インドは、オーストラリアの投資家に最恵国待遇を約束している以上、オーストラリアの投資家も同じ義務の履行をインド政府に求めることができるべきだ、という考えです。
最恵国待遇によって取り込める他の投資関連協定の規定の範囲に関しては様々な考え方があります。この仲裁廷は、他の投資関連協定の紛争解決条項の取り込みはともかく、投資家の実体的な保護規定については、特段「取り込み」を排除する意思がない限り、取り込むことができるという立場に立っています。
「投資に関して権利行使の実効的手段」を提供する義務は、日本とインドとの間の包括的経済連携協定にも規定されていませんが、最恵国待遇義務は規定されています。従って、この仲裁廷と同じ考え方をとる仲裁廷であれば、W社と同様、インド=クウェート投資協定から「投資に関して権利行使の実効的手段」を提供する義務を取り込むことができる可能性があります。

関連項目:FAQ 第一部 4.4.2(公正衡平待遇義務)4.6.1(最恵国待遇義務)

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11. SGS事件

国による契約の義務違反(不払い)が投資関連協定上のアンブレラ条項(義務遵守条項)違反を構成するとされた事例。
SGS Société Générale de Surveillance S.A. v. The Republic of Paraguay, ICSID Case No. ARB/07/29, Award, 10 February 2012

○当事者
<申立人>
SGS Société Générale de Surveillance S.A.(スイス法人:以下「S社」)
<被申立国>
パラグアイ

○投資関連協定
スイス=パラグアイ投資協定(1992年9月28日発効)

○事案
S社は、パラグアイに輸入される物品の検査についてパラグアイ当局による税関検査に協力することを内容とするPre-shipment inspection契約(以下「本件契約」)を1996年5月6日にパラグアイの財務省と締結した。本件契約の契約期間は3年間で、物品の検査及び証明書の発行、パラグアイの税関職員の訓練やデータベースの作成等のサービスをS社がパラグアイに提供することが規定されていた。また、本件契約に関連する紛争はパラグアイ内の仲裁手続による旨の規定も置かれていた。本件契約に基づくサービスの提供につき、S社は本件契約に従って35の月次請求書を出し、パラグアイはその内10の請求書については支払いをしたが、残りの請求書(1997年以降)分は、予算措置がされず、元本合計約3,900万米ドルは未払いであった。S社とパラグアイは、本件契約の解消について協議する中で、パラグアイは、支払遅延の理由は前政権の予算措置が不適切だったことにあると説明していた。また、副大統領の暗殺後の1999年3月にパラグアイ政府が総辞職し、新財務大臣もS社に対する政府の支払いを約束していた。S社とパラグアイは、本件契約を更新しないことに合意し、1999年6月に本件契約は解消された。その後もS社とパラグアイは支払いの調整を試みたが上手くいかず、S社は、パラグアイの不払いが投資関連協定のアンブレラ条項及び公正衡平待遇義務等の違反に当たるとして、2007年10月19日に本仲裁を申し立てた。

○仲裁廷
Stanimir A. Alexandrov(ブルガリア)(ICSID選任)(President)
Donald Francis Donovan(米国)(申立人選任)
Pablo García Mexía(スペイン)(被申立国選任)

○仲裁廷の判断
仲裁廷は、パラグアイの投資関連協定に定めるアンブレラ条項違反を認定し、S社の請求を認容して合計約3,900万米ドル及びその利息の支払いに加えて、仲裁費用約67万米ドルの半分の支払いをパラグアイに命じた。

○解説
本件は、アンブレラ条項違反が問題となった事例です。アンブレラ条項の文言は様々ですが、本件で問題となったアンブレラ条項には、「締約国の投資家の投資財産に関して一方の締約国が行った約束を常に遵守することを保証する。」(”Either Contracting Party shall constantly guarantee the observance of the commitments it has entered into with respect to the investments of the other investors of the Contracting Party.”)と規定されていました。アンブレラ条項の文言は投資関連協定により異なるため、その法的効果も投資関連協定により異なります。他方で、多くのアンブレラ条項に共通する論点として、遵守すべき「約束」には契約上の義務が含まれるのか、その場合、契約違反があれば投資関連協定仲裁を申し立てられるのか、契約上の紛争解決条項はどう考えたらよいのかなどがありますが、これらの論点については様々な仲裁判断が出され、まだ解釈が統一されていません。
実は、本件の申立人であるS社は、同種の契約をパキスタン及びフィリピンと締結し、両国の契約違反(不払い)を理由に投資関連協定上のアンブレラ条項の違反を主張して投資協定仲裁を申し立てていますが、本件を含め、3件の仲裁廷によるアンブレラ条項の解釈は異なっています。そこで、まず、対パキスタン及び対フィリピンの仲裁廷の判断を紹介した上で、本仲裁判断を検討します。

(1)SGS v. Pakistanの概要 - 契約上の義務はアンブレラ条項に含まれない
SGS v. Pakistanの仲裁廷は、契約違反が投資関連協定のアンブレラ条項違反にはならないと判断しました。①アンブレラ条項は新たな国際法上の義務を作り出すものではないこと、②契約違反が直ちに投資関連協定違反となるとすれば投資受入国に多大な負担が生じ、それが当事国の意図とは考えにくいこと、③契約違反が直ちに投資関連協定違反となると、投資関連協定上の実体的な義務規定の意味がなくなること、また、④契約に仲裁条項がある場合に投資家は契約に基づく仲裁と投資関連協定に基づく仲裁を選択できるのに対して、投資受入国は契約に基づく仲裁しかできず、不公平であること等をその理由としています。この考え方にたてば投資家はアンブレラ条項に基づいて投資協定仲裁を申し立てることは難しくなります。

(2)SGS v. Philippines - 契約上の義務はアンブレラ条項に含まれるが、契約中に紛争解決条項が含まれる場合には、実体が契約違反の主張は受理不可能
SGS v. Philippinesの仲裁廷はアンブレラ条項に定める義務(“any obligation”)には契約上の義務等の国内法上の義務が含まれると判断しました。従って、契約に違反した場合には、投資関連協定上のアンブレラ条項に違反することになります。その一方で、契約違反の有無と内容は契約上の紛争解決条項(フィリピンの国内裁判所専属管轄)によって判断されるべきとの立場をとり、フィリピン裁判所で契約上の紛争を審理する間、本件仲裁手続を一時停止しました。ところが、その後3年を過ぎてもその判決は出されず、しびれを切らした仲裁廷は、手続の進行について両当事者の意見を求めるため、フィリピン国内裁判所の判決を待たずに仲裁手続の再開を決定しました。そして、仲裁廷は、フィリピン財務省の監査委員会が提出したSGSへの未支払額に関する報告書をフィリピン財務省が批判していないことをもって、当事者間に賠償額に関する紛争はなくなったものと判断し、BITに基づく判断を下すための手続を進めるべく決定したところ、これを受けて、両当事者は和解し、本件は合意により取り下げられました。

(3)本仲裁廷の判断
パラグアイは、契約違反がアンブレラ条項の違反を構成するのは、政府に主権の濫用があった場合だけで、単なる不払い(契約違反)はアンブレラ条項の違反を構成しないと主張したのに対し、仲裁廷は、投資関連協定にはそのような制約はないとして、パラグアイの主張を退けました。即ち、投資関連協定の文言上、主権の濫用を要件とはしておらず、それを推認させる規定もなく、また、「義務(commitment)」の語は通常、契約上の義務を含むと解されると判断しています。従って、締約国が相手方締約国の投資家との間の契約に違反した場合、直ちにアンブレラ条項に違反し、本件ではパラグアイ政府は契約に基づく支払いをしていないことから投資関連協定に違反していると認定しています。
また、パラグアイは、本件契約の紛争解決条項により、契約違反の有無は同条項に定める国内裁判所によって判断されるべきであって、本仲裁廷が判断することはできず、また、国内裁判所が判断を下すまでは、パラグアイの行為は契約違反を構成しないと主張したのに対して、仲裁廷は、そのような内容の定めは、本件契約上もパラグアイの法律上も存在せず、パラグアイの主張は法的根拠を欠くと言いました。そして、申立に適用される「法」は投資関連協定であり、パラグアイが投資関連協定第11条の「義務(commitment)」を遵守したかが問題となるところ、本件では、「義務(commitment)」として、本件契約が問題となっており、かかる契約上の支払義務を履行していない以上、投資関連協定のアンブレラ条項の違反を構成するとしました。
パラグアイはまた、S社が本件契約上の義務を履行しておらず、かかるS社の債務不履行により、パラグアイの支払義務が免責されると主張しました。例えば、パラグアイは、税関職員の訓練及びデータベースの作成は単に関税の回収促進のためだけでなく、将来に渡ってパラグアイの税関当局が自身で運営できるようにすることが目的であるにもかかわらず、S社は小規模のセミナーをいくつか実施し、証明書に記載した生の事実をデータで渡しただけであり、本件契約上の「税関職員の訓練及びデータベースの作成」義務を履行していない、物品検査の証明書と請求書が1対1で対応していない、一定地域からの輸入品の検査が適切になされていない等と主張しました。これに対し、仲裁廷は、パラグアイの主張は法的根拠を欠き、また、S社の債務不履行はいずれにせよ証明されていないと判断し、パラグアイの支払義務が免責される根拠はないと認定しました。
このように、本件は、同じ申立人による類似の事例に関するSGS v. Pakistanと異なり、契約違反が直ちに投資関連協定のアンブレラ条項違反を構成するとし、また、SGS v. Philippinesと異なり、契約違反の有無の判断のために契約の指定する紛争処理手続による必要はなく投資関連協定に基づき仲裁廷が判断できるとしています。本件一連の仲裁判断以降も、仲裁判断が積み重ねられて、アンブレラ条項に定める「義務」には契約上の義務のような合意に基づく義務のみならず投資受入国側の一方的な約束も含まれるのか等の論点もあります。具体的な案件との関係では、適用されるアンブレラ条項の文言、同条項に含ませようとしている投資受入国の義務の内容、最新の仲裁判断の動向等を検討する必要があります。

関連項目:FAQ 第一部 5.2(アンブレラ条項)

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